第433話 フェリアスからの帰還4

 かび臭い小屋の中で、一人の男性が横を向いて寝転がっていた。

 隣には武具が置かれて、現在は布製の服を着ている。上着のボタンは外されて、上半身はへそまで開いていた。

 少し汗ばんでいるのか、上着は湿っている。

 その男性はゴロリと体勢を変えて、額に左腕を載せて天井を眺めた。


「あぁ……。頭が痛えぇ……」

「ちょっとシュン、まだ駄目なの?」

「アルディス……。水をくれ」


 寝転がっている男性は、勇者候補のシュンだ。

 動くのも怠くて、アルディスに水を飲ませてもらう。本来なら口移しで飲ませてほしいが、そんなことを考えている余裕はない。

 胸やけや吐き気もして、とにかく体調が悪すぎた。


「もぅ。飲み過ぎよ!」

「そんなに飲んでねぇけどよ」

「だって丸二日だよ? 宴も終わっちゃったしさ」

「フェリアスの酒は最悪だぜ」


 左腕を床に下ろしたシュンの目には、濃いくまができていた。

 小屋に運ばれてきたときは、とにかく酩酊めいてい状態だったのだ。ドワーフから注がれた酒のせいだろう。飲み干した瞬間に、カーっと辛いものが胃の中で暴れ出した。

 そこからの記憶は失っており、気付いたら小屋の中にいたのだ。


「あれはぜってぇエール酒じゃねぇ……」

「ま、まぁ色んな酒があったしね」


 ちなみにシュンが飲まされた酒は、ドワーフ族がこよなく愛する火酒だ。

 ガルド王の酒造所では、フォルトも飲んだことがある。酔うために『毒耐性どくたいせい』のスキルを切っていたが、一口だけでも一瞬で酩酊状態になった。

 それを一気に胃に納めた結果が、現在の状態だった。

 初日の宴以降は参加できずに、二日酔いで寝転がっている。


「神の奇跡はねぇのか……」


 残念ながら重度の酩酊状態は、初級の信仰系魔法だと一気に治せない。

 何度か使うことで緩和できるが、連続使用は意味が無い。薬のように、一日三回ぐらいが目安である。

 今回はエレーヌとラキシスが使ってくれた。


「ところで今日は出発できるの?」

「今の時間は?」

「まだ朝だね」

「昼には動ける、と思うぜ」

「もう一日休む?」

「いや。もうこんな場所はコリゴリだ」


 さすがに二日も休んでいれば、二日酔いも治ってきている。

 一か月以上も蜥蜴とかげ人族の集落にいるのだ。まだエウィ王国に帰還できなくても、文化的な生活に戻りたいところだった。

 獣人族の集落レベルだが、蜥蜴人族よりは文化的である。


「ならノーナさんって女性ひとに伝えとくね!」

「たっ頼む……。みんなは?」

「外だね。エレーヌとラキシスさんが食事を作ってるよ」

「食欲がねぇけど?」

「薬草のスープだから体には優しいよ」

「助かるな。んで、おっさんは?」

「もう帰ったよ。エルフたちもいないね」


(くそっ! リーズリットを食い損なったぜ。あの酒さえ飲まなきゃよ。適当な小屋に運んでヤッちまったのに……。俺には文句を言えねぇはずだ)


 シュンが一人で行動した目的は、ヒドラ討伐に参加した女性を口説くため。

 その中でも一番は、生意気なリーズリットに種を仕込むためだ。酒に弱いと聞いていたので、最初は目算通りに進んでいた。実際に酔って、地面に横になっている。後は泥酔中に分からせるだけだった。

