第411話 盟約と世界の意志2
アルバハードは、吸血鬼の真祖バグバットが治める自由都市である。
領地の広さは、エウィ王国のデルヴィ侯爵領に及ばない。しかしながら、三大国家と隣接しており、独立的地位は確保している。
それでも人の住まう都市が一つしかなく、国家としての体を成していない。
「最後にはフレネードの洞窟を、地震で潰してしまってな」
「いやはや。魔物も災難である」
「「ははははっ!」」
フォルトたち一行は、バグバットの屋敷で、食事をとっていた。厚かましいかもしれないが、気心が知れているので、快くご
現在は食堂で料理を平らげて、果実酒を飲みながら歓談中だ。フォルトはカーミラの太ももを触りながら、グラスに口を付ける。
それにしても、優雅な曲が流れていた。
「フォルトさん、この音楽って?」
「ん? ああ、そういえば……」
「フォルト殿から頂いた音響の腕輪であるな」
「音を入れたのか」
「曲の選定に時間をかけたのである」
「ははっ。さすがだな」
バグバットには、楽団を貸してもらった礼として、音響の腕輪を渡していた。アーシャにプレゼントしたものと同型である。
だいぶ時間は経っているが、さすがは一流を好む人物だ。曲もさることながら、腕輪も調度品のように飾られていた。
その話を聞いたアーシャが、珍しくバグバットへ声をかけた。
「バ、バグバット……様?」
「なんであるかな?」
「が、楽団を貸してほしいのですが……」
「アーシャが借りてきた猫でーす!」
「うっさい!」
アーシャは緊張しているようだ。
カーミラにからかわれたが、貴族然とした紳士のバグバットに対して、軽口は
今まで何度か顔を合わせているが、会話をしたことがない。
「バグバットは空気が読めて、
「そっ、そうは言ってもさあ」
「はははっ! フォルト殿の大切な方々。気を楽にするのである」
「は、はあい……」
「
「おっ、お任せします!」
「では執事、そのように」
「畏まりました、旦那様」
この場には、いつも世話になっている執事もいる。
帝都クリムゾンの宿舎にいた執事と違って、とても
その彼は、獣人族のメイドに何かを伝えてから、食堂を出ていった。
(そう言えばアーシャは、バグバットと会話していなかったな。レイナスとティオもか。ならここは……)
「ティオは意外と、面倒見がいいんだよ」
「きさま、意外とはなんだ!」
「レイナスは天才だけど努力家なのだ」
「まあフォルト様」
「アーシャの生足は、ダークエルフの男も魅了してたなあ」
「ちょっとフォルトさん! 足だけじゃないんですけどぉ」
「そっ、そうだったな! 全部だ!」
フォルトはこれ見よがしに、三人の身内を褒め称える。
ソフィアとセレスは、バグバットと面識がある。今のうちに、他の面々を覚えてもらうつもりだった。
もちろん戦力の情報としては伝わっているが、そういった話ではなく、彼女たちの内面を知ってほしいのだ。
「はははっ! 愛されているのであるな」
「「っ!」」
「吾輩に気兼ねする必要はないのである」
「そっ、そういうことだ」
さすがにフォルトは、恥ずかしさが込み上げてきた。
自分の奥さんをべた褒めしている感じである。働いていたときの後輩が、今と同じようなことをしてきたのを思い出した。
そのときは、新妻と赤ん坊の自慢をされた。愛想笑いで返したものだが、バグバットは真剣に返してくれた。
このあたりに、彼の器の大きさを感じてしまう。
「吾輩の協力者には、メドランがいるのである」
「ああ。気さくな奴だったな」
「なので、礼儀も不要である」
「さ、さすがにそれは……。やれる範囲でな!」
礼儀についてはさておき、
彼には、安酒を
そして、歓談も進んだところで、フォルトが真面目な顔になった。
「バグバット、一つ相談に乗ってくれないか?」
「フォルト殿が吾輩に相談であるか?」
魔人の秘密とは別に、バグバットには聞きたいことがあった。
それを察したソフィアが立ち上がって、遠慮がちに口を開く。
「あ、フォルト様」
「どうした、ソフィア?」
「私たちは先に部屋へ行っています」
「うん? いていいぞ」
「いえ。魔人の秘密を聞かれるのでしょう?」
「それもあるが……」
「世に出せない話もあるでしょう」
「そうなのか?」
「で、あるな。選択はフォルト殿次第であるが……」
ここからは、少し話が長くなると思われる。
一般的に知られている魔人の話は、抽象的なものが多い。なので、知って良い話ばかりではない。知らないほうが幸せといった言葉もある。
バグバットが言ったように、後で吟味して話せば良いだろう。
「ならカーミラも」
「はあい。今のうちに、リゼット姫と会ってきますねえ」
「よろしく!」
「では皆様方。ご案内致します」
