第432話 フェリアスからの帰還3

 蜥蜴とかげ人族の集落に建てられたばかりの集会所。

 四方の柱で屋根を支えただけの簡易的な建物である。ヒドラ討伐の作戦会議にも使われた場所だった。

 野外に設置された土俵場のように、周囲に壁は無くどこからでも入れる。

 もちろん集会所の外からは丸見えになるが、この場所では、エルフ族が宴の席を開いていた。フェリアスの盟主として宛がわれた格好だ。

 現在は女王の名代クローディアが、各戦士隊の隊長を労っていた。

 同様に遺跡調査隊のリーズリットも参加して、隣に座るガラテアを気遣う。


「ガラテア様、傷の具合はどうですか?」

「問題ないが、リーズリットは完治してるのだろ?」

「はい。奇麗さっぱりと……」

「感謝は忘れぬことだ」

「それはもう」


 ガラテアに言われたとおり天使から受けた傷は深かったはずだが、ローゼンクロイツ家当主のフォルトに治していただいたようだった。

 まだ正式に礼をしていないため、明日の朝にでも向かうつもりだ。


「ガラテアとリーズリット、こちらに来なさい」

「「はい」」


 クローディアに呼ばれたリーズリットは、ガラテアと共に席を立った。

 そして戦士隊の隊長と入れ替わるように、彼女の前に出て座る。


「任務の件ですが、リーズリットは頑張ったわね」

「ありがとうございます」

「ガラテアからの評価も高いですよ?」

「めっ滅相もありません!」

「何を言う。あの人間を相手によく務めたと思うぞ」


 リーズリットに与えられた任務は、シュン率いる勇者候補チームの監視と護衛である。ガンジブル神殿の調査も入っているが、それは二の次だった。

 死人を出さずに戻れれば、任務を達成したことになる。


「貴女のおかげで、外交もうまくいきますわ」

「わたしには分からない話です」

「ふふっ。苦労に見合いますよ」


 エウィ王国、それもデルヴィ侯爵とシュナイデン枢機卿すうききょうからの外交依頼を達成したのだ。国の利益を追求するため、当然のように対価を要求してあった。

 内容は先方に伝えてあり、色よい返事をもらっていたらしい。シュンたちが帰還すれば、今度はフェリアスからの要求が履行される。


「対価は何を……」

「人間が何の用ですか!」


 自分の任務で得た見返りを聞きたかったが、集会所の外が騒がしくなった。

 声の聞こえた方向を見ると、一人の女エルフが報告に現れる。周囲で警備の任に就いている人物で、とても険しい表情をしていた。


「クローディア様、人間が挨拶をしたいと……」

「私に、ですか? もしかして金髪の男性かしら?」

「はい。シュン・デルヴィ名誉男爵と申しておりました」

「お一人で?」

「はい。他の人間は見当たりませんでした!」


 報告を聞いた周囲のエルフたちは、露骨に不快感を示した。

 ガラテアは首を振っており、その心情は同様だと思われる。


「うーむ。我らエルフ族のことは知っているのか?」

「宴に参加せず撤収したほうが良かったかもしれませんな」

「まさかクローディア様に目通りを願うとは、な」

「これだから人間は……」


 そもそもエルフ族は、排他的な種族である。国の方針として人間との交流を認めたが、エルフ族として仲良くする気はないのだ。

 また人間に対しては、森の破壊者という認識を持っている。過去には、奴隷にされた経緯もあった。アンデッドと同様、いやそれ以上の忌避感を持っている。

 リーズリットも任務でなければ、人間には近づきたくない。


「交流は時代の流れとフェリアスの未来のため。不満は慎むようにね」

「「もっ申しわけありません!」」

「ですが、私の立場ではお会いできません」


 クローディアは女王ジュリエッタの名代である。

 爵位の低い名誉男爵と軽々に面会すると、エウィ王国から侮られるだろう。同時に他国の重鎮に対しても、彼女の威厳が保てなくなる。


「では、そのように伝えて追い払います」

「あ……。待ってほしい」

「何か?」


 警備の女エルフが下がろうとしたところで、リーズリットが止める。

 彼女はシュンが一人で来たと言っていた。任務中に宴の件を聞かれたが、もしかしたら一人でうろついている可能性がある。

 ここは足止めをしたほうが良い。


「遺跡調査隊が川辺で宴を開いている。そこに向かわせてくれ」

「クローディア様?」

「リーズリットには何か考えがあるのでしょう」

「はい。任務は完了しましたが、監視の続きです」

「ふふっ。でしたらお願いしますわ」

「では川辺に向かわせます!」


 クローディアの許可を得た女エルフは、集会所から出ていった。

 もちろん、任せっきりにするつもりはない。遅れて遺跡調査隊と合流し、シュンの行動を監視する。

 そして労いの宴は続き、頃合いを図ったリーズリットは集会所を後にした。


「さて。みんなはうまく足止めしてくれたかな?」


 川辺に出たリーズリットは、遺跡調査隊を発見した。座って輪を囲んでいるのは、三名のドワーフ族と五名の獣人族だ。

 その輪の中には、思惑どおりにシュンもいる。


「おまえたち! 待たせたようだ」

「よぉリーズリット!」

「まったく……。おまえという奴は!」

「悪かったな。あそこまで警戒されるとは思わなかったぜ」

「はははっ! お前はエルフ族を知らなさすぎだ」

「ワシらがみっちり教えておいたぞい」


 リーズリットの意図を酌んだ遺跡調査隊の面々が、シュンを諭したようだ。

 さすがは長年の付き合いである。


「挨拶に来たと聞いたが?」

「ブラジャにはしてきたぜ」

「………………」

「他にも回りたかったが、リーズリットと飲みたくてな」

「こっちにいるとは思わなかったのか?」

「まぁエルフ族にも挨拶したかったしよ」


(この人間……。エウィ王国でも同じなのか? 同様ならただの馬鹿だが、もし違うなら話は変わってくる。フェリアスを下に見ているのか、もしくは……)


 リーズリットの考えは的を射ている。

 無礼極まりないシュンでも、デルヴィ侯爵やバルボ子爵には敬意を払っていた。同じ人間で、自身の上司だと分かっているからだ。また偉い人間も分かるので、男爵以上の爵位を持つ貴族にも、今後は同様の対応をする。

