第430話 フェリアスからの帰還1

 ブラジャが族長を務める蜥蜴とかげ人族の集落には、ヒドラの討伐に向かった戦士隊の面々が、続々と帰還していた。

 誰もが疲れきった表情を浮かべ、その足取りは重い。中には簡易的な担架で運ばれている者たちもいる。武器は折れて防具は破損し、戦闘の激しさが察せられた。

 それでも敗北したわけではなく、彼らは勝利しての凱旋がいせんである。


「おっ! 勝ったようだな」


 その光景を眺めているのは、宿舎の屋根で寝転んでいるフォルトだ。

 いつものようにカーミラの膝枕を堪能しながら、ボアの串焼きをほお張っている。


「苦戦したようですねぇ」

「おっさん親衛隊が手伝ったら、もっと早かっただろうがなあ」


 各戦士隊は五体のヒドラを担当して、戦績は三勝二敗らしい。

 それでも、フェリアスの精鋭が参加した戦士隊だ。犠牲者は出ているが、最終的にはすべて討伐している。

 これに関して、おっさん親衛隊は手を貸していない。

 戦士隊より先に討伐していたが、怪我人の手当てだけを依頼されたそうだ。しかしながら戦況が好転したのは、ローゼンクロイツ家のおかげと聞いた。

 ガンジブル神殿に向かっていた三本首のヒドラを受け持ったことで、一時撤退した部隊を他に割り振れたのだ。


「そう言えばカーミラ、天使の中身は空だったんだよな?」

「ですねぇ。霊体が動かしてましたあ!」

「もぐもぐ。リビングアーマーみたいな奴だな」


 フォルトがよく召喚する動くよろい、リビングアーマーは中身が無いアンデッドだ。実際に動かしているのは霊体で、レイスのように実体が無い。

 ガンジブル神殿に現れた天使は、それと似通っているようだ。違う部分としては、意思を持っていたことか。また神殿と同じ名前らしく、カーミラが言ったように人間の勇者だった。

 天使に関しては現在、セレスがクローディアに伝えているところだ。


「肉体が無いってことは、かなり昔の人間ですねぇ」

「うーん。寿命は永遠じゃないのか?」

「違いまーす! 延びますけど、永遠じゃありませーん!」

「堕落の種の劣化版か」

「そうとも言えませんねぇ」

「え?」

「変化後の強さは負けちゃいますよぉ」


(ふむふむ。福音の果実のほうが、補正値が高いって感じか? でも寿命の差があるなら、一時の強さに重点を置いたのか。でも脅威にならないような?)


 現実では能力に数値など無いが、フォルトはゲーム脳で考える。大雑把に理解するには都合が良く、あながち間違いとも言えないのだ。

 それから考えると、福音の果実にイマイチ感を覚えた。

 人間や亜人からすると、天使も悪魔も等しく脅威である。しかしながら悪魔としてなら、天使との差は誤差ではないだろうか。

 素の強さが重要であり、補正値は圧倒的な差にならないだろう。もしもシュンが天使になっても、同レベルの悪魔レイナスには勝てないと思われた。

 身内びいきなのは否定できないが……。


「カーミラの見立てだと、広場の天使には誰が勝てる?」

「えっとですねぇ」


 カーミラが簡単に勝利を収めた天使。

 それに勝てる身内は、マリアンデールとルリシオンだ。他には悪魔の力を使ったベルナティオが候補に挙がる。

 ちなみにフォルトの眷属けんぞくだと、デモンズリッチのルーチェだ。


「あれ? 素のティオじゃ勝てないのか」

「飛べませんし、ちょっと難しいですねぇ」

「確かにな」


 単純な話だった。

 飛行が可能なニーズヘッグ種の悪魔ならともかく、人間形態のベルナティオは魔法が使えない。とはいえ芽吹いた悪魔の力を使えば、何も問題ない。

 ただし、武器がお粗末か。彼女には魔法の武器が必要だろう。


「御主人様、ティオにも新しい武器を作ればいいですよお」

「天使の武具か……」

「えへへ。いいものを拾いましたねぇ」


 天使の武具は、カーミラの魔法でも燃え尽きていなかった。

 そして彼女からは、武器を新調したいとおねだりされている。当然のように快諾したが、その武器の材料となるのが件の武具だった。

 黄橙色おうとうしょくのフルプレートメイルとやりである。


「カーミラは魔界から取り出してるからいいが……」


 武具に使われている素材は、なんとオリハルコン。

 ノウン・リングでは、伝説のアトランティスに存在した幻の金属だ。イービスであれば、神の金属と呼ばれている。

 手に取ってみたが、かなりの軽さだった。


(そんな金属で作った武器なんか、絶対に狙われるだろ! でも〈剣聖〉の武器としては格好いいよなあ。うーん!)


