第405話 (幕間)レジスタンスの行く末と大族長会議
フレネードの洞窟で起きた巨大地震から一週間が経過した。
大地まで割いた揺れは、山の形が崩れるほどだ。神々の怒りに触れたのか、はたまた天災級の災害を起こす魔人の仕業か。そんな話も飛び出していた。
レジスタンス、ターラ王国兵、冒険者の混成部隊にも被害が出ている。洞窟のある山から避難途中だった者たちが、斜面崩壊や表層崩壊に巻き込まれている。
地面の亀裂に落ちた人もいて、死傷者は多かった。それでもオダルの出した下山通達のおかげで、死亡者は少なく済んだ。
そして、無事だった者たちが、救命活動に追われる毎日だった。
「お父さん……」
そんななかファナシアは、山の麓に建てた墓の前に立っていた。すべてを憎むような表情は消え、だいぶ落ち着いている。
ギーファスが、常々言っていた話があった。「死んだ場所が墓だ」と。その言葉通りに、亡骸を埋めた。
剣を突き立てて墓石の代わりにしてあるが、いずれは朽ちるか墓荒らしに遭うか。しかしながら、確実に、最愛の父親はそこで眠っている。
「ファナシア殿……」
冥福を祈っているファナシアへ、冒険者ギルドマスターのオダルが近づいてきた。
この場所には、「聖獣の翼」の墓も建てたのだ。
残念ながらスライムに食べられ、彼らの死体は残っていない。その一方で、装備品は回収できた。
ギーファスと同様に、墓石としてある。
「オダルさん。それにシルキー様も……」
オダルと一緒に、元勇者チームのシルキーも訪れている。
彼女は「聖獣の翼」と弔った墓の前へ立って、静かに手を合わせた。リーダーのボイルとは、親交を結んでいたと聞いた。
一部の者たちは、恋仲だったと
「残念です」
「そうですね」
シルキーの短い言葉には、様々な思いが込められていると理解できる。それほどまでに、重く感じた。
「聖獣の翼」に関しては、ファナシアも重く受け止めている。ボイルは憧れの人物で、ハルベルトやハンクスからも目をかけてもらった。また女性同士ということで、ササラとも親交を深め始めていた。
まるで接点がなかったのは、レンジャー見習いのミゲルか。
「これからレジスタンスは、どうなさる気ですかな?」
オダルから問いかけられたが、それについては、何も決まっていない。
一応ではあるが、幹部が役割を分散させて対応している最中だ。
「リーダーが亡くなったばかりで、どうして良いかも……」
「ファナシア殿が継がれるとの声を聞きましてな」
「私は……。父を殺した者を追います」
ギーファスを殺害した人物に対して、ファナシアは憎悪を抱いている。
父親は目指すべき目標だった。絶対に許すことは無いだろう。しかしながら、犯人が分かっていない。
ソル帝国の人間だと思っているが、状況証拠からは否定されている。行方をくらませた二人の幹部が、容疑者になっていた。
こちらは知っている人物なので、すぐに探すつもりだった。犯人とは思っていないので、まずは話を聞きたかった。
「立場上、何も言えませんがな」
「え?」
「今のままでは、レジスタンスは消滅でしょうな」
「なぜですか?」
「リーダーが不在では、ゲリラにもなりませんぞ」
「それは、幹部の誰かが……」
「難しいでしょうね」
ここで、シルキーが口を挟んできた。
レジスタンス幹部に、ギーファスほどの求心力を持った人物はいない。誰が継いだとしても、内部分裂は避けられない。
ファナシアも同様だが、リーダーの娘という存在は、旗頭として申し分ない。分裂しても、多数の支持者を獲得できる。跡を継げば、混乱を収めるられるだろう。
それでも、弱体化は避けられないが……。
「どちらを取るかは、ファナシアさん次第です」
「………………」
「ですがギーファスさんは、
「っ!」
シルキーの言葉は、誰もが口にする励ましだが肯定できる。
ギーファスのことは、ファナシアが一番よく分かっている。しかしながら沸き上がってくるのは、どす黒い復讐心なのだ。
ならばと決意したように、彼女は宣言する。
「では父の跡を継ぎ、犯人にも罪を清算してもらいますわ」
「それは、信義にもとるのでは?」
