第409話 帝都観光と湿地帯観光3
ぬかるんだ湿地帯は、
シュン率いる勇者候補チームは、エルフのリーズリットから、戦闘の許可をもらった。そこで早速、ローパーと戦うために、湿地帯へ足を踏み入れた。
全部で八匹との話だったが、そのうちの五匹は、戦闘を開始していた。
「ヌハハッ! 壁ハ我ラニ任セヨ!」
シュンたちの後を追った遺跡調査隊の面々のうち、蜥蜴人族の五人が
彼らには、とっくに追い越されていた。鈍重そうなドワーフでさえ、この場へ到着する前には抜かされている。
そして、リーズリットが、勇者候補チームの前に立ち塞がった。
「止まれ! まだ行くなよ? 彼らの戦いを見ておけ」
「なんだと!」
「残りは戦わせてやる」
「ちっ。絶対だぞ!」
「黙って観察しろ!」
「あ、あれがローパーかよ」
「うへぇ。気持ち悪い……」
「ね……」
「………………」
「なんか、ちょっと……」
ローパー。
植物系の魔物で、高さは二メートル前後。円柱の茎のような形をして、全体的にヌメヌメしている。
体のあちこちから、触手のような
唾液のようなものを垂らしていて、とても気持ち悪い。ギッシュは気にしていないようだが、他の面々の顔が引きつる。
「効カヌ、効カヌ!」
ローパーの攻撃方法の一つとして、その穴から液体を飛ばす。
リーズリットの話だと、強力な
「あいつらには、毒が効かねえのか?」
「ローパーの麻痺毒ならな。あの皮膚は浸食できない」
「ズルいぞ!」
「人間から見れば、そうだろうな」
シュンは文句を言うが、リーズリットも意に介していない。
蜥蜴人族は硬い皮膚を持つと同時に、水を弾く体液を分泌する。それが、ローパーの液体を弾くのだ。
それでも蜥蜴人族は、攻撃に転じられない。伸びてくる蔦の対処で忙しいようだ。その本数は多く、上下左右から襲ってくる。
「ヌハハッ! 今ノウチニ攻撃シロ!」
「おうよ! これでも
蜥蜴人族の後ろで飛び上がった獣人族たちが、何かを振り回しながら石を飛ばしていた。それはローパーの体に当たって、傷を付けている。
彼らの武器を見たギッシュが、目を細めて
「なんだありゃ?」
「スリングだな」
「なんだ。パチンコかよ」
スリングとは、小型の投石器である。
Y状の先端にゴムを結び、石を引いて飛ばす武器だ。玩具として簡易的なものは、パチンコとも呼ばれる。
威力は様々で、基本的には、殺傷力が高い武器に分類される。しかしながら、悪質な
そして、獣人族が使っているのは、ただの布だった。
「そらそらそら!」
「ほいほいほい!」
ただの布と侮ることなかれ。
それで石を巻いて、グルグルと振り回し、遠心力で飛ばしているのだ。獣人力の筋力で、かなりの威力になる。太い木の幹に食い込ませるぐらいはできる。
惜しむらくは、命中率が低いこと。それでも慣れているのか、そこそこの命中精度を誇っていた。
彼らには、ドワーフの男性が、せっせと石を渡している。
「なんか、凄え威力だな」
「渡すとき、石に食い込みを入れてるからな」
「は?」
「あいつは鍛冶道具を持ち歩いてる。威力が変わるぞ」
「ズルいぞ!」
「まったく、おまえらは何も分かっていない」
ローパーの攻撃を蜥蜴人族の五人が受け持つ。ドワーフの三人がサポートする。獣人族の五人が攻撃する。それが、五カ所で行われているのだ。遠距離攻撃を主体にしており、まったく危なげない戦いである。
それを見たシュンは、リーズリットへ問いかけた。
「なあ、そろそろ戦ってもいいか?」
「そうだな。とりあえず、一匹と戦ってこい」
「その言葉を待ってたぜ! 行くぜ、野郎ども!」
「ボクは野郎じゃないでーす!」
「わ、私も……」
「ギッシュ様、待ってください!」
「ちょ、ちょっと準備がっ!」
「ギッシュ! 先に行くな!」
仲間が止めるのを聞かずに、ギッシュが走り出してしまった。
シュンは苦笑いを浮かべて、その後を追った。戦いたくてウズウズしていたのは分かっているが、チームとして行動してもらいたい。
そして、勇者候補チームは、ローパーと接敵する。
「おらあ! 『
先制攻撃は、ギッシュの遠距離攻撃だ。
一応は、リーズリットの話を聞いていたらしい。ローパーへ近づくと麻痺毒を飛ばされるので、離れて戦うことを選んでいる。
スキルが発動すると、地面が爆発して、石つぶてが飛んだかに見えた。
「あん?」
本来であれば、プロシネンとの模擬戦で使ったように、石つぶてが飛ぶ。しかしながら、爆発して飛んだのは泥だった。
ここは湿地帯なのだ。地面はぬかるんでおり、それを飛ばしても泥なのだ。
「ギッシュ、危ねえ! 『
ローパーからギッシュに向かって、液体が飛んできた。
それをシュンが、自身の最大防御スキルで守る。見えない
「何やってんだ!」
「クソッ! 戦いづれえ場所だぜ」
「とりあえず、下がれねえからな!」
「おう! 俺が八つ裂きにしてやんぜ!」
「馬鹿っ! 近づけねえんだよ!」
「そっ、そうだった。だああああっ!」
シュンとギッシュは、その場から動けなくなった。三角錐から前に出れば、液体を浴びて行動不能。下がれば、後衛に危険が及ぶ。
そこへ、アルディスの攻撃が飛んだ。
「そこでボクの壁になってなさいよ! 『
アルディスの使ったスキルは、気を使った遠距離攻撃だ。今までずっと鍛錬しているので、当初よりは威力が上がっている。
それでもマリアンデールには、遠く及ばない。この攻撃では、ローパーを後退させるぐらいしかできない。
いわゆるノックバックだ。
「そのまま抑えといて!」
「わ、私も……」
【【ウインド・カッター/風刃】】
湿地帯と言っても、周囲には木が茂っている。
そのため、火属性魔法は厳禁だ。ローパーに一番効果があっても、この場では使えない。そこでノックスとエレーヌは、風属性魔法で斬ることにした。
その選択は良かったようで、敵の体に切れ目を入れていた。
「おっ! 効いてるぞ。続けてくれ!」
「うん!」
「はいっ!」
「アルディスも、ローパーを近寄らせるな!」
「分かってるわよ! 『
「その調子だ!」
「って……。きゃああああ!」
「どうした!」
シュンが指示を出したところで、アルディスが悲鳴を上げた。
すぐに振り返ると、なんと彼女が、蔦に巻きつかれている。さすがにラフレシアのような力は無いが、足を取られて転んでいた。
「ちょ、ちょっと入ってくんなっ!」
しかも、ローパーの蔦が、アルディスの服の中へ入っていった。
どこかの十八禁ゲームではないが、彼女が
「ぁっ、んっ、くぅ!」
「ア、アルディス!」
「ちょ、なんとか、してよ!」
「待ってろ! そんな蔦なんか斬ってやる!」
「ま、待て、ホスト!」
シュンが『
ギッシュは止めたが、すでに遅い。ローパーから液体が無数に飛んできて、彼は全身を濡らしてしまった。
「うぐっ!」
「ギッシュさん!」
「い、いま解毒魔法を!」
「ラキシスさん、効果ないって!」
「あ……」
勇者候補チームは、ピンチに陥ってしまった。
ギッシュが片膝を地面について、グレートソードに寄りかかっている。アルディスも、蔦から分泌された液体で動けなくなった。
それでもシュンは、彼女に巻かれていた蔦を斬った。もちろん速攻で防御に入ったが、『
すぐには展開できない。
「馬鹿者が……」
「え?」
シュンがどうするか悩みだした瞬間。木の上から飛び降りてきた男性のエルフが、目の前に立った。
そして、腕を突き出して、精霊魔法を使った。
「風の精霊シルフよ。風の渦を起こせ!」
【ウインド・ストーム/風嵐】
男エルフの使った精霊魔法が、目の前で渦を巻いた。それは蔦や液体を巻き上げ、ローパーを切り刻んだ。
それを確認したリーズリットが、指笛を吹く。
「ピィィ!」
「オウ! 残リハ任セテモラオウ!」
「はははっ! オメエらは下がってな!」
残りのローパーは三匹だったが、一匹は男エルフのおかげで、
シュンたちが戦っている間に、それぞれが担当していた敵は倒していたようだ。一瞬にして助かったので、シュンと動ける仲間は、
「まったく。理解できたか?」
「………………」
「リーズリット、解毒の魔法を……」
男エルフはシュンから離れて、木の枝へ飛びあがった。
そして、リーズリットが、ギッシュとアルディスに解毒の魔法を使った。彼女は、自然神の神官でもあったのだ。
「人間。さっさと川へ戻って休憩だ」
「お、おう……」
「助かったわ」
解毒の魔法が効いて、ギッシュとアルディスは動けるようになった。
ローパーを全滅させた遺跡調査隊は、シュンたちを連れて、ルイーズ川の河原へと戻った。あんな場所で長居するものではない。
もちろん、勇者候補チームの雰囲気は最悪となった。河原で一息入れたところで、ギッシュが大声を上げる。
「くそっ! なんだってんだ!」
「ギッシュ……」
「ホストのせいだぞ!」
「なんだと!」
「やめんか! いい勉強になっただろ?」
今回の件は、全員が悪いのだ。彼女が言うには、「戦闘を選んだことが間違い」という話だった。
「何の準備もしないで戦うなといっただろ」
「そっ、そうだが、支援してくれると……」
「しただろ? 最後にな」
「ちっ」
「おまえたちは、絡め手のある相手に弱いな」
「なんだと!」
「力と力のぶつかり合いなら強いのだろう」
「………………」
シュンたちは全員、リーズリットに言い返せない。
今まで戦った魔物は、ほとんどが正面からの殴り合いだった。アルラウネにしてもビッグベアにしても同様だ。
マタンゴなどは、風の衣で守っていれば、何の脅威もなく倒せている。しかしながら、先に情報を聞いて知っていたから可能なのだ。
それを聞いたアルディスが、ボソッと
「あんな破廉恥な攻撃なんて……」
「「っ!」」
アルディスの呟きを聞いたシュンとノックスが固まった。
ローパーの蔦で悶えていたアルディスは、なんというか、色々と危なかった。とはいえそれも、情報の無さが招いた結果だった。
「ローパーは、体温と体液を感知して襲ってくる」
「へ?」
「汗でも出ていたのではないか?」
ローパーは目を持っているわけではない。
獲物を襲うときは、リーズリットの言った感知方法を使っている。アルディスが狙われたのは、スキルを連続で使って、体温が上がったからだ。
服の中へ蔦が入っていったのは、流れた汗が原因である。生物の体液を吸収するのが、あの魔物の習性なのだ。
本来なら麻痺したまま養分にされ、干からびて死んでしまう。決して、エッチなことをするためではない。
「ちょっ、リーズリットさん! なんてこと言うのよ!」
「ゆっくりもしてられん。体を拭いてこい」
「ど、どこで?」
「あっちに大岩があるだろ。誰も
「っ! エ、エレーヌ、一緒に来て……」
「う、うん」
アルディスは
もちろん休憩中も、蜥蜴人族や獣人族は、周囲の警戒をしている。
「人間。フェリアスの湿地帯はどうだ?」
「キツイぜ。踏ん張れねえよ」
「おうよ。滑るし、よく戦えるもんだぜ」
「普段より体力が削られますね」
「そうだね。僕も走るのがキツかった」
「慣れだろ。数日歩いてりゃ平気だぜ」
険悪な雰囲気だったが、リーズリットの説明で納得がいった。
それでもシュンは、楽観的に捉えていた。慣れさえすれば、何も問題ないと思っている。この程度で音を上げてるようでは、勇者級を目指せない。
しかし……。
「どうだろうな。厳しいかもしんねえぞ」
「ギッシュ? 珍しいな」
「どういう意味だよ!」
「はははっ! まあ、先へ進もうぜ」
「テメエ、ホスト!」
「人間、準備しろ! 湿地帯は、これからが本番だぞ!」
シュンとギッシュが喧嘩になりそうだったが、リーズリットが出発を宣言した。すると、大岩の影から、アルディスとエレーヌが顔を出した。
それにしても、先ほど戦ったローパーは危なかった。とはいえ脅威が去ったので、シュンはアルディスの悶えた姿を思い出すのだった。
◇◇◇◇◇
シュン率いる勇者候補チームが、湿地帯観光を楽しんで? いる頃。
宿舎から出たフォルトは、カーミラやおっさん親衛隊と一緒に、帝都の一区画へ訪れていた。もちろん、案内は帝国軍師テンガイである。
そこは研究所が集まっている場所で、区画から外へ出れば、専用の開拓村へ続いている。思わず感嘆するほど、効率的に区分けされているようだ。
(さすがに警備は厳重だなあ)
現在は区画の、とある施設へ入っていた。人払いはされているが、フォルトたちへ近寄ってこないだけだ。作業している人間は多い。
機密情報を扱っているのか、内外にも、警備が多数配置されている。
「フォルト殿が調味料に興味をお持ちとは……」
「旨い飯には欠かせないだろ?」
こちらの世界の調味料は、「さしすせそ」の「すそ」が無い。これは三国会議のときに、バグバットへチラっと伝えた話だ。
「さ」は砂糖。「し」が塩。「す」が酢。「せ」が
砂糖なら、サトウキビ――名称は違う――が原材料となる。日本であれば、それを基に、様々な行程を経て作られる。
そういった技術レベルが違うので、煮詰めて固めて砕いているだけだった。
「しかし、酢と味噌というのは?」
「すまんな。俺には作り方が分からん」
「異世界人の知識ですね」
「そうなるのかな?」
実のところ、醤油があるのは、異世界人の知識からだった。
現在は、普通に流通している。それでも作られた当時のエウィ王国は、国庫を潤したらしい。
裁縫技術もそうだが、こういったことが、勇者召喚の優位性だった。
「フォルト様、あまり口外されては……」
「ははっ。グリムの
「はい」
「まあ旨い飯は、誰もが幸せになる。なあ、テンガイ君」
「まさに、そのとおりです」
「もぅ、フォルト様は……」
ソフィアが
祖父のグリムに立場があっても、異世界人の知識なのは間違いない。作り方を教えているわけではないので、損にも得にもならない情報だ。
「砂糖については、独自の製法を確立していますね」
「ほう」
「魔法技術を用いますが、かなりの不純物を分離しています」
「確かに帝国の砂糖は、貴族が喜んで購入していますね」
「ほほう!」
通常砂糖を作るときは石灰乳を加え、不純物を凝集・凝固させ、沈殿させる。それを、魔法を使って代用しているようだ。
エウィ王国では、最初期の製法を続けている。このあたりの技術は、帝国のほうが上だった。
「他の調味料もか?」
「はい。ただし高額になりますね」
「富裕層向けか」
「そうなります」
フォルトは渋い表情に変わった。
氷河期世代の引き籠りは、はっきり言って金を稼げない。親がいたから、飯が食べられていた。もし一人なら、貯金が無くなった時点で終了だ。生活保護の対象になって、富裕層向けの商品など別世界のものになる。
そういったことを考えると、
(嫌なことを思い出したが、カーミラが奪ってくれば問題ない。調味料関係も帝国だな。と言うか、ほとんど帝国なのか?)
フォルトは現在、ソフィアと手を
カーミラや他のおっさん親衛隊は、後ろで物珍しそうに周囲を見ていた。工場見学のようなものなので、普段は見られない光景なのだ。
そして、カーミラへ目を向けると、ニコニコと笑顔を向けてきた。言わんとしたことが分かったのだろう。
「みなさん、こちらをお召し上がりください」
暫く見学していると、女性の従業員が、お菓子を持ってきた。
工場見学では、お約束のものだ。色とりどりな丸い菓子が何個か入った袋を、全員に配っていた。
そして、赤い菓子を食べたフォルトは、砂糖と果実の甘さに舌鼓を打つ。
「旨い!」
「それは何よりです」
「だが……。俺には甘すぎるな」
「そうですか? お連れの方たちには好評のようですよ」
「ははっ。女性は甘味が好きなものだ。なあソフィア」
「はい。すばらしい菓子ですね」
「ありがとうございます。それでは……」
女性の従業員は去っていった。
彼女が言ったように、ソフィアを含めて、全員の目が輝いている。その表情を見ていると、フォルトは心が穏やかになった。
それからも見学は続き、飽きてきた頃に施設を出た。
「フォルト殿、いかがでしたか?」
「いいね。面白かった」
作業工程など見ても、「何が面白いか分からない」という人もいるだろう。しかしながら、フォルトは楽しかった。
引き籠りをある程度脱しているので、それなりの好奇心が芽生えている。特に魔法を使った行程部分は、興味を引いていた。
「このように、ソル帝国は技術を発展させております」
テンガイは、事あるごとに技術を自慢していた。
結局のところは、それをフォルトに理解させるためなのだろう。もちろんあからさま過ぎるので、そんなことは分かっていた。
「まあ、あれだけ言われればな」
「はい。良い関係を続けたいがためですね」
「正直だな。そっちが何もしなければ、俺は何もしないぞ」
「ですが関係と言っても、フォルト様は異世界人ですよ」
ソフィアが言ったように、異世界人は、エウィ王国の所有物。
フォルトは好き勝手しているが、その認識は続いている。ソル帝国がいくら秋波を送っても、王国がそれを許さない。
それに、吸血鬼の真祖バグバットが後見人となっている。縛りは緩いが、あまりにも目に余れば、アルバハードも口を出してくる。
「そうですが、今回のスタンピードのように取引したいですね」
「取引だと?」
「はい。私の師は大賢者ドゥーラ様ですが……」
大賢者ドゥーラは、フォルトと同じく、極度の引き籠りだ。ソル帝国から資金提供を受け、その見返りとして、魔法研究の成果を渡していた。それと同じようなことができないかと言った提案だ。
フォルトたちを支援する見返りで、フレネードの洞窟で間引いた魔物の素材は、帝国が受け取っている。
とはいえそれも、ソフィアが一蹴しようとした。
「そういった話も、エウィ王国を通さないと駄目でしょうね」
「はははっ! 私はアルバハードを通すつもりですよ?」
「えっ!」
「私が見るかぎり、フォルト殿はエウィ王国を離れています」
「………………」
「拠点も幽鬼の森へ移されたとか?」
「そうだな」
「もうアルバハードの人間でしょう」
「ふーむ」
テンガイの言ったことは的を射ている。
フォルトにとってエウィ王国は、グリム家があるから配慮しているだけだ。国王や貴族たちに興味はない。
そして、バグバットとは
「そのあたりも整理しないと駄目だな」
「はい。フォルト殿は、ローゼンクロイツ家の当主です」
「ふむ」
「それに、グリム家の客将です。客ならば……」
「テンガイ君が決めることではない。もう何も言うな」
「すみません。少し熱を帯びました」
「………………」
これはフォルトの問題なので、テンガイの口を封じた。
ソフィアは身内だが、懇意にしているグリム家の人間でもあった。彼女を悲しませないようにしないと駄目だ。
単純に突っぱねても良いのだが、彼の言った話も一理ある。このままズルズルと、エウィ王国の所有物と思われていても困る。
「まあ、テンガイ君の話は分かった」
「では?」
「そう急くな。俺は働かないと言ったな?」
「はい」
「依頼されても受けないぞ」
「魔物の討伐なら、フォルト殿の大切な方々を鍛えられますね」
テンガイの話は、フォルトも考えていたことだ。
人間にとっては脅威の魔物だが、おっさん親衛隊の狩場には苦慮するところだ。すでに弱い魔物では、レベル上げの効果が薄い。
そうなると、強い魔物が必要だ。しかしながら、そういった魔物の話は聞かない。彼の提案は、帝国領内の強い魔物を教えてくれるものだった。
「まあ、すぐには無理だぞ。俺たちにもやることがある」
「分かりました。頭の片隅に入れておいてもらえれば……」
「では宿舎へ……。いや、帝都の観光名所など無いか?」
「は?」
「ソフィアと二人でな。後は言わなくても分かるだろ?」
「なるほど。闘技場はよろしくないでしょうから――」
ベルナティオと行くならともかく、ソフィアと二人で闘技場は無い。とはいえ、こちらの世界の観光名所など限られている。
町が壁で囲まれていて、外は魔物が
そこでテンガイから、市場、広場、戦神オービス神殿と提案がされる。しかしながら、彼女は違う場所を指定した。
「テンガイ様、壁の上は昇れませんか?」
「帝都を囲む壁ですか?」
「はい」
「軍事に関わりますが……。分かりました」
「ありがとうございます」
「もちろん一部だけですよ」
「構いません。デートですので、風景が見たいのです」
ソフィアの言葉に、フォルトは頬を緩める。
デートの話は伝えてあるが、改めて口に出されると恥ずかしい。それにしても、彼女らしい場所を指定するものだ。
他の身内は、先に宿舎へ帰ってもらう。テンガイもお邪魔虫になるので、案内は壁の下までだ。帰りの馬車と御者だけ残して、帝城へ戻っていった。
そして、スタンピードの件で一番の功労者と、肩を寄せ合うのだった。
――――――――――
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