 フォルトの懸念は当然だろう。

 そういった希少性のある武器を欲しがる者は多い。中には所有者を殺害してでも入手しようとする輩もいた。

 それでも強力な武器は、強者の証とも言う。


「まぁいいか。いつまでも〈剣聖〉が鉄の刀ではな」

「さすがは御主人様です!」

「ミスリルとかでコーティングできるかな?」

「ドワーフならやれるんじゃないですかあ」

「ガルド王に聞いてみよう。どうせ行くしな」


 身内とのデートプランに、ガルド王が治めるドワーフの集落が入っている。

 連れていく人物も決めており、幽鬼の森で休んだ後にでも向かうつもりだ。


「もぐもぐ。なんにせよ、これで一段落だ!」

「宴が開かれるとか聞きましたよお」

「混ざる気はないから、宿舎前でバーベキューだな」

「えへへ。みんなが仕込みをしてまーす!」


 ヒドラ討伐の宴。

 この魔物と死闘を繰り広げた戦士隊を労うために、討伐に向かう前から予定されている。各部族から物資が届けられており、今は準備をしている最中だった。

 料理が得意なルリシオンやレイナスは、意気揚々と食材の物色に向かった。彼女らを手伝うために、何名かの身内も同行している。

 ここまで話したところで、屋根の下からフォルトが呼ばれた。


「旦那様、戻りました!」

「あぁセレス、いま行く!」


 フォルトはボアの串焼きを平らげて、カーミラと一緒に地上へ飛び降りた。

 そしてセレスの腰に手を回し、簡易テラスへ向かう。


「あれ? 誰も残っていないのか」

「いいえ。宿舎の中でレティシアさんが寝てますわ」

「俺に負けず劣らずの自堕落ぶりだなあ」

「ふふっ。起こしてきますか?」

「いや。それには及ばないとも」

「あと残っているのは、ティオさんとフィロさんですね」


 フォルトは椅子に座り、カーミラを膝の上に置いて周囲を見渡す。

 セレスの言ったとおり、ベルナティオとフィロが地面に座っている。どうやら雑談に花を咲かせているようだ。

 彼女たちは友人同士なので、ここは邪魔しないほうが良いだろう。


「で、クローディアはなんと?」

「とりあえず放置で構わないそうです」

「まぁ……。そうなるよな」

「ですが捜索は続けると言っていましたわ」


 突如として消えた五本首のヒドラの件である。

 クローディアの決定を聞いて、フォルトは笑みを浮かべる。発見してからの対応は後日になるが、問題になるようなら戦士隊が討伐するとの話だ。

 今回のヒドラ討伐で、五本首も対処可能と判断したのだろう。


「天使については?」

「謝意はいただきましたが、難しい顔をしていましたね」

「唐突過ぎたか」

「はい」


 クローディアからすると、なぜ天使が現れたか不思議なのだろう。

 それでもセレスの報告から、フェリアスの敵と判断した。問答無用で遺跡調査隊を攻撃したので、当然と言えば当然か。

 だが、そう判断したならば……。


「フェリアスは天界の神々と敵対してるのか?」

「していませんよ。ですが先に手を出したのは天使ですよね?」

「うむ」

「なら自然神の教えとして、天使の討伐は正当な権利ですわ」


(やられたらやり返す、か。自然の成り行きとして当然だな。でも討伐までしちゃったし、本当に大丈夫なのだろうか。あぁ怖い怖い)


