第419話 不実の代償7

 宿舎の簡易テラスには、フォルトとソフィアが並んで座っている。

 対面には、勇者候補チームの三人。シュン、ノックス、アルディスが宿舎を訪ねてきた。残念ながら、全員が座る椅子は無い。

 当然のように、チームリーダーが座っていた。


「おっさん、邪魔……」


 シュンの第一声がそれだ。

 両隣に立っているノックスとアルディスは気にしていないが、彼だけ嫌そうな表情をしている。

 確かに邪魔だろう。彼らはソフィアと会うために、宿舎を訪ねてきたのだ。その会話の内容も、フォルトには関係ない。


「ソフィアさんは、グリム殿から預かった大切な客人だからな」


 建前上、いやシュンたちの前では、フォルトの言った言葉がすべてだ。

 とある事情で、ソフィアを匿っているという設定だった。身内になる前の状態と同様だが、彼女との関係を知られるまでは良いだろう。

 魔力探知で確認したが、宿舎の扉の後ろにアーシャがいる。その扉を少し開いて、隙間からのぞいているようだ。

 今の状況を一番楽しんでいるのは彼女だった。


「まあいい。んじゃ、久々に会ったんだし……」

「お話の前に、私からシュン様に言いたいことがあります」


 フォルトから敬称で呼ばれたソフィアは、ほほを膨らませている。

 彼女を身内にしたときは、敬称で呼ぶと無視された。あの頃の初々しさは消えておらず、今すぐにでも襲いたくなる。

 とりあえず、彼女は不機嫌ということだ。


「なんだい?」

「チームの管理ができてないようですね」

「うっ!」

「ギッシュ様がチームを抜けるとか?」

「な、なぜそれを……」

「セレスさんがご友人から聞いたそうです」

「リ、リーズリットか!」


 ソフィアの説教が始まった。

 これにはさすがのシュンも、顔を引きつらせてタジタジだ。ノックスとアルディスは関係ないとでも言いたげに、一瞬でソッポを向いた。


(うーん。さすが……)


 もともとは、ギッシュやエレーヌから聞いた内容である。

 それでもシュンより先に、ソフィアと面会したのは内緒らしい。なので、遺跡調査隊のリーズリットから情報が流れてきたことにしている。

 怒っていても、頭の回転が速い。


「聖女ミリエ様にも、キチンと報告してください!」

「エ、エウィ王国に戻ったらな」


 ソフィアは元聖女なので、異世界人の面倒を見る必要はない。現聖女ミリエに伝えるべき内容である。

 これは、ギッシュやエレーヌも同様だった。頼った相手がフォルトなので説教まではしなかったが、現聖女の面目を潰す格好になる。

 もちろん、それだけで終わるわけもなく……。


「ソ、ソフィアさん? まだかかるかね?」

「ちょうど良い機会です。シュン様には色々と……」

「シュンよ。俺はお邪魔なようだから離れよう」

「ボ、ボクも! シュンに任せたわよ!」

「僕も後でいいよ。頑張ってね、シュン」


 またもやフォルトが敬称で呼んだので、火に油を注いでしまった。

 シュンにはご愁傷様としか言えないが、この場を離れることにする。もちろん二人きりなど許さないので、ベルナティオを残した。


「むっ! レイナス、今日の修行は時間がかかるぞ!」

「わっ、分かりましたわ師匠……。キッ!」


 レイナスが割を食った。

 一瞬だけ困惑した彼女は、その原因とでもいうべきシュンをにらみつける。初めから嫌っていた人物だが、まるで目の敵になったようだ。

 そしてフォルトは、彼女と一緒にテラスを離れる。するとなぜか、ノックスとアルディスがついてきた。


(ってか、なんで俺たちについてくる? まあでも好都合か。アルディスから色々と聞き出すチャンス。ノックスは邪魔だが……)


