第442話 ベクトリア公国出立準備4

 バグバットと取り決めた二週間が過ぎた。

 三人の身内とデートを終わらせたフォルトは、ベクトリア公国に出発する日を迎えていた。他の身内とのデートは、また今後である。

 ちなみに世界樹から一望できるフェリアスは、圧巻の一言だ。

 ガラテアの集落は、ルイーズ山脈より高い場所に存在した。もちろん中腹すら登れていない場所だったが、山脈と緑の絨毯じゅうたんが目に焼き付いている。リリエラとレティシアも、目を丸くして眺めていた。

 集落自体は百人程度のエルフ族がおり、地面の集落と何ら変わらない生活だ。とはいえ、地水火風の精霊魔法を使うことで成り立っていた。

 とても幻想的な場所である。


「さて、俺と一緒に向かうのは……」


 フォルトは身内をテラスに集め、ベクトリア公国行きの人選を発表した。

 さすがに全員では向かえないので、人数を制限するつもりだ。転移魔法を習得したことにより、もし必要なら連れてくることが可能である。

 またいつでも戻ることができるため、少人数で十分なのだ。


「人間の国に魔族は無理よね」

「おっさん親衛隊かしらねぇ」

「いや。マリとルリは連れていく」

「「えっ?」」

「アルバハードの使者として向かうからな」


 人選としてはまず、マリアンデールとルリシオンの魔族姉妹。

 本来はエウィ王国の使者として、ベクトリア公国に親書を届ける話だった。しかしながらフォルトは、アルバハードの使者として向かう。

 ローゼンクロイツ家は、アルバハードの所属だと知らしめるためだ。王国は激怒するだろうが、吸血鬼の真祖バグバットは無視すると言っていた。

 正式な令嬢を共にすることで、ローゼンクロイツ家の総意とする。


「なら私もですか?」

「だな。フィロも連れていく」


 マリアンデールとルリシオンの従者フィロ。身内ではないが、旅をするフォルトたちの世話をしてもらう。

 キャロルはレティシアの従者なので、当然のように残す。


「後はレイナスとセレスだ」

「きさま、私を連れていかんのか?」

「悪いがティオは留守番だ。マリとルリが出るからな」

「ちっ。仕方あるまい」


 ローゼンクロイツ家の最大戦力である三人。

 そのうちの二人を連れていくので、幽鬼の森を守る者が必要だ。ターラ王国ではベルナティオが一緒だったので、公平性の観点からも残ってもらう。

 彼女と同様だったレイナスとセレスについては、また別の思惑がある。


「レイナスは限界突破がある」

「あら。妖精の居場所が?」

「メドランが発見したようだ」


 アルバハードの諜報員ちょうほういんとして、人狼じんろうのメドランは大陸の南で仕事をしている。ついでに、妖精も探してもらっていた。

 つい先日、バグバットから眷属けんぞくのジャイアントバットが送られてきた。

 サザーランド魔導国のナナ・タワー近郊で、妖精の目撃情報があったとの手紙が届いたそうだ。

 詳細については、現地に到着したら当人から聞く予定である。


「俺の頭脳はセレスだな」

「ふふっ。妻の役目をしっかりと果たしますわ」


 そういったわけで、今回はソフィアが幽鬼の森に残る。まだレベル四十に達していないアーシャとレティシアも同様だ。

 しかもカルメリー王国を通るため、元王女のリリエラも連れていけない。シェラは人間嫌いもあるが、残留組のサポートとして残す。

 カーミラは特別なので、あえて何も言わない。


「俺の眷属は全員、幽鬼の森にな」

「分かったのじゃ!」

「「畏まりました」」


 双竜山の森はドライアドに任せて、眷属は移動させておく。

 ベルナティオはルーチェと一緒に、北の平原での自動狩りを主導してもらう予定である。ニャンシーは連絡用で置いておき、クウも利便性が高い。

 これで、人選の発表は終わりだ。

 ベクトリア公国組は……。フォルト、カーミラ、マリアンデール、ルリシオン、レイナス、セレス、フィロの七人。

