第426話 ガンジブル神殿の戦い3

 まるで雲の上ようなフワフワした場所で、男性は眠りについていた。

 名前を呼ばれた気がして、少しずつ起き上がろうとする。にもかかわらず、体が動かず目も開かない。

 もちろん周囲は見えないが、海のように意識が広がっていく。まるで夢の中を泳いでいるような、とても不思議な感覚だった。

 そして、忘れることのできない声が意識の中に入ってきた。

 判断してくれる者。解決してくれる者。そして、自分を救ってくれた者。

 偉大なる一柱の声だ。


「目覚めましたか?」

「ぁぁぁ」

「言葉にせずとも良い」

「………………」

「あなたの成すべきこと。受け継がれるもの」

「………………」

「役目を果たしたとき、冥界へ旅立ち輪廻りんねの理に戻ります」

「………………」

「また私のため、人間になることを許可します」

「ぉぉ」


 イービスという世界の内には、小さな世界が存在する。

 そのうちの一つが冥界である。他にも天界や魔界、または精霊界。もちろんフォルトやシュンがいる物質界も同様だ。

 そして物質界であれば、生物が死亡すると肉体は土に返る。しかしながら魂は、冥界に集まるのだ。冥界神の選別を経た魂は、再び物質界で成長する何かとなる。

 何かとは人間に限らず、昆虫や草木なども該当する。これについては、何に生まれ変わるか分からない。

 これが、輪廻の理である。

 それを偉大なる一柱は、次回も人間に生まれ変わらせてくれる。


「心を安らかに。私の勇者よ」

「………………」


 偉大なる一柱の声が消えた。次に目覚めるのはいつだろうか。

 そのときはまた、光の使徒として戦える。そう思った男性は意識を手放し、深い眠りについたのだった。



◇◇◇◇◇



 シュンは憤っていた。

 ガンジブル神殿前に巣くっていた体液らいを倒したのだ。もう障害になるものはなく、予定通り調査に入れる段階である。

 そのときになって、有翼人が伝令を持ってきた。

 戦士隊に勝利した三本首のヒドラが、こともあろうに神殿へ向かっている。作戦通りに撤退して、安全を確保しろとの内容だ。

 当然のように遺跡調査隊は、作戦を遵守するつもりだった。


「ふざけるな! もう目と鼻の先じゃねえか!」


 リーズリットに対して怒鳴ったシュンは、我慢の限界だったのだ。

 事前調査の結果を持ち帰るために、蜥蜴とかげ人族の集落に戻った。また魔物を避けるために、相当な遠回りをしている。

 もう、うんざりなのだ。


「撤退の可能性は示唆したはずだぞ!」

「知るか! もう俺らだけで調査するぜ!」

「馬鹿を言うな! 死にたいのか?」

「危険なんてねえんだ! 神殿の入口を見ろ!」


 シュンが指し示したガンジブル神殿の入口。

 人間が何人か並んで通れるぐらいの広さしかないのだ。ヒドラが来たところで、どうやっても中に入れない。

 ここは調査しながら、脅威をやり過ごしてしまえば良い。居座るようなら、この場から戦士隊が釣りだすだろう。

 その間は神殿の中で、ジッとしておけば問題ないはずだ。


わながあったらどうする気だ?」

「神殿にか? 迷宮じゃねえんだぞ!」

「魔物が巣くってるかもしれん」

「リキッド・イーターがいたじゃねえか! もういねえよ」

「何百年前の神殿だと思っている!」


 リーズリットとしては、ガンジブル神殿は未調査なのだ。

 価値のあるものが残っていた場合は、罠付きで隠されているのが一般的である。もしも入手するならば、それを解除しないといけない。

 また草木で入口が隠れるほどの年数が経っている。地下を好む魔物が巣くっていてもおかしくはない。

 やはり危険を想定して、慎重に調査するべきなのだ。


「だから知らねぇよ! 誰がなんと言おうと、俺らは中に入るぜ!」


 だが、シュンとしては違う。

 さっさと神殿を調査して、聖神イシュリルの神命を達成したいのだ。もう十分に我慢した。入口も目の前にある。

 それに、あれだけ強かった体液喰らいの縄張りだった。神殿の中に魔物はいないはずだ。罠があったとしても、完全にさびついていると思われる。


「おまえの話はすべて希望的観測だな」

「だからどうした?」

「そんなものに調査隊の命は預けられん!」

「だから俺たちだけで入るって言ってんだろ!」


 話は平行線である。

 これ以上の問答をしたところで、シュンはガンジブル神殿に入るつもりだ。ならばときびすを返して、仲間のところに歩き出した。


「待てっ!」

「もう話すことはねぇよ。撤退するなら撤退しろ!」


(ちっ。リーズリットの分からず屋め。もう入口が見えてるじゃねえか。なんでここで撤退するんだよ? フェリアスの奴らは頭がどうかしてるぜ)


