第三十一章 南方視察

第436話 始動する者たち1

 エウィ王国の南西に位置するローイン公爵領。

 その領地で一番大きな都市が光都ソレスタンである。

 レイナスの父親シュバリス・ローイン公爵の本拠地だ。王国で三番目に大きな都市で、デルヴィ侯爵の拠点商業都市ハンの次に人口が多い。

 北にグリム領、北東は王族の直轄領と接している。

 そして南には、ベクトリア公国に参加した民主主義国家ラドーニ共和国がある。その国境では、〈雷帝〉イグレーヌ率いる公国軍とにらみ合っていた。


「ご招待にあずかりまして、誠にありがとうございます」


 そう言葉を発するのは、異世界人のジオルグだ。

 聖女ミリエに召喚されたロシア人で、額が広い壮年男性である。ひげが長く伸びており、中東の民族衣装に身を包んでいた。

 とある貴族家に招かれており、今しがた屋敷に到着したところだ。その後はゲストルームに案内されると、一人の女性に出迎えられた。


「まあまあジオルグさん、こちらのお座りになって」

「いえ。私は平民ですので……」


 ジオルグを出迎えた人物はレイラ・ローイン公爵夫人である。

 養子ブルマンの側近となったことで、かなり気に入られていた。今回の招待も彼女からであり、どうやら紹介したい人物がいるようだった。

 要するに、お茶会に呼ばれたのだ。


「気にしないで。ケイトナを紹介するわ」


 レイラのいるテーブルには、一人の女性が着いていた。

 ケイトナ・クランケット子爵婦人。

 この屋敷の持ち主で、とてもふくよかな中年女性だ。夫は税務に携わる一官僚でうだつは上がらないが、夫人の実家は豪商だった。

 良い暮らしができるのは実家のおかげで、爵位を金で買ったようなものだ。嫡男がいるため、当主が死ねば完全に乗っ取れる状態だった。


「お初にお目にかかります。ジオルグと申します」

「おうわさは聞いていますわ」

「土産をお持ちしました。お納めくだされば幸いです」


 ジオルグは民族衣装に手を入れて、二枚の羊皮紙を取り出した。

 それを見たケイトナは、怪訝けげんな表情を浮かべる。お茶会、それも貴族のお茶会に呼ばれて持参する土産ではない。

 彼女は片方の眉毛をピクリと動かして、ジオルグから目を背ける。


「レイラ様?」

「うふふっ。きっと趣向を凝らした土産ですわよ?」

「そう仰るなら……」

「どうぞ」


 すまし顔のジオルグは、ケイトナに羊皮紙を渡した。

 そして彼女が驚愕きょうがくの表情に変わったところで、口角を上げて椅子に座る。


「これはっ!」

「お気に召していただけましたかな?」

「ラドーニ共和国、しかも大統領府の貿易許可証ですわ!」

「宝石や茶菓子よりは喜ばれるかと思いましてな」


 どの人間の国でも他国に輸出して商売する場合は、貿易許可証が必要となる。

 通常は商人ギルドが発行する許可証を買う。とはいえ、国が発行した許可証のほうが価値は高い。様々な恩恵があり、例えば税金が安くなったりする。

 ただし金銭では買えず、審査が商人ギルドよりも厳しい。国が商人を信用して発行するので、当然と言えば当然だろう。

 もちろん、保証や補償はしないが……。


「とっ当然だわ! それにもう一枚は……」

「ラドーニ共和国の、とある商会の譲渡契約書ですな」

「まあまあ」


 後は言うまでもないだろう。

 ケイトナの実家が、ラドーニ共和国の商会を使って貿易をすれば良い。エウィ王国に輸入する場合は安くなり、共和国では信用のある商会となる。


(地政学的に仕方ないとはいえ、同じ経済大国の日本みたいだな。金銭をばらいて蝙蝠こうもり外交とは……。まぁ折角の財布だ。有効に利用させてもらおう)


