第427話 堕落の種と福音の果実1

 複雑な表情のシュンは、遺跡調査隊と一緒に岩を撤去中である。

 突然爆発が起きて、ガンジブル神殿の入口が塞がったためだ。リーズリットからは、わなではないかと言われている。

 本来なら彼女たちは、作戦通りに撤退する予定だった。


(くそっ、ムカつくぜ!)


 そしてシュンは作戦に反し、勇者候補チームだけで調査するつもりだった。しかしながら神殿で迎え撃つらしく、戦闘前に調査を終わらせるらしい。

 これについては、先ほど到着したフォルトからの指示だった。しかもリーズリットは快諾して、今に至っている。

 手のひらを返されたようで、無性に腹立たしくなった。


(みんなも調査に参加するが……)


 神殿の調査を行うかについて、勇者候補チームの面々で意見が分かれていた。

 それでめていたのだが、全員で調査することになった。だからこそシュンは、複雑な表情だったのだ。


「結局調査するんじゃねぇか」

「まだ言ってるのシュン? あ、そっち持って!」

「はいよ」


 シュンはぶつくさ言いながらも、アルディスと一緒に岩を運ぶ。

 基本的には、力のある者たちが担当する。とはいえノックスは、魔法で岩を砕いたりしていた。

 大怪我をしたラキシスは、大事を取って休憩させた。その彼女を治癒したエレーヌは、魔力が枯渇気味か。

 そしてギッシュは、遺跡調査隊に混じっていた。


「ギッシュは相変わらずだね」

「あいつはきっと、フェリアスの住人なのさ」

「あははっ! ゴリ人族だからね!」


 シュンはアルディスの笑顔に安堵あんどした。

 揉めていたときは喧嘩けんかに発展しそうだったが、今は冗談も交わせている。そもそも彼女は、友達思いでサッパリした性格である。

 エレーヌを気遣っているだけだろう。


「それにしてもよぉ。おっさんは働かねぇよな」

「絶対に寝てるでしょ?」


 フォルトは離れた場所で、三人の女性に囲まれている。しかも地べたで横になり、彼女たちの一人が膝枕をしていた。

 あの集団の対応をしたリーズリットからは、ヒドラ討伐の打ち合わせと聞いた。とはいえ誰が見ても、会話などしていないと思うだろう。


「ふざけやがって……」

「戦うのはマ、マリアンデールさんたちでしょ?」

「小せぇ魔族で十分だ。とりあえずお手並み拝見だぜ」

「拝見なんてしないわよ?」

「なんだよアルディス、せっかくだし見ようぜ」

「ヒドラが来る前に逃げるわよ!」

「おっさんが戦うかもしれねぇ」


 フォルトが情報を欲しがるように、シュンも情報が欲しかった。

 彼の戦闘を見たことがないのだ。アルディスの限界突破作業で幽鬼の森の奥地へ向かったときも、周囲の女性たちが戦っていた。

 実際、どの程度強いのか。

 弱いという認識は捨てている。とはいえ、剣術については素人のはずだ。デルヴィ侯爵の屋敷で試したときは、まったく反応できていなかった。

 そうなると、高位の魔法使いとしての実力を知りたいところだ。

 いずれ殺して、周囲の女性を手に入れるために……。


(今の俺ならよ。『聖域の盾せいいきのたて』で魔法には耐えられるぜ。問題は種類と威力だが、大したことがなけりゃ呼び出して……)


「ちょっとシュン、悪い顔してるよ」

「悪い顔って……。カッコイイだろ?」

「馬鹿なこと言ってないで、岩を下ろすわよ!」

「へっ! ちょっと休憩しようぜ」


 アルディスの顔が赤くなっているように見える。

 いつもの調子に戻ったシュンは、地面に下ろした岩に座った。


「はぁ疲れたぜ」

「まだ入口が見えないわね」

「ったく、あんな場所に罠なんか付けんなよ」

「ボクに言われてもね」


(シュン)


