第447話 南方視察2

 カルメリー王国とベクトリア王国の国境。

 この地は東西を険しい山に挟まれた交通の要所である。

 東側がアス山、西側がキス山と呼ばれている。またアス山に沿うように、アスキス川という大河が流れている。何とも安直な名称だ。

 そして山間に広がる平地は、最も狭い場所の幅が五百メートルほどしかない。

 まさに隘路あいろであり、大軍の運用には不向きだった。


(はぁ……。参ったね)


 交通の要所というように、山間を抜けた場所には検問所が存在した。

 入国審査を行う場所で、両国ともに設置してある。人の往来はまばらだが、商人の通行は多いようだ。

 検問所を越えた先には、それぞれに町がある。

 ちなみにカルメリー王国側がアスの町で、ベクトリア王国側がキスの町だ。やはり安直だが、両国の貿易には欠かせない地である。

 とりでを築いていないのは、人流の妨げになるからだった。


「伯爵様、例の女性をお連れしました」


 アスの町に建てられた領主の屋敷。

 その応接室では、中肉中背の男性がソファーで横になっていた。

 この人物こそ、稀代きだいの用兵家として名高いファーレン・ユーグリア伯爵である。短くそろえた焦茶の髪に、口元を覆う無精ひげが特徴的だ。

 起き上がった後は、白いベストの上に軍服を羽織る。装飾の施されたサーベルを腰に下げて、首元の締め付けを調整した。

 そして眠そうな目を擦りながら、報告に来た部下に告げる。


「通してくれ」

「はっ!」


 ユーグリアは首を回すと、ゴリゴリという嫌な音を聞く。

 それから一分ほど待ったところで、再び扉が開かれた。

 応接室に入ってきたのは、緑色のローブを着た女性である。深々とフードを被っているが、その理由は知っていた。


「アスの町にようこそ。ファーレン・ユーグリアです」

「フェリアスから来た調査団団長のリーズリットだ」

「掛けてもらえるかな?」


 女性がフードを脱ぐと、長い耳が露わになった。

 エルフ族である。

 フェリアスの森から出ない種族なので、人間の領域では珍しいのだ。だからこそ耳を隠しているのだが、早馬での知らせで風貌は伝えられていた。

 笑みを浮かべたユーグリアは、リーズリットに座るよう勧める。同時に自身は、ソファーに腰かけて彼女を眺めた。

 キリっとした顔立ちと金髪のロングストレートに目を奪われる。


「急な誘いで悪かったね。部下に失礼は無かっただろうか?」


 リーズリットを呼び出した経緯は、門衛から報告を受けたからだ。

 宗主国であるエウィ王国からの通達で、彼女たちの身の安全を保障する必要があった。とはいえ、来訪の日時は知らされていない。

 通行門で足止めした格好になったが、一先ずは屋敷に招くことができた。

 彼女たちというように、三人の同行者がいる。

 そちらは衛兵を付けて、宿屋に移動してもらうよう指示してあった。


「問題無い。どうやって伯爵様に面会しようかと悩んでいたところだ」

「ベクトリア王国に向かうと聞いているよ」

「そうだが……。国境は封鎖されているのか?」

「検問所に行ったのかね?」

「門前払いをされて、な」

「申しわけないが、通行は制限しているよ」


 国境には現在、カルメリー王国軍を展開しているのだ。

 ベクトリア王国軍は退いているが、まだ警戒を緩めることはできない。再び戻ってくる可能性が高く、それはサディム王国側の国境も同様だ。

 しかもエウィ王国からは、戦争の話も出ている。しかしながら決定したわけでもないので、他国民のリーズリットに話す内容でもない。

 とりあえず、国境の制限についてだけを伝えた。


「今は商人限定で通行を許可しているね」

「商人だけなのか?」

「失礼だが、フェリアスからの調査団という話だね?」

「名乗ったとおりだ」

「何の調査をするか教えてもらえるだろうか?」

「悪いが断る。エウィ王国からは通行の許可をもらっているが?」

「あぁすまない。尋問ではないよ」


 ユーグリアからすると、リーズリットの目的は気にするところではない。

 問題はカルメリー王国に害を成すかだが、目的地はベクトリア王国だ。エウィ王国からの移動日数を考えると、この国には用が無いと思われる。

 そして、もう一つ……。


「ベクトリア王国は危険だと思うよ」

「聞いている。亜人は法で保護されていないのだろ?」

「それを知っていても向かうのかい?」

「問題は無い。ローゼンクロイツ家と合流する予定になっているのだ」


 ローゼンクロイツ家。

 これも通達があったが、国境を素通りさせて良いと伝えられている。だがそれが、ユーグリアを悩ませていた。

 リーズリットから名前が出たことで、更に悩みが深まる。


(本当に参ったね。ローゼンクロイツ家のせいで眠れていないのだが……。他の貴族たちは友好を結べと言ってくるし……。しかもうちの王様は……)