 もちろん、日本であれば犯罪で逮捕案件だ。しかしながらノーナと関係を持ったことで、自分には貴族としての権力があると思っていた。


「そういやよ。おっさんたちと飲んでどうだった?」

「楽しかったわよ。ギッシュが模擬戦を始めちゃうしね」

「酒を飲んで模擬戦かよ」

「ボクもレイナスさんと戦ったわ」

「アルディスも、か?」

「おかげで酒が回っちゃってさ」

「当たり前だ。危なっかしい」

「へへっ。その後は覚えてないなあ。起きたら宿舎の中だったわ」

「そっか」


 フォルトの邪魔をできて何よりと思ったシュンは、ゆっくりと上体を起こす。アルディスと会話している間に、だいぶ良くなってきたようだ。

 続けて流れるように、彼女の手を握った。


「ちょっとシュン?」

「今は二人きりだぜ?」

「病み上がりのくせに……」

「まだみんなは戻らないんだろ?」


 シュンとアルディスの顔が近づく。

 確かに病み上がりなので、行為をするほどの元気はない。とはいえ恋人なので、唇を重ねるぐらいはしたい。

 そして、互いに吐息が漏れた瞬間。とあるものを発見してしまった。


「なぁアルディス……」

「なあに? しないの?」

「首筋にあるのってキスマークじゃねぇか!」

「えっ?」


 そう。アルディスの首筋には、誰かが残した唇の跡があった。

 最近は行為をやれていないので、シュンが付けたものではない。ならば、彼女と寝た男がいるはずだ。

 どちらが誘ったか定かではないが、日本での経験上……。


「浮気しやがったな!」

「ちょちょっと知らないわよ! 冗談はやめて!」

「冗談だと? なら鏡で見てみろ!」

「分かったから怒鳴んないで!」


 シュンから指摘を受けたアルディスは、自分の荷物から鏡を取り出した。

 こちらの世界のものだが、表面は曇っていても、それなりに映す。


「この赤いやつ?」

「そうだよ」

「なんで付いてんのよ!」

「知るか! 誰かと寝たからだろうよ。んで、誰と寝た?」

「知らないって言ってんでしょ!」

「おっさんじゃねぇだろうな!」


 ここは、蜥蜴人族の集落だ。

 アルディスと寝られる男性など限られている。となるとやはり、フォルトの顔が一番に浮かぶ。次点はギッシュとノックスだが、さすがにないだろう。

 もちろん、フェリアスの住人も考えづらい。子供が作れても人間は選ばないと、犬人族のスタインから聞いていた。


「おじさんなわけないでしょ!」

「どうだかなぁ」

「ギッシュやノックスもいたのよ?」

「ちっ」

「それにソフィアさんもいたんだから!」


 このあたりをアルディスに指摘されると、シュンでも考えてしまう。

 元聖女ソフィアがいる以上、フォルトが不埒ふらちを働くと怒るはずだ。出会った当初よりは柔らかくなったが、お堅い女性だった。

 彼女に説教された場面が思い出される。

 しかし……。


(おっさんしかいねぇと思うが……。締め上げに行きてぇけど、もう帰ったらしいしなぁ。幽鬼の森か……。面倒臭ぇ。次に会ったらだ、な……)


 ソフィアの件は納得したが、もし彼女も寝ていたらどうか。

 そう考えると、やはりフォルトが一番怪しいのだ。しかしながら、帰還の徒に就いている。宿舎に行ったところで、誰も残っていないだろう。

 とりあえずは棚に上げて、次の質問を繰り出す。


「じゃあ他に誰がいるんだよ?」

「エ、エレーヌじゃないかな? きっと悪戯いたずらしたのよ!」

「寝てたんじゃないのか?」

「ボクより先にね。だから先に起きたんじゃない?」

「そういうことにしといてやるよ」

「信用してないでしょ?」


 アルディスの言い訳を信じるシュンではない。

 ただし日本での経験上、これ以上問い詰めると別れ話に発展する。エレーヌの仕業だと期待する他ない。

 しかもここで抑えたところで、当面は関係がギクシャクする。

 二日酔いと併せて頭を抱えたくなるが、今回は泣き寝入りするしかないだろう。相手を見つけたくても、現在は探す余裕が無い。


「いや。信用してるさ」

「どうだかね。もし違っても知らないものは知らないから!」


 やはり、アルディスは怒りだした。

 たとえシュンが引いたとしても、彼女を責めたという事実は変わらない。またキスマークもあるので、自分は信用されないと受け取る。

 そして、小屋から出ていってしまった。


「参ったな。まぁアルディスも遊びだし……」


 シュンにとっては、アルディスもエレーヌと同様だ。もう十分に味わったので、命令に逆らわないラキシスさえ残っていれば捨てても構わない。

 これについては流れに任せれば良いか。

 そんなことを考えていると、急に眠気が押し寄せてきた。


(やべ……。ねみぃ……)


