第444話 教皇選2

 リリエラおよび聖女ミリエの故郷カルメリー王国。

 肥沃な大地が広がる農業国家で、別名「黒の王国」とも呼ばれる。由来は土壌からだが、草原地帯に広がる大地が黒い。

 ノウン・リングでは、養分が豊富な黒土チェルノーザムに該当する。自然と豊穣ほうじょうを司る女神アルミナの祝福を受け、良質な農作物が栽培できた。そういった意味では効能は更に高いかもしれない。

 また農家には、一世帯に二カ所の畑を貸与されている。交互に耕作しながら土を休ませて、土壌の効果を上げていた。


「ふぅ。第一関門突破か」

「さすがに捕縛は無いと思いますわよ?」

「まぁそのためのマリとルリだったが……」


 エウィ王国からカルメリー王国に入国したフォルトは、馬車の中で安堵あんどしていた。旅の途中で一番の関門だと思っていたデルヴィ侯爵領を抜けたのだ。

 最初が山場とはこれ如何にだが、相手がハーラス・デルヴィ侯爵であれば仕方ないだろう。黒いうわさの絶えない悪代官で、金と権力の化け物なのだ。最悪を想定していただけに、あっさりと通過できたのがうそのようだった。

 プリプリと怒っていたので、今後は怖かったりするが……。


「御主人様は考えすぎでーす!」

「ふふっ。相手はご老人ですわ。実力行使には慎重でしょう」

「んっ」


 馬車にはカーミラとセレスの他に、マウリーヤトルも同乗している。膝の上にちょこんと座り、デフォルメされた骸骨のぬいぐるみを抱いていた。

 サラサラな黄金色の髪を触ると気持ち良く、フォルトは頻繁に頭をでている。まるで嫌がらず笑みを浮かべており、相当に懐かれたようだ。

 旅の間はおっさんの姿なので、周囲から見ると親子に見えるか。

 さすがに孫ではないと思いたい。


「可愛いですねぇ。御主人様とカーミラちゃんの子供でーす!」

「それはバグバットに悪いだろ」

「えへへ。じゃあ、みんなの子供でーす!」

「そっそれなら……。いいのか?」

うれしい」

「そっかぁ。嬉しいのかぁ」

「うん」


 本人的には問題無いようだ。

 マーヤが喜ぶとフォルトも嬉しいが、やはり父性が芽生えたかもしれない。とはいえ、こういった話は棚に上げておく。

 デルヴィ侯爵領を進んで疑問に浮かんだことがあり、レイナスに問いかけた。


「なぁレイナス。なんか白い服を着た奴らが多くなかったか?」

「聖神イシュリルの信者ですわね」

「信者なのか。神官ではなく?」

「神官着や司祭服は違いますわ」

「へぇ」


 聖神イシュリルの信者は、薄手の白い服を着るそうだ。

 普段は箪笥たんすの肥やしだが、神殿で礼拝するときに着用するらしい。


「ソフィアさんからは教皇選が始まっていると伺いましたわ」

「教皇選というと……。選挙か?」

「はい。次期教皇を決める選挙ですわね」

「なら投票にでも行ってるのか」

「ですわね。私たちには関係ありませんわ」

「確かにな。俺は神など信じない」


 この場合の信じないは、存在の真偽ではない。

 神々の存在する世界で、イービスという世界の意思からも肯定されているのだ。天使も確認しており、その存在自体は疑っていない。

 ただし、人間と同様に信用していないのだ。「どのみち俺は魔人だしな」と思いながら、今度はセレスに問いかけた。


「フェリアスの調査団とはどこで合流すればいいのだ?」

「ベクトリア王国との国境ですね」

「なるほど。まぁカルメリー王国には用が無いしな」


(確かシュンたちの護衛の対価で道中は安全とか? 属国ならエウィ王国からの通達は受けてるってところか。その当人は……)