 ユーグリアは毎日何時間も、他の貴族と面会していた。

 内容はどれも同じで、「ローゼンクロイツ家と秘密裏に会談しろ」である。アルバハードと良い関係を築くことで、カルメリー王国の利益にするためだ。

 カルメリー王からも、「伯爵が何とかしてくれる」と丸投げされた。

 そして、ローゼンクロイツ家は魔族の貴族である。

 実際にエウィ王国との国境では、馬車に魔族が同乗していたとの報告だ。人間の国に、しかも大手を振って訪れるなどあり得ない話だった。

 国民には知らせられないので、その対応にも追われている。

 少し長考してしまったが、リーズリットが不思議そうな顔を向けていた。


「どうしました? 私の顔に何か付いていますか?」

「いや。もし無礼があったなら許してほしい」

「あぁ失礼。少し思うところがあってね」

「ならば良いのだが……」

「確かにアルバハードからの外交使節団であれば大丈夫でしょう」

「では国境を通過させてくれるか?」


 エウィ王国から許可が出ているので、通過させるのはやぶさかではない。逆に通過させてしまったほうが面倒は無い。

 ただしリーズリットは、ローゼンクロイツ家と合流すると言っている。

 そうなると話は別で、一つ依頼したいことができた。


「あぁリーズリット殿」

「駄目なのか?」

「いや。リーズリット殿に折り入って相談があるのだが……」

「エルフ族のわたしにか?」

「ローゼンクロイツ家との顔つなぎをお願いしたい」


 残念ながらユーグリアは、ローゼンクロイツ家当主と面識が無い。

 伯爵として呼び付けても良いが、相手は魔族の貴族である。ハッキリ言うと、良い関係が築ける自信がなかった。

 そうなると、彼らに合流するリーズリットを介したほうが賢い。


「正式な外交使節団なので、立場上ただ通すわけにもいかなくてね」

「なるほど。そういった話であれば……」

「お願いできるかね?」

「いいだろう。ならわたしはどうすれば良い?」

「部屋を用意するよ。屋敷に留まっていただけると助かるね」

「それは構わないのだが……」

「何かあるかね?」

「いや。随分と待遇が良いと思ってな」

「あぁ……。私が物ぐさなだけですよ」


 エルフ族は、人間の領域では珍しい種族なのだ。

 町に出られるより、屋敷に留まらせたほうが面倒事が起きない。護衛を割く必要も無くなるので、ユーグリアにとっては好ましい。

 それに本来なら外交使節でもないリーズリットが、伯爵と面会など難しい。

 ローゼンクロイツ家と同様に、フェリアスとも良い関係を築いて損は無い。だからこそ、こちらから招いたのだ。

 色々とすっ飛ばした状況が、この面会となっている。


「良い関係と言われてもな」

「我が国は農業国家。フェリアスの皆さまも満足できると思いますよ」

「貿易でもしたいのか?」

「エウィ王国が関税を掛けるので高く付きますがね」

「駄目ではないか」

「はははっ! カルメリー王国という国を覚えていただければ……」

「まぁ報告として上げることにはなる。決めるのは大族長たちだ」

「結構です。良い関係が築けましたね」

「築いてなどいないぞ?」

「ははははっ!」


 ユーグリアからすると、これで良いと考えていた。

 重要なことは、カルメリー王国をフェリアスに認知してもらうこと。小国のうえ属国なので、三大国家からは軽視されているのだ。

