第417話 不実の代償5

 枕を抱えた一人の少女がいる。

 床にぺたんと座って、半目の状態でウトウトしている。いかにも眠そうな顔だが、その状態で数時間が経過していた。

 そして、彼女の膝元には、抱き合った二人の男女が寝ている。


「そろそろ~。お時間になります~」


 少女は抱えていた枕を持ち上げて、男女の頭にたたきつける。

 すると、ポフンといった音が室内に響いた。


「うぅぅ」

「ふぁぁ」


 枕の下からは、男女の寝惚ねぼけ声が聞こえた。

 それを確認した少女は、枕を抱き戻して顔を埋める。同時に男女が上体を起こし、天井に向かって両腕を伸ばした。


「んんっ! 目覚めスッキリ!」

「よく眠りましたあ!」


 目覚めた男女は、フォルトとカーミラだ。

 もちろん枕を抱えた少女は、大罪の悪魔ベルフェゴウルである。怠惰を冠に持つ悪魔で、対象を深い眠りに誘う。

 ここ最近は、とてもお世話になっている。


「じゃあ~。わたしは~。寝ますね~」


 ベルフェゴウルは寝てしまった。大罪の悪魔を送還すると一週間は使えないので、三日間はフル稼働してもらう予定である。

 ポワポワした寝顔が可愛らしいが、残念ながら欲情しない。


「本当に頭がスッキリしますねえ」

「いい夢も見せてくれるしな」

「えへへ。淫靡いんびな夢でしたよお」

「俺もだ。夢の続きはまた夜にでも……。でへ」

「はあい!」


 おそらくは、カーミラと同じ夢を見ただろう。悪夢を見せる夢魔とは違って、ベルフェゴウルは最高である。

 そのことに顔の筋肉を緩めたフォルトは、宿舎の扉を開けた。

 すると……。


「さて、みんなは戻って……」


 そろそろ、狩りに出かけた身内も戻る頃だった。まだかもしれないが、それでもベルナティオとソフィアは残っているはず。

 きっと、宿舎の前で歓談でもしているだろう。しかしながら、そう思っていたフォルトの目に飛び込んできたのは、もっと別の光景だった。


「甘い甘い!」

「オラオラオラオラオラ!」


 フォルトの目に映ったのは、見事なトサカリーゼントだった。

 そう、ギッシュである。なぜ蜥蜴とかげ人族の集落にいるかは分からないが、それを考える前に、足を滑らせて転んでしまった。


「痛っ!」

「御主人様、どうしまし……。あれ?」


 カーミラが心配して、尻餅をついたフォルトの後頭部に胸を押し当てた。

 そして、彼女も同じように目を点にする。なんと、ベルナティオとギッシュが戦っているのだ。


「な、何をして……」

「はあっ!」


 フォルトとカーミラを確認したベルナティオが、ギッシュのグレートソードを弾き飛ばして、その眼前に刃を向けた。

 当然のように負けた彼は、頭を抱えて悔しがっている。


「うぐぐぐぐぐっ!」

「ははははっ! まあまあの剣筋だな」

「何してんだ!」


 思わずフォルトが叫ぶと、ギッシュが片手を上げて叫び返した。

 ベルナティオはバツが悪いのか、ソッポを向いている。


「よお、おっさん! いるじゃねえか」

「………………」

「ぁっ!」


 フォルトは、後頭部に押し当てられているカーミラの胸を触った。

 それからすぐさま立ち上がると、彼女の刺激的な声が耳元に響く。しかしながら、今は気にならないぐらい変な状況だった。

 何の冗談か分からないが、この場にいないはずの人物がいる。


「なんでツッパリがいるんだ!」

「邪魔してんぜ」

「邪魔って……。ティオ?」

「ちょっと剣筋を見せてもらっただけだぞ」

「いや。そうではなく……」


 なぜギッシュがいるのかと問いたいのだが、ベルナティオには伝わらなかった。なのでフォルトは、目の前の光景を整理することにした。

 まず宿舎の周囲は、レティシアが固めた地面。そこで二人は、模擬戦のようなことをやっていた。


(ま、まあ本気の戦いじゃないみたいだし、それはいいのだが……)


