第441話 ベクトリア公国出立準備3

 フォルトのデートは続く。

 次はリリエラとレティシアを連れて、エルフの里に向かっていた。前回は初めての来訪ということもあり、エルフの女性しか見ていなかったのだ。

 いや、それしか目に入らなかった。

 今度はデートなので、目的は世界樹である。


「さて、セレスはいるかな?」


 アーシャとのデート中に、セレスを先に向かわせてあった。

 エルフの里に入るには、許可が必要だからだ。また彼女の家もあるので、転移先にしておきたかった。

 ちなみに、ベルナティオとはデートしていない。

 武器を新調するだけであり、今回とは別に時間を取るつもりだ。もちろん他にも理由はあるが、もう少し後になるだろう。


「マスター、世界樹って大きいっすね!」


 現在は原生林の中を歩いているが、もうすぐエルフの里に到着する。

 当然のように空を飛んで、里の近くに下りた。ドワーフの集落と同様に、だいたい五キロメートル前後の場所である。

 そしてリリエラが言ったように、世界樹は物凄く大きい。

 他県から富士山を見るようなもので、世界樹に近づくと視界に入りきらない。大陸の北には断崖絶壁がそびえ立っているが、それと同様に見えてしまう。


「まぁ里に入れば、もっとよく見られるぞ」

「楽しみっす!」


 原生林の中なので、世界樹は周囲の木々の隙間から見えた。

 エルフの里に入れば視界が開けるため、そこからがデートの本番になる。世界樹の枝に座り、二人でイチャイチャするのも悪くない。

 そんなことを考えていると、レティシアがいつもの病気を発症する。


「うふふふふ。世界樹を制する者は世界を制するのよ!」

「それなら、エルフ族が天下を取ってるだろ?」

「せっ制していないわ! 守護してるだけなのよ!」

「まぁ制すると言っても、どう制すればいいのやら……」

「世界樹の頂上には天界、根の先には冥界が存在するわ」

「ふむふむ」

「破滅の王が……。あっ! セレスさんが来たわよ!」


 レティシアの厨二病ちゅうにびょう発言に乗ってみたが、ここでネタ切れのようだ。

 普段であれば、キャロルに菓子か飲料を要求する場面である。とはいえ、今回は連れてきていない。さすがに往復する気は無かった。

 彼女の指した方向を見ると、カーミラとセレスが歩いてくる。


「御主人様! 連れてきたよぉ」

「旦那様、お待ちしておりましたわ」

「里に入れるのか?」

「大丈夫ですわ。クローディア様に許可を頂きました」


 本来なら許可をもらってから、里に訪れるべきだろう。

 それでも友好関係の構築はうまくいっており、ハイ・エルフであるセレスの立場も利用している。断られるとは思っていなかった。

 七つの大罪の傲慢を持っているので、これで良いのだ。


「では行くとするか」


 エルフの里は、壁で囲まれていない。

 ダークエルフ族の集落と同様に、腰ぐらいまでの柵が設けられているだけだ。城と称する遺跡の周囲に家が並び、その奥に世界樹がそびえ立っていた。

 人間の町のように道路があるわけでもなく、家と家の間も離れている。所々に生えた木に寄りかかり、優雅に会話を楽しむエルフ族が印象的だ。時間がゆっくり動いていると錯覚するほど、穏やかな里である。

 フォルトたちが到着すると、笑顔で手を振ってくれた。


「エルフの里って凄いっすね!」

「黒き一族の集落と変わらないわね」


 リリエラとレティシアの感想は真逆だ。

 人間からすると、エルフの里に入った者はほとんどいない。かなり脚色された物語や御伽話おとぎばなしで語られるぐらいか。

 そしてダークエルフ族の集落と比べると、遺跡や世界樹以外はほぼ同じである。見慣れた風景なので、特に驚いていない。


(まずはセレスの家に行って、俺はクローディアに挨拶かな? デートの前に色々と終わらせておこう)


