第437話 始動する者たち2

 フェリアスで行われたヒドラ討伐が終わり、二カ月が経過した頃。

 シュン率いる勇者候補一行は、ドワーフの集落を拠点に様々な依頼を受けていた。なぜかと言うと、レベルが三十八に達していなかったからだ。

 この国に冒険者ギルドは無いが、工房関係からの依頼を受けられた。


「俺が抑えてやんよ! 『硬質化こうしつか岩石がんせき』!」


 勇者候補チームは現在、ローパーにリベンジしている最中だった。

 最前線に出ていたギッシュが、新たに取得したスキルを使う。すると、よろいから露出している肌の色が変わった。

 このスキルは、自身の表皮を岩石のように硬くする。

 前回の戦闘では、強力な麻痺まひ毒を全身に浴びて動きを封じられた。毒により表皮を破壊されて体内に侵入された結果だが、それを防ぐことが可能だ。


「いいわよギッシュ! そのままドロドロになってなさいね!」

「うるせえ!」

「はぁっ!」


 ギッシュがローパーを抑えていると、アルディスから援護が飛んだ。

 彼女は石を使った攻撃に終始している。とはいえ、獣人族が使っていたスリングではない。新調した鋼の拳武器で、石を殴って飛ばしているのだ。気を拳に集中させることにより、かなり威力を上げていた。

