第三十章 フェリアスからの帰還

第421話 ローゼンクロイツ家とヒドラ討伐1

 ローゼンクロイツ家の系譜は、初代魔王ジーグ・ラスティの時代まで遡る。

 当時のローゼンクロイツ家当主ジュラは、魔王の親友にして魔族の国ジグロードの建国に携わった人物である。

 建国後は見聞を広めるとだけ言い残して、北の絶壁から南へ旅に出た。豪快な性格で、人間に迫害されていた亜人に手を貸している。

 頼まれてもいないのに、フェリアスの建国にも尽力していた。


「ほう」


 また生粋の魔族として、なんでも力で解決していた。

 無断で魔王軍を引っ張り出し、自分本位でフェリアスを防衛している。亜人を奴隷にしようと進出してくる人間を、すべて暴力でたたき潰していた。

 それにあきれ果てた初代魔王が、仕方なく重い腰を上げた。


「これが五百年以上も前の話よ」

「私たちの御爺様おじいさまだけどねえ」


 エウィ王国すら建国していない時代だ。

 当時の人間だと、魔族に対抗する手段がない。いきなり北から現れた化け物のように映っただろう。

 当然のように人間同士でも争っていたので、初代魔王ジーグの要求をみ、フェリアスと和解することになった。

 ここまで聞いたフォルトは、カーミラを抱き寄せて口を開く。


「ふぁぁあ」

「ちょっと! 真面目に聞きなさいよ!」


 欠伸をしたら、マリアンデールに怒られてしまった。

 宿舎の中で暇を持て余していたところ、ローゼンクロイツ家の何が凄いかに興味を持った。そこで座りながら、令嬢たちから話を聞いている。

 ジュラ・ローゼンクロイツは、魔族そのものだった。自由奔放で独善的なのも、初代魔王以外に負けなかったからだろう。


(ハチャメチャな奴だな。まあそれがあったから、ローゼンクロイツ家の名声が高いのか。人間の名家とは意味合いが違い過ぎるが……)