 ソフィアの行動は、フォルトに気を遣ったものだ。

 彼女はシュンに対して、「少し説教する」と冗談を言っていた。とはいえそれは、もののついでだろう。

 示し合わせたわけではないが、ちょうど良い口実になった。


「アルディスは限界突破から強くなったのか?」

「まあね。シュンと同じレベル三十五よ」

「僕は三十になったばかりさ。限界突破は何かな?」


 ノックスは聞かれてもいないのに答える。

 やはり邪魔だが、いまさら追い払うのは不自然。とりあえずは彼にも聞いて、情報を隠されたらアルディスの出番で良いか。


「ノックスは魔法を覚えたのか?」

「レベルじゃ覚えないよ」

「ああ……。いや、どっかで習得したかなと思ってな」

「フェリアスじゃ無理だよ。おっさん、何か教えてよ」

「は? 魔法をか?」

「他に何を……。中級でいいからさ」


 フォルトは面を食らった。

 まさかノックスから、魔法の教えを乞われるとは思わなかった。しかしながらアルディスやエレーヌと同様に、絶対服従の呪いをかけるチャンス。

 そこで……。


「エウィ王国で適当な師匠でも見つけろ」


 そう。男性に用はないのだ。残念ながらフォルトの玩具にすらなり得ない人物なので、ここは突っぱねてしまう。

 その答えに、ノックスが渋い表情になった。


「おっさんさ、何かチートスキルでも持ってたでしょ?」

「ギクゥ! な、なんだね唐突に?」

「あのおっさんがさ、今では高位の魔法使いだよ?」


 ノックスの指摘は鋭いが、これは間違いでもあった。

 フォルトが魔人になった経緯は、暴食の魔人ポロが消滅前に行った儀式にある。偶然に偶然が重なった結果だった。

 最初は何のスキルも持っていなかったのだ。


「カードには何も書かれてなかったぞ」

「へえ。僕は『速読そくどく』があったけどね」

「そっ、それはまた……」


 ノックスのスキルは、文章を速く読めるものだ。しかも速いだけではなく、文章の意味も理解できる。魔法使いなら良いスキルだろう。

 ただし、世間一般にありふれている。称号も大したことがなく、当時の彼は「初級魔法使い」だった。勇者候補に選ばれるものではない。

 シュンに拾われなければ魔法学園にも行けず、事務的な仕事に就くかエセ魔法使いにでもなっていただろう。


「おっさんは?」

「書かれてないと言っただろ」

うそだよね?」

「そんなスキルを持ってれば、俺は勇者候補だと思うのだが?」

「うーん。そうなるのかな?」


 実のところ、まだカードは持っている。

 フォルトの服の裏地にはポケットがあって、そこに入れた状態だった。暫く見ていないが、自分自身の成長には興味がない。

 今も昔も封印状態だった。


「なら、どうやって魔法を覚えたのさ」

「想像に任せる」

「ズルいなあ」

「確かにな。だが、グリムのじいさんは納得したぞ?」

「え? グリム様?」


 グリムに対しては、今までフォルトが犯した罪を告白している。しかしながら、能力や強さに関しては言葉を濁してきた。

 ノックスと同様に知りたいだろうが、賢明な彼は追求してこない。


「話せるようになっても、グリムの爺さんからだ」

「なんでさ?」

「義理だな。分かるだろ?」

「そんなの僕が先に聞いても同じでしょ?」

「まあ話すことはないから諦めろ」


 このあたりは価値観の違いなので、フォルトは軽く流す。義理や人情が希薄な若者と話しても、対立を生むだけである。

 仮にグリムへ話しても、ノックスには隠し通すだろう。


(ノックスも駄目だな。人間を見限ってからは個人を見るようにしたが、こいつらの中でマシなのはギッシュか? フェリアスで戦わせるだけなら……)