 シュンは後ろをチラッと見るが、リーズリットは追いかけてこない。

 伝令の有翼人や遺跡調査隊の面々を交えて、何やら話を始めた。内容は分からないが、引き留めるつもりはないようだ。

 それもムカつくのだが、とにかく遺跡に入る準備をしないといけない。


「まためごとかよ」

「うるせぇなあ。ほら、遺跡に入る準備をしろよ」


 ギッシュがあきれ顔で首を振っている。とはいえリーズリットとの対立は、今に始まった話ではない。

 遺跡調査の準備としては、拠点で補給した荷物を預かっていた。

 中身はランタンや火打石、ほこりを払う刷毛などの細かい道具だ。かさばるものだと折り畳み式のシャベルがあった。

 食料は各自で持ってきているので、切り詰めれば数日分になる。


「ちょっとシュン、すぐに入るつもり?」

「もちろんだぜアルディス。道具はあるだろ?」

「戦闘したばかりだし、ラキシスさんが怪我したんだよ?」

「魔法で治ってるだろ。なあラキシス」

「だ、大丈夫です。自分でも治せますので……」

「ほらな」


 シュンも最大の防御スキルを使ったので疲れている。しかも体液喰らいは強かったので、かなり精神をすり減らしていた。

 それでも休憩するなら、ガンジブル神殿の中でも構わないだろう。階段になっているのだから、そこで腰を下ろしても良い。

 とにかく中に入ってしまうことが先決なのだ。

 そう考えていると、ノックスが問いかけてきた。


「ねえシュン、あの有翼人は伝令だよね?」

「ヒドラが神殿に向かってきてるんだとよ」

「ちょ! なら逃げないと駄目じゃないか!」

「なあに、ヒドラってのはでけぇんだ。中には入れねぇよ」

「作戦では撤退だよね?」

「そりゃ神殿にいたら、だろ? いねぇじゃねえか」

「そうだっけ?」


 作戦では両方だが、シュンは片方だけを強調した。

 ノックスはチームの頭脳として役に立っていても、かなり流されやすい性格だ。疑問に思っても強く言えば、そちらを正解と思って調子を合わせる。

 自分の子分や弟分であれば、優良な人材だった。


「ね、ねぇシュン、ちょっといい?」

「なんだエレーヌ?」

「リ、リーズリットさんたちも入るのよね?」

「あいつらはいつものコースだよ」

「え?」

「周辺の調査だな。ヒドラにビビりすぎだぜ」


 遺跡調査隊は、何かにつけて散開して周辺の調査を行っていた。

 それについて揶揄やゆしたのだが、シュンはうそも吐いた。リーズリットたちは周辺の調査をしないで、この場から撤退するのだ。


「か、彼女たちは専門なんだから任せようよ」

「はあ? なに言ってんだよ」

「ヒドラが来てるんでしょ?」

「すぐに来るわけじゃねぇ。途中で寝てるとよ」

「お、起きたら来るってことでしょ?」

「さあな。引き返すかもしれねぇよ」

「で、でも危険なことはしないって言ったよね?」

「俺がいるんだ。危険なんてねぇぜ」

「………………」


 シュンはエレーヌの態度にイラっとする。

 それでも確かに言ったので、無理に連れていくこともないか。神殿の内部構造は分からないが迷宮ではないのだ。

 リーズリットからは、エルフの里の神殿に近い構造なら広くないと聞いていた。ならば、少人数で良いだろう。


「なんだよ。信用できねぇのか?」

「ご、ごめんなさい。でも……」

「俺は勇者になるために、危険に飛び込む必要があるぜ」

「そ、そうよね」


 シュンは貴族として上を目指して、勇者になることも目指している。

 それは全員に伝えてあるので、エレーヌも理解してるだろう。彼女の戦いが怖いという話も分かるため、ここは分別ある男性を演じる。


「ならエレーヌは、リーズリットと一緒にいろよ」

「え?」

「あいつらと一緒なら安全さ」