 前回の戦闘で懲りているため、ローパーから伸びる触手のようなつたには気を付けている。また転倒させられて、服の中でウネウネと動かれると危険だ。

 色々な意味で……。


「エレーヌ、僕はシュンに!」

「はっはい! ギッシュさんに!」



【ミドル・ストレングス/中級・筋力増加】



【コンセントレーション・リカバリー/集中力回復】



 ノックスとエレーヌは、それぞれ担当した相手に魔法を使う。

 もちろん戦闘中なので、シュンとの関係は抜きである。彼女は信仰系魔法も使えるので、チームの盾であるタンクのギッシュを担当していた。

 ラキシスは神官として、戦闘後の治療を担当する。


「おらっ! 早く倒せ!」


 ローパーから何本もの蔦が延びて、上下左右からギッシュを襲う。

 巻き付かれると厄介だが、新たに新調したグレートソードで弾き返す。とはいえ本数が多いため、もう決着をつけないと体力がもたない。


「いま倒してやるぜ! 『流星剣りゅうせいけん』!」


 そしてギッシュの後ろから、シュンが右側に飛び出した。

 剣を頭上に振り上げて、スキルを発動させると同時に振り下ろす。この二カ月で、新たなスキルを取得した。

 それが『流星剣りゅうせいけん』だ。

 効果としては、剣先から流星のような光弾を飛ばす。取得してから使用したのは数回なので、その数は少ない。

 三個の光弾がローパーめがけて飛んでいく。


「やったか?」


 残念ながら威力が低く、ローパーに三カ所の穴を開けただけだ。

 それでも極めていけば、何個もの威力がある光弾を撃ち出せるだろう。初めての遠距離攻撃スキルだが、今は名前負けしている。

 鍛錬を怠らず、だ。


「まだだぜ! うおおおおぉっ!」


 最後の攻撃はギッシュだ。

 ストレスを発散するかのごとく、一心不乱にグレートソードを振り回した。何本もの蔦を斬り、ローパーをたたき潰す。

 当然のように麻痺毒を浴びるが、まだスキルの効果中だ。魔物が動かなくなるまで続けたところで、攻撃を終わらせた。

 前回は敗北したが、今回は圧勝である。


「おおっ! 人間にしてはやるのう」

「そうじゃのう。大柄な人間はゴーレムみたいだったぞ」

「まぁワシらでは倒せないがな。わははははっ!」


 勇者候補チームがローパーを倒すと、原生林の中から三人のドワーフ族が姿を現した。今回の依頼は、彼らの護衛である。

 地質調査を終わらせた新鉱山までの道を作るためと聞いていた。


「終わったぜ」

「おぉ若いの。早うこっちに来い!」

「硬い地面で野営じゃ」

「準備中だから、適当に休んでおれ」


 蜥蜴とかげ人族の集落のような湿地帯ではないが、それなりにぬかるんでいた。太陽も沈んできたので、ドワーフたちから言われたとおりにする。

 そして野営する場所に移動したところで、ギッシュが口を開いた。


「俺の荷物から布を取ってくれや」

「はっはい!」


 ギッシュは麻痺毒の液体でドロドロだ。

 今回はあまり動いていないラキシスが、荷物から布を取り出した。もちろん体に付着すると麻痺してしまうので、そのまま渡している。

 今は自分で拭き取ってもらうしかない。


「火を起こしたぞ」

「乾けば毒の効果は無くなるからの」

「ついでに鍋の様子を見ておいてくれ。わははははっ!」


 野営での飯は鍋料理のようだ。

 鍋と言っても丸くはなく、鉄製の四角い箱である。折り畳めるので、持ち運びに便利な鍋だった。さすがのドワーフ製で、折り目から水漏れしない。

 しかもり下げ鍋として、木の棒や枝に通して温められる。

 勇者候補チームは、火を囲むように座った。


「あの鍋いいな。アルディス、買ってから帰還しようぜ」

「そうだね。エレーヌ、集落に戻ったら見に行こうよ!」

「う、うん。他にも便利なものがあるかなぁ?」

「はぁ……」


 アルディスの首筋にあったキスマーク。

 実のところ、犯人は分かっていない。起床したらエレーヌが折り重なっていたらしく、本人の供述は曖昧だった。

 もしかしたら自分かも、と言っていたのだ。


(素っ気ねぇのは仕方ないが、ちとこじらせちまったぜ。エレーヌが違うと言ってくれれば、俺が主導権を握れたんだけどな)


