第424話 ガンジブル神殿の戦い1
おっさん親衛隊やフェリアスの戦士隊が、ヒドラと戦っている頃。
シュン率いる勇者候補チームは、遺跡調査隊が拠点とした洞穴から、ガンジブル神殿に向かっていた。
場所としては、ルイーズ山脈の麓に存在する。地面のぬかるみは固くなり、湿地帯用の装備は必要なくなった。
装備していると逆に歩きづらいので、調査隊のドワーフが回収している。メンテナンスまでやってくれるとは、「さすが」としか言えなかった。
「なあ、リーズリットさんよ」
勇者候補チームは、遺跡調査隊の護衛を引き受けている。
彼らを守るために前方を歩いていたシュンは、後方に下がってリーズリットに話しかけた。生意気な女エルフだが、仕事の依頼人でもある。
とあることを決めたので、今のうちに伝えておくのだ。
「なんだ?」
「依頼の報酬だけどよ」
「決まったのか?」
「ああ。装備にするぜ」
依頼の報酬は、金銭か物品を選択できた。
シュンやギッシュの装備は、エウィ王国から支給された鋼製の装備である。フェリアスに来てからの手入れは討伐隊で行っていたが、さすがにガタがきている。
王国に戻ってから支給品をもらっても良いが、見栄を張りたいので専用の武具を手に入れたかった。
ホストになりたての頃は、借金をしてでも高級な服を買わされた。名誉男爵としても、見栄えは良くする必要がある。
「大金貨八枚までだぞ」
「分かってるが、オーダーメイドはできるのか?」
「値段は職人に相談しろ。だが、すぐに作れるものではないな」
「どうすりゃいい?」
「ドワーフの集落へ出向いて依頼するしかない」
「どこが一番近い?」
「近いというよりは、部門ごとに分かれてるぞ」
「へえ」
「武器や防具なら、ガルド王の集落だな」
ドワーフの集落は、各地にある鉱山に点在する。
基本的にはどこの集落でも製作可能だが、大量生産する集落は決まっていた。武器や防具は軍事に関わるため、国境から一番遠いガルド王の集落だ。
当の王様は、どこにでも出没するが……。
「どこにあるんだ?」
「エウィ王国の国境からだと、東へ道なりに歩けばいい」
「曖昧だな」
「なんなら、ドワーフを一人付けてやるが?」
「要らねえよ!」
子供だと馬鹿にされたようで、シュンは腹が立った。
道なりということは、一応は整備された街道があるのだ。案内人は必要なく、普通に向かえば済む話である。
それにしても、リーズリットはシュンに冷たい。
「なあ。俺が嫌いなのか?」
「人間が、だ」
「確執か?」
「異世界人だったな。人間が我らに何をしたか知らんのか?」
「座学で聞いた記憶はあるんだが……」
そもそもエルフ族は、排他的な種族なのだ。
人間は森から排除したいと思っている。国として人的交流を始めたから、仕方なく認めているだけだった。
また寿命が長く千年は生きるので、ジュラ・ローゼンクロイツが亜人を助けた時代から生存している者もいた。
シュンが思っているほど、人間に対する確執は風化しない。
「ったく。その時代には生まれてねえよ」
「そういった話ではないが、そう気を悪くするな」
(悪くさせてんのはオメエだよ! リーズリットは遠慮ってもんを知らねえな。エルフはみんなこうなのか? やっぱ体に分からせねえと駄目だな)
シュンの欲望は、リーズリットに向いていた。
恋人のアルディスやエレーヌは前方を歩いているので、今のうちに唾を付けておきたいところだ。
ラキシスには、別に知られても良い。聖神イシュリルからの言葉が変わらないかぎり、こちらの命令には従うのだ。
そんなことを考えていると、頭の中に声が響いた。
(シュン)
シュンは首から下げている銀のメダルを握って、聖神イシュリルに祈りを
聖神イシュリルが直接語りかけてくるとは、ガンジブル神殿が近いのだろう。声の内容も当たりのようで、何を入手するかが分かった。
「何をしている?」
「俺は聖神イシュリル神殿の神聖騎士だぜ」
「そうだったか? だが祈っている暇はないぞ」