「俺はセレスと一緒に、クローディアに会ってくる」

「御主人様、カーミラちゃんはどうしますかぁ?」

「食料の搬入だな」

「はあい!」


 セレスの家に到着して早々、フォルトはそう告げた。挨拶に行くだけなので、ゾロゾロと大人数で向かっても仕方ない。

 エルフの里も、三日間の滞在予定である。

 いつものように魔界を通って、ビッグホーンの肉を用意してもらう。里の食材はヘルシーなので、暴食が満足しないのだ。


「では旦那様、グロ―ディア様がお待ちです」

「うむ」


 フォルトはセレスと腕を組んで、クローディアが待つ城に向かった。

 エルフの里は久々なので、歩行速度を遅くする。時おり見かける女性エルフを目に焼き付けるためだ。

 やはり、エルフは正義である。


「これはセレス様、クローディア様は応接室でお待ちです」

「分かりましたわ」


 城に到着すると、門衛が二人を迎え入れてくれた。

 その後は地下に下りて、通路を進んで応接室に入る。遺跡を改修して使っているため、人間の城とは造りが違う。

 相変わらず通路は豪華だが、応接室は遺跡の一部屋で質素である。


「クローディア殿、いきなりの来訪ですまないな」

「いえ。よくいらっしゃいましたわ」


 クローディアが椅子から立ち上がり、フォルトと向かい合う。

 軽い挨拶を済ませた後は、対面形式で椅子に座った。


「ヒドラの討伐ではお世話になりましたわ」

「ははっ。予定通り討伐できて良かった」

「里に来られたのは、観光と伺いましたが?」

「そうなるな。ヒドラ討伐の休養と思ってくれ」

「はい。ですがローゼンクロイツ家だけですわ」

「え?」

「もし他の者が一緒の場合は、事前の申請をお願いしますね」


 エルフ族は排他的であり、たとえフェリアスの住人でも簡単には入れない。ならばローゼンクロイツ家は、かなり優遇されている。

 クローディアにくぎを刺されたが、フォルトは好意的に捉えておく。


「まぁ身内としか来ないと思うがな」

「ですか。ところでバグバット様からの手紙などは?」

「………………。無い」


 フォルトの返答を受けたクローディアは、目に見えて落ち込んでいる。今度来訪するときは、バグバットからの贈物でも持参するべきか。

 そこで一つ、土産話を披露した。


「ときにクローディア殿」

「何でしょうか?」

「バグバットの娘に会ったぞ」

「マウリーヤトル様ですか?」

「う、うむ。知っていたか」

「はい。以前お会いしたのは……。七、八十年前かしら?」

「………………」


 さすがは長寿のエルフ族である。人間の寿命に近い年月を、まるで数年前の出来事のように捉えている。

 フォルトは腕を組んで、思わず考え込んでしまう。いずれ自分も、この域に達するのだろうかと……。

 マーヤの話を聞いたクローディアは、夢見心地な表情に変わった。


「いずれ私の娘になりますわ!」

「そっそうか」


 同じ「いずれ」だが、それは置いておく。

 フォルトが隣に座るセレスを見ると、真剣な表情を浮かべていた。「頑張ってください! クローディア様!」と言ったところか。


「えっと。クローディア殿、質問があるのだが?」

「あ……。はい」

「世界樹は登ってもいいのか?」

「セレス?」

「すみません。旦那様にはお伝えしてなかったですわね」

「え?」


 エルフの里。

 レティシアが評したように、ダークエルフ族の集落と同様だ。約三百人ほどのエルフ族が住んでいるが、はたして里と呼んで良いものか。

 そうである。他にも多くのエルフ族が存在しているのだ。彼らは世界樹の枝で、集落を営んでいるとの話だった。


「マ、マジか?」

「枝に家を建て畑を作り、世界樹と共に生きていますわ」

「凄いな!」


 世界樹の幹は、視界に入りきらないほど太いのだ。

 伸びている枝も相当太く、家が何軒も建てられる。集落は枝ごとに区分けされ、それらを含めたすべてが、エルフの里なのだ。

 そしてセレスの説明が終わり、クローディアが口を開く。


「世界樹を登っても集落があるだけですわね」

「なるほど。身内とのデートがてら、風景が見たいのだ」

「そういった話であれば……。ガラテアとは面識がありましたわね?」

「うむ。遺跡調査隊にいた御仁だな」

「彼の集落がありますので、後で通達しておきますわ」

「世界樹の集落か。楽しみだな」

「私もバグバット様と……」

「がっ頑張ってくれ」


 この後は、女王の状態を聞いおく。

 大悪魔バフォメットが現れることもなく、城の自室で仮死状態のままだ。契約にうるさい悪魔らしく、呪いの解呪を試みなければ害は無い。

