第446話 南方視察1

 マリアンデールとルリシオンは、面白そうな人間たちを発見する。血魔狼けつまろうの件で動いた結果だが、フォルトに無理を言った甲斐かいがあった。

 本来であれば、吸血鬼の護衛がやるべき案件だった。しかしながら、食後の運動と無理を言って出張ってきたのだ。

 元々は魔物を想定しており、夜盗なら痛めつけるつもりだった。


(夜盗ではないようね。装備からすると……)


 相手は四人組の人間である。

 草原地帯に棲息せいそくする魔物は弱いとはいえ、農民が足を踏み入れる領域ではない。また夜盗にしては、貧相な格好でもなかった。

 男性の二人は立派なミスリルの装備で、女性の二人は魔法使いと神官か。組み合わせから考えると、やはり冒険者だろう。

 フォルトに忖度そんたくするならば、無視して戻るのが正解だ。


「感謝しなさい。遊んであげるわ」


 マリアンデールは腰に下げた武器を取って、ゆっくりと両手に装備した。

 バグバットから贈呈されたミスリルの拳だ。ルリシオンも同様に、フレイムスタッフを持っていた。


(面倒だけどね)


 全力を出せば一瞬でケリを付けられるが、とある理由から力を抑えるつもりだ。とはいえ、人間が相手なら十分だろう。

 そう思ったマリアンデールは、ルリシオンと顔を見合わせて言い放つ。


「ふふっ。私たちの準備はいいわよ」

「簡単に死んじゃ嫌よお」

「魔族の貴族として、貴方たちに先手を譲ってあげるわ」


 こうは言ったが、四人組は手練れのようだ。

 赤髪の男性――エリルと呼ばれていた――は、こちらを観察している。つい最近も虐めたシュンとは違うようだ。

 大柄な男性もギッシュと比べるまでもなく、その構えに隙が無い。


「グラド!」

「おおよ! 『強体きょうたい』!」


 グラドと呼ばれた大柄な男性が使ったスキル。

 その名称を聞いた瞬間に、マリアンデールはブルっと身震いをしてしまった。兄弟子のヒスミールを思い出したからだ。

 その一瞬の隙をついて、魔法使いの女性が動いた。



【マス・レジスト・マジックパワー/集団・魔力耐性上昇】



 手練れと思ったのは、この女性の魔力が大きかったからだ。

 この魔法は、上級の防御系魔法である。魔力が関わるすべての攻撃を軽減する。魔法はもちろん、魔法の武器も対象だった。

 魔族は魔法に長けている種族だ。

 その強みを軽減することで、戦闘を有利に進めるつもりだろう。上級で効果が高く集団化しているため、四人とも強化されてしまった。


「ちょっとお姉ちゃん?」

「わっ分かってるわよ!」


 隙を作ってしまったマリアンデールに、ルリシオンがいぶかし気な表情を向けた。しかしながら、これは仕方のないことだ。

 彼女はヒスミールを思い出したが、その内容が酷い。

 オカマの兄弟子には修業中に抱きつかれて、何度もほほに口付けをされた。無我夢中で離れた後は、ハート付きのウインクである。

 身震いするのは当然なのだ。


「次に会ったら殺すわ!」

「次って何のことだ? いくぜぇ!」


 ミスリルのバスタードソードを斜めに構えて、グラドが飛び出してきた。

 盾を持っていないが、ミスリルのハーフアーマーは硬そうである。


(いつもなら『波動烈破はどうれっぱ』で殺すのだけれど……)


