第428話 堕落の種と福音の果実2

 フォルトは木の裏に隠れて、周囲に生い茂った草むらの中から天使をうかがう。

 そして、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。こちらの存在に天使が気付いており、いつ動きだすか気が気でないのだ。

 勘違いだったとして、あっちを向いてほしい。


(参ったな。俺だけになってしまった)


 愛しのカーミラは、リーズリットとガラテアの所へ向かわせた。

 生死は分からないが、天使に攻撃されていたからだ。緊急だったので細かい指示を出していないが、彼女ならうまく対処するだろう。

 シェラとフィロは後方に下がらせた。

 眷属けんぞくのルーチェが到着したら、同様の場所に向かってもらう。しかしながら、そこまでの余裕は無さそうだった。

 ここまで回想したところで、もう一人いたなと思い出す。


「おいポロ」

「(なんだ?)」

「天使は強いのか?」

「(どうだったかな。食ったような?)」

「………………」

「(冗談だ。一般的にはピンキリだな)」

「一般的?」

「(文献などの記述だ。個体によって強さが違うと書かれていた)」


 暴食の魔人ポロは元学者の魔法使いである。

 ソフィアより文献関係に詳しい。とはいえ魔人としての視点だと食料になるので、戦闘したかについては覚えていないのだ。


「俺で勝てるのか?」

「(くくっ。やってみろ)」

「ちっ」


 こういった回答がポロから返ってくると、もう質問には反応しなくなる。

 それでもフォルトは笑みを浮かべた。

 彼の望みは「俺を楽しませろ」、だ。学者としての好奇心からだが、宿主が死亡したら望みがかなわなくなる。

 つまり、天使に負けることはない。


(だが……)


 今回の戦闘は面倒である。

 シュン率いる勇者候補チームや遺跡調査隊がいるので、高位の魔法使いとして戦う必要があるのだ。

 死なないまでも演技しながら勝てるものなのか、と。


「とりあえず、こっちに来るまでは……。って!」


 天使が動きだした。

 その場から動かないのは変わらない。しかしながらその体を、フォルトのいる方向から変えたのだ。

 徐々にだが、横に向き始めた。


「まさかカーミラが狙いかっ!」


 天使は魔人に対してではなく、悪魔に反応したのだ。

 この場で悪魔は、リリスのカーミラだけである。彼女から『透明化とうめいか』は見破られると言われたが、木々に隠れながらでも発見されていた。

 相手が身内。しかも最愛の女性なので、フォルトの体はすぐに動いた。



【サモン・インプ/召喚・下級小悪魔】



 一瞬の判断だったが、フォルトは選択した。

 格好良く飛び出せば絵になったかもしれないが、選んだのは屋敷の養鶏場でも使っている下級悪魔の召喚である。

 これにはポロもあきれたようだ。珍しく自分から口を開いた。


「(戦力にもならぬインプを召喚するとはな)」

「うるさい!」

「(情けないが面白くもある。そうやって俺を楽しませろ)」

「ま、まぁいい。行け行け! 散開して天使の注意を引け!」

「「キィ!」」

「(くくっ)」


 それでも数は五十体。蜥蜴とかげ人族の集落で召喚したブラウニーと同数だ。

 これであれば皆が見てるので、なんとか言い訳が立つ。


「「キィキィキィ!」」


 召喚されたインプは、忠実にフォルトの命令に従う。

 左右に分かれるのはもちろんのこと、空を飛んで天使の頭上に向かう。醜悪な顔をゆがめながら、相手を嘲笑するかのごとく群がった。


「「悪魔殲滅せんめつ!」」

「「ギャ!」」


 インプの群れを捕捉した瞬間、天使は攻撃を開始した。

 やりを突き出して、射線上に入った何体かを吹き飛ばしている。そのうちの一体が、フォルトの隣に生えている木にぶつかった。


「うおっ!」


 魔人と言っても、動体視力が良いわけではない。

 一瞬にして飛んできたので、フォルトはビックリした。さすがに高速で飛んでくるものは視認できない。

 インプはズドンという音と共に、木の幹に大きなくぼみを作って地面に落ちた。とはいえ、体に穴が空いたわけではないようだ。

 よく見ると腹が陥没し、口から黒い血を流して絶命している。


「魔法じゃないだろうし、天使のスキルか?」


 フォルトは知らないが、これはターラ王国Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」のハルベルトが使った『槍衝撃そうしょうげき』である。

