第420話 (幕間)教皇選と名も無き神の教団

 エウィ王国城塞都市ミリエには、聖神イシュリル神殿の本殿が存在する。

 外周を何本もの白い柱が立ち並び、中央には王宮もかくやと思わせる大聖堂が建てられている。聖神をまつるに足る荘厳な造りだ。

 敷地内には、神聖騎士団の本営も設置されている。常に五百名の聖なる騎士たちが常駐して、神殿の警備は厳重だった。

 そして大聖堂に隣接する宮殿が、教皇の住居である。邸宅と寮が合わさったような形で、司祭階級の者たちも住んでいた。


「教皇様、シュナイデン枢機卿猊下すうききょうげいかがお見えです」

「お通ししてください」


 教皇のカトレーヌは、とある件を協議する必要があった。

 彼女は現教皇として、十年以上務めている女性だ。年齢は七十歳を越えており、人の良さそうな老婆である。

 こちらの世界の教皇は、言わば名誉職にあたる。

 宗教上の権威を有するが、実務的な権力は無いに等しい。しかしながら神の代弁者なので、その発言は誰も無視できない。


「本日も聖神イシュリルの導きをありがとうございます」


 実務的な権力を有するのは、目の前の五十歳を越える男性だ。

 それでも、堅苦しい挨拶になるのは当然だった。教皇は神殿勢力の最高責任者で、信者を導く立場にある。

 たとえ枢機卿と言えども、信者の一人だった。


「お座りください」

「ありがとうございます」


 彼女の机の前には、左右に椅子が並んでいる。

 そのうちの一つを持ったシュナイデンは、机の前に置いて座った。その顔に浮かぶのは、ふてぶてしいまでの笑顔だった。


「本日は何用ですかな?」

「教皇選についてです」


 教皇選とは、神殿勢力の司祭や神官によって、次の教皇を選出する行事。五年に一度行われる投票で、カトレーヌは三期務めていた。

 つまり、勇魔戦争前に選出された教皇である。

 彼女の場合は、自らの意思で出馬していない。教皇になりたいと望んだのは最初だけだった。二期目と三期目は多くの信者に勧められ、無投票で選出された。

 熾烈しれつな戦いだった勇魔戦争を、人間の勝利で終わらせた立役者の一人である。聖神イシュリルの奇跡を起こした人物だった。

 魔物を寄せ付けない戦場の設置や、ジルロードへの道に施した結界である。オークニーに召喚した神兵も、そのうちの一つだった。

 高い徳と凄まじい功績で、対抗馬がいなかったのだ。


「私と競う御方がですか?」

「これから話す内容は、両者に関係するものです」


 今回はシュナイデン枢機卿が出馬するので、無投票とはいかない。

 そのため、教皇選を執り行う必要があった。


「して、どのような話ですかな?」

「先日、聖神イシュリルから神託を受けました」

「ほう」

「すべての信者で選出せよと仰せです」

「なんと!」


 教皇選の投票は、神殿勢力だけで行うものだ。

 この神託を受けたカトレーヌは驚いたが、シュナイデンも同様のようだ。とはいえ徐々に、彼の口角が上がっていた。


「お分かりかと思いますが、今回の神託は実行できません」

「当然です。しかしながら聖神イシュリルの神託は絶対ですな」

「分かっております」


 聖神イシュリルの信者は、国外にも存在する。ソル帝国にもいるし、ベクトリア公国にもいる。もちろん、北西の小国群の中にもいる。

 大陸の外は分からないが、もしも信者がいる場合は、そちらにも投票を呼びかける必要があった。

 事実上、不可能な神託である。


「では、どうしますか?」

「それを協議するために呼んだのですよ」

「協議と言われましても、我らで決めて良いものでは……」

「良いのです」

「はて?」

「貴方との協議の結果を了とすると仰っておりました」


 神の意志は分からないが、これは試練である。

 適当に決めれば、必ずや神の怒りを買うだろう。そうならないためにも、熟考に熟考を重ねて決定しなければならない。

 二人はそう受け取った。


「教皇様、まずは「すべての信者」について考えてみましょう」