 改めて「魔族の名家」ローゼンクロイツ家を知り、フォルトはひるんでしまう。自分には、そこまでのことができないと断言できる。

 そう思ったところで、ルリシオンが体を密着させてきた。


「フォルトでいいのよお」

「え?」

「ふふっ。貴方の考えてることは分かるわ」

「シモベだしな」

「そうよお。大前提はクリアしてるわあ」

「魔人の力か……」


 イービスの理は弱肉強食で、魔族は力の信奉者。

 魔人の圧倒的な力を背景に、ローゼンクロイツの家名に泥を塗らなければ良い。とルリシオンは言っている。

 ならば、今のままで良いのだろう。


「あはっ! 次はパパねえ」

「あ……。親父さんの話はいいや」

「え?」

「考えると頭が痛くなる」

「ふふっ。対策だけは練っておきなさい」

「それも含めて……」


 フォルトは現実逃避する。

 いずれ戦うであろう本来の当主ジュノバ・ローゼンクロイツについては、はっきり言って何も考えていない。

 もちろん彼も、ジュラの血を色濃く継いでいる。後はお察しなので、とりあえず話が通じることを祈っておく。

 それよりも今は、他にやることがあった。


「さて、そろそろ出発だな」

「フィロの準備は終わったかしら?」

「従者がいると楽だわあ」


 姉妹に気に入られるとは、フィロも相当なものだ。

 適応能力が高いのか、すでにフォルトたちを怖がっていない。おそらくは、キャロルの存在が大きい。

 レティシアの相手をする従者なので、共感を覚えたのかもしれない。


「どっこいしょっと」


 フォルトはおっさん臭く立ち上がる。

 そしてシモベたちを連れて、面倒臭そうに宿舎を出た。


「アーシャ、準備はできてるか?」

「全部やってもらっちゃった! てへっ」


 一番準備ができていなさそうなアーシャに声をかけたが、残念ながら聞く相手を間違えたようだ。

 全員の準備はすべて、フィロやキャロルが終わらせていた。


「あぁ……。フィロ、キャロル」

「準備できてます!」

「いつでも出発できます」


 従者たちの周囲には、何個かの背負い袋が用意してあった。

 これらはフィロが、獣人族の集落で用意したものだ。野営に必要な道具類や湿地帯用の装備などが入っている。

 そしてキャロルは、「あぁ御嬢様!」と言いながら離れていった。


「キャロルも大変だな」

「そうですね。とりあえず、荷物はまとめてあります」

「ふーむ。やっぱり使わないと思う」

「持っていくのが面倒なだけですよね?」

「うぐっ! そっ、それもある」

「フォルト様はアレですが、他の方々は必要ですよ?」

「アレ……」


 魔人と言えないフィロは、フォルトを物呼ばわりする。変人扱いされたような気がするが、彼女にそのつもりはないと知っている。

 それはさておき、こういった装備を用意したことすらなかった。


「まあなんだ。フィロが言うなら必要なのだろうな」

「今回は湿地帯ですからね」

「普段とは違うか」


 フォルトとしても、湿地帯は初となる。

 餅は餅屋なので、とりあえずフィロに任せておけば良いか。


「ならスケルトンを出しておく」

「嫌ですよ!」

「そう言うな。指揮権を渡すから、荷物を持たせておけ」

「アンデッドは拙いですよ?」

「いや。俺が使うのを知らしめておく」


 召喚するアンデッドは、フォルトにとって便利なのだ。

 ローゼンクロイツ家の当主はそれを使うと知ってもらえれば、いちいち問答しなくても良くなるだろう。

 死霊術師が忌み嫌われるとしても、隠すよりは見せてしまう。

 このあたりを遠慮していると、今後も苦労が絶えない。フェリアスでは好意的に見られているため、多少の問題には目をつぶってもらえるはずだ。

 人間は見限っているので、逆に嫌われていたほうが良い。


「ところでフィロ」

「なんでしょうか?」

「今からヒドラの討伐に向かう。胸騒ぎはするか?」

「いえ。まったく……」

「危険はないと?」

「確実とは言えませんが、何の予兆もないですね」

「ふむふむ」


(「幸運のフィロ」は、危険がないと判断しているか。これも面白いよなあ。兎人うさぎ族の固有能力のようだが、ティオの話だと……)