「かもしれませんね。ですが許せないのです」
「………………」
ギーファスの信念は、国民にすべてを
父親の無念を晴らすなら、それを引き継ぐのが、シルキーが伝えた言葉の意味だ。にもかかわらず、ファナシアは復讐も遂げると言う。
これでは父親の信条から外れ、レジスタンスが掲げる大義にもならない。
「そうですか。余計なことを言いましたわ」
「いえ、ありがとうございます」
ファナシアは、シルキーの言葉を素直に受け入れられなかった。それでも感謝しているので、気を遣わせたと反省する。
ギーファスの信念とレジスタンスの大義を思い出させてくれた。しかしながら、
「であれば、早急に撤収したほうが良いでしょうな」
「オダルさん? それは……」
「停戦はスタンピードの収束までですが、何をもって収束かですぞ」
「各地へ散らばった魔物を倒すまででは?」
「はたしてそうですかな?」
「………………」
ソル帝国との停戦は、スタンピードの収束までとなっている。
本来であればファナシアが言ったように、各地へ散らばった魔物を討伐するまでだろう。ところが、巨大地震が起きて、洞窟から魔物が
ならばそれを理由に、収束と受け取る可能性は高い。もしもいま収束の宣言をされれば、ソル帝国はレジスタンスの壊滅に動くかもしれない。
こんな場所で決戦など愚の骨頂だ。
「拠点の設営をしていた帝国軍は撤収しましたね」
「ローゼンクロイツ家は勝手すぎます!」
「彼らが連れてきた部隊ですし、反対はできませんが……」
ローゼンクロイツ家は巨大地震の後、すぐに帰還してしまった。
帝国軍の部隊も追従して、徐々に撤収を開始した。現在は誰もおらず、混成部隊が残るのみであった。
その撤収した部隊から連絡されて、ルートを塞がれると拙い。帰還ルートは違っても、帰還目標は同じなのだ。
今も陣地を築こうとしているかもしれない。
「アルバハードは中立のはずだわ!」
「はい。双方とも肩入れしていませんわね」
「ですがレジスタンスは、窮地に立っています!」
「それは結果ですね」
帝国軍の部隊が帰還したのは、取引相手のローゼンクロイツ家が帰還を選択したからだ。依頼報酬だった魔物の素材も、十分に確保している。
それを供給する者が帰還するなら残る理由はない。もちろん、ソル帝国はレジスタンスへ手を出しておらず、拠点の設営まで行った。
肩入れしたと思うのは、撤収の手際が良すぎたからだ。前日に撤収する旨は聞いていたが、巨大地震が起きても、混乱せずに実行している。
帝国と結託して、レジスタンスの壊滅へ動いているように見えるだけだった。停戦の合意は守られているのだ。
「彼らがいれば、ルートは塞がれませんよ」
「え?」
「だからオダルさんも、早急の撤収を提案しています」
「ローゼンクロイツ家が、ターラ王国を出るまでにですか?」
「いえ、アルバハードへ戻るまででしょうね」
ローゼンクロイツ家は、バグバットの面目を潰さない。
それは、シルキーに分かっている。フォルトと同様に、元勇者チームの後見人だ。縛りは緩いようだが、吸血鬼の真祖を蔑ろにできるわけがない。
停戦の仲裁がエウィ王国なら、レジスタンスの肩を持つだろう。そうなっていないのは、アルバハードを重視していることに他ならない。
「吸血鬼に報告するまでですか?」
「その言い方はちょっと……」
「すみません。それほどなのですか?」
「アルバハードの中立性は、三大国家でも認められています」
「分かりました。ではオダルさん」
「後のことは、冒険者ギルドとターラ王国兵に任せたまえ」
生き残った魔物が傷つきながらも、たまに地面から出てきている。
その討伐も必要だったので、オダルの言葉には感謝するしかない。
「ありがとうございます」
「気にするな。もうほとんど残っておらぬだろうしな」
「ではお二方、私はこれで……」
「………………」
ファナシアは、レジスタンスのリーダーを継ぐ決意をした。これから幹部を召集して、その旨を伝えるつもりだ。
それにしても、かなり弱体してしまった。ランス皇子の支部同時攻撃もあり、魔物の間引きや巨大地震でも犠牲者が出ている。