 カーミラの狙い通りになっているが、シュンは知る由もない。

 エレーヌが曖昧なことで、アルディスに非が無い状況となった。責めたほうが悪者になっているのだ。

 彼女の機嫌を直すには、やはりエウィ王国に帰還してからである。もう流れに身を任せると決めたので、状況を悪化させないようにするだけだ。

 そこでシュンは、ポケットからカードを取り出した。


「おっ! レベルが三十八になったぜ」


 護衛や討伐の依頼は何回か受けているので、今回のローパーだけが要因ではないだろう。しかしながら、シュンの目標だったレベルになった。

 かなり時間を取られたが、やっと人間らしい文化的な生活に戻れる。


「ちょっと待って。あっ! ボクも上がったよ!」

「僕とエレーヌは限界突破作業を終わらせないと……」

「そっそうだね」

「二十八になりましたわ。聖神イシュリルに感謝します」

「けっ!」


 ギッシュは体を拭いているので、残念ながらカードが見られない。

 それでもシュンよりは一歩進んでいるため、もしも上がっていれば三十九だろう。アルディスは同じレベル三十八になった。

 そこで、今後の予定を伝える。


「ドワーフの集落に戻ったら一泊して、すぐ王国に帰還するぞ」

「やっとだね。ボクも早く帰りたいよ」

「そっそうだね。私も帰りたいなぁ」

「ですがシュン様、装備を受け取っていませんよ?」

「なら配達でいいと思うよ」

「それだノックス。そうしよう」


 シュンの装備は、ドライゼンの工房で製作中である。オーダーメイドなので、まだ時間が必要と言われていた。

 輸送費を取られるだろうが、滞在中に受けていた依頼で稼いでいる。

 そして全身を拭き終わったギッシュが、荷物から小道具を取り出した。続けて剣の手入れを始めたところで、ドワーフの一人が後ろからのぞき込んだ。


「おおデカいの。感心じゃな」

「あん? 親方に仕込まれてよ」

「親方じゃと?」

「ドライゼンのクソじじいだよ」

「わははははっ! なら、みっちりと仕込まれたじゃろ?」

「まあな。あの野郎、すぐ手が出やがるぜ」


 ギッシュは悪態をついているが、満更でもない様子だ。

 剣をもらう条件として、毎日欠かさずに手入れしている。それも当然か。あの濃い緑色のグレートソードは、アダマンタイト製の武器である。

 それを聞いたシュンは、怒りで我を忘れそうだった。しかしながら彼に配分した大金貨一枚を回してもらったので、文句も言えなかった。

 しかもドライゼン個人の話であるため、とやかく言えるわけでもない。

 それはともあれ、今のうちに決めておくことがあった。ドワーフが離れていったところで、その内容を口にする。


「なぁギッシュ、馬車は俺らが使っていいよな?」

「ああん?」

「全員で金を出して買ったからよ」

「あぁそうだったな」

「もちろん屋敷までは共用だぜ」


 シュンたちの馬車は、全員の所持金を集めて買ったのだ。

 ギッシュにも所有権があるので、今のうちに放棄させたほうが良いだろう。今なら苦労せずに買えるが、当時は全員が貧乏だった。

 彼は名前まで付けていたので、思い入れがあるかもしれない。


「いいぜ。ゼッツーはくれてやんよ」

「後で文句を言うなよ?」

「言わねぇよ。必要なら新しく買うぜ」

「なら決まりだ」


 ギッシュが新しく馬車を買うと、趣味の悪い族車になりそうだ。

 そう思ったシュンは吹き出しそうになるが、今は控えておく。すると彼からも何かあるようで、剣の手入れを止めて口を開いた。


「おぅホスト、ラフレシアの球根だがよぉ」

「どうした?」

「いくらぐれぇになるんだ?」

「さあな。換金してから出ていくか?」


 ラフレシアの球根も、勇者候補チームとして受け取った報酬である。これについては、エウィ王国の商人に売る予定だった。

 ギッシュは勇者候補チームを抜けるので、先に金銭が欲しいのだろう。


「いや……。それもオメエらにやんよ」

「いいのか?」

「代わりと言っちゃなんだが、屋敷には暫く残るぜ」

「何でだ?」

「荷物もあるからよぉ。すぐには無理だろうが!」


 チームを抜けるギッシュは、屋敷から出ていくことになる。

 そうなると城塞都市ミリエに戻るが、馬車の権利を放棄したので荷物を運べない。日本と違って道中は危険なため、一人だと様々な手配が必要だろう。


(まぁ話は分かるが……。すぐに出ていくと思ったぜ)


 ちなみにラフレシアの球根については、暴走中のエレーヌが関係していた。

 彼女はギッシュと一緒に、フォルトからの提案を受け入れている。エウィ王国に帰還すると、リゼット姫から呼び出されると思われた。

 その場合は、二人で向かったほうが良い。だからこそ、屋敷に残ってもらわないと拙い。と言った話を裏で行っていた。金銭は多少減るが、彼女の取り分から半分を渡すことになっている。