 フェリアスに至っては亜人の国なので、ほとんど知られていないだろう。

 リーズリットという人脈も重要で、エルフ族はフェリアスの盟主だ。彼女の発言力は低いかもしれないが、何かあれば名前が使える。

 最初はそれで良いのだ。


「そうだ。わたしの部下は宿屋だが?」

「できればローゼンクロイツ家を探してもらえますか?」

「探す?」

「町に立ち寄った形跡が無いので、今どこにいるのやら……」

「ユーグリア殿の部下が探せば良いだろう」

「探していますが、先ほどの件と同様ですね」

「あぁ。ローゼンクロイツ家に警戒されるか」

「円満に屋敷に招きたいのですよ」

「分かった。たった三人で探せるかは分からんが、な」

「アスの町周辺で捜索中の部下に付いてもらえれば良いですよ」

「了解した。では一度、宿屋に行かせてもらう」

「助かりますよ。戻るまでに部屋を用意させますね」


 これで、リーズリットとの面会は終わりだ。

 席を立った後は、扉の先にいる部下に命令を出しておく。彼女に付けておけば、屋敷に戻るときも面倒な問答を避けられるだろう。

 以降は他の部下を集めて、様々な指示を出す。

 彼女に宛がう部屋の用意やら夕食の準備。ローゼンクロイツ家を迎えるための人員配置など。部下にやってもらうことは多岐に渡る。

 そしてひと段落ついた後は、ソファーに寝転がった。


「私は用兵家だぞ! 畑違いもいいところだ!」


 ユーグリアは悪態を吐く。

 これも、稀代の用兵家としての宿命だった。勇魔戦争で名声を得たことにより、伯爵という爵位を送られてしまったのだ。

 つまり、カルメリー王国の英雄として祭り上げられた。といった経緯もあり、今では様々な案件に関して頼られている。

 今回の外交じみた対応を、用兵家に任されても困ってしまう。遠征軍の指揮官として、部隊運用を考えているだけだった頃が懐かしい。

 すべてを投げ捨てたいところだが、カルメリー王国を愛していた。


(まぁうちの王様や貴族たちも悪い人じゃないから……)


 カルメリー王国の上層部は、国民との距離が近い。

 属国化を早期に受け入れたのも、国民を思ってのことだ。不当な扱いを受けているが、三大大国の一国を後ろ盾に持つほうが良いとの判断だった。

 実際のところ王族や貴族は国民から搾取していないので、そこまで苦しい生活にはなっていなかった。

 ただし今回の戦争の件は、裏目に出たかと思っている。


「頭から煙が出そうだよ。さてと……。ひと眠りしようかね」


 ユーグリアは目を閉じて、暫しの休息に入る。

 それも束の間、すぐに応接室の扉が開かれた。


「伯爵様! 面会のお時間です」

「え?」

「寝るのは三人ほど対応した後にしてください」

「えぇぇ。帰ってもらえる?」

「無理です! 頑張って早く切り上げてください」

「わっ分かったよ」


 また貴族たちが来たようだ。

 本当に勘弁してもらいたいが、これも愛するカルメリー王国のためか。愛国心など持たなければ良かったなどと考えながら、ユーグリアは起き上がった。

 そして首元の締め付けを調整した後、一人目の来訪者を迎えるのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトは現在、アスの町近郊まで来ていた。