「他に意味があるように思えませんよ?」

「おそらくですが、エウィ王国だけで良いかと……」

「なぜですか?」

「私は「神殿勢力以外を入れなさい」と解釈しました」


 シュナイデンは、聖神イシュリルから教えを説かれたと捉えた。司祭や神官だけではなく、貴族から平民まで入れた信者が「すべての信者」だ、と。

 公平に投票権を与えることで、教皇に選出された者は「すべての階級の信者」から祝福されるだろうとの教えである。


「そういった解釈もありますね」

「はい。それに国教でもありますので……」


 エウィ王国の人口は大陸随一である。

 しかも聖神イシュリルを国教にしているので、国民の七割は信者なのだ。他国の信者をかき集めても、その人数には届かない。

 また他国の信者を入れると、変な横やりが入る可能性が高い。王国の混乱を狙った欺瞞ぎまん作戦などされると、投票結果にケチが付く。

 それは、聖神イシュリルの威光に傷が付くのと同意である。


「なるほど」

「他に意見があれば聞きますが?」

「いえ。それが妥当でしょうね」

「現実的に不可能な神託ですからな」

「そうですね」

「我らがどう乗り越えるかを見ていらっしゃるのでしょう」


 解釈の捉え方は、人それぞれである。

 今回の場合は、神の言葉を取り違えている可能性があった。しかしながら納得できるような内容であれば、それに同意したくなるものだ。

 特にカトレーヌは人が良いので、シュナイデンの話を理解してしまう。


「では王国内だけとして、どう集計するかですな」

「それも難しい問題です」

「先ほどは私からお話しましたので、教皇様からどうぞ」

「………………」


 カトレーヌには、良い案が浮かばない。

 単純に神殿に来訪してもらい、投票すれば良いと考えている。とはいえ普通に考えても、多大な労力と金銭が必要だと分かる。

 彼女の口からは、言葉として出てこない。


「ありませんか? では私から……」

「どうぞ」

「領地持ちの貴族に手伝っていただきましょう」

「え?」

「王国各地で集計してもらって、神殿に報告していただくのです」

「そっ、それは受けてもらえるのでしょうか?」

「彼らも信者です。教皇様の命令に従うのは当然ですな」


 教皇からの命令は、聖神イシュリルの神命である。

 このような権威を持つのが教皇なのだ。それは聖神イシュリル神殿に限らず、六大神の神殿では共通の認識だった。

 教皇は神の代弁者なのだから……。


「ですが貴方は、わたしの命令を聞きませんね」

「今それを仰りますか?」

「寄付金とは、個人の裁量によるものです」


 神殿勢力は腐敗している。

 その一つが寄付金で、怪我の度合いが大きいほど高くなるのだ。他にも神殿を頼った者には、様々な寄付金を請求している。

 神殿勢力は金の亡者ともささやかれて、カトレーヌは心を痛めていた。それを変えたいのだが、シュナイデンが首を縦に振らないのだ。


「私は慣習に倣っているだけですな」

「ですが……」

「神殿の慣習とは、聖神イシュリルが決めたことです」


 六大神の神殿勢力は、神話戦争の後に誕生している。

 本当に神の決定なのかは定かではないが、その慣習に対して神託が無い。だからこそ、変化を求めるべきではないのだ。

 教皇に実務的な権力が無いのも、昔からの慣習だった。


「分かりました」

「神の代弁者と言えども、神がお決めになったことに……」


 さすがに教皇が神の意志に反して、うその神託は言えない。神は実在するのだから、確実に神罰が下るだろう。

 しかも、カトレーヌだけで済ませられない話だった。次代教皇の言葉に、信用性がなくなってしまう。

 事あるごとに問題提起して、シュナイデンの心変わりを待つしかない。


「分かりましたと言いました」

「はい。それでは続きを話しましょうか」


 シュナイデンは笑みを浮べた。

 その表情を見たカトレーヌは、目を閉じて思いにふける。


(投票を国全体に広げるのであれば……)


