第422話 ローゼンクロイツ家とヒドラ討伐2

 ヒドラ討伐に出撃した戦士隊は、各種族の精鋭で編成された六隊。

 一隊は三十名からなる小隊で、内二十名を蜥蜴とかげ人族が占める。エルフ族は各隊に五名ずつ配置されて、残りを獣人族とドワーフ族で構成されていた。

 それぞれの隊には隊長がおり、エルフ族の一人が担当している。


「各員、配置に付け!」


 戦士隊は木が密集していない場所で、ヒドラを待ち伏せている。

 幹の細い木が間隔を空けて立ち、巨体が暴れても被害が少ない。それでも隠れる場所が多く、戦士隊には戦いやすかった。


「無事に戻ってくれよ?」


 ヒドラの巣になっている沼地は、毒の霧が立ち込めている。しかしながら、マタンゴと戦うときと同様だった。

 風の精霊魔法で体の周囲を覆って、毒を吸い込むことはない。

 それらの防御魔法を受けた分隊が、ヒドラの一体を釣りだしに向かっていた。

 

「森が……。来るぞ!」


 そして予定の時間が過ぎた頃、原生林の中が騒がしくなった。

 ヒドラは巣こそ同じ場所を使うが、捕食に関しては群れない。獲物を見つけて追いかけだしても、連携をとって狩りをするわけではない。

 その習性を利用して、作戦通りにヒドラを釣りだしてきた。


「ヌハハハッ! 客人ヲ案内シテキタゾ!」

「予定通り三本首の一体よ!」

「よくやった!」


 魔物としてのヒドラは中型に属し、ビッグホーンほどではないが歩幅が違う。とはいえ、分隊に選ばれたのは蜥蜴人族とエルフ族だった。

 蜥蜴人族は人間と違って、湿地帯だと相当な速度で走れる。素足なのだが、足裏の外皮が硬く特殊な形をしている。

 それでいて体は柔軟なので、障害物があってもヒョイヒョイとかわしていた。時おり本物の蜥蜴のように、四足歩行でも走っている。

 エルフ族は言わずもがな。

 木の枝から木の枝に颯爽さっそうと飛び移って、速度が落ちることはなかった。


「いけ! リザードマンの勇者たちよ!」

「「オオッ!」」


 おとり役が駆け抜けていくと同時に、隊長のエルフが命令を下す。

 まず蜥蜴人族の十名が、ヒドラの前に立ちはだかった。

 ヒドラは新たな獲物と思ったのか、すぐさま目標を変えて口を開く。しかも移動は止まらずに、三本首が別々の獲物を狙って動きだした。


「「シャー!」」

「ヌハッ! 避ケロ避ケロ!」


 人よりも大きいヒドラは、五名程度なら丸みできる。

 また力も強いので、やりや盾で防ごうとしても無駄だった。捕食されなくても迫ってくる勢いのままに、遠くへ吹っ飛ばされるだけだ。

 当然のように、回避を選択することとなる。


「尻尾に気をつけろ!」

「ヌンッ! ヌガッ!」


 獲物を一匹も捕食できなかった腹いせか。ヒドラは蜥蜴人族の集団を通り抜けるときに、三本の尻尾を振り回した。

 戦士たちは、三つ首を避けるので精いっぱいだった。何名かは迫ってくる尻尾を避けられず、まともに攻撃を受けていた。

 槍や盾で防げた者もいるが、彼らは空中に飛ばされた。


「ちっ。これより先の森を破壊するな! 土の精霊ノームよ!」



【ストーン・ウォール/石壁】



 エルフ族の隊長が木の枝を渡るのを止め、土の精霊魔法を使った。

 ここはぬかるんでいる湿地帯だが、さすがは精鋭のエルフか。ヒドラの前面に、巨大で強固な石の壁が立ち塞がった。

 もちろん、突然現れた石壁を避けることはできない。


「「ジャ!」」


 ヒドラが勢いよく衝突して、周囲にドゴーンといった音が響き渡る。

 かなり強固な石壁だったが、さすがは重量級の魔物だ。走るのを止められたが、石壁は崩れてしまった。

 そこへ間髪入れずに、ヒドラの攻撃を避けた蜥蜴人族が殺到する。


「攻撃したら散開して離れろ!」

「「オオッ!」」


 ヒドラとの戦いは、長期戦を想定している。なぜかと言うと、驚異的な再生能力を有しているからだ。

 体力があるかぎり、斬っても突いても傷が塞がってしまう。首を斬り落としても再生するため、致命傷を与えるのが難しい。

 だからこそ再生能力が鈍化するまで、体力を使わせる戦いを選択した。


「「シャー! シャー!」」

「当タラヌワイ!」

「「ソウレ!」」


 蜥蜴人族の行動としては、まず数人が獲物役としてが前に出る。

 次に三つ首の攻撃を躱したところへ、一斉に近づいて槍で突くのだ。もちろんすぐに下がらないと、ヒドラに捕食されるか飛ばされる。


「大丈夫か?」

「ア、アア……。マダヤレル」

「まだ始まったばかりだぜ。連れていく」

「スマヌ」


 怪我をした戦士たちは、獣人族によって後方に連れていかれる。

 エルフの司祭に治療をしてもらえるので、早々に戦列へ復帰が可能だ。とはいえその穴を埋めるのは、戦闘に参加していない蜥蜴人族だった。後方で治療された者は戦列に戻らず、次の怪我人と交代する。

