第438話 始動する者たち3

 公国の盟主ベクトリア王国。

 国家としての歴史は二百年ほどで、起伏の多い山岳地帯に建国された。山は魔物の領域であり、起伏の緩やかな場所が人間の領域となる。

 標高の高い山は少ないが、そちらに足を踏み入れると魔物に襲われる。また棲息せいそく区域から離れていても、まったく被害が無いわけではない。ゴブリンやオークなどは数が増えると別の集団を作るので、それらが人里を襲うときもある。


「困ったものだな」


 ベクトリア王国の中心に位置する学問の都ルーグス。当然のように高い壁で囲まれているが、町の外れは小高い丘になっている。

 その場所には、町を見下ろすように王城が築かれていた。

 城の主バリゴール・ベクトリア王は、謁見の間で渋い表情を浮かべている。周囲には騎士や文官が立ち並んでいた。

 視線の先には、褐色肌で筋肉質の女性兵士がひざまずいている。


「長期に渡る遠征で、そろそろ国に戻る必要があります」

「もう少し伸ばせぬのか?」

「こちらから仕かけるわけでもありませぬゆえ……」


 この女性兵士は、ライラ王国のアマゾネス部隊の一人である。

 つまり、〈雷帝〉イグレーヌからの使者だ。ライラ王国軍は公国軍として、ラドーニ共和国とエウィ王国の国境に配備してあった。

 しかも困ったことに、示威行為の歩調を合わせていたソル帝国が退いている。


「いきなりの遠征で無理をさせたか」

「それでは?」

「認めよう。ただし、ファスト大統領に伝えてからだ」

「一カ月以上は待てぬ、と仰せです」

「分かった。まぁ通常の国境警備に戻すだけだ」

「イグレーヌ様にはそのようにお伝えしておきます」


 ソル帝国が退いた以上、ベクトリア公国も退かないと拙いだろう。

 デルヴィ侯爵領に配備されていた軍をローイン公爵領に回されて、本格的な戦争に発展しても困る。

 公国制を敷いたばかりで、まだ各小国との連携がとれていないのだ。

 そして女性兵士は、謁見の間を出ていった。


「本日の謁見は、ライラ王国からの使者で最後か?」

「はい」

「では使者に言ったとおり、ファスト大統領に通達しておけ」

「畏まりました」


 ベクトリア王は文官の一人に指示を出し、謁見の間から出た。

 その後は自身の執務室に向かい、山のように積み上がった書類に目を通す。


「公王になってから、仕事が一気に増えおったわ」

「父上も大変な仕事を引き受けましたね」


 執務室には、第一王子のリムライト・ベクトリアもいる。王国の仕事を割り振っており、暫くは色々と教え込むためだ。

 透き通った水色の長髪が特徴的で、顔つきは柔らかく優しい印象を受ける。現在は二十五歳で、国民からの人気が高い。

 主に女性からだが……。


「お前が優秀で助かっているがな」

「褒めても何も出ませんよ?」

「問題は上がっているか?」

「大図書館、魔法学園、合同軍事演習が主なところです」


 大図書館の問題は、施設の増築を進言されている。

 初代ベクトリア王肝入りの施設であり、学問に力を入れるために建てられた。当時は写本を推奨して、大陸各地から書物を集めたのだ。もちろん原本も収集していたので、大陸一の蔵書施設になっている。

 現在は書物が増え過ぎて、置き場に困っていた。また人員も問題視されている。建国当初から収集されているのだ。目的の書物に辿たどり着くには、専門的な職員である司書の増員が必要だった。

 魔法学園の問題も同様で、他国への流出に伴う教員不足である。

 術式魔法を扱える人材は貴重であり、他国が良い条件を出して引き抜いていた。教員がいなければ生徒も育たず、将来的に魔法分野で後れを取るだろう。

 合同軍事演習は言わずもがな。

 ベクトリア公国となったことで、他の小国と連携を高めるのは急務である。通常の訓練に加えて、そちらにも軍を参加させる必要があった。

 自国の守りも必要なので、部隊の再編成に手間取っている。


「うーむ」

「先の二つは、予算を回さないといけないのですが……」

「予算は回せん」

「我らの歳費を減らすことは?」

「駄目だな。我らは王族、なぜ減らす必要がある?」


 予算が足りなければ、国民から搾取すれば良い。

 国家を興したのは王族であり、国民に居住地と群れる場所を与えた。もしもベクトリア王国が存在しなければ、この地に流れてきた人間は、魔物の餌になっているか他国の奴隷となっていただろう。

