第408話 帝都観光と湿地帯観光2

 フォルトたちの滞在期間は一週間と、帝都クリムゾンへ初めて来たときと同様の予定になっていた。やはり、アルバハードまでは送迎されるらしい。

 そして、帝都の宿舎へ入って三日後だった。初日の夜に連絡をもらっていたが、帝国軍師テンガイが来訪した。


「フォルト殿、国境まで出向けずに申しわけない」

「いやいや。忙しいのだろう?」

「はい。私が考えていたより早かったもので……」


 テンガイも昼間に来訪すれば良いものを、夕食時を選んでいる。

 フォルトとゆっくり会話するためだろうが、三日も余裕をもらっていた。なので、ソフィアやセレスとの口裏合わせは万全だ。

 そこへ、宿舎で働いている執事がグラスへワインを注いだ。


「フォルト様、果実酒をどうぞ」

「う、うむ」


 フォルトとカーミラは、長テーブルの一番前に座っている。

 本来なら左右におっさん親衛隊を座らせて、テンガイは向かいの席だ。しかしながら、そんな遠くの声など聞き取れる自信がない。

 そこで、おっさん親衛隊は右側へ、来訪者を左側へ座らせた。彼の他には、護衛の帝国騎士が二名来ている。

 他の者たちへは、執事と同様に働いているメイドが果実酒を注ぐ。


「テンガイ様がお持ちになられた果実酒です」

「ほう」

「品種を改良して、飲みやすさを追求させた酒ですね」

「ほほう。どれ……」


 フォルトが果実酒を含むと、まろやかな甘味が口いっぱいに広がった。

 なかなかコクがあるようで、飲み干しても風味が残る。


「うん? ミカン?」

「はて……。ミカンとは?」

「違うのか?」

「こちらはスホーと呼ばれる果実ですね」

「ほほう」


(あぁ、バナナと同じか。確かネトラの実だったな。バグバットが取り寄せてくれるらしいが、キャロルに届けてくれたかな?)


 こちらの世界のミカンは、スホーと呼ばれるようだ。

 キャロルから聞いたネトラの実と同様に、あちらの世界とは名称が違った。しかしながら、味はほとんど同じである。

 おっさん親衛隊は、その味わいに笑顔がこぼれている。アーシャはオレンジジュースを思い出したのか、その目をフォルトへ向けてきた。


「これは安いのか?」

「フォルト様」

「ああ、いや、高いのか?」


 フォルトの質問は失礼にあたるので、レイナスにたしなめられた。

 帝国軍師という肩書の人物が、ローゼンクロイツ家に味わってもらおうと持ってきた土産だ。どう考えても、値段の高い品物を用意している。

 これには、さすがのテンガイも苦笑いを浮かべていた。


「まだ売りに出されておりません」

「売ってないのか?」

「品種改良の成果として、最上級のものを持ってまいりました」

「品種改良かあ。すばらしいな」

「本日ご用意した食材も、すべてそれでございます」

「ほほう! 旨い食事が期待できるな」

「お口に合えば幸いです」


 テンガイも、なかなか味な男だ。

 皇帝ソルには献上されているだろうが、同様の品を持ってきている。これは、最上級のもてなしを受けているのと同義だ。

 フォルトの屋敷にも、カーミラが奪ってきた酒がある。ほとんどが貴族が飲むワインだが、種類や量は少ない。

 この果実酒なら、身内の女性たちも喜ぶだろう。甘めでアルコール度数の低い酒が欲しいところだ。


「売り出したら教えてもらいたいものだ」

「では、アルバハードへ何本か届けさせましょう」

「いくら払えばいい?」

「フォルト様」

「あ、いや……」


 またもや失礼な質問だったようだ。

 テンガイの話は、ローゼンクロイツ家へ贈呈する意味で言っている。つまり、プレゼントだ。こういったものに対して、支払いをしようとしてはいけない。

 それにしても礼儀に関しては、レイナスがいると本当に助かる。


「それでフォルト殿、今後の予定ですが……」

「うむ」

「まずは、陛下に謁見を……」

「え?」

「陛下に謁見を……」

「無理! 冗談もほどほどにしてもらおう」


 ソル帝国へ来たのだから、皇帝ソルとの謁見は言われると思っていた。

 帝国軍師テンガイやランス皇子のあからさまな好意は、フォルトを手中に収めたいからだ。

 三国会議の晩餐会ばんさんかいで出会ったソルが、そういった答えを出したのだろう。当時から何の行動も無かったが、帝国の領土へ入ったことを契機に、こちらとの距離を詰めてきている。

 その締めが、皇帝との謁見だと思った。


「と言われると思いましたので、今回は大丈夫です」

「は?」

「ほどほどの冗談ですよ」

「「ふふっ」」


(はぁ……。カーミラは笑ってるし……。皇帝に謁見など御免被りたいが、心臓に悪い冗談も勘弁してもらいたい)


 隣に座っているカーミラだけではなく、身内の全員が笑っている。

 フォルトが困っているところを見たのが楽しいのだろう。厭味いやみったらしい笑みじゃないのが証拠である。

 それにしても、「今回は」と言っている。アルバハードへ戻ったら、ソル帝国と関わるつもりはない。しかしながら、世の中は何が起こるか分からない。

 そして、非常に嫌そうな表情になったところで、料理が運ばれてくる。


「お待たせしました。こちらはスープとなります」

「んんっ! さあ食べようか」

「ご相伴にあずかります」

「ズズズズズッ!」


 フォルトはマナーなど気にせずに、お皿を持って一気に飲み干した。

 すると、アーシャが大笑いを始めた。


「あははははっ! フォルトさん、はっや!」

「さすがは御主人様です!」

「ア、アーシャさん、笑い過ぎです」

「きさま、音を立てるな!」

「旦那様らしいですが、味わって飲まれては?」

「ふふっ。フォルト様におかわりをお願いしますわ」

「はっ! はい」


 訪問相手が帝国軍師ということで、みんなの気が張っていた。

 そこへフォルトの変わらない食べっぷりを見て、緊張が解けたようだ。メイドは固まっていたが、レイナスから指示されてスープを取りに向かった。


「相変わらずフォルト殿は、食事が早いですね」

「そうか? いつもどおりだが……」

「「………………」」


 テンガイもターラ王国の迎賓館で見ていた食べっぷりだ。とはいえ、あきれることに変わりない。マナーなどあったものではないので、同席している帝国騎士も、あんぐりと口を開けていた。

 それからも、料理が運ばれてくる。どうやら指示をされていたらしく、コース料理となっている。

 いつもは食卓に着く前に、すべての料理が用意されていた。


「旨いが……」

「そちらは酪農での成果ですね」

「ほうほう」


 いちいち品種改良について説明してくるが、実際に旨いので良しとした。

 ただし、ルリシオンやレイナスの料理のほうが好きである。または三国会議の晩餐会で出されていた料理のほうが旨かった。


(きっと料理人は一流なのだろうが、これは腕の差かねえ。ルリのほうが上だと思うな。だが、食材については負けてるか? まあ致し方なしだが……)


 テンガイが自慢するように、食材については良いものを使っているようだ。

 フォルトの屋敷なら、肉であれば負けていない。しかしながら、野菜や果物類は負けている。このあたりは、魔物が作ったものなので仕方ない。

 そして、話は本題へ入った。


「洞窟で巨大地震ですか?」

「うむ。俺もビックリしたな」

「はい。私たちも怪我人の受け入れで大変でした」

「そうですか。ならばもう、魔物はあふれませんね?」

「多分な。あれは完全に潰れたぞ」

「いやはや、なんと申しましょうか」

「ローゼンクロイツ家の役目は終わりかと存じます」

「そうですね。後はブレーダ伯爵の軍で大丈夫でしょう」


 ここでソフィアも追従してくれた。

 フォルトの魔法で起こした地震だが、その事実は隠されている。一人で話すとぼけつを掘りそうなので、彼女にサポートしてもらうのだ。


「それにしても、神の怒りに触れましたか?」

「さて、引き金はよく分かりません」

「まさか、フォルト殿の魔法では?」

「それこそまさかだな。巨大地震など天変地異の類だ」

「うーむ。もしかして、魔人を見かけませんでしたか?」

「ギクゥッ! み、見ていないぞ!」


 フォルトは冷や汗が出そうになる。

 神の怒りで終わってくれれば良かったが、テンガイから魔人の話まで出た。それでも風説や書物でしか伝わっていない種族なので、ソフィアが適当にはぐらかす。


「テンガイ様、魔人は五十年以上観測されていません」

「憤怒の魔人グリードでしたね」

「はい。魔人でしたら、もっと被害が大きいかと思われます」

「ですね。一国を滅ぼした魔人です」

「テ、テンガイ君も冗談がうまいな」

「いえいえ、可能性の話ですから」


 フォルトが起こした地震は、魔人の膨大な魔力を使って効果を上げている。よって、魔人が起こした災厄と遜色はない。

 それでも魔人グリードは、魔導国家ゼノリスを滅ぼした。同じように小国だが、ターラ王国は滅んでいない。

 ちょっと山が崩れて、ちょびっと地面が割れただけだ。


「で、では明日からはどう過ごすかな」


 フォルトとしては、残りの四日を宿舎で過ごしたい。部屋に籠って、身内とイチャイチャしたい。後はテラスで、悠々と休みたい。

 だが口に出したのがいけなかったのか、テンガイの目が鋭くなった。


「フォルト殿、明日の御予定は?」

「えっと……。寝る」

「でしたら、研究所の視察でもしませんか?」

「研究所?」

「はい。これらの食材や様々な技術を研究する施設です」

「嫌だ! 面倒だ! っと……」


(うん? これは、社会科見学のようなものか? まあ暇っちゃ暇だが、興味がないわけではないな。いや、一度ぐらいは見ておいても……)


 フォルトは、小学校のときに行ったお菓子の工場見学を思い出す。

 それ以降は機会もなかったので行っていないが、目を爛々らんらんと輝かせて見学したものだ。工場内では、お菓子をもらった記憶も残っていた。

 ならばとソフィアを見ると、何かを訴えかけるような目をしていた。


「んんっ! 行ってみてもいいかもな」

「本当ですか? 断られると思っておりましたが……」

「い、いや。あまり人が多いなら嫌だぞ」

「それはお任せください。人払いをさせます」

「ほほう。ならば、行くとしようか」

「ありがとうございます。でしたら――――」


 テンガイに乗せられた感が否めないが、フォルトは視察を了承する。

 これも、ソフィアを見て感じたことがあったからだ。ターラ王国では、彼女が一番大変だったと理解している。その感謝を示してあげたい。

 つまり、デートである。


(みんなも連れていくから、ソフィアと二人きりではないか。でも珍しい場所へ行くのだ。一緒に見て回るのはいいな。後は……)


 さすがにソフィアと二人きりだと不公平である。

 せっかく一緒にいるのだから、身内の全員と行くべきだ。しかしながら、彼女は労ってあげたい。

 そんなことを思ったフォルトは、帝都でのデートプランを考えるのだった。



◇◇◇◇◇



 シュンがリーズリットと契約を結んだ四日後。

 彼女が言っていた遺跡調査隊が、蜥蜴とかげ人族の集落へ到着した。集合までの日数は早いが、彼らは依頼を出す前から向かっていたようだ。依頼を断られても、遺跡の調査だけはするつもりなのだろう。

 ブラジャの家では、シュンがノックスと一緒に話に加わっていた。


「ブラジャ様、集落を拠点に調査へ向かいます」

「ウム。シテ、ヒドラノ討伐ニツイテハ?」

「そちらは準備中です。もう少々お待ちください」

「分カッタ」


 部隊の内訳としては、リーズリットが率いるエルフ族が二人。ドワーフ族が三人。獣人族から五人、蜥蜴人族から十人の計二十名。

 それにシュン率いる勇者候補チームが加わって、合計で二十六名となる。


「ヒドラの討伐って?」

「遺跡調査に合わせて、各部族から戦士隊が討伐に出る」

「え? 俺らは倒さなくていいのか?」

「逆に聞くが、おまえらは倒せると思っているのか?」


 基本的にヒドラの討伐は、フェリアスの問題なのだ。

 通常の討伐隊が解散しているので、各部族から戦士隊が出ることになっている。それらがヒドラと戦っている間に、遺跡調査隊がガンジブル神殿を調査する。

 リーズリットは討伐する気がないようだ。遺跡調査隊の中で、ヒドラと渡り合える者は少ない。あくまでも、遺跡の調査を主体とした部隊である。


「俺には分かんねえよ。ノックスはどう思う?」

「戦わなくていいと思うよ」

「そうか?」

「道中の魔物で満足したほうがいいよ」


 ヒドラは格上の相手となる。

 シュンたちは誰も、レベル四十に達していない。普通に戦えば、無残にも負けると思われる。

 討伐へ向かう戦士隊には、何名か英雄級がいると聞いた。それらを中心にして、レベル三十台の隊員がいれば、討伐は可能となる。


「いた場合は、神殿へ入れねえか?」

「当然だ。一端退いて、戦士隊に任せる」

「なるほどな」

「戦おうと思うなよ? 死にたくないならな」

「あ、ああ。分かった」


(ちっ。クソ生意気な女だぜ。俺を誰だと思ってんだ! だが、ここは我慢だ。店の客だと思えば何てことはねえ。生意気な女なんていくらでもいたぜ)


 シュンは元ホストである。

 女性に気持ち良く酒を飲んでもらう接客業だ。その対価として店に金を落とし、自分に金を使ってもらう。

 そのためには、どんなに気に入らない客でも対応する。たとえリーズリットのように生意気でも、ホストスマイルを浮べて対立しないのが賢明だ。

 最後には自分の女にして、そのうっぷんを晴らせば良い。彼女なら、ミスキャンパス優勝者のエレーヌよりも奇麗である。

 アレのボリュームは負けてるが……。


「ではブラジャ様、同胞をお借りします」

「ウム。成果ヲ期待スル」

「はっ!」


 リーズリットは立ちあがって、ブラジャの家を出ていく。シュンとノックスもそれに続き、みんなが待っている場所へ向かった。

 それにしても、ヒドラの討伐隊は準備中と言っていた。


「リーズリットさんよ。討伐隊と合わせて向かうんだろ?」

「そうだ。これから行うのは事前調査だぞ」

「は?」

「ん? 人間は行わないのか?」

「いや、俺にはよく分からん」

「それでよく神殿に行きたいなどと思ったな」

「え?」


 未調査の遺跡探索は、シュンが考えているほど甘くない。

 目標地点はガンジブル神殿だが、道中や周囲の調査が不可欠。中でも地形の把握から出現する魔物の確認、安全な場所の確保や食料の調達方法は重要だ。

 それらは事前調査として、先に行う必要がある。行き当たりばったりで向かうようでは、命がいくつあっても足りない。

 間引きの討伐隊でも行っていることだ。シュンが知らないだけで、事前に魔物の領域を調査してから出撃する。


「おまえたちは、集落を抜け出だそうとしたと聞いている」

「止められたけどな」

「命拾いしたな。蜥蜴人族に感謝することだ」

「はあ?」

「たった六人。事前調査も無しで向かうなど考えられないぞ」

「そっ、そうか……」


(うるせえ女だ。エルフのクセに生意気過ぎるぜ。そんなことをしなくてもよ。俺らなら問題なく行けるぜ。馬鹿にしてんのか?)


 リーズリットの苦言は、シュンを逆なでしただけだった。

 若者によくある傾向だが、元ホストとして成功していたのだ。現在も貴族として出世街道を歩み、強者として英雄級に近づいている。

 そういった人物は、自分の力だけで成し遂げていると勘違いしている。もちろん苦言を受け入れられる若者も多いが、残念ながら聞く耳は持っていなかった。


「おまえたち、準備はできているか!」

「できとるぞい。酒も持ってきたぞ」

「まさかと思うが、飲む気じゃないだろうな?」

「リーズリットも冗談が言えるようになったのう」

「うるさい!」

「わははははっ!」

「むぅ」


 ドワーフの一人に笑われて、リーズリットは顔をしかめている。

 彼女が連れてきた部隊は、何度も組んだことがあるらしい。蜥蜴人族は別だが、残りのドワーフ族と獣人族の五人も同様だった。

 経験がものをいう仕事なので、大抵は同じ人選になる。強固な信頼関係を結んでいるようだった。

 そして、彼らの近くには、勇者候補チームもそろっている。


「おう! 俺たちもいいぜ」

「シュン、さっさと行こうよ」

「で、でも大丈夫かな?」

「人数も多いですし、平気だと思いますよ」

「僕たちの荷物は?」

「そこに置いてあんぜ」

「行くぞ! もたもたするな!」


 リーズリットの号令で、蜥蜴人族の集落から、遺跡調査隊が出発した。

 まずはルイーズ川に沿って、東へ向かうようだ。川沿いであれば、原生林の中よりは魔物が少ない。

 水を飲みにくる魔獣はいるが、縄張りを持っているのは少数だ。


「我ラハ先行スル」

「俺たちは森側だ」

「頼みます」


 暫く河原を進んでいると、十人の蜥蜴人族のうち五人が、前方へやりを持って走りだした。それに続いて、獣人族の五人は、原生林に沿うように離れていった。

 その行動に対して、シュンは小首を傾げる。


「なあノックス、奴らは何やってんだ?」

「さあ。偵察とか?」

「そいつの言ったとおりだな」

「え? もう出すのかよ!」


 遺跡調査隊は、河原を川沿いに進んでいる。

 周囲は開けているので、斥候など出さなくても、魔物が出れば分かる。しかしながら、リーズリットが言うには意味合いが違う。

 まだ蜥蜴人族の集落に近い。そのため、襲撃してくる魔物に対してではない。前方へ向かった蜥蜴人族は、道中の安全確認と侵入口の確保だ。

 獣人族は魔物の警戒と共に、地質変化の調査を行っている。同じ湿地帯でも、水分の含み具合で変化を探っているのだ。

 どの魔物が棲息せいそくするか分かり、生い茂る木々も変化する。この行動は、撤退する場合の安全確保の一環だった。


「へえ。そんなことまでやるんだな」

「当たり前だ。フェリアスの森をめてるのか?」


 お堅いエルフなのか、シュンはリーズリットににらまれた。

 同年代の女性に見えるが、まるで軍隊経験者のようだ。


「そう突っかかるなよ。美人が台無しだぜ?」

「軽口の多い人間だな」

「そう言うなよ。一緒に神殿を調査する仲間だぜ」

「では、森は日々変化すると思っておけ。手を抜くと死ぬぞ」

「いやいや。さすがに今からは早いだろ?」

「ふぅ。これだから人間は……。そら、あっちを見ろ」

「え?」


 リーズリットは嘆息した後、原生林へ向かった獣人族を指した。

 すると、そのうちの一人が、布や全身を使って合図を送っていた。


「ローパーが八匹だな」

「なら戦わねえと。みんな、行くぞ!」

「馬鹿かおまえは? 我らは戦いに来たわけじゃない」

「あ? だが魔物が出たんだろ?」

「あいつは犬人族で鼻が利く。もっと奥地にいる」

「なんだよ。襲ってきたんじゃねえのか」

「あっちが逃走経路になったら、気をつけろということだ」

「な、なるほど」


 罵倒されたシュンはカチンときたが、リーズリットの話には一理ある。原生林で何かあった場合、ルイーズ川へ出ずに撤退する可能性はある。

 その逃走経路にローパーがいるならば、避けるか戦うかの選択になるだろう。それを事前に知っていれば、様々な対応が取れる。

 そう思っていると、ギッシュが駄々をこねだした。


「ローパーとは戦ったことがねえ」

「戦いたいのか?」

「おうよ! 俺らはレベルを上げにフェリアスへ来たんだぜ」

「どうせ道中で出くわす。いま戦う必要は無い」

「なんだと! 八匹ぐれえいいじゃねえか!」


 ギッシュの強くなりたいという衝動は、他の仲間よりも大きい。しかしながらそれも、リーズリットに制止される。


「おまえたちが強いのは分かっている」

「だったらよお」

「だが、冒険に関してはド素人だ」

「ああっ! 俺たちは勇者候補の冒険者だぞ!」

「分かっている危険は避ける。当然の選択だ」

「余裕で倒せんだから、危険なんてねえんだよ!」

「戦ったことがないのだろう? 推奨討伐レベルは分かるか?」

「ぐっ! い、いや……」

「ローパーの攻撃手段は何だ?」

「ぐぐぐっ……」


 リーズリットは矢継ぎ早に問いかけるが、ギッシュは答えられなかった。

 それでも、戦いたくて仕方がないのだろう。背中のグレートソードを抜いて、今にも走りだしそうだった。

 それを見た彼女は、獣人族に向かって合図を送った。


「人間。ローパーの推奨討伐レベルは、二十五から三十五だ」

「あん? 幅があるじゃねえか」

「攻撃方法は、つたを使っての捕縛と液体の散布」

「んなもん、斬ったり避けりゃいいだろうが!」

「強力な麻痺まひ毒を持っている。ヘタに斬ると浴びるぞ」

「ちっ。神官がいるから平気だぜ!」


 ギッシュはラキシスを見る。

 確かに彼女は神官なので、信仰系魔法が使える。多少の毒であれば解毒できる。しかしながら、それを承知したうえでも、リーズリットは止まらない。


「中級の解毒魔法は使えるか?」

「いえ。まだ使えません」

「効果が無いな。そこのおまえは?」

「つっ、使えません」

「おまえたちにとっては、推奨討伐レベル三十五だな」

「なんだと!」


 エレーヌも信仰系魔法が使えるが、神官のラキシスより劣る。よって、初級の信仰系魔法しか使えない。

 ローパーの麻痺毒を解毒するなら、中級信仰系魔法の解毒が必要だ。


「なんの準備も無しで戦うなということだ」

「魔法使い! なんかいいもんはねえのかよ?」

「無いよ。解毒のポーションは高いんだよ」

「ちっ」

「そら見たことか。まだ出発したばかりだぞ」

「「………………」」


 今までシュンたちは楽をしていたのだ。

 冒険者ギルドからの依頼も、ギルド側で事前調査を終わらせている。依頼書には魔物の情報が書かれており、その対処法を調べることもできる。

 討伐隊でも同じこと。補給という名目で、アイテムなどを手に入れられた。さすがにポーションの支給はないが、毒に効く薬草などは入手できた。

 こういったことを軽視している勇者候補チームは、リーズリットからド素人と言われても仕方ない。


「まあいい。援護してやるから一回戦ってみろ!」

「なんだよ。話の分かる姉ちゃんじゃねえか」

「うるさい! さっさと走れ!」


 まるで鬼教官のようだが、リーズリットは戦闘の許可を出した。

 シュンは「奇麗な顔して怖え」と思いながら、勇者候補チームを引き連れて走りだした。もちろん、言葉では発していない。

 そして、この場に残っていた調査隊が後に続くのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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