「いいのかしら?」

「構わねぇよ」


 ホストスマイルを浮かべたシュンは、エレーヌの肩に手を置く。

 すると、彼女との会話を聞いたアルディスも残ると言い出した。


「ギッシュとノックスだけを連れていけばいいんじゃない?」

「は? さすがに三人じゃ少なすぎるだろ!」

「遺跡について分からないボクが行っても意味ないよ?」


 なんということだろう。

 神殿に入れる状態なのに、アルディスが同行しない。彼女はエレーヌと違って、勇者を目指している。多少の危険は覚悟してるはずだ。

 確かに友達として、一人だけ残すのは気が引けるかもしれない。とはいえ恋人なのだから、一緒についてきてほしい。

 もちろんシュンは別れるつもりがないので、穏便になだめようとする。


「いやいや。調査中は周囲を警戒して欲しいんだが……」

「ギッシュがいるじゃん」

「俺も行かねぇよ」


 続いてギッシュも、神殿の調査に参加しないと宣言した。

 仲間内でシュンに同意しているのは、ノックスとラキシスだけとなった。


「なに言ってやがる!」

「俺は神殿に興味はねぇ。未知の魔物と戦いに来たんだぜ?」

「そりゃついでだろ!」

「ついでじゃねえ! そっちが本命だぜ!」

「なら戦っただろ! 手伝え!」

「ふざけんな! テメエがあの姉ちゃんと一緒に入ればいいだろ!」


 言葉は乱暴だが、ギッシュの言葉は正論だ。

 エレーヌが言ったように、リーズリット率いる遺跡調査隊はプロフェッショナルである。勇者候補チームは、彼女たちの護衛なのだ。

 当初は遺跡攻略で仲間に提案したが、すでに状況が変わっていた。彼の目的だった未知の魔物との戦闘は経験したので、もう満足している。

 そして、ノックスが最後の決定を迫った。


「ちょっとシュン、もう決めないとヒドラが……」

「分かった。なら俺と……」


 そこまで口に出した瞬間だった。

 黒い光の線が、ガンジブル神殿の入口に収束する。

 そして物凄い爆発音が、周囲に響き渡った。


「なっ、なんだ!」


 もちろんシュンは、一部始終を見たわけではない。

 それでも爆発音のした方向へ顔を向けると、神殿の入口で土煙が舞っている。何が起きたのかよく分からないが、一瞬だけ黒くて細い尻尾を見た。

 そして土煙が晴れると、ガンジブル神殿の入口が岩で塞がれているのだった。



◇◇◇◇◇



 爆発音を聞いたフォルトは、シェラと手をつなぎながら移動を開始した。

 目的地はガンジブル神殿で、フィロが木の枝を渡って先行している。ローゼンクロイツ家が到着することを知らせるためだ。

 マリアンデールとルリシオンは、とある仕込みを行っている最中だった。


「魔人様は大丈夫ですか?」

「え?」

「気疲れしていませんか?」


 シェラの心配は、フォルトが抱える引き籠りの弊害についてだった。

 このような気遣いをできるところが、彼女の良いところだ。女医さんスタイルも相まって、カウンセリングを受けている気持ちになれる。

 日本であれば恥ずかしいので、そういったものは敬遠していた。とはいえ彼女であれば、ホクロの位置まで分かる間柄だ。

 恥ずかしいことなど何もない。


「ははっ。だいぶ改善されてるからな」

「はい。フェリアスに来てよく分かりましたわ」


 シェラを含む魔族組とは、ターラ王国から一時帰還したときしか会っていない。改善していると伝えてあるが、実際に目の当たりにして安心したようだ。

 それでも、時間制限付きだったりする。


「でもシェラの気遣いは素直にうれしい」

「ふふっ。どちらの魔人様も好きですわ。ちゅ」

「でへ」


(シェラとのデートプランは、まだ考えていないんだよな。彼女は大人っぽいから、やはりアルバハードか?)