 残留組は……。ソフィア、ベルナティオ、シェラ、アーシャ、リリエラ、レティシア、キャロルの七人だ。


「では行くとするか」



【サモン・バイコーン/召喚・二角獣】



「きゃ!」


 カーミラを抱え上げたフォルトは、三頭のバイコーンを召喚した。

 人数と合わないが、マリアンデールとルリシオンは一緒に乗る。レイナスとセレスは個別に乗り、フィロは純潔なので徒歩だ。

 残念ながら召喚できる魔物の中に、ユニコーンは無かった。


「フィロも誰かとエッチすれば……」

「何を言っているんですか!」

「きさまが抱いてやれば良いではないか」


 フィロが不純にさえなれば、バイコーンに乗れるだろう。

 そう思った一言だが、親友のベルナティオがとんでもないことを口走る。続けて、親友同士のじゃれ合いが始まった。


「ティオも何を言っちゃってるのかなあ?」

「私と違ってもらいい手もいないだろ?」

「戦うことしか取柄の無い鬼婆に先を越されちゃうなんて……」

「誰が鬼婆だ!」

「さぁフォルト様、私たちは後から合流しますね!」

「それが素のフィロか……」


 最近のフィロは皆と打ち解けていたが、これが本来の彼女だ。しっかり者だが、ベルナティオの前では年相応の女性である。

 フォルトはほっこりしそうになったが、もう出発しなければならない。


「俺はバグバットの屋敷で待つ」



【フライ/飛行】



 バグバットのほうでも、馬車などの準備をしてもらっている。

 先に向かっておき、話を終わらせておきたい。彼女たちは半日もあれば到着するので、フォルトはカーミラを抱いて、飛行魔法で移動する。

 幽鬼の森から持っていく荷物は無い。後方に顔を向けて手を振ると、彼女たちは一斉に移動を開始した。


「御主人様、あの人選で良かったんですかぁ?」

「ソフィアか?」

「そうでーす!」

「グリムのじいさんがなぁ」

「何かあるかもしれませんねぇ」

「まぁセレスとレイナスがいるしな。問題ないだろう」


 グリムから届いた手紙の内容に、ソフィアの件が書かれていた。

 今回のベクトリア公国行きを見合わせてほしいとの内容である。理由は書かれていなかったが、どのみちレベルが四十に届いていない。

 彼女の頭脳は飛び抜けているが、フォルトの身内には賢者が多い。特に王族や貴族関係の話であれば、レイナスの得意分野である。


「さて到着だ。おっ! いるいる」


 フォルトとカーミラは、バグバットの屋敷に到着した。

 屋敷前の庭を見下ろすと、彼の他にも数名の吸血鬼が待機している。三台の馬車も用意されており、準備万端のようだ。

 そこで早速、盟友の前に降下した。


「バグバット、待たせたな」

「時間どおりであるな。もう少し遅れるかと思ったのである」

「ははっ。もう夕方だがな」


 フォルトの自堕落が改善するわけがない。

 待ち合わせを夕方にすることで、何とか間に合わせたのだ。


「今回は護衛を付けるのである」

「要らないと言いたいけど……。まぁ仕方ないよな」


 ローゼンクロイツ家は、アルバハードからの正式な外交使節団である。それに見合うように、吸血鬼の儀仗兵ぎじょうへいが十人ほど付いてくる。

 彼らには名前が無く、無駄口もたたかない。男女の比率は半々である。全員が上級騎士相当の強さを持ち、紫でまとめた装備は見栄えが良い。

 フォルトのゲーム脳ではNPCであり、精神的な苦痛が無い護衛だ。


「で、あるな。こちらの二通が親書である」

「アルバハードからの親書は、カーミラが持っといてくれ」

「はあい!」

「エウィ王国からの親書は?」

「デルヴィ侯爵が手渡すそうである」

「うぇ。まぁ通り道だしな」


(確かに城塞都市ミリエまで行ってらんないしな。会いたくないが、親書を受け取るだけだ。しかし、まだ成敗されていないのか……)