「やっと到着かよ。おい!」
リーズリットが言ったように、近くの大木の枝に男エルフが現れた。
シュンは最後の打ち合わせをするために、先を進む仲間に集合をかける。それと同時に、散開していた遺跡調査隊も集まってきた。
「おう! やっと魔物と戦えるぜ」
「で、でも強い魔物ですよね?」
「エレーヌは守るから安心してね!」
「聖神イシュリルの加護がありますわ」
「僕たちなら勝てると思うよ」
勇者候補チームの仲間たちが、思い思いに話しだす。
今までは戦闘を避けていたので、ギッシュなどはストレスが
エウィ王国に戻るまでは仲間なのだ。自分勝手に動かれても困る。
「ギッシュ……」
「分かってんよ。俺を誰だと思ってやがる!」
「義理堅いギッシュさん」
「賢者は分かってんな!」
「ふふっ」
「ちっ。お
恋人のエレーヌが、ギッシュと仲が良いのも気にかかる。
これも後で分からせる必要がある。彼女は王国に戻ったら捨てるつもりだが、それまではシュンの恋人なのだ。
もちろんホスト時代には、浮気性の女性とも付き合っていた。しかしながら別れると言えば、なりふり構わずにすがってきたものだ。
金も持っていたイケメンの男性なのだから……。
(俺と付き合えただけでもありがたいだろ? 一緒に歩くだけで、周囲に自慢できるんだからな。だが、なんでアーシャは戻ってこねえんだろ?)
ついでにアーシャを思い出して、シュンは首を傾げる。
フォルトに対しては、大火傷だった顔から元に戻してもらった恩はあるだろう。とはいえ相手は、彼女が嫌っていたおっさんだ。
別れたすぐ後に復縁は無理だと理解したが、もう
もしかしたら、またこちらから復縁を言わせようとしているのか。だからこそ、おっさんに
「まあ、その程度なら……」
「お前は何を言っているのだ?」
「い、いや」
余計なことを考えている間に、リーズリットが打ち合わせを開始していた。
とりあえず、女性のことは後回しだ。今は目前の魔物を対処する必要がある。つまり、ガンジブル神殿の前に魔物が陣取っているのだ。
魔物の名称は……。
「リキッド・イーター」
「そうだ。お前たちには一体を受け持ってもらう」
リキッド・イーター。
体液
大きさは人より少し大きい程度。ノミの体と人の上半身を持つ魔物だ。しかも、昆虫のような外皮を持っているので硬い。
口が蚊のように
敵と戦うときは、外皮を剣や盾として使う。要は右手の甲に剣が付いて、左手の甲に盾が付いているといった具合だ。
下半身がノミなので、はっきり言えば気持ち悪い。後方に向かって体が膨れて、前方から中央部分に足が六本ある。
ちなみに生物が相手だと、体液を吸いながら卵を産み付ける。女性からすると、嫌悪感が満載の魔物だろう。
「なんか……。凄ぇ魔物だよな」
「ボクは後ろから援護するね! 絶対に前へ出ないんだから!」
「ア、アルディスはそれでいい」
「俺が盾なんだぜ! 何もさせねえよ」
一体を相手にすれば良いので、ギッシュが前に出れば問題ない。
シュンは左右から攻撃して、アルディスは『
「全部で何体だっけ?」
「五体だ。他は遺跡調査隊で処理する」
「推奨討伐レベルは?」
「お前は……」
「確認だ確認。そのための打ち合わせだろ?」
余計なことを考えていたばかりに、リーズリットから怒られた。彼女も原因の一つだが、それは置いておく。
体液喰らいの推奨討伐レベルは三十五である。
武器を使った攻撃が巧みで、
疲れ知らずのアンデッドより高いのは、単純に剣技が上だからだ。
「なるほどな。だが、所詮は一体だろ?」
「二体を相手にしてると思えよ? 下半身も攻撃してくるぞ」
「マジか……」
「比喩ではなく、本当に足元をすくわれる」
「面倒な魔物だな」
「代わりに遠距離攻撃や毒は持っていない」
「ローパーより低いのはそのためか」
リーズリットは魔物図鑑なのか。
そう思えるほど詳しいのだが、彼女にとっては当たり前の知識だと知った。事前調査とは、そういうことだと薄々分かってきた。