 そして、扉の近くには、宿舎に設置した簡易テラスがある。

 こちらは、宿舎の建て替えで余った木材で作らせた。椅子などは、木の切り株を座れるように整えたものだ。

 ちなみに座ると、前後左右にグラグラする。


「あらフォルト様、おはようございます」

「お、おじさん、お邪魔しています」

「は?」


 その簡易テラスには、ソフィアとエレーヌが座っている。

 こちらに対してもフォルトの目が点になるが、周囲の整理を終わらせた。


「あぁ……。ティオはそのままで」

「うむ。ギッシュとやら、もう少しだけ見てやろう」

「おう! しかし姉ちゃんは強えなあ」


 脳筋のベルナティオとギッシュは放っておくにかぎる。

 状況を確認するには、ソフィアと話したほうが早いのだ。


「えっと、ソフィア。何から聞けば良いのやら……」

「まずは彼らのことからですね」

「う、うむ」


 フォルトはソフィアの隣に腰かけて、カーミラは地面に座った。エレーヌと会話するつもりがないようだ。

 そして、勇者候補チームの目的を聞いた。


「ガンジブル神殿の調査と、おまえらのレベル上げか」

「ぐ、偶然にも皆様とお会いしまして……」


 フォルトにとって勇者候補チームの目的はどうでも良いが、この集落にいる理由は分かった。とはいえ、なぜソフィアと会っているのかが分からない。

 そこで、話の続きを促す。


「で?」

「え、えっと。ギッシュさんがチームを抜けることに……」

「彼らは私が召喚して、聖女が剥奪はくだつされるまで面倒を見ていました」

「なるほど」


 ソフィアの補足で理解したが、フォルトには解せなかった。

 勇者候補チームの全員が、この場にいるのなら分かる。とはいえ今は、エレーヌとギッシュしかいない。

 その理由は、別にあると思われる。


「他の奴らは?」

「い、今は寝ています。私はおじさんにお願いがあったので……」

「俺にか?」

「そっ、そうです」

「無理! 話は終わりだ」


 なぜフォルトが、エレーヌを頼み事を受ける必要があるのか。

 内容など聞く必要はない。


「フォルト様……」

「え?」

「さすがに内容をお聞きになっては?」

「そうか?」

「エレーヌ様も固まっていますよ」


 エレーヌを見ると、いきなり断られるとは思っていなかったらしい。口をパクパクさせて、まるでこいのようだ。

 ソフィアの言ったことは正しいが、リーダーのシュンがいない状態の話だ。どう考えても面倒事だろう。

 フォルトは頭をきながら、彼女を恨めしそうに見た。


「あ、あの……」

「分かった分かった。話してみろ」

「わ、私もチームを抜けたいんです!」

「は?」


(抜けたければ勝手に抜ければいいんじゃ?)