カーミラと離れる時間は惜しいが、もともと頼んでいた内容だ。
バグバットと会話をしている間に、距離を稼いでもらったほうが良い。悪魔の彼女なら、一日もせずに往復するだろう。
そして、メイドが彼女たちを、食堂から連れ出した。
「ソフィア殿は気が利くのであるな」
「ははっ。いつも助かってる」
「で、あるな。して、相談事とは?」
「何個かあるんだが……」
フォルトの相談事は、まずテンガイが言っていた内容だ。
すでに、アルバハードの人間だと言っていた。しかしながら、エウィ王国は、そう思っていない。
勇者召喚で現れた異世界人は、王国の所有物なのだ。いくらバグバットが後見人と言っても、その認識は続いているだろう。
「確かに現状はそうであるな」
「元勇者チームは自由なんだよな?」
「それはまた別の話であるな」
元勇者チームもフォルトと同様に、バグバットが後見人である。とはいえ、エウィ王国が、自由を許可していた。
同じような扱いに見えても違うらしい。
「フォルト殿の後見人については、帝国へ仕官させないためである」
「定住とかもだよな?」
「で、あるな」
「戻る必要はないのだろう?」
「難しいところであるな。依頼内容は――――」
リゼット姫から依頼された内容には、そういった詳細はなかったそうだ。
フォルトがソル帝国に仕官、または囲われた場合は、バグバットが一方的に損をする内容だった。エウィ王国からすると、その部分が肝である。
それさえなければ、良い意味での計らいがされていた。期限も記されていなかったので、今の状態を続けても良いだろう。
「ふーん。まあ王女のことはいいや」
「で、あるな。ここで問題になるのが、国王や貴族の思惑である」
バグバットも、ソフィアと同様の思考に至る。
一番気になるのは、やはりエインリッヒ九世とデルヴィ侯爵だ。リゼット姫のことは、いま話す内容ではない。
「戻せと言ってくると?」
「で、あるな。吾輩は中立である」
「なら戻らないと駄目か。困らせたくはない」
「王国から言われるまでは良いのである」
「ははっ。知らんぷりでいいかあ」
フォルトはバグバットと友誼を結ぶうちに、アルバハードを、地元と考えるようになっていた。
幽鬼の森まで近く、彼の屋敷にも気軽に訪問している。それにエウィ王国でないことが、精神的な気楽さを生んでいた。
王国には、嫌な思い出や精神的苦痛を多く感じるのだ。はっきり言って、グリム家以外は嫌いであった。
「それともう一つは、アーシャの件なんだが……」
「アーシャ殿であるか?」
「同じ異世界人なのだ。レベルも上がってさ」
「勇者候補足りえる人材に育っているのであるな」
「そうそう。俺のように後見人には?」
「残念ながら無理であるな」
「そっか」
フォルトは、バグバットを困らせるつもりはない。
身内には、ソフィアやセレスといった賢人がいる。彼女たちなら、良い案が浮かぶだろう。とはいえ、別の視点からの助言を期待した。
各国が配慮するほどの人物だが、それゆえに、無理なものは無理なのだろう。しかしながら、それを覆すかもしれない提案がされた。
「そういった話であれば、一つ提案があるのである」
「提案?」
「前にも話した盟友の件であるな」
「ああ。アルバハードを一緒に守るって、あれか?」
「で、あるな」
戦神の指輪の所有者を当てる賭け。
その景品として、バグバットの盟友になることを提示されたことがある。あのときは遊びの類であり、あまり深く考えていなかった。
だが、それには一つの疑問点が浮かぶ。
「中立ではなくなりそうな?」
「で、あるな」
「迷惑はかけたくないのだが……」
「盟友になれば、名実ともにアルバハードとして迎えるのである」
「エウィ王国へ
「はははっ! 吾輩の中立性は、人間への慈悲である」
「ぷっ!」
魔王プレイでもしてるかのような回答に、フォルトは吹き出してしまった。
バグバットは、人外の者なのだ。国を滅ぼせる力を持っている。彼の中立性は三大国家も認めるが、そもそも人間を何とも思っていない。
盟友となれば話は変わるようだ。
それに……。
「リゼット姫からの依頼は、あやふやである」
「そうだな」
「吾輩は後見人を主張し続ける権利を有しているのである」
「なるほどなあ」
「盟友となれば、アーシャ殿の件に介入するのである」
「俺の身内だからか?」
「で、あるな」
アルバハードの住人であっても、吸血鬼の一族にしか関心がない。
それが、バグバットのスタンスだ。盟友となったフォルトの身内は、その一族と同等の扱いになる。
リゼット姫の計らいが、ここで生きてきた。
「今と何か変わるのか?」
「ほとんど変わらないのである。ただし……」
「うん?」
「フォルト殿は、アルバハードを守る責務を負うのである」
「責務かあ」
「難しく考える必要はないのである」