 お約束のように街道から外れた場所で、ひと時の休息に入っている。明日には国境を越えられると口角を上げ、夜の情事を終わらせて馬車の外に出た。

 周囲を見渡すと、吸血鬼の護衛が警戒に当たっている。彼らには頭が上がらないと思いながら指をパチリと鳴らし、消えていた焚火たきびに火を点けた。



【イグニッション/発火】



 今は朝焼けが見える時間のようで、空がオレンジ色に染まっていた。本来なら寝ている時間だが、実のところ起きたのは夜中である。

 火を起こした後は、ググっと体を伸ばす。


「んー! 空気が旨い!」

「旦那様、早いですね」

「セレスは起きていたのか?」

「いえ。同じく起きたところですよ」

「マーヤは?」

「馬車の中で寝ていますね」


 セレスも早起きだが、今回は別の馬車で寝ていた。

 情事の相手は、マリアンデールとルリシオンである。カーミラと一緒にダウンしているので、暫くは起きてこない。

 レイナスも目覚めるのは、もう少し後だろう。


「リーズリット殿と合流だったな」

「あの山の近くだと思いますわ」

「あぁ……。双竜山みたいだな」

「確かにそうですね」


 目を細めたフォルトは、セレスの細い腰に手を回した。

 あの山とはアス山とキス山のことだが、フォルトたちは名称を知らない。距離的には遠く、野営を考えるともう一日は必要か。

 フェリアスの調査団とは連携を取ることになっているが、内容は決めていない。本日リーズリットと合流したら、そのあたりを詰める必要があるだろう。

 そして朝焼けを二人で眺めていると、遠くから吸血鬼の隊長が戻ってきた。


「フォルト様、おはようございます!」

「おはよう。何かあったのか?」

「それが……」


 隊長が周囲の警戒に当たっていたところ、二人組の男女を発見した。男性は兵士のようだったが、声を掛けてきたのは女性だった。

 確かに隊長の後ろを見ると、二つの人影が見える。


「フェリアスの調査団を名乗っておりました」

「おっ! 俺たちを探してくれたのか?」

「そのようです。お会いになりますか?」

「もちろんだ。呼んでくれ」


 フォルトが快諾すると、隊長は手を挙げて合図を送った。

 先に一人だけ来るように伝えていたのだろう。影が一つだけ動きだして、こちらに向かってきた。

 さすがはバグバットの部下だと感心してしまう。

 近づいてきた女性は、ローブを着てフードを被っていた。


「調査団の団員で虎人族のゼネアです!」


 ゼネアはフードを脱いで、フォルトに一礼した。

 虎人族と言ったように、彼女の耳がそれを物語る。肩口まで伸びた髪も、茶色と黒色のメッシュで虎を彷彿ほうふつさせる。

 体格はローブでよく分からないのが残念だ。


「フォルト・ローゼンクロイツだ。探してもらって悪かったな」

「いえ。リーズリット様がアスの町で待機しております」

「町にいるのか?」

「はい。ユーグリア伯爵様の屋敷までお連れするように、と」

「そっそうか……」


(はぁ……。素通りは無理か。リーズリット殿をうまく使われてしまったな。まぁ第二の関門だし仕方ない。それにしても……)


