第445話 教皇選3

 木窓の隙間から、太陽の光が差し込む部屋。

 外からは鳥の鳴き声が聞こえて、ベッドで寝ている男女に朝の訪れを告げる。男性は眠りが浅くなり、目を閉じた状態で寝返りを打つ。

 そして腕を動かし、隣で眠る女性を引き寄せた。


「朝、か?」

「すぅすぅ」

「ラキシス。ラキシス、起きろ」

「んっ……」


 この男性はシュンである。

 ラキシスに口付けした後は、シーツをまくって上体を起こす。彼女に視線を移すと、ふくよかな双丘が揺れる。


(いいねぇ)


 シュンの趣味は、フォルトと正反対である。となるとソフィアは該当しないが、それはまた別の話だった。

 本命にする場合は、容姿を最上位に置いているからだ。美男に釣り合う女性は、やはり美女である。

 趣味のほうは、浮気相手で十分に満足なのだ。


「ぁっ……。シュ、シュン様。おはようございます」


 エウリカの町に来てからというもの、ラキシスを部屋に連れ込んでいた。

 現在はアルディスとエレーヌがおらず、身近にいる唯一の女性だ。誰にも気兼ねすることがなく、その体を貪っていた。

 ちなみにシュンの容姿ランクだと、彼女がソフィアについで二番目である。次にエレーヌで、三番目にアルディスだった。

 本性のドメスティックバイオレンスも出せるので、非常に重宝している。


「おぅ。水桶みずおけとか片付けておけよ」

「は、い」


 行為後に体を拭くためのものだ。

 まだ結婚するつもりはなく、子供も作るつもりがない。ラキシスの体に付着するものを拭かないと、ベッドで寝るときに臭いが気になる。

 それはともあれ、シュンは木窓を開けて朝日を浴びた。


「聖神イシュリルよ。本日も救いと喜びをお与えください」


 ひざまずいたシュンは、首から下げている銀のメダルを握りしめる。

 聖神イシュリルに送る祈りの言葉は、ほとんど日課としてささげていた。もちろん、恩恵が欲しいという打算に基づいている。

 神官のラキシスも続き、同様に祈りを捧げていた。彼女は敬虔けいけんな信者である。打算など微塵みじんも考えていない。

 二人とも一糸まとわぬ姿だが、見る者はいない。

 領主の屋敷には、二人の他だとノックスしかいない。まだ使用人などは配属されておらず、ガロット男爵はエウリカの町に屋敷を持っていた。警備を担当する専業兵士は、門の前で微動だにしていない。

 そのとき天井を貫いて、一筋の光が二人を包み込んだ。


(シュン)


「っ!」


 シュンの祈りが届いたのか、聖神イシュリルの声が脳裏に響いた。久々なので驚きながらも、さらに首を垂れる。

 そして隣を見ると、ラキシスも同様だった。

 彼女にも神の声が下ったのだろう。


「ラキシス、聖神イシュリルは何て言ってた?」

「続けよ、と……」

「ははははっ! 神の審判は無罪らしいぜ!」

「………………」

「おらっ! 俺の愛を受け入れろ!」


 もう朝だというのに、シュンはお盛んである。

 荒々しく抱かれたラキシスは、表情をゆがめながらも受け入れた。彼女の中で聖神イシュリルは絶対であり、しかも痛みに愛を感じている。ドメスティック・バイオレンスの真骨頂だった。

