第423話 ローゼンクロイツ家とヒドラ討伐3

 ヒドラの総数は八体。

 そのうちの七体は巣から釣りだされて、各戦士隊が戦闘を始めている。まだ一体も討伐されていないが、まずは作戦通りの戦いと言えよう。とはいえ、最後に残った一体が問題だった。

 五本首のヒドラである。


「霧が濃くなってきたわね」

「服が汚れないか気になるわあ」


 問題のヒドラを対処するのがローゼンクロイツ家だった。

 もちろんその役目を買ったのは、マリアンデールとルリシオンである。シェラを入れた魔族組で討伐するのだ。

 七体が釣りだされているので、巣には五本首のヒドラしか残っていない。わざわざ釣りださなくても、その場で討伐すれば済む話だった。

 要は問題と思っていないのだ。


「ルリ様、一応は水の膜で覆っていますが……」

「助かるわあ。シェラも腕を上げたようねえ」

「いえ。まだまだですわ」


 シェラが展開した水の精霊魔法は、体の外側に水膜を張るものだ。

 その水膜に付着した毒の霧は、水の精霊ウンディーネによって分解され、地面にポタポタと落ちていた。

 ただし風の衣と同様に、すべての現象に対処する魔法ではない。やはりヒドラのブレスは防げないので、そのあたりは注意が必要だった。


「どう戦おうかしらねえ」

「ルリちゃんは後ろで休んでていいわよ」

「お姉ちゃんが前に出て戦うのお?」

「ふふっ。師匠からは、九本首を倒したって聞いてるわ」


 マリアンデールの師匠は、武術指南役の〈拳魔〉ロドリゲス・ブラウド。

 流浪の魔族で、北の大地で負け知らずの魔法格闘家だった。初代魔王がジグロードを建国したときに招聘しょうへいしている。

 〈拳魔〉の二つ名のとおり、肉弾戦と魔法を組み合わせた武術を極めていた。その修行は厳しく、最終的に残ったのが兄? 弟子と彼女の二人だけである。

 彼の最後の戦いは、嫉妬の魔人スカーレットだった。

 初代魔王ジーグ・ラスティやジュラ・ローゼンクロイツと一緒に挑んで、壮絶な戦いの末に完全敗北した。

 ちなみに、重力系魔法の師匠も彼である。


「でもそれだと暇なんだけどお?」

「ああんっ! じゃあ、私が傷つけたところを焼いてね!」


 ヒドラの弱点は、火と酸だった。

 傷口を焼いたり溶かせば、再生能力は機能しなくなる。だが分かっていても、それらを用いることは難しい。

 火であれば、生半可な火力では意味がない。中級以上の火属性魔法が欲しいところだが、森を焼かない魔力操作も必須である。

 酸だと、毒属性魔法になる。初級程度なら使える人もいるだろうが、忌避感のある魔法なので、中級以上を習得している者は珍しい。

 有り体に言えば、使い手が少ないのだ。


「そうするわあ。再生能力が厄介だしねえ」


 それでも、火属性魔法に特化しているルリシオンであれば問題なかった。

 範囲を狭めた中級以上が使え、森を焼くなどの失敗は犯さない。いざとなればマクスウェル種の力で熱量を落とし、多少焦げる程度で収められる。


「私は支援で良いのですか?」

「シェラはヒドラの注意を引かないようにね」

「分かりましたわ」


 はっきり言って、魔族組はヒドラと相性が良い。

 この魔物は動きが大きく、マリアンデールの速さに追いつけない。蜥蜴とかげ人族でもある程度は避けられるので、彼女ならすべて避けられる。

 ルリシオンは弱点になる火属性魔法を使ううえ、シェラのサポートまであった。

 しかも姉妹のほうが格上になるので、負ける要素が見当たらない。


「討伐ではなくて駆除ね」

「あはっ! 人間も駆除したいわあ」

「そう言えばシェラ、あいつらも近くにいるのよね?」

「魔人様と同郷の人間ですわね。確かにいますわ」

「駆除もいいけど、玩具としては面白かったわ」

「いいなあ、お姉ちゃん……」

「ああんっ! ルリちゃんのために捕まえようかしら!」


 マリアンデールからすると、シュン率いる勇者候補チームは面白かった。

 ラフレシアと接敵するまでは、隊長を引き受けて嘲笑していたのだ。あれはなかなかに、人間に対する嗜虐心しぎゃくしんがくすぐられた。

 殺害はフォルトから止められているが、適当な難癖を付けて痛めつけたくなる。また何かあれば、彼らの無様な姿を見たかった。

 そんなことを考えていると、斥候に出した従者のフィロが戻ってきた。


「マリ様、ルリ様。戻りました」

「ふふっ。フィロ、その服は似合っているわよ」

「ちょ! 恥ずかしいのですから……」


 フィロはフォルトからの命令通りに、バニーガールの衣装で行動している。

 確かに防御魔法が付与されているため、原生林で動いても肌が傷ついていない。とはいえ露出が激しすぎるのか、体を腕で隠そうとしていた。

 露出面積が広いので、無駄な行動ではある。


「慣れよ慣れ。カーミラよりはマシでしょ?」

「マ、マリ様……。ふぅ、もういいです」

「分かってるじゃなあい。どうせ誰も見ていないわあ」

「そうですねって、そんな話はどうでもいいです!」


 本当はどうでも良くはないだろうが、フィロが慌てて話題を変えた。

 彼女には、巣に残っているヒドラの様子を調べてもらったのだ。毒の沼地で大人しくしているなら良し。もしも動いているなら、後を追いかける必要があった。

 他にも魔物がいるならば、まとめて排除することも視野に入れている。


「ヒドラはいたかしら?」

「それがですね」

「いないのお? 追いかけるのは面倒ねえ」

「い、いえ。そうではなく……」


 フィロの話だと、ヒドラは忽然こつぜんと姿を消したらしい。

 巣にいなかったので、彼女は足跡を追いかけた。あれだけの巨体なのだ。方向さえ合っていれば、レンジャーでなくても簡単に発見できる。にもかかわらず、五本首を補足できなかった。