 もちろんシュンは知らないので、ここは了解しておく。


「いいぜ。ギッシュにしては考えてんじゃねぇか」

「うるせえ!」

「あと決めておくことは……」

「俺はもうねぇだろ。勝手にやってくれ」


 確かにギッシュに関しては、もう取り決めることはない。

 エウィ王国に戻ってからの行動は共にしないのだ。ならばとシュンは他の仲間に向き直って、今後の予定を決めるのだった。



◇◇◇◇◇



 エウィ王国の王宮では、半年に一度執り行われる宮廷会議が開かれていた。

 宮廷魔術師長グリムや子爵以上の貴族が参加する重要な会議だ。第一王子ハイドや第一王女リゼットも参加している。

 第二以下の王族には発言権が与えられておらず、この場にはいない。


「デルヴィ侯爵、ソル帝国については以上だ」

「畏まりました」


 エインリッヒ九世は宣言して、深くうなずいた。

 ソル帝国軍は、デルヴィ侯爵領の国境で挑発を繰り返していた。しかしながら、現在は退いている。もちろん謝罪は無かったが、外交特使が派遣されてきた。

 三国会議の取り決めを履行するならば、軍事的緊張感を高める必要は無い。今後は商取引が活性化されるので、エウィ王国は受け入れた。

 密偵の増加は懸念されるが、デルヴィ侯爵に一任して議題は終わる。


「次の議題はローイン公爵からだ」

「はい。現在我々は……」


 北がソル帝国なら、南はベクトリア公国である。

 ローイン公爵領もデルヴィ侯爵領と同様に、国境で圧力を受けていた。こちらの軍は退いていないので、対応を決めたいところだ。

 ただし公国についてはエインリッヒ九世を含め、グリムやデルヴィ侯爵を交えた会議で方向性は決めてあった。


「当初は参加した小国を切り崩す方向で考えていたな?」

「ですが今は、状況が変わっております」

「確かにそうだな」

「私としましては、そろそろ仕かけたいところです」

「ふむ。まずは皆の意見を聞こう」


 エインリッヒ九世は、貴族たちに意見を求めた。

 これをやっておかないと、不満に思う者たちが続出する。貴族たちの協力が無ければ王国を運営できないので、面倒と思っても仕方のないことだ。


「ラドーニ共和国を攻めたらいかがですかな?」

「ですがライラ王国の〈雷帝〉イグレーヌが指揮官とか」

「王国〈ナイトマスター〉殿なら倒せるであろう」

「戦争は金銭を食い潰しますぞ!」

「だが制裁は必要だろう。公国など我らは認めていない」

「然り然り!」


 貴族たちは思い思いに口を開く。

 ベクトリア公国についての対応は、強硬派と慎重派に分かれる。ソル帝国が退いたことにより、やや強硬論に傾いているか。

 ならばとエインリッヒ九世は、貴族たちの口を封じた。


「静粛に……」

「「ははっ!」」

「ではローイン公爵の意見を聞こう」

「ラドーニ共和国を秘密裏に内応させると良いでしょう」


 本来のローイン公爵ならば、開戦を促すところだった。

 ソル帝国が退いた今、ラドーニ共和国を手中に収めるチャンスだ。国力の差は歴然であり、他の小国が援軍を送る前に降せるだろう。とはいえ養子ブルマンの意見に左右されて、現在は慎重派に変わっていた。


「その理由は?」

「かの国は経済大国、被害を出すのは勿体もったいないかと……」

「なるほど。デルヴィ侯爵の意見を聞こう」

「公爵殿と同様、戦争は最後の手段ですな」

じいの意見は?」

「退いたとはいえ、ソル帝国への警戒は必要でありましょう」

「ふむ。開戦と同時に軍を発するか」

「はい。皇帝が見逃すとは思えませぬ」


 グリムの意見は当然だろう。ベクトリア公国と開戦すれば、王国軍を南に集中させる必要がある。

 あの皇帝ソルが、エウィ王国の動向を見守るだけで済ますはずがない。戻した軍を増強させて、一気に侯爵領を奪いにくるだろう。

 ここまで会議が進んだところで、第一王子のハイドが立ち上がった。


「ならよ陛下、サディム王国を落とそうぜ」

「これハイド……」

「見せしめは必要だ! カルメリー王国に攻めさせればいい」

「「おおっ!」」


 苛烈なハイド王子の意見が、貴族たちの心を揺さぶった。

 位置的にはデルヴィ侯爵領の南がカルメリー王国で、南東に海洋国家サディム王国が存在する。しかしながら南東は、軍の運用に向かない地形である。もしも対峙たいじする場合は、海上で戦うことになるだろう。