「付き合ってあげるわ」


 マリアンデールも前に出た。

 グラドの連続する突きに対して、蚊を払うように拳で弾き返す。

 相手は盾職のタンクだと思われるが、片手で扱う剣はかなりの速さだ。ギッシュのように大振りをせず、彼女の急所を的確に狙ってくる。

 また『強体きょうたい』のスキルを使っているので、一撃が重くなっていた。


「人間にしてはやるわね」

「余裕ぶってるのも今のうちだぜ!」


 そう。あくまでも、人間としての力だった。

 一撃の重さなら、魔族のヒスミールに及ばない。修行で何度も戦っていたマリアンデールからすると、グラドの攻撃は児戯にも等しい。

 ならばとエリルに目を向けると、大柄な背中の後ろに隠れた。


脆弱ぜいじゃくな人間でも、二人で戦えば勝てるかもしれないわよ?」

「『疾風しっぷう』!」

「っ!」


 余裕を見せたマリアンデールだったが、エリルのスキルに驚いた。

 挑発に乗って、無様に斬りかかってくると思っていたのだ。『疾風しっぷう』を修得しているとは思ってもいなかった。

 彼女も使えるこのスキルは、短時間だけ風のように速く動ける。

 グラドの後ろに隠れていたので、完全に見失った。


「『疾風しっぷう』!」


 はずがない。

 魔法使いの女性と同様に、マリアンデールも魔力探知を使っていた。エリルは彼女の後ろを取ろうとしたので、同様のスキルで難を逃れる。

 グラドの剣を大きく弾いて、その大柄な背中に回り込んだ。


「なっ!」

「ふふっ。『気功破きこうは』!」

「ぐおっ!」


 マリアンデールの一撃によって、グラドは前のめりに飛ばされた。

 その先のエリルを狙ったのだが、ぶつかる寸前に避けられてしまう。スキルの効果時間が残っているので当然か。

 「あら残念」と口元に笑みを浮かべて、攻撃を避けた赤髪の戦士を追った。


「そっちの二人はお姉ちゃんに任せるわあ」

「いいわよ。ルリちゃんも遊んでらっしゃい」

「はあい」


 今までルリシオンは動いていなかったが、残った二人の女性に狙いを定めた。一人は上級魔法を操る魔法使いで、もう一人は神官である。

 両者ともに近接戦闘は無理そうだが、それは彼女も同様だった。


(ルリちゃんはどう戦うつもりかしらね)