 インパクトの瞬間に衝撃波を出すスキルだ。天使が使うと威力が絶大で、神殿の入口を塞いだ岩を爆散させた。


(さすがはインプ。弱いが……)


 インプの推奨討伐レベルは、一般兵でも倒せるゴブリンに近い。天使の攻撃が当たれば、一撃で絶命してしまう。

 ただし、強みもあった。

 人間の子供より小さくすばやいうえに、火属性魔法の火弾を使える。初級なので天使に傷を負わせることはできないが、攻撃の的を絞らせないようにしていた。

 もちろん圧倒的な力の差があるので、所詮は一時しのぎか……。


「「キィキィ!」」

「悪魔殲滅!」


(やばい。数が減ってきた。カーミラは気付いてくれたか? 天使から遠くに離れれば感知できないと思うが……)


 広場の周囲は草木が生い茂っている。

 そのためフォルトからは確認できないが、カーミラとはツーカーの間柄だ。リーズリットやガラテアを見捨てて離れたかもしれない。

 とりあえず、インプが生贄いけにえになっている間は平気か。

 そして暫く天使の戦いを見ていると、待ちに待ったルーチェが現れた。


「主様、お呼びですか?」

「おっ! ちょ、ちょっと下がって」

「はい?」


 いきなりのフォルトの言葉に、ルーチェは首を傾げている。

 だが、それを説明している暇はない。彼女はアンデッドであり悪魔である。天使に発見されないか冷や汗ものだ。

 まずは一緒に、広場から遠ざかった。


「あ、主様?」

「もっと後ろにいるシェラとフィロを守れ」

「畏まりました」

「それと、カーミラの後は追うな。行け!」

「はっ!」


 ルーチェに簡単な命令だけを下して、フォルトは元の位置に戻った。作戦に変更が出てフィロは怒るかもしれないが、カーミラのほうが大切なのだ。

 そう思ったところで、フォルトはあることに気付いた。


(うん? 俺が行けばいいのか。面倒だが仕方ないな。ならもうちょっとだけインプを召喚して……)


 天使が狙っているのは悪魔なので、フォルトは対象外。

 ならばとインプを十体だけ召喚して、カーミラの後を追う。


「さて行くか」



【フライ/飛行】



 物ぐさなフォルトは、魔法でフワッと浮いて移動する。

 小太りのおっさんが飛びながら器用に木々を避けているあたりは、かなり絵面が悪いかもしれない。


「ちっ。インプ弱すぎ」


 移動中は戦闘を見ていないが、インプに伸びた魔力の糸が切れまくっていた。

 いくらすばやいと言っても、力の差は歴然である。すでに対応されて、数を減らしているようだ。

 そこで一つ、思念を飛ばす。


(ええい! 広場の外から天使の注意を引け!)


 天使に近づくから攻撃されるのだ。

 悪魔のカーミラを狙っているなら、悪魔のインプも狙うだろう。ならば近寄ってきたら逃げて、他のインプが注意を引けば良い。

 とにかく、時間を稼ぐことが寛容だ。


「あっ! おじさん!」


 フォルトが目的の場所に到着すると、アルディスが声をかけてきた。とはいえ、まず気にするのは彼女ではない。

 この場にカーミラがいないことを祈る。


「カーミラ! カーミラ!」

「………………」

「カーミラ!」

「お、おじさん? その娘なら原生林のほうに向かったよ?」

「そっ、そうか」


 カーミラは気付いてくれたようだ。アルディスの言葉にホッとしたフォルトは、改めて周囲を見る。

 リーズリットやガラテアは地面で横になって、シュンの信仰系魔法で治療を受けている。ギッシュとノックスは、神官ラキシスが治癒中だった。

 遺跡調査隊の面々も無事のようで、この場に集まっていた。しかしながら被害が出ているので、怪我人は多数いる。

 死亡者がいないことが幸いか。


「無事、なのか?」

「うん。いま治癒してるところだよ」

「生きてればいい」

「ところで天使と戦ってる魔物は何?」

「俺が召喚したインプだ。弱いからすぐ負けるがな」


 新たに命令を受けたインプたちは、広場から出て天使の注意を引いていた。

 頭上で手をたたく。地面に落ちている石を投げる。威力が低い火弾を撃つ。まるで相手を馬鹿にしたような安い挑発だ。

 効果のほどは分からないが、暫くすると天使が動かなくなった。

 これは興味深い状態だ。


(ふむふむ。どうやら天使は広場から出ないようだな)