 このタイミングで、聖神イシュリルの声が届いた。シュンは反射的に、首から下げている聖印を握りしめる。

 神の声は脳内に直接響いているので、アルディスには聞こえない。


「シュン?」

「………………」


 急に黙ってしまったシュンに対して、アルディスは首を傾げている。

 だがそれを無視して、うつむきながら祈りをささげる。声の内容は断片的だが、どうやら何かが起こるようだ。

 とあるアイテムは、わざわざ探さなくても良い。


「やっぱり宗教にハマったでしょ?」

「実際に存在するんだからよ。信じときゃ何か恩恵があるぜ」

「やれやれね。なら無事に……、って!」

「な、なんだっ!」


 そして、二度目の爆発が神殿の入口で起こった。塞いでいた岩がすべて吹き飛び、撤去作業をしていた面々が巻き込まれる。

 扇状に爆散した石が彼らを襲って、ほとんどの者たちが地面に突っ伏した。


「ウ、ググ……」

「ナ、ナン、ダ……」

「げぼっ!」


 この爆発で、勇者候補チームに被害が出た。

 入口近くで作業していたギッシュは、腕に力を込めても立ち上がれずにいる。ノックスは少し離れていたとはいえ、石礫いしつぶてをまともに受けたようだ。

 シュンが目視したかぎり、遺跡調査隊にも被害が出ている。硬いうろこを持つ蜥蜴とかげ人族たちが軽症で、獣人族とドワーフ族のうち二名が重症か。

 リーズリットと男エルフは、少し離れていたので無事だった。


「アルディスはエレーヌとラキシスを連れて治療だ!」

「わ、分かったわ!」

「俺は入口に行く!」


 そしてシュンは、自らが運んできた岩に守られた。

 つまり無事なのだが、これは爆発が起こることを知っていたからだ。また撤去した岩は、入口の横に移動させていた。

 扇状に爆散したので、あまり石礫も飛んできていない。反射神経の良いアルディスも、なんとか岩の後ろに隠れられていた。


「無事な者は怪我人を連れて下がれ!」

「リーズリット!」


 シュンと同様に、リーズリットと男エルフが入口に近づいていた。

 周辺では土煙が舞っているとはいえ、人物を見分けられる程度の薄さだ。


「おまえも無事だったか」

「これも罠かよ?」

「違うな……」


 そう答えたのは男エルフだ。

 名前は聞いていないが、相当な使い手だと思われる。勇者候補チームが敗北したローパー戦では、風の精霊魔法で助けてくれた人物だ。

 鋭い視線を神殿の入口に向けて、怪我人を守るように前へ出た。


(ちっ。気付きやがったか?)


 二回目の爆発は、一回目の爆発とは違う。

 一回目は、ガンジブル神殿の上にある崖の一部が爆発したのだ。岩が落ちてきて、入口を塞いでしまった。

 そして二回目は、石礫が扇状に飛んできた。

 これは、神殿の内部から爆発させた現象だ。しかも爆薬や魔法の類ではなく、内部から何らかの衝撃を与えたものだろう。


「中に誰かいるぞ!」

「急げ! 急いで下がれ!」


 リーズリットは男エルフの斜め後方に立って、怪我人に指示を出した。何者がいるにせよ、現状では入口から離れたほうが良いとの判断だ。

 怪我の度合いが低い者は、地面に倒れている仲間を引きずっていく。

 その中には、ギッシュやノックスも入っていた。


「お前は前に出るなよ?」

「あ、ああ……」

「少しずつ下がれ」


 何者がいるか知っているシュンは、男エルフに相槌あいづちを打った。

 神殿の入口からは、すぐに地下へ続く階段になっている。外から見た内部は暗闇に包まれており、土煙も待っているので視線を遮断していた。


「ちっ。人型だな……」


 ジリジリと下がっていると、階段を上ってくる何かの影が土煙に映った。男エルフが言ったように、魔獣や魔物と一目で分かる形ではない。

 ギッシュよりも、一回りほど大きいか。


「敵か?」

「分からんが、こんな神殿の中にいる奴ではな」

「確かに……」

「何者だ!」


 男エルフが誰何すると、人影は動きを止める。

 そして手に持った何かを振り払うと、風圧で土煙が飛ばされた。


「「なっ!」」


 人影の正体を見た全員が絶句する。

 有翼人のように見えるが、それは翼があったからだ。まるでホルンのような白い翼だが、その形状はかなり違った。

 黄橙色おうとうしょくのフルプレートメイルで身を固めて、右手には同様のやりを持っていた。フルフェイスヘルムを装備しているので、表情はさっぱり分からない。


「まさか……」


 そして一番特徴的なのは、頭上で輝いているものだ。発光しているそれは、輪っかの形をして浮いていた。

 男エルフは知っているようだ。


「天使か!」

「聖神ノ聖域ヲけがス者ドモニ告グ!」


 神殿の周囲に、重厚感のある声が響く。

 声音は男性だが、心に深く響くものだった。裁判官が罪人に対して、厳かに判決を言い渡すときの雰囲気を醸し出している。

 ただし、人間やエルフのような声ではない。ある意味では、人ならざる者が発する声だった。

 シュンは一瞬だけ身震いして、腰に差してある剣を引き抜いた。


(現地勇者か……)