 行為が終わった後は、ガロット男爵が用意した貴族服を着る。


「似合うか?」

「はい。領主のお仕事ですね?」

「今日はノックスと神殿に行く予定だ」

「私は何をしていれば良いでしょうか?」

「そうだなぁ……。服でも洗濯しておいてくれ」

「分かりました」


 今のところラキシスには与える仕事が無い。

 夜の営みに精を出してもらえれば良いので、後は好きにさせておく。いずれ何かで出番があるかもしれないが、従者でもあるので雑用を任せる。

 部屋を出たシュンは、ファミリールームに向かった。するとノックスがくつろいでおり、こちらに向かって手を挙げている。


「やあシュン、おはよう」

「おぅ。起きてたか」

「ちょっと相談があるんだけどさ」

「何だ?」

「家を借りられないかな?」

「屋敷を出ていくのか?」

「ここはシュンの屋敷兼仕事場だしね」


 確かにノックスの言ったとおりだ。

 商業都市ハンの屋敷は勇者候補チームで使っていたが、領主となった今は別々に住んだほうが良いだろう。

 彼の部屋は、階も違って離れていた。しかしながら、ラキシスとの情事中に尋ねてこられると困る。

 まだ付き合っていることは隠したい。


「プライベートは分けたいってか?」

「まぁそうだね。屋敷に出社する感じでいいでしょ?」

「だったら近くで物件を探しておけよ」

「そうさせてもらうよ」

「へへ。公費で借り上げてやるぜ」

「マジ? 助かるなぁ」

「その代わり呼んだらすぐに来いよ? 頼りにしてんだからよ」

「任せてよ!」


 これでノックスについては、十分に報いているはずだ。

 限界突破の費用も出すので、後は女性でも宛がえば完全に舎弟である。今までも同様だったが、ここで駄目押ししておく。


「んじゃ行くぞ」

「準備はできてるよ」


 そしてシュンはノックスと一緒に、馬車を使って神殿に向かう。前領主の馬車が残されていたので、今回はそちらに乗車した。

 御者や護衛として、二名の専業兵士を連れていく。


(ハンにある神殿より小せぇな)