 そしてフェリアスの住人は、平民かそれ以下と思っていた。

 亜人の国にとっては、最悪の貴族が誕生したと言えよう。


「まぁいい。飲みたいなら一緒に飲んでやる」

「そうこなくちゃよ」


 コップを上げたシュンは、リーズリットを手招きしている。

 隣に座れということだろう。無性に腹が立つが、自分から言い出したことだ。監視も兼ねているので、他の宴の席に行かれても困る。

 文句を言いながらも仕方なく隣に座った。


「ちっ。慣れ合うつもりは無いと言ったはずだ」

「まぁまぁ。とりあえず飲もうぜ」

「ほれ。エール酒でいいか?」


 ドワーフがエール酒を注いで、コップを手渡してきた。

 それを受け取ったリーズリットに対して、シュンがコップを近づけてくる。乾杯でもしようとしているのだろう。

 とりあえずは、それに応じておく。


「乾杯!」

「「乾杯!」」


 酒盛りの続きが始まり、場は料理と酒の匂いに包まれる。

 それにしてもシュンは、リーズリットに対して妙に体を寄せてくる。人間の宴ではこうなのかと思いつつも、嫌悪感から逃れるように離れていた。

 しかも、私生活について根掘り葉掘りと聞いてくる。


「よくしゃべる人間だな」

「もうシュンと呼んでもいい頃じゃねぇか?」

「戯言を……。ひっく!」

「何だよ。リーズリットはもう酔ってんのか?」

「うっうるさい! こいつらと話してろ!」


 シュンの言ったとおり、リーズリットは酔ってきた。

 体が火照り、顔も赤くなってきたようだ。少し酒を控えたいので、ここは遺跡調査隊の面々に任せる。

 だが、それも束の間。

 この人間はとんでもないことを言い出した。


「なぁ仲間なら知ってるだろ? リーズリットに恋人はいるのか?」

「なんてことを聞くんだ!」

「こいつらと話せって言ったのはリーズリットだろ?」

「そっそうだが……」


 シュンはニヤニヤと笑っている。

 集会所の件も併せて、一発ぐらいは殴りたいところだ。とはいえ酒が回ってきたのか、目が座ってきた。

 そこで頭をかいたり、手で顔を挟んだりする。

 他にも様々な行動で眠気を抑え込む。


「そんなことを聞いてどうするのだ?」

「話題だよ話題。酒のつまみになるだろ?」

「はははっ! リーズリットに恋人はいねぇよ」

「まぁこんなにも気が強いんじゃなあ」

「でも片思いの奴ならいるぜ?」

「おまえっ!」

「はははははっ!」


 犬人族の男性がリーズリットを見て、口を大きく開けて笑う。

 遺跡調査隊には周知の事実だが、わざわざ人間に伝える必要はないだろう。彼も酔っているのかもしれない。

 それでも恥ずかしいことはないので、知りたいなら教えてやる。


「ひっく! わたしの思い人はな」

「自分でバラすのかよ……」

「知りたいのだろ? ひっく!」

「ま、まあな。エルフか?」

「当然だ。何を期待しているんだ?」

「い、いや。俺じゃないのは確かだな」

「エルフが人間を……」

「分かった分かった。じゃあ教えてくれよ」

「仕方がないな。わたしの思い人はセレス様だ! ひっく!」


 リーズリットは言いきった。

 恥ずかしいことは何もないのだ。聡明そうめいで弓にも優れた美人司祭のハイエルフを好きになって何が悪いのか。

 ハイエルフは子供が作れない。ならば、自分が相手でも良いのだ。独占するわけではないので、セレスが選んだ相手ならフォルトが旦那でも構わない。

 とにかく、彼女が好きなのだ。


「へ?」


 リーズリットの思い人を聞いたシュンは、間抜けな顔に変わった。意味不明な単語をつぶやいて、地面を見ながら落ち込んでいる。

 面白い反応だが、何か変なことでも言っただろうか。


「ひっく! えるじぃとはなんだ?」

「なんでもねぇよ。ってかコップが空だぜ。入れてやる」