 この布陣で、ヒドラとの長期戦を制するつもりだった。


「拙い! ブレスが来るぞ!」


 暫く戦っていると、ヒドラが二本の首を持ち上げた。

 この行動は、口から毒の息を吐くものだ。まともに受けると猛毒に侵されて、そのまま死に至ってしまう。

 周囲に漂っている毒の霧であれば、風の衣で無効化できる。しかしながら吐き出される息に対しては、ほとんど効果を発揮しない。

 水をぶっかけられるのと同じである。


「抵抗力ヲ上ゲロ!」

「自然神の加護を!」



【エリア・レジスト・ポイズン/領域・毒耐性付与】



 さすがは、エルフ族の司祭か。

 一定の領域に存在する味方に対して、信仰系魔法を展開した。ちなみにセレスも自然神の司祭だが、残念ながら領域展開はできない。

 それほどの司祭が参加するとは、エルフ族の本気度がうかがえる。とはいえ、この魔法は毒に対する耐性が上がるだけだった。

 確実に防ぐわけではないので、犠牲者は出るかもしれない。


「まともに撃たせるな! 続けええええっ!」


 ヒドラの口から、ゴボゴボと紫色の液体があふれだす。

 ブレスを吐く寸前だったが、上空から一筋の流れ星が降ってくる。いや違う。星ではなかった。

 槍を持った神翼兵団の隊員が、隊列を組んで急降下してきたのだ。


「やああっ!」

「どりゃっ!」

「こなくそっ!」


 神翼兵団の兵士は、ヒドラの頭に槍を突き立て、そのまま上空へ戻った。

 二つの首は角度を変えられて、毒の息を真下に向かって吐く。地面にはドロドロとした紫色の液体が水たまりを作って、周囲に毒のしぶきを飛ばしている。

 それには、蜥蜴人族も歓声を上げた。


「「オオオオッ!」」

「助カッタ!」


 とはいえ、それも一瞬のこと。

 もう一つの首は、まだまだ自由に動いていた。もちろん後ろに下がってやり過ごしているが、その間にも二つの首は傷を再生させている。

 ヒドラの体力が尽きるのが先か。戦士隊の体力が尽きるのが先か。

 まだ戦いは始まったばかりで、予断を許さない状況だった。


「マスタァ……」


 そんななか、戦場の上空から甘い声が発せられる。

 戦いの喧騒けんそうで誰も聞いておらず見てもいないが、戦士隊の戦いぶりを眺めている人物がいた。

 そう。フォルトである。


「リリエラよ。そうモゾモゾと動くな」

「動かしてるのはマスターっす!」

「でへ。カーミラもな」

「はあい!」


 リリエラを抱いたフォルトの隣には、『透明化とうめいか』を使ったカーミラもいる。

 ヒドラは順番に釣りだすので、おっさん親衛隊はもう少し後なのだ。そこで、精鋭と言われる戦士隊の力量を確認している。


「リザードマンって強いな!」


 湿地帯で縦横無尽に戦う蜥蜴人族は、フォルトの想像を超えていた。

 中型のヒドラに捕食されず、攻撃に転じて傷を負わせている。隊としての連携も見事で、三本の首を翻弄していた。

 ただし、決定力に欠けるか。大技となるスキルを持っていないようで、首を斬り落とすなどの攻撃は見られない。


「でもマスター、あんな動きはできないっす」

「まあな。リリエラだとエルフのほうが参考になるか?」

「差がありすぎて参考にならないっすよ?」

「ははっ。木は渡れないか」

「無理っす!」


 さすがにリリエラだと、木の枝に飛び移ることもできない。

 まずは、跳躍力を上げるようなスキルを覚えないと駄目だろう。くノ一を目指すなら欲しいところだが、所詮はレベル十三の人間である。