 子々孫々に渡り、特権を享受するのは当然だとベクトリア王は考える。


「まぁ……。そうなんですけどね」

「不満か?」

「いえ。では、こちらの提案を見てもらえますか?」

「なんだ?」


 リムライトから受け取った数枚の羊皮紙には、大図書館と魔法学園についての解決案が記されていた。両運営を一つにまとめるといった提案だ。

 司書不足を魔法学園の生徒に補わせることで、人員問題の解決を図ろうというものだった。また教員不足についても予算が統一され、無駄なく配分できるだろう。

 ただし、これを主導するのは王子である。


「お前は人気が高いからな」

「そんなことはありませんが、王族が直接管理することで……」

「なるほど。まずは流出を防ぐか」

「はい」

「だが時間は取れるのか?」

「何とか作りますが、パロパロ様に協力を仰いでも?」

「婆にか? だが国の重要機関を……」

「公国として手を組んだわけですし、ね」


 ベクトリア公国の参加国は、今後の運命を共にしたのだ。

 競合して足を引っ張り合うよりは、互いに協力して解決したほうが良い。大図書館は別でも、魔法学園については同様の問題を抱えているはずだ。

 こういった分野は他にもある。とはいえ今は、問題に上がっているものから片付けるほうが得策である。というのが、リムライトの言だった。


「なんだ。ワシのことを考えてくれたのか」

「はい。他の小国との融和は必要かと思われます」

「だが盟主として、他国の風下に立つ気は毛頭ないぞ?」

「父上……」

「分かった分かった。まぁ魔法学園については良いだろう」

「ありがとうございます」


 魔法研究で一番だった国は、滅亡した魔導国家ゼノリスだった。

 二番手以下はほぼ横並びで、魔法学園を創設している国である。エウィ王国、ソル帝国、ベクトリア王国、サザーランド魔導国が該当する。

 そのうち二カ国は公国の参加国なので、一つにまとめても問題ない。仮にまた別れたところで、同水準を維持できる。


「ワシは婆が苦手だから、お前から打診してみろ」

「はい。最後に一つよろしいですか?」

「まだあるのか?」

「大きな問題ではないのですが、行方不明者が増加しております」

「何だそれは?」

「私にも分かりませんが、そういった報告を受けました」


 リムライトの話だと、国内で人間が消えているようだった。

 ルーグスに限らず、他の町や開拓村でも起こっている現象だ。神隠しのうわさが立っているが、その真偽は不明であった。

 ただし、人間が消えること自体は良くある話だ。

 魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする世界である。危険は常に身近にあるのだ。ゴブリンやオークにさらわれた人間など珍しくもない。


「他国に向かったのではないか?」

「いえ。国境の記録では出ていないようです」

「すべてを把握できんが……。ふーむ」

「人攫いが横行している可能性もありますね」


(あの教団の仕業だろうな。まったく、あまり派手にやるでないわ!)