 念のためカーミラからは、この懸念に対する答えをもらっている。

 悪魔が倒されても、悪魔王は報復などしない。同様に天使が倒されても、神々は報復しないのだ。

 過去にも例は無い。天使や悪魔を討伐した事例はあるが、それについて報復らしき出来事は起こっていない。

 これについてフォルトは、ボソッとつぶいた。


「道具なんだろうな」

「旦那様?」

「いや、なんでもない。報酬の受け渡しはどうなってる?」

「ネトラの実ですね。アルバハードに届けるそうですよ」

「どれぐらい?」

「まずは五百本ですね」

「まずは?」


 希少性の高いネトラの実だが、収穫量は増加傾向らしい。ならばとセレスが、購入優先権を取り付けていた。

 これは、キャロルが作る菓子の材料だ。あまり消費しないように思えるが、ルリシオンも料理に使うと意気込んでいた。

 定期的に仕入れられるなら、それに越したことはない。


「さすがだなセレス」

「妻ですから……」

「う、うむ。だが高いんだろ?」

「物々交換が主流ですわ」

「そっそうだった」


 エルフの里へ訪れたときに、セレスから聞いた話だった。

 金銭に興味がないエルフ族は、まるで原始時代からの取引を行っている。里にも商店というものがない。

 もちろん他種族との取引で使うため、国庫には眠っていた。と言ってもネトラの実は希少性が高いので、金銭では駄目らしい。


「何と交換しよう?」

「ルーチェさんが作った魔道具はどうでしょうか?」

「あぁ、蛇口とか?」

「あれは喜ばれますね」


 ちなみに異世界人の知識から、用途が似たようなものは出回っていた。

 水を生み出す巨大なたるからみ出して、必要な量を供給する魔道具だ。大型で製作費が高いため、住まいの広い王族や大貴族しか使えない代物である。

 蛇口との相違は、エウィ王国に伝えた異世界人の発想力だった。水の精霊を使うところは一緒だが、おそらくは貯水槽をイメージしたのだろう。

 王国から尋問のように聞かれた結果かもしれない。


「なるほど。簡単に作れるようだし構わないか」

「数年は交換しなくて良くなりますわ」

「ならセレス、ルーチェから取り寄せたら送っといてくれ」

「分かりましたわ」


 魔道具に興味があるフォルトでも、価値については気にしていない。なのでネトラの実と交換なら、エルフ族に渡しても問題ない。

 もちろん面倒なことは人任せである。


「よし! カーミラ、宴まで寝るぞ!」

「はあい!」

「もぅ、旦那様は……」

「一緒にどうだ?」

「ご一緒しますわ!」


 フォルトは二人を連れて、レティシアが寝ている宿舎に向かう。

 当然のように寝るだけでは終わらないが、宴まではまだ時間がある。ゆっくりと脳の疲労を取るつもりだ。

 そして二つの桃を触りながら、だらしのない笑顔を浮かべるのだった。



◇◇◇◇◇



 蜥蜴人族の集落には、シュン率いる勇者候補チームも帰っている。

 小川で怪我人の手当てをした後は、拠点の洞穴まで撤退した。以降は一気にルイーズ川まで歩を進めて、集落まで帰還した。

 到着したのは夜中で、昼過ぎに起きたところだった。


「あんまり休めなかったぜ」

「ボクも……」

「ラ、ラキシスさんの具合はどうですか?」

「大丈夫ですよ。傷は治っています」

「これで依頼は完了だよね?」

「グオォォォグオォォォォ!」


 シュンたちが休憩している場所は、最初に借りたボロ小屋である。床は腐っている場所もあり、何やらカビ臭い。

 ギッシュだけ起きていないが、相変わらずいびきがうるさい。


「クソッ! あの魔族どもめ!」


 寝起きが最悪なシュンは、帰還中の出来事を思い出して悪態をつく。

 一緒に戻った魔族の姉妹が、機嫌の悪さを態度に出していたからだ。


めやがって……)


 シュンとしては、フォルトや天使のその後が見たかった。

 こっそりと隠れてのぞき見を敢行したかったが、魔族の姉妹に邪魔された。いや邪魔というよりは、撤退を急かされたのだ。

 少しでも戻ろうとすると、ルリシオンが弾ける火弾を足元に撃ち込んできた。しかも歩調が遅れるだけで、マリアンデールが蹴りを入れてくるのだ。

 文句を言っても取り合ってくれない。しかも、ガンジブル神殿で戦うはずのヒドラを討伐したと聞かされたのだ。

 好き勝手に動きすぎである。


「まぁまぁ。無事に帰ってこれたんだしさ」

「ふっ。まぁいいが……」


 フォルトのことを抜きにすれば、シュンは目的を達成した。

 これには含み笑いを浮かべる一方、どういった効果なのか分からない。聖神イシュリルからの声があったので口にしたが、意識が飛ぶほど味が悪かった。

 実際、気絶していた。


(つかよ、効果ぐらい教えてくれよ。俺は聖神イシュリルに賭けたんだぜ)