 デルヴィ侯爵の名前が出たところで、フォルトは嫌な表情に変わる。リリエラが身内になり、更に嫌悪感が増していた。

 そちらの件は公表できないが、紛うことなく悪代官である。残念ながらエウィ王国には、侯爵を誅殺ちゅうさつするような時代劇の主人公はいないようだ。

 道順としては、デルヴィ侯爵領からカルメリー王国に向かう。以降は南に進路を取り、国境を越えてベクトリア王国に入ることになる。


「フェリアスの調査団は来てるのか?」

「カルメリー王国で合流との話である」

「ふーん」


 すでにフェリアスからは、悪魔崇拝者の調査をする一団が出発している。

 クローディアからの依頼だが、彼らは先行していた。すでにカルメリー王国まで進んでいるようで、ローゼンクロイツ家との連携は入国してからだ。

 ちなみにエウィ王国内では、調査団に対する安全が保証されていた。

 シュン率いる勇者候補チームの護衛が、その対価だった。とはいえベクトリア公国に入国した後は、自分たちで身を守る必要があった。

 だからこその連携である。


「さて。馬車の中で身内が来るのを……」

「フォルト殿、しばし待つのである」

「え?」

吾輩わがはいの娘マーヤも連れていってほしいのである」

「は?」


 バグバットの後ろから、先日紹介されたマウリーヤトルが顔を出す。

 マスコット的な可愛さを持つが、これから向かうのはベクトリア公国である。さすがに子供を連れていくわけにもいかない。

 また親書を届けた後は、サザーランド魔導国に向かうのだ。竜王も起こさないといけないので、かなり危険な道中となるだろう。


「あの話なら大丈夫である」

「大丈夫なわけ……」

「マーヤは強いのである。きっとお役に立つである」


 マーヤを送り出すのには訳がある。

 どうやら彼女の成長に必要なことで、今回の件を使いたいとの話だった。女王にかけられた呪いを解除するには、バフォメットを使役した悪魔崇拝者たちの殺害が必須である。どうせ殺すならと、悪魔崇拝者の血を吸わせたいようだ。

 アンデッドは成長するのかと思うが、自分の身は自分で守れるらしい。教育も行き届いているので、フォルトに迷惑はかけないと言っている。


「どうしてもと言うなら……」

「お頼みするのである」

「はぁ。俺の性格を知っているだろうに……」

「吾輩の娘である。旗頭にでもしておくと良いのである」

「分かった。代わりに例の件を頼む」


 盟友からの頼みなので、フォルトは了承した。

 その代わりと言っては何だが、コルチナを使った服飾店の件を任せる。バグバットの執事が試算したところ、利益が見込めるとの話だった。

 ベクトリア公国から戻る頃には出店できるかもしれない。


「マーヤは俺から離れないようにな」

「うん」


 当のマーヤは、フォルトの足にしがみついた。

 ニャンシーとは違った可愛さで、何となく守ってあげたくなる少女だ。このままでは、父性が芽生えそうだった。

 とりあえず身内が到着するまで、馬車の中で寝て過ごす。と思ったのだが、中の椅子に座った後は、彼女が膝の上に乗ってきた。


「えっと……。マーヤ?」

「指定席」

「カ、カーミラ?」

「可愛いですねぇ。御主人様には肩を貸してあげまーす!」

「それもいいな。では……」


 降りる気配がないので、マーヤが落ちないように腰に手を回しておく。続けてカーミラの肩に頭を乗せ、フォルトは眠りに入った。

 この光景を身内が見たら、きっとからかわれるだろう。にもかかわらず、それほど悪い気はしないのだった。



◇◇◇◇◇



 商業都市ハンから出発したエレーヌは、馬車の中で緊張していた。

 現在はギッシュやアルディスと一緒に、聖女ミリエを護衛中である。とはいえ他の二人は、別の馬車にて移動中だ。

 また十名の中級騎士が、馬上にて護衛の任務に就いていた。

 そして彼女は、聖女の馬車に乗っている。


「えっと……」

「エレーヌ様でしたわね。緊張しなくても良いですよ?」

「はっはい!」


 なぜ一緒に乗っているのか。

 それは面前のミリエが、聖女の務めを果たしているからだ。異世界人の面倒を見ることが、彼女の仕事の一つである。

 エレーヌはフェリアスに赴いていたため、今回で二度目の面会となる。一度目は商業都市ハンの屋敷で、フォルトたちを泊めた時期だ。

 元聖女ソフィアと同様に、他愛もない話から悩みなどを聞いてもらえる。


「最初はあまり時間を取れませんでしたが……」

「いっいえ。話ができて気が楽になりました」

「それは良かったですわ。次の村までお付き合いくださいね」

「わっ分かりました」


 商業都市ハンから城塞都市ミリエまでは、三日ほどかかる。

 エレーヌたちが三人ということで、一人ずつ一日を過ごす。初日はギッシュが呼ばれており、失礼な物言いで怒らせていないか心配だった。しかしながら普段の姿が見たいという話なので、彼はいつもどおりの口調だったらしい。