 聖神イシュリル神殿は、エウリカの町だと中央に位置する。他にも商業ギルトがあり、生活に必要な施設が集まっていた。

 北側には領主の屋敷の他に、役所や衛兵の詰め所などの建物。東側には骸の傭兵団ようへいだんの拠点が存在する。残りは領民の住宅や畑などが占めていた。

 それらを囲む壁は木造である。また壁の外にも畑があり、魔物を発見したら町の中に逃げる必要があった。

 通行門も存在して、町に訪れる旅人はカードの提示が必要だ。


「司祭長のベクト様に取り次いでくれ」

「はっ!」


 シュンは専業兵士を使って、聖神イシュリル神殿の前で待つ。

 これにも優越感を覚え、内心では大笑いしたかった。とはいえ感情を隠すことは得意なので、いつものホストスマイルを浮かべている。

 以降は応接室に通されて、先日は屋敷に訪れたベクトと面会した。


「ベクト様、本日はお忙しいところ……」

「堅苦しい挨拶は抜きで良いですよ」

「そっそうですか?」

「シュン殿は勇者候補でもあられる領主様です」


 司祭長のベクトは、シュンよりも地位が高い。世俗階級は意味を持たず、貴族社会の常識は通用しない。

 それでも関係性はあるため、そのあたりのさじ加減は慣習による。領主であれば、司祭長と同等でも構わない。


「まだ貴族の言葉遣いに慣れてなくて、な」

「敬称も不要ですよ」

「助かるぜ」

「して、本日は何用で参られました?」

「まずはノックスの限界突破だな」


 ノックスも同席しているが、ここから先の話は聞かせられない。限界突破の神託を受けさせた後は、馬車の中で待機してもらう。

 ベクトは扉の外にいる神官に、他の司祭の所に案内するように命じている。


「これでよろしいですか?」

「あぁ」

「本日の御用は教皇選について、ですね?」

「ベクトは枢機卿すうききょう派だよな?」

「はい。シュナイデン様にはシュン殿のことを頼まれております」

「頼まれる?」

「力になれと、ね。ですので何でも仰ってください」


 デルヴィ侯爵と同様に、シュナイデン枢機卿にも期待されている。

 シュンの知らないところで、色々と動いているようだ。さすがに重く感じてしまうが、結果を出せば良いだろう。

 そこでガロット男爵に話した内容を、ベクトにも伝えた。


「なるほど。こちらとしては問題ありません」

「い、いいのか?」

「監査の女神官には気の毒ですがね。聖神イシュリルのお言葉です」

「もしかして……」

「はい。シュン殿が訪れる前に神託がありました」

「マジかよ……」

「お聞きしたいのですが、聖神イシュリルを何と考えておりますか?」

「え?」


 聖神イシュリル。

 シュナイデン枢機卿と初めて会話した内容から、おそらくは善の存在ではない。神の名をけがさなければ、何をしても許されるような話だった。

 それは、ラキシスが受けた神託からも察せられる。神々に対する強い信仰心を持っていれば、神罰を下さないのだろう。


「私も同様の理解をしております」

「そっそうか……」

「少し違うのは、信仰心についてです」

「持つだけでは駄目だと?」

「はい。信者を増やして信仰心を捧げるのです」

「………………。俺が聞いた声と同じだな」

「おや。私が伝えるまでもなかったようですね」

「意味を理解できたぜ。そういうことか」


 聖神イシュリルに限らず神々が欲しているものは、人々の信仰心である。

 その大きさや強さは力になるからだ。どういった力になるかは分からないが、信者を増やして信仰心を捧げることこそが重要である。

 その過程で人々がどうなろうと、神々には興味が無いのだろう。といった話が、枢機卿派の解釈だった。


「シュン殿は理解が早いですね。期待されているのも分かります」

「まあな」

「今の教皇派は善神の解釈です」

「へぇ」

「まぁ善神のほうが人々の覚えが良いですね」

「だろうな。でも司祭長からそんな話を聞くとは……」

「はははっ! シュン殿だからこそですよ」


 普段のベクトは、聖神イシュリルの善性を説いている。

 他の枢機卿派も同様だが、内心はシュンに語ったとおりだ。


「ところでシュン殿は、祝福の魔法をお持ちですか?」

「まだだが?」

「カードを確認してください」


 ベクトに促されたシュンは、ポケットからカードを取り出す。

 それからスキル欄を表示し、続けて信仰系魔法を押すと魔法の一覧が出る。使える魔法が表示されているが、その中に【ブレス/祝福】があった。

 今まで持っていなかった魔法だ。


「あれ?」

「神託と同時に受け取ったのでしょう」