「え?」
「フォルト殿の守る範囲を広げるだけであるな」
責務と聞いて、フォルトは嫌な顔に変わった。しかしながら、自分の居場所を守るのは当然だった。
現在は魔人として力をもっているので、幽鬼の森や双竜山の森へ手を出されれば、全力で対処するだろう。それに、アルバハードが含まれるだけだ。
距離的には近いので、同じようなものだ。
「ふーん」
「はははっ! 基本的には吾輩が行うのである」
「そっか」
「吾輩に何かあったときのための保険である」
「保険か。なら、盟友になろうか」
保険という言葉に思い入れのあるフォルトは、バグバットからの提案を受ける。ここまで友誼も結んでいるので、大した差にもならないのだ。
「盟友は口約束にあらずである。盟約が発生するのである」
「盟約?」
盟友とは、ただの友達や親友では終わらないものだ。
固い
「け、契約か。悪魔の契約とか勘弁なのだが?」
「強制する契約ではないのである」
「あまり意味のない契約か?」
「
「ああ、そっちの契約か。なら問題ないが……」
盟約に上下関係はない。同等の関係を維持するために行われる。
パロパロが、竜王と結んでいる盟約と同様だ。竜がサザーランド魔導国を武力で守ることと引き換えに、彼女が竜の領域の守り人となっている。
これは、竜王の休眠期を補助するものだ。フォルトであれば、バグバットが不在のときに、アルバハードの守り人となれば良い。
もちろん破った場合は、敵対関係に変わる。
「ならいいか。バグバットと敵対するつもりはない」
「では、兼ねてよりの話をお伝えするのである」
「なんだっけ?」
「なぜアルバハードを守るかであるな」
「ああ。そんなことも言ってたなあ」
「盟約に関わることゆえ、ついてきてほしいのである」
「魔人の秘密は?」
「道すがらで良いであるか?」
「いいよ」
そこまで話したバグバットは席を立った。
フォルトも立ちあがり、彼の後に続く。食堂には二人しかいなかったので、誰も見送る者はいない。
そして、屋敷の地下へ続く階段を下りていくのであった。
◇◇◇◇◇
バグバットの屋敷の地下には、壁一面に魔法陣が描かれている部屋があった。
なんとも、ファンタジー感が満載な場所である。とはいえ、他には何もない。入室した扉の反対側に、同様の扉があるだけだった。
そして、その扉を開けると……。
「なんか凄いな……」
「歩きになるゆえ、少々時間がかかるのである」
「だろうな」
扉の先は、なんと迷宮になっていた。
ブロキュスの迷宮に似ており、人の手で作ったものだ。しかも目指す場所へ続く道を外れると、魔物が襲ってくるらしい。
道順など覚えることは不可能。少なくとも、フォルトには無理だった。
「置いてかないでくれよ?」
「はははっ! 吾輩も迷宮を壊されるのは困るのである」
「でも明るいんだな」
「あの部屋に吾輩が入らなければ暗いままであるな」
「なるほど。そういった仕掛けかあ」
通路には、何個も魔道具が設置されている。
それが光を灯しているので、バグバットと一緒なら、道を迷うことはないそうだ。もちろん道を外れても、同様の魔道具が設置されている。
光が灯るのは正解の道だけなので、それを頼りにしても迷うだけだった。
「まず魔人についてであるが……」
「ははっ。楽しみにしてたんだよな」
「吾輩もすべてを知っているわけではないのである」
「だろうな。ポロが何も言わない」
「(ちっ。だが、あれに会うのか……)」
「なんだ?」
「(知らなければ話が進まんからな。仕方ない)」
ポロがブツブツと、何かを
フォルトに話しかけたわけではなく、ただの独り言のようだ。
「だからなんなんだ?」
「(どうせそいつが連れていく。気にするな)」
「気になるわ!」
「(………………)」
「ちっ。黙りやがった」
普段は黙っているのクセに、いきなり
しかも、思わせぶりなところがイラつく。それでも聖剣ロゼのように騒がしくないので、まだマシである。
「ポロであるか?」
「ああ。あれに会うのかだと」
「はははっ! 到着すれば分かることである」
「ポロもそう言ってた」
「で、あるか」
「じゃあ続きをよろしく!」
ポロの横やりで止まってしまったが、バグバットは魔人について話し出す。
フォルトも自身に関わる内容なので、楽しみにしていたのだ。
「魔人はこの世界の原住民である」
「原住民? 人間じゃないのか?」
「人間は魔人の後であるな」
「へえ」
バグバットの話は、クローディアも聞いた話だった。
彼女は記憶から消されているが……。
「いま存在している神々は侵略者である」
「は? 別世界の神様ってことか?」
「そういった話ではないのだが、本当の神ではないのである」
「うーん。話が大きくなってきた」