 勇者ガンジブル。

 その名が登場したのは、今より千年以上も前である。当時は勇者召喚など執り行われておらず、イービスで生まれて成長した勇者だ。

 聖神イシュリルに功績を認められ、神の使徒になった人間である。とはいえガンジブル神殿と指すように、人間が崇める存在として神格化された。

 もちろんこの伝承は、シュンが知るところではない。いや、本すら無かった時代なのだ。一部の者を除いて、現在では完全に廃れている。

 天使の名前は、聖神イシュリルから断片的に伝えられていた。


「異教徒殲滅せんめつ!」


 男エルフに顔を向けた天使は、目で追えないほどの速さで槍を突き出した。

 すると、先ほどの爆発と同じような音がした。スキルだと思われるが、男エルフは避ける間もなく吹っ飛ばされる。

 そして大木にぶつかり、崩れるように地面に倒れた。幹に作られた大きなくぼみが、その威力を物語る。


「ぐぼっ!」

「ガラテア殿!」


 リーズリットが悲鳴にも近い声を発し、男エルフに顔を向ける。しかしながら、その無防備な状態を見逃す天使ではなかった。

 フルフェイスマスクからのぞく目が光る。


「きゃあ!」


 天使が再び槍を突き出すと、リーズリットに同様の道を辿たどらせた。ガラテアと呼ばれた男エルフと折り重なるように、地面へ横たわってしまう。

 続けて槍を横に振るうと、風を切り裂く音を出した。それは遺跡調査隊の面々を、まるで掃除をするかのごとく遠くへ吹き飛ばした。


「異教徒殲滅!」

「やめろ!」


 次に天使は、アルディスが走った方向へ顔を向ける。

 だからこそシュンは、大声を出して立ちはだかった。


「シュン!」

「行けっ! 早く治療させろ!」

「でも!」

「いいから! 俺は異教徒じゃねえ!」

「わ、分かったわ!」


 天使の装備しているフルプレートメイル。

 その胸部に描かれているものは、聖神イシュリル神殿の紋章である。亜人の遺跡調査隊が異教徒だとしても、シュンにとっては味方なのだ。

 聖神イシュリルの声に、信徒は傷つけないとの言葉があった。


「聖神ニ認メラレシ者」

「そうだ」

「受ケ継グガヨイ」


 天使が左手を開くと、何かを地面に落とした。

 そしてすぐに後ろを向き、槍の柄を地面に突き立てて動きを止めている。ならばとシュンは、地面からアイテムを拾い上げた。


「悪魔ノ臭イ」

「は?」


 背を向けた天使の声は、よく聞こえなかった。

 それでもシュンは、少しだけうつむいてほくそ笑む。天使が見据える視線の先には、自身が知っている人物がいたはずだ。

 欲していた情報が手に入るかもしれない。もしくは、この場で始末してくれる可能性もあるか。

 もちろん助ける気は毛頭ない。むしろ一歩二歩と天使から離れて、アルディスたちと合流するために下がるのだった。



◇◇◇◇◇



 女性のシルエットをした影が、前後に行き交う道。

 そこを一人で歩いていたフォルトは、行き止まりらしき場所に扉を発見する。引き戸になっているそれには、窓ガラスが付けられていた。とはいえ型板ガラスなので、中はぼやけている。