「足跡はどっちに向かってたのお?」

「北東のルイーズ山脈です。でも途中で消えていました」

「消えた?」


 ルイーズ山脈は、北西から南東に向かって伸びている。

 北東に向かったのなら、山脈で餌を狩るか越えるつもりか。しかしながら、巣から遠くに離れるのは解せない。

 足跡も同様だった。ヒドラは空を飛べないので、地面に付く足跡は消えない。またそれを隠すほど、知能は高くない。

 まるで、神隠しのようだった。


「ふーん。ならどうしようかしらねえ」


 ルリシオンが首を傾げながら、シェラに問いかける。

 いないものは仕方ないのだが、巣に残ったヒドラの討伐は、ローゼンクロイツ家の仕事だった。


「まずは毒の沼地に行ったほうが良いと思いますわ」

「まあそうよねえ」

「いなかったですよ?」

「フィロを信用していないわけではないのよお」

「巣に行った事実は残さないとね」


 ローゼンクロイツ家が、ヒドラに恐れをなして逃げ出した。

 そんなうわさが立つことだけは避けたいのだ。ここは巣まで向かって、逆に情報が違うと責めたいところだった。

 それと戦いを観戦するために、フォルトたちが来るだろう。相手の土俵で戦うことは知っているので、彼らと合流してから対応を考えれば良い。


「やれやれね。他に魔物はいなかったかしら?」

「あちこちにヒドラが移動したので、道中にはいませんでした」

「そう。ならさっさと移動するわよ」

「斥候に……」

「もういいわあ。一緒についてきなさあい」

「はっ、はい!」


 もうフィロを偵察に出す必要はない。

 姉妹にとっては、それ自体が遊びだった。彼女は能力の高いレンジャーで、ローゼンクロイツ家に有用な従者だと分かっている。

 そして暫く進むと、紫色の霧が濃くなってきた。


「もうすぐ到着です」

「確かにいないわねえ。魔力探知に反応がないわあ」

「小動物すらいないわ。本当にどうなってるのかしら?」


 毒の沼地自体は、ブクブクと水疱すいほうを立てている。地面の泥は糸を引いて、気持ちの悪い感触が靴を通して伝わった。

 それでも足が沈まないのは、マリアンデールが重力の魔法を足元に展開しているからだった。

 ちなみにこの魔法技術を使って、空で飛び跳ねることも可能である。だからこそ彼女は気晴らしに、近接戦闘でヒドラと戦うつもりだった。

 師匠の口癖は、拳で相手に分からせろ、だ。


「お姉ちゃん、ここで待つのお?」

「臭うわね」

「様々な毒が混ざり合ってますよ」

「フィロは毒の知識もあるのね」

「い、一応は……」

「マリ様、上空から何か来ますわ」

「あの女かしらあ?」

「ふふっ。あいつも好かれたものねぇ」

「いえ。違うようですわ」

「あら残念」


 フォルトたちを待つにしても、毒の沼地はどうなのか。

 そんなことを話していると、空を飛んでいる有翼人をシェラが発見する。ホルンが来たのかと思ったが、現在は他の地点で戦闘中だろう。

 マリアンデールやルリシオンにとっては主人を冷やかせる材料なので、団長の任をほっぽり出してでも来てほしかった。

 このように姉妹が残念がっていると、有翼人の女性が下りてきた。


「失礼ですが、ローゼンクロイツ家の方々ですね?」

「そうよお」

「ところで、もう討伐されたのですか?」

「それがねえ。いないのよお」

「え? 確か五本首のヒドラですよね?」

「北東に向かって足跡が残っていたらしいのですが……」


 シェラが姉妹の前に出て、フィロから聞いた内容を伝える。

 フォルトが支援を断ったので、巣の周辺に神翼兵団は飛んでいない。現状だと、戦士隊の援護に回っている。

 その関係で、巣に残ったヒドラが移動したことを初めて知ったようだ。


「ルイーズ山脈に向かったと?」

「途中で足跡が消えてしまったらしいので、何とも言えませんわ」

「分かりました。その件は確認してきます!」

「私たちが探すよりは、有翼人に任せますわ」