「神話戦争で魔神に勝利して、いまの座に付いているのである」
「はて? カーミラから聞いたような?」
「ここまでが、話の区切りであるな」
「そっか。まあ概要だけ分かってればいいか」
「で、あるな」
「俺の記憶容量は少ないからな」
神話戦争の件は、カーミラが言っていた内容と遜色がない。
チラっとしか聞いていないが、過去に魔神になった魔人がいたようだ。そのおかげで、神を馬鹿にするのはやめようと思ったものだ。
記憶容量については自信がない。今はカーミラメモが無いのだ。
「現存する魔人は三名であるが……」
「俺と大婆とグリードか?」
「他にもいると思われるのである」
「へえ」
世に知られているはグリードだけである。
そして、正体を隠しているフォルトとソシエリーゼ。
他には、魂となったポロ、パール、スカーレット。魔剣は魔人の魂が変化したものなので、シュトルムとゾルディックを入れて八名。
数の少ない種族と言っても、これでは絶滅も近い。
「北東の島ルニカが、魔人の住まう地とされているのである」
「北東と言うと、フェリアスより先か」
「で、あるな。海を渡ることになるのである」
「そこに他の魔人がいると?」
「確認はできないのである」
「調べないのか?」
「理性の無い魔人を刺激したくないのである」
「な、なるほど」
確かに、理性の無くなった大婆いる場所へ行きたくない。
フォルトも魔人の力を使うようになって、その脅威は認識できている。魔法に限らず、肉体能力でも圧倒的なのだ。
理性が無いぶん、加減などしてこないだろう。
「魔導国家ゼノリスは、ルニカを調べていた形跡が見られるのである」
「過去に滅亡した国だよな?」
「で、あるな。あの海域は、船では近づけぬゆえ……」
「魔導国家ってくらいだから、飛行の魔法か」
北東の島ルニカの海域は、恐ろしい魔物がワンサカといる。
水中なら、クラーケンが主なところだ。陸上のビッグホーンやライノスキングに匹敵する大型の魔物が、何匹も
もちろん空も危険で、ロック鳥やワイバーンも飛んでいる。推奨討伐レベル三十のワイバーンでも、数がいれば人間では勝てない。
「運良く上陸できた奴がいたか?」
「吾輩はそう読んでいるのである」
「いや、運は悪いな。それで国が滅亡したのだろ?」
「グリードの憤怒を買ったのであるな」
おそらくは運が味方して、空から上陸した人物がいたと思われる。しかしながら、結果は国の滅亡で終わっている。
運で言えば、最悪の運だっただろう。
「人間の国だっけ?」
「で、あるな。魔法研究が盛んな国である」
(なるほど。なら、セレスの読みも当たってるかな? 転移の指輪を作ったのは、ゼノリスだって言ってた。まあ、好奇心は猫をも殺すだ)
人間の好奇心に果ては無い。
そのことをフォルトは知っているので、同情の余地はないと思っている。いつものような思考で、ほどほどで満足すれば良いと思うだけだった。
改めて人間を見限る良い話だった。
「吾輩が知っているのは、これぐらいである」
「今の話だけだと、大罪との関連性が分からないな」
「で、あるが、吾輩も魔人より後に生まれたのである」
「ならしょうがないか。知ってる奴に心当たりは?」
「魔人を創造した神なら知ってるかもである」
「また別の神か。神様だらけだな!」
「で、あるな。ははははっ!」
フォルトの感想は、日本人特有のものだった。日本だけでも、八百万の神々というように、多くの神が崇められていた。
ちなみに八百万の神々とは、八百万といった数字ではない。「八百」は数が極めて多いといった意味だ。「万」は多種多様を指している。
もちろん無神論者なので、どの神も崇めていない。それに伴った軽い口調が、バグバットの笑いを誘っていた。
「参考になった。ありがとう」
「約束を守っただけである」
「さて、どこまで身内に伝えて良いものか……」
バグバットから聞いた話は、フォルトの頭脳でも、世に出せない内容だと分かっている。とはいえ身内なら、すべてを伝えても問題ないだろう。
「任せるのであるが、決めるのは早いのである」
「え?」
「盟約に関わることが終わってからで良いのである」
「なるほど。この迷宮は深いのか?」
「地下三層である。もう少しである」
「助かる。そろそろギブアップ感が……」
迷宮と言っても、深さはそれほどではない。地下二層へ降りる階段は近かった。しかしながら、それ以降は、アルバハードと同等の広さを誇っているらしい。
肉体的な疲れはないが、同じ風景が続いてるので、精神的に疲れてしまう。それでもバグバットと話しながら、フォルトは地下三層の階段を降りるのであった。
――――――――――
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