 今頃シュンは何をしているのやら。

 そんなことを考えたフォルトは、思わず吹き出しそうになる。護衛が護衛されていたことも知らずに、フェリアスでは問題ばかり起こしていた。


「はい。エルフ族にとっての懸念はベクトリア王国内ですわ」


 亜人の国フェリアスは、大陸南部のベクトリア王国と国境を接していない。外交関係も疎遠であり、エルフ族は亜人の希少種として狙われるそうだ。

 三大国家の住人として配慮はされるが、国法では守られていない。


「公国全体だと?」

「サザーランド魔導国とラドーニ共和国は平気ですわね」


 ベクトリア公国として考えれば、サザーランド魔導国は問題無い。フェリアスの女王ジュリエッタと旧知の仲のパロパロが国のトップだからだ。

 またラドーニ共和国は民主主義国家として、亜人種の人権も尊重されている。というよりも、人権の適用範囲を広くして人気取りに使った結果だった。

 どちらの国も遠いため、フェリアスの住人はいない。


「小国が集まっただけに複雑なのだな」

「ですね」

「なら調査隊の隊長って……」

「リーズリットと聞いていますわ」

「彼女か。休みも無くて大変だな」

「旦那様と面識があるので選ばれたようですわね」

「ほほう。でもガラテア殿は里に残ってたよな?」

「試験みたいなものでしょう」


 遺跡調査隊隊長のリーズリットは、セレスより年若いエルフである。経験を積ませることで、今後のエルフ族を背負う人材として育成しているようだ。

 フォルトとしても都合が良い人選で、非常に助かると笑顔を見せる。


「ふふっ。リーズリットは気に入りましたか?」

「エルフは正義。全員を気に入っている」

「ありがとうございます」

「礼を言われるものでもない。一番はセレスだからな」

「まぁ! ちゅ」

「でへ」


 フォルトの右側にはカーミラが座り、レイナスやセレスと向かい合っている。身のを乗り出してまで口付けされ、愛情の深さを感じてしまう。

 よだれを垂らしそうになるが、マーヤの頭が真下にあるのでゴクリと飲み込んだ。彼女の教育に悪そうだが、ぬいぐるみで顔を隠している。

 そして馬車は、石畳などで舗装されていない街道を進んでいた。もちろん整備されていないだけで、道としては機能している。


「そろそろ夕飯だな。スケルトンよ、合図を出せ」

「カタカタ」


 フォルトは思念を飛ばして、御者のスケルトンに命令する。手を挙げてから横に伸ばして、護衛の騎士たちに伝えるのだ。

 この一行はアルバハードの使節団だが、町や村に滞在していない。商業都市ハンを出発してからは、野ざらしで野営をしていた。

 カルメリー王国に入国してからも同様で、日が暮れる頃に街道を外れる。膝ぐらいまでの草木であれば、車輪が補強された馬車で十分に進める。

 用意してくれたバグバットに感謝である。


「この馬車はすばらしいな」

「耐久性に重点を置いているようですわね」

「揺れますけど、マーヤちゃんは平気かしら?」

「うん」

「カーミラ、マリたちの馬車は?」

「大丈夫ですよぉ」


 マリアンデールとルリシオンは、フィロと一緒に別の馬車だ。荷物を積んであるもう一台も、問題無く追いかけてくる。

 それを確認したカーミラは、フォルトの腰に指をわせた。


「御主人様、また夜盗が来ますかねぇ?」

「吸血鬼の護衛に任せておけばいい。彼らの働きは完璧だ」


 ちなみにエウィ王国では、野営中に夜盗に襲われた。

 商業都市ハンを出た後は旗を降ろしており、商人の一行と勘違いされたのだ。彼らは吸血鬼の護衛が捕縛し、「この馬車は襲うな」と脅して解放している。殺害は問題を増やすだけなので、フォルトに配慮した行動だった。

 それ以降は何事も無く進めたが、国境を越えたので別の夜盗が懸念される。とはいえ、吸血鬼に勝てる夜盗がいるとは思えない。

 マリアンデールとルリシオンは残念がっていたが……。


(マリとルリには悪いが、殺害の説明が面倒なんだよな。正当防衛や無礼討ちで済むだろうが、あの悪代官の領土で問題は勘弁だ。しかも……)