 最後は悪魔崇拝者の件で動くと伝えてから、セレスの家に戻った。


「御主人様、お帰りなさーい!」

「ただいま。みんな」


 客間に入ると、三人の身内が待っていた。

 戻ったフォルトは、同じテーブルに着いて一息入れる。もちろん何も言わずとも、カーミラが膝の上に座ってきた。


「食料は?」

「もう搬入しましたあ!」

「偉い偉い。それにしても……」

「勝手知ったるセレスの家でーす!」

「ははっ」


 レティシアとリリエラが茶を飲んでいた。

 カーミラが調理場を漁ったようだ。前回泊まったときに、食器の位置などは把握していたのだろう。

 ちなみにセレスが里を出た後は、他のエルフが住んでいたらしい。必要なものを融通し合うのが、イービスのエルフ族である。


「明日はリリエラとデートして、明後日はレティシアとデートだ!」

「楽しみっす!」

「じゃあ明日は寝てるねっ!」


 リリエラは、エルフの里を楽しみにしていた。

 過去の身分であれば、あまり外出はできなかったはず。今回のように旅行のようなデートは珍しいので、好奇心に満ちた目をしている。


「旦那様、クローディア様からの話はどうするのですか?」

「あぁ……」


(うーん。フェリアスからも調査団を出すのか。目的が被ってしまったな。まぁ好きに使っていいって話だけど……)


 悪魔崇拝者の件で、クローディアから受けた最後の話。

 数十名の諜報員ちょうほういんを、ベクトリア公国に派遣したとの内容だった。女王にかけられた呪いはフェリアスの問題なので、当然と言えば当然か。

 もちろん諜報員と表立って言えないために、調査団という名目だ。出発時期が被ったことで、ローゼンクロイツ家と連携を取りたいらしい。とはいえ今回は、大人数で向かうつもりがなかった。


「ベクトリア公国には誰が向かうのでしょう?」

「それは幽鬼の森に帰ってからのお楽しみだ」


 エルフの里に来訪した目的は、身内とのデートである。だからこそ、挨拶という面倒事を到着した日に終わらせたのだ。

 残りの二日は、リリエラとレティシアのためだけに使う。もちろん今は、カーミラとセレスを含めて、五人で楽しむことだけを考える。

 そこに悪魔崇拝者の入り込む余地は無い。


「あ、そうだ。世界樹にはどうやって登るのだ?」

「幹に巻き付いているつたの上を歩けますわ」

「なるほど」

「ですが、リリエラさんだと……」


 世界樹の蔦は自然に巻き付いているため、道として機能しない場所がある。垂直になっていたり途中で切れていたり、だ。

 エルフ族であればヒョイヒョイと進めるが、現在のリリエラだと厳しい。


「飛行魔法は構わないのだろ?」

「はい。どの枝に向かうかは、明日にでも教えますね」

「ガラテア殿の相手も任せる!」

「ふふっ」


 世界樹からの風景は、フォルトも期待している。

 集落ということで、腰を落ち着けて楽しめるだろう。また世界樹の上では、どのような生活を営んでいるかも興味がある。

 そして明日からのデートに思いを馳せ、雑談に華を咲かせるのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトが身内とのきずなを深めている頃。

 デルヴィ侯爵との会談を終えたシュンは、勇者候補チームの屋敷に戻っている。自室で私服に着替えた後は、ファミリールームで腰を落ち着けた。

 それから天井を仰ぎ、会談の内容を整理する。


(まずギッシュとエレーヌの件。次に俺が領主になる件か。カードについては伝える必要はねぇな。後はハイド王子、か……)


 ギッシュとエレーヌは、エウィ王国第一王女リゼットの管理下に入る。

 彼についてはチームを抜けるので、その後の進路はどうでも良い。しかしながら、エレーヌが引き抜かれるとは思っていなかった。

 これについては、すぐに向かわせる必要がある。


(ちっ。エレーヌをはらませたかったが、侯爵様の命令だしな。まぁ永遠に会えねぇわけでもねぇし、休日にでも呼び寄せりゃいいか? しかし……)


 シュンは片手を額に置いて、ノックスを哀れむ。

 エレーヌと最後の営みをやるときに、彼に抱かせようと考えていた。タイミングが悪いというか、きっと女運が無いのだろう。

 そう思いながら、首から下げている聖印を握る。


「アルディスが欲しいとか、俺から奪う気かよ」


 エウィ王国第一王子ハイド。

 彼のうわさは、デルヴィ侯爵に聞いた。歳費を使って私兵を集めており、英雄級に近いアルディスに目を付けたようだ。しかも闘技場でのトーナメントを観戦中に、レイナスが欲しいと口走ったらしい。