 ちなみに、ベルナティオなら可能である。そういったスキルを修得しており、また木を蹴って登ることもできた。


「御主人様、他でも戦闘が始まったようですよお」

「ほう。予定通りのようだな」


 フォルトは、『透明化とうめいか』を見破るスキルを持っている。

 カーミラの姿はよく見えるので、頭をでてあげる。するとパタパタと寄り添ってきて、ほほに口づけされた。


「ちゅ!」

「でへ」


 リリエラには見えていないが、声や音は聞こえている。

 彼女も子供ではないので、何をやっているかは想像できた。


「マスターたちは空でも破廉恥っす!」

「気にするな」

「気になるっす!」

「ははっ。それにしても……」


(フェリアスの戦士たちは、種族の特性を活かした戦いをするなあ。指示を出してるエルフも大したものだ。いやはや面白い)


 まるでゲームのレイド戦を見ているようで、フォルトの胸が熱くなる。

 現実とそれではまったく違うのだが、彼らの連携は完璧のように思えた。それでも無傷というわけにはいかないようで、地面に転がる者が増えている。


「一瞬でも気が抜けないようだな」

「マスターは助けないっすか?」

「面倒。それにフェリアスの問題でもある」

「えへへ。御主人様が倒しちゃうと、彼らの面目が立ちませーん!」


 ローゼンクロイツ家は、あくまでも援軍である。

 フォルトたちは、毎回来れるわけではない。それに国の問題は、国民で解決するべきと思っていた。

 犠牲を払っても自分たちでやらないと、住人の国に対する信頼が低下する。フェリアスの強みは、種族を越えた国民の団結力や結束力なのだ。


「元王女なら分かるだろ?」

「それは言っちゃ駄目っす」

「すまんすまん。ちゅ」

「ぁっ。マスターは意地悪っす!」


 現在のリリエラは、カルメリー王国第一王女のミリアではない。

 すでに別の人生を歩んでいるので、これはフォルトが悪かった。口づけと共に体を弄ることで、彼女への謝罪とした。

 エロくノ一セットは、やっぱりエロい。


「でへでへ。じゃあ、おっさん親衛隊のところへ戻るか」

「はあい!」

「続きは後でしてほしいっす!」


 リリエラに与えた堕落の種は、彼女のレベルが低いので効果を発揮していない。しかしながら、こっち方面は完璧に堕ちている。

 それに気を良くしたフォルトは、カーミラと一緒に移動を開始するのだった。



◇◇◇◇◇



 フォルトたちは、おっさん親衛隊が待機している場所に降りた。

 この場所も他の戦場と同様に、木が密集していない。もちろん蜥蜴人族はいないので、すでに地面は固めてある。

 遭遇戦と違って、先に戦場を設定できるのがヒドラ討伐の特徴だった。


「あれ?」


 戦場には、ベルナティオ以外のメンバーがいない。

 今回は作戦からすべて、おっさん親衛隊に任せてあった。ヒドラを釣りだしに向かったのはセレスなので、この場にいないのは分かる。

 とりあえず彼女に聞けば済む話なので、足早に近づいた。


「ティオ、みんなはいないのか?」

「四方に隠れているな」

「ほう。作戦か?」

「そんなところだ。知らないほうがいいのだろ?」

「うむ。楽しみだな」


 これはセレスの考えた作戦だが、内容を聞かなかった。

 フォルトからの支援を受けないおっさん親衛隊が、どうヒドラと対峙たいじするのか興味津々なのだ。

 ベルナティオ以外は格上の相手となるが、彼女たちなら大丈夫だろう。


(俺の憤怒を一瞬にして鎮静化させたチームワークは完璧だ。あれほど息が合っているなら、余程のことがないかぎり負けないだろうな。でへ)