 フィロは昔、ベルナティオと旅をしていた。彼女の危険察知は、ほぼ的中するとの話である。

 今回のヒドラ討伐は、命の危険があると思われる。一緒に向かう戦士隊はかなりの被害を想定していたが、彼女はあっけらかんとしていた。

 この能力は、彼女だけの話か。それとも、ローゼンクロイツ家まで及ぶのか。はたまた、ヒドラからの被害が皆無なのかは分からない。

 フォルトにとっては興味深い能力だった。


「賭け事で負けないとか?」

「そういったものには働きません」

「身の危険だけか」

「はい」

「フィロ以外の兎人族は?」

「………………」


 フォルトの言葉に、フィロが険しい表情に変わった。

 その意味は分かったので、慌てて訂正する。


「単純な興味だぞ? 集落に手を出すつもりはない」

「そっ、そうですか?」

「兎人族はフィロだけで十分だ」

「ほっ」

「俺を何だと思っているのやら……」

「破廉恥なアレです」

「アレ……」


 やはりフォルトには、「変態さん」とか「女性の敵」と聞こえてしまう。間違いではないのだが、とりあえず話の続きを促す。

 基本的に兎人族は閉鎖的で、フェリアスの住人とも交流がない。

 広い原生林で、ひっそりと集落を営んでいると聞いた。


「危険感知能力は、人により違いますね」

「フィロだけ極端に高いとか?」

「どうなんでしょう? あまり気にしていません」

「ふーん」


 根掘り葉掘りと聞いても嫌われるだけなので、この辺でやめておく。

 最低でも、フォルトの身内や準身内だけには嫌われたくない。とはいえ、譲れないものが一つある。

 話は終わりとばかりに、フィロに最後の言葉を告げた。


「原生林に入ったら、そのボロいローブは脱いでおけ」

「嫌ですって!」

「ははっ。みんなと同じ付与をしてあるから平気だぞ」

「い、いつの間に……」


 フィロの戦闘服はバニーガール。

 何も手を加えなければ、枝や葉で服が破れたり肌が傷つくだろう。もちろんそうならないように、防御魔法のシールドを付与してある。

 幽鬼の森で彼女が風呂に入ったときに、リリエラが持ってきてくれた。準身内なので、体の関係を持つつもりはないのだ。

 ただし、アバター鑑賞は別である。


「い、いえ。そうじゃありません!」

「でへ。ではな」

「ま、待って……」


 フィロの制止を聞かず、フォルトは身内たちが待つ場所に移動した。彼女たちは荷物を持って、いつでも出発できる状態である。

 そこで、最終的な確認をしておく。


「まず、おっさん親衛隊と魔族組に分かれる」


 チーム分けは、フォルトの言ったとおりだ。

 連携の取れている者同士を、わざわざ分ける必要はない。さっさと終わらせて、幽鬼の森で自堕落な生活をしたい。


「マスター、予定の変更はないっすか?」

「うむ。リリエラは俺と見学だ」


 リリエラはまだ、レベル十三である。

 刀や苦無が多少使えるようになったぐらいで、スキルや魔法も増えていない。ヒドラとの戦闘は早すぎるので、フォルトとカーミラが守る予定だ。

 他の身内の戦闘を見るだけでも、良い経験になるだろう。


「マリとルリのほうは平気か?」

「あら。誰にものを言っているのかしら?」

「ははっ。気遣うぐらいはさせてくれ」

「私たちのほうは問題ないわあ」

「シェラはまだ限界突破前だ。守ってやれ」


 シェラにとってヒドラは、格上の相手となる。

 マリアンデールやルリシオンから見れば雑魚でも、まともに戦えば彼女が死ぬ可能性があった。

 ここは過保護でも、姉妹に念を押しておく。


「御主人様の命令は受け取ったわ」

「シモベぶらなくてもいいぞ」

「冗談よお。でも面白いわねえ」

「ははっ。危なくなったら、悪魔の力を使ってもいい」

「誰にも見られないでしょうしね」


 今回のヒドラ討伐は、各戦士隊が毒の沼地から誘いだす作戦だ。

 相手の土俵で戦うなど愚の骨頂。誘いだした後は、戦士隊が戦いやすい場所で討伐任務を遂行する。

 ヒドラは八体存在して、そのうちの二体はローゼンクロイツ家の担当である。

 ここまで話したところで、フィロが声を上げた。


「フォルト様、みんな出発しちゃいましたよ?」

「おっと。俺たちが最後か」

「貴様、後は途中で野営したときでいい」

「そうしよう。では出発してくれ。後で合流する」


 戦闘狂のベルナティオは、とにかく向かいたいようだ。

 フォルトとカーミラは、別行動でやりたいことがあった。

 蜥蜴人族の集落からだと、一日半から二日ほどかかる予定だ。野営地となる場所は確保してあるようなので、まずは全員でそこを目指す。

 おっさん親衛隊の確認は、後でも良いだろう。とりあえず荷物持ち用のスケルトンを召喚して、フィロに指揮権を渡すのだった。



◇◇◇◇◇



 フェリアスの原生林中腹。

 ルイーズ山脈から流れる大河は、北東に向かって海に流れている。そこから何本もの支川が伸びており、何本かは大陸中央部まで向かっていた。

 そのうちの一本は山脈の中を通り、フェリアスを横断して西へ伸びている。


「ふむふむ。興味深いな」


 二本目の大河と言っても過言ではないが、源泉は同じだった。それはともかくとして、フェリアスを横断する大河沿いに、蜥蜴とかげ人族の集落が点在する。

 そして、ヒドラの巣も同様だった。


「御主人様、あれですかね?」


 ヒドラの巣の上空を飛ぶのは、フォルトとカーミラである。彼女が悪魔だと知られないように、お姫様抱っこで移動中だ。

 魔人の力ではなく、飛行の魔法で偵察に来たところだった。