 現在のカトレーヌは、劣勢に立たされている。あくまでも前評判であるが、支持率でシュナイデンに負けているのだ。

 もちろんその差を埋めるべく、日々努力している。とはいえこればかりは、実際に投票されなければ分からない。

 ただしそれは、神殿勢力内での話である。

 勇魔戦争から十年以上経過しようとも、彼女の名声はとどろいていた。それに立場上信者の前に出る機会が多いので、支持率は高いと思われる。

 今回の神託は、彼女にとって追い風だった。劣勢を挽回ばんかいして、教皇選を制することができるだろう。


「教皇様?」

「あ、いえ。失礼しました」

「では、今の案で良いでしょうか?」

「いいえ。別の解釈で考えましょう」

「なんですと?」

「神の神託に対して、たった一案で決めては不敬です」

「後日でよろしいですか? これほど長くなるとは……」


 確かにシュナイデンの言ったとおりだ。

 教皇や枢機卿は基本的には忙しいので、改めて協議の時間を作るほうが良い。また急いで決定しても、聖神イシュリルが納得する案にはならないだろう。

 そう思ったカトレーヌは、協議の日程を決めるのだった。



◇◇◇◇◇



 ベクトリア公国首都ルーグス。

 公国の母体となったベクトリア王国の首都で、石造りの街並みが特徴的だ。公国に参加した五カ国の中心地なので、交通の要衝になっている。

 それらの国境は審査が緩くなり、人の往来が増加した。そのため公国内では、商業の中心地に変わりつつある。


「神に祈りをささげてください」


 地下にある部屋の奥で、一人の女性が右手を前に出している。

 フェイスベールを付け、顔の半分は隠れている。とはいえ目元を見るかぎり、顔立ちの整った女性だ。透明感のある金髪を後ろに束ねて、黒い神官着を着ている。

 これは六大神のものではなく、首都ルーグス以外では見られない神官着だ。通常は体の線が分からないような厚さがあるが、これはかなり薄い。

 露出自体はほとんどないが、この女性の胸元は大きく開いていた。腰ひもをしっかり結んでおり、体の線の細さから、大きな胸が強調されている。

 はっきり言って、女性も羨むナイスバディである。


「皆の旅路に祝福を与えてくださるでしょう」


 壁の左右には、二本ずつランプが備え付けられている。

 中央には簡易的な柵が、その先には階段が見える。女性の後ろには扉があり、左右には天使のような銅像が置いてあった。

 柵の手前には木で作られた長椅子が置かれて、五人の男女が席を埋めていた。彼らは目を閉じ、両手を組んで祈りを捧げている。



【ブレス/祝福】



 信仰系魔法の祝福は、救済に満ちた力を付与する。

 祈りの大きさにより、その力が増すとされる魔法だ。直接的な恩恵は無いに等しいが、効果はあると信じられている。

 良いことがあれば、神の奇跡。悪いことがあれば、悪魔の仕業。それが宗教というものなのだから仕方ない。

 ただし、この魔法の本当の効果は別にある。

 それを知る者は極少数だった。


「神よ。お助けください」

「おお。私に神の奇跡があらんことを……」


 何も知らない者は、微笑みを浮べながら神に祈る。

 その光景を見た女性は、フェイスベールで隠れた口角を上げた。


「みなさんの旅路に、神の祝福があらんことを……」

「セルフィード様、ありがとうございました」


 女性の名はセルフィード。

 この場に集まった男女は、彼女に感謝の言葉を発する。異国の地でも彼女のおかげで、神の祝福がもたらされたのだから。

 長椅子に座っていた男女は、それぞれで旅路に出る。商売のためか、はたまた冒険の旅か。彼らがどこへ向かうかは、彼女にも分からない。


「………………」


 部屋は静寂に包まれて、セルフィードだけが残っている。

 そして、本日の業務は終了とでも言いたげに、後ろの扉から奥へ向かう。長い通路が続いているが、やがて大きな広間に出た。

 この部屋もランプが灯されており、室内は明るい。


「「教祖セルフィード様、お待ちしておりました」」


 セルフィードが広間に入ると、十一人の男女が頭を下げた。

 名も無き神の教団と呼ばれるカルト教団である。彼女より立派な黒い司祭服を着ている。傍から見ると、この十一人のほうが偉く見えた。

 また同様にフェイスベールを付けて、黒いフードをかぶっている。

 これでは、個人の識別が難しい。


「分かってると思うけど、寄付金は取らないでね」

「はい。神官には徹底させております」

「資金は足りているかしら?」

「大丈夫です。いつもの援助金を頂きました」


 名も無き神の教団は、ベクトリア王個人から資金援助を受けている。

 エルフの女王ジュリエッタが、三国会議で姿を見せなかったからだ。ジグロードへの結界の更新にも現れなかった。

 結局はサザーランド魔導国のパロパロが、エウィ王国宮廷魔術師長グリムやソル帝国大賢者ドゥーラと一緒に更新した。

 それに満足したベクトリア王が、教団との関係を続けている。


「まったく。これだから悪魔は……」

「「………………」」

「まあいいわ。貴方たちが死ぬまでは寝てるでしょ」


 ベクトリア王からの依頼は、ジュリエッタの殺害だ。しかしながら、それは失敗に終わっている。

 大悪魔バフォメットとの契約で、詐欺を働かれたのだ。その結果、彼女は仮死状態で寝ているだけだった。

 それでも悪魔との契約は履行中なので、ベクトリア王が望む結果にはなっている。契約の代価は、この場にいる司祭十一人の死体と魂。

 死んだ後の話なので、起きるまではまだまだ時間があった。


「それと教祖様。次の神託はまだかと催促されました」

「信仰心が足りません」

「も、申しわけございません」

「貴方たちの信仰心は疑っていませんわ」

「「ありがとうございます」」

「そうではなく、信者数が足りません」


(神に何かを願うなら、信仰心を捧げてもらわないとね。先ほども捧げてもらい、皆からも分もありますが、まるで足りませんわ。それに……)