 これができるのも、ブルマンとラドーニ共和国の橋渡しをしているからだ。

 この国は、エウィ王国と本気で事を構える気が無い。公国に参加していても、王国と天秤てんびんにかけている最中だった。

 彼が意見することで、ローイン公爵の主戦論が下火になっている。経済大国のまま残しておくほうが、将来的に一番良いと説き伏せていた。


「ジオルグさんと言ったわね?」

「はい」

「お礼はブルマンさまでよろしいかしら?」

「もちろんです。私の主人はブルマン様ですからな」

「あらあら。お世話になってるのはブルマンちゃんのほうよ?」


 ケイトナには、ジオルグの思惑が分かったようだ。

 そして精神の病んでいるレイラには、人脈しか期待していない。レイナスを産んだことを無かったことにして、ブルマンを溺愛しているだけの女性だ。


(ケイトナ夫人は、ブルマンに乗り換えてくれるか。なかなかさとい女だ。金魚のふんは多いから、火種に着火しても支持は得られるな)


 ローイン公爵領の貴族婦人たちの中で、ケイトナの存在感は大きい。

 上位の伯爵夫人でも無視できず、彼女の機嫌を取るほどだ。


「ところでジオルグさん」

「何ですかな?」

「ベクトリア公国と戦争になるのかしら?」

「国境の軍勢ですかな?」

「貿易許可証をいただいても、ね」


 ケイトナの心配は分かる。

 ソル帝国に同調したベクトリア公国は、国境で示威行為を行っていた。戦争に発展すれば、ラドーニ共和国との通行が不可能になるだろう。

 そうなると許可証が、ただの紙切れに変わる。


「そろそろ退くのでは?」

「あら」

「ソル帝国は退いたとか。ですので、ベクトリア公国も……」

「ジオルグさんは軍事にも明るいのですわね」

「いえいえ。あちらの世界で少したしなんだ程度ですよ」

「確か異世界人でしたわね」

「はい」

「異世界のお話を聞きたいわ」

「そうですなあ」


 知識をひも解いたジオルグは、婦人方が喜びそうな話題を見繕っていく。

 中世時代のファッションや料理の知識を披露するが、自分には苦手な分野だ。それを補完しているのは、今まで読んできた様々な書物である。

 召喚される前は、他国で活動するために歴史や文化を調べていた。


(書物を読み漁っておいて良かったな。何が役に立つか分かったものではない。おっとこの話題は……。イギリスの創作物からでいいか)