 おそらくだが、天使はガンジブル神殿の守護者なのだろう。

 神殿に立ち入る者を排除する役割を担っていると、フォルトは結論付けた。ならば近寄りさえしなければ、天使から攻撃されることはない。

 だが、そう考えると……。


「ゴーレムみたいな奴だな」


 どうも生物とは思えない。

 決められたことしかできないロボットのようだった。仮に生物だとしても、思考を止めている。

 もしくは、使命を全うすることだけが生き甲斐がいか。


「よく分からんが、今のうちだな」

「そっ、そうね」

「しかし……」


 アルディスが首を傾げているが、フォルトには気がかりがあった。

 遺跡調査隊が天使から攻撃を受けたのに、シュンたちが襲われていない。無事に下がって、この場で治療にあたっている。

 それは、張本人に聞けば分かることか。


「おいシュン、なんでお前らは襲われていないのだ?」

「………………」

「シュン!」

「あ、えっとね。異教徒じゃないからだってさ」

「は?」


 シュンがフォルトの声を無視したので、アルディスが補足してくれた。

 天使は聖神イシュリルの使徒で、彼は聖神イシュリル神殿の神聖騎士。だから、天使に襲われないとの話だ。

 仲間をかばったので、他のメンバーは見逃されたらしい。あまりにも都合の良い内容だが、他に襲われない理由が見当たらない。


「まぁいい。あの天使は倒してもいいのか?」

「ちょっと! 天使を殺す気?」

「俺は信者じゃないからな。しかも調査隊を攻撃しただろ?」

「でっ、でも……」

「シュン、どうなんだ?」

「………………」


 再びシュンに問いかけたが、やはり無視された。リーズリットを治療中でも返事ぐらいはしてほしいものだ。

 そこでフォルトは彼に近づいて、肩に手を置いた。


「おい! 聞いてるのか!」

「………………」

「ア、アルディスよ。シュンは何をやっているのだ?」


 地面に座っているシュンは、なぜか気絶している。

 もちろんリーズリットの治療は進んでおらず、彼女はうめき声をあげていた。


「ちょっとシュン!」

「ぅぅぅ」

「ちっ。アルディス、他に治療できる奴は?」

「い、いないよ」

「ならお前はガラテア殿の応急手当をしろ」

「はい……」


 ここでフォルトは、アルディスに命令する。

 絶対服従の呪いをかけてあるので、彼女は素直に従った。まさかこの場で使うことになるとは思わなかったが、玩具にしておいて良かった。

 そして誰も見ていないのを確認して、シュンを対象にした魔法を使う。



【ウーンズ・トランスファー・カース/傷移しの呪い】



(まぁリーズリット殿は生きてるし、シュンでも耐えられるだろう。なぜ気絶してるかは知らんが、男なら女の傷を引き受けておけ)