 セルフィードは考え込んだ。

 首都ルーグスを中心に、信者数は増えている。それでも新興宗教なので、なかなか集まらない現状がある。

 ベクトリア公国の国教になれれば良いが、残念ながら無理である。公国に参加した小国の国教がバラバラのうえに、六大神以外は受け入れられない。


「我ら名も無き神の教団が目指すものは?」


 名も無き神というように、彼女たちが信仰する神に名前がない。

 これは人間の信仰心が足りないため、神の力が弱っていると捉えられていた。とはいえ司祭や神官は、普通に信仰系魔法が使える。

 ここが肝であり、神の恩恵は六大神と変わらない。

 だからこそ力を取り戻していただき、神名を名乗ってもらう。さすれば教団の信者だけが、その神の祝福を享受できる。といった目的で動いている。


「六大神改め、七大神です」

「そのためには?」

「信者数の獲得と生贄いけにえです」

「信仰心だけではなく、神に力を届けるのです」


 神に力を届けることは、セルフィードにしかできない。

 最も信仰心の厚い教祖だからだ。


「ちょうど良い者たちがおります」

「資料を」

「はい」


 セルフィードは羊皮紙を二枚受け取り、じっくりと読む。

 その光景を眺めている司祭たちは微動だにしない。


「分かりました。早速向かうとしましょう」

「よろしいのですか? お休みになられてはどうでしょう」

「ふふっ。貴方たちが頑張っていますので私も、ね」

「「あっ、ありがとうございます!」」


 司祭たちは喜んだ。教祖セルフィードに認められるということは、神に対して覚えがめでたいのと同意である。

 彼らの感激を受け止めた後は、大まかな指示を出して広間から出る。

 ここは彼女の家ではないが、立派な神殿でもない。石造りではあるが、寄合所みたいな場所である。


「えっと……。反対側の区画ね」


 各国の首都や大都市は、かなりの広さがある。

 イービスではバスなど無いので、乗合馬車が移動手段となる。しかも都市によっては道が舗装されておらず、ゆっくりとしたペースで移動する。

 ちなみに事故が多い。多数の人は道の端を歩くが、道を塞いで歩いている人もそれなりにいる。突然飛び出してくるのは当たり前だった。

 もちろんセルフィードは、乗合馬車で移動する。


(もう何年やってるかしら? 思い出せないぐらい……)