 ファーレン・ユーグリア伯爵。

 レイナスの読みどおり、国境で接触してきた。先に予想していたので、別に驚きは無い。とはいえ、リーズリットやゼネアを使うとは思っていなかった。

 他国の亜人を、だ。


「では、みんなが起きてからでいいか?」

「もちろんです。私がご案内します」

「あっちの男は?」

「町に帰るように伝えます」


 ゼネアはきびすを返して、フォルトから離れていった。

 ならばと吸血鬼に隊長に、アスの町に向かう旨を伝えた。


「隊長殿、聞いたとおりだ」

「分かりました。進路をアスの町に向けます」

「セレス、レイナスを起こしてくれ」

「はい」


 まずは朝食を用意するため、セレスにレイナスを起こしてもらう。

 料理を作っている間に、フォルトは情報を聞くことにする。兵士のような男性が離れていくのを確認した後、手招きしてゼネアを焚火の前に座らせた。


「ゼネア殿は朝食がまだだろ? 一緒に食べるといい」

「よろしいのですか?」

「ははっ。人の食事を見てるだけというのもな」

「ありがとうございます!」

「まぁ料理が完成するまで、調査団のことを聞かせてくれ」

「はっ!」


 リーズリット率いる調査団は全部で二十人だ。

 そのうちの三人は、リーズリットの護衛に残っている。ゼネアもその一人で、今回はローゼンクロイツ家の捜索に駆り出された。

 他の団員は、すでにベクトリア王国に入国している。と言ってもその十六人は、アス山からの不法入国だ。


「不法入国か」

「基本的には諜報ちょうほう活動ですので……」

「なるほど。正当な手続きをしないほうが動きやすいのか?」

「それもありますが、我らは亜人です」

「ふむ」


 ベクトリア王国に亜人が入国すると狙われる可能性が高い。

 裏組織などどこにでも存在するので、人さらいに遭うのが関の山だ。法で守られていないため、返り討ちにすると逆に犯罪者に成りかねない。

 だからこその不法入国だった。

 諜報活動には、暴力を使うときもあるのだ。


「彼らが集めた情報はリーズリット様に集約します」

「ほほう。なら彼女とは一緒に行動するべきかな?」

「できればお願いします。情報はすべてお渡しします」


 これが、クローディアの言っていた連携である。

 フォルトの欲しい情報は、調査団が収集してくれる。闇雲に悪魔崇拝者を探すよりは、専門の彼らに任せたほうが良いだろう。

 ただし彼らが失敗すれば、リーズリットと一緒にいるローゼンクロイツ家に嫌疑が掛かる。ひいては、アルバハードが裏で糸を引いていると思われる。

 「できれば」と言った意味はそれだ。


「構わん。フェリアスの住人は友人だからな」

「ありがとうございます!」

「団員も何かあれば、俺たちのところに逃げ込んでこい」


 フェリアスとの友好関係の構築はうまくいった。

 そうなると、関係の継続が重要になる。信用を得るには時間が掛かると知っているフォルトは、調査団の身の安全を保障する。

 以降は出発するまで、いつものようにダラダラと過ごす。

 そして朝食も終わり、アスの町に向かった。


「旗を掲げろ!」


 吸血鬼の隊長が叫ぶ。

 馬車の外に巻かれた旗を解いて、馬上の吸血鬼たちも同様の旗を掲げた。儀仗兵ぎじょうへいとして、アルバハードの威厳を見せつけるのだ。

 もちろん演出だが、フォルトの顔は真っ赤に染まった。


(恥ずかしい……。でも仕方ないしな……。正式な外交使節団だし……。俺がめられるのは、バグバットが舐められたと同じことか)