 エリルの相手をしているマリアンデールは、地面に倒れているグラドを見る。さすがに『波動烈破はどうれっぱ』の下位スキルでは、大ダメージにならなかったようだ。

 そう思いながらも彼女は、悪魔ラプラス種の力を解放した。


「じゃあ行くわねえ」


 ラプラス種の力は、劣化版の時間加速である。

 思考も速まるので、ルリシオンの戦いを逃さずに観察できた。


「シルマリルさん」

「遊ばれているわね。でも……」

「でも何かしらあ? 魔法を軽減しても私の優位は動かないわよお」

「「………………」」


 勝ち誇った笑みを浮かべたルリシオンは、フレイムスタッフの先端を女性たちに向ける。次に自身を強化する魔法を使った。

 軽減されたのなら、威力を上げれば良いのだ。



【マジック・ブースト/魔力増加】



 ルリシオンは火属性魔法に特化していても、強化魔法ぐらいは使える。所詮は下級の魔法だが、そもそもの魔力は高い。

 だいたい五割り増しの威力になる。

 とある理由で魔力を抑えたかったが、これで軽減された分の帳尻は合うだろう。帳尻とはもちろん、魔力を抑えなくても手を抜けるという意味だ。

 それにしても、相手の動きが速い。


「クローソ! 領域展開よ!」

「はいっ! 女神アルミナよ……」」



【ホーリー・フィールド/聖なる領域】



 クローソと呼ばれた女性神官が、聖属性の空間を作り上げた。半径にして二百メートルぐらいか。

 これも、魔族対策の一つである。

 暗黒神デュールを信仰する魔族の属性は闇。しかも堕落の種で悪魔に変わった姉妹は、暗黒神から見放されても、聖なる領域で弱体化してしまう。

 ただし速いと感じたのは、シルマリルと呼ばれた魔法使いの女性だった。的確な判断と迷いが無い行動に、ルリシオンは強者との確信を抱いた。


「いいわねえ。楽しくなってきたわあ」



【ポップ・ファイア・ボルト/弾ける火弾】



 こちらの戦いには、壁となる人物がいない。

 必然的に魔法の撃ち合いになるが、まずはルリシオンが動いた。弾ける火弾は中級の火属性魔法だが、はたしてどれぐらいの威力になるか。

 火弾の狙いは、人間の強者と認識したシルマリルである。


「左右に!」

「はいっ!」


 弾ける火弾が放たれた瞬間、シルマリルとクローソが走りだした。

 ルリシオンを挟み撃ちにするつもりか。であれば戦術ミスと言わざるを得ない。各個撃破の良い機会で、彼女にとっては分断と等しい。

 弾ける火弾の威力を確認した後は、クローソの前に魔法を放つ。


(爆散した地面から察すると……。加減が難しいわねえ)


「馬鹿ねえ。貴女はそこで大人しくしてなさあい」



【ファイア・ウォール/炎の壁】



 炎の壁も威力が削がれている。

 普段なら人間の三倍以上の高さまで炎が立ち昇るが、聖なる領域のせいで半分程度になっている。とはいえ、クローソでは跳び越えられないだろう。

 魔力耐性が上昇しているので、炎を突っ切る可能性はあるが……。


(その前に行動不能にしてあげるわあ)


 ルリシオンは炎の壁に背を向けて、シルマリルとの距離を詰める。近接戦闘は苦手だが、彼女はとっておきのスキルを持っていた。

 そう。『炎獄陣えんごくじん』であれば、短距離の目標を焼き上げられる。


「私も好かれたものね」


 シルマリルはそう言い放ち、ルリシオンに向けて魔法を発動する。

 攻撃魔法かと思われたが、その魔法は予想外だった。



【ダブルマジック・ストーン・ウォール/魔法二重化・石の壁】



「え?」


 シルマリルの魔法で、ルリシオンとの間に石壁が立ち塞がった。

 ならばとブロキュスの迷宮で、ミノタウロスを倒した魔法で粉砕する。



【フレア・バースト/発炎爆発】



 これは、シルマリルの策略か。ルリシオンは逡巡しゅんじゅんする。

 爆散した石壁の奥に、もう一枚の石壁が立ち塞がっていた。となると、その後ろに彼女がいるはずだ。

 発炎爆発で石壁を破壊しても良いが、強力な魔法を撃ち込まれる可能性が高い。別に受けても良いのだが、逆に遊ばれた感じがしたのだ。

 少しだけ。そう少しだけ、プライドが傷ついた。


「やるじゃなあい」

「クローソ、今よ!」

「はいっ!」


 クローソの名前を聞いて、ルリシオンは魔力探知を広げた。声の内容から、炎の壁を突っ切ったと思ったのだ。

 そこで、石壁に背を向けずに動きを探った。振り向くとシルマリルから、手痛い攻撃魔法を受けてしまうだろう。



【サン・ライト/太陽の光】



 クローソは動いていなかった。

 聞き取れなかったが信仰系魔法を使ったようなので、シルマリルの動きに注意しながら振り向いた。もしも攻撃魔法なら、『炎獄陣えんごくじん』で相殺か威力を削ぐ。

 そこまで見ていたマリアンデールは「やられた」と思った。


「ちょっと!」


 クローソの信仰系魔法は、ルリシオンに向けて使ったわけではなかった。

 狙いはマリアンデールで、エリルとグラドの間に光を放射させたのだ。現在は夜なので、この奇襲は実を結んでしまった。

 彼女は片手で目を覆ってしまう。



【デンス・フォッグ/濃霧】



 そしてシルマリルの魔法で、周囲一帯に濃い霧が発生した。

 光で目がくらまされたマリアンデールは動きを止めて、魔力探知に意識を向ける。エリルやグラドからの攻撃に警戒したのだが、二つの反応が離れていく。


(まさか逃げる気? 私たちから逃げられるわけが……)