 ジオルグは話題を切らさないように会話を進める。

 うそか誠かなど、レイラやケイトナには分からない。あちらの世界では創作でも、婦人方が楽しめれば良いのだ。

 そして数時間が過ぎた頃、お茶会はお開きになった。


「ジオルグさん、本日はレイラさまとの夕食もありますのよ?」

「ケイトナ、無理を言ってはいけないわ」

「あら。御用がおありで?」

「申しわけありません。ブルマン様から仰せつかった仕事が……」

「なら仕方ないわね。次回のお茶会にお呼びしても?」

「構いませんぞ。喜んで参上いたしまする」


 狙い通りケイトナは、ジオルグを気に入ったようだ。

 ブルマンには派閥が無い。ローイン公爵家の当主シュバリスが健在だからだ。公爵領の貴族は、すべて彼の派閥である。

 その派閥の中に派閥を作ることで、自らの目的を達成させるつもりだった。こちらの世界でも混乱を引き起こし、生涯良い目を見るために。


「では、これにて引き上げまする」


 そしてジオルグは、クランケット子爵の屋敷を出た。

 この後は人と待ち合わせているので、光都ソレスタンの中心地に向かう。途中で乗合馬車を使い、何個かの区画を通った。

 待ち合わせ場所は料理屋で、相手は到着しているはずだ。


「いらっしゃいませ!」


 ジオルグが料理屋に来店すると、壁に備え付けられた大きな鏡が目に映った。多くの客でにぎわっており、なかなか繁盛しているようだ。

 店員に声をかけられたので、来店の目的を伝える。


「予約したジオルグだ。連れは来ているか?」

「ありがとうございます。お見えになっております」

「では案内してもらおう」

「はい。個室へご案内いたします」


 ジオルグの目的は食事ではない。個室を借りることで、これから会う人物との会話をらさないようにしていた。

 その相手とは、一緒に召喚されたリガインである。


「遅かったじゃねぇか」


 そういったリガインは、椅子に座りながら蓬髪ほうはつを片手でかき上げた。

 ラドーニ共和国から戻ってきたばかりで、腹が減っているのだろう。テーブルの上には、料理やワインが置かれていた。


「済まんな。では報告を聞こうか」

「待て待て。食いながらでいいだろ?」

「構わんが……。私も一杯もらおうか」


 お茶会で肩が凝ったジオルグは、グラスにワインを注ぐ。

 そしてリガインに、話の続きを促した。


「それで?」

「オメエが言ってたカルト教団な。コンタクトが取れたぜ」

「例の場所に来られるのか?」

「少し時間をくれってさ」

「どれぐらいだ?」

「教皇選に合わせて、だそうだ」

「なるほど」


 聖神イシュリル神殿の教皇選が近い。

 この期間は、信者たちの目が投票や結果に向かう。異教徒のカルト教団としては、教皇選の最中であれば動きやすくなる。

 普段であれば、エウィ王国に入国したくないらしい。これについては宗教上の話なので、ジオルグは了解した。


「しかしオメエよ。本当にカルト教団を使うのかよ?」

「召喚される前は使ってたぞ」

「言ってたな。だが危ねぇ橋すぎるぞ!」

「そうか?」

「俺たちは何の力も持ってねぇ。他の異世界人とは違うからな」

「持ってるだろ? ここに……」


 ジオルグは自らの広い額を指でたたく。

 何もスキルや魔法だけが力ではない。ジオルグやリガインは、大国の国家機関で働いていた実績がある。

 ソビエト時代のKGBとアメリカのFBIだ。自身は中東まで出向き、宗教を使った軍事組織まで作り上げている。

 つまり、知識と経験だ。

 他の異世界人は若者であり、物理的な力で及ばずとも負けていない。


「確かにそっちなら負けねぇな」

「だろ? すべては予定通りだ」

「まぁオメエに協力するって決めたからな」

「今もいい目を見てるだろ? シェンナと言ったか……」


 リガインはラドーニ共和国で出会ったシェンナと結婚した。

 四十代のおっさんが、二十代前半の可愛い女性と所帯を持っている。ジオルグのおかげで収入も上がり、あちらの世界にいるよりは幸せだろう。


「あいつとは偽装結婚だ!」

「はははっ! 確かにな。もしかしてヤッてないのか?」