 フォルトが思い出したチームワークで、ヒドラに勝てるかは謎だ。とはいえ、フレネードの洞窟での出来事を脳裏に浮かべて頬が緩む。

 あれは、何度もやってほしい。


「きさま、戦士隊はどうだった?」

「俺が見たときは誰も死んでなかったぞ」

「ほう。精鋭と言われるだけあるようだな」

「今は分からん。怪我人はいたようだが……」

「私たちは無傷といきたいものだ」


 ベルナティオが不敵な笑みを浮べている。

 ビッグホーン戦ではフォルトがズルをしたので、彼女たちに怪我はなかった。大小様々な石礫いしつぶてが飛んできても、防御魔法の守りで跳ね返している。

 もしも先ほどの蜥蜴人族のように、ヒドラの攻撃で吹っ飛ばされると拙い。ソフィアやセレスの防御魔法だと、相手が相手だけに心許ない。


「みんなの柔肌に傷が付くと思うとな」

「唾を付けておけば治る。後でめろ」

「そうしよう。でへ」

「締まりのない顔だ」

「んんっ! 緊張感を解いたら駄目だな!」


 フォルトの軽口は、シュンのそれとは違う。

 ノウン・リングとイービスの違いを理解し、過保護をやめたことで、より慎重になった。その土台があるからこその軽口なのだ。

 ヒドラについての情報収集は終わらせて、彼女たちと共有した。

 後詰として、戦場の周囲にも召喚した魔物を放ってある。


(よしよし。準備万端整ったな。後はセレス待ちか……。おっと)