「なるほどな。使い方は他の信仰系魔法と同じか」

「はい」


 信仰系魔法は術式魔法ではない。

 習得するのではなく、神々から与えられる魔法だ。ほとんどは司祭といった者たちを通して与えられるが、シュンのように神々から直接授かる場合もあった。

 その基準は信仰心の大きさやレベルによる強さ、信仰する神々によるといわれていた。ある意味では曖昧あいまいであり、本当のところは不明である。


「その魔法で信者に祝福を与えてください」

「効果は?」

「おまじない程度ですよ」

「良いことがあれば聖神イシュリルのおかげ、か」

「口に出したら効果が消えますね」

「ベクトは面白いなぁ」


 シュンの言葉に対して、ベクトの口元が綻ぶ。

 先日会ったときは、もっとお堅い感じがしたものだ。


「信者以外に使うと?」

「他の神々と競合します。怒る人が多いですよ」

「そうかもなぁ」

「まぁ信者を増やすために活用すれば良いでしょう」

「そうしよう」


 祝福を与えて良いことがあれば、信者になる可能性が高まる。所詮はその程度の魔法だと、ベクトから伝えられた。

 ただし、本来の効果は別である。彼はそれを知る数少ない人物の一人。しかしながら、まだシュンには伝えない。

 隠されているとは知らず、司祭長との面会を終える。


「では監査の女神官について、後日ガロット男爵とすり合わせます」

「悪いな。だが話は通しておきたくてよ」

「お気遣いありがとうございます。また何かありましたら……」

「今後も頼らせてもらうぜ」

「はい」


 シュンは満足気な表情で、応接室を出て馬車に向かう。

 後は結果を待つだけだが、ノックスが受けた限界突破の神託が気になった。もしも同行するような内容なら、女神官の結果を聞いてから行くべきか。

 そんなことを考えながら、馬車に乗り込むのだった。



◇◇◇◇◇



 カルメリー王国首都アスリーの冒険者ギルド。

 ここ最近は食料備蓄についての依頼が多く、連日大盛況だった。ついこの間も、国境までベクトリア公国軍が進出してきたからだ。

 戦争の気配が続いているため、依頼人のほとんどは軍関係機関である。また転売目的の商人も多い。

 その最中、冒険者たちはうわさする。


「戦争が始まるのかな?」

「どうだろうな。ユーグリア伯爵は国境まで出てるぜ」

「エウィ王国からの使者も頻繁に来てんだろ?」

「クソ宗主国か。なら本当に始まりそうだな」

「徴兵はされてねぇけど、みんな不安がってるよ」


 戦争など御免被りたいが、その決定権はエウィ王国にある。

 国民は属国の立場を分かっており、命令されれば断れないと知っている。だからこそ、使者の往来が不安を誘っていた。

 食料の備蓄も同様で、戦争の準備だと思っている。


「だがよ。うちの王様は筋金入りの優柔不断だからな」

「引き延ばせるだけ引き延ばしてると思うぜ」

「その間に好転すりゃいいけどよ」


 「そうかのう」が口癖のカルメリー王は、第二王女ミリエの婚姻話を破談にしている。聖女任命の前に、デルヴィ侯爵がめとる予定だった。

 後見人になれたので文句を言ってこないが、一矢報いたとも言えるか。妻だった第一王女ミリアには災難だったが、今はリリエラとして生きている。

 もちろん後者については、誰にも知られていない。


「ユーグリア伯爵なら何とかしてくれるぜ」

「なるべく犠牲を減らしてもらいたいね」

「まぁ冒険者にできることはよ。依頼を達成することだけだ」


 冒険者ギルドは、人間同士の戦争に参加しない。

 多様な戦闘技術を持つ冒険者が参加すると、双方ともに被害が甚大になる。ターラ王国でも、ソル帝国との戦争には不参加だった。

 個人的に参加する場合は、冒険者を辞める必要がある。レジスタンスになった冒険者はギルドを脱退しており、再加入は認められない決まりだ。


「話は変わるけどよ。ミリム王女の依頼は誰が受けたんだ?」

「巨大ココッケーか? 確かに一羽いりゃ余裕が出るけどよ」

「あんな依頼は無理だろ。捕獲できる奴なんていたか?」

「何か四人組の冒険者が受けたってよ」

「へぇ。チーム名は?」

「何だったかな? カルメリー王国の奴らじゃなかったぜ」


 カルメリー王国第三王女ミリムの依頼。

 ココッケーとは、日本でいうところのニワトリである。フォルトの屋敷では、養鶏場でインプが飼育している動物だ。

 習性はまったく違って、感知能力が高く土を掘れるし空も飛べる。

 つまり、捕獲が困難なのだ。しかも巨大となると個体数が少ないため、発見が容易ではない。とはいえ捕獲できれば、毎日の卵には困らない。