「もう要らん。弱いと言っただろ? 後はこいつらとやってくれ」

「まだいけるだろ?」

「わたしは横になる。終わったら起こしてくれ。ひっく!」


 この場を離れるわけにはいかないので、リーズリットは地面に寝転んだ。

 そして、目を閉じて過去を思い出す。

 遺跡調査隊の面々と最初に組んだのは、勇魔戦争の直前か。かれこれ十年以上の付き合いになる。彼らであれば、先ほどの手信号を理解したはずだ。

 最後に薄目を開けると、何やらほくそ笑んでいるシュンに、ドワーフが自ら持参した酒を注いでいた。

 やはり伝わったと安心したところで、短時間の眠りについたのだった。



◇◇◇◇◇



 有翼人族から送られた神翼兵団も、宴の席を開いている。

 こちらは輪になっておらず、五十名の団員が奇麗に整列していた。軍隊として規律正しく統制されている。

 彼らの前には、団長のホルンが立っていた。訓示を述べた後、エール酒が注がれた二個のコップを両手に持つ。

 続けて翼を広げ、注目を集めたところで乾杯の音頭をとった。


「皆よく働いてくれた! 乾杯!」

「「乾杯!」」


 ヒドラ討伐における神翼兵団の仕事は多岐に渡った。

 直接戦闘に参加する者もいれば、伝令に飛び回った者もいる。フェリアスの制空権を担っているので、上空からの警戒や偵察も任務の内だ。

 それらすべてをホルンが管理運用して、自らもヒドラの首を斬っていた。


「よし! では皆は好きに飲んでくれ」

「ちょっと団長!」


 ホルンが団員たちに背を向けた瞬間。隣にいたミリオンに肩をつかまれた。

 思わずのけぞりそうになって、両手に持ったコップから酒がこぼれそうだ。


「どうしたミリオン?」

「ホルン、どこに行くつもりだ?」

幼馴染おさななじみだからと言って……」


 ミリオンとは子供の頃からの付き合いだが、現在は上司と部下である。

 こういった場では、名前で呼ばれると困るのだ。彼を贔屓ひいきしていると思われては、団員に対して示しがつかない。


「はいはい。団長はどこに行くおつもりですか?」

「もう自由時間にしたぞ?」

「みんなを労わってくださいよ!」

「労わっただろ?」

「団長……」


 ホルンはコップを掲げて、皆によく働いたと労わった。とはいえミリオンが言うには、それでは駄目だそうだ。

 一人一人とはいかないまでも、団員それぞれを労うのが団長の務めである。


「むぅ」

「そう膨れるな。ほらみんな! 十人で輪になれ!」

「「おうっ!」」


 ミリオンの一声で、団員たちは五個の輪を作った。

 その中から何名かずつで、料理や酒を分配する。料理などは宴の前に運び込まれているので、魔法を使って火を起こし温めていた。

 無駄がなく動きが洗練されている。


「しっ仕方ないな!」

「団長! こっちからお願いしますぜ!」

「分かった分かった」


 ホルンは団員の一人に呼ばれて、その輪の中に加わった。

 神翼兵団は、大族長シュレッドお抱えの精鋭騎士団だ。団員の入れ替わりはほとんどないので、長い付き合いでもあった。

 この輪にいる団員はすべて、ヒドラと直接戦闘をした者たちだ。


「命の危険を顧みず……」

「「ありがとうございます! では次の輪にお進みください!」」

「は?」


 団員たちは話の途中で、コップを掲げて一気に飲んだ。それから輪の一部を開け、人が通れる道を作った。

 ホルンはポカンと口を開けた状態で止まった。

 同時にミリオンはあきれている。


「お前らなぁ」

「ミリオンも固いこというよなあ」

「はぁ?」

「フェリアスの恩人にお酌をしないとねぇ」

「へ?」

「なんならミリオンも一緒に行けよ。団長を取られちまうぜ」

「なっ!」

「「はははははっ!」」


 団員たちの笑い声が響く。ホルンとミリオンの関係など、また今がどんな状況になっているかも全員が分かっている。