 あっさりと通過できるのだ。

 少しでも早く、カルメリー王国に入国したかった。ならばこの国であれば構わないかと言えば、やはり避けたいところだ。

 カルメリー王国の後見人はデルヴィ侯爵である。

 そんなことを話していると、太陽も沈んできた。


「さてと。降りようか」

「はあい!」


 フォルトは馬車を止めるように命令を出し、マーヤを抱えて降りる。他の馬車も停車して、吸血鬼の護衛も馬を降りた。

 そして、隊長格の吸血鬼が近づいてくる。


「フォルト様、我らは散開して警戒にあたります」

「あ……。今日は休んでいいよ」

「いえ。お手を煩わせるなと仰せつかっております」

「まぁおおかみのほうが鼻が利くさ」


 そう言ったフォルトは、召喚魔法を使って魔物を呼び出した。

 吸血鬼はアンデッドなので疲れ知らずなのは知っている。しかしながら「自分は怠けているのに」と自虐に駆られて、有無を言わさずに動いた。



【サモン・ブラッドウルフ/召喚・血魔狼】



 フォルトの前方に形成された魔法陣から、二十頭の狼が現れた。

 いつもは獲物の狩りで使っている魔物だが、すばやさと感知能力に長けている。周囲に放っておけば、草原の魔物なら問題無く対処できるはずだ。

 人間の場合だけ戻るように命令すると、血魔狼は一斉に散った。残念ながら大罪の悪魔は、幽鬼の森に残った身内たちの自動狩りに出動中である。


「お心遣い感謝致します!」

「気にしないでくれ。まぁ夜盗の場合だけ頼む」

「畏まりました。皆、休憩に入れ!」

「「はっ!」」

「フィロ、彼らにも飯を用意しろ」

「分かりました!」


 アンデッドは飲食も不要だが、味は分かるし満腹感も覚える。もちろん道中でも渡しており、彼らを無視していたわけではない。

 バグバットの部下を無下に扱うことはしないのだ。

 そして、フォルトたちは地べたに座った。以降はルリシオンとレイナスの料理が完成するまで、雑談に華を咲かせる。


「しかし……。幽鬼の森では誰が飯を作っているのだ?」


 ベクトリア公国組に、料理の得意な身内がそろっている。必然的に幽鬼の森では、いつもの旨い料理が出ないのだ。

 今さらだが、他に得意な者がいただろうかとフォルトは考える。


「キャロルだと思いまーす!」

「あぁそうか。なら手伝いはアーシャとシェラだな」

「レティシアには期待できませんからねぇ」

「ティオも、な。ソフィアは……」

「調理場は立入禁止でーす!」

「一度は食ってみたいけどな」


 ソフィアの料理については、少しだけ興味があった。

 身内の全員が止めるほどだが、本人は作りたがっていたように見える。フォルトは魔人として胃は丈夫なので、きっと食べられるはずだ。


「貴方は死にたいのかしら?」

「え?」

「食べるならセレスかキャロルを近くに置いておきなさい」


 つまり、信仰系魔法が必要な事態になるということだ。

 マリアンデールはつまみ食いでもしたのか、目の焦点が合っていない。フォルトのいないところで何が起きたのかと思うが、彼女の尊厳のために黙っておく。

 暫く待っていると料理も完成して、全員で夕食をとる。


「マーヤはどれを食べる?」

「お肉」

「俺と一緒だな。ではあーん」

「あーん」

「旨いか?」

「うん!」


 実に可愛い。

 胡坐あぐらをかいたフォルトの足に乗って、一向に離れる気配を見せない。とはいえ空気の読める彼女は、夜の情事中は気を遣ってくれる。見た目は子供でもアンデッドなので、実年齢は高い。

 このように楽しく野営をしていると、血魔狼とつながる糸が切れた。


「なっなにっ!」

「御主人様、どうしましたかぁ?」


 突然のことで、フォルトはビックリしてしまった。

 血魔狼の推奨討伐レベルは十九だ。魔物であればオーガ級、または腕に覚えのある冒険者なら倒せるか。

 それでも、戦闘になれば分かる。また人間であれば戻るように命令した。ならば、命令を実行できない強力な存在が周囲にいる。

 これには警戒を強める一方、他の血魔狼を向かわせるのだった。



◇◇◇◇◇



 エウリカの町の領主になったシュンは、来訪者たちとの面会を終えた。

 血煙の傭兵団ようへいだんのジュリアと商人ギルド長とは深く話し込んだ。他の面々は適当に対応して、補佐に付けられたガロット男爵の助言通りに事を進めた。

 フォルトと違って、人との会話は苦にならない。ホスト時代の経験を存分に発揮して、面会人を楽しませている。

 そして自身の執務室に戻ると、男爵と打ち合わせの続きをした。


「なかなか面白かったぜ」

「面会人に何か気になる点はありましたか?」

「そうだなぁ。手土産が少なかったぐらいか、な」

「確かに……。しかも商人ギルド長や骸の傭兵団からは無いですな」

「もしかして歓迎されてねぇのか?」

「逆ですな。お教えしておきましょう」


 手土産とは賄賂のことだ。

 新領主のシュンに気に入られれば、エウリカでの活動が容易になるだろう。覚えを良くしておくためにも、賄賂を持ってくると思っていた。とはいえガロット男爵の話だと、それは悪手だそうだ。

