第404話 収束する脅威4

 地震で地面が揺れた時間は数十秒だった。

 倒れるほどではないが、床へ並べられていた椅子も移動していた。大した揺れでなかったのが幸いして、小屋の中は無事だった。


「収まったようだな」

「そのようですね」

「机の下へ入るほどではなかったな」


 フォルトは、ソフィアとベルナティオへ声をかけて、机の下から出た。

 違うテーブルの下へ潜り込んだ者たちも、思い思いに感想を述べながら、い出るように立ちあがる。


「じっ、地面が揺れるなど初めての経験ですぞ!」


 そう言ったのは、冒険者ギルドマスターのオダルだ。

 ターラ王国では、地震が起きたことがないらしい。それを象徴するかのように、揺れが収まったのにもかかわらず、体が左右へ動いていた。

 いわゆる地震酔いである。初めての経験ならば、ちょっとした揺れでも症状として表れたようだ。体調が悪かったりストレスがあると、影響を受けやすい。

 今の苦労が察せられる。


「ソフィアちゃんなら知ってるかしら? グリム領で……」

「何十年か前に、大きな地震があったと聞いています」


 シルキーが確認のため、ソフィアへ話しかけた。

 何十年か前と言っても、かなり昔の出来事である。まだ父親のソネンすら産まれていない。このときの地震では、聖剣ロゼが被害に遭った。

 双竜山の空洞へ持ち込まれていたが、その影響で出入口が埋まったのだ。レイナスが発見しなければ、日の目を見ることはなかった。


「俺も驚いた」

「アイヤー、プロシネンにしては珍しいな」

「イギリスは地震が少ないからな」

「へえ。中国は多いぜえ」


 イギリスは地震発生頻度が少なく、有感地震はほとんどない。災害になるような大きな地震など、過去へ遡っても、百年に一回起きるかどうか。

 逆に中国は多発している。地震の少ない国と思われているが、直下型の地震件数は全世界の三分の一を占める。国別の地震発生頻度は一位なのだ。

 そして、日本は四位である。


「これは……。俺の出番はないかもしれないな」

「え?」


 みんなの会話を聞いていたフォルトが、頭をきながら椅子へ座った。

 その言葉を聞いたシルキーが、いぶかしげな表情で返す。


「ありますよ。合体魔法を使うと言ったわよね」

「やる必要がないと思うぞ」

「なぜですか?」

「巨大地震が起きるからだ」

「はい?」

「俺は日本にいた頃、気象庁で仕事をしていてなあ」

「「ええっ!」」


 もちろんうそである。嘘ではあるが、それを証明することは不可能。

 日本は、地震大国として有名な国だ。長年に渡って調査観測を行い、研究や予測を行っている。

 耐震技術も優れており、地震対策に余念がない。


「そのときの経験からだが、もうすぐ巨大地震が起こるぞ」

「アイヤー、何か根拠があんのか?」

「さっきの揺れだな。予兆というやつだ」

「予兆だと? 何を馬鹿なことを……」

「信じなくてもいいがな。体感から察すると、震源地は山だな」

「フレネードの洞窟か!」


 これも、真っ赤な嘘である。体感で分かるわけがない。

 そもそも地震の予想など、長期に渡った期間での話だ。「近いうち」とか「三十年以内」などの範囲で確率予測している。明日、明後日の話ではない。

 それでもフォルトは、もうすぐ巨大地震が起こると予想した。


「フォルト殿」


 ここでフォルトは、オダルから問いかけられた。

 まだ地震酔いが治まっておらず、テーブルへ手を付いてバランスを取っている。


「なんだ?」

「きょ、巨大地震とは、どの程度のもので?」

「マグニチュード……。は分からないか」

「なんのことやらですな」

「地面が割れるぐらいと言えば分かるか?」

「なんですと!」

「まさか!」


 フォルトは得意満面の笑みだ。とても嘘を言っている表情ではない。

 それを聞いたオダルは驚いている。元勇者チームも同様だ。先ほどの揺れは、体感震度だと四以下である。

 それが次には、地面が割れるほどの揺れが起こるという。


「驚いても始まらんが、冒険者たちは戻したほうがいいだろう」

「そんなことは無理ですぞ!」


 間引きをやっている冒険者たちを戻すと、洞窟から魔物があふれ出してくる。

 そんなことは分かりきっているが、フォルトの言ったとおり巨大地震が起きると、洞窟内で崩落が起きてしまう。

 冒険者だけではなく、ターラ王国兵やレジスタンスも全滅だ。「聖獣の翼」が閉じ込められた亀裂の崩落とはわけが違う。

 そこかしこで天井が崩れて、生き埋めになるだろう。


「無理でもやらないとな。みんな死ぬぞ」

「ぐっ!」

「予想が外れたら戻せばいい話だ」

「簡単に言ってくれますな」

「俺は構わないがな。躊躇ちゅうちょして被害が出ても知らん」

「わ、分かりました。早急に連絡して、すぐに下山させます!」


 フォルトの脅しが効いたのか、オダルは急いで小屋を出ていった。

 それを見送った後、ソフィアとベルナティオと一緒に立ちあがった。こちらにもやることがあるので、元勇者チームの相手をする余裕はない。


「すまんが、俺たちも……」

「話の続きは?」

「そんな暇はない。おっさん親衛隊やダークエルフたちへ連絡する」

「そっ、そうね。私たちも怪我人の受け入れ準備をするわ」

「そうしたほうがいいだろうな」


 それだけ言ったフォルトは、二人の身内を連れて小屋を出た。

 向かう先は、拠点内にある天幕である。間引きの休憩用に用意されている場所だ。使っているのはダークエルフ族だけだが、今は誰もいない。

 そして、三人は、天幕の中へ入った。


「クウさん、お疲れ様でした」

「よく舌をまずに言えたな」

「はい。主様の言葉は忘れません」


 拠点へ戻ってきたフォルトは、またまた眷属けんぞくのクウが化けたドッペルフォルトだった。本物が目覚めた後に呼ばれて、この物語を聞かされていた。

 数分で済んだのは、思考までマネするドッペルゲンガーだからこそだ。


「それにしても、クウさんは大活躍ですね」

「いえ。聡明そうめいな主様のおかげです」

「まったく……。あいつは楽をするために必死だな」

「矛盾してますが、そのとおりですね」


 ベルナティオの冗談に、笑みを浮かべたソフィアが返す。

 シルキーと儀式魔法などやりたくないからと言って、自分で片付けてしまおうとしている。


「拠点まで被害はあるか?」

「建物は小屋とやぐらぐらいですので、そこまでは……」

「ふむ。我らも怪我人の受け入れ準備か」

「いえ。ザイザル様のところへ行き、撤収の旨を伝えます」

「分かった。だが、手の込んだ話だな」

「まったくですね」

「同感です」


 そして、ソフィアが二羽のハーモニーバードを召喚して、フレネードの洞窟へ飛ばした。目標はダークエルフ族なので、洞窟から出ている者が受け取るだろう。後は全員で下山してくる手筈てはずだ。もう一羽は言わずもがな。

 ここまで考えて実行するフォルトには、感嘆を通り越してあきれるしかない。もしかしたら、シルキーと合体魔法をやったほうが楽だったかもしれない。

 そんなことを思った三人は、休憩した後に天幕を出るのであった。



◇◇◇◇◇



 ところ変わって、フレネードの洞窟が存在する山の裏側。

 そこは本来、フォルトたちが休憩する小屋が建ててあった。しかしながら現在は、ルーチェとニャンシーによって破壊されている。

 なので、水浴びで使っていた近くの川へ移動していた。


「ほーら、御主人様。すりすり」

「でへ。寝起きの水風呂は最高だ」


 現在は深夜。雲一つ無い空から月明りが照らされて、川面で反射している。

 フォルトとカーミラは洗いっこを終わらせて、川辺にあった岩へ腰を下ろした。今から始めても良いが、これからやることがあった。


「もう山を下りたかな?」

「分かりませーん! 連絡はまだですよねえ」

「うむ」


 眷属のクウを使って、巨大地震が起きると警告した。

 一応ではあるが、昼間に魔力を抑えた地震を起こしておいた。冒険者であれば身の危険を感じ、言われるまでもなく、洞窟から出ているはず。

 その後に伝令が来ていれば、すぐに下山すると思っていた。


(ソフィアたちが拠点へ到着したのが昼過ぎとして、そこから伝令を飛ばして夕方ぐらい。荷物を持って下山すれば、遅くても深夜には拠点まで行けるよな?)


 かなり多めに見積もっている。

 山から拠点までは、ゆっくり歩いて一時間程度。だいたい十キロメートルだ。フレネードの洞窟は、山の中腹より下にある。なので、そこまで時間を掛けずに降りられるはずだった。

 現在は深夜なので、もう十分に避難が完了しているだろう。


「おっ! 来たようだ」


 ここまで時間を取ってあればと思っていると、山頂を越えて、ハーモニーバードが飛んできた。それは上空で旋回して、フォルトの肩へ降り立つ。

 足に手紙が巻かれていたので、カーミラへ目を向けて読んでもらう。


「あれれえ。まだ避難が完了してないようですねえ」

「へ?」


 こちらの世界を形作るものが違うので、そもそも自然発生で地震は起きない。

 まず地球の表層は、プレートと呼ばれる硬い岩盤で構成されている。それは移動して、プレート同士で押し合いをしていた。

 それらの境界線では、力が加わってひずみが蓄積する。それが解放されるときに起きる現象が、大地を揺らす地震となる。

 つまり、こちらの世界にはプレートが無い。


「ポツポツと拠点へ戻ってるようですよお」


 冒険者やターラ王国兵、そしてレジスタンスの避難が遅いのは、地震を経験したことがないからだった。

 それなりには、地震後に起きる出来事を予想できる。崩落ぐらいは思いつくので、洞窟の外に出ていた。しかしながら、想像力に限界があり、下山するまでの行動がとれていない。それが遅れている原因だ。

 避難訓練なども行っていないので、どう対応して良いか分かっていない。それでもオダルから命令が来たので、徐々に下山を開始して、今に至っている。


「何をチンタラしてるのやら」


 フォルトからすれば、そういった事情は知らない。

 もちろん、カーミラも知らない。彼女はメカニズムすら知らないので、ただウンウンと聞いているだけであった。

 それは、アーシャ以外の身内も同じこと。


「みんなは平気ですかねえ?」

「俺たちには、アーシャがいるからな」


(地震後は洞窟が崩れて、山では地滑りが起きるだろうなあ。もしかしたら、形が変わるかもしれん。拠点もそれなりに……。アーシャは理解してるから助かる)


 フォルトが日本の知識で動くときは、アーシャが良いサポートとなっている。

 ソフィアから連絡があれば、すぐに下山するよう言っておいた。それでも知ってるのと知らないのでは大違いだ。拠点も安全ではないので、怪我をしないように準備しているだろう。

 何度も思うが、あのときに助けておいて良かった。


「えへへ。御主人様は運がいいですよね!」

「そうかもな。召喚される前は悪かったが……」

「反動のようなものですかねえ。面白いです!」

「それは何より」


 今の身内との出会い。これは、運だけで片付けられないかもしれない。

 それでもカーミラの言ったように、運が良いとしか考えられなかった。


「御主人様。どうしますかあ?」

「まあ、警告はしたんだ」


 フォルトは岩から立ち上がって、フレネードの洞窟がある山を見る。

 そして、黒いオーラを出して、カーミラへ手を伸ばした。


「カーミラ」

「はあい!」


 フォルトはカーミラを抱え上げながら、背中から翼を出して宙へ浮いた。

 もしも周囲に知らない人がいれば、その光景に肝を冷やすだろう。七つの月を背景に、魔界の悪魔王が妃を伴って降臨したかのようだ。


「さて、今回は魔力を多めに……」



【アース・クエイク/大地震】



 こちらの世界で地震が起きる。それは、外的要因が加えられたときだ。

 フォルトは山の地下を指さして、上級の土属性魔法を使う。すると、山を中心に、物凄い縦揺れが起きた。

 体感震度だと、八から十はあるだろう。いや、それ以上かもしれない。その震源地は、洞窟の更に地下だ。


「さすがは御主人様です!」


 魔法での地震は説明が難しい。

 発動場所の土を魔力で膨脹ぼうちょうさせて、大地を盛り上げる。それから小さくして、元へ戻す。その繰り返しで揺らすといったイメージだ。

 当然だが膨脹に比例して、大地の揺れが大きくなる。


「ははっ。これで洞窟の魔物も全滅だな」

「もう出番はありませんね!」

「元勇者チームともおさらばだ!」


 フォルトが声高に叫ぶと、予想が現実となった。

 所々で地滑りや土石流が発生して、木をなぎ倒しながら麓へ流れている。地面は目で確認できるほど揺れて、大地を割いていた。

 まさに、これこそが天災であった。


「(初めからやれば良いものを……)」

「ポロ、何か言ったか?」

「(それでも楽しませてもらった。随分と遠回りだったがな)」

「そうか? しかし、ポロは魔法を知り過ぎだろ」

「(学者で魔法使いと言っただろ)」

「それでもだ。こんな上級魔法を何個も……。禁呪もあるぞ」

「(蓄積だからな)」

「蓄積だと?」

「(おっと、楽しみが減ってしまう)」

「ちっ」


 ポロから受け継いだアカシックレコード。

 スキルはそれほどでもないが、膨大な量の魔法が収められていた。魔人の力と言えばそれまでだが、どうにもに落ちない部分が多い。

 妖人族と呼べと言っていたが、それに関係があるかもしれない。


「まあなんだな。魔法って凄いな」

「カーミラちゃんも、ここまでとは思いませんでしたあ!」


 ポロと話しているうちに、地震が収まった。

 地面は土煙が舞っていて見えない。それでも山は大惨事だ。斜面崩壊や深層崩壊が起きて、なんとなく形が変わっているように見える。

 これなら完全に、フレネードの洞窟は埋まったはずだ。もう寄生蜂がうんぬんの話ではない。洞窟の深い場所に巣があったのだ。さすがに潰れている。

 他の魔物についても、寄生蜂がいなければ増殖しない。もし生き残っていても、スタンピードにはつながらないだろう。


「さて、みんなのところへ戻るか」

「はあい!」


 フォルトは何事も無かったかのように、空高く舞い上がった。もちろん、拠点へ到着する前には、透明化の魔法で消えている。

 そして、上空で止まった。


「さすがに混乱してるなあ」

「そうですねえ」


 拠点は大混乱に陥っていた。

 小屋や櫓は倒壊して、人々が動き回っている。怒声も飛び交っている。下敷きになった人を救出したり、怪我人が運び込まれてもいた。

 山のほうを見ると、足を引きずりながら歩いている人もいた。元気な者に肩を貸してもらいながら、拠点を目指しているようだ。

 神の怒りにでも触れたかのように、絶望的な表情で座り込んでいる者もいる。


「やれやれ……。みんなはどこだ?」

「とりあえずですねえ。天幕へ行きませんかあ?」

「そうだな」


 フォルトとカーミラは、自分たちへ宛がわれた天幕の前へ降りた。

 念のために周囲を見渡して、透明化が見破られていないかを確認する。これも用心のためだが、普段から見破ろうとする者など、そうそういない。当然のように、こちらを見ている者はいなかった。

 ならばと急いで天幕の中へ入って、魔法を解除する。


「「主様、お帰りなさいませ」」

「あれ? 他のみんなは?」

「皆様は……」


 天幕の中には、二人しかいなかった。

 ドッペルフォルトのクウとドッペルカーミラである。他の身内はダークエルフ族と一緒に、怪我人の受け入れをやっているようだ。

 ソフィアを中心として、混乱を収めようとしている。


「ソフィアらしいな」

「えへへ。頑張ってますよねえ」

「そこが良いところ」

「主様、我らはどうしましょうか?」

「クウは双竜山の森へ。ドッペルカーミラは送還する」

「「畏まりました」」


 ドッペルフォルトを向かわせても良いが、当主自ら動くと安く見られる。

 ローゼンクロイツ家は魔族の名家だ。ここは、貴族らしく振舞っておくにかぎる。おっさん親衛隊やダークエルフ族がやっていれば十分だ。

 そんな事を考えていると、クウたちが消えた。


「さてと、俺たちは寝て待つか」

「さっきまで寝てましたけどね!」

「ははっ。かなり魔力が減ってしまった。惰眠で回復だ」


 フォルトはその場に寝転んで、カーミラを抱き締める。

 それから胸へ顔を埋めて、目を閉じた。


(もう撤収を駄目とは言わせん。あと残ってるのは……。フェブニスたちと途中まで……。ランス皇子へ挨拶……。帝都で……。むにゃむにゃ)


 にも角にも、スタンピードの脅威は収束した。今後の対処は、エウィ王国からの援軍とバトンタッチすれば良い。会うことは無いが……。

 帰還中にやることは、そこまで時間が掛かるものではない。帝都で足止めを食らうぐらいで、アルバハードまで一直線に帰れるだろう。

 そして、肩の荷が下りたフォルトは、深い眠りへと入るのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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