 四人組を見失わないように、マリアンデールは魔力探知を拡大した。

 どうやらクローソやシルマリルの反応も、この場から遠くに離れている。追いかけても良いのだが、とある理由のために断念した。

 ルリシオンも同様の考えで、炎の壁を消して近づいてくる。


「お姉ちゃん、ごめんねえ」

「ルリちゃんのせいじゃないわよ。あいつらの作戦勝ちね」

「森の中に逃げたわねえ」

「食後の運動なのだし、これぐらいで十分よ」

「逃げられたなんて言いたくないわあ」

「どうせ殺害は止められているわ」


 ミスリルの拳を外したマリアンデールは、南の森とは反対方向に歩きだす。ルリシオンも追従し、とある理由について意見を交わす。

 そして姉妹は、自分たちの居場所に戻るのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトは七つの月を眺めながら、馬車の近くで寝転がっている。

 マリアンデールとルリシオンは食後の運動だが、こちらは食後のゴロ寝である。太る原因と聞いたことがあったので、睡眠には入らない。

 魔人は痩せることも太ることもないが……。


「プニプニ」


 隣に座っているマウリーヤトルが、フォルトのお腹を指で押している。

 せめてビール腹になる前に、イービスに召喚してほしかった。と、くだらないことを思ってしまう。

 ともあれその感触が気に入ったのか、彼女は背を預けてきた。


「ははっ。マーヤはアルバハードを離れてどうだ?」

「楽しい」

「そっかぁ。楽しいのかぁ」

「うん!」


 ホームシックを心配したが、フォルトの杞憂きゆうだったか。

 自分は転移魔法を使って、三日おきに幽鬼の森に帰っていた。自動狩り用で、サタンとルシフェルを交互に出すためだ。

 本来なら転移魔法で送り込めば良いのだが、やはり自宅が好きだった。


「カーミラ、カーミラ」

「はあい! ただいまぁ!」


 マーヤをでたフォルトは、食事の後片付けをしているカーミラを呼ぶ。

 これはフィロの仕事なのだが、あまり水の持ち合わせが無い。レイナスの氷属性魔法やセレスの精霊魔法を使って、一緒に食器を洗っていた。

 まだ小屋を建てる状況でもないので、風呂にも入れていない。


「近くに川ってあるのか?」

「どうですかねぇ。見てきますかぁ?」

「頼む。マリとルリが食後の運動に向かったしな」

「じゃあ行ってきまーす!」


 カーミラはリリスの姿なので、翼をパタパタと動かして飛んでいった。

 体を拭く程度はやっているが、そろそろ水浴びをしたいだろう。もちろんフォルトもしたいので、川が近くに流れていることを期待しておく。

 町や村に入れば良いのだが、野営をしているのには訳があった。


(誰も接触してこなきゃいいんだが……)