 儒教における八徳。またはそれに通ずる義理や人情を大きく見せる人間は、フォルトの琴線に触れる。

 ギッシュが勇者候補チームを抜ける理由は聞いた。それはシュンの不実が招いた結果で、彼にとっては耐えられなかったようだ。

 ただし義理を重んじているので、エウィ王国に帰るまでは付き合う。エレーヌの件も自分はそっちのけで、彼女を守ってやれと言っていた。

 彼自身の頼み事は、もののついでだった。


「ノックスの聞きたいことって意味がないと思うわ」

「アルディス?」

「魔法が使えるおじさんでいいじゃない」

「ははっ。アルディスは話が分かるな」


 フォルトがどうやって魔法を覚えたかは、最早どうでも良い話である。

 高位の魔法使いとして、いま存在している事実だけが重要なのだ。アルディスは、それを理解していた。

 レイナスも同意見なので、ウンウンとうなずいている。


「頭が固いだけの女性だと思っていましたわ」

「失礼ね! ボクだって……」

「ふふっ。謝罪致しますわね」

「レ、レイナスさんにそう言われると困るわ」

「でしたら、一つだけ忠告しますわね」

「え?」

「見極めと判断を間違えませんように……」


 フォルトには、レイナスの言葉の意味が分かった。

 それには苦笑いを浮かべるしかないが、アルディスには意味不明だろう。もしかしたら、目の敵として睨んだ相手への嫌がらせか。

 当然のように、ノックスは分かっていない。


「何の話かしら?」

「んんっ! レイナス……」

「重ね重ね失礼しましたわ。ピタ」

「ちょっと! くっつき過ぎ!」


 レイナスが擬音をつぶやいて、フォルトのプヨプヨした胸板に顔を埋めた。

 余計ことを言わないでもらいたいが、彼女の腰に手を回して受け入れる。身内に対しては、すべて寛大に済ませられるのだ。

 すると何かを思い出したかのように、ノックスが素っ頓狂な声を上げた。


「あぁぁああっ!」

「どっ、どうしたノックス?」

「おっさん! ここにフィロちゃんがいるでしょ?」

「なんでフィロ……」

「えっと……。ノックスが気に入ってるよ」

「ちょっとアルディス! 言わないでよ!」


 兎人うさぎびと族のフィロは、討伐隊に参加していた。

 マリアンデールが彼女を従者にしたときは、勇者候補チームと行動している。ならば、出会っていて当然か。

 それを問うと、アルディスから肯定した答えが返ってきた。


「討伐隊でね」

「なんだ。ノックスはフィロが好きなのか?」

「まずはお近づきになりたいなって……」

「頑張れ。マリとルリの従者だけどな」

「遠まわしに無理って言ってる?」

「俺の従者じゃないし、とりあえず聞いてみればいい」

「無理だよ! 終わったぁ……」


 ノックスの恋路は終了したようだ。確かにマリアンデールとルリシオンへ伝えるには勇気がいるだろう。彼にとっては、ハードルが高すぎる。

 もしもフォルトの琴線に触れていれば、面白半分でも仲立ちしたかもしれない。とはいえ彼には、義理もなければ人情をかけるにも値しない。


(さてと……)


 そして暇を持て余し気味になったフォルトは、神妙な面持ちのシュンを見る。これは、帝国四鬼将スカーフェイスも恐怖した冷淡な視線だった。

 どうやらまだ、説教は続いているようだ。彼はソフィアと仲良く会話したかったのだろうが、もう無理だろう。

 それから一時間後。

 宿舎から遠ざかっていく男二人の背中が、とても寂しそうであった。



◇◇◇◇◇



 シュン率いる勇者候補チーム一行は、再びガンジブル神殿に向かっていた。

 事前調査で発見した洞穴を拠点に、神殿の調査を行う手筈てはずだ。道中も簡易的な地図を見ながら魔物を避けているので、戦闘をする必要もなかった。


「「はぁ……」」


 二人ほど溜息ためいきを吐く男性がいる。

 結局のところシュンは、ほとんどがソフィアの説教で終わった。残念ながら楽しい会話にはならず、しかも短時間しか雑談を交わせなかった。

 そしてノックスは、勝手に恋路を終わらせている。殺される覚悟でマリアンデールとルリシオンに話を通していれば、ほんの少しは希望があったかもしれない。

 すぐに諦めるのは、彼の悪い癖か。


(ツイてねぇ。ソフィアもソフィアだぜ。ギッシュ一人が抜けるぐれえで怒りすぎだろ。まぁ珍しい一面が見れて、攻略に力が入るけどよ)


 ソフィアの説教は、シュンの頭に入っていない。

 彼女の奇麗な顔を見ながら、どうやって自分の女にしようか考えていた。しかしながら、そのチャンスが無い。

 フォルトの屋敷がある幽鬼の森まで出向くか、もしくはヒドラ討伐後に無理やりさらうか。貴族や聖神イシュリル神殿の権力を使うのも一つの手。

 それでも邪魔なのは、彼女を匿っているおっさんだった。


(しかし……。おっさんは会うたびに女を増やしてねえか? 美人や美少女ばかりだし、そんなにおっさんがいいかねぇ? クソッ! 気に入らねぇな)


 シュンは日本のホストクラブで働いていた頃よりも、こちらの世界の女性と接していない。つまり、価値観の違いが分かっていない。

 強い男性に憧れる女性が大半なのだが、イケメンという自負から、面体を前面に押し出している。だからこそ、フォルトとの差を理解できない。

 もちろん現在はレベルを上げて強くなり、貴族の末席にも座っている。聖神イシュリル神殿の神聖騎士でもある。とはいえ、今まで出会ったこちらの世界の女性には見向きもされない強さだった。