ギーファスの意志を継ぐにしても、またゲリラからになるだろう。それでも早急に撤収して、今後に備える必要がある。
そして、数日後には、拠点からレジスタンスの影が消えるのだった。
◇◇◇◇◇
時は巨大地震が起きる前に遡る。
亜人の国フェリアスにあるエルフの里では、各部族の代表が集まって大族長会議を執り行っていた。
獣人族からは〈猛虎〉カザン。
ドワーフ族からはガルド王。
有翼人族からはシュレッド。
エルフ族からは女王ジュリエッタの名代として、クローディアが参加だ。フェリアスの盟主として、会議の議長も務める。
「皆さんも聞いていると思いますが……」
今回集まったのは他でもない。
フェリアスを流れる大河ルイーズ川が、ヒドラの毒によって汚染され始めた件について話し合うためだ。
ロットから問題提起されて、こうして額を付け合わせている。
「人間ノ調査ニヨッテ判明シタコトダガ……」
エウィ王国から魚の養殖技術を受けるために、蜥蜴人族の集落で水質調査を行ってもらった。その結果は先のとおりだが、現在のところ人体に害は無い。それでも、放置して良い問題でもなかった。
こういった問題は早めに解決しないと、先に延ばすほど対処が難しくなる。何十年にも渡って汚染が進めば、いずれ人体にも影響を及ぼすかもしれない。
フェリアスの住人は、森と共に生きる種族の集まりだ。スタンピードを未然に防ぐことと同様に、ヒドラの対処も重要な案件になった。
「シュレッド様、上空からの偵察はどうでしたか?」
「うむ。報告では八匹と聞いている」
「毒の沼地が広がったのは、数が増えたからでしょうか?」
「おそらくな。三本首が多かったようだが……」
「まさか九本首も?」
「いや、五本が最高との報告だ」
ヒドラは首の数で強さが変わる魔物だ。
吐き出す毒も多様になり、混ざり合って解毒が難しくなる。戦う場合は、首の形や色に注意が必要だ。
「ときにカザン様、討伐隊のほうは?」
「休息へ入った。出撃は無理だぞ」
「ラフレシアの討伐がありましたわね」
「うむ。さすがに疲れきっておる」
「では、各部族の戦士隊を動かすしかないでしょうか?」
「編成には苦労する。我らにも援軍の要請があっただろ」
ターラ王国のスタンピードは、人間が間引きを怠ったせいである。
そういった報告は来ているが、三大大国の一国として参加しないのは拙い。そこでエウィ王国と同様に、援軍を向かわせる予定になっていた。
各地へ散らばった魔物の討伐が主な任務だ。
「三大大国としての面目か」
フェリアスとしても、人間の尻拭いは御免であった。しかしながら、ダークエルフ族と違って、三大大国としての責務があった。
たださえ女王が不在で、発言力が低下しているのだ。無視はできない。
「はい。総勢で三千ほど送れれば良いかと考えています」
「人間の国へ行くなら、獣人族が引き受けよう」
「部隊編成が決まった教えてくれ。ドワーフからも出すからな」
「ガルド王も、よろしくお願いいたしますわ」
「だが、三千となると……」
「はい。ヒドラのほうは、残りの種族で排除しますわ」
「そうしてくれ」
人間の領域へ行くなら、人間に近い亜人種のほうが良い。
適任は、獣人族とドワーフ族だ。有翼人は制空権が取れる種族なので、フェリアスの切り札とも言える。援軍としては出したくない。エルフ族は世界樹を守護することを優先するので、基本的には森から出ない。
蜥蜴人族は言わずもがな。魔物と間違われて攻撃されてしまう。
「ヒドラの討伐なら、有翼人族からは神翼兵団を出そう」
「ソレハ有難イ。我ラモ精鋭ノ戦士隊ヲ出ス予定ダ」
「であれば、エルフ族は後方支援のできる部隊を編成しますわ」
「オオ、助カル」
ロットは謝意として、床へ尻尾を何度も
蜥蜴人族は前衛の戦士が多く、治癒を担当できる者は、数人しかいない。自然神へ仕えるエルフ族の神官戦士がいれば、かなりの被害を抑えられるだろう。
それに有翼人族は、空から攻撃を行える。ホルン率いる神翼兵団は、シュレッドお抱えの精鋭騎士団だ。
それでもまだ十分とは言えないが……。