 二日酔いのせいで、今まで眠りが浅かったのだ。

 シュンは眠気に勝てずに、そのまま目を閉じた。

 どれぐらいの時間が過ぎただろうか。周囲がザワザワと騒がしくなって、深い眠りから覚めた。


「シュン様、起きましたか?」

「さっさと飯を食って着替えろや」


 目を覚ましたら、目の前には美女と野獣がいた。

 美女のラキシスは、温かい薬草のスープが入ったコップを持っている。野獣のギッシュは、完全武装で荷物を持っていた。


「もう出発の時間か?」

「まだ余裕はありますが、みなさんは集まってきましたわ」

「あぁ。ノーナさんたちか」

「荷物は出しといてやっからよ」


 シュンを一瞥いちべつしたギッシュは、ぶっきらぼうに小屋を出た。

 まだ時間はあるそうだが、ラキシスといちゃつく元気は無い。彼女からコップを受け取り、ゆっくりと飲み干す。

 それから立ち上がって、よろいに手を伸ばした。


「私は外で待っていますわ」

「あぁそうだ。アルディスはどうしてる?」

「機嫌が悪いようでしたわ。何かされたのですか?」

「いや。すぐに行くと伝えてくれ」


 鎧を着たシュンは、首や腕を動かして体をほぐす。

 続けて剣と盾を装備して、身支度を整える。荷物はギッシュが持っていったので、これで準備完了だ。

 後は動いていれば、二日酔いも治るだろう。

 そう思ったシュンは、扉を開けて小屋を出る。すると、とんでもない光景に目を奪われてしまった。


「なっ!」


 小屋の前には、蜥蜴人族の戦士たちが二十名近くいた。

 シュンが出てきたことで、全員が注目している。しかも上空からは、武装した有翼人たちが下りてきた。

 その中の一人、神翼兵団団長のホルンが問いかけてくる。


「やっと出発ですか?」

「なんだこれ? また監視かよ」

「今回は護衛です」


 ホルンとは最初の出会いが最悪だったので、シュンに対して厳しい。嫌っていることを隠そうとしておらず、その目は汚物を見るようだった。

 ここまでくると、いくら可愛くても攻略対象にならない。


「護衛、だと?」

「ローゼンクロイツ家からの要請で、貴方たちを護衛します」

「おっさんだと!」

「おじさまの寛大な心にむせび泣きなさい」

「泣かねぇよ! はっきり言って迷惑なんだが?」

「そう言われても……」


 この件がフォルトのせいと知って、シュンは苦虫をみ潰したような顔になる。しかも、断ることはできないらしい。

 女王の名代クローディアが許可を出したことで、亜人の国フェリアスとしての命令になったからだ。

 名誉男爵として受けるしかないのでは、とも指摘された。


「大変ソウダナ。我ラガ引コウ」

「あっ! ありがとうございます」

「ヒドラノ毒ヲ指摘シテクレタ恩人ノタメダ」


 ノーナ率いる水質調査隊は、荷車で研究用の機材など運んでいた。

 移動は大変だったので、それを代わってもらえると喜んでいる。


「ちっ。だが俺たちはドワーフの集落に行くぞ」

「遺跡調査隊からの報酬ですか。なら……」


 どうも、すべては出来上がっているようだ。

 シュンが交渉した結果、馬車を預けている獣人族の集落までの護衛になった。以降は水質調査隊を国境まで送り届けることで、なんとか話をまとめる。


(これがおっさんの仕返しかよ。ふざけやがって、くそがっ!)