「仕事上の付き合いだぞ。部屋も別にしてある」

「お堅い奴だな」

「俺のポリシーだ。仕事が終わったら考えるさ」

「なら考えておけ。そろそろお前を戻す予定だ」

「俺の仕事は?」

「別の奴に引き継がせる」

「いつ頃だ?」

「名も無き神の教団との接触後だな。結果次第と言っておこう」

「はいよ」


 ジオルグにとってリガインは、召喚されたときに協力関係を結んだ仲だ。

 互いに信用していないが、こちらの世界の住人よりはマシである。重要な仕事は任せたいところだった。


「私は帰るぞ。役所の仕事が残っている」

「俺は飯を食ったら、教団の奴をエスコートしに戻るぜ」

「では資金を渡しておく」


 民族衣装に手を入れたジオルグは、白金貨を三枚取り出した。

 それを見たリガインは、渋い表情に変わる。


「多くねぇか?」

「二枚は必要経費だ。一枚は好きに使え」

「好きに使えって……」

「シェンナという女とヤッてないならまってるだろ?」

「ばっ!」

「店員に私の名前を出せば、女を手配してくれる」

「手配だと?」

「この店は「黒い棺桶かんおけ」が運営する料理屋。地下は娼館しょうかんだ」

「はぁ……。つながりを持ったのかよ?」

「当然だ。裏は私の領分だぞ」


 そもそも自身が、裏の世界の住人である。

 裏組織「黒い棺桶」と関係を持つのは必須だった。目的の達成には、大いに役立つと知っている。すでに動かしているので、結果を楽しみに待っている状態だ。

 そして料理屋を出た後は、役所に向かうのだった。



◇◇◇◇◇



 ローゼンクロイツ家がヒドラ討伐を終わらせて、一カ月が経過した。

 幽鬼の森に戻ったフォルトは、宣言通りに自堕落生活を満喫中だ。寝室で大きな欠伸をして、添い寝中のカーミラの頭をでていた。


「さて、みんなは捗ってるかな?」

「セレスとシェラが四十になりましたよねぇ」

「うむ。残すは……」


 アーシャ、ソフィア、レティシアの三人は、レベル四十に足りていない。

 現在は大罪の悪魔サタンとルシフェルを交互に出して、北の平原で自動狩りを行わせている最中だった。こちらは、もう少し時間が必要か。

 ちなみにソフィアだけは、テラスで魔法の勉強中だ。


「しかし……。可能なのか?」

「えへへ。聞くのはタダですからねぇ」

「まあな」


 セレスとシェラには、限界突破の神託を受けさせていない。

 フォルトは限界突破作業について、とある疑問が浮かんだ。二人に神託を受けさせるのは、その疑問を解消してからだ。

 盟友のバグバットに面会する必要があるので、近いうちにアルバハードに向かうつもりだった。と言っても自堕落生活中なので、残念ながら腰は重い。


「御主人様、もう一回やりますかぁ?」

「うむ。今度は俺が動こう」

「きゃ!」


 カーミラに覆いかぶさったフォルトは、本日五回目の行為を開始する。こっちの腰は軽いのにと思いながら、彼女を荒々しく抱いた。

 そして数時間ほど経って一息入れると、ニャンシーが影から現れる。


「主は猿かの?」

「うむ。ニャンシーが来たってことは……」

「勉強じゃな。テラスに移動じゃ」

「うぇ。まぁそれも本腰を入れたしな」


 フォルトは転移魔法を勉強中だった。

 時間にルーズで三日坊主だと自覚しているため、こうやってニャンシーを迎えに来させている。窓から飛び出せばテラスだが、眷属けんぞく使いが荒い。

 カーミラはダウン中なので、寝室に残してテラスへ移動する。


「あらフォルト様、お時間ですか?」

「らしい。ニャンシーに邪魔された」

「邪魔者扱いは酷いのじゃ!」

「冗談だ冗談。かなり助かっている」

「ふふんっ! 一の眷属に任せるのじゃ!」


 まだこだわっているのかと思いながら、ソフィアの対面に座った。隣だと勉強が捗らないので、ニャンシーから禁止令が出されている。

 彼女は中級の火属性魔法を勉強中だった。自動狩りに参加させていないのは、魔法の習得でレベルを上げるため。

 フォルトが考えるレベル上げの仕様なら、確実に上がるはずだ。


「【ファイア・ストーム/火嵐】か」

「はい。ルリさんと別行動が多いので、まずは火属性ですね」