「……ュン?」

「………………」

「シュン?」

「………………」

「ちょっとシュンってばっ!」


 道中に魔物が出ないので、シュンは思いふけってしまったようだ。

 アルディスに肩をつかまれて呼び止められた。これにはビックリして、心臓が飛び出そうになる。


「なっ、なんだ! 大声を出すな!」

「耳元でちょっと声を出しただけよ」

「んんっ! それでなんだ?」

「ノックスがさあ」


 後ろをトボトボと歩くノックスは、どんよりした暗い雰囲気に包まれている。

 淡い恋心を抱いていたフィロを諦めたと聞いたが、それは仕方ないだろう。運が悪かったとしか言えない。

 シュンの場合は諦めるぐらいならと、ラキシスを無理やり犯して手に入れた。しかしながら、今回は相手が悪すぎる。

 狙った女性は、魔族の姉妹の従者である。


「ノックスもツイてねぇなあ」

「ここはシュンの出番でしょ?」

「はぁ……。分かったよ。前を頼む」

「ボクに任せて!」


 シュンは男性など慰めたくないが、仕方なくノックスに近づく。

 さすがにもう、ガンジブル神殿に向かって出発したのだ。切り替えてもらわないと困ってしまう。

 それに失恋と言っても、フィロとは会話すらしていない。


「シュン……」

「まあなんだ。ノーカンだノーカン」

「え?」

「まだスタート地点にも立ってねえだろ」

「そうだね」

「次だ次! 切り換えろ!」

「次なんてないよ!」


 ノックスも面体は悪くない。

 日本で通っていた大学では、普通に女友達もいたと聞く。とはいえ草食系男子なので、当時は性に関して興味が薄かった。どうやら、カーミラという女性と出会ってから目覚めたようだ。

 積極性さえあれば、適当な町娘でもナンパできるだろう。


(まったく……。女をテーブルの上に置いて、「はい召し上がれ」ってやらなきゃ手も出せねえのか? まあ、エレーヌは抱かせてやるけどよ)


 面倒な女になったエレーヌを、シュンは捨てると決めていた。

 ただし、それには工夫が必要である。アルディスに知られると面倒なのだ。二人は仲が良いので、チームから追い出しても、連絡を取り合うだろう。

 今回はノックスを仲間に残すつもりなので、彼女を渡すことはできない。抱かせるのは一度だけだ。

 他の手段だと、こちらの世界では難しい。


(こっちの世界だと、中古品を取り扱える友達がいねぇ。となると、やっぱり裏組織か? そういやリドと連絡を取りてえな)


 裏組織「黒い棺桶かんおけ」の〈処刑人〉リド。

 彼とは裏のオークションで知己を得ていた。漆黒の大剣を持つ強者で、今のシュンより強い気がする。

 会場を襲撃していた女悪魔と戦っており、魔法の炎に包まれて生きていた。彼ならば、ギッシュの代わりになるかもしれない。

 このあたりは、デルヴィ侯爵と相談か。


「まあ、すべてはエウィ王国に帰ってからだ」

「そうだね。誰か紹介して欲しいな」

「そっ、そっちじゃ……。まあいいけどよ」

「なっ、何の話をしてるのかしら?」


 ここで、エレーヌが声をかけてきた。彼女とラキシスはチームの最後尾を歩いており、どうやら追いつかれてしまった。

 前方を歩くアルディスに聞かれないように声を落としていたので、今の話は彼女たちにも聞かれていないようだ。


「男同士の話に口を挟むのはどうかと思うぜ」

「そっ、そうね。でも遅れてるわよ?」

「おっと、悪いな。ペースを上げるぜ」


 無駄話が過ぎると、さらに後方のリーズリットに怒鳴られる。

 そこで四人は歩く速度を上げて、ギッシュやアルディスに追いつく。草を刈る必要がないので、事前調査のときよりは早く進んでいた。

 ちなみに、湿地帯用の装備も受け取っている。かかとの部分に鉄製の板を付けて、靴裏にギザギザの付いた木製の板を付けた。

 かかとの板は、ぬかるんだ地面にめり込ませる装備。木製の板は滑り止めである。これにより、湿地帯でも足場を固定できる。

 硬い地面だとかかとが上がるので、取り外しは必須だ。


「悔しいが、ギッシュの言ったとおりだぜ」

「けっ!」


 相変わらずギッシュは素っ気ない。小屋でもほとんど話しておらず、金で雇った傭兵のような感じだった。

 無駄口をたたかない代わりに、仲間との会話に参加してこない。


(ちっ。ソフィアの説教は、ギッシュのせいだぜ。ってか最近は、エレーヌと仲良さそうじゃねえか。俺から寝取ろうって気かよ? ふざけやがって……)