 フォルトたち一行は、アルバハードの外交使節団。

 カルメリー王国に入国する際、国内を通過する許可だけをもらった。とはいえ、それだけで終わらせるとは思えない。

 国境から出発する前に、早馬が出ていたのだ。

 そこで、貴族関係に詳しい人物を呼ぶ。


「レイナス!」

「いま行きますわ!」


 木製のお皿を拭いていたレイナスは、急いでフォルトの隣に座った。絶対領域を見せつけるように、横座りから片足だけを伸ばしている。

 マーヤが寄りかかっているため、首だけを動かして目に焼き付けた。


「でへ」

「フォルト様?」

「いや。このまま問題無く通過できるかと、な」

「やはりカルメリー王国の貴族が接触してくると思いますわ」

「うーん。今までは何も無いが?」

「私の考えですと……」


 レイナスの話だと、カルメリー王国は属国の立場に不満がある。

 デルヴィ侯爵が後見人なので、不当な取引が横行していた。貴族たちの収入は激減しており、これを是正したいだろう。

 フォルトたちの来訪は願ったりで、アルバハードに仲裁を頼みたいところだ。良い関係を築いて、エウィ王国から譲歩を引き出したいと考えている。

 城に招くと知られるため、秘密裏に接触を持つ可能性が高い。


「さすがは貴族視点のレイナス。ならどこかで接触してくるか?」

「おそらくですが、ベクトリア王国との国境ですわね」

「確かにエウィ王国から一番遠いな」

「他にも理由はありますわ」


 バグバットの情報だと、そこにはカルメリー王国の重要人物がいる。

 稀代きだいの用兵家として名高いファーレン・ユーグリア伯爵だ。国境に軍を展開して、ベクトリア公国を監視しているらしい。

 こういった情報は出発前の二週間を使って、全員で共有してある。

 さすがは情報通の盟友だ。


「そいつが俺と接触を持つと?」

「ですので、道中は何も無いと思いますわ」

「なるほど。ならそこが第二関門だな」

「同席は誰を?」

「レイナスに頼めるか? マリとルリだと刺激が強い」

「分かりましたわ」


 デルヴィ侯爵が相手だから、マリアンデールとルリシオンを同席させた。

 カルメリー王国はリリエラの実家なので、わざわざ威圧することもない。ならば貴族の相手は、レイナスに任せるほうが無難だろう。

 ここまで話したところで、食後の運動を終わらせた姉妹が戻ってきた。


「何の刺激が強いのかしら?」

「刺激が欲しいのお? なら今夜の相手はよろしくねえ」

「そっそういった刺激なら欲しいけどな!」


 フォルトは上体を起こして、マーヤを膝の上に乗せる。

 レイナスは後片付けの続きをするために離れていった。

 マリアンデールとルリシオンは左右に座って、肩を寄せてくる。少し体が上気しているのか、両腕に熱を感じた。


「うん? 何かと戦ったのか?」

「面白い人間たちがいたわ」

「逃げられちゃったけどねえ」

「え? マリとルリから逃げられたのか?」

「力を抑えたからよ」

「あぁ……。カーミラの指摘か」


 マリアンデールとルリシオンは、カーミラと模擬戦をしたのだ。天使との戦いを見られない代わりの提案だったが、さすがに一勝もできなかった。

 そのときに言われた言葉が、「基礎を疎かにしている」だった。


(マリとルリは強いが、ティオのように毎日修行してないしな)