 フォルトはド正論なことを考えてしまう。

 勇者候補チームを抜けられない理由わけでもあるのか。もしもそうならば、良い話ではないだろう。

 はっきり言って、続きを聞きたくない。


「え、えっと。私を匿ってもらえませんか?」

「へ? どういうことだ?」

「私はもう戦いたくないんです!」


 オドオドしていたエレーヌは、何かを決意したような表情に変わる。彼女の目は真剣そのものだ。

 そこでフォルトは助けを求めるように、ソフィアの太ももを触る。


「エレーヌ様、戦いたくないとは?」

「私は二回も死にかけました!」

「それは……」

「食人植物とラフレシアです!」

「なるほど。それで死の危険を感じたのですね?」

「はい。もう戦うのが嫌なんです!」


 エレーヌの目に涙が浮かぶ。

 思い起こせば、彼女の「生」に対する執着は凄かった。フォルトにも、魔力探知のやり方を熱心に聞いてきた。教えたのはカーミラだが……。

 あのときは、生き残る術を身に着けるため。しかしながら今回は、小手先の対応では意味がないと絶望感を味わった。

 イービスで生きていくために、こちらを頼ってきたのだ。


「うーん。なぜ俺が、おまえを匿わなくてはならんのだ?」

「お、おじさんは、エウィ王国から何も言われていませんよね?」

「いや……」


 確かにフォルトは好き勝手にやっている。

 ただしそれは、グリムの配慮があってこそだ。国王のエインリッヒ九世とも非公式に謁見させられて、グリム家の客将になっている。

 何も言われていないわけではない。


「ソフィア、俺にはよく分からんのだが?」

「エレーヌ様はチームを抜けても、エウィ王国の兵士として使われます」

「ほう」

「国法に背けば、暗殺者が……」


(うーむ。アーシャと似たような状況なのか。でもやっぱり、俺が匿う義理はない。絶対服従の呪いをかけてあるから、少し勿体もったいないぐらいか?)


 エレーヌは戦いから逃げられない。レベル三十に達した彼女は、兵士として優秀な働きをするだろう。

 本人にその気がなくても、エウィ王国が手放さない。だからと言って逃げると、処分の対象である。

 それでも戦いをやめたければ、方法が限られてしまう。


「その方法が俺と……」

「はい。エレーヌ様も余程考えたのでしょう」

「でもなあ。戦いたくないと言ってもな」

「お、おじさん……」

「なぜ俺たちが、蜥蜴人族の集落に来てると思う?」

「え?」

「ヒドラの討伐だ。魔物と戦うぞ?」

「………………」

「おまえらは知らんだろうが――――」


 フォルトたちは、ターラ王国のスタンピードを片付けている。

 それを抜きにしても、様々な魔物と戦っているのだ。もちろん量的に言えば、フォルトは戦っていない。しかしながら、おっさん親衛隊や魔族組は戦っている。

 レベルの低いリリエラも、今は戦っていた。


(まあ、安全性は段違いだろうがな)


「そっ、そうなんですか?」

「うむ。だから「戦いがない」ということはない」

「そっ、そんな……」


 エレーヌは、当てが外れたような表情になった。その顔を見たフォルトは、「本当に戦いたくないんだな」と思った。

 そして、自身も彼女と同様の思いを持っている。にもかかわらず戦いの場に赴いているのは、身内を全員シモベにしたいからだ。

 拠点に残せば彼女の願いはかなうかもしれないが、それだって分からない。双竜山の森では、眷属けんぞくのルーチェと魔族のヒスミールが戦っている。


「残念だったな」

「で、でも、死にそうになるほどではないですよね?」

「あれを見てもか?」

「え?」


 フォルトは後ろを向いて、ベルナティオとギッシュに向かって顎をしゃくる。どちらも戦闘狂のように、刀と剣を振るって戦っていた。

 〈剣聖〉が期待するような収穫は、何もないだろうが……。


「ギ、ギッシュさん!」

「おおっ! わりいわりい」


 ツッパリを怒鳴りつけるとは、エレーヌは肝の座った女性だ。

 それはさておき、今度はギッシュが近づいてきた。


「話は終わったか? もうそろそろ戻らねえとよお」

「ま、まだよ」

「んだよ、おっさん。賢者を守ってやれや」

「へ?」

「女一人いいじゃねえか」

「ギッシュが守ればいいんじゃないか?」

「そう言うなよ。俺らの仲だろ?」


(どんな仲だよ!)