 宴の席を借りて、二人はからかわれたのだ。


「団長! もう労わってもらったので大丈夫です」

「シュレッド様のような渋い男でしたね!」

「おまえらは……」

「おっと宴の席ですよ。小言は帰ってから聞きますぜ」

「………………」

「ホルン?」

「ミリオン! 行くぞ!」

「俺もかよ!」


 団員たちの言葉に顔を赤らめたホルンは、ミリオンを連れて空に飛び立った。一言だけ、「困った奴らだ」と呟きながら。

 『暗視あんし』のスキルを持っていなくても、かがり火のおかげで地上は良く見える。目的の人物がいる場所は分かっているので、そこまで一直線に向かった。


「あぁいらっしゃいました。でも人数が多いですね」


 蜥蜴人族の集落は狭いので、すぐに到着した。一緒に連れてきたミリオンのことを忘れ、ホルンは宿舎の手前で地面に下りる。

 それから目的の人物の前まで歩いていった。


「おじさま!」


 そう。目的の人物とはフォルト・ローゼンクロイツだ。

 一緒にヒドラの巣を偵察した仲である。遠くから見ても渋い男性で、ホルンの琴線に触れていた。

 ミリオンに無いものをすべて持っている。


「おや? ホルン殿か」

「えへへ。ちょうど良いところに来ましたねぇ」

「あらあ。団長の任を放り出してきたのかしらあ?」

「ふふっ。歓迎するわ」


 フォルトは赤髪の女性と魔族の姉妹がいる輪の中にいた。

 女性はカーミラと呼ばれ、ヒドラの巣を偵察する前に紹介を受けた。彼に抱きかかえられて羨ましいと思ったものだ。

 そして、〈狂乱の女王〉と〈爆炎の薔薇ばら姫〉である。姉のほうに言ってはいけない言葉があるので、ホルンは気をつけながら挨拶をする。


「呼ばれておりませんが、今回のお礼に参上しました!」

「団長! 待てって!」

「ミリオン! おまえも礼を言え!」

「あ……。フォルト様、皆さま。助力をありがとうございました」

「気にするな。ヒドラを壊滅できて何よりだ」


 遅れてきたミリオンに優しい言葉をかけたフォルトに、ホルンは感激する。

 やはり彼は、シュレッドのような広い心を持っている。しかも、女性隊員が言ったように渋い。人物画にして家に飾っておきたいところだ。


「それにしても、人間どもが来ているのですね」

「人間ども……」

「あのいけ好かない人間はいないようですが……」

「いけ好かない……」


 フォルトの所も何カ所か宴の輪があって、その中に勇者候補チームのメンバーがいる。二人ほど寝ているようだが、ホルンの大嫌いな人物はいない。

 何やら復唱しているので、もしかしたら関係者なのか。


「彼らはローゼンクロイツ家の?」

「いや。ただ同郷なだけだ」

「そっそうですか」

「うむ。ところでホルン殿は酒豪なのか?」

「あっ! これはですね」


 ホルンはエール酒の入ったコップを両手に持っている。

 乾杯の音頭をとったときに持っていたが、二個あるのには理由があった。


「なんだ?」

「おじさまのぶんです」

「へ?」

「どうぞ!」

「あ、ああ……」


 団員を労ったホルンは、すぐにフォルトの下に向かうつもりだった。もちろん、一緒に乾杯するためだ。

 コップの一つを渡して、もう片方を高々と掲げた。


「乾杯!」

「乾、杯」


 フォルトは戸惑っていたが、やはり心が広いのか付き合ってくれた。文句を言わずに飲み干している。

 これで、一緒に酒を飲んだ間柄になれた。


「飛んでるな」

「グリフォンですか?」

「いや。アルコールが……」

「こっこれは失礼しました!」

「ははっ」


 どうやら粗相をしてしまったようだ。

 それを笑って許してくれるところがうれしい。


「座ったらどうだ?」

「ご一緒してよろしいのですか?」

「構わんぞ。お前もな」

「はいっ! ご一緒させていただきます!」