 あからさまに金銭で関係を築いてくる相手など、自分の手のうちをさらしているのも同然。こちらから声をかけなくても、向こうから近づいてくる。

 重要視しなくても飼い慣らすのは簡単だ。


「んじゃ持ってこなかった奴は?」

「関係を築きたいのは当然ですが、仕事をしてからとなります」

「というと?」

「上前をねるわけですな。相手は想定済みです」


 リベートと呼ばれる行為だった。

 何かの取引において、手数料や謝礼金といった名目で払い戻すのだ。キックバックやバックマージンなど用語は色々とある。これらは日本より厳格ではないが、国法で違法になる場合もあった。

 もちろん違法のほうがもうかるので、それを行う相手を重要視する。となると、手土産を持ってこなかった人物を評価するのが貴族だ。

 いや、デルヴィ侯爵に付いた「貴族派閥」に在籍する者の思考である。


「なら手土産はどうすりゃいいんだ? 使っていいのか?」

「後日で良いので突き返してください」

「返すのかよ!」

「領民の前で大袈裟おおげさに、ね。人気取りにでも使ってください」

「なっなるほどな。よく考えてんぜ」


 突き返された相手は慌てるだろう。

 そこで言質を取られないように、遠まわしでリベートについて伝えるのだ。気付く相手なら付き合う価値があり、違う場合は冷遇すれば良い。

 ちなみに冒険者ギルド長は、本当の意味での手土産だった。


「まぁでもよ。これは食っていいんだろ?」

「ははははっ! 構いませんよ。素朴な御方ですからな」

「ぷっ!」


 ガロット男爵の言葉に、シュンは思わず笑ってしまう。とはいえ、これが待ち望んでいた権力である。今後はガッポリと稼げるだろう。

 デルヴィ侯爵のようにやるには、様々な要素を必要とするが……。


「んで、次は何をやったらいい?」

「教皇選については聞いておりますかな?」

「あぁ……」

「エウリカの町の司祭長は枢機卿すうききょう派です」


 司祭長ベクトは、シュナイデン枢機卿の推薦でエウリカの町に配属されていた。細目が印象的な三十代前半の男性だ。

 年齢的に司祭長は早いが、能力が高く期待の星だそうだ。


「あの男か。なら簡単じゃねぇか?」

「残念ながら派遣された監査の女神官は教皇派です」

「ちっ。どうすっかな?」

「シュン様にとっては最初の試練ですな」

「何かいい手はねぇか?」

「方法については口を挟むなと命令を受けております」


 デルヴィ侯爵は、シュンが行う解決方法を知りたいのだ。

 それは即座に理解できたので、ガロット男爵を責めることはしない。


「仕方ねぇな」

「要件が二つあります」

「なんだ?」

「まず、差し替え用の投票用紙を使えと仰せですな」

「へぇ。物は用意してあるのか?」

「はい。次に領主のシュン様が直接関与してはいけません」

「まぁそうだよなぁ。期待には応えてぇが……」


 シュンは女性の扱いに慣れているとはいえ、領主として自らは動けない。ならば人を使うしかないが、残念ながら人脈は無い。

 また何かやるとしても、信用の置ける者しか務まらない。

 不正を行うのも難しい。

 投票時と集計時、他にも投票用紙の保管場所に監査役が常駐する。つまり、その場では無理ということだ。となると、監査役の女神官を動かす必要がある。


「投票用紙の保管場所は?」

「役場です。行政事務を行う場所ですな」

「警備は?」

「期間中は専業兵士が十名と神聖騎士が一名です」

「神聖騎士?」

「はい。ベクト様の護衛をする人物の一人ですな」

「なるほど」


(俺も神聖騎士だし話は通せそうだな。ベクトの護衛なら枢機卿派か)


