第443話 教皇選1

 ハーラス・デルヴィ侯爵の朝は早い。

 貴族というものは、夜遅くまで働く関係で朝も遅い。光を灯すには燃料が必要で、それを購入できる資金力があるからだ。もちろん侯爵も、夜遅くまで働いている。しかしながら魔道具によって、睡眠時間を短縮させていた。

 子供の頃に親を頼らず、自身の力だけで初めて入手した指輪である。

 皆が休んでいるときに働いてこそ、人より上にいけると思った結果だ。すぐに馬鹿馬鹿しい理論だと考えを改めたが、この魔道具は重宝していた。


「起きるぞ」

「おはようございます」


 まだ太陽は昇っていない。

 それでも白いガウンを羽織って、寝室のベッドから起き上がる。部屋には一人のメイドを詰めさせており、寝ずの番をさせていた。

 侯爵はすぐさまメイドに近づく。


「チハルよ。報告しろ」

「屋敷をうかがっていた男を捕らえ、例の場所で情報を聞き出しております」


 デルヴィ侯爵の寝室まで入れるメイドは四人。

 一人はチハルと呼ばれた二十代前半の女性である。桜色のロングストレートが特徴的で、物腰が柔らかそうなの美女だ。

 他にはチナツ、チアキ、チフユという者たちがいる。彼女たちは四人姉妹で、ソル帝国に蔓延はびこっていた裏組織から購入した。

 つまり帝国四鬼将スカーフェイスと同様に、暗部育成機関の出身だ。まさに戦闘メイドとも呼べる人材で、身辺警護から暗殺までこなせる。

 ちなみにネーミングは、当時召喚されていた異世界人のボキャブラリーだ。日本語に直すと、千春、千夏、千秋、千冬である。こちらの世界に四季は無いが、何となく気に入っていた。


「この時期にワシを調査する、か。ローイン公爵だな」

「いかがいたしましょうか?」

「チハルならどうする?」

「御戯れを……。スライム部屋でしょうか」

「ほっほっ。公爵殿が相手では存在自体を抹消せねばなるまい」

「では親類や縁者も消すように手配致します」


 ローイン公爵は最大の政敵だが、わざわざ追い落とすことはしない。デルヴィ侯爵にとって敵は必要であり、相手の権力は高いほうが好ましい。

 貴族の権力というものは、対抗馬が存在してこそ効力を発揮する。すべての権力を有する王族の暴走に備え、分散しておくと都合が良いのだ。

 残念ながら公爵は、その理を理解していないが……。


(やれやれ。もう少し良い人材はおらぬのか? ワシも人の事を言えぬが、後始末する身にもなってほしいものだのう)


 その場でガウンを脱いだデルヴィ侯爵は、チハルに老体を見せつける。すると彼女は会釈して、両手をパンパンとたたいた。

 音が部屋に鳴り響くと、寝室の扉から三人のメイドが姿を現す。

 残りの姉妹であるチナツ、チアキ、チフユである。それぞれ水色のツイン団子、茶色のローポニー、銀色のショートが特徴的だった。


「本日のお召し物は……」

「成金」

「畏まりました」


 チナツとチアキが全身を映す鏡を持ち、チフユがクローゼットから金ぴかの貴族服を取り出してくる。

 そしてチハルと共に、デルヴィ侯爵に着せた。


「チフユよ。今日は例の男が来訪する予定だったな?」

「はい! 早馬の報告では昼過ぎに到着します!」

「朝から元気な奴だ」

「それだけが取り得ですので……。ですが問題がありました!」

「何だ?」

「アルバハードの旗を掲げています!」


 例の男とはフォルト・ローゼンクロイツである。

 ベクトリア王宛ての親書を手渡す予定になっており、本来ならエウィ王国の使者として発つ予定だった。

 それがなぜか、アルバハードの使節団になっているようだ。

 ちなみに紋章は、丸い球体の下に八重歯をイメージした模様を重ねて中央に配置している。丸い球体は白色で八重歯の模様は赤色、旗自体は黒色だった。


「困った奴だのう。陛下のお怒りを鎮めるのに苦労する」

「始末しますか?」

「チナツよ。できぬことを口に出すのは好かぬ」

「もっ申しわけありません!」

「良い。まぁそのあたりは諜報部ちょうほうぶの仕事だ」


 すでにデルヴィ侯爵は、フォルト・ローゼンクロイツの処分を諦めている。始末するなら確実に仕留めないと、すべてが終わるからだ。

 ターラ王国での活躍は、諜報部から報告を受けている。高位の魔法使いとしての力量はシルキーと同程度、もしくは上である。シュンからもヒドラ討伐の件を聞いており、ローゼンクロイツ家としての戦力も危険極まりない。

 ただし……。


(処分ができぬなら、そう扱うだけのこと。ワシのために動いてもらうぞ)


 デルヴィ侯爵は金や権力という操り糸で、様々な状況を作り出せる。フォルト自身が関知せずとも、利益が出るように巻き込むことは可能だった。

 それに加えて、非人道的な手段でも是とする人物なのだ。


「チアキよ。教皇選の投票はどうなっておる?」

「差し替え用の投票用紙を運び込みました」


 教皇選は始まっている。

 領民が多いので、数日に分けて投票を行っていた。シュナイデン枢機卿すうききょうを教皇にするために、不正をしている最中である。


「人員は?」

「神殿から派遣された監査役の神官を篭絡ろうらくしました」

「体を使ったか?」

「まさか。ですが使えと仰せであれば……」

「美しい其方そなたらに見合う人材は限られるのう」

「………………」

「ファインやバルボ子爵のように有能なら抱かせてやっても良い」

「両名とも我らには興味が無いご様子です」

「見合う者ほど其方らの存在価値を知っておる」


 四姉妹を抱きたいと思う男性は数えられないほどいる。とはいえ賢い者は、褒美であっても絶対に手を出さない。

 デルヴィ侯爵に信頼されている戦闘メイドなのだから……。


「では朝食を頂くとしよう」

「畏まりました」


 デルヴィ侯爵はチナツと共に、寝室を出て食堂に向かう。チハルは休憩に入り、チアキとチフユは通常のメイド業務に勤しむ。

 彼女たちのような存在には、多めの休憩を与えていた。何かあったときに、頭が働かず体が動かないでは存在価値が無いからだ。

 その代わりではないが、他のメイドは酷使している。

 侯爵の屋敷は、城のような外観のとおり広い。掃除だけで丸一日かかるので、メイドの人数が多くても休憩時間はほとんど無い。

 そして食堂では、数名の文官が着席していた。


「「おはようございます!」」

「報告しろ」


 朝食はデルヴィ侯爵の分しか配膳されない。

 文官を機械のように扱うことで、無駄な時間を費やさないようにしている。黙々と食しながら、領地経営で上がってくる報告を聞くのだ。

 書類が出されれば読み、テキパキと指示を出す。


「教皇選の投票はどうなっておる?」

「始まったばかりですが、昨日まではカトレーヌ様が優勢です」

「やはり強いのう。其方らは?」

「カトレーヌ様です」

「そうか。ワシもカトレーヌに投票しておこう」


 不正については、一部の者しか携わっていない。

 この場に呼ばれる文官であっても、デルヴィ侯爵は信頼していない。だからこそ、戦闘メイドのチナツに任せてあった。

 篭絡した監査役の神官は、彼女の手によって消されるだろう。


「ではフォルト・ローゼンクロイツを迎えるとしよう」

「「お疲れ様でした!」」


 報告を終えた文官たちは、次々と食堂を後にした。そろそろ太陽も昇っている頃なので、職場に戻って朝食にするだろう。

 以降は屋敷の外を散歩したり、自身の執務室で仕事を片付ける。本日の身辺警護担当はチナツなので、常に一緒に行動していた。

 そして昼近くになると、執務室の扉が叩かれる。


「侯爵様、ファイン様がお見えです」

「通せ」

「ボンジュール、侯爵様。それとチナツ」


 ファインはデルヴィ侯爵に会釈をした後、チナツの手の甲に口付けする。何とも芝居を見ているようだが、彼が訪れたのには訳があった。

 蛇のような目を細めた侯爵は、さっさと座れと声をかける。


「失礼。本日は例の異世界人でしたな」

「うむ。到着したようだのう」


 デルヴィ侯爵は席を立って、窓の外を眺める。

 屋敷に続く道を見られるので、ローゼンクロイツ家一行の馬車を観察した。家紋が刻まれており、まるでエウィ王国に喧嘩けんかを売っているようだ。

 ローゼンクロイツ家の紋章はお約束とも言える薔薇ばら十字。と言っても、逆十字のうえ先端に人間の髑髏どくろが描かれている。

 はっきり言って禍々しく、薔薇十字の周囲には赤い斑点が散りばめられていた。薔薇の花びらではなく、鮮血を意味している家紋だ。


「家紋入りの馬車に魔族の姉妹。吸血鬼の儀仗兵ぎじょうへいですか」

「魔族狩りを推奨している国に訪れる一行ではないのう」

「他に馬車を降りたのは……。レイナス嬢とエルフ、ですか」

「本気でアルバハードの住人になったようだな」

「まさか認めるのですか?」

「使えるうちは、な。陛下次第だがグリムも抑えに回るだろう」

「本日の対応はどうなされますか?」

「ファインは力量を測れ。ワシは嫌味を言って終わらせる」

「ははははっ! 腹芸はしませんか?」

「今回は腹芸をしても意味が無いのう」


 フォルトたちのベクトリア公国行きは、ハイド王子の作戦でもある。

 この場で不都合を責めて、アルバハードに引き返されても困る。カルメリー王国では前々から公国との国境に軍が展開しており、すでに動かせる状態なのだ。

 デルヴィ侯爵からすると、勝敗はどちらでも良いのだが……。


「さて。何をやらかしてくれるかな?」

「侯爵様、チアキが応接室に通したようです」

「うむ。では向かうとしよう」


 チフユからの連絡を受けたチナツの報告で、デルヴィ侯爵は応接室に向かう。同行者はファインだけで、彼女には別の仕事をさせる。

 いつもの成金趣味が全開の応接室だ。自身も成金用の派手な服なので、魔族の姉妹が見れば侮ってくれるだろう。

 それで良いのだ。


「よう来たのう。今回は歓迎できぬが、な」


 フォルト・ローゼンクロイツとの対面。

 魔族の国ジグロードが滅びても、ローゼンクロイツ家は健在とでも言いたいのか。〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇姫〉を連れていた。

 この人選を見るかぎり、デルヴィ侯爵の考えに間違いはないようだ。「異世界人に対する国法を知らぬわけでもなかろうに」と心の中で悪態を吐く。

 とりあえず、対面形式でソファーに座った。


「親書を受け取りにきた」

「分かっておる。とはいえエウィ王国に喧嘩を売っておるのか?」

「売るつもりはないが、俺は国民ではないからな」

「そのような子供の戯言が通ると思っておるのか?」

「通るさ。俺の後見人はバグバットだ」

「ふんっ! 其方を管理するグリムには迷惑な話だろうな」

「スタンピードの対処をしただろ。もう十分ではないか?」


 デルヴィ侯爵は天井を仰ぎたい気分になったが、この場では不適切だ。

 そこで懐から親書を取り出して、さっさと渡してしまう。


「受け取れ。約束通りベクトリア王に届けるのだ」

「話が早くて助かる」

「あまり自分の力を過信しないことだな」

「ははっ。一人や二人の移住ぐらい認めても良くはないか?」

「陛下が決めることだ。まぁ今回は通行を許可する」

「戻るときは?」

「知らぬ。だが陛下から通達が来なければ許可してやる」

「来たら?」

「最悪は想定しておけ。ワシにはそれしか言えぬ」

「………………」

「では忙しいのでな。さっさと出発しろ!」


 後半の部分は、デルヴィ侯爵の発言も考慮される。

 そのため、最悪の場合は来ない可能性が高い。しかしながら天秤てんびんがどう傾くかは不明なので、この場ではフォルトを脅しておく。

 魔族の姉妹については、完全に無視した。あちらも自分たちの役割を心得ているようで、ニヤニヤと笑みを浮かべているだけだった。

 当然のように、ファインの紹介もしない。プリプリと怒った演技を見せつけ、急いで応接室を出るのだった。



◇◇◇◇◇



 バーザム・ガロット男爵。

 シュンの補佐に付けられた人物で、何となく懐かしさを覚える中年だ。なぜかと言うと、黒髪に白髪の混じったバーコードヘアだからである。しかもブルドッグのようなほほとタラコ唇が特徴的だった。

 薄毛の中年サラリーマンといったところだ。


(さて。好きに経営しろ、か)


 エウリカの町に到着したシュンは、自身の家となる領主の屋敷に入っていた。一緒に連れてきたノックスとラキシスは、自室に荷物を運びこんでいる。

 農業が主流の町で、荘園制を採用していた。権力が領主に集中しており、領民を使役して経営する私有地となる。

 これが「好きに経営しろ」と言われた答えだ。デルヴィ侯爵からの直接要求は受けるが、かなり閉鎖的な環境で経営できる。


「ガロット」


 シュンは自身の執務室で椅子に座り、腕を組んで首を傾げた。

 エウリカの町まで来ても、何をやれば良いかが分かっていないのだ。補佐であるガロット男爵に、色々と聞かなければならない。


「敬称を取るのは慣れたようですな」

「まっまあな」

「爵位は上ですが、わたくしはシュン様の部下になります」

「とりあえず何をやりゃいいんだ?」

「まずはエウリカの町についてお教えしておきます」


 農村から規模が拡大したエウリカは、人口が四千人程度の小さな町である。

 日本で考えると過疎化が始まるような町だが、こちらの世界は環境が違う。拡大家族が一般的で、高齢化率は高くない。

 農民は農民として一生を終える人がほとんどである。

 主な収入源は、畑で採れる穀物や野菜・果物などの青果品。畜産で得られるミルクや食用肉といった酪農品だ。

 他にもエウリカ山脈の恵みとして、獣の皮や薬草なども入手できる。


「それらを商人が買い取って税として収めるわけですな」

「なるほどねぇ」


 買い取りは商人ギルド、山脈での狩猟は冒険者ギルドが担当していた。

 軍事としては、二百人程度が専業兵だ。日本でいうところの警察官であり自衛隊員の役割を持つため、人口比率としては高くなる。徴兵すると四百人まで増員でき、決戦ともなると六百人前後か。

 あちらの世界の動員率は五パーセント以下だが、十パーセント以上となる理由は王政国家だからだ。

 格差が酷く、命の価値が安い。


「これらについては、今までの経営を続ければよろしいですな」

「領地として機能してるしな」

「人員も変える必要はありません。まぁ頭をすげ変えただけです」

「前の領主はどうしたんだ?」

「他の領地に回されました。栄転ですな。羨ましい」


 今回の教皇選にあたり、大幅な人事の異動がなされている。投票は領主が集計するので、デルヴィ侯爵の直轄地を分割している関係だ。

 これ自体を不正と言えなくもないが、実のところ分割しないと集計できない。物理的な問題なので、ローイン公爵や他の伯爵も行っている。

 だからこそ神殿勢力は、監査役の神官を送り込んでいた。


「なら俺は何をやればいいんだ?」

「待つことです」

「は?」

「こちらをご覧ください」


 ガロット男爵は書類を取り出して、テーブルの上に置いた。

 名前が書かれているようで、隣の欄には団体名も載っている。


「これは? 冒険者ギルドや商人ギルト?」

「町の名士とでも言いますか、団体の長たちですな」

「会長みたいなもんか」

「面会に訪れると思いますので、お相手をお願いします」


 領主が変わったということで、町の名士と顔合わせをするらしい。

 小規模の聖神イシュリル神殿もあり、司祭長の名前もあった。他にはエウリカの町を拠点にしている骸の傭兵団も載っている。

 人数が多いので、シュンは疑問を呈した。


「えっと。どれが重要なんだ?」

「第一に商人ギルド。第二に神殿勢力ですな」

「冒険者ギルドは?」

「領主にとって重要ではありません。第三は骸の傭兵団ようへいだんです」


 現時点で重要な組織は、実際に金銭や物品を取り扱う商人ギルド。

 政治家と経済界がつながっているように、領主との関係は深い。領地経営を円滑に行うなら、商人との距離を近くする必要があった。

 神殿勢力は町の医療を司っている関係で、友好関係の構築は必須である。

 デルヴィ侯爵も神殿勢力を重要視しており、教皇選に介入している。と言っても神聖騎士のシュンは、シュナイデン枢機卿の部下でもある。神殿勢力の一員なので、ガロット男爵からは二番目とされた。

 そして、骸の傭兵団。

 こちらは傭兵団ランキングトップのSSSランクで、他の領地には無い強みだ。団員の人数も多く、傘下の傭兵団と併せて五百人もいた。常に拠点にいるわけではないが、人口の八分の一を占める武力集団である。

 これら以外の団体や個人については、シュンの経営方針次第だった。


「なんかスゲェ町だな」

「金さえ払えば優先的に雇えますので、この町の要になります」

「信用度は?」

「無いと考えてください。所詮は下賤げせんな荒くれ者たちです」

「………………」

「ですが金銭に見合った働きはしますな。使い方次第ですぞ」

「分かったぜ」


 中年サラリーマンに見えても、ガロット男爵は貴族だった。デルヴィ侯爵が補佐に付けただけあって、貴族視点での助言が得られる。

 非常に頼りになりそうだが、どうもイメージが悪い。


(そこまでスカスカならればいいと思うぜ)


「何か?」

「い、いや。何でもねぇ」


 シュンはホストスマイルを作って、視線の先をごまかした。

 以降は来訪者との面会について助言を受け、一人で執務室で待つ。現時点では屋敷で働く人材はおらず、ガロット男爵が執事を兼ねている。

 呼びにくるまで暇になったが、扉がノックされて人が入ってきた。


「シュン、荷物の搬入が終わったよ」

「おっ! ノックス、サンキューな。ラキシスは?」

「神殿に顔を出すそうだよ」

「そっか。まぁ座れよ」


 シュンの執務室には、壁際に椅子が何個か置かれている。

 そのうちの一つを指して、ノックスに手前まで持ってこさせた。


「さすがに何も無いね」

「まあな。本棚はあっても本がねぇぜ」

「自分でそろえることになるだろうね」

「本なんて高ぇだろ? おいそれと買えねぇよ」


 前の領主の持ち物は、すべて持ち出されている。執務室は仕事部屋なので、ガロット男爵に助言をもらうしかない。

 今のシュンでは、何を置いて良いのかも分かっていないのだ。


「ねぇシュン」

「何だ?」

「僕は限界突破なんだけど?」

「あぁそうだったな。もう神託を受けるか?」

「神殿もあるしね。後で行ってくるよ」

「待て待て。寄付金が必要だから公費から出すぜ」

「公費? いいのかい?」

「まぁいくらあるか知らねぇけどな。でも出してやるぜ」

「助かるよ」


 ノックスは勇者候補チームの頭脳として成長しているのだ。

 今後とも、シュンをサポートしてもらう。特に貴族の仕事は頭を使うので、彼の存在は有難かった。

 寄付金ぐらい用意してやるのが、貴族としての務めだ。


「神託が魔物の討伐だったらどうしようかな」

「もちろん手伝うぜ。仲間だろ?」

「シュンは領主様だよ」

「なに言ってんだ。俺は勇者も目指してんだからよ」

「そうだったね。なら頼むよ」


 シュンはフォルトと違って、屋敷に引き籠るつもりはない。

 前の領主が決めた人員は変えなくて良いらしい。ならば、数日留守にするぐらいは問題無いだろう。

 チームとしては人数が減ったので、骸の傭兵団を雇っても構わない。


(そういや傭兵団の団長も来るんだっけ? どんな奴か気になるな。まぁ顔見せだけだから長々と話すことはねぇが……)


 ガロット男爵からは、「面会人と余計な会話をしないように」と言われている。領地経営の方針すら決まっていない状態なので、下手に言質を取られると拙い。

 こちらからは話を振らず、相手にしゃべらせるだけにする。

 そしてノックスと今後について話していると、ガロット男爵が迎えにきた。


「骸の傭兵団が参りましたぞ」

「傭兵団が一番かよ」

「団長のクラウケスはソル帝国に赴いているので不在ですな」

「へぇ」

「他より先んじることで、存在感を維持したいのでしょう」

「荒くれ者というわりには頭を使ってんぜ」

「ランキングトップですからな」


 今回の対応は、傭兵団が統率されていることを意味する。

 人望があるのか、はたまた恐怖でまとめているのか。それは分からないが、不在の団長の顔を潰さないような行動だった。

 また新領主のシュンを重要視していることの表れでもある。


「んじゃさっさと面会しよう。ノックスも来るか?」

「やめとくよ。僕は部屋で休んでるさ」

「後でラキシスと一緒に色々と相談させてくれ」

「もちろんさ」


 席から立ち上がったシュンは、ガロット男爵に連れられて応接室に向かう。

 新領主としての初仕事なので、少しだけ丹田に力を入れた。とりあえず、相手にめられてはいけない。

 応接室に到着すると、男爵が先に入った。


「シュン・デルヴィ名誉男爵様が参りました」

「何だと!」


 応接室には二人の男女がいたが、男性のほうが驚いて声をあげている。

 よく分からない展開だが、シュンは偉そうに応接室に入った。と同時に、男性と同様に目を見開いて大声を出してしまう。


「なっ! テ、テメェは血煙の!」

「あんときは世話になったなぁ」


 相手の男性は、シュンの記憶にある人物だった。いや、記憶にこびりついていると表現したほうが良いか。

 一目見れば忘れない爬虫類はちゅうるい顔は、血煙の傭兵団団長のグランテだ。


「ガロット! 骸の傭兵団じゃねぇのか?」

「血煙の傭兵団は傘下に収まっております」

「聞いてねぇが……」

「お知り合いでしたか? とりあえずお座りになると良いでしょう」

「ちっ」


 ガロット男爵に促されたシュンは、グランテの対面にドカッと座る。

 グリム領で戦闘になって、彼からの不意打ちを受けた。だからこそ舌打ちしたが、それは相手も同様のようだ。

 場が険悪な状態になったところで、隣の女性が口を開いた。


「新領主様、グランテが済まないねぇ」

「い、いや……」

「私は話しか聞いてないけど、過去は水に流してくれないかい?」

「………………」

「ほら! グランテも謝りな!」

「あぁ……。あんときは悪かったな」


 戦闘中のグランテを知っているだけに、この殊勝な態度に戸惑う。とはいえ骸の傭兵団の傘下であれば、今後は仕事を依頼する関係だ。

 シュンは勝ち誇ったような表情で、上から目線で謝罪を受け入れた。


「なら今後は仲良くしてやるよ」

「そう言ってくれると助かるねぇ」

「あんたの名前は?」

「私かい? ジュリアだよ」

「いい名前だな」

「そうかい? 名誉男爵って聞いたけど、随分とくだけてるねぇ」

「貴族にはなったばかりだぜ。それに異世界人の勇者候補だからよ」

「へぇ。私ら傭兵は礼儀が苦手でねぇ」

「構わないぜ」


 ジュリアはキツイ感じの女性だが、領主を前に堂々としている。計算高そうな人物で、一筋縄ではいかなそうだ。しかも傭兵にしては顔立ちが整っており、一度は抱いてみたいほどのナイスバディだった。

 今後の取引相手としては面白い。


(まぁグランテの女だろうがな。爬虫類顔のどこがいいのやら……)


 面体の良さを一番と思っているシュンは、グランテに視線を送る。

 日本であれば、多くの女性に敬遠されるだろう人物だ。とはいえ力量は身をもって知っており、その辺の兵士より強いと確信している。過去を忘れれば、手駒としては申し分ないだろう。

 ならばとジュリアに視線を戻して、傭兵団について尋ねるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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