 フォルトの呪術系魔法によって、リーズリットのうめき声が消えた。

 代わりにシュンの顔が歪むが、とりあえず気にしない。後でエレーヌかラキシスに治療させれば、多少は痛みも和らぐだろう。

 いま目覚めれば絶叫すると思われるが……。


「うん? なんだこれ?」


 そして、足元に奇妙な果物を発見した。

 食べかけのようなので、気絶の原因はこれだろう。とはいえ、いま考えるべきはそれではない。まずはシュンを転がして、リーズリットから遠ざける。

 そして、彼女が目覚めるのを待つのだった。



◇◇◇◇◇



 地面に座ったフォルトは、寝息を立てているリーズリットを見る。

 皮鎧かわよろいを着てズボンを履いているので、何の欲情も沸かない格好だ。なので、キャロルのようなメイド服を着せる。

 なかなか似合うようで、思わずほほが緩んだ。


「でへ」


 続けて、セレスのエロ仕様シンプルエルフセットを着せる。

 やはり同じエルフなのでよく似合う。履いてない状態がチラリズムを誘って、さらに頬が緩んだ。

 この服は量産して、エルフ族に配っても良いかもしれない。


「でへでへ」


 最後に、カーミラ用で作った三角ビキニを着せる。

 もう鼻血ものの格好だ。通報レベルになるほど頬が緩んだ。次に来る夏の日に合わせて、今までに知り合った女性を屋敷に呼びたくなった。

 もちろんこれは、フォルトの脳内アバターである。


「ぎゃああああああっ!」


 そして、ピンク色の脳内を破壊するような絶叫が木霊した。

 声の発生源はシュンである。魔力が多少回復したエレーヌから信仰系魔法を受けていたが、鳩尾みぞおちのあたりを抑えながら転げまわっていた。

 フォルトはそれを無視して、リーズリットの頬をでる。


「んんっ……」

「起きたか?」

「ふぇ? こ、これはフォルト殿!」

「痛みは無いか?」

「天使……。天使は!」

「今は動いていないな。俺が召喚したインプがくぎ付けにしてる」

「そうですか。はっ! ガラテア殿!」

「リ、リーズリット。目覚めた、か」


 ガラテアの治療も間に合ったが、天使の攻撃で負った痛みで顔を歪めている。

 今はラキシスの信仰系魔法で治療中だが、初級なので完治には至らない。しかしながら、天使の攻撃をまともに受けたはずだ。

 さすがは、エルフの里の守護者といったところか。鋭い目を天使に向けて、今にもリベンジに向かいそうだった。


(そういやガラテア殿は勇者級だと聞いたな。ティオと同じか。その割には……。魔力が高いからか? なら天使と互角かもしれんなあ)