 エインリッヒ九世が難色を示したので、現在は凍結案件だ。ならばと侯爵にカードの偽造を頼みたかったが、口に出す前に視線で止められた。

 言葉にしていたら、絶対に見切りを付けられると思ったものだ。


(侯爵様に逆らっては駄目だ。俺の出世街道は、遊びのアルディスと引き換えにできねぇぜ。だが、どうやって伝えるか……)


 デルヴィ侯爵から不要と評されているアルディスは、残念ながらエウリカの町には連れていけない。となると、彼女を城塞都市ミリエに戻す必要がある。

 現在進行形の勇者候補を、屋敷に残して遊ばせておけないのだ。城塞都市ミリエに戻して、今後の方針や配属を決めることになる。

 あえて言うと、彼女と別れる必要があった。


「シュン! 戻ってたのね?」


 その渦中の女性が、ファミリールームに入ってきた。

 シュンはすぐにデルヴィ侯爵の屋敷に向かったので、他の仲間は先に戻っているはずだ。今も自室で、自由に過ごしているだろう。


「あぁ。アルディス、悪いがみんなを集めてくれ」

「え?」

「緊急の話があるんだ」

「………………。侯爵様に何か言われたのかしら?」

「まあな」

「ギッシュも?」

「全員だ」

「わっ分かったわ!」


 シュンにしても急展開の内容だったので、頭の整理が追いついていない。しかしながら納得してもらう必要はない。

 そして暫く待っていると、ファミリールームに全員が集合した。


「連れてきたわ」

「んだよホスト。気持ちよく寝てたのによぉ」

「なっ何の話かしら?」

「えっと。今から魔物退治なら無理だよ?」

「シュン様、お茶を入れましょうか?」

「要らない。とりあえず座ってくれ」


 これから伝える内容は、茶を飲みながら和やかに話すものでもない。

 また恋人の二人にとっては、涙が出るほど悲しい話だろうと思っている。終わった後は、部屋に赴いて慰めなければならない。

 そう考えたシュンは、全員が座ったのを確認した。


「まずギッシュとエレーヌ」

「ああん?」

「なっなに?」

「二人はリゼット姫の管理下に入るそうだ」


 ギッシュは大口を開けて、「はぁ?」といった表情だ。

 エレーヌも首を傾げているが、これは宮廷会議での決定事項だと伝えた。しかも明日早朝に、デルヴィ侯爵の屋敷に行ってもらう。

 聖女ミリエを護衛して、城塞都市ミリエに向かってもらうのだ。


「屋敷にある俺の荷物はどうすんだよ?」

「落ち着いたら、この屋敷の執事に手紙を送ってくれ」

「ホストじゃなくてか?」

「そうだ。次の話になるが、俺は違う町に行くからな」

「ほう。まぁいいぜ」

「エレーヌは……」

「ギ、ギッシュさん! 道中はよろしくお願いします」

「え?」


 シュンはエレーヌから、涙目の訴えを聞くつもりだった。

 恋人と離れることになるのだ。当然のように、そうなるだろうと予見していた。にもかかわらず、彼女は普段と変わらない表情だ。


「エレーヌ?」

「じゃあ私を担当した騎士様に、勇者候補を脱落する件を伝えるわ」

「そっそうだったな!」

「つ、次の話は?」

「………………」


 おかしい。

 エレーヌはシュンと離れることを、何とも思っていないようだ。いや、今は取り繕っているだけだろう。

 後で彼女の部屋に行けば、ワンワンと泣かれるはずだ。


「その前にだな。アルディス」

「ボク?」

「二人と一緒に、城塞都市ミリエに行ってくれ」

「は?」

「リゼット姫の管理下じゃないが、今後の方針を国が決めるそうだ」

「ちょっと待って? チームは解散なの?」

「いや。次の話に関係あるのだが……」


 アルディスの態度は当たり前か。

 三人もシュンから離れるなら、勇者候補チームは解散としか思えない。しかしながら、それは違うのだ。

 話が飛ぶので最後にしたのだが、一番重要な件を伝える。


「侯爵様からの命令で、俺はエウリカの町の領主になる」

「「はい?」」


 シュン以外の全員が、あきれたような表情になった。

 日本での立場で考えれば、ホストから市町村長になるのだ。名誉男爵位を受爵したときと同様だが、それ以上に間の抜けた顔が並んだ。

 気持ちは分かる。自身も何の冗談かと思ったのだから……。


「ホストよぉ」

「何だ?」

「いや。俺はチームを抜けるから言えた義理じゃねぇがよ」