ただし、そんなものはノックスに任せておけば良いとシュンは考える。こうやって後から聞けば対処できるのだから。
「その顔は分かっていないな」
「分かってる。分かってるって!」
「まあいい。もうすぐガンジブル神殿だ」
今いる地点からガンジブル神殿までは、草をかき分けながら進む。途中に水位の低い小川があるので、それを渡ればすぐ戦闘になる。
「さあ出発だ!」
かなり遠回りした感は否めないが、ここまで来たのだ。後は聖神イシュリルからの神命を果たせば良い。
現在のレベルは三十五なので、目標より少し足りない。とはいえ、液体喰らいで上がる可能性は高い。
何事も楽観的に捉えているシュンは、久々に笑みを浮かべるのだった。
◇◇◇◇◇
小川を越えて草むらを抜けた先には、切り立った崖があった。
目的のガンジブル神殿が存在する場所だ。崖にはぽっかりと穴が開いており、地下へ向かう階段になっていた。
そして、
地面には石畳が敷かれており、つなぎ目や割れたところから雑草が伸びて、何本かの木まで生えていた。
ほとんど踏み荒らされておらず、誰かが訪れた形跡はない。
「風の精霊シルフよ。風の渦を起こせ!」
【ウインド・ストーム/風嵐】
男エルフが使った風の精霊魔法が、雑草を切り飛ばしながら、物凄い暴風を巻き起こした。
それにより石畳が露わとなり、戦いやすい場に変化した。
「受け持つ魔物を間違えるな!」
「分カッテイル。行クゾ!」
リーズリットの号令で、周辺に隠れていた遺跡調査隊が飛び出した。
総勢としては二十名で、
「あれがリキッド・イーターか」
「分かりづらいけどね」
シュンとアルディスの目に映る体液喰らいの姿は、まるで樹液を吸っている昆虫のようだった。
彼女が言ったように、この魔物は焦げ茶色である。ぱっと見では木と同化して、よく確認しないと見逃しそうだった。
「おう! 俺らも行くぜ!」
「待て待て。リーズリットたちの戦闘が始まってからだ」
ギッシュが飛び出そうとするが、シュンは止めた。
リーズリットからは、周囲に近寄りさえしなければ害はないと聞いている。実際に尖った口を木の幹に刺して、その場から動かずに樹液を吸っていた。
要はヒドラと同様に、各隊が攻撃を始めてから飛び出すのだ。
「ちょっとシュン、あれって強いよ!」
「ああ。いきなり押されたな」
すでに各隊は、体液喰らいと戦闘を開始していた。
事前調査でのローパー戦のように、蜥蜴人族が隊の盾として動いている。しかしながら違うのは、その体に傷を負っているところだ。防御に徹しているが、魔物の剣技に翻弄されている。
話で聞くのと見るのとでは全然違った。
「ノックス、エレーヌ、ラキシス。支援魔法をくれ」
先にストレングスやシールドといった支援魔法をもらうことで、彼らの負担を和らげておく。
遺跡調査隊の戦いを見たところ、後衛には攻撃や援護に徹してもらいたい。
「ホストよお。もういいだろ?」
「ああ。俺らも行くぞ!」
逸るギッシュは、シュンの号令で飛び出した。
そして、最後に残った体液喰らいに向かって走り出す。これは、階段近くの木にしがみついていた。
だからこそ最後なわけだが、遺跡調査隊からの支援は期待できない。
どう見ても苦戦していた。
「ギッシュ! 奴の跳躍力に気を付けろ!」
「ったりめえだ! 『
ギッシュは両手でグレートソードを持ち、肩に乗せてスキルを使う。
発動する防御力はシールドと同様だが、欲しいのは体重増加だ。体液喰らいは、人より少し大きい程度。押し負けていたら話にならない。
それを見たシュンは、彼の右後ろについた。
「ギギッ!」
接敵まで三十メートルとなって、やっと体液喰らいが動きだした。
しかも木の幹を足場にし、ギッシュに向かって真っ直ぐに跳躍した。右手に付いた剣殻を突き出し、まるで弾丸のような速さだ。
「うおっ!」
斬り合いになれば良かったが、こんな攻撃はギッシュにとって初めてだった。
もしも避ければ、後ろを走るアルディスまで到達するだろう。よって受け止めたいが、残念ながら盾を持っていない。