「ふふっ。貴方には酷な演出よね」

「あはっ! 楽しくなってきたわあ」

「御主人様の恥ずかしがる顔は面白いでーす!」

「フォルト様って本当に魔人なんですかね?」

「んっ」


 フォルトが乗っている馬車には、マリアンデールとルリシオンが同乗している。他にもカーミラとフィロ、当然のように膝の上にはマウリーヤトルだ。

 先の令嬢を二人そろえたことで、正式なローゼンクロイツ家となる。

 馬車の中を見られるわけではないが、演出としては完璧か。吸血鬼の騎士一人を早馬として出すことで、通行門では審査すらされない。

 ゼネアも先に向かわせて、リーズリットに到着を知らせる。


「この一行は何だ?」

「紫のよろいを着た騎士なんて知らないわ」

「見たこともない旗だが……」

「馬車に描かれた紋章が禍々しいな」

「もしかして首都は落ちたのか?」

「うちらの王様は首をねられたらしいぞ!」

「惜しい人を亡くしたわね」

「ミリム王女は無事なのか?」


 アスの町には、多くの人間がいた。

 国境の町なので、それに伴う商売をしているのだ。商業都市ハンと比べると規模は小さいが、ちょっとした貿易都市だった。

 フォルトたち一行は、目立つように移動している。

 そのためか、大勢の野次馬が周囲に集まっていた。しかしながら異様な集団に映ったようで、道から離れて眺めている。

 戦争の気配があるため、カルメリー王国は滅亡したと誤解した人もいる。フェイクニュースまで飛び交う始末だった。


「………………」


 フォルトは窓のカーテンをソッと閉じて、馬車が停車するのを待った。

 そして一行は、領主の館に到着する。

 小さな町なので、そこまで立派ではないようだ。

 庭には兵士が整列しているが、カルメリー王国とアルバハードの旗は掲げられていない。秘密裏の接触だからだと思われる。

 そうなると、こちらの演出は過大過ぎたか。

 馬車が停車すると、吸血鬼の隊長によって扉が開かれた。


「はぁ……。まぁマリとルリは残ってくれ」

「レイナスちゃんを同席させるのよねえ」

「うむ。二人にはベクトリア王国で、な」


 それだけ伝えたフォルトは、マーヤをカーミラに渡して馬車を降りる。

 同時にレイナスも降りてきて、フォルトの腕に手を回した。


「ロゼは?」

「さすがに持ってはいけませんわ」

「まぁそうか。さて……」

「フォルト殿! お久しぶりです!」


 屋敷の前にいたリーズリットが頭を下げた。

 隣には無精髭の生えた中年男性がいる。困ったような表情をしているあたり、フォルトたちの演出が意に沿っていないと分かった。


「久しぶりだな。リーズリット殿」

「いつぞやはお世話になりました!」

「うむ。壮健で何よりだ。で、そちらの御仁は?」

「ご紹介します。ファーレン・ユーグリア伯爵様です」


 あちらの思惑通りだろうが、確かに紹介してもらったほうが良いか。

 それにしても徹夜でもしたのか、ユーグリアは非常にやつれている。


「紹介に与りましたファーレン・ユーグリアです」

「うむ。フォルト・ローゼンクロイツだ」

「ローゼンクロイツ殿は……」

「名前で呼んでいいぞ。魔族では家名は特別なものだ」

「ではフォルト殿で……」


 うそである。

 ただ単に慣れていないだけだった。と言うか、誰からも家名だけで呼ばれたことがないような気がする。

 おそらくは、魔族の貴族家だからだ。ローゼンクロイツは家名にあたるが、人間の国では認めていないのだろう。

 親しい人物は名前で呼ぶが、エインリッヒ九世やデルヴィ侯爵は違う。フルネームなのは、マリアンデールとルリシオンの存在があるからか。

 または異世界人の平民として名前で呼ぶ。

 ソル帝国は取り込もうとしていたので、親しみを込めて名前で呼んでいた。

 フェリアスは価値観の違いと魔族を隣人だと思っているからか。

 そう考えると面白いが、フォルトとしては名前で良い。


「俺はユーグリア殿と呼ばせてもらうがな」

「まだ親しくはありませんからね」


 名前については、ユーグリアが言ったとおりだ。

 フォルトは人間嫌いなので、どうでも良い話か。人物で見るようになっても、今のところ琴線に触れない。

 それ以前に男性に用は無い。


「ではリーズリット殿と合流できたので、俺たちは出発させてもらう」

「ちょちょっと待ってください!」

「冗談だが、あまり長居もしない」

「まずは応接室でおくつろぎください」

「分かった」


 一応はくぎを刺したが、短時間で終わるかは不明だ。

 レイナスの読みでは、アルバハードと良い関係を築くのが目的らしい。とはいえ、本当のところは分からない。

 基本的に人間は信用しないので、ユーグリアを疑ってかかることにする。

 まずは彼女を連れて、屋敷の中に足を踏み入れるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る