「だな。予定通り全属性を覚えてくれ」


 おっさん親衛隊だと、レイナスが氷属性魔法を使う。

 アーシャは風属性魔法、セレスは風属性の精霊魔法、レティシアは土属性の精霊魔法が得意だった。しかしながら四人とも、生粋の魔法使いではない。

 このあたりを、ソフィアにカバーさせる。魔法使い一家グリム家の娘として、魔法のエキスパートを目指してもらう。


「そう言えば、グリムのじいさんって強いのか?」

「漠然と、であれば強いですね」

「漠然?」

「えっと。御爺様の強さは国家機密ですので……」

「家族も知らないってことか」

「はい」


 グリムは二百年以上も、エウィ王国に仕えている人物だ。

 強弱の話であれば強いが、どういった魔法を習得しているかは極秘である。勇魔戦争で知られている魔法は、彼のすべてではない。

 それでも、上級魔法の業火や竜巻は使っていたらしい。


「さすがはグリムの爺さん。勇者級は確定かな?」

「それも極秘ですね。私に目指せるかは分かりませんが……」

「時間は無限にある。まぁ一歩ずつだな」

「そうじゃな。主も一歩ずつじゃ」

「うぐっ!」


 すまし顔のニャンシーが、フォルトの前に羊皮紙を置く。

 様々な線が描かれた術式で、一瞬にして目が回る代物だ。


「やっぱり無理だと思う」

「では諦めるかの?」

「それを言われるとな」

「線の角度から長さと太さ。後は意味を覚えるのじゃ!」

「うーん!」


(これも難題だ。本格的に始めて一カ月だが……)


 羊皮紙は十枚もあるが、なんとか一枚を覚えていた。

 一つの線に対して、身内の何かに結び付けたのだ。エロパワーを総動員した結果だが、さすがにもうネタが無い。

 それでも一度覚えた術式は、深層意識に刻まれて忘れない。フォルトとしては救いになるが、もうギブアップ寸前だった。


「ソフィア、何か良い手は無いか?」

「あれば私が覚えていますよ」

「ですよね。うーん。ポロ、何か無いか?」

「(ちっ。まだ覚えていないのか?)」

「覚えられないから聞いているのだが?」

「(くくく。俺は覚えたがな)」

「くれっ!」

「(アカシックレコードで渡せるのは一度だけだ。諦めろ)」


 ポロが自らを消滅させるために行った儀式魔法。

 その産物の一つがアカシックレコードだ。すでに魔法は成功して、魂だけの存在となっている。魔法自体も使えないので、フォルトに希望は無い。


「仕方ないな。しかし何百年かかることやら……」

「(世話のかかる奴だな)」

「うむ。世話してくれ」

「(手が無いわけでもない)」

「なにっ!」


 基本的にポロは何も教えてくれないが、今回は手助けをしてくれるようだ。

 フォルトより先に覚えたことで、優越感に浸っているのかもしれない。


「(そんなわけがないだろう!)」

「なら、なぜ教える気になった?」

「(魔法一つに時間をかけるなということだ)」

「な、なるほど?」


 要は勉強に時間をかけると、ポロがつまらないらしい。

 フォルトが勉強している光景など飽きてしまった。さっさと転移魔法を覚えて、俺を楽しませろとの話だ。

 気持ちは分からなくもない。自分自身もつまらないのだから……。


「理由はどうあれ、教えてくれるなら助かる」

「(お前と他の魔法使いの相違点は何だ?)」

「魔人ってことか?」

「(違うな。それは……)」


 ポロの答え。

 すでにフォルトは、禁呪を含めた上級魔法を使えるのだ。多くの難しい術式を理解しているので、転移魔法の術式を覚えることは難しくない。

 今まで覚えられなかったのは、習得のアプローチが違ったのだ。


「つまり?」

「(術式を分割して、お前が理解している術式と重ねろ)」

「ふむふむ」

「(簡単なところだと、右上の……)」

「ああっ! 【タイム・ストップ/時間停止】か!」

「(ご名答。分かれているのもあるから、すぐには無理だがな)」

「いやいや。これなら……」


 術式は組み合わせである。

 初級魔法より中級魔法が難しいのは、初級の術式に他の術式を組み合わせていくからだ。初級魔法の術式の中から使う場合もあれば、切り取った術式を分割して付け替える場合もある。