 フェリアスに来てからというもの、シュンはツイてないことが多い。

 それをすべて、自分が気に入らない人物のせいにする。こういったときはラキシスを抱くと良いのだが、最近はご無沙汰である。

 そして無言のまま暫く進むと、目的地の洞穴に到着した。


「リーズリット! 着いたぞ!」


 リーズリット率いる遺跡調査隊は、いつものように散開して、数人がシュンたちの後ろを歩いている。

 念入りなことだが、彼らのおかげで道中が安全だった。


「よし! 洞穴に荷物を入れて、休憩に入れ!」

「やっとガンジブル神殿に行けるな」

「明日向かう予定だ」

「これからじゃねえのかよ?」

「荷物が届くのを待つ」

「荷物?」

「神翼兵団が送ってくれる。会議を聞いていなかったのか?」

「い、いや……」


 リーズリットはあきれ顔だ。

 作戦会議では一番後ろに座って、ノックスにすべて任せていた。


「当日は上空から偵察もしてくれるぞ」

「へえ。そりゃ楽だな」

「まったく……。ヒドラがいないことを祈れ」

「いたらどうすんだ?」

「………………」

「確認だよ確認」

「ふぅ」


 ガンジブル神殿にヒドラがいた、もしくは向かってきた場合。

 遺跡調査隊は拠点まで引き返して、戦士隊に討伐されるのを待つ。その後は危険がない場合に限り、神殿内部へと歩を進める。

 ヒドラ以外の魔物がいた場合は、状況判断で決める。倒せるようなら討伐して、手に負えないようなら引き返す。

 こちらも戦士隊に任せるのだ。


「なるほどな」

「現状は排除して進めるようだ」

「魔物が少ないのか?」

「多くはないな。我らだけでやれるだろう」

「なあリーズリット、神殿ってどんな感じなんだ?」


 神殿と言っても、地上に建っているわけではない。それらしい螺旋らせん模様の柱は立っているが、地面から地下に向かって階段が続いているらしい。

 そして何百年と放置されているため、木や植物が生い茂っていた。上空からは、入口が発見できない。


「地下は広い空洞だけだと思われる」

「思われる?」

「数百年前の神殿ならな。造りはそう違わんだろ」


 エルフの里にも神殿はあるが、リーズリットが言ったような造りだ。古代から存在する遺跡を改修して使っているので、新たに神殿を建てていない。

 ならば、探索する範囲は狭そうだ。


(なるほどな。そうなると、聖神イシュリルが伝えたアイテムはどこだろうな? 神殿ってぐらいだから、祭壇でもあるのか? うーん)


 そんな分かりやすいところにあると、リーズリットたちが確保してしまう。シュンが入手しないと駄目なので、ここは思案のしどころだった


「まあ後で考えるか」

「何をだ?」

「えっと……。そういやよ、ヒドラ討伐の宴があるんだろ?」

「予定されているが、まだ倒してもいないぞ」

「そっ、そうなんだがよ。リーズリットは酒が飲めるのか?」

「少しならな。ドワーフほどは飲めん」

「へえ」


 シュンは良からぬことを思いついた。

 先の討伐隊で行われた宴は、求愛の宴も兼ねていたのだ。ならば、リーズリットに求愛しても変ではないだろう。

 この生意気な美人エルフを組み従えて、ハーフエルフを作るのも一興だ。


(おっさんだけ女に囲まれるなんて許さねえ。宴の間は、みんなを向かわせて邪魔してやんよ。その間に俺は……)


 フォルトへの対抗意識は増大する一方だった。

 こと女性に関しては、おっさんに負けるはずがない。どんな手を使っても、自分が上と認めさせないと気が済まない。

 今のシュンは、積み重ねた不実の代償を清算中である。にもかかわらず、またもや不実を働く気だった。

 気づいていないので仕方ないが……。


「宴など考えるな! さっさと寝所を作れ!」

「へいへい」


 余計なことを言い過ぎたか。リーズリットに怒鳴られてしまった。

 確かに今は、他に考えることがある。どうやって彼女たちより先に、ガンジブル神殿の調査を行うか。これは、早急に決める必要があった。

 それでもまだ時間はある。シュンは彼女に言われたとおり寝所を作りながら、思考を回転させるのであった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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