 フォルトの思惑に気付いたシュンは、心の中で悪態を吐く。

 身内だけの宴を邪魔したことで、こちらの楽しみを奪われるという返礼をされた。帰路途中の集落でも護衛されるので、夜の情事はお預けになるだろう。

 そのことに肩を落として、恨めしそうに天を仰ぐのだった。



◇◇◇◇◇



 時を遡ること数時間前。

 ヒドラ討伐の宴を終えて、フォルトは幽鬼の森に向かっていた。

 いつものようにスケルトン神輿みこしに乗って、原生林の中を進んでいる。ローゼンクロイツ家総出で来ているため、かなりの大人数だった。

 この神輿は二台あって、一台はマリアンデールとルリシオンが占領している。彼女たちの周囲にいるのはシェラだ。

 リリエラは先行して、フィロを一緒に斥候を務めている。ドーピング用の魔道具を器用に使いこなし、なんちゃってくノ一として訓練中だ。

 おっさん親衛隊は、当然のように徒歩だった。


「フォルト様、私の膝枕はどうですか?」

「うむ。この絶対領域が最高だ」

「んっ」


 おっさん親衛隊は交代で、フォルトのスケルトン神輿に乗っている。

 現在はレイナスが乗車して、休憩がてら膝枕を担当していた。スカートとニーハイソックスの間にある素肌の太ももが、オヤジ心をつかんで離さない。

 改めて聞かれるともっと堪能しなくなり、悪い手を動かしてしまう。


「フォルトさん! カーミラは?」


 二人乗りのスケルトン神輿には、アーシャも乗っている。

 定員オーバーを気にしない彼女は、フォルトの腰の上にまたがっていた。これも、いつもどおりに卑猥ひわいだ。とはいえ、行為をしているわけではない。

 そして一行の中には、カーミラの姿が無い。


「リゼット姫の所にな。戻りは遅くなるかもしれん」


 カーミラは出発早々に、エウィ王国へ向かった。

 ギッシュとエレーヌの件を、リゼット姫に依頼するためだ。別に断られても良いのだが、結果については少し興味があった。


「カーミラってさ。エグイことをするよね!」

「あっはっはっ! まさにリリス。眼福だった」


 アルディスの首筋にキスマークを付けた犯人。

 その悪戯をしたのは、フォルトに意見を出したカーミラだった。なかなか可愛い内容だったので、シュンに対する仕返しとして採用したのだ。

 ちなみにフォルトは、その行為を眺めていただけである。絶対服従の呪いの実験で悪戯したことはあっても、身内以外を抱くつもりはない。


「結果が分からないのは残念ですわね」

「カーミラはエレーヌを重ねて寝かせたな」

「あら。効果が薄れるのでは?」

「どうやら違うらしい」


 カーミラが言うには、そちらのほうが深みにめられるとの話だった。

 フォルトには理解し難いが、悪魔のリリスがやることだ。嫌がらせ程度で済めば良いため、特に何も言わなかった。

 アーシャは分かったようで、クスクスと笑っている。


「カーミラらしいっしょ」

「さすがはアーシャ。教えてくれ」

「屋敷に戻ったらね! ベッドの中で教えてあげるぅ」

「でへ。そうしよう」

「私もヒドラ討伐の顛末てんまつを教えますわ!」

「頼む。楽しみが増えるなぁ」


 フォルトはシュンと違って、身内一人一人との時間を大切にする。このように話を後回しにすることで、彼女たちと濃い時間を過ごすのだ。

 もちろん、レベル上昇についても聞いていない。


「楽しみと言えば、よくホルン様は受けられましたわね」

「セレスがクローディアに取り付けたからな」

「ふふっ。国を動かすなんて凄いですわ」

「そんな大層なものじゃない。無理のない範囲でだしな」


 これが、シュンの交渉が通った理由である。

 国境までの護衛を命令されたら、国境まで護衛するのが軍隊。個人的な仕返しに、そこまでさせるのは酷である。

 条件を緩和することで、他の任務に組み込めたらしい。


「フォルトさんも遊んでるねぇ」

「ははっ。お返しと仕返しはしないとな」

「きゃはっ! ならホルンさんを屋敷に呼ぶの?」

「まぁすぐではないが、彼女との約束だしな」

「アレを用意しないとねっ!」

「うむ。アーシャに任せる」


 夏の日が待ち遠しい。

 そんなことを思ったフォルトは、アーシャの足を触る。かなり際どい所まで手が進むが、これ以上はチラニストとして衣服をずらすだけだった。

 そして妄想を楽しんでいると、リリエラとフィロが戻ってきた。


「マスター! この先にアルラウネがうろついてたっす!」

「ちょっと数が多いかもしれません」


 レベルの低いリリエラも、フィロに鍛えられているようだ。

 サタンやルシフェルを出していないので、魔物と遭遇することは予定通りだった。目的は当然、おっさん親衛隊の訓練だ。

 場数を増やすことで、レベル上げの一助にする。

 その提案をしたベルナティオが声を上げた。


「レイナスはアーシャとセレスを連れていけ」

「分かりましたわ師匠」

「えぇぇ。ティオさん、あたしもぅ?」

「数が多いとの話だ。直接戦闘にも慣れておけ」

「はあい」


(アーシャは今後、敵に囲まれた場合に備えてか。レイナスがいれば危険はないだろうしな。セレスは監督ってところか。さすがはティオ)