 それでも、何人かの影を確認できた。


「ゴク……」


 フォルトは唾を飲み込んで、ゆっくりとドアノブを回す。

 どうやら鍵はかかっておらず、ギィという音と共に扉が開いた。すると白光が周囲を照らしたので、ビックリして目を閉じた。


「「きゃあ!」」


 そして女性たちの悲鳴が、フォルトの耳を襲った。

 これにもビックリしたので、今度は急いで目を開ける。


「おおっ!」


 面前に広がるのは、絶景とでもいうべき花園だった。

 魔法学園の制服を脱いでいる途中の女性。下着のズレを直している女性。他にもふざけ合って、スキンシップをしている女性たちもいた。

 ただし、これらもすべて影だった。


「あ、あれ?」


 フォルトの頭上に、クエスチョンマークが浮かぶ。だがそれも束の間、一番近くにいた影に手を握られた。

 そして、一気に室内へ引き入れられる。


「えへへ。早く着替えてくださーい!」

「カ、カーミラか?」


 フォルトを引き入れた女性は、魔法学園の制服を着たカーミラだった。

 なんとも新鮮だが、彼女は影だったはずだ。とても不可解なので、顔を上げて周囲を見渡した。


「女子更衣室に入ってくるなんて、貴方は死にたいのかしら?」

「フォルトぉ、そういうことは寮に戻ってからよお」


 ふざけ合っていた女性の影が、マリアンデールとルリシオンに変わった。

 彼女たちも、魔法学園の制服を着ている。やはり不可解だが、この光景にフォルトのほほは緩んでしまう。

 そして他の影も、次々と身内の姿に変わった。


「やばい、鼻血が……」


 フォルトの周囲に身内たちが集まる。すると、一瞬にして光景が変わる。

 今度は椅子に座りながら、机に頬を付けていた。


「はぁ……。良いものを見た」


 光景が変わっても何のその。

 それに意識が向かず、フォルトは目を閉じて花園を思い浮かべた。


「御主人様、起きてくださーい!」

「カーミラか。もうちょっと待って。今いいところ……」

「駄目でーす! 急いで起きてくださーい!」

「うぅ……」


 カーミラの頼みなので、フォルトはゆっくりと目を開ける。

 同時に手を動かして、彼女の太ももを触った。


「御主人様!」

「はへ?」

「魔人様、また爆発が起きましたわ」

「フォルト様、寝てる場合じゃないですよ!」


 魔法学園の制服を着ていたカーミラは、ボロいローブを着ていた。

 周囲を見ると、シェラとフィロがいる。この二人も同様だったはずだが、白衣とバニーガール衣装に変わっていた。

 いや。戻ったが正解か。


「な、なんだ夢か」

「御主人様、とにかく隠れますよお」

「隠れる?」

「急いでくださーい!」


 フォルトが上体を起こすと、カーミラに腕を引っ張られて立たされた。続いて木の後ろまで連れていかれ、ガンジブル神殿の入口を見るように促される。

 何が何やら分からないが、とりあえず言われたとおりにした。すると、遺跡調査隊の面々が地面に倒れているではないか。


「な、何が起こった?」

「ですから、また爆発が起きましたあ!」

「カーミラがやったのか?」

「違いまーす! 神殿の中に何かいるようですねぇ」


 カーミラの言葉で、フォルトの意識が鮮明になった。確かにあの場に残っているよりは、こうやって隠れるべきである。

 まずは現状を把握するために、木の後ろから顔を出して観察する。

 土煙が舞っているので、神殿の入口近くはよく分からない。とはいえリーズリットやガラテアは無事のようで、何やら指示を出している。

 シュンも無事だが、他の面々が見当たらない。気になったのは、彼らがジリジリと入口から離れているところか。

 おそらくだが神殿の内部から、何かが出てくるのだと推察する。


「大変なことになってるな」

「魔人様、どうしますか?」

「調査隊の皆さんを助けないと!」


 フィロの意見は当然だが、今のところ助ける気はない。状況を確認中であり、身内の安全が最優先なのだ。

 それに爆発の瞬間を見ていないので、他で起こる可能性も否定できない。


「あの三人が無事なら平気ではないか?」

「他の皆さんは倒れています!」

「怪我をしているようだが、なんとか動けてるみたいだぞ」

「ですが!」

「とりあえず待て。いま魔力探知を広げる」


 フォルトは魔力探知を使って、神殿の入口から奥を探る。

 内部の造りは分からないが、地下から上ってくる何かを感知した。しかも魔力が高いようで、今まで遭遇した生物の中でも相当高い。

 現状だと、魔力を抑えていないカーミラよりは低いか。


「やばいのがいるようだな」

「みたいですねぇ。でもこの感じは……」

「カーミラに心当たりがあるのか?」

「うーん、うーん、うーん」


 カーミラは顎に人差し指を当てて、可愛らしい仕草で考え込んだ。

 フォルトは撃沈寸前だが、頬を緩ませながらも回答を待つ。


「多分ですねぇ。敵でーす!」

「なにっ!」


 フォルトたちの敵。

 まったく心当たりは無いが、カーミラは断言した。ならば敵と認識して、この場をどうするか考える。


(敵なんて思い浮かばないが、先制攻撃で一気に倒すか? いや、状況をもっと確認してからだな。どんな敵か分からないことには……)