 シュンは良からぬことを考える。

 要は常駐する女神官を、保管場所から一時的に遠ざければ良いのだ。状況に不自然さが無く、しかも長時間にわたって不在にさせる。

 状況については、少しは違和感があるかもしれないが……。


「この町に投獄してる犯罪者はいるか?」

「いますな」

強姦ごうかん魔というか……」

「いますな」

「例えばだが……」


 シュンは思いついた内容を、ガロット男爵に伝える。

 暫く考え込んだ男爵は二回ほどうなずいて、問題無いと笑みを浮かべた。


「手配のほうは、わたくしにお任せください」

「いいのか?」

「方法についての助言をしないだけですな。実行は問題ありません」

「なら頼むぜ」

「畏まりました。失敗した場合は……」


 監査役の女神官は、ガロット男爵に任せれば良いようだ。

 シュンが決めた方法は成否にかかわらず、デルヴィ侯爵に伝えられる。もし失敗の場合は、男爵が考えた方法で成功させるらしい。

 教育の一環だが、ここまで見据えている侯爵に恐ろしさを感じてしまう。


(期待され過ぎてる気はするが、この道を進むしかねぇしな。まぁ実行に移す前にもう一度考えてみるか。平気だと思うが……)


「他に何かあるのか?」

「屋敷で働く者たちについてですな」

「メイドとか?」

「はい。候補の人材はこちらになります」


 用意の良いガロット男爵から、数枚の羊皮紙が手渡される。

 名誉男爵のシュンは、貴族の身分制度では一番下で下級貴族に該当する。しかしながら、伯爵家の二女や三女の名前が載っていた。

 伯爵家は上級貴族であり、下級貴族のメイドに出すなどあり得ない。


「伯爵家って……。マジかよ」

「シュン様はデルヴィ家の養子になられました。注目されております」

「なら俺というよりは……」

「はい。侯爵様に取り入りたい貴族は多いですな」

「美人なんだろうな?」

「好みはあるでしょうが、デルヴィ家の顔は潰しませんな」

「食ってもいいのか?」


 口角を上げたシュンは、有能なガロット男爵をからかった。すると澄ました顔で、令嬢を抱いた場合の代償を教えてくれる。

 確かにそうなるかと納得できる話だった。


「構いませんが、ラキシス様は良いので?」

「え?」

「確実に婚姻を打診されますな。正妻にお迎えしますか?」

「まっまだ結婚する気はねぇ!」

「ならば自重することですな。貴族社会を甘く考えないことです」


 ラキシスは都合の良い女だが、最終的に側室と考えている。

 アルディスやエレーヌも同様だったが、こちらは「連絡が取り合えれば」の話に変わった。どちらも無理かもしれないが……。

 もちろん本妻は、元聖女ソフィアを迎えるつもりだ。しかしながら伯爵家の令嬢を抱くと、身分の差から正妻として迎えなければならない。


(ちっ。ソフィアは手に入れる目途が立ってねぇしな。おっさんから引き離さねぇとどうにもならねぇ。まぁやり方は領主として落ち着いたらだな)


 ソフィアは事情があって、フォルトに匿われているだけ。

 まだそう思っているシュンは、二人の関係を知らない。宮廷魔術師長グリムも把握している話なので、それを鵜呑うのみにして目を曇らせていた。


「ちなみにですな」

「何だ?」

「わたくしの娘も載せてあります。母親似なので安心してください」

「ぷっ! ちゃっかりしてやがるぜ」

「もしも気に入ったら摘まみ食いも結構ですぞ!」

「かっ考えておく」

「ですか。ではどのメイドを選びますか?」


 この場合の選択も、デルヴィ侯爵に伝えられるだろう。

 そうなると、伯爵家の令嬢は無い。身分の高い貴族家は、侯爵の手札として重要な役割があるはずだ。

 シュンが消費して良いものではない。


「男爵家から数名だな」

「分かりました。そのように手配致します」

「ガロットの娘も入れていいぜ。食うかは分からないけどな」


 ガロット男爵は、デルヴィ侯爵に気に入られているだろう。

 シュンが侯爵を裏切らないかぎり、今後も力を貸してくれる。ならば恩を売っておくことで、側近としてしまったほうが良い。

 手綱の管理は侯爵だが、それを望んでいるから補佐にしたはずだ。


「ありがとうございます。本日はここまでですな」

「ガロット、最後にいいか?」

「はい」

「町の視察をしてぇんだけどよ」

「視察、ですか?」

「自分が治める町だしな」

「でしたら……」


 貴族になれたシュンには野望があった。

 野望とは言い過ぎか。しかしながら、エウィ王国の都合で召喚されたのだ。日本では人生を謳歌おうかしており、その埋め合わせをさせてもらう。

 そもそもが俗物なので、権力を行使して良い目を見るのだ。町の視察はその前段階だが、まずは様々なものを物色しようと考えるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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