 ギッシュというツッパリは、本当に唯我独尊だ。

 前回もアルディスの限界突破の件で、ちょっとしたことを頼まれた。少し協力しただけで、友達だちになったと思っている。


(まったく、これだからツッパリは……。じゃあ、メリットとデメリットで考えてみるか。そうなると……)


 エレーヌを助けるメリットは、絶対服従の呪いで遊べるだけだ。

 これはデメリットでもあり、シュンたちの戦力情報を得られなくなる。とはいえアルディスがいるので、まるで入らないわけではない。

 ただし、元々フォルトと勇者候補チームは遠く離れている。情報を聞くには、こうやって出会ったときぐらいしかない。


「うーん」


 デメリットは、かなり多い。

 まず、フォルトたちの秘密を知られること。フィロと同様に命令すれば良いが、エレーヌはえる要素が皆無。

 それに二つのたわわなモノが、趣味に刺さらない。他にも色々とあるが、アーシャの件を相談したバグバットに申しわけない。

 やはりそれが、一番のデメリットだ。


「なあソフィア、グリムのじいさんじゃ駄目か?」

「御爺様ですか?」

「うん。俺のときのようにさ」

「難しいかもしれません」

「なぜ?」

「異世界人の扱いは、国法で決められています」

「俺は特殊だからか……」

「はい。マリさんとルリさんの件もありますしね」


 フォルトの特殊性は言わずもがな。

 エレーヌに対して、それを適用できないのだ。


「御主人様、御主人様」

「おっ! どうしたカーミラ?」


 地面に座っていたカーミラが立ち上がった。

 そして、フォルトに耳打ちする。


「ゴニョゴニョ」

「ふんふん」

「ゴニョゴニョ」

「なるほどなるほど」


 カーミラの提案は、フォルトにとって魅力的だった。

 これならば、面倒事を丸投げできて万々歳だ。エレーヌの戦いは無くならないが、それは庇護ひごしても同様だ。

 それでも、死の危険がある戦いは少なくなるはず。


「ほどほどで満足する気があるなら、一つ提案がある」

「えっ!」

「まあ聞かないと分からないが、多分大丈夫だろう」

「そっ、それは?」

「駄目だった場合は、また考えてやる。それでな――――」


 フォルトの話には、エレーヌとギッシュを含めて、ソフィアも驚いた。

 どのみち今すぐは何もできないので、彼女らとの話は終わりだ。いま暫くは、勇者候補チームに残ってもらうしかない。

 そして、提案を聞いたエレーヌとギッシュが帰った。


「よしよし。カーミラにはご褒美だな」

「やったあ!」


 それにしてもカーミラは、悪魔的思考を持っている。こういったものは、ソフィアやセレスにはないものだ。

 そんなことを考えたフォルトは、他の身内の帰りを待つのだった。



◇◇◇◇◇



「ギ、ギッシュさんはどうするの?」


 フォルトからの提案を聞いたエレーヌとギッシュは、リーズリットを探している。

 小屋から出るときの言い訳を果たす必要があった。


「ああん? あの話は乗ってもいいと思うぜ」

「そっ、そう?」

「王族ならよ。なんとかしてくれんだろ」


 先ほどの提案は、エレーヌをリゼット姫に預けるといった内容だ。

 その話にはギッシュも乗り、便宜を図ってくれるように頼んでいた。


(なんで、お姫様と知り合いなのかしらね。やっぱり無理やりにでも、おじさんに守ってもらったほうがいいんじゃないかな? でも……)


 エレーヌからすると、リゼット姫に便宜を図れるフォルトのほうが良く見える。それでも思っていたほど、戦いに無縁ではなかった。

 代わりに提案された内容も、ほどほどなら満足できる。王女であれば城から出ないので、戦いは皆無と言って良い。万が一のときは体を張ることになるだろうが、専門の護衛はいるのだ。自分の出る幕は、ほとんどないだろう。