 魔族の身体能力が高くても、やはり空を飛べる有翼人には敵わない。

 どのみちマリアンデールとルリシオンは、ヒドラを探すつもりがない。とシェラは理解している。

 その忖度そんたくは当然なので、姉妹は別の件に口を挟んだ。


「それよりも何の用かしらあ」

「まさか観戦じゃないわよね?」

「ち、違います! 伝令です!」

「伝令?」

「ヒドラに敗北した戦士隊が出ました」

「へぇ。全滅?」

「いえ。余力を残しての撤退になります」


 やはりヒドラは強敵なので、全戦全勝とはいかない。

 押してる戦士隊もいれば、早々に敗北した戦士隊もあった。とはいえ勝敗の判断は早く、被害が拡大する前に撤退していた。

 それでも激しい戦闘だったようで、幾人かの蜥蜴人族は死亡している。


「ふーん。まさか巣に戻ってきてるのかしらあ?」

「近いですが、ガンジブル神殿に向かっています」

「あはっ! あの人間どもが死んじゃうわねえ」

「いえ。大丈夫だと思います」


 伝令は遺跡調査隊にも出されている。

 もしもヒドラがガンジブル神殿に向かってきたら、拠点まで撤退する作戦になっていた。なので、ルリシオンの望む結果にはならないだろう。

 ヒドラの思考は分からないが、餌が足りなかったのかもしれない。蜥蜴人族が数体では、腹が膨れなかったようだ。

 神殿の近くには、餌となり得る魔物も多く棲息せいそくしている。


「伝令ってことは、私たちに倒せと?」

「いえ。基本的には戦士隊を再編して挑みます」

「頑張るわねえ。泣きつくかと思ったわあ」

「二体も引き受けてもらいましたので……」

「ふふっ。気に入ったわ。あいつ次第だけど、ね」

「私たちは戦ってないしねえ」


 フォルトたちは、そろそろ来る頃だろう。こちらに向かってきているのは、なんとなく分かる。

 それが、シモベのきずなというものだ。

 もしも彼が対処を望むなら、五本首のヒドラの代わりに倒しても良い。そんな言葉を口に出した姉妹は、上空に黒い影を発見するのだった。



◇◇◇◇◇



 ルイーズとは古代エルフ語で、「神秘」といった意味がある。

 その言葉を名称に持つ山脈は、フェリアスにとって神聖な場所だった。山から湧き出る水は森を潤し、そこで生きる住人のためにも必要だ。

 その湧き水は、彼らが守る世界樹にも供給されていた。


「「シャー!」」


 その神聖なルイーズ山脈に、五本首のヒドラが侵入していた。

 隠れて移動しているわけではなく、巨体を周囲にさらしている。巣から出たこの魔物は、ゆっくりとした足取りで北東へ向かっていた。


「ら~ら~ら~」


 ヒドラの背には、薄手のワンピースを着た女性が乗っている。

 水色の長い髪をなびかせて歌を口ずさむ姿は、まるでユニコーンに認められた乙女のように神秘的だ。

 それを肯定するかのごとく、額からは一本の角が生えていた。


「あなたは命拾いしたのよ?」

「「シャ?」」

「あの姉妹を襲うと、散々に弄ばれて生殺与奪を握られるわ」

「「シャー!」」

「いい子ね。手に入れられて良かったわ」


 女性はヒドラと話せるのか、そう思えるような会話を続ける。

 五本首は彼女に懐いているようで、それぞれの首をゆらゆらと動かしていた。とはいえ、普通であればあり得ない光景である。

 毒をき散らす肉食の魔物なのだから。


「きひひ。良い戦力になるねぇ」


 ヒドラと並走するように飛んでいる老婆が、女性に話しかけた。

 ホウキにまたがったその姿は、いかにも魔女である。


「そうね。おかげで私のほうの軍備は整ったわ」

「ユノでも五本首は無理かと思ったけどねぇ」

「この十年、何もしてなかったわけじゃないのよ?」


 ホウキで飛んでいる老婆が、魔王軍六魔将の一人アクアマリン。

 そしてヒドラに乗っている女性が、同じく六魔将のユノである。自身の戦力を増強するために、わざわざ出張ってきたのだ。

 モンスターテイマーと呼ばれる魔物使いの力とするために。