 セルフィードが思いにふけっていると、乗合馬車が目的地に到着した。彼女は下車したところで、司祭からもらった資料の一枚を見ながら歩く。

 紹介された者は、首都ルーグスを拠点にしている冒険者の男性だ。

 教団に入信したばかりだが、何か不都合があったと記載されている。想像がつくとはいえ、セルフィードの口角が上がる。

 冒険者ギルドにはおらず、安宿に泊まっているようだった。


「ここね」


 ランクの低い冒険者は、自宅など持っていない。町に実家があれば良いが、残念ながら無い者のほうが多数である。

 そういった事情で、安宿に泊まる冒険者が多い。実入りの少ない依頼で、毎日の宿代を捻出している。

 その安宿に入ったセルフィードは、中に設置されているテーブルに近づいた。


「あの。もし……」

「ああん?」

「私はセルフィードと申します」

「なに? おいおい、教祖自ら来るとはねぇ」


 信者の男性は、セルフィードのことを知っていた。

 いや、彼女が忘れられないと言って良いだろう。いつも胸元を開けた神官着で、男性を惑わせてるようなものだった。

 近くで見るとフェイスベールが透けて、顔立ちが美人だと分かったはずだ。

 ソル帝国のSランク冒険者チーム「竜王の牙」の魔法使いシルマリルと、その美しさを競うかもしれない。

 男性はイヤらしい笑みを浮べて、視線を上下に動かしていた。


「何か不都合があったとか?」

「おう! この傷を見てくれよ!」


 男性は立ち上がって、自らの上着を脱ぐ。

 傍から見ると痛々しく、腹に包帯が巻かれていた。


「討伐の依頼でよお。ゴブリンに刺されちまった」

「大丈夫だったのですか?」

「見りゃ分かんだろ? 生きてっけど、腹に穴が空いてなあ」

「それはさぞ痛かったでしょう」

「当たりめえだ。だが神の加護なんてねえじゃねえか!」


 確かに教団では、旅や冒険の無事を祈って祝福する。

 冒険者の男性は、それを期待して入信したのだろう。とはいえ、そんなものは気休め程度である。

 こういった件に関しては、どの教団も対応が決まっていた。


「怪我で済んで何よりですわ」

「なんだと!」

「我らが神の加護が無ければ、貴方は命を落としていたでしょう」

「んなわけあるか!」


 当然の激怒である。

 それでも名も無き神の教団は、他の教団と違って寄付金を取っていない。この男性の怪我であれば安く済むが、それなりの金銭を請求される。


「ですが治療は受けられたのでしょ?」

「まあな。だが何回か治癒しねえとよお」

「そうですね。後数回はやらないと、傷が開くでしょう」

「その間は依頼を受けられねえ」


(まったく。冒険者なのだから、その程度の傷で騒がないでほしいわ。ゴブリンに刺されているようだし、冒険者になったばかりかしら?)


 あきれたセルフィードは、男性に気づかれないように溜息ためいきを吐く。

 体格の良い男性だが、ただの力自慢のようだ。安宿を利用しているので装備も悪く、魔物の討伐はまだ早いだろう。

 おそらくギルドの規則を破って、Eランクで討伐依頼に参加したか。


「分かりました。私が治療しましょう」

「ああん? 治療だけで済ませるのかよ?」

「いえ。では食事でもいかがかしら?」

「飯か……。酒も頼むぜ」

「よろしいですわ」


 男性が酒を所望しているので、酒場へ向かうことにする。この近辺は安宿の他に低価格の酒場などがあって、金銭のかからない場所だ。

 男性が不機嫌なので、まずは希望通りにする。


「酌でもしてくれよ」

「あまりの飲み過ぎないようにお願いしますわ」


 酒場に到着して早々、男性はエール酒を何杯も注文していた。冒険者の仕事を休んだので、手持ちの金銭が少なかったのだろう。

 酒が回ってくると、男性は欲望を隠さなかった。

 もちろんそれも、セルフィードの狙いだった。体を触られても拒絶せず、逆に手を取ってスキンシップを重ねる。

 そして、夜も更けてきた頃……。


「では治療しますね」

「ここでかよ?」

「確かに周囲の目がありますね」

「じゃあどうすんだ?」

「近くに私が使っている宿がありますので……」


 酔い潰れそうな男性を連れ出し、安宿ではない宿に向かう。

 男性はフラフラになりながらも、セルフィードの肩を抱いていた。かなり力が籠っているので、期待がたかぶっているのだろう。

 そして、宿の二階にある部屋へ入った。


「上着を脱ぎ、ベッドで横になって下さいね」

「お、おう。だが教祖様も期待してんだろ?」

「え?」

「治療なんて後回しでいいぜ。抱いてやる」


 なんとも簡単だった。

 こういった馬鹿は狙い目なのだ。昔は自分で探していたが、今は名も無き神の教団を設立した。

 司祭たちに感謝を、だ。


「ふふっ。ですが貴方は病人ですよ」

「そっ、そうだな」

「私がしてあげますね」

「なんだよ。ノリノリじゃねえか!」


 その後は男性の欲望をかなえてあげる。

 セルフィードは胸元に男性の手を添えて、神官着を脱いでいく。当然のように男性は、なすがままでだった。

 そして行為も終わりに近づいて、二人が果てる瞬間……。


「んくぅ、はぁ、ぁっ。ほ、ほら、一緒にいきましょう」



【フォースト・イボリューション/強制進化】



「うごっ!」


 セルフィードが魔法を使った。

 果てた男性は、見る見るうちに生気が抜き取られた。まるでミイラのように萎んでいき、それに合わせて彼女の体が光り輝く。

 男性の血を吸い取ったわけではないので、血管が破れて流れ出していた。


「はぁはぁ……。ご馳走ちそうさま」

「………………」

「でも大したことないわねぇ。私なんて一回よ?」


 セルフィードの虜になった生贄は、何度も絶頂していた。

 彼女は息を整えながら立ち上がり、汚物を見るような目で男性を眺める。体格が良い割に、期待外れも良いところだ。


(気持ちはいいんだけど、毎回汚れるのは困ったものね。それに、この程度では微々たるもの。もう一人の女に期待しましょうか)


 ベッドから降りたセルフィードは、布を手に取って体じゅうを拭く。

 そして身だしなみを整えた後は、宿から静かに出ていった。ここは教団が運営する場所であり、生贄の後始末は神官がやってくれる。

 彼女が空を見上げると、そこには七つの月が輝いていた。それに笑みを浮べた彼女は、闇夜に消えていくのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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