 礼儀作法に苦労しそうではあるが……。


「礼儀作法かあ」

「んなのは知らねえ。俺は旅に出してもらうぜ!」

「え?」

「おっさんには言っといたからな」

「聞いてくれる保証はないよ?」

「まあな。駄目ならまた考えりゃいいぜ」

「ギッシュさんはそうだけどね」


 ギッシュはフォルトに対して、フェリアスで修行させろと言っていた。

 彼は言葉も暴力なので仕方ないが、もう少し礼儀を弁えてもらいたい。ソフィアですら、顔をしかめていた。

 それが元で話を無かったことにされたら、目も当てられない。


「アルディスは何て言うかなぁ」

「オメエ、空手家を誘うつもりかよ?」

「とっ、友達だもん」

「かぁっ! チームはバラバラだな!」

「ギッシュさんが言う?」

「もともと俺は、ホストと合わねえ」

「わ、分かってるけどさ」

「魔法使いと神官はどうすんだ?」

「し、知らないわよ。私は必死だって言ったよね?」


 ノックスには魔法を教えてもらったり、ラキシスには相談に乗ってもらった。しかしながらエレーヌ自身は、二人に思うところはない。

 アルディスと違って仲良くなったわけではないのだ。


「ノックスさんは、シュンと一緒に召喚されたでしょ?」

「そうだったな」

「ラキシスさんは、シュンが連れてきたようなものだし……」

「まあいいや。面倒臭え」

「で、でも、ギッシュさんには感謝してるのよ?」

「ちっ。俺が賢者を誘った理由を考えやがれ!」

「それはもう大丈夫かも……」

「あん? なんでだ?」


 リゼット姫の下に付くなら、おそらくは異動の命令がくる。

 ならば放っておいても、勇者候補チームを抜けることになるのだ。シュンが名誉男爵だろうが、王族からの命令には逆らえないだろう。

 そうなれば、わざわざ別れを告げなくても良い。遠距離恋愛などは、男女が別れるキッカケとして十分である。


(こっ、これはラッキーだわ。やっぱり私から別れるのは無理よ!)