「大きいな。中型か?」

「ですねえ。首が多くて気持ち悪いでーす!」

「まったくだな。聞いていた話どおりか」

「ぁっ。御主人様、指が入ってますよお」

「でへ」

「気持ちいいので続けてくださーい!」


 悪い手を動かしているフォルトは、カーミラの発見したヒドラを眺める。

 蛇の魔物と言うよりは、四足歩行の首長竜のようだ。毒々しい紫色の胴体は太く、首を垂直に立てれば、二十メートル程度の高さか。

 胴体から伸びた尻尾は、首の数と同数だった。


「それにしても……」


 毒の沼地との話だが、かなりの広さだった。

 沼の周囲は開けて、ヒドラが複数体が寝そべっている。行動範囲の木は傾いているか、折れて踏み潰されていた。

 紫色の霧が立ち込め、地面も変色して毒々しい。


「おじさま、どうですか?」


 残念ながら、二人でのデート飛行になっていない。

 フォルトと並んで飛ぶのは、白い翼を持つ神翼兵団団長ホルンである。任務遂行中なので、ミリオンと四名の隊員が随行していた。

 総勢にすると七名だ。


「参考になった。だがホルン殿はせわしいな」

「我ら有翼人は空中で静止できませんので……」


 フォルトが忙しいと言ったように、ホルンを含めて有翼人たちは、上下に浮いたり落ちたりしていた。

 彼女やミリオンはそうでもないが、他の有翼人はかなりの幅で動いている。


「疲れないのか?」

「あ、おじさま。疲れましたので、私も抱っこを……」

「隊長! そんなわけないだろ!」

「うるさい! 早く物資を届けてこい!」

「やれやれ」


 ホルンに怒鳴られたミリオンは、二名の有翼人に指示を出した。

 彼らは先行している遺跡調査隊に渡す荷物を持って、作戦会議で指定されていた場所に向かった。かなりの大荷物だが、それでも悠々と飛んでいる。

 羽ばたく力が強いようだ。


大鷲おおわしのようだなあ」

「グリフォンがどうかしましたか?」

「グリフォン……」

「この辺りは間引きしましたので襲ってきません!」


 グリフォンとは、鷲の頭に獅子ししの胴体を持つ魔獣である。

 この周辺だと、ルイーズ山脈に棲息せいそくしている。鷲獅子じゅじしとも呼ばれ、ホルンが勘違いしたようだった。

 天然ボケなのかと、フォルトは乾いた笑みを浮かべる。


「遺跡調査隊には、シュンたちが同行してたな」

「あのいけ好かない人間ですか?」

「いけ好かない……」

「軽薄そうで小細工を弄する迷惑な輩です」


 第一印象は重要である。

 シュンは道に迷ったと偽って、ガンジブル神殿に向かっていた。ホルンとミリオンが発見して引き返させたが、そんな子供だましは通用しない。

 後から聞いた報告と総合して、彼女からの印象は最悪だった。


「なんか……。同じ日本人がすみません」

「え?」

「い、いや。何でもない」


(なぜ俺が謝らなきゃならんのだ! まったく、奴が絡むと調子が狂う。シュンだけ日本に帰せないものか? いや本当に……)


 フォルトのおっさん臭さが全開だ。

 マナーの悪い同郷の若者が外国で悪さをして、なんとなく申しわけない気持ちになるのと同様だった。

 エウィ王国では知らないが、フェリアスだとシュンの評判は悪い。


「おじさま、あちらの木の枝に降ります」

「うむ」


 フォルトが天を見上げて口を開けたところで、ホルンから提案された。

 有翼人が飛ぶには体力を使う。飛行魔法のようにはいかず、どこかで翼を休める必要があった。

 彼女の指定した場所は、ルイーズ川沿いに生えている大きな木だった。ヒドラの巣から離れるが、さすがに近くへ降りるわけにもいかない。

 当然のように戦うつもりはないので同意した。


「どっこいしょっと」


 フォルトはカーミラを抱いたまま、木の枝に座る。

 木の生命力が弱いのか、あまり大きな動きをすると枝が折れそうだ。


「ここから毒が流れ出しているようだな」

「はい。恐らくは川底からも……」


 ヒドラの毒が地面に染み込んで、この一帯から流れ出していた。討伐した後は、大規模な工事を行う必要があるだろう。

 もちろんフォルトには関係ないので、物凄く他人事のように口走る。


「なるほどな。後始末が大変そうだ」

「おじさまと一緒なら苦になりませんが……」

「え、えっと……。ホルン殿は年上が好きなのか?」

「はい! おじさまぐらいの渋い男性ひとが好きです!」


(言いきった!)


 マリアンデールの感が当たっていた。

 それでも「フォルトが」というよりは、「おっさん好きの女性」だろう。人の趣味はそれぞれなので構わないが、なかなかお目にかかれるものではない。とはいえ、自分は渋いと思っていない。

 ホルンの目には、はたしてどう映っているのだろうか。


「そっ、そうか。どのあたりが好きなのだ?」

「えっと……。見ていて格好いいです」

「は?」

「目の保養になります!」


(そっちか!)


 女性好きなフォルトが、アバターを楽しむのと同様である。

 年上好きと言いきった理由が分かってしまった。こういった趣味を持つのは、なにも男性だけではないのだ。

 ある意味で盲点だった。


「その気持ちは分かるぞ」

「え?」

「男女の違いがあれど、俺も同じだ」

「趣味が合いますね!」

「う、うむ」


 同類は同類を呼ぶ。今ここに至り、フォルトはホルンが気に入った。

 ただし趣味友として、だ。


(ホルンは可愛いながらも凛々りりしくて、なかなか隅に置けない。おっさんメイド隊は無理か? まぁなんかあれば……)