 フォルトが思考の旅に出たところで、カーミラに腕を引っ張られた。

 どうやら彼女の魔力探知に、何かが引っかかったようだ。


「御主人様、そろそろ来ますよお」

「うむ。ではティオ、お手並み拝見だ」

「任せておけ。おまえたちっ!」


 ベルナティオが大声を上げると、周囲に隠れていた身内が手を振っている。緊張しているかと思いきや、その表情には笑みがこぼれていた。

 後詰がフォルトだからなのか。それとも、作戦を念入りに打ち合わせたか。要因は分からないが、頼もしいかぎりだった。


「さてと。離れるとするか」

「はあい!」

「マスター、急いで離れるっす!」


 リリエラが急かす理由はよく分かる。誰もが理解できるほど、ドシンドシンといった音が聞こえてきたからだ。

 そこでフォルトはカーミラとリリエラを連れて、一番遠くで手を振っているキャロルの所へ移動した。


「フォルト様、ここなら大丈夫です」


 キャロルのいた場所は、戦場から多少離れている。

 大きく育った木が密集して、中型の魔物では侵入が困難だろう。ヒドラを足止めできるほど、幹が太かった。

 なかなか良い場所を確保するものだ。


「御嬢様は大丈夫ですかね?」

「平気だと思うぞ。さっきも……」


 先ほど見たレティシアは、厨二病ちゅうにびょうが全開だった。左手で左目を隠し、戦いの勝敗を予見したような仕草をしていた。

 あれだけ余裕ぶっているなら、きっと大丈夫だろう。


「まあなんだ。助ける方法はあるから大丈夫だ」

「そうですか?」

「御主人様なら大丈夫ですよお」

「し、信用してますからね!」


 たとえ捕食される寸前でもフォルトであれば、彼女たちを助けられる。

 ただし代償が大きいので、なるべくなら使いたくなかった。


「リリエラはよく見ておくんだぞ?」

「はいっす! マスターのように目に焼き付けておくっす!」

「そっ、そうだな!」


 フォルトの目に焼き付いているのは、美少女たちのあられもない姿。

 それは置いておいても、リリエラには良い勉強となるだろう。特に連携というものを意識してもらいたい。

 そしてフォルトたちは、ベルナティオを見る。


「『一意専心いちいせんしん』、『気剣体一致きけんたいいっち』、『金剛力こんごうりき』……」


 ベルナティオは腰を落とし、抜刀術の構えで三個のスキルを使う。

 どれも補助スキルに該当するが、剣士としての彼女を形作る基本構成だ。この瞬間にこそ、〈剣聖〉として最高の実力を発揮できる。

 ヒドラの近づいている音が聞こえるが、彼女の周囲だけは静寂に包まれているような感覚を覚える。

 フォルトは思わず息を飲んだ。


「連れてきましたわ!」


 そこへ、森を渡ってきたセレスが飛び出してきた。

 地面を走るような速度は変わらず、木の枝から木の枝に飛び移っている。エルフが森の妖精とは、よく言ったものだ。

 彼女が身内だからか、フォルトは幻想的な美しさに見とれる。


「………………」


 セレスの後ろからは、ヒドラが迫っている。

 三つ首を交互に前面へ出して、彼女を捕食しよう追いかけていた。まったくもって不快だが、今は黙っておく。

 その間も目を閉じたベルナティオは、ジリジリと動いて位置を調整している。


「「シャー!」」


 そして、ヒドラも飛び出してきた。

 すると呼応したかのように、ベルナティオが抜刀する。


「『月影つきかげ』!」


 まさにベルナティオの目前を、ヒドラが通過した瞬間だった。彼女は自身が持つ最強スキルを発動したのだ。

 これはビッグホーンの頭蓋を、側面から真っ二つにした威力がある。とはいえ狙いは一撃で殺すものではなく、ヒドラの前脚の一つを切り離した。

 それでも瞠目どうもくに値する攻撃であり、バランスを崩したヒドラは前のめりで倒れる。次々と細木をなぎ倒しながら滑っていき、半回転して止まった。

 またそれに合わせて、戦場に音楽が流れ始める。


「なんという演出……」


 フォルトがそう思うほど、なんとも凝った演出だった。初めて聞く音楽だが、まるでゲームのボスが登場した場面を思い出す。

 アーシャはフェリアスに訪れる前に、バグバットから楽団を貸りている。

 そのときに、音響の腕輪へ入れていた音楽の一つだろう。しかしながら、ここは追撃するところだと思われた。

 遊びは控えないと、命を落とすことになる。



【ウインド・カッター/風の刃】



【ロック・ジャベリン/岩の槍】



 どうやら、フォルトの心配は杞憂きゆうだったようだ。

 細木の裏に隠れたアーシャが『奉納の舞ほうのうのまい』を踊りながら、ヒドラに向かって風属性魔法を撃つ。

 それと同時に、ソフィアの土属性魔法が放たれる。


「「シャー! シャー!」」


 倒れ込んでいるヒドラは、それらの魔法をまともに受けた。

 二人の魔法攻撃によって、巨体に傷を付けている。とはいえ、それほどのダメージは与えていないようだ。

 すぐに岩の槍が落ちて、風の刃で斬った傷が塞がっていく。もちろんベルナティオの斬った足も、再生を始めていた。