受け流すのも無理だ。速すぎるので、先に突かれてしまう。もちろん、他の部位を斬るのも同様だった。
様々な選択肢はあったが、これを一瞬で決めなければならない。
そこで、彼のとった行動は……。
「何やってんだ!」
なんと急ブレーキをかけて、後方にグレートソードを投げ捨てたのだ。
そしてシュンが怒鳴ったのと同時に、ギッシュは体を傾けた。つまり
しかしながら……。
「ふんぬっ!」
ギッシュは自分の脇に、体液喰らいを捕らえたのだ。
この魔物は上半身が人の形で、下半身が大きなノミである。要は腰以降が膨らんでいる形であるため、そこに腕を引っかけたのだ。
それでもかなりの勢いがあり、足を踏ん張っても引きずられている。とはいえスキルの体重増加が功を奏して、その勢いも削がれていった。
「どりゃあ! 死ねやああああっ!」
シュンは目を見張った。
ギッシュは移動が止まったところで、体液喰らいを肩まで持ち上げて、後頭部から力任せに落とした。
プロレス技のパワーボムである。
「ギャ! ギギギギッ!」
石畳に
もしかして効いていないのかと思ったが、目の前に星でも飛んでいるかのように首を振っている。
その間にギッシュは、グレートソードを拾った。
「ギッシュ! 危ねえだろ!」
「うるせえ! 止めたんだからいいじゃねえか!」
相変わらずギッシュは、危険な戦い方をする。シュンとしては体液喰らいを横に反らしてから、無防備の背中を斬れば良いと思った。
何も武器を捨てることはないのだ。
「おらあっ! かかってこいやあ!」
だが、ギッシュの野性的な感は違った。
体液喰らいの背中を斬っていれば、弾丸のような勢いに拍車をかけるだけだ。一撃で沈むほど柔らかくないので、アルディスが戦うことになってしまう。
彼女が
これを一瞬で判断できる彼は、戦士としての腕を上げている。
「ギギギギギ」
体液喰らいは、右へ左へと動いている。
ギッシュの力量を測っているのか、それとも獲物を決めているのか。彼は引きずられたため、シュンのほうが前に出ている。
そして、魔物と目が合った気がした。
「俺が行く!」
瞬時の判断は、何もギッシュだけではない。あの跳躍力は脅威なので、シュンは盾を構え、体液喰らいとの間合いを詰める。
するとこの魔物は、さらに後方へ下がった。
「な、なんだ?」
「不用意に前に出るんじゃねえ!」
「うるせえ! また突かれたいのか!」
戦闘中に対立している場合ではない。
だがどうしても、ギッシュとは
「なにしてんのよっ! 『
そこへアルディスが、スキルを使った遠距離攻撃を放った。
目標は体液喰らいだが、シュンとギッシュの頭を冷やさせる意味もある。とはいえ威力は高くないので、軽くヒョイっと避けられてしまった。
しかも小馬鹿にしているのか、またもや左右にカサカサと動いている。
「すっ、すまねえ。だがどうする? 距離を詰めねえと……」
「また跳んでくるってか? 次は頭をかち割ってやんぜ!」
体液喰らいの両手には、剣殻と盾殻が付いている。見た目はノミ人間だが、まるで騎士や兵士、または軽装戦士のいで立ちだ。
推奨レベル三十五相当の剣技もあるらしいので、盾を持っているシュンのほうがうまく渡り合えるだろう。
「ああ。跳んできたらそうしてやれ」
「あん?」
「まずは俺が剣技とやらを見てやるぜ!」
そう言いながらも、シュンは体液喰らいとの距離を詰めた。
こうなると、ギッシュは前に出られない。陣形が崩れてしまい、先ほどのように捕らえなければ、後衛に被害が及ぶ。
その程度のことは分かっているだろう。
「来いよ。ほらどうした?」
「ギギ」
「負けるのが怖えのか? 来いよ」
「ギギギ」
人の言葉を理解しているかは謎だが、シュンは挑発しながら近づく。
体液喰らいは左右の移動は止めて、ジリジリと下がっていく。
(ノミだしな。剣技なんて大したことねえんじゃねえか? さっきの跳躍なんて技とも言えねえ。ただ跳んできただけだぜ)