 おっさん親衛隊が全員で向かわないのも、個人の力量を上げるため。

 ベルナティオの言だと、チームでの戦いばかりだと偏りが出るそうだ。ゲームと現実は違うのだから、さもありなんである。

 このあたりを補完してくれるので、おっさん親衛隊はメキメキと力を付けていた。実に頼もしいと、フォルトは感謝している。


「なら誰が休憩するんだ?」


 スケルトン神輿からレイナスとアーシャが下りたことで、フォルトが一人になってしまった。さすがに寂しすぎる。

 上半身を起こしながら、誰が乗るのかと周囲を見渡す。


「うふふふふ。セクハラ大王に侍るのは〈黒き魔性の乙姫〉よ!」

「ちょっ! アーシャ!」

「きゃはっ! 行ってくるねぇ」


 アーシャは可愛らしく舌を出して、アルラウネの討伐に向かった。

 このギャルらしい陽気さに、フォルトは撃沈する。とはいえ、その名称をレティシアに教えたのは彼女だ。

 あまり変な言葉を教えないでもらいたいところだ。


「んじゃ乗るねぇ」


 レティシアはスケルトン神輿に飛び乗って、フォルトの隣で横になった。

 どうやら膝枕はしてくれないようだ。


「セクハラ大王も却下な」

「腕枕して!」

「はいはい。キャロル、ちょっと」


 フォルトと同類のレティシアは、腕枕がお気に入りだった。

 そうなると二人乗りなので、膝枕はお預けである。後頭部が寂しくなるので、キャロルから背負い袋を受け取った。

 少しゴツゴツするが、とりあえず枕にはなる。


「屋敷に戻ったら、暫くは休むんでしょ?」

「俺はな。レティシアはパワーレベリングだ」

「聞いてるよ。大婆様の試練より楽なんでしょ?」

「うむ。ルシフェルに任せればいい」


 厨二病ちゅうにびょうのレティシアは、レベル三十の限界突破を終えたばかり。

 おっさん親衛隊の中では一番低いので、一気に上げてもらうことにする。彼女はルシフェルがお気に入りなので、あまり苦にもならないはずだ。

 大婆が課した泥男の試練のように、一人で戦うわけではない。


「キャロルもいいのかしら?」

「構わないぞ。いないと困るだろ?」

「うん! 三日もキャロルと離れると、わたしが死んじゃうわ」

「あいつも大変だな……」


(うちって結構、みんなのレベルが高いよな。フィロも三十を越えてるし、残すはリリエラだけか。まぁ彼女は……)


 リリエラはレベル十三なので、一般兵の平均より低い。

 パワーレベリングには早く、せめてレベルが二十五になってからだ。しかしながら彼女については、ジックリと育てるつもりだった。

 今後も彼女に与えるクエストと同様に、成長過程を楽しみたい。


「あなたは勉強でしょ?」

「うむ。自堕落しながら本腰を入れる」

「転移の魔法かぁ。頑張って覚えて!」

「そこに食いつくか」

「うふふふふ。終焉しゅうえんの邪王からは逃げられない、とか?」

「終焉ときたか。ちなみに誰が俺から逃げるのだ?」

「………………。敵?」

「俺に敵はいない」

「格好いいわね」

「そっちのいないじゃない!」


 引き籠りのおっさんに、敵などいようはずがない。

 嫌われていることはあるだろうが、誰からも表立って敵対されていないのだ。シュンからは、若干の敵愾心てきがいしんを感じたが……。

 フォルトの敵になりそうなのは、マリアンデールとルリシオンの父親ジュノバ。悪魔崇拝者の司祭たち。裏組織「黒い棺桶かんおけ」に所属するリド。

 そして……。


「エウィ王国か……」


 国法では確実に処分対象のフォルトだ。

 グリムのおかげで敵対にはなっていないが、吸血鬼の真祖バグバットの盟友になったことで、どういった対応になるかは読めない。

 そう考えると、不安要素は結構ある。


(やれやれ。まぁ変化を楽しめ、だったな。とりあえず転移の魔法を覚えて、どこにでも逃げられるようにしておこう。頑張れ、俺……)


「うふふふふふ。終焉の邪王はわたしの妖艶な体に夢中ね」

「い、いや。邪王も却下な。夢中なのは違いないが……」

「えっち」

「うっ!」


 色々と考えていても、フォルトの悪い手は動いている。レティシアはえる要素が多いので、そのギャップにドキッとしてしまう。

 厨二病からの恥じらい少女は反則である。

 思わず赤面を隠すように、彼女の頭を腕から胸板に乗せ替えるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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