 足の再生が終わらないと立ち上がれないのか、ヒドラは三つ首を動かして獲物を探している。


「風の精霊シルフよ。私の声に応えて舞い踊れ!」



【ウインド・ダンス/風舞】



 まだまだ、攻撃は続くようだ。

 ヒドラを釣りだしたセレスが戻って、木の枝から弓を構えている。使った精霊魔法から、フェブニス隊がヒル・ジャイアントの体に穴を空けた攻撃だと察せられる。

 しかも彼女は、さらに上をいく。


「『月読神弓つくよみしんきゅう』!」


 なんとセレスは七本の矢を弓につがえて、ヒドラに向かって一気に射た。イービスの月は七つあるが、それになぞらえたようなスキルだ。

 彼女が修得している『邪矢じゃや』の上位版なのか。射られた矢は上下左右と、あらゆる角度で飛んでいく。

 これらの矢は、風の精霊シルフが起こした風を通り抜けている。結果は言うまでもなく、ヒドラのあちこちに穴を空けていた。


「すげぇ……」


 フォルトは素で驚いてしまった。

 新たに覚えたスキルなのか。使う機会がなかったので分からないが、かなり強力な攻撃である。

 そして、まだ現れていない身内が動きだした。


「〈黒き魔性の乙姫〉レティシア! いっきまーす!」


 一番不安なレティシアの声が木霊する。

 木の影から飛び出した彼女が、両手に三日月剣を持って駆けだした。土煙を前方に展開しているので、土の精霊魔法でも使ったのだろう。


「うふふふふ。暗黒の刃を受けて冥界に旅立ちなさい!」

「「シャー!」」

「『黒死剣こくしけん』!」


 ヒドラとの距離を詰めた彼女は、厨二病を発症させながら剣で突いた。

 このスキルは、攻撃した相手を腐食させる効果を持つ。再生能力を持つヒドラには有効な攻撃手段だった。

 それでも、だ。

 奇襲になっているので成功したようなものだが、かなり無茶な行動だった。ヒドラは倒れていても、三つ首は獲物を探して動いている。

 当然のようにレティシアを発見して、口を開けて迫ってきた。しかしながら、まだ現れていない最後の一人が魔法を発動する。



【アイス・ウォール/氷の壁】



「「ジャッ!!」」


 レティシアの周りを囲むように、レイナスの魔法で作られた氷の壁が立ち塞がる。左右から迫っていた二本の首は、壁に衝突して大きな音を立てた。

 亀裂が入って割れそうだったが、なんとか難を逃れたようだ。とはいえ、首はもう一本存在する。

 真ん中の首は口を閉じて、彼女を見下ろしていた。


「拙い! 毒のブレスだ!」


 思わずフォルトは叫んだが、その首が動くことはなかった。

 刀を振るったベルナティオが、レティシアの隣で静止している。スキルの『縮地しゅくち』を使って一気に間合いを詰め、『返し刃かえしやいば黄泉路よみじ』で中央の首を斬ったのだ。


「調子に乗るな!」

「ご、ごめんなさあい!」

「下がるぞ! まだ倒したわけではない!」

「はあい」


 そう。物凄い連続攻撃だったが、ヒドラは死んでいないのだ。

 足はすでに再生が終わって、中央の首も修復が始まっている。左右の首は態勢を整えて、氷の壁を避けるように動きだした。

 一瞬でも早く離れないと、すぐに攻撃されるだろう。


「『縮地しゅくち』!」

「きゃ!」


 ベルナティオはレティシアを抱え上げて、一気にヒドラから離れる。

 それからは、申し合わせたような攻撃が始まった。彼女以外は木の裏に隠れて、魔法や遠距離攻撃に終始するようだ。

 ヒドラは通常の蛇と違って、目で獲物を捉える。もちろん皮膚や舌で地面の振動や空気中の熱を感知するが、視力が良いのでそちらを使っていた。

 〈剣聖〉を獲物と捉えて、木の裏に隠れている者たちに意識が向いていない。


「ほう。ティオに力を集中させる作戦か」

「ヒドラの体力を大きく削れるのは彼女だけですからね」

「なるほどな」


 キャロルの答えは納得できた。

 ベルナティオ以外は魔法が使える。ヒドラの再生を阻害できる火属性魔法は有効なので、ソフィアが刀に付与していた。

 アーシャの踊りは『戦神の舞せんしんのまい』に切り替わって、音楽も変わっている。

 セレスも援護射撃に終始して、治療のために魔力を温存していた。

 レティシアのスキルは切り札になるとはいえ、レベルが低いので精霊魔法をメインに戦っている。


「レイナスは……」

「彼女だけ特殊ですね」


 レイナスの位置取りは、ベルナティオの後ろだった。

 ヒドラのブレスを防ぐには、氷属性魔法が有効である。戦場の四方に隠れている身内を守るのが、彼女の役割だった。

 聖剣ロゼを使って、前線で戦うのも良い。しかしながら魔法剣士として、臨機応変に動けるのは彼女の強みだろう。

 これには、フォルトもほくそ笑む。

 そしておっさん親衛隊の戦いを、目に焼き付けるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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