「言いたいことは分かっている。何も言うな」

「ちっ」

「そんなわけでな。俺は貴族の仕事を優先することになる」


 この場面で、アルディスを納得させるつもりだった。

 領主の件は名誉男爵としての仕事であり、アルディスは勇者候補を続けなければならない。一緒にエウリカの町を治めることはできないと。


「そ、そうなるのね……」

「あぁ」

「じゃあノックスとラキシスさんは?」

「二人は従者として、俺の補佐で使えと言われた」

「ボクはっ!」

「勇者候補、だろ? それともエレーヌと一緒に脱落するか?」

「嫌よっ! ボクは諦めてないんだからっ!」

「なら分かるだろ?」

「………………。なによ、もぅ……」


 エレーヌと違って、アルディスは悲しんだ。

 ただし恋愛と勇者候補を天秤てんびんにかけて、後者を取った。ならば今後の主導権は、こちらのものだ。

 表情には出さないが、内心では勝ったと思った。


(これでキスマークの件を有耶無耶うやむやにして、俺を選ばなかったと言えるぜ。わざわざ別れなくても、手が空いてるときに呼び出せば抱けるな)


 どうせ遊びなので、この件を有効利用する。

 アルディスが新たなチームを組むかは定かではないが、手紙のやり取りをしておけば良いだろう。近況が分かれば、二人で会うことも可能だ。この関係のほうが、シュンとしては望ましいかもしれない。

 ここまで話したところで、ノックスが口を開いた。


「僕とラキシスさんは?」

「さっきも言ったが、エウリカの町で俺の補佐だぜ」

「そうじゃなくてさ。何をしてればいいんだい?」

「あぁ。ガロット男爵って人が来るまで待機だな」

「ふーん。でも急な話だよね。シュンはそれでいいのかい?」

「残念だが提案でも頼みでもねぇんだ。上からの命令なんだよ」

「そっそうだね。僕が何か言えるわけでもないか」


 今回の件は、天秤にかけるまでもないのだ。

 領主になれば、女はいつでも都合が付けられる。しかしながら、デルヴィ侯爵に逆らったら処分されてしまう。

 侯爵の権力が絶大なのは、周知の事実である。前者の話を口に出せなくても、命令を受け入れるしか道が無いと分かるだろう。

 シュンの最後の言葉は、全員が納得した。ならばとアルディスに向き直り、それからエレーヌを見た。


「俺の権限内なら助けてやれるからよ。何かあったら言えよ」

「わっ分かったわ」

「エレーヌもな。もちろんギッシュも、だぜ」

「………………」

「けっ! テメエの力なんて借りねぇよ!」

「そう言うなよ。フェリアスに行くなら口を聞いてやる」

「そりゃ王女が決めることだろうよ」

「確かにな」


 ホストスマイルを浮かべたシュンは、貴族として優越感に浸る。

 フェリアスと違って、エウィ王国では権力を持っているのだ。また勇者候補チームのリーダーとして、仲間の世話をしてきた。

 頼れる道を示しておくことで、今後も連絡を取り合える。

 ギッシュは頼ってこないと分かっているため、恋人の二人に伝えただけだ。


「話は終わりかよ?」

「これ以上はねぇな」

「なら明日の朝、賢者と空手家を連れていきゃいいのか?」

「そうだな」

「武装してだな?」

「護衛の仕事だ。後は門衛に指示を仰げ」

「分かったよ。俺は明日の準備をするから、もう部屋に戻るぜ」

「聞きたいことが無けりゃ解散でいい。俺も疲れた」

「「………………」」


 シュンは背もたれに寄りかかり、そのまま体をグッと伸ばした。

 デルヴィ侯爵の命令に従っただけと分からせて、気苦労をしたと演技する。実際に侯爵の前に出ると、精神的に物凄く疲れるのだ。


(さて領主になるなら、まずは町の視察だな。やっと手に入れた権力を使えるぜ。いい女がいてくれりゃ助かるが、まぁ領主の特権だな)


 すでにシュンの思考は、エウリカの町に飛んでいた。

 デルヴィ家に泥を塗らなければ、領地の経営方針は任せると聞いた。ならば待ち望んでいた生活が、すぐ近くまで来ている。

 その生活に思いを馳せて、アルディスを慰めるために立ち上がるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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