「あっ! そうだわ、ロット様」
「ドウシタ?」
「例の人間が集落にいると聞きましたわ」
「例ノ……。アア、エウィ王国カラノ依頼カ」
「はい。シュン・デルヴィ名誉男爵です」
「六人組ノ人間ガ来テイルナ。ソレカ?」
「エウィ王国の勇者候補チームですね」
「ムゥ」
「何か問題でも起こしましたか?」
「ガンジブル神殿ノ情報ヲ集メテイタヨウダ」
「あら」
シュン率いる勇者候補チームは、エルフ族の領域に近い蜥蜴人族の集落に滞在している。エウィ王国の水質調査団の護衛と言っていた。
集落ではガンジブル神殿の位置や、周辺の魔物情報などを聞いていたようだ。
「そいつらの話なら、ホルンから報告を受けているな」
ここで、シュレッドが話し出す。
勇者候補チームは水質調査団と集落へ向かう際、道を外れて進んでいた。そのままだとエルフ族の領域へ入ってしまうため、ホルンが止めた経緯があった。
放っておけば、ガンジブル神殿の近くへ出ただろう。
「ロット様の話と合わせると、神殿へ向かいたいのかしら?」
「かもしれんな。何のためかは知らんが……」
「私たちもまだ調べていない場所ね」
フェリアスは、未調査の場所が多い。
ガンジブル神殿も、その一つであった。近くにヒドラの巣が存在するので、調査は行っていない。それでも女王ジュリエッタへかけられた呪いを解呪するために、その方法を探す名目で調査するつもりだった。
だがフォルトのおかげで、調査の必要はなくなっていた。呪いの解呪で現れた悪魔のバフォメットから、人間の悪魔崇拝者が犯人だと聞かされている。
現在は、そちらの情報収集を行っていた。
「ガハハハッ! ならば、そいつらに調査させれば良かろう?」
「ガルド王……」
「ヒドラを避けて向わせれば良い」
「神殿にいないとは限りませんし、あの周辺は……」
「レベルを上げに来たのだろ? 死んだら死んだで構わんだろ」
いくらデルヴィ侯爵やシュナイデン
であれば、危険がなんだというのだろう。それを乗り越えないと強くなれない。そんな分かりきった話よりは、神殿を調査させて報告させれば良いのだ。
使えるものは何でも使おうといったドワーフらしい意見だった。
「それも問題なのですが……」
「では、我らの調査に同行させれば良い」
「優先順位は低いですが、調査は無駄になりませんね」
「だろう? ついでに監視と護衛もできる」
「確かに……」
「ガハハハッ! 一石三鳥だぞ!」
ガルドの意見は適切なようだが、それだけでは決められない。
そこでクローディアは、他の大族長へ問いかける。
「皆様はどう思われますか?」
「ホルンの報告から察すると、勝手に向かいそうだな」
「では、討伐と併せてのほうが良いでしょうね」
「捕マエタラ拙イノカ?」
「エウィ王国の貴族ですので、捕縛は外交問題になりますね」
「王国からの依頼は、陰ながら守れだったな?」
「相手は魔物ですし、保証はできないと伝えてありますわ」
「ならば、ガルド王の意見で良さそうだな」
「こちらの努力だけは見せましょうか。結構面倒な人間ですね」
クローディアが首を振る。
名誉男爵で爵位は低くても、彼らを捕縛すればエウィ王国との関係にヒビが入る。それに、有力者の後ろ盾がある人物だ。
今までは討伐隊に参加していたので、監視と護衛はできていた。しかしながら、今は勝手に動き回ろうとしている。
シュンは扱いに困る人物であった。
「では、決行の日取りを決めましょうか」
ヒドラは、推奨討伐レベル四十以上の魔物だ。時間を多めにとって、念入りに準備して戦う必要がある。
これには誰も反対をしなかったが、またもやガルド王が口を開いた。
「ヒドラの件なのだが、ローゼンクロイツ家に依頼を出さんか?」
「フォルト殿ですか?」
「その男は、ターラ王国へ行ってると聞いたな」
「でしたら、〈狂乱の女王〉と〈爆炎の
「マリとルリには、ヒドラを倒さないで良いと言ってしまってな」
先代王が目を付けていた鉱山の調査では、マリアンデールとルリシオンへ調査隊の護衛を依頼した。
近くにヒドラの巣があるのを知っていたが、討伐まで頼むと機嫌