 フォルトの両隣は、残念ながら魔族の姉妹に占領されている。ホルンはお言葉に甘えて、彼らの正面に座った。何事も一歩ずつである。

 ミリオンは緊張しているのか、いつもの軽口が無い。

 いや、むしろ喋らない。連れてきた意味が無かったかもしれない。


「御主人様、御主人様。ゴニョゴニョ」


 カーミラがフォルトに耳打ちしている。

 彼の背中に上半身を押し当てており、ホルンもやってみたい衝動に駆られる。とはいえ、よろいを着用しているので痛がってしまうだろう。

 また今度と思っていると、隣の輪から怪しい女性に声をかけられた。何やらフードで顔を隠して、右手で右目を押さえている。


「うふふふふ。天界の神々を裏切った堕天の騎士よ!」


 大仰な動きでフードをまくったが、よく見るとダークエルフ族である。ターラ王国の瓢箪ひょうたんの森に里を持つエルフ族の近親種だ。

 意味がよく分からない言葉を投げかけられ、ホルンは戸惑ってしまう。


「え?」

「わたしには見えていたわ。堕ちた騎士が闇夜に舞い降りるとき……」

「え? え?」

「悪魔を従えし破壊の王が世界を絶望に誘うのよ!」

「破壊の王も却下」

「えぇぇ。ちょっと、貴女も一緒に考えてくれない?」

「はい?」


 最初の怪しさとは打って変わり、女性は目をキラキラさせている。

 話の流れが読めないホルンは、フォルトに助けを求めようとした。すると、芝居がかった演技で紹介される。


「ふははははっ! 紹介しよう。我に侍るレティシアだ!」

「〈黒き魔性の乙姫〉が抜けてるよぉ」

「あ、そうだった。〈黒き魔性の乙姫〉レティシアだ!」

「うふふふふ。さあ混沌こんとんの宴を楽しみなさい!」

「ふははははっ!」

「うふふふふ」


 とりあえず、レティシアと覚えれば良いと思われる。

 混沌と言えば混沌か。他の輪では、〈剣聖〉と大男が模擬戦を始めている。同時に魔法学園の制服を着た女性と無手の女性も、だ。

 踊り始めた女性もおり、場は混沌と化していた。


「駄嬢様! フォルト様、邪魔をしてすみません!」

「う、うむ。続きは後でな」

「はあい! キャロル、ワインを飲ませてぇ」

「はいはい。こっちですよ」


 キャロルと呼ばれたダークエルフが、レティシアを連れていった。

 このやり取りがよく分からなかったホルンは、彼女の後姿を眺めながら首を傾げてしまう。しかしながらすぐに戻して、フォルトに向き直った。


「た、楽しそうですね」

「うむ。身内の笑顔には癒される」

「羨ましいかぎりです」

「ところでホルン殿、一つ相談があるのだが?」

「はいっ! 承りました!」

「まだ内容を言っていないが?」

「大丈夫です。なんでも仰ってください」

「ならば、お言葉に甘えよう」


 フォルトからの相談は、ホルンの一存では決められない内容だった。

 それでも理にかなっているので、上に話を通せば許可が下りそうだ。しかも考えが見抜かれているらしく、彼はセレスを呼んでいた。

 彼女の口添えがあれば、ほぼ問題なく受けられる。


「ですがおじさま、それに意味はあるのでしょうか?」

「あるぞ。やり遂げたら俺の屋敷に招待しよう」

「本当ですか! 死んでもやり遂げます!」

「いや。死んだら来られないだろ……」


 宴の席に来たことで、フォルトとの関係が深まったようだ。送り出してくれた団員たちには感謝しかない。

 その後もミリオンと一緒に、宴に混ぜてもらえた。時おり戻ろうと催促されたが、そんな勿体もったい無いことはできない。

 そしてホルンは、フォルトを眺めてうっとりするのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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