第二十九章 不実の代償
第407話 帝都観光と湿地帯観光1
ソル帝国帝都クリムゾン。
帝城リドニーを中心として八角形に区分けされた一角には、帝国貴族が住まう貴族街が存在する。そこには、ローゼンクロイツ家が宿舎としている屋敷があった。
フォルトたちはターラ王国から撤収して、すでにその場所まで戻っていた。
「ふぅ、疲れた」
フォルトは屋敷へ入ってすぐに、二階のプライベートフロアへ向かった。
そして、寝室として宛がわれている部屋へ入る。「全員が入れる部屋を」と注文をつけており、おっさん親衛隊が入っても余裕がある間取りだ。
早速カーミラと一緒にベッドに腰を下ろすと、五人の女性たちは思い思いに、椅子やソファーへ座った。
(宿舎と言っても、やはり屋敷の中は落ちつくなあ。まあホテルみたいなもんだし当たり前か。それにしても、結構スムーズに帰ってこれたな)
撤収の際は、元勇者チームが奪還した町まで戻った。ルート上の魔物は帝国騎士が相当数狩っており、フォルトたちが襲われることはなかった。
ザイザル率いる一部の部隊と行動を共にしたが、途中で別れている。馬を用意してもらったので、スケルトン
首都ベイノックに到着してからは、フェブニスやダークエルフ族の戦士隊と別れ、ランス皇子がいる帝国軍の駐屯地まで戻った。
この時点で馬車へ乗り換えているが、特に問題となる出来事はなかった。
「ふふっ。ランス皇子も忙しかったようですね」
「そうみたいだったな。会談の時間も短くて良かった」
フォルトは礼儀として、ランス皇子へ帰還の挨拶だけはした。
ソフィアが言ったように、エウィ王国やフェリアスからの援軍を迎える準備に追われていたようだ。夕食など面倒な誘いもなく、ソル帝国の国境まで一気に進めた。
そこでは約束どおり、帝国軍師テンガイを呼び出した。しかしながら時間がかかるとのことで、国境警備の帝国騎士に連れられて、屋敷まで案内された。
ここまでが、ターラ王国から撤収した経緯だ。
「御主人様、これからどうしますかあ?」
「ああ、そうだったな」
フォルトは体を横へ倒して、カーミラの膝へ頭を乗せる。
おっさん親衛隊を見ると、ベルナティオ以外が疲れているようだった。撤収と決めてからは、一気に戻ったようなものだ。
長旅のうえ野営をしながらだったので、宿舎へ入って気が抜けたのだろう。
「ティオ。執事かメイドに言って、風呂の用意と茶を入れさせろ」
「そうしよう。少し休んだほうがいい」
ベルナティオは部屋を出ていった。
この宿舎には、テンガイが用意した執事やメイドがいる。屋敷へ戻ったときに出迎えられたので、もしかしたら準備しているかもしれない。フォルトは気遣いのできる男として、それを急がせるのだ。
もちろん、それは身内に対してだけだが……。
「フォルトさんは気が利くねえ」
「旦那様、ありがとうございます」
「どうせ数日間は足止めだ。ゆっくりしよう」
「ですが、テンガイ様がいらっしゃるのでは?」
「あぁ……。でもさすがに、今日は来ないだろ」
フォルトたちの帰還を知らせるために、国境からは早馬が出ていた。案内してくれた帝国騎士も、到着を知らせているだろう。
まだ夕方にもなっていないので、今日中に来訪する可能性がある。それでもテンガイのことだ。気を利かせて、明日以降に来訪すると思われた。
(面倒だが仕方ないな。そう言えば、リゼット姫にも報告したほうがいいのか? いや、さすがに面倒臭すぎる。適当にニャンシー……。は駄目か)
「御主人様! リゼット姫へは伝えておきますねえ」
「さすがはカーミラ。そう言えば、『
「そうでーす!」
カーミラの『
彼女が危惧したとおり、悪魔王の祝福に阻まれている。なので裏切っていた場合は、直接出向いて殺す必要があった。
それでも確認したときは友好的だったらしい。
「でもでも、あの女は裏切らないと思いますよお」
「根拠は?」
「メリットがありませんからねえ」
「まあそうだな。気付いたときでいいか」
「はい!」
リゼット姫が裏切っていた場合は、フォルトの周辺で何かが起こるはずだ。そのときに行動すれば問題ない。サタンでも差し向ければ良いだろう。
そこまで話したところで、ベルナティオが戻ってきた。
「風呂の準備は時間が欲しいそうだ」
「そっか。蛇口が無いしな」
そして、メイドが茶を運んできた。
レイナスが部屋の入口で受け取って、みんなのティーカップへ注いだ。フォルトとカーミラもベッドを出て、豪華なテーブルを囲む。
その後は歓談を続けながら、セレスへ質問した。
「セレス、妖精の件は女王が知ってるらしいぞ」
「あら、精霊界へ行けるのですか?」
「そうらしい」
「女王様からは、数百年前にフェリアスにいたとだけ……」
「そっか。んじゃ、居場所は分からないか?」
「申しわけありませんわ。てっきり、
「まあ、数百年前じゃな」
これでは、セレスが知らないのも無理はない。
彼女は百八十歳なので、まだ産まれてすらいないときの話だった。
「とりあえず、レイナスの限界突破はおあずけだな」
「仕方ありませんわ。ですが、果報は寝て待てとはフォルト様の言葉」
「ははっ。まあ情報収集からだ」
妖精の件は、バグバットが動いてくれている。クローディアに手紙を送って、メドランを南へ派遣してもらった。
フォルトにできることは、シルビアやドボを使った情報収集か。ドワーフのガルド王には、マリアンデールが手紙を送っている。
他には悪魔崇拝者を片付けて、エルフの女王を目覚めさせるぐらいか。
「それまでは、師匠に技を習うことにしますわ」
「うむ。まだまだ教えることは多いぞ」
なんとなくだが、レイナスはベルナティオに感化されてるかもしれない。
彼女には、戦闘狂になってもらいたくない。是非とも元貴族令嬢として、慎みは忘れないでいてもらいたい。
そして、ここからが本題だ。
「ティオのレベルは上がったのか?」
「ああ、五十七になった」
「は?」
「きさまと出会ったときは五十六だぞ」
「あれ? 称号に「剣聖」が出たのって……」
「私の場合は、レベル五十五でカードに表示された」
「ふむふむ」
「今回レベルが上がったのは、ビッグホーンのおかげだな」
ベルナティオのレベルを把握してなかったので、もののついでに確認しておく。今まで確認していなかったのは、単純にみんなより抜きん出ていたからだ。
マリアンデールやルリシオンと同様に、レベルを知らなくても強いのは分かっている。というのは言い訳で、すべてにおいて後回しにした結果である。
「それにしても、俺と出会ってから上がってなかったんだな」
「さすがにな。後はスキルを増やすぐらいだろう」
人間の勇者級で彼女ほどになると、レベルの上昇はほとんど確認できない。今回上がったのは、未討伐の大型魔獣を倒したからだった。
フォルトが最初にビッグホーンを倒したとき、大型魔獣はやり込みと考えた。それに該当している感じだ。
スキルや魔法の取得が、レベル上昇のうえで欠かせないものだとも思っている。ならば、彼女の話は的を射ているだろう。
「なるほど」
(ティオは剣の道を踏襲したがっているから、今のままでいいのか。もともとこっちの世界の住人だし、あれこれ言っても恥ずかしいだけだな)
その道をベルナティオが歩むかぎり、剣術系のスキルを身に付けていくだろう。もう完成されている人物なので、口を挟むのはおこがましい。
たとえ、傲慢を持っていても……。
「んじゃ、レイナスは知ってるから……。アーシャは?」
「あたしは三十七で止まっちゃったよ?」
「そ、そうか。だが、今回の件で上がってるな」
「うん! 七つも上がってるね」
「頑張ったな」
「へへ、これもフォルトさんのおかげ!」
アーシャはレベル三十の限界突破を終わらせて、今回の件で一気に上がっている。強いてあげるなら、やはりルート上で討伐したビッグホーンやヒル・ジャイアントだろうか。フレネードの洞窟へ到着するまでに、三十三まで上がっている。
後は洞窟前の掃除で一つ上げて、最後は長期間の自動狩りで三十七まで上げた。
「ソフィアとセレスは?」
「私も三十六で止まっています」
「三十九になりましたが、フェリアスにもいる魔物でしたので……」
「なるほど」
ソフィアはアーシャと同じ感じだが、セレスは出会った当初から三十八だ。ビッグホーンで一つ上げたとはいえ、洞窟の間引きでは上がらなかったようだ。
これもよく分からないが、違いがあるとすれば種族か。
「エルフって、レベルが上がりづらいのかね?」
「そうですね。人間よりは上がらないと思います」
「へえ。まあ、元々が違うしな」
「それもありますが、フェリアスではレベルを気にしませんし……」
フェリアスの住人は、自然神を信仰している。そのため、聖神イシュリル神殿で発行されるカードは持っていない。
それでも森司祭へ尋ねれば、お伺いを立ててもらえる。しかしながら、あやふやな回答らしい。「三十九ぐらい?」のような回答だ。
ちなみに魔族の場合は六大神の暗黒神デュールを信仰しているので、簡易的なカードを持っている。こちらを見るのは、姉妹にマナー違反と言われていた。
セレスは森司祭でもあるので、一応は確認できている。
「まあ来た
「そうだな。ここまで戦いに明け暮れるのも久々だった」
「洞窟へ着いてからは、ずっと間引きだったしなあ」
「こういった機会は、あまり逃したくないな」
「よしよし。なら、少し休んでおけ」
ここまで話したところで、仮眠が必要な者を寝かせることにした。もちろんフォルトもカーミラと一緒にベッドを移動して、無造作に横になった。
この宿舎には個人部屋もある。アーシャ、ソフィア、セレスが部屋を出て、ベルナティオとレイナスは部屋に残った。
その二人はベッドへあがって、フォルトへ寄り添ってきた。
「レイナスは平気なのか?」
「大丈夫ですわ。体力は充実して……。ピタ」
「レイナスはレベル四十だ。まだ音をあげんぞ」
「そ、そうか」
「だが、きさまも寝たほうがいい。精神的に疲れてるだろう?」
「お見通しか。なら、添い寝してくれ」
「ふふっ。そのために残ったのですわ」
「はあい! 来客があれば起こしますねえ」
気遣うつもりが、逆になってしまった。
フォルト自身は戦いに明け暮れていないが、精神的疲労はピークだった。こればかりは、魔人の体であっても堪えてしまう。
身内だけなら良いのだが、赤の他人と話すのは気苦労が絶えないものだ。それでも今回は、思っていた以上に収穫があった。
それに満足したフォルトは、ゆっくりと目を閉じるのであった。
◇◇◇◇◇
フォルトたちが、フレネードの洞窟から帝都クリムゾンへ向かった頃。
シュン率いる勇者候補チームは、
「ねぇシュン。ボクはもう限界だよ!」
「まったくだぜ。行かねえなら帰ろうぜ」
「でも、依頼は放り出せないよね?」
「そ、そうですね」
「シュン様にお任せしますが……」
(まあそうだよな。後少しでガンジブル神殿なんだけどよ。こんなジメジメした場所で待機なんて馬鹿らしいにも程があるぜ。でもなあ)
シュンたちは、蜥蜴人族の集落にある小屋で待機中だ。
ノーナの水質調査隊は、伝令をエウィ王国に送って、ポトフ男爵の判断を待っている。集落の中で護衛は必要ないが、帰還する場合は護衛する契約だ。
本来は彼女たちが滞在中に、ガンジブル神殿へ向かいたかった。
「また抜け出してみるか」
「無理じゃない? 前もすぐ見つかっちゃったしね」
アルディスが言ったように、シュンたちは集落から出ることを試みていた。しかしながら、すぐに発見されて連れ戻されている。
捕縛とまではいかないが、「ドコヘ行クノカ」と問い詰められて、渋々ながら集落へ戻されていたのだ。
水辺は蜥蜴人族の領域である。勇者候補チームにはギルのようなレンジャーがいないので、隠れて神殿へ向かうのは無理があった。
「や、やっぱり、立入禁止の場所へ向かうのは……」
「だよね。エレーヌ」
「でもさ。広大な森だよ? 他に行き方はありそうだよね」
「ノックスの言ったとおりだ。集落さえ出れちまえばよ」
「それができねえから駄目なんだろ? ったくよお」
「シュン様、事情を伝えてみては?」
ラキシスの提案も選択肢にあるが、目的はとあるアイテムだった。
どういったものかは分かっておらず、神殿へ行って探すしかない。とはいえ、目的を知られることで、所有権を主張されると困る。
冒険者だと、冒険で発見したものは所有権を主張して良い。それでも、前もって指定されている場合は窃盗になる。
それをやると、デルヴィ侯爵の顔に泥を塗る結果となってしまう。
「俺は別の場所でもいいぜ。魔物と戦えればな」
「まあな」
(ちっ。ギッシュめ、余計なことを……)
シュンは他の仲間に目的を知らせていない。
彼らは未知の魔物を討伐することで、レベルを上げるつもりでいた。
「失礼します。シュン様はいらっしゃいますか?」
どうしたものかと頭を悩ませていると、誰かが訪ねてきた。
小屋の外から聞こえた女性の声は、シュンがよく知っている人物である。獣人族の集落で抱いた記憶は新しいが、とりあえず対応するために立ちあがった。
そして、白衣の女性を招き入れる。泥が飛び散って汚れているとはいえ、
「やあノーナさん。どうした?」
「蜥蜴人族の族長が、シュン様をお呼びですわ」
「族長が?」
「何やら依頼したいことがあるそうですよ」
「依頼……。今はノーナさんの依頼を受けてる最中だけど?」
「内容によりますが、集落に滞在中は構いません」
「そっか。すぐに?」
「はい」
「分かった。みんな、ちょっと行ってくるわ」
仲間はやる気がない感じで、シュンを送り出した。
ちょうど今は暇を持て余している状態だ。不満も
魔物でもいてくれれば良いのだが、さすがに集落の近辺だと見当たらない。
「依頼ってなんだろうな?」
「さあ。ですが、人間に依頼するのは珍しいですわね」
「フェリアスだもんな」
「はい。ドワーフなら分かるのですが……」
「あぁ、リザードマンだしな」
フェリアスで人間と交流が盛んなのはドワーフ族だ。
アルバハードを使って、人間と取引している。一点ものの商品の請け負いから庶民向けのものまで、幅広く取り扱っていた。
商業都市ハンまで出向く場合もあるので、エウィ王国やソル帝国の国境を越えてくる場合もしばしばあった。
他にも冒険者ギルドを使って、素材収集の依頼をしている。
「ノーナさんのほうは、まだかかるのか?」
「そうですね。滞在期間は伸びそうですわ」
「あらら……」
「依頼料は上乗せしますわ」
「いいぜ。俺らもやりたいことがあるからな」
「ですが、首尾は良くないようですわね」
「ま、まあな。ケチケチすんなよって思うぜ」
「ふふっ。そちらは手助けできませんわ」
「なんとかするさ」
ノーナはシュンの手伝いができない。
最初は道に迷ったと装えたので、仕方なく黙認した。しかしながら国家機関の部隊としてきているため、それ以上は踏み込めない。
「まあノーナさんの仕事が終わったら、また飲もうや」
「は、い……」
ここでシュンは、約束を取り付けておく。
もちろん、ただ飲み明かすだけではない。それはノーナも理解しているので、不貞を働くことになるだろう。まさに、貴族万歳であった。
そんなことを話していると、族長がいる小屋に着いた。入口には、草で編んだすだれが下がっていた。
「ここですわ」
ノーナがすだれをずらして小屋の中を
シュンは急に入りたくなくなったが、さすがに引き返すことはできない。そこで渋々といった表情をしながら、小屋の中へ入った。
「来タカ。座レ」
「俺たちに依頼があるとか?」
「イイカラ座レ」
「お、おう……」
小屋の中は円形の部屋だった。
まるで雑魚寝をする場所のようで、蜥蜴人族の文化レベルが察せられる。小屋の奥には、三人の蜥蜴人族が座っているようだ。
(蜥蜴だらけ……。まあ集落の中は慣れてきたが、こうやって面と向かい合うのはキツイな。中央が族長だろうが、俺には見分けがつかねえ!)
これが渋った理由だ。
滞在もそろそろ一カ月近くなるが、さすがに慣れない。一応ではあるが、食料の調達や情報収集などで、交流らしきことをやっている。しかしながら、人間から見れば魔物の類なのだ。
いや、異世界人から見ればの間違いか。隣に座ったノーナはすまし顔だった。
「会ウノハ初メテダッタナ」
「そうですね」
「集落ノ族長ブラジャ」
「っ!」
「ドウシタ。腹デモ痛イノカ?」
「い、いや……」
危うくシュンは吹き出しそうになった。
こういった名前は勘弁してもらいたい。大笑いするほどでもないが、不意に決まると表情を隠すのに苦労する。
語尾を伸ばしたら、周囲から怒られるのかと考えてしまう。
「呼ビ出シタノハ他デモナイ」
「族長からの依頼か?」
「エルフ族。フェリアスカラノ依頼ダ」
「それは……」
「彼女ヲ呼ベ」
ブラジャは隣に座る蜥蜴人族へ命令した。
小屋の奥にもすだれが下がっていて、顔を出して手招きしている。彼女ということは、エルフ族の女性だろう。
(エルフか。ラフレシア戦で見かけたが、超が付くほどの美人だったな)
シュンは、木の上から弓を射ていた美形の女エルフを思い出す。
すぐに戦闘へ入ったため一瞬しか見られなかったが、その美しさが目に焼き付いている。お近づきになりたかったが、ラフレシア討伐後は即座に帰還してしまって、残念ながら会話はできなかった。
そんなことをふと思い返していると、エルフ族の女性が入ってきた。
「ブラジャ様、この人間ですか?」
「ウム」
「わたしは遺跡調査隊の隊長を拝命したリーズリットだ」
「俺はエウィ王国名誉男爵のシュンだ」
エルフ族は全体的に、キリっとした顔立ちで
リーズリットも例に漏れず、鋭い眼光でシュンを見ている。背中まで伸ばした金髪で、創作物のエルフと
服装は残念ながら、一般的なエルフ族の戦士が着用する装備だ。露出が激しいわけではない。弓と矢筒を背負って、腰には剣を装備している。
その彼女はシュンの前に座った。
「依頼を受けるかは貴殿次第だが……」
「待った。俺たちはすでに依頼を受けててな」
「そうなのか?」
「その話はシュン様へお伝えしましたが……」
ここでノーナが話し出す。
滞在期間が延びているので、帰還命令が下るまでは、シュンへ依頼を出しても構わない。その回答も、数週間は擁すると思われる。
フェリアスは原生林のような森なので、早馬などは出せないのだ。それが出せるのは、伝令がエウィ王国との国境に到着してからになる。
そうなると数週間、判断が遅くなれば一カ月はかかるだろう。
「なるほど。ならば、手が空いているということだな」
「そうなります。集落での護衛はお願いしておりません」
「分かった。では依頼内容だが……」
リーズリットが話した依頼内容は、シュンが望んでいたことだ。
彼女が指揮する部隊は、ガンジブル神殿の調査へ向かう。その護衛を依頼したいといった内容だった。
今まさに悩んでいた問題だ。この依頼を受ければ、フェリアスから探索の許可を得たのと同意である。
「報酬は?」
「おまえたちが行きたがってると聞いているが?」
「俺らは冒険者として依頼を受けるんだぜ」
「分かった。冒険者としてだな?」
「ああ」
なんとなく言い回しが気になるが、フェリアスでは冒険者として行動している。依頼を受けるからには、報酬は提示してもらわないと困る。
「報酬は物品か金銭か。どちらがいい?」
「物品?」
「ああ、ドワーフ族の武器や防具などだな。金銭だと大金貨八枚だ」
「八枚かあ。期間は?」
「多めに見て三週間。ヒドラの巣が近いから、準備は念入りにな」
「なるほどねえ」
(ノーナの依頼より多いが、そのぶん危険も高いってわけか。望むところだが、金か武具か。そういや武具もくたびれてきたな)
エウィ王国から支給されている装備は頑丈だが、さすがに使い続けているので新調したいところだった。
「武具だと、紋章は掘ってくれるのか?」
「平気だぞ。ドワーフの細工技術は高い」
「いま決めたほうがいいか?」
「いや。受けるか受けないかだけでいい。報酬は道中にでも決めろ」
「分かった。その依頼は受けるぜ」
「なら四日後に、部隊を連れてくる」
「決まりだ」
シュンはほくそ笑んだ。
悩んでいたところへ、この依頼だ。まさに、聖神イシュリルの導きである。本当に導かれたかは分からないが、そうとしか考えられない都合の良さだった。
そして、立ちあがってリーズリットと握手する。本来ならここで引き寄せて、腰へ手を回したいところだ。しかしながら、道中で口説くことも可能だろう。
そんな下衆な考えを悟らせないように、いつものホストスマイルを浮べて、族長の小屋を出るのだった。
――――――――――
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