 冷静に考えると、魔力の高さが強さのすべてではない。

 ベルナティオは〈剣聖〉として、剣技スキルが圧倒的に強い。逆に魔力はほとんど無く、魔法などは使えない。

 ガラテアは剣技が劣っても、魔力の高さや精霊魔法の種類で勇者級なのだろう。つまりはバランス型だ。

 広場の天使は分からないが、魔力については同程度のように感じる。攻撃を受けたのも不意打ちに近かったので、まともに戦えば互角かもしれない。

 そう思っていると、苦悶くもんの表情を浮かべたシュンが近寄ってきた。


「おっさん!」

「なんだシュン?」

「くそっ! 死ぬほど腹が痛てぇ!」

「俺が知るか!」

「なんなんだ、この痛みは!」

「さ、さあな。食いかけの果物が落ちてたぞ。腹でも壊したか?」

「うっ! と、とにかくだ! さっさと天使を倒せよ」

「は?」


 シュンの言っていることは支離滅裂だった。

 アルディスからだが、天使は聖神イシュリルの使徒だと聞いた。同じ神に仕える神聖騎士の言葉ではない。

 しかも、ガンジブル神殿に近寄らなければ攻撃されない状態だ。なぜゆえにフォルトが、天使を倒さなければいけないのか。


「倒す必要があるのか?」

「俺らを攻撃しただろ!」

「シュンは攻撃されてないだろ?」

「うっ! そっ、そうだけどよ」

「同じ神に仕えてるのだろ? 説得してみろ」


 今までの経緯から、あの天使はゴーレムに近いと思っている。

 そして、シュンは攻撃されない。知性があるならば、交渉の余地はあるだろう。もしくはガンジブル神殿の調査を諦めて、さっさと撤退するか。


「なら撤退しようぜ。ヒドラも来るしな」

「待て。おまえは神殿を調査したいのではなかったのか?」


 シュンは撤退を主張したが、リーズリットが怪訝けげんな顔で迫った。

 フォルトたちがガンジブル神殿に到着したときも、調査についてめていた。いきなり主張を変えるとは、彼女から移した傷は脳に達していたか。


「い、いや。作戦だと撤退だろ?」

「それを無視していたのはおまえだろうが!」

「心を入れ替えたのさ。やっぱり作戦通りにやろうぜ!」

「何を調子のいいことを……」


 リーズリットは怒り心頭だ。

 かき回すだけかき回して、結局振り出しに戻している。ならば最初から撤退していれば、フォルトたちが来る前に拠点に向かっていた。

 天使に攻撃されることもなかっただろう。


「馬鹿馬鹿しい! フォルト殿、我らは撤退します!」

「神殿の調査はいいのか?」

「現状では、ヒドラが来る前に終わらないと思います」

「ごもっとも」


 こればかりは仕方ないだろう。

 天使を排除する目途が立たず、遺跡調査隊に怪我人が出ている。短時間で神殿の調査を終えるなど不可能だ。

 そしてフォルトが同意したところで、ガラテアが口を開いた。


「リーズリット、すぐに撤退するのも無理だ」

「そっ、そうでした。怪我人の手当てが先ですね」

「あぁ。だが小川までは戻ろうか」


 ガラテアの言った小川とは、調査隊の拠点とガンジブル神殿の間に流れている川である。すぐ近くなので、怪我人がいても移動できる。

 これは、フォルトにとっても渡りに船だ。

 彼らがいなくなれば、身内と合流できる。現状では、シュンたちの能力情報より優先事項となった。


「リーズリット殿、悪いが俺は……」

「何か?」

「皆とバラバラに動いてしまったのでな。合流する」

「では何かありましたら、小川までお越しください」

「うむ。だが撤退する場合は、俺に伝えなくてもいい」

「よろしいのですか?」

「どのみちここでヒドラの討伐だ」

「分かりました」

「ではな」


 これ以上話すことは無くなったので、フォルトは飛行の魔法を使って移動を開始する。先ほどまでいた場所まで戻って、シェラやフィロと合流するためだ。

 もちろん警戒は怠らない。天使が神殿の敷地から出ないとしても、何かの拍子に変わる可能性もある。

 怠らないのはインプたちだが……。


「なんか疲れた」


 怠惰なのに動き回っているフォルトは、右手で後頭部をいた。

 もう一生分動いたのではないだろうかとも思うが、そのとき左腕に重さを感じた。先に愛しの小悪魔が戻ってきたようだ。

 フォルトは目を凝らして、彼女の『透明化とうめいか』を見破る。


「お帰りカーミラ」

「御主人様、戻りましたあ!」

「どこまで行ってたんだ?」

「魔界に逃げてましたよお。頃合いを見て出てきましたあ!」

「さすがだな。天使はインプたちが相手してる」


 今もインプは、天使をからかっている。しかしながら神殿の敷地から出ないので、ただ凝視しているだけだった。

 暫くは相手をしてもらって、カーミラの存在を隠してほしい。


「えへへ。御主人様は格好良かったでーす!」

「どこが!」

「インプたちのおかげで、カーミラちゃんは気配を消せましたあ」


 フォルトに悪魔の気配は分からないが、カーミラが消せたなら良しとする。

 それにしても、当初の計画からだいぶ逸れてしまった。ヒドラの討伐も面倒臭くなり、もう帰りたくて仕方がない。

 所詮は行き当たりばったりで決めた作戦か。思わず苦笑いを浮かべるが、彼女に面白そうな質問をされた。


「御主人様、何か変な果物を見なかったですかあ?」

「シュンの近くに落ちてたやつか?」

「そうでーす!」

「何か知ってるのか?」

「えへへ。知ってますよお」

「ほう。教えてくれるのだろ?」

「それはですねぇ」


 シュンが食べたであろう果物は、福音の果実と呼ばれているものだ。堕落の種と同様に、レベル五十になった人間の種族を変える。

 つまり、天使になるのだ。


「マ、マジか……」

「マジでーす!」


(シュンが天使にねぇ。イケメン天使とかどんだけ……)


 シュンの天使化。

 フォルトは彼に対して、コンプレックスを感じている。リーズリットを使って脳内アバターを楽しんだように、変な想像をしてしまう。

 天使の輪っかを頭上に浮かせ、白い翼を羽ばたかせて飛んでいるホストの姿。思わず目を覆いたくなった。


「御主人様?」

「い、いや。キラキラしすぎてちょっと……」

「えへへ。よく分かりませーん!」

「だよな。じゃあ広場の天使をどうするか」


 げんなりとしたフォルトは、脳内から天使化したシュンを追い出す。

 まずは目先の問題をどうするか、だ。


「ほっとけばいいと思いますよお」

「まぁ討伐対象ってわけでもないしな」

「なんならカーミラちゃんが倒しまーす!」

「勝てるの?」

「ぶぅ。あれは天使になった人間ですよお」

「え? そうなの?」

「天界の天使は、もっと魔力が高いでーす!」

「なるほど」


 悪魔王は堕落の種を使って、物質界に悪魔を作る。

 天界の神々は福音の果実を使って、物質界に天使を作る。

 どちらも強さはピンキリだ。とはいえ上級悪魔のカーミラが見るかぎり、広場の天使は弱い部類に入る。


(これは……。まさか……)


 ルーチェにしても、フォルトが下がってと言ったら首を傾げていた。

 それは、いきなりの言葉だからではない。天使の魔力を感知して、問題なく対処可能と認識したからだろう。

 そうなると、一人で慌てただけだった。


「穴があったら入りたい……」

「御主人様?」

「い、いや。まぁ後で決めるか」

「きゃ!」


 はっきり言うと、今は何も考えられない。

 それにしても情けない話だ。天使の強さを誤認して、フォルトは要らぬ心配をしてしまった。きっとポロは大笑いしているだろう。

 とりあえず面映ゆさを隠すために、カーミラの胸に顔を埋めるのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る