 ベクトリア王には心当たりが大ありだった。

 個人的に支援している名も無き神の教団が、非人道的な活動をしているのだ。今後も利用価値が高いので、それについては黙認していた。

 歳費を減らしたくないのも、教団に金銭を援助しているからだ。


「ま、まずは町の警備を厳重にさせるぐらいだな」

「そうですね。効果のほどは分かりませんが……」

「よし! 国内の問題はそれぐらいだな?」

「はい」

「では、ワシのほうからもある」


 話題を逸らしたいベクトリア王は、今後の方針を伝える。

 ベクトリア公国の目標は、フェリアスを排除して三大国家に入ることだ。発言力を増加させることで、公国の安泰を図る。

 その前段階として、エウィ王国に公国を認めさせる必要があった。今までの示威行為は、不当な取引を正常に戻す手段の一つだ。

 そろそろ使者を送って、様々な交渉に入りたい。


「外交特使を派遣されると?」

「それだけでは、エインリッヒは取り合うまい」

「国境から軍を退くのならば、脅威は去ったと思うでしょうね」

「そこでまた、カルメリー王国との国境に軍を出しておけ」

「交渉が不調に終わったら攻めるのですか?」

「公国を認めないのならば致し方なし、だな」

「しかしながら父上」

「うん?」

「カルメリー王国を攻めるとなると、ユーグリア伯爵が相手ですよ?」


 ファーレン・ユーグリア伯爵。

 勇魔戦争時にはカルメリー王国軍を率いて、魔族を翻弄した武人だ。稀代きだいの用兵家として知られ、兵士の損失が最も少なかったことでも有名だった。

 現在はベクトリア王国との国境に配備され、無駄な時間を過ごしている。もし攻めるとなると、最大の障壁となることは疑いようがない。

 ちなみにエウィ王国の属国となった経緯は、経済封鎖によるものだった。彼の出番は無く、現在の不遇な地位に甘んじている。


「まぁ武力を使うときは、サディム王国にも出てもらう」

「二面作戦ですか」

「ユーグリアは一人しかいない。そういうことだ」


 いくら稀代の用兵家でも、二国から攻められれば抑えられない。

 どちらかの戦線に向かうはずなので、片方の国がカルメリー王国を攻め滅ぼせれば良いのだ。後は二国の軍を入れて、デルヴィ侯爵領を脅かせば問題ない。

 そこまでできれば、エウィ王国もベクトリア公国を認めるだろう。


(それにしても困ったものだ。ユーグリアか……)


 ベクトリア王国には、これといった人材がいない。

 公国全体としてならいるが、パロパロやイグレーヌは女王である。おいそれと命令できず、使い勝手は悪い。

 リムライトに期待しているが、こちらも王子なので同様だ。

 学問の都と言っても、優秀な文官が多いぐらいか。単純に人材を見いだせていないのか、はたまた人望が無くて集まらないのか。

 ベクトリア王国にとっては、ある種の弱点でもあった。


「といったわけでな。軍を退いたからといって軍備を怠るな」

「分かりました。それを加味した再編成案を出させますね」

「うむ」


 ベクトリア王は、満足気にうなずいた。

 公王となって仕事は増大したが、リムライトが頑張っている。とはいえ問題も多いため、なかなか休む機会を作れない。

 名も無き神の教団にも、行動を控えるように伝える必要がある。机に積み上がった書類に手を伸ばしながら、次第に面倒臭そうな表情に変わるのだった。



◇◇◇◇◇



 デルヴィ侯爵領の商業都市ハンは、好景気に沸いていた。

 ソル帝国から多くの商人が訪れて、様々な売買が行われているからだ。庶民向けの生活用品から貴族向けの装飾品、魔物の素材などが入荷している。

 しかもデルヴィ侯爵の計らいで、期間限定の減税がされていた。

 ただし商人限定で、価格に反映させることが条件だ。簡易的な登録として、後に厳しい審査を受けることになる。


「ほっほっ。かなりの額になりそうだな」


 そうつぶくのは、馬車の中で上機嫌のデルヴィ侯爵だ。

 現在は視察として、都市内の市場を回っている。供をするのは、腰巾着のバルボ子爵と異世界人のファインだ。

 当然のように数十名の騎士が、馬車の周囲を固めている。


「財布のひもが緩くなっておるようです」

「当然だな。いま持っている金で買えるようにしたのだ」


 デルヴィ侯爵が行ったのは、減税に伴う物価の操作である。

 通常は国民に対して減税を行い、普段の暮らしを楽にさせる。しかしながら、侯爵の視点は違う。物価を下げることで、国民に消費活動を促すのだ。

 商人だけ減税すると反発されるのが常でも、価格に反映させる条件が付いている。安く買えるならば、普段の収入だけでも暮らしていけるのだ。

 この方法だと税収は減ると思われるだろうが、逆に上がるところが面白い。普段は一個のところを二個購入する。消費活動しない人まで金銭を使う。今まで手の届かなかった高級品も買えるはずだ。

 人間の心理を加味した方法で、侯爵の手腕が光る。領地全体を舞台にして、バーゲンセールをしているのだ。


「ですが侯爵様、好景気が終われば……」

「ファインは物価が元に戻ると思うか?」

「まぁそうですな」

「それがの。なかなか戻らんのだ」

「ファイン様、一気に元に戻すと誰も買わなくなるのです」

「そうかもしれませんな」

「だが税率は戻す。商人は貯め込んでおるからのう」


 好景気が終われば、暫くは商人が苦労する。

 もちろん商人ギルドも仕組みは知っているので、当初は猛反発を受けた。しかしながら、デルヴィ侯爵は断行した。好景気後の価格競争を乗り切れない商人のほとんどは、運び屋として裏組織が拾うからだ。

 そちらから上前を跳ねているので、侯爵自身に痛みが無い。


「今回の件もフォルト・ローゼンクロイツか」

「はい。密偵からの報告では、帝国軍と取引したようです」

「好景気に一役買っているとはのう」

「魔物の素材は帝国でも消費しきれなかったようですな」

「ほっほっ。本人は何も知らないだろうがな」


 リゼット姫に協力して良かったと、デルヴィ侯爵は心から思った。

 死刑が決定したレイバン男爵の助命嘆願に協力したのだ。姫の玩具とも知らず、今頃は改修させた孤児院で、慈善活動をしている最中だ。

 その見返りが、今回の件である。

 ローゼンクロイツ家をターラ王国に送り出したのは姫であり、好景気を予想していたようだ。不気味なほど頭が切れるが、その片鱗へんりんは随分前からあった。

 おそらく気付いているのは侯爵だけだろう。


「孤児院のほうは……」

手筈てはずは済んでおります。ご命令があればいつでも……」

「うむ。まぁ果実はまだ実っていないようだがな」

「畏まりました」


 これについては、リゼット姫からの指示待ちだ。

 玩具を見繕った以外に、どういった目的があるのかは分からない。とはいえ大した出費にもならないので、今後も乗っかっておくほうが良い。

 あのフォルト・ローゼンクロイツを動かせる人物だ。御茶会を開いたことは知っているが、それだけで友好が結べるとも思えない。

 もしかしたら、何かしらの密約があるのかもしれない。とデルヴィ侯爵が思案に入ろうとしたところで、ファインから声がかかる。


「侯爵様、そろそろお時間ですぞ」

「もうそんな時間か?」

「はい」

「では急いで屋敷に戻れ」


 市場の視察を済ませたデルヴィ侯爵は、馬車を自身の屋敷に向かわせた。

 国境警備隊が早馬で知らせてきたので、すでに呼び出している人物がいる。丁度良いタイミングなので、これから指示を出すつもりだ。

 そして侯爵は屋敷に入り、その人物を待たせているゲストルームに向かった。もちろん、バルボ子爵とファインを連れている。


「おぉ戻ったようだな」

「御無事で何よりです」

「ボンジュール、シュン」

「デルヴィ侯爵様! 只今ただいま帰還しました!」

「うむ。まぁ座って話を聞こう」

「はいっ!」


 待っていた人物はシュン・デルヴィ名誉男爵である。

 数日前にフェリアスから帰還して、本日ハンに帰還したところだ。四人がソファーに座ったところで、確認のために口を開く。


「シュン、レベルは三十八になったか?」

「指示通りに切り上げて、急いで戻ってきました」

「ではカードをファインに渡せ」

「はいっ!」


 シュンは懐からカードを取り出す。

 それを受け取ったファインは操作して、様々な情報を確認する。


「ふむ。侯爵様、問題は無いようですな」

「そうか」

「ならばシュン、こちらのカードは破棄します」

「え?」

「はははっ! 代わりのカードを差し上げますよ」


 ファインも懐からカードを取り出した。

 シュンは同じカードをもらっても、といった顔で受け取る。しかしながら、このカードには秘密があった。

 そこでなぜ、レベル三十八で帰還させたかを伝える。


「それは偽造カードです」

「なっ!」

「本来なら偽造は不可能ですが、ね」

「ほっほっ。シュナイデン枢機卿すうききょうの計らいだ」

「枢機卿猊下げいかですか?」

「ファインと同様に、ずっとワシの旗下のままだ」

「な、なるほど……」


 王族の直轄になるのは、レベル四十になってからだ。

 だからこそカードを偽造することで、レベルが足りないことにする。方法は内密だが、聖神イシュリル神殿のシュナイデン枢機卿なら可能だった。

 この方法で、ファインもレベルを誤認させている。


「すでに私は英雄級です。内緒ですがね」

「では、闘技場でレイナスと互角だったのは?」

「もちろん手を抜きました。彼女も気付いているはずです」

「そっそれは……」

「まともにやり合ったら、勝敗は分かりませんな」

「………………」

「はははっ! 戦う場合は、それなりの準備をしますよ」


 レイナスは聖剣を持っているため、ファインが勝てる保証は無い。

 また〈剣聖〉が師匠ということで、今頃は同じ英雄級に立っている可能性が高い。こうなると、完全に勝敗は読めない。

 それはともあれ、デルヴィ侯爵が蛇のような目を細めた。


「今後はレベルを気にせず上げろ」

「わっ分かりました」

「と言っても、シュンに言っておくことがある」

「はい。何でしょうか?」

「あの大柄な男と魔法使いの女は……」


 宮廷会議の決定で、ギッシュとエレーヌはリゼット姫の管理下に入った。今後も協力すると決めているので、その件については黙認している。

 二人はレベル四十に届いていないが、王族の決定は優先される。ファインやシュンは、デルヴィ侯爵という権力者が後ろ盾だから配置転換されないだけだ。

 こうなると、勇者候補チームは四人になる。


「他の仲間は?」

「もう一人勇者候補がおったな?」

「ア、アルディスですか?」

「うむ。ハイド王子が欲しがっていたが、保留だ」

「ほっ……」

「ほっほっ。二人ともシュンの女か?」

「いっいえ!」

「隠すな。だが、名誉男爵には不要だな」


 デルヴィ侯爵は、アルディスもギッシュと同様に見ている。

 つまり、貴族の側近として適切ではない。その観点で考えると、聖神イシュリルの神官ラキシスは良いと思っている。

 神殿勢力の人間を身近に置くことは、関係性の維持に役立つ。


「解散しろと?」

「いや。女神官は傍に置いておけ。男の魔法使いも良いだろう」

「ラキシスとノックスですね」

「どちらも従者だったな。好きに使え」


 シュンの不満は分かるが、貴族として上を目指すために耐えてもらう。

 また耐えねば、ここで見切りをつける以外に無い。


「俺はどうやって冒険に出れば?」

「仲間か? シュンには暫く貴族の仕事をやってもらう」

「貴族の仕事ですか?」

「ハンから北東に、エウリカの町がある」

「山脈の近くでしたか?」

「うむ。その領地を治めてもらう」

「なっ!」

「ほっほっ。半年ぐらいは領地経営を学んでおけ」


 領地経営を学ばせることはもちろんだが、他にもやってもらう仕事があった。とても重要な案件で、自身の権力を増大させるものだ。

 シュンは驚いているようだが、まずは続きを伝える。


「近く教皇選が執り行われる」

「教皇選とは?」

「まぁ聖神イシュリル神殿の教皇を決める投票だな」

「はぁ……?」

「出馬しているのは、現教皇カトレーヌとシュナイデン枢機卿だ」

「そっそれで俺にどうしろと?」

「投票はな。各領地で集計することに決定した」

「………………。まさかっ!」

「ほっほっ。察しの良い奴だな」


 まさに、不正の極みである。

 シュンはエウリカの領主として、領民がシュナイデン枢機卿に投票したと操作するのだ。彼が教皇になれば、デルヴィ侯爵の権力が増大する。

 当然のように、派閥の領主は同様のことを行う。


「俺が領主、ですか……」

「何だ? 自信が無いのか?」

「経験がありません」

「もちろん補佐は付ける。好きに経営してみろ」

「しっ失敗した場合は?」

「好きに、と言った。デルヴィ家に泥を塗らなければ良い」


 エウリカの町については、どう経営しても構わない。

 経営の仕方を見て、シュンの育成方法を決めるつもりだった。補佐する人間がいるので、常に判断させれば良い。


「補佐の人は?」

「バルボ子爵、と言いたいところだが……」

「私は侯爵様の近くでないといけませぬ」

「そういうことだ。バーザム・ガロット男爵という者がおる」

「男爵様ですか?」

「数日内にシュンの屋敷に向かわせる。一緒にエウリカに向かえ」

「分かりました」

「うむ」


 デルヴィ侯爵は満足気に頷いた。

 シュンは期待通りの手駒になっている。物理的な力も付けてきたので、今後も頼りになるだろう。女癖は悪いが、その扱いには慣れているようだ。


「あっ! 侯爵様、一つよろしいですか?」

「何だ?」

「「黒い棺桶かんおけ」のリドを仲間にしたいのです」

「リド……。元「蜂の巣」の奴だったな」

「はい。駄目でしょうか?」


 裏組織「黒い棺桶」のリドは、警備部門に所属している。

 〈処刑人〉という二つ名があるらしいが、貴族の側近としては認められない。そのようなことは言わずとも分かっているはずだ。

 そのシュンが、わざわざ口に出す人物である。


「聞いてはみるが、の者を使うなら傭兵ようへいとしてだな」

「傭兵ですか?」

「エウリカの町は骸の傭兵団が拠点にしておる」

「そこに入団させると?」

「ほっほっ。傭兵団もうまく使ってみろ」

「ありがとうございます」


 これもシュンの教育になるだろう。

 冒険に出るときは、護衛という名目で雇えば良い。貴族だからこそ、そういった荒くれ者たちの扱いにも慣れてもらう。

 もちろん、裏組織も同様である。いずれ使えるようになってもらわねば、侯爵家の分家は務まらない。

 そしてデルヴィ侯爵は、貴族としてのノウハウと教えていくのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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