 慎重派のフォルトは、この場での待機を選択した。

 敵だと決めつけたとしても、相手を知らないうちに動きたくはない。魔人と知られるわけにはいかないので、高位の魔法使いとして対処する必要があるのだ。

 何やら面倒臭いことになったが、まずは様子を観察する。


「あの魔力だと、シェラとフィロは危険だな」

「そうですねぇ。でも二人だけで逃がすと危ないですよお」

「だな。マリとルリがいないし……」


 カーミラの作戦が裏目に出たようだ。

 マリアンデールとルリシオンは、明日の昼まで戻ってこない。とはいえ、このような事態になるとは想像もしていない。

 とりあえずは、「早く戻ってこい」と祈っておく。


「さて、何が出てくるのやら……」


 突風が吹いたようで、神殿の入口に舞っていた土煙が払われた。

 リーズリットとガラテアは正面に立ち、シュンは斜めにズレていた。もしかしたらヒドラと戦わせる前に、彼の能力情報が手に入るかもしれない。

 そう考えていると、神殿内部から何かが現れた。


「あれはまさか!」

「「ええっ!」」

「御主人様! 天使ですよ!」


 カーミラの言葉がすべてである。

 白い翼を持ち、頭上に発光した輪っかを浮かせた者。フォルトが知っている天使の姿とうり二つだった。

 ただし、がっしりした体格の男性に見える。


「女じゃないのか」

「魔人様、そこですか?」

「冗談を言ってる場合じゃないですよ!」


 シェラはあきれて、フィロからは抗議の声があがる。

 実際のところ、長考している時間もなさそうだった。


「あ、うん。確かに敵だな」


(俺の称号は「神々の敵対者」で、カーミラは悪魔のリリス。出会ったら戦いは避けられないか。ならいっそ、全員で逃げる? でもなぁ)


 フォルトは自身をチキンと言ってはばからない。

 この場はさっさと逃げたいところだが、リーズリットやガラテアを見捨てるのも忍びない。他の面々は良いとしても、大切なセレスの知人である。

 エルフ族は、同族を家族だと認識している。人間と違って種族のきずなが深いので、二人を見捨てると悲しませることになるだろう。


「エルフ族も神と敵対してるのか? って!」


 フォルトが疑問を呈したところで、天使が動きだした。

 何かを口走ったようだが、残念ながら聞き取れていない。しかしながら槍を突き出して、ガラテアを吹っ飛ばした。

 そしてリーズリットも、同様の道を辿っていた。


「ちっ。カーミラは『透明化とうめいか』で消えて彼女たちを!」

「見破られますよお」

「他の奴らに見られなきゃいい。木に隠れながらな」

「はあい!」


 カーミラはすぐさま行動に移した。広場に出ると天使が襲ってきそうなので、迂回うかいしてもらったほうが安全だろう。

 その間にも天使の三撃目で、遺跡調査隊の面々が吹っ飛ばされた。


「モタモタしてられんな。シェラとフィロは……」

「私たちもカーミラさんの後を追いますわ!」

「危険すぎる!」

「フォルト様、応急手当が必要ですよ」


 カーミラは悪魔なので、信仰系魔法が使えない。

 シェラも堕落の種を食べたため使えないが、フィロはレンジャーである。野外活動のスペシャリストとして、応急手当はお手のものだ。


「分かった。ルーチェを呼んでおく」


 ルーチェは現在、リリエラを護衛している。とはいえ、おっさん親衛隊の戦いは終わりが見えていた。

 フォルトの眷属けんぞくの中では一番近くにいるので、呼び出せばすぐに来るはずだ。観戦場所も、ヒドラから逃げられるような位置だった。

 キャロルもいるので大丈夫だろう。


「ルーチェさんが来てからですか?」

「もちろんだ。どちらが大事かは決まっているからな」

「ふふっ。ありがとうございます」


 魔界を通ってくるので、そこまで時間はかからない。

 フォルトから伸びた魔力の糸も、ルーチェが近づいていると示唆している。ならばと天使を見ると、シュンと対峙たいじしていた。


「あいつ、死んだか?」


 フォルトが考える勇者候補チームの重要度は、この場にいる誰よりも低い。はっきり言うと、蜥蜴人族より下である。

 その中でも少し高いのが、ギッシュとエレーヌか。アルディスについてはレイナスが気に入ったようなので、同列として扱っても良いだろう。

 残りの三人については、自分が手を下さなければ死んでも構わない。


「くそっ! こっちを向いた。二人は下がってろ!」

「「はいっ!」」


 広場から出ているので、天使との距離はある。

 だがどう考えても、フォルトたちを認識した行動だ。持っている槍を構えながら、こちらを凝視しているように見える。

 シュンを襲わないのは不思議だが、そんなことを考えている暇はない。まずはシェラとフィロを下がらせて、いつでも飛び出せるように身構えるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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