 どちらにも該当せず、新たに作り出す場合もあった。しかしながらポロから受け継いだ膨大な魔法の数であれば、ほとんど網羅している。

 基礎となる術式を理解しているのだから、後は簡単だった。


「なるほどなあ。さすがは元学者の魔法使い」

「(と言ってもな。あと三カ月ぐらいは必要か)」

「百年単位じゃなくて良かった」

「フォルト様?」


 ポロと会話していると、独り言をつぶやいているだけに見える。もちろんソフィアは知っているので、何の会話をしたか気になったようだ。

 そこで、要点だけを伝えると……。


「ズルいです!」


 ソフィアのほほがプクッと膨れる。

 とても可愛らしいので、フォルトは撃沈してしまった。とはいえ、確かにズルである。普通なら段階的に覚えていくものだ。

 それを、すでに覚えている術式の中からチョイスするだけである。


「まぁまぁ。でも知らない術式もある」

わらわにはどの部分か分かりかねるがのう」

「すべての魔法を知ってるわけじゃないしな」

「主のほうが知っておるのじゃ」

「なら、俺に合わせた勉強法に変えてくれ」

「分かったのじゃ」


 これで、転移魔法の勉強も捗るだろう。

 ポロの見立てでは、三カ月は必要のようだ。もちろん自堕落生活に入っているので、もっと時間を使っても良い。

 とりあえず目途が立ったのは、素直にうれしい。


「じゃあ今日の勉強は無しな」

「もぅフォルト様は……」

「一カ月も続けたのは奇跡に近い」

「ふふっ。確かにそうですね」

「ソフィアは続けるのか?」

「続けますよ。私はフォルト様ではありません!」


 魔法の勉強を簡略化できたが、それについて何も言えなくなった。

 フォルトは苦笑いを浮かべて、ソフィアの隣に移動する。今もプクッと頬を膨らませているので、その部分を人差し指でツンツンと触った。

 そして、彼女に頼んでいた件を問いかける。


「なぁソフィア、グリムの爺さんからの返事はまだか?」

「そろそろだと思いますが、現状だと無理でしょう」

「だよなあ。これも何とかならないものか」


 この件はベクトリア公国行きについてである。

 さすがにもう、エルフの女王を目覚めさせないと拙い。情報が無ければ動かないと宣言していたが、ある程度の情報は集まっている。バグバットに借りを返すためにも動く必要があった。

 ただしフォルトには、異世界人の縛りがある。


(参ったな。みんなを連れて国境を越えられん。またデルヴィ侯爵に? いやいや、何を言われるか分かったものじゃない。空からは……。駄目だな)


 バグバットと盟友になったことは、まだ各国に伝わっていない。

 フォルトがエウィ王国に戻った場合は、後見人としての役割を終えてしまう。また言われるまでは、王国に戻る必要がないと言っていた。ベクトリア公国に向かうならば、その前に戻ることになる。

 おそらく次は、出国を許可しないだろう。面倒をかけたり嫌われるのは良いが、敵対関係になるつもりはない。

 空を飛べば知られないとしても、ベクトリア公国で動きが取りづらくなる。不法入国者として、捕縛の対象になってしまう。

 都市や町で悪魔崇拝者を探すので、普通に入国したかった。


「やはりこれも、お助けバグバットに相談だな」

「失礼ですよ?」

「ははっ。まぁグリムの爺さんの返事待ちだ」


 フォルトは立ち上がり、肩を後ろに反らしてグッと背中を伸ばした。

 まだまだ自堕落生活を続けるが、色々と下準備が必要なようだ。とはいえ転移魔法の勉強が短縮できそうなので、ゆっくりと行えば良いだろう。

 そんなことを考えながらスキルで翼を出して、寝室に戻るのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る