 勇者候補チームを抜ける件も、後々問題とならないように計らうようだ。


「エレーヌ様もチームを抜けたいとか?」

「ですが姫様に呼ばれましたので……」

「どちらにせよ、チームを抜けることになりましたわね」

「はい」

「抜けたいと思った理由をお聞きしても?」

「あ、はい。戦いが怖くなりまして……」


 特に隠す理由も無いので、エレーヌは語りだす。

 二度も死にそうな目に遭ったので、もう魔物と戦うのは御免である。だからこそ、チームを抜けたいと考えたのだと。

 それを聞いたミリエは、ウンウンとうなずいている。


「エレーヌ様のレベルでは戦いは無くなりませんわね」

「知っています。ですので……」


 ここでエレーヌは、フォルトのことを伝える。

 リゼット姫の管理下に入るのは、彼が口を利いてくれたからだ。この件も隠す話ではないので、ミリエに伝えても平気だろう。

 シュンにさえ知られなければ良いのだ。


「まあ! フォルト・ローゼンクロイツ様ですか?」

「あ、あの。シュンには内緒にしてもらえればと……」

「構いませんわ。それにしても姫様の仰ったとおりですわね」

「リゼット姫ですか?」

「はい。フォルト様は頼りになる御方と聞きましたわ」

「そっそうですね」


(本当に……。何でリゼット姫に口を利けるのかしらね。私がシュンたちと旅をしている間に、おじさんは何をしていたんだろ?)


 エレーヌは今回の件で、フォルトについて考えを改めている。

 商業都市ハンに帰還すると、彼が提案してくれた話が実現していたのだ。シュンは嫌っていたようだが、彼女にとっては頼りがいのある男だった。

 破廉恥なのは改められないが……。


「聖女様はおじさんと話したことがあるんですか?」

「ありますが……。邪険にされましたわ」

「おじさんって、そういう所がありますよね」

「エレーヌ様も覚えがありますか?」

「あ……。敬称はやめてください。呼び捨てでいいですよ」

「分かりましたわ。今後はエレーヌ、とお呼び致しますわ」

「ありがとうございます」


 聖女ミリエは、カルメリー王国の第二王女でもある。エレーヌからすると雲の上の存在だが、話し込むと気さくな女性だった。

 これならば、ソフィアと同様に信用して打ち解けられそうだ。


「お、王女様に会うにはどうすればいいのかしら?」

「これから面会しますわ。一緒に行けば良いと思います」

「お願いします」


 その後も様々な会話をして、次の村に到着した。次はアルディスの番だが、エレーヌとしては一段落である。

 以降は護衛の任を続けて、城塞都市ミリエまで歩を進めた。とはいえ王城まで行かずに、都市内にある孤児院で馬車を降りることになった。


「エレーヌ、ギッシュ様、アルディス様。到着しましたわ」

「こ、ここって孤児院ですよね?」

「姫様肝入りの政策の一つですわ」

「へぇ。凄いね。ボクは尊敬しちゃうな」

「俺には縁のねぇ場所だぜ」


 リゼット姫は慈善活動に力を入れていた。

 逆に言えば、それ以外の政策が通った試しがない。貴族社会を知らない三人からすれば、アルディスが言ったように尊敬できる人物だ。エレーヌも例に漏れず、尊敬の眼差しを浮かべる。

 そして孤児院に目を向けると、髪色がワインレッドの女性騎士が現れた。


「聖女様! お待ちしておりました」

「グリューネルト様、姫様にお取次ぎをお願いします」

「はい。ところでそちらの三人は?」


 グリューネルトと呼ばれた女性騎士に、エレーヌたち三人はにらまれた。

 本来なら王城に参上する予定だったので、孤児院に来るとは思っていなかったのだろう。特にアルディスは、リゼット姫の管理下に入るわけでもない。

 人数が合わないので、彼女に不審がられたようだ。


「姫様に呼ばれたようですので、どうせならとお連れしましたわ」

「なるほど。でしたら、しばしお待ちください」

「分かりましたわ」

「お前たちは面会が終わるまで、孤児院の周囲で警戒に当たれ!」

「「はっ!」」


 聖女ミリエを護衛していた騎士たちは、グリューネルトより身分が低い。馬車を見張る数人を残して、孤児院の周囲に散っていった。

 彼女は孤児院の中に戻り、四人は入口の前で待つ。


「き、奇麗な女性ひとですね」

「王国〈ナイトマスター〉アーロン様のご息女ですわ」

「へぇ。さすがは姫様の護衛ですね」

「ちっ。俺のほうが強いぜぇ」

「そう? ボクは互角だと思うなぁ」

「うるせえぞ空手家! 今は互角でも、すぐに引き離すぜ!」

「ごっ互角なんだ?」

「多分な」

「多分ね」

「ぷっ!」


 最後に二人がハモッたので、エレーヌは吹き出してしまった。

 ギッシュやアルディスは英雄級に近く、相手の力量が分かるのだろう。二人とも勇者級になることを諦めておらず、レベルも離されてしまった。

 ただし戦うことが皆無になるので、どうでも良い話か。と思ったところで、話題になったグリューネルトが戻ってきた。


「三人にもお会いになるそうだ」

「それは良かったです」

「では聖女様、姫様がお待ちです」


 そして四人はグリューネルトに連れられ、孤児院の一部屋に通された。

 途中の通路から子供たちが顔を出したので、ギッシュ以外が手を振る。しかしながら彼の頭に視線を当てた瞬間に、通路の奥に逃げ出してしまった。

 さすがに、トサカリーゼントのツッパリは怖いだろう。


「ミリエ、道中は平気でしたか?」

「姫様、お待たせしましたわ」

「お話したいことは山ほどあるのですが……」

「分かっておりますわ。まずは三人とお話ください」


(さすがは王女様だわ。可愛くて誰からも好かれそう。もしかしてミリエ様のように気さくな人なのかしら? こんな汚らしい部屋で……)