 ちなみに船舶は、中世以下の技術水準である。

 大砲などは無いため、主に移乗攻撃だ。基本的には、貿易船の護衛が任務である。弓や投げやりまたは魔法を使って、海の魔物を対処するぐらいだった。

 港を制圧できるほどの船舶数も無いため、戦争では使えない。


「デルヴィ侯爵、現在のカルメリー王国軍はどうなっておる?」

「現在は……」


 属国のカルメリー王国は、エウィ王国を除くと二カ国と国境を接している。一つは公国の盟主ベクトリア王国で、もう一つはサディム王国だ。

 現在はローイン公爵領と同様に、両国境に軍を配備している。かの国を公国に参加させようと、両軍で迫ったときがあったからだ。

 こちらについては、にらみ合っているわけではない。


「ハイドの意見だと、ベクトリア王国軍が対処できぬな」

「兵士を使い潰すのは良いですが、属国を失うわけには……」

「駄目か? だが何かしらの軍事行動は必要だぜ」

「分かってはいるのだがな」


 エインリッヒ九世は悩む。

 ハイドの意見が無くても、どこかでベクトリア公国軍を蹴散らすつもりだった。まずは武力を見せつけて、それから秘密裏に各小国と交渉に入る。

 相手を委縮できれば、公国を切り崩すのも簡単だろう。


「休憩に入る。皆もハイドの意見を参考に知恵を絞るのだ」

「「畏まりました」」

「三時間後に戻るようにな」


 さすがに会議も長時間に及び、皆が疲れきっていた。

 まだ残す議題もあるため、緊張感のある会議場を離れて頭を休めてもらう。能力の高い貴族であれば、エインリッヒ九世の言葉は実行するだろう。

 もちろん能力の低い貴族は、本当に休憩するだけだ。

 そして会議場には、王族の三人とグリムが残った。


「ハイドよ。いい刺激になったようだ」

「だろ? もちろん刺激だけじゃないぜ」

「お兄さまは好戦的過ぎますわ」

「リゼットに何か意見は無いのか?」

「平和が一番ですよ」

「意見になってねぇぞ!」

「ほっほっ。姫様らしいですな」


 エインリッヒやハイドに配慮しているわけではない。

 望む意見を発言すると、皆が凍り付くと分かっているからだ。デルヴィ侯爵が金と権力の化け物なら、リゼットはゆがんだ精神の化け物である。

 悪魔王に祝福された王女なのだから……。


「爺よ。フォルト・ローゼンクロイツから連絡は?」


 ここでリゼットは、可愛らしい笑みを浮かべた。

 いま最も気になる相手の話だ。護衛のグリューネルトさえも遠ざけて、フォルトと個人的な友好を結んでいる。

 つい先日の話だが、とある件で頼られた。


「幽鬼の森に戻っておりまする」

「まったく。勝手な行動をしおって!」

「ブレーダ伯爵の軍を援軍として送りましたな」

「結果的、ではある。部隊交代で済ませられたが……」

「申しわけありませぬ」


 ローゼンクロイツ家の役割は、エウィ王国から出された仮初の援軍である。

 スタンピードを無視していないと、各国にアピールするための援軍なのだ。にもかかわらず勝手に帰還されると、面目が丸潰れである。

 ブレーダ伯爵の軍がターラ王国に入っていなければ、三大国家としての発言力が低下するところだった。

 もちろん相手は特殊な人物なので、エインリッヒ九世も期待していない。ただ愚痴をこぼしただけに過ぎなかった。


「双竜山の森には戻ってこないのか?」

「まだでございますな。ですが陛下」

「なんだ?」

「孫娘のソフィアから、ベクトリア公国に向かいたいと……」


 エインリッヒ九世いわく。

 ローゼンクロイツ家については、エウィ王国に戻すつもりだった。双竜山の森で、ソル帝国の監視を続けてもらうためだ。

 もしも侵攻してきた場合は防波堤になる。とはいえ、宮廷会議でも議論中のベクトリア公国行きを打診してきた。

 これについては悩みどころである。


「目的は?」

「書かれておりませぬ。いつもの気まぐれかと……」

「もう王国からは出したくないのだが、な」

「親父! 渡りに船じゃねぇか?」

「ハイド?」

「ベクトリア王国かサディム王国で暴れさせようぜ」


 ハイドが先ほどの意見を持ち出した。