 帝都クリムゾンでは、ソフィアとデートした。その関係でフォルトは、身内と二人きりのデートを計画している。

 今までもやっているのだが、森の中の散策が主だった。色々と改善しているのだから、ここは町に出ても良いだろう。

 そんなことを考えていると、カーミラが戻ってきた。


「御主人様! やってきましたあ!」

「お帰りカーミラ。うまくできたか?」

「時間をかければ岩をどかせまーす!」


 カーミラから提案された作戦の一環だ。

 手始めにガンジブル神殿の入口を塞いで、中に入れなくする。『透明化とうめいか』で近づいた彼女が、闇属性魔法で崖を爆破したのだ。

 完全に塞がないところが肝である。


「ふむふむ。フィロは間に合ったかな?」

「途中ですれ違ったので、いま引き留めてると思いますよお」

「なら急ぐか。あまり間を空けるとな」

「はあい!」


 次に肝となるのが、勇者候補チームや遺跡調査隊を撤退させないことだ。

 これはフォルトとシェラの役目だが、他人との会話は時間制限付きである。面倒になって疲れたところで、彼女と交代してもらう。

 とりあえずカーミラに先導してもらって、ガンジブル神殿を目指す。


「あそこか……」


 暫く原生林を進んでいると、視界が開けてくる。

 螺旋状らせんじょうの模様がある柱が何本も見えて、人の声も聞こえてきた。


「あ、リーズリット様。フォルト様がお見えになりました」


 気配をいち早く察知したフィロが、後ろを向いて女エルフに促した。

 彼女については、作戦会議で見かけた程度だった。フォルトにとってエルフ族は正義だが、リーズリットも琴線に触れる女性である。

 ほほが緩みそうになるが、せき払いをして真面目な顔に戻す。他にも遺跡調査隊の隊員が二十名ほどいるので、ローゼンクロイツ家当主として偉そうにする。


「んんっ! お初にお目にかかる。フォルト・ローゼンクロイツだ」

「遺跡調査隊の隊長リーズリットです。以後お見知りおきを……」

「リーズリット殿、簡単ではあるがフィロが説明したと思う」

「こちらに向かっているヒドラを討伐していただけるとか?」

「いま俺の身内が釣りだしに向かっている」


 マリアンデールとルリシオンの役目。

 それは途中で寝ているヒドラを、ガンジブル神殿まで引っ張ってくることだ。戦いの場を神殿と定めて、勇者候補チームと戦わせるためだった。とはいえ、肝心の彼らが近くにいない。