 巨大ココッケーの大きさは、成人男性と同程度である。通常のココッケーより何倍も大きいが、卵も比例しているため数十人分以上にはなる。

 その依頼を受けた冒険者たちは、南西の草原地帯でわなを張っていた。


「シルマリル、罠の調子はどう?」

「まだ反応は無いわ。でもエリル、本当にいるのかしら?」

「目撃情報があったでしょ。近くにはいるさ」


 四人組の冒険者たちとは、ソル帝国のSランク冒険者チーム「竜王の牙」だ。

 サザーランド魔導国のナナ・タワーを目指しているが、路銀が尽きかけていたので調達中だった。

 何回も依頼を受けたくないので、難易度の高い巨大ココッケーを狙う。一攫千金いっかくせんきんにはならないが、これ以降は依頼を受けないで済む。

 現在は夜だが、月明かりが二人を照らす。


「もしかしたらグラドとクローソのほうかもね」

「南の森? そっちかもしれないね」


 エリルとシルマリルのいる草原地帯の南には、ちょっとした森がある。

 ここらは魔物の領域なので、森にも魔物や魔獣がいるだろう。と言っても危険な存在は確認されておらず、「竜王の牙」なら対処できる。

 また巨大ココッケーは、知恵を使わないと捕獲できない。脅威になる天敵はいないはずなので、生息している可能性は高い。


「一回合流しようか」

「そう…………。あ、エリル。待ってね」

「どうかした?」

「罠に反応があるわ」

「やったね! 依頼達成かな?」

「確認しないと分からないわよ」

「んじゃ確認してから合流しよう!」


 にっこりと笑顔を浮かべたエリルは、シルマリルの後を追う。

 罠とは、設置型魔法陣のことだ。今回は睡眠魔法を設置しており、魔法陣を踏むと対象を眠りへと誘う。

 おおよそ一キロメートル程度進んだところで、とある影が地面で寝ていた。


おおかみかしら?」

「いや……。こいつはブラッドウルフだ!」

「っ!」


 エリルはその場で座り込み、息を殺して周囲を見渡す。

 膝ぐらいまでしか伸びていない草では体を隠せないが、狙いはそれではない。草を引き抜いて、空に向けて放り投げた。

 その草は風に乗って、後ろに舞っていく。


「風下だね」

「北から来たのかしら?」

「とりあえず殺しちゃって」

「いいわよ」



【グランド・スパイク/大地・刺突】



 シルマリルは土属性魔法を使って、地面で寝ている血魔狼にトドメを刺す。文字通り地面から突き出た尖突せんとつが体を貫いて、完全に息の根を止めた。

 地面に血だまりができたので、エリルは急いで土を被せる。


「一頭ではないと思うよ」

「でしょうね。群れがいるはずだわ」

「他の魔法陣に反応は?」

「………………。来たわ。二、三、五、十、十二……」

「寝た?」

「と思うわよ? 十五頭ね」

「全部かな?」

「分からないわ。でも罠に掛からないのもいるわよ」

「離れよう。一頭ずつなんて倒してらんない」


 風下ということもあり、他の血魔狼はエリルたちに気付いていないはず。

 今のうちにグラドやクローソと合流しないと面倒なことになる。睡眠魔法で寝た血魔狼は深い眠りではないので、時間と共に起きてしまう。

 そして二人は足音に注意しながら、南の森に向かって退く。


「ブラッドウルフが何で……」

棲息せいそく域でも変わったかな? でもカルメリー王国にいたっけ?」

「ギルドで調べたけどいないはずよ」

「だよね。もしかして召喚?」

「だとしたら術者がいるはずだけど……」

「依頼が被った? 確かに召喚魔法なら……」


 推測に推測を重ねる悪い状態だ。しかしながら依頼が被ったのであれば、術者と話し合いの場を持つ必要がある。

 報酬は減ってしまうが、共闘しての捕獲も有りかもしれない。


「エリル!」

「エリルさん!」


 南の森に近づいたところで、グラドやクローソと合流できた。さすがに風下で二キロメートル以上も離れれば、血魔狼も追ってはこないか。

 推奨討伐レベルは十九だが、群れを相手にすると三十に近くなる。「竜王の牙」は四人なので、数の暴力にさらされてしまう。

 退いた理由としては十分だ。

 そしてエリルは、今までの出来事を伝えた。


「ブラッドウルフねぇ」

「無事に退けたことを女神アルミナに感謝しましょう」

「はははっ! 風下が幸いだったしね。感謝するよ」

「んでエリルよぉ。どうすんだ?」

「ブラッドウルフがいるなら草原地帯からは逃げたよね?」

「そうね。長距離は飛べないから……」