 仮にローゼンクロイツ家がベクトリア王国で暴れれば、カルメリー王国はサディム王国に侵攻できる。

 この調子のよい話に、リゼットは笑顔を崩さなかった。


「かの者に命令はできませぬ。災いがエウィ王国を襲いますぞ」

「お兄さま、この話は決着が付いているではありませんか」


 フォルトについては、グリムが危険視していた。

 だからこそエインリッヒ九世は、その特殊性を認めているのだ。ソル帝国の魔族と同様に、ローゼンクロイツ家を囲うことで災いの種を制御している。

 扱いには苦慮するが、すでに結論を出していた。


「俺は裏切り者を囲うつもりはねぇ!」

「お兄さま!」

「ハイド!」


 王位継承権第一位のハイド王子が見据える未来のエウィ王国。

 そこにフォルトたちの居場所は無い。自分の命令に従わない者は、誰であろうと即刻排除すると決めていた。

 ただし、まだエインリッヒ九世の時代である。


「じゃあ親父、こうしねぇか?」

「なんだ?」


 ハイドの提案。

 まずはソフィアからの打診どおり、ローゼンクロイツ家の公国行きを認める。もちろん特殊性は理解しているので、フォルトの目的とやらを優先させて良い。しかしながら、ベクトリア王国で何かを起こしてもらう。

 それをもってサディム王国に、カルメリー王国軍を侵攻させるのだ。


「何かとは何でしょうか?」

「ベクトリア王国軍が動けない何か、だ!」

「抽象的過ぎますが……。では使者をお願いしてみましょう」

「使者だと?」

「書面については、ベクトリア王が激怒する内容です」

「ふむ」

「フォルト様を害する可能性が高いですね」

「なるほどな。んで暴れてもらうと?」

「ローゼンクロイツ家であれば、大きな被害を出せるでしょう」


(お兄さまは愚かですね。フォルト様を理解しておりませんわ。エウィ王国には何の魅力も無いのです。だからこそのアルバハードですのに……)


 バグバットに後見人を依頼したときの計らいだ。

 リゼットとしては、フォルトをアルバハードの所属にするつもりだった。かの自由都市に住まうのであれば、きっと喜んでくれると思ってのことだ。

 吸血鬼の真祖は意図をんで、彼の後見人を主張し続けるだろう。


「そりゃいいな。どうだ親父?」

「災いを押し付けるか。逆に処分してくれるかもしれぬな」

「陛下の決定であれば致し方ないですが……」

「そう言うな。こちらに被害は無いのだぞ」


 グリムはソフィアの心配をしている。

 もしもベクトリア公国に同行すれば、孫娘も渦中の人になるのだ。もちろんこれは可能性の話で、フォルトたちの捕縛は不可能だと考えている。

 それでも危険な依頼なので、可能性が無いわけでもない。王家に忠誠を尽くす身としては歯がゆいのだろう。


「では私から依頼しますが、一つ褒美をもらえませんか?」

「褒美だと?」

「異世界人の勇者候補を、二名ほど私に……」

「グリューネルトのように護衛をさせるのか?」

「面識がある方たちですので、私であれば扱いやすいと思います」

「二名程度なら良い。王族の直轄として、リゼットの下でも構わん」


 これでフォルトからの頼み事を果たせると、リゼットは下着をらす。

 面識については、一度だけ勇者候補チームを見かけた。馬車の中にいた誰かだろうと思われるが、名前についてはカーミラから聞いている。

 シュンとつまらない会話をしたことが思い出された。


(うふっ。フォルト様に信用していただけるよう、今回も知恵を絞らせていただきましたわ。カーミラ様からの提案は魅力的でしたよ)


「ありがとうございます」


 リゼットは礼として頭を下げ、不気味な笑顔を浮かべた。

 この歪んだ精神の化け物はカーミラの提案を受けて、今までの選択は間違っていないと確信を持っている。

 そして顔を上げると、まるで天使のような微笑みを見せるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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