「きひひ。頼もしいことじゃ」

「それにしても、アクアマリンの諜報ちょうほう能力は高いわね」

「アタシはバグバットに協力してたからねぇ」


 アクアマリンは人間である。

 それでも、力がすべてと考えるのが魔族である。強ければ、人間でも受け入れられた。もちろん六魔将の席も、自身の力で手に入れている。

 勇魔戦争では、人間を裏切った形となった。しかしながら戦争後は素性を隠して、シレッと人間社会に戻っている。

 それとともに、バグバットの協力者として活動していた。魔族狩りから逃れるためと、諜報活動を通じて、魔族を保護するのが目的である。


「ところでアクアマリン、有翼人が近づいてくるけど?」

「きひひ。幻術を展開してあるさね」

「さすがね。あなたに頼んで正解だわ」

「地上の奴も無理さね。足跡も辿たどられないよ」

「魔法の効果が切れたら?」

「いま使い魔が必死に隠してるよ。まあそれでも追ってくるなら……」


 殺しても構わないと、アクアマリンは考えている。とはいえ、そこまで能力の高い人物なら追ってこないだろう。

 敵対しているわけではなく、ヒドラの脅威を排除したのだから。


「でも、マリとルリがいるのよね? 追ってきそうよ」

「きひひ。ヒドラの巣から移動してないようじゃ」


 アクアマリンはルリシオンに対して、監視用の使い魔を放ってあった。

 人馬族の殺害現場を見たときからだが、まだ発見されていない。それでも遠目でしか監視できないので、姉妹がいる場所の特定ぐらいしか無理だった。

 あまりにも近づくと、確実に発見されてしまう。


「ジュノバより先に出会うと、ネチネチとうるさいからね」

「まったくじゃな。婿になった人間にはご愁傷様じゃ」

「あら。どんな奴か分かってるのかしら?」

「アルバハードで仕入れたうわさ程度じゃな」

「へぇ。六魔将として勧誘するんでしょ?」


 六魔将の一角だったトリトフは、勇魔戦争時の傷が元で亡くなった。行動を共にしていたヘルメスが看取ったので、現在は一つ空席がある。

 適任者はマリアンデールかルリシオンなのだが、絶対に受けないと父親のジュノバは断言している。

 ならば婿養子となったフォルトを据えようと、魔王の娘ティナは考えていた。人間でも、アクアマリンのように強ければ良いのだ。


「ジュノバはぶち殺すと言ってたのう」

「ティナ様の命令は無視しないと思うけど……」

「奴はジュラの息子で、性格もそっくりじゃな」

「力無き者は認めないといったところかしら?」

「ジュノバの全力で死ぬようなら、それが制裁になるのじゃろ」

「私でも全力は……」

「きひひ。今のユノなら虫の息じゃな。一応は生きておるのう」

「やめてちょうだい。いずれは挑むのだからね」


 ユノにとってジュノバは、面倒な仕事ばかりを命令する上司だった。

 それを断るには、魔族の流儀に則って勝利する必要がある。なので今は、命令を聞くしかなかった。だが、ずっとは御免だった。

 折を見て勝負を吹っかけるつもりだが、残念ながら今ではない。ティナが魔王を名乗って、ジグロードを復興させた後になるだろう。


「それにしても……。何も起こりませんね」


 まだ先の話をしても仕方ないので、ユノは周囲を見渡す。

 ルイーズ山脈は神聖視されているので、山越えをするフェリアスの住民はいない。山の恵みを得るために、麓から中腹ぐらいまでだった。

 ただし、それを越えると拙いらしい。摩訶不思議まかふしぎな現象が次々と起こって、ときには死の危険もある。


「きひひ。眉唾な話じゃ」

「空では何も起こらなかったですからね」


 ユノはテイムしてあるグリフォンに乗って、ヒドラの巣まで飛んできた。しかしながら帰りは、空を飛行できないヒドラを連れている。

 もちろん各地にある集落を無視すれば、迂回うかいルートで帰れる。だが発見されることはデメリットしかないので、こうして山脈越えを選んだ。