 有翼人のホルンは、フォルトの趣味に合致していた。

 翼も白いので、レアものに該当する。とある部分はよろいで分からないが、その膨らみからは小さいと思われた。

 それでも残念ながら、メイドは無理だろう。神翼兵団団長として、敵と戦うほうが本分である。

 そんなことを考えていると、ミリオンが頭を下げた。


「フォルト……、様。うちの団長が変な奴ですみません!」

「い、いや。人の趣味を否定してはいかんぞ」

「は?」

「趣味とは遊びだからな」

「(本気も入ってるんですけどね)」


 ミリオンがボソッと何かをつぶやいたが、フォルトには聞こえなかった。

 彼の声に被せて、カーミラがホルンに問いかけたからだ。


「周辺にはどんな魔物がいるんですかあ?」

「結構危険な魔物がいますよ」


 毒の沼地には、ヒドラの他にも魔物が棲息する。

 一番危険なのはローパーだが、毒を冠に持つ魔物が多い。ポイズン・アルラウネやポイズン・フロッグマンなど、本来棲息する魔物の亜種が存在する。


「後はナーガですね」

「ほう。人間のような上半身を持った蛇だっけ?」

「おじさまとお会いした迷宮にいたらしいですが……」


 ブロキュスの迷宮では、ベルナティオが倒している蛇の魔物だ。

 毒に耐性がある魔物なので、この周辺にも棲息していた。人間のように腕があり、攻撃方法が多彩である。

 推奨討伐レベルは三十だが、それなりに危険な魔物として分類される。


「作戦会議では放置すると決まったな?」

「はい。ヒドラだけで手一杯ですからね」

「襲ってこないのか?」

「ヒドラの餌ですし、おそらく近寄ってこないです」

「なるほど。倒してもいいのか?」

「構いませんが、そんな余裕はないと思われます」


 ローゼンクロイツ家は二隊に分かれるが、実質は三隊である。

 フォルトは見学しながらも、彼女たちの後詰をするつもりだった。ヒドラに集中できるよう、他の魔物を駆逐する予定だ。

 もちろん召喚した魔物に任せるが……。

 後で生態系がなどと言われないように、今のうちに確認を取っておく。


「ホルン殿は何をするのだ?」

「我らは空から援護です」


 神翼兵団は魔法や投げやりを使って、ヒドラの注意を引く予定だった。

 相手は首が何本もあるので、そういった支援は有効だ。三本首でさえ、バラバラに攻撃してくる。

 しかし……。


「ローゼンクロイツ家には不要だ」

「え?」

「邪魔といった話ではないぞ?」


(いや邪魔なんだよな。確かに有効的な支援なのだが、レベル上げのためにはいないほうがいい。危険なときは、俺やカーミラが介入するしな)


 フォルトが考えるレベル上げの仕様の一つだった。

 ベルナティオが人間の限界に近いとはいえ、ビッグホーンでレベルが一つしか上がっていない。

 これは、ズルをしたからだと思っている。本来なら自分も戦闘に参加せず、おっさん親衛隊だけで倒せば、もっと上がっても良いはずだった。なので今回は、直接的な支援をしないつもりである。

 もちろん負けそうなら、何を置いてでも介入するつもりだ。


「楽に倒したほうが良いと思われますが?」

「ホルン殿は強いだろ。どうやってレベルを上げた?」

「………………」


 おそらくホルンは、レベル三十の限界突破が終わっている。しかも、レベル四十に近いだろう。でなければ、神翼兵団の団長など務まらない。

 それに彼女は若い。どう見ても二十代前半だ。ならば、効率的にレベルを上げたと思われる。

 初期のレイナスと同様に……。


「私の場合は、グリフォンの巣に放り出されましたね」

「ははっ。そういうことだ」

「ですが危険すぎるため、私が最後でしたよ?」

「まぁ試練というやつだ」


 フォルトは大婆を思い出して、口角を上げてしまう。

 若くしてレベルの高い者は、何かしらの苦難を乗り越えていると思われた。レイナスには、魔の森の魔物を一人で倒させていた。

 もちろん『素質そしつ』や『俊才しゅんさい』のスキルがあれば、レベルは上がりやすい。とはいえそれが無くても、やり方によっては上がっていく。

 ソフィアやセレス、レティシアは持っていないのだから……。


「よし、そろそろ戻ろうか」

「はあい!」

「我らはもう一回り偵察を行います」

「付き合ってもらって助かった。礼を言う」

「いえ! いつでもお呼びください!」


 ホルンたちと別れたフォルトは、カーミラを抱いて宙に浮く。

 それにしても、フェリアスは良い。大自然ここに有りといった感じがして、精神的な安らぎを感じられた。

 もしかしたらジュラ・ローゼンクロイツも、同じ気持ちだったかもしれない。

 そんなことを思いながら、身内と合流するために飛び立つのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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