 部屋の中には机や椅子も無く、おそらくは子供たちが使う大部屋だ。人払いはされているが、一国の王女がいる場所ではない。

 それでも天使のような笑顔で迎えられて、エレーヌは安心した。次に思い出したかのようにひざまずいて、リゼット姫に頭を下げる。


「ア、アルディス、ギッシュさん!」

「あっ! ごめんなさい」

「っと」


 場所が場所だけに、礼儀を忘れてしまったのだ。

 もう少し時間が過ぎていれば、グリューネルトが怒鳴ったことだろう。


「えっと。エレーヌとギッシュですね?」

「はい。命令を受け賜わり、御前に参上しました」

「以下同文」

「ギッシュさん!」


 ギッシュに礼儀を言っても始まらないが、相手はエウィ王国の第一王女。王族と異世界人では身分が違い過ぎる。

 ここで機嫌を損ねて、今回の件を無かったことにされたら堪らない。


「ふふっ。そう畏まらなくて良いですよ」

「え?」

「床に座ってお話しましょうか」

「姫様!」

「グリューネルト、先ほども子供たちと座って話しましたよ?」

「そっそうですが……。分かりました」


 リゼット姫はその場に座り、聖女ミリエも続いた。

 グリューネルトは困り顔だが、おそらく言っても聞かないのだろう。エレーヌたちにも足を崩すように言い放ち、姫の隣に立った。

 ここまでされれば断れないので、三人は言われたとおりにする。


「ところで一人多いようですけど?」

「ボ、ボクは城に戻って指示を待つように言われています」

「お二人とは同じチームにいらっしゃいましたわよね?」

「はい」

「一緒に来たのならば、一緒に戻れば良いでしょう」

「ありがとうございます」


 アルディスには、いつもの軽口が無い。緊張もしているようだ。

 それについてはエレーヌも同様だが、彼女とは親友の間柄である。ここで別れるには早すぎると思っていた。

 まだ話したいことも多いのだ。


「まずは正式にお伝えします。お二人は私の管理下に入ります」

「畏まりました」

「おぅ……」

「ギッシュさん!」

「にっ苦手なんだよ!」

「ふふっ。公の場ではないので、普段通りで良いですよ」

「助かります、です」

「もぅ。姫様、すみません!」


 ギッシュには困ったものだが、リゼット姫から許可は出た。

 以降はカードの提示を求められ、現在の状態を確認される。また勇者候補チームで経験したことを聞かれた。

 そしてエレーヌは、聖女ミリエに話した内容も伝える。


「その件はフォルト様より聞いております」

「あ……。はい」

「ですが、限界突破は終わらせてくださいね」

「え?」

「管理下に置くとしても誰でもというわけにもいきません」


 王族はレベル四十以上の異世界人を直轄下に置く。

 レベル三十の限界突破を終わらせていない異世界人は、エウィ王国の一般兵と同様だ。リゼット姫が直接管理するためには、エレーヌの限界突破が必須である。

 もちろん彼女に断るという選択肢は無い。


「がっ頑張ります!」

「ギッシュは手伝ってあげてくださいね」

「おぅ!」

「後はグリューネルトの指示に従ってください」


 これで、リゼット姫との面会は終わりだ。

 限界突破については、グリューネルトに一任される。司祭からの神託を受けなければならず、それに伴う寄付金が必要なのだ。彼女が手配してくれるようで、エレーヌが金銭を用意しなくても良いらしい。

 そして大部屋から退出を命じられ、馬車でミリエを待つことになった。


「ねぇエレーヌ」

「なに?」

「ギッシュとエレーヌの件って、おじさんが絡んでるの?」

「それについては後で話すね」


 エレーヌとギッシュが、フォルトを頼ったことは秘密だった。

 もう隠しておけないので、馬車の中で教えることにした。もしかしたらアルディスに嫌われるかもしれないが、こればかりは仕方ないのだ。

 そして馬車に乗り、彼女の顔色をうかがいながら語りだすのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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