 離れたところで、何やら打ち合わせの最中だった。


「ところでリーズリット殿、あいつらは何をしてるんだ?」

「あの人間たちのことですか?」

「うむ。何の話をしてるかは知らんが、俺に気付いてないし……」

「神殿の入口が塞がったことが原因でしょう。揉めているようです」

「さっきの爆発音のことか?」

「何かがいたわけではないのですが、いきなり爆発したのです」

「うーん。罠でも作動したのではないか?」


 未調査の遺跡などには罠がある。

 これが、カーミラの起こした爆発に対する辻褄つじつま合わせだ。事前に決めてあった内容だが、リーズリットは首を縦に振っている。

 このあたりは、リリスとしての悪魔的思考が入っていた。神殿の近くに敵対行動をとるような何かはいないので、一番可能性が高い話をすれば良いらしい。

 人の思考を誘導するための、心理的なテクニックの一つだ。


「合点がいきました。では早急に撤退したいと思います」

「いや。それはちょっと待ってくれ」

「え?」


 ここで撤退されたら意味がない。

 そこでガンジブル神殿に留まらせるため、これも準備していた話をする。うまく誘導できるかは分からないが、カーミラは大丈夫だと言っていた。


「先ほど、ヒドラを釣りだしに向かったと言った」

「はい」

「戦場はここだ!」

「なっ!」

「さっさと調査しないと、神殿が潰れるかもしれん」

「き、聞いていません!」


 リーズリットが知らないのは当然だ。

 もちろん、作戦会議で決められた話ではない。しかもローゼンクロイツ家が対処すると決めたのは、つい先ほどだった。

 彼女はあたふたしているが、隣の男エルフが口を開いた。


「ヒドラが来るまでの時間は?」

「お前は?」

「リーズリットの補佐に付けられたガラテアです」

「ほう。確かエルフ族戦士隊の六番隊隊長だったか?」

「セレス様からですか?」

「うむ。あいつらの世話も大変だな」


 遺跡調査隊の目的と〈風精〉ガラテアのことは聞いている。

 その話を教えてもらったときは、アーシャと一緒に笑ってしまった。彼女は先に聞いていたらしいが、もう笑いのネタになっているようだ。

 とりあえず、ヒドラを連れてくる時間も決めてある。


「明日の昼までだ」

「ならば今から岩を撤去すれば……」

「少しは調査できると思うぞ」

「分かりました。リーズリット、聞いたとおりだ」

「はっ! あまり時間は無いですが、急いで作業を開始します」

「悪いのだが、俺たちはヒドラ討伐の準備でな」

「はい。あの程度であれば、我らだけで大丈夫です」


 リーズリットとガラテアは、遺跡調査隊の面々に事情を説明する。

 それが終わると動きだして、神殿の入口に向かった。彼女は勇者候補チームのほうへ向かって歩いていった。

 ちなみに嘘は言っていない。

 この場に彼らを留めることが、ヒドラ討伐の準備なのだから……。


「御主人様、あいつが来ますよお」

「まあ、そうなるよな」


 やはり、こちらに向かってくるのはシュンだ。

 言われる内容が分かるだけに、フォルトは嫌そうな表情に変わる。とはいえこれも作戦の内なので、うまく誘導する必要があった。


「おっさん! なんで来てんだ!」

「言うと思った」

「ああっ?」

「そう突っかかるな。リーズリット殿から聞いただろ?」

「ここで戦うんじゃねえよ!」

「他に戦える場所が無いのだ」

「ヒドラが寝てるとこで戦えよ!」

「森に被害は出せん。エルフ族が怒るぞ?」


 フェリアスの住人は森と共に生きる。だからこそ被害を出さないよう、ヒドラを開けた場所におびき寄せているのだ。

 フォルトも森で生活するようになって、彼らに共感を抱いていた。自然原理主義まではいかないが、森の良さを体験している。


「知るかよ。そ……」

「それよりも、だ。さっさと岩をどかしたほうが良いのではないか?」

「ああっ?」

「時間は無いぞ。明日の昼までだ」


 言葉を被せたフォルトは、シュンを焦らせるように誘導する。

 勇者候補チームは遺跡調査隊の護衛だが、エレーヌからは神殿の調査も目的と聞いている。何か欲しいものでもあるのか。

 それについては興味ないが、イラついている若者と話すのは億劫おっくうだった。


「ちっ」


 シュンは舌打ちして、仲間の所へ戻った。

 嫌われているというよりは、もはや敵意しか感じない。ターラ王国のレジスタンスの面々が、フォルトに向けていた目だった。

 ある意味では慣れているので、それについてもどうでも良い。プンプンと怒っているのならば、触らぬ神にたたりなしである。


「えへへ。うまくいきましたねぇ」

「さすがはカーミラ。これであいつらの戦いが見られるな」

「後はマリとルリ次第でーす!」


 そして、最後の肝になるのが時間だった。

 これは、マリアンデールとルリシオンの手腕にかかる。もしも早めにヒドラが目覚めてしまったら、適当に相手をする必要が出てくるだろう。

 基本的にはウロウロと歩かせて、時間がきたら釣りだす予定だ。


「フォルト様、やりすぎと言っておきます」

「ははっ。フィロは心配性だな」

「もし死人が出れば……」

「調査隊には早めに撤退してもらうさ」


 フェリアスとは、友好関係を構築中だ。

 このような遊びで、遺跡調査隊から死人を出すつもりはない。朝方にでも撤退してもらって、勇者候補チームだけを残す。

 フォルトたちは近くの木の下で、ゆったりと森林浴を楽しむ。ヒドラ討伐の準備だと思わせたいが、どうしても和んでしまう。

 そして、見たことのない魔物の死骸を目にする。


「フィロ、あれはなんて魔物だ?」

「リキッド・イーターですね。体液喰らいと呼ばれています」

「ほう。強いのか?」

「私は戦ったことがありませんが、かなり強いと聞いています」

「へえ。戦いを見たかったな」


 体液喰らいが強いならば、勇者候補チームの力量が分かったかもしれない。とはいえ戦いが見られたとしても、今回の作戦に変更はない。

 シュンに対する嫌がらせも入っているからである。いつも突っかかってくる彼に対する、ちょっとした復讐ふくしゅうなのだ。


(俺は相変わらず器が小さいなあ)


「じゃあ俺は寝る。カーミラ、膝枕を……」

「はあい!」

「シュンたちが近づいたら起こしてくれ……」

「はい。それ以外は私が対応しますわ」

「シェラに任せ……ぐぅぐぅ」


 自虐が入ったフォルトは、木の根元で横になる。

 シェラは人間嫌いなので、シュンたちの相手はできない。それでも岩の撤去作業に入ったならば、暫くは近寄ってこないと思われる。

 体液喰らいと戦ったようなので、適度に休んでもらいたいものだ。ヒドラとの戦闘に支障が出ない程度には……。


「………………」


 そして、夢の中で身内を抱いているとき。

 ガンジブル神殿の入口で、再び爆発音が響くのだった……。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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