 残念ながら血魔狼では、巨大ココッケーは狩れない。どちらも感知能力は高いが、能力的には後者に分がある。

 敵が近づいたら地面に潜り込んで、その場から一気に離れていくからだ。しかも追いかけると、土中から出て空に飛び立つ。

 最初から空に逃げないのは、遠距離攻撃を想定しているらしい。だからこそ、近づいて捕獲するのは無理なのだ。

 ニワトリのくせに頭が良い。


「なら森の中かな?」

「それらしき足跡は無かったですよ?」

「じゃあまた気長に罠を張るしかないかぁ」

「エリル、ちょっと待って! 魔力探知に反応があるわ!」

「魔力探知? 巨大ココッケー?」

「違うわ……。数は二……。人型、だわ」


 〈妖艶の魔女〉シルマリルの魔力探知範囲は広い。

 戦闘経験も豊富なので、こういった状況のときは意識して使っている。血魔狼以外にも、魔物がいる領域だからだ。

 その魔力探知に引っかかった人物は……。


「あらあ。人間が四人ねぇ」

「貴方たちがブラッドウルフを倒したのかしら?」


 月明かりに照らされて、二人の女性が姿を現す。

 両者とも黒のゴシック服を着ており、この場には不釣り合いだった。しかも面体が幼くて、まだ二十歳にもなっていなさそうだ。

 どこかの貴族令嬢を彷彿ほうふつさせるが、片割れの女性には角が生えている。


「魔族だわ!」

「ちょっ! 何で魔族がいるのさ!」

「間違いないわね」

「やべぇな……」


 まだ距離は離れているが、大柄なグラドが前に出た。ギッシュと同じ盾職の戦士であり、タンクとして仲間を最前線で守るためだ。

 シルマリルとクローソは後ろに下がった。


「あはっ! 人間が私たちと戦うつもりぃ?」

「身の程を知らないようね。食後の運動になるかしら?」


 二人の魔族は口元に笑みを浮かべて、「竜王の牙」を観察している。

 その歩みは止まっているが、魔族は人間よりも強い。見た目にだまされてはいけないだろう。彼女たちについての情報も無いので、エリルは戦闘を躊躇ちゅうちょする。

 人数で勝っているとはいえ、魔族を相手に四人は心許ない。


「ちょっと待ってもらっていいかな?」

「エリル! 迂闊うかつすぎるぞ!」

「いいから任せてよ」


 エリルが両手を上げて、グラドより前に出る。

 すると、目の前の地面が爆発した。


「それより前に来ないでくれるかしらぁ?」


 轟音ごうおんが響いたので、魔法名は聞き取れなかった。しかしながら、地面の草木が燃えている。おそらくは、身長が高いほうの魔族が放った火属性魔法だろう。

 エリルに当てないところを見ると、話し合いが可能かもしれない。


「えっと。見逃してくれないかなぁって、ね?」

「見逃す? 魔族が? 人間を?」

「僕たちは魔族狩りじゃないしさ」

「関係ないわよぉ。次は私たちが人間を狩ってあげるわあ」

「ふふっ。そろそろいいかしらね」


 魔族の二人が一歩前に出る。

 そこでエリルは、剣を捨てて両手を上げた。会話ができているということは、戦闘を回避できる可能性があるということ。

 内容を聞くかぎり無理そうだが、もう少し踏み込んでみる。


「二人とも魔族の貴族でしょ?」

「だったら何かしら?」

「無抵抗な人間を殺すと家名に傷が付くよ?」

「じゃあすぐに戦いたくしてあげるわ」

「そう言わずに、さ」


 これは無理かもしれない。

 魔族は人間の敵なのだ。勇魔戦争では、双方とも人的被害が出ている。互いが永遠に消えることがない憎しみを持っていた。

 特に国を滅ぼされた魔族側のほうが、人間側より感情に支配されている。また寿命の差もあるので、生き残った魔族のほとんどは現役の戦争経験者だ。


「あはっ! なら私たちに勝ったら見逃してあげるわよぉ」

「そうね。魔族の流儀でいきましょう」


(僕たちが勝ったら、そっちは死んでるんじゃ……。でも仕方ないか、な? まぁ僕たちはSランク冒険者チームさ。むざむざとはやられないよ)


 会話に持ち込めたのは、二人とも傲慢な強者だからか。

 エリルは首を振ってから、地面に投げ出した剣を拾った。次にグラドの隣まで戻って、丸太のような腕をたたく。

 シルマリルやクローソを見ると、意を決したような表情である。巨大ココッケーの捕獲が、魔族との戦闘に変わってしまった。

 これに苦笑いを浮かべながら、剣を正眼に構えるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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