 内気で流されやすいエレーヌでは、シュンに引き留められたら断れない。だからこそラフレシア戦後に、性欲処理をさせられたのだから……。

 そのことに対して少しだけ顔を赤らめた彼女は、歩く速度が落ちる。

 すると……。


「おい、人間」

「え? あ……。リ、リーズリットさん?」


 目的の人物と出会えたが、それほど驚くことでもない。

 彼女たち遺跡調査隊は、帰還途中で仕留めた獲物を運んでいたのだ。探しに向かった場所は、食料を受け取る小屋だった。


「ちょうどいい。おまえたちに伝え損ねた」

「わ、私もそれを聞きにきました」

「すまんな。明日までは何も無い」

「あ、明日の予定は?」

「ヒドラ討伐の作戦会議だ。おまえたちも参加しろ」

「え?」

「分かってると思うが、全員ではないぞ?」


 ガンジブル神殿の調査は、ヒドラの討伐と同時進行で行う。

 勇者候補チームのリーダーは、作戦会議に参加する必要がある。この件については関係ないので、シュンに伝えて会議に参加してもらえば良い。

 彼とノックスが出席するだろう。


「つ、伝えておきます」

「それと大男。解体した肉や他の食材を持っていけ」

「おっ! 俺らの倒した分だな?」

「全部ではない!」

「分かってんよ。どれだ?」

「ま、待って」


 ギッシュは、リーズリットの指した場所に歩いていこうとした。しかしながら、ここで別行動になったほうが良い。

 彼は鍛錬をするために小屋を出たのだ。一緒に戻っては拙い。


「念入りなこった。まあ先に戻っとけよ」

「うん。持てるよね?」

「俺を誰だと思ってんだ!」

「ふふっ。力自慢のギッシュさん」

「分かってんじゃねえか」


 思わずエレーヌは笑みを浮べた。

 フォルトに庇護してもらう件は断られたが、それでも良い提案をされた。少しばかり気が緩むのも当然だろう。

 そこへ後ろから、女性に声をかけられた。


「ちょっとエレーヌ! 私を置いていかないでよ!」

「ア、アルディス?」

「もうソフィアさんとは会ったの?」

「う、うん。ギッシュさんのことを言っておいたわ」

「ふーん。じゃあ散歩でもしない?」

「シュ、シュンは起きたの?」

「寝てるよ」


 時間が掛かり過ぎたのか、アルディスが起きてしまった。

 どうやら彼女は、エレーヌを気遣っているようだ。連続でソフィアと面会することになるので、そちらについてはシュンと行くらしい。


「な、なら戻りながらで……」

「ギッシュ! 食料をよろしくね!」

「聞いてたなら運べってんだ!」

「力自慢のギッシュに任せるよ!」

「ぷっ!」


 ギッシュとエレーヌの会話が耳に届いていたらしい。気の緩んでいた彼女は、アルディスの言葉に吹き出してしまった。

 そして、提案通りに散歩を始める。


「そんなに近くにいたなら、もっと早く……」

「へへっ。ごめんごめん。でもギッシュと仲がいいねえ」

「え?」

「告白でもされたの?」

「そっ、そんなわけないわ」


 アルディスには、ギッシュと付き合っていると見えたのだろうか。

 確かに彼は、エレーヌ自身を見てくれるような男気がある。しかしながら、あんなに喧嘩けんかっ早い年下の男性はお断りである。


「冗談だよ。ギッシュって、女に興味が無さそうだしね」

「ふふっ」

「でさ。話は変わるけど、ボクに話って?」

「あ……」


 まだ勇気を絞り出せないエレーヌは困ってしまった。とはいえそれとは別に、アルディスに聞いておきたいこともあった。


「アルディスってさ。シュンについていくの?」

「またその話?」

「う、うん」

「うーん。ボクさ……」

「何?」

「シュンと付き合ってるんだよね」

「ええっ!」


 アルディスは軽く言った感じだが、エレーヌは驚いてしまった。

 シュンは、自分と付き合っているのだ。体の関係まで持っている。それが、友達とも親友とも思っている彼女が付き合っていた。

 これにはさすがに、憤りを感じてしまう。


「どういうことよ!」

「ちょ、ちょっとエレーヌ?」

「シュンは私と……」

「え?」

「い、いえ。何でもないわ」

「そっ、そう?」


(な、なんで……。シュンって、そういう人? 二股ってことよね? え? ちょっと待って……。アルディスも私と同じ? まさか、ラキシスさんも?)


 内気なエレーヌだからこそ、多少は冷静になれた。

 それでも徐々に、怒りが湧いてくる。本命がアルディスなのか。それとも、自身と同様に使われているのか。もしも後者なら、彼女もだまされている。

 ラキシスも、シュンがチームに入れた女性だ。もしかしたら二股を通り越して、三股になっている可能性すらある。

 ここは、思案のしどころだろう。


「ア、アルディス、それは大丈夫なの?」

「拙いのは分かってるんだけどね」

「冒険者チームではさ」

「分かってるって言ってるじゃん」

「な、ならいいよ」

「でも、エレーヌには隠し事をしたくなくてさあ」


 今まで隠していたとは言えない。それは、エレーヌも同じこと。

 シュンの本性を知ったからには、何の憂いもなくアルディスを誘える。彼女が二股の件を知れば、彼と別れて一緒に来るだろう。

 それでも、今すぐは拙いのだ。冒険者チームの壊滅理由に、男女関係の問題があるのは有名な話だった。

 とりあえずは布石として、彼女に念を押してみる。


「あ、ありがとう。それでね」

「うん?」

「シュンはやめといたほうがいいよ?」

「なんでよ!」

「やっぱりチームとしてさ」

「そう言われてもさ。もうボクたちは付き合ってるからね」


 どうやら、正攻法では駄目なようだ。

 それでもまだ、チームを抜けるまでは余裕がある。どのみちエウィ王国に帰るまでは、一緒に行動する必要があるのだ。

 しかもフォルトからは、リゼット姫の回答を待てと言われている。そうなるとギッシュのように時間を掛けて、アルディスの心変わりを狙うほうが得策か。

 物事には順序があると、エレーヌは思うのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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