 そう。シュンは聖神イシュリルの敬虔けいけんな信者になったわけではない。こっちの世界では実在する神に賭けたのだ。

 日本にいた頃は、一か八かの博打に出ることがあった。成功を狙って危険な試みをすることで、大きな利益をあげるためだ。

 現在は成功を収めていると言えた。信者を辞めるつもりはないので、もう少し分かるように伝えてほしい。

 そんなことを考えていると、アルディスが口を開いた。


「ねぇシュン、ご飯はどうする?」

「俺はいいや」

「まだお腹が痛いの?」

「ま、まあな」


 シュンは気絶から回復した瞬間、体中に激痛が走った。

 すぐに信仰系魔法で治癒したが、なかなか痛みが治まらなかったのだ。ついでに下痢が襲ってきて、集落に到着するまでゲッソリしていた。

 今も胃のあたりがムカムカする。


「ならお腹に優しい食材でも見繕ってくるわ」

「頼む」

「ほらギッシュ、起きなさいよ!」


 アルディスは立ち上がって、大の字で寝ているギッシュの横っ腹を蹴る。

 もちろん本気で蹴っていないが、とても面白い光景だ。


「グゴゴ、ンゴッ……。あん? どうしたよ空手家」

「ご飯よご飯、さっさと起きて食材をもらいにいくわよ!」

「飯か! 肉はあるか?」

「寝起きに肉とか、あんたの胃袋はどうなってんのよ!」

「うるせぇよ。さっさと貰いにいくぞ!」


 自慢のリーゼントを整えたギッシュは、言葉通りにさっさと小屋を出た。

 その後をアルディスが追いかけていく。


「ボクのセリフ! エレーヌも行くよ!」

「わ、分かったわ」


 勇者候補チームで料理が作れるのは、エレーヌとラキシスだけである。食材を運ぶのはアルディスとギッシュだ。

 ならばとシュンは、料理が完成するまで横になる。

 こうなると、ノックスが邪魔だった。


「ノックス、悪いがリーズリットから報酬をもらってきてくれ」

「報酬は武具にしたんだよね?」

「ああ。紹介状がもらえるはずだ」

「いいよ。なら行ってくるね」


 シュンは具合が悪いといった演技をして、ノックスを小屋から追い出す。

 そして、残っている人物に声をかけた。


「ラキシス、こっちへ来い」

「は、い」

「傷は残ってねぇよな?」

「んっ」


 シュンはストレスを発散するために、ラキシスの神官着をめくった。

 さすがに行為までやれないので、彼女の太ももをさする。久しぶりなので、ビクッと体を震わせた姿に欲情した。


「御無沙汰だしな。口で抜いてくれ」

「え?」

「時間がねぇ。さっさとしろ!」


 本来なら性的に暴力を振るいたいが、この場では抑えておく。

 今はラフレシア戦後のエレーヌと同様に、性欲の道具として使う。誰がいつ戻ってくるか分からないので、こちらもさっさと終わらせた。


「ごほっ……」

「スッキリしたぜ。ありがとな」

「い、いえ」

「ラキシスに聞きたいことがあるんだが……」

「なんでしょうか?」

「神殿に書物や文献はあるのか?」

「ありますが……」


 聖神イシュリルは何も答えてくれない。

 良い意味で考えるなら、自力で調べろということだろう。聖神イシュリル神殿の書物を漁れば、果実の効能が分かるかもしれない。

 そして書物については、神殿内で閲覧が可能だ。とはいえ重要な書物は、本殿の書庫で厳重に保管されている。

 当然のように、閲覧には許可が必要だった。


(多分……。本殿だろうな。なら、枢機卿猊下すうききょうげいかに聞いてみるか。王国に戻ってからも忙しくなりそうだ。鍛える暇なんてあるのか?)


 シュンはフェリアスでレベルを上げた。

 エウィ王国に戻れば、貴族としてのレベルを上げることになるだろう。デルヴィ侯爵からは、何かしらの仕事を与えられるはずだ。

 その合間を縫って、シュナイデンと面会する必要が出てきた。


「ラキシスにも手伝ってもらうぜ」

「………………」

「嫌なのか?」

「いいえ。チームをどうするのかなと思いました」

「あぁ。ギッシュの代わりが必要だな」


(エレーヌの代わりもな)


 エレーヌを捨てるつもりだったが、よく考えると代わりの人材がいない。

 やはり女性を仲間にしたいので、誰かしらを探すことになる。勇者候補でなくても良いのだが、レベルが低いと困る。

 このあたりは思案のしどころだった。


「ヤバいな。超忙しいぜ」

「そちらについては手伝えませんわ」

「分かっている。とりあえず考えるから……」


 シュンはフォルトの真似をして、ラキシスに膝枕を要求した。

 そして暫く堪能していると、小屋の扉がたたかれた。


「シュン様、誰か来たようですわ」

「ちっ。邪魔しやがって……」


 ラキシスの膝枕に後ろ髪を引かれながら、シュンは扉を開ける。

 小屋に訪ねてきたのは、水質調査隊のノーナだった。彼女たちは簡易的な養殖設備を作って、蜥蜴人族にノウハウを教えていた。


「やあノーナさん」

「お休み中でしたか?」

「平気さ。こんな所じゃ何だから散歩でもしようか」

「はい」

「ラキシス、ちょっと出てくるぜ」

「皆さんには言っておきますわ」


 シュンは目的を達成したことで、馬車を残した獣人族の集落に帰りたかった。しかしながら、ノーナ率いる水質調査隊の護衛依頼は継続中である。

 ポトフ男爵とやらの返事でも来たのだろうか。


「ノーナさんはもう帰れるのか?」

「三日ほどお待ちください。回答が無ければ帰還しますわ」

「宴は三日三晩とか聞いたぜ。ちょうどいいな」

「ありがとうございます。シュン様はフェリアスに残るのですか?」


 勇者候補チームの今後の予定。

 まずはノーナたちの護衛依頼を完了させて、武器を作るためにドワーフの集落に向かう。レベルも三十八に届いていないので、もう少し狩りを行うつもりだった。

 その後はエウィ王国に帰還する。


「分かりましたわ。バルボ子爵には伝えておきます」

「バルボ子爵?」

「シュン様への紹介状を頂きましたので」

「そうだったな。じゃあ頼むぜ」


 ノーナとは互いに割り切っているので、別に口説く必要はない。

 それでも彼女と会話していると、貴族として優越感に浸れるところが良い。エウィ王国に戻ったら、この種の遊びをするのも一興か。

 やはり忙しくなりそうだ。

 そんなことを考えながら散歩していると、蜥蜴人族が多く集まる場所に出た。どうやら集落の中央まで歩いたようだ。


「なんだありゃ?」

「人間でいうところの葬儀ですわ」

「ちっ。嫌なところに来ちまったな」


 蜥蜴人族が円を描いて座り、両手を地面につけて頭を下げていた。

 中心には何体もの死体が並んで、族長のブラジャが剣を抜いている。続けて死体の頭部に剣先を下ろし、反転させて持ち上げる。

 それを繰り返している光景は、シュンに苛立ちを覚えさせた。


「勇敢ナル戦士ノ御霊ニ感謝ヲささゲヨ!」

「「オオッ!」」

「死ハ終ワリニアラズ。祖霊トナリ、リザードマンニ繁栄ヲ!」


 蜥蜴人族は死を恐れない。常に前線へ立って、部族の誇りと共に戦っている。またブラジャが言ったように、死は終わりと考えていない。

 この過酷な世界においては、残された者たちを守りたいという思いは強い。祖霊となって部族を見守ることも誇りなのだ。

 たとえ存在しないものであったとしても……。


(だから異世界は嫌だぜ。そんな意識高い系の話はムカつくんだよ! 死んだ後に繁栄したって意味ねぇぜ。生きてる間に繁栄しろってんだ!)


 シュンは自分のことしか興味がない。

 また現代日本において、蜥蜴人族の思考はかなり昔のものだった。戦時や戦国時代などが近いか。どちらも自らの命を賭けた戦いと無縁ではない。

 平和で文明が発展した日本では廃れたものだ。

 その中で成功を収めていたので、彼らの思考が理解できない。だからこそムカつくのだが、そこまで深くは考えていない。


「シュン様?」

「悪いな。戻ろうか」

「はっはい」


 ホストスマイルを浮かべたシュンは、きびすを返して小屋に向かう。

 そして嫌な光景を忘れ、これから行われる宴について考えた。三日三晩と聞いているが、それにはヒドラ討伐を成した戦士隊の面々が参加する。とはいえ男性だけではなく、何気に女性も多いのだ。

 酒が入れば、ホストとしての本領を発揮できるだろう。なかなか面白い宴になるなと思いながら、途中でノーナと別れるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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