 魔族の国ジグロードが滅亡した影響だろう。

 今は彼女たちの近くに、力量の近い魔族がいない。

 本来であれば家格を決めるために、同族と戦う場面を気にしていた。だからこそ鍛錬を怠らなかったが、もう十年以上はやっていない。

 そういった理由があり、今回は力を抑えて戦ったのだ。


「四人組の冒険者チームだったわ」

「冒険者、か」

「なかなか強かったわよお」

「シュンたちよりも?」

「そうね。実践慣れしてたわ」

「へぇ。じゃあブラッドウルフは?」

「一頭は倒されていたけど、他は設置型魔法陣の上で寝てたわ」

「設置型だと……。目的は俺たちじゃない、か」


 おそらくは、依頼か何かで狩りをしていたのだろう。

 そこに血魔狼が入り込んで、獲物を捕獲するわなに引っかかったのだ。となると、何となく悪い気がする。

 仕事中に、魔族の姉妹と戦わせてしまった。

 しかし……。


「まぁ運が無かったってことだな」

「貴方も分かってきたわね」

「ははっ。マリとルリに鍛えられたからな」


 ローゼンクロイツ家当主としてのフォルトは、マリアンデールやルリシオンの期待に応えるために演技をしていた。

 さすがにもう慣れてきて、自分自身として取り込んでいる。

 デルヴィ侯爵との掛け合いは堂に入っていた。


「その不運な冒険者たちを詳しく聞きたい」

「いいわよお」

「何を話そうかしら?」

「マリとルリが見たことすべて、だ」


 マリアンデールとルリシオンから逃げられた冒険者たちである。

 人間の強者であることは間違いないだろう。有名人かもしれないので、「出会いたくないリスト」に入れたいところだ。

 それに敵対したときは、情報の有無が勝敗を分けると知っている。もちろん負けるとは思っていないが、足元をすくわれたくない。


「なら外見からね」

「フォルトの好きそうな女がいたわよお」

「は?」

「クローソと呼ばれていたわあ。もう一人は趣味から外れるわねえ」

「い、いや。そういうことを聞きたいのではなく……」

「あら。もう人間の女には興味無いのかしら?」

「無くは無いが……。からかってるだろ?」

「ふふっ。逃げられた憂さ晴らしね」

「あはっ! フォルトの慌てる姿は好きよお」


 フォルトは「敵わないな」と思いながら、マーヤの頭から手を離した。すると「撫でて」と言われて手を戻される。

 ともあれ姉妹から言われた手前、二人の女性に興味が出た。むさ苦しい男性でなければ、目の保養になりそうだ。

 そんなことを考えて頬を熱くしていると、吸血鬼の隊長が近づいてきた。


「フォルト様、少しよろしいでしょうか?」

「どうした?」

「その冒険者たちに心当たりがあります」

「ほう。なら詳しく教えてくれ」

「はい」


 四人組の冒険者たちは、Sランク冒険者チーム「竜王の牙」。ソル帝国を拠点にしており、人間の冒険者では有名なチームだ。

 クローソの名前から気付いたようで、他のメンバーの名前も教えてもらう。

 ちなみにSランク冒険者チームは、この大陸に三チーム存在する。


「へぇ。三つのうちの一つか」

「はい。魔法使いの女性は〈妖艶の魔女〉シルマリルです」

「二つ名持ちか。と言うか、なぜ魔法使いから?」

「女性に興味がおありのご様子でしたが?」

「違うから! 違くはないが違うぞ!」


 吸血鬼の隊長の対応に、マリアンデールとルリシオンは笑っている。

 フォルトとしても内心では面白かったので、訂正した――していないが――後は顔を地面に向けてしまった。

 そろそろ、この話題から抜け出したい。


「リーダーは軽戦士のエリル。他に盾職戦士のグラドです」

「クローソは?」

「女神アルミナの神官です」

「詳しいな」

「こういった話はバグバット様から共有されます」

「なるほど。さすがだな」


(アルバハードの騎士なら知っていて当たり前か。なら吸血鬼を滅ぼせる存在なのだろうな。知らないと対峙たいじしたときに倒されちゃうし……)


 吸血鬼の真祖バグバットは、眷属けんぞくにした吸血鬼を一族と呼んでいる。なので彼らに対しては、使い捨てと思っていないだろう。

 このあたりは見習いたいものだ。


「参考になった。ありがとう」

「いえ。微力ながらお力になれて光栄であります!」

「………………」


 かぶとを被っているので表情は分からないが、なぜかうれしそうだった。

 吸血鬼はフォルトの部下ではないので、思わず首を傾げてしまう。


「まぁいいか。それで?」

「シルマリルって女がくせ者ねえ」

「戦士の二人もなかなかね。あの強さなら下僕にしてあげても良いわ」

「下僕って……」

「普通の魔族よりは強いわよお」

「手駒は多いほうがいいのではなくて?」

「………………」


 人間でも強ければ、魔族は認めている。

 魔王軍六魔将の一人に人間がいると、何かの雑談中に聞いた記憶がある。またSランク冒険者チーム「竜王の牙」は、魔族の一般兵よりは強いとの話だ。

 マリアンデールやルリシオンの観点だと、ローゼンクロイツ家の警備兵ぐらいにはなるだろう的な発想だった。


「面白い話だな」

「そうかしら? 貴方の影響よ」

「俺の?」

「昔の私たちなら思いつかないわあ」


 フォルトと出会う以前の姉妹なら、人間は蹂躙じゅうりんして楽しむ対象だった。どれだけ強かろうが、興味を持つことなどなかったのだ。

 それが今では、生かして玩具にすることも楽しみの一つになっている。


(マリとルリの玩具だと蹂躙と変わらないような……。おっと)


「御主人様! 湖ならありましたよぉ!」


 ここまで会話したところで、カーミラが戻ってきた。

 フォルトは彼女を出迎えるため、マーヤを腕に抱えて立ち上がる。すでに「竜王の牙」の件は頭から離れて、脳内は身内たちとの水浴びで満たされた。

 まだ夜は更けていないので、早速向かうことにする。一緒の馬車に乗る身内を決めた後は、湖を目指して移動を開始するのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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