「アタシらであれば、何が起きても平気じゃろう」

「はい。この子もいますし、問題はないわ」


 ユノはヒドラの背をでながら、微笑みを浮かべる。

 彼女たちの会話を、フォルトが聞いたらどう思うだろうか。きっと、このように口走るはずだ。

 「それはフラグ」だと……。


「あら、この声は……」

「獣の鳴き声かぇ?」

「それに霧も出てきましたね」

「後は帰るだけなのじゃがのう」


 ユノの耳に届いたのは、「コーン、コーン」といった声だった。それと同時に少しずつだが、白い霧が立ち込めだした。

 よく分からない現象だが、彼女とアクアマリンは警戒態勢に入る。


「アタシらも何か体験するのかぇ?」

「困ったものですが……」

「ユノの出番じゃな」

「はい」


 獣や魔物であれば、魔物使いのユノが対処できる。

 テイムして連れ帰るも良し、その場で殺すのも良しだ。ちなみにこの能力は、人間や亜人だと効果を発揮しない。

 あくまでも人の言語を理解しない生物に限るので、竜や精霊も無理である。


「拙いですね。霧が濃すぎて前が見えません」

「魔法で吹き飛ばすかぇ?」

「それでは幻術で隠れている意味がありませんよ?」

「きひひ。冗談じゃ」

「休憩していれば晴れるのでは?」

「気になるのは獣の鳴き声じゃな」


 困り顔のユノは、その場に待機するようヒドラに命令する。

 ただの霧であれば自然現象なので、暫くすれば晴れるだろう。しかしながら問題は、人為的な霧だった場合だ。

 もしも獣と関連があれば、何かの打開策が必要になる。


「コーン、コーン」

「近づいているようじゃな」

「姿が見えないとテイムできません」

「魔力探知には何も引っかからぬのう」


 実践慣れしている二人は、すでに魔力探知を展開していた。

 小動物の魔力は感じられるが、鳴き声のする方向ではない。反射したような声でもないので、山彦やまびこの類でもない。

 声はすれども姿は見えず、だ。


「困りましたね」

「まったくじゃのう」

「コーン、コーン」

「おや?」


 もう少し時間が必要だろうと思っていたら、徐々に霧が薄くなってきた。にもかかわらず、まだ獣の鳴き声は聞こえる。

 もしかしたら気にしすぎなのかもしれない。いわくのある山脈なので、変に警戒しすぎているのだろう。

 そう思ったユノは、アクアマリンと方針を決める。


「進みましょうか」

「マリとルリに気取られるほうが嫌じゃしのう」

「はい。これぐらい晴れれば問題ないですよ」

「時間も押しとるからねぇ」


 霧は完全に晴れていないが、こんな場所でモタモタしていられない。アクアマリンの幻術でも、無限に展開できるわけではないのだ。

 ユノはヒドラに命令して、目的地に向かって動きだした。


「コーン、コーン」

「気になるのう。ずっとついてくる気かぇ?」

「分かりません。ですが発見できないのでは仕方ありませんね」

「やれやれじゃ。霧も晴れぬのう」

「やはりこの獣が……。欲しいですね」

「悪い癖じゃな。ヒドラだけで我慢できぬのかぇ?」

「テイマーの性ですね」


 完全に晴れると思っていた霧は、まだまだ立ち込めている。

 薄すぎず濃すぎずの絶妙な配分である。人為的だと疑うのは当然だが、この鳴いている獣が起こしているなら能力は高そうだ。

 ユノが抱える魔物軍団の戦力になる。


「ジュノバと戦う前には……」

「きひひ。今は山脈越えが先じゃ」

「はいはい。道に迷わないようにね」


 この霧は、方向感覚が狂うほどのものではない。とはいえ少しでも気を抜けば、道に迷いそうではある。

 獣にも注意を払う必要があるので、なかなか面倒だった。それでも六魔将の二人ならと思いながら、北東を目指すのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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