シュンが近づくと、体液喰らいは下がる。
対人間で考えた場合、これは怖気づいたのではなかろうか。所詮は知能の無い魔物なので、そう思っても仕方がないだろう。
「来ねえならよ……。こっちから行くぜ!」
「ギッ!」
シュンは走り出して近づくと、体液喰らいも前に出る。
やっと斬り合いに持ち込んだが、その剣技に
「なっ!」
まずは上段から首を狙ってきたが、単調な攻撃なので盾を使って受け止めた。しかしながらすぐに剣殻を引いて、シュンの太もも突いてきた。
ここまでは良く、次は剣で地面に向かって弾き落とした。すると流れた軌道に沿って、また首を狙って斬りかかってきたのだ。
スキルでは可能だが、剣で弾かれると知っていなければ無理な攻撃だ。なんとか避けられたが、体液喰らいからは一歩離れることになった。
「ちっ」
「ギギギギ」
しかも、攻撃が止まらない。体液喰らいは間合いを詰めて、盾殻をシュンの胸元に突き出した。
シールド・バッシュという攻撃方法がある。盾を利用した攻撃の一種で、相手の転倒やノックバックを狙うものだ。
知能が無い魔物とは思えなくなる。
「ふざっ!」
「ギッ! ギッ! ギッ!」
シュンは同様に盾を叩きつけて弾き飛ばした。すると体液喰らいは、その腕を狙って剣殻で突いてきた。
攻撃に転じる暇がない。しかも鎧で守っていないところを狙った三段攻撃で、残念ながらすべてを防御できなかった。
かすった程度で済ませたが、こちらもスキルで
「いてっ! こっ、この野郎! 『
「ホスト! 飛べ!」
「なにっ!」
ギッシュの声に反応して、シュンは反射的にジャンプする。
体液喰らいは両手で攻撃しながらも、彼の死角から足を狙って蹴りを狙っていた。下半身はノミなので足は六本あり、前足の二本で転ばせようとしている。
警告がなければ、まず間違いなく尻餅をついただろう。
「たっ、助かったぜ!」
「戻れっ! 連携を忘れんじゃねえ!」
ギッシュに言われたくないが、これは訓練でもなければ一騎打ちでもない。
シュンは体液喰らいと斬り合いの最中なので確認できないが、実際のところ、他の仲間が何もやれていないのだ。
「ちょっと! シュンが邪魔!」
体液喰らいの動きが速く、しかも位置取りがうまい。常にシュンを射角に置くような動きだった。これではアルディスが、援護のスキルを飛ばせない。
またノックスやエレーヌも、魔法攻撃を
「ノ、ノックスさん。どうしよう?」
「シュン! 一回離れてよ!」
「ちっ」
散々な仲間の声で、シュンは体液喰らいから離れる。しかしながら、それは間違った行動だった。
いや。最初から間違っていたのだ。
「ギギ……。ギギッ!」
体液喰らいはシュンを警戒しながら、後ろ向きで走りだした。
そして、戦闘前までしがみついていた木の幹に向かって跳んだ。
「なっ、なにっ!」
またもや突きの態勢で、体ごと跳んでくるつもりか。そう思ったシュンは立ち止まり、今度は自分が受け止めようと盾を構える。
だがすべては、体液喰らいの狙いか。
「ギッ!」
ノミとは、体長の百五十倍は跳び上がれる。
跳んだ方向が違うのだ。正面なのは同様だが、上空に向かって跳躍した。シュンは目を細めるが、どこに落ちるつもりか見当がつかない。
それでも落下を始めてから、体液喰らいの狙いを悟った。
「ギッシュ! アルディス! 戻れっ!」
「あの野郎っ!」
「やらせるかああ!」
初めから体液喰らいは、前衛を後衛から引き離すのが目的だったのだろう。
落下地点はシュンやギッシュを跳び越えて、さらにアルディスの後方だった。そこにいるのはノックス、エレーヌ、ラキシスの三人だ。
一番近いのはアルディスだが、間に合うかどうかは分からない。
「きゃあああ!」
ガンジブル神殿の周囲に、女性の悲鳴が木霊する。
そして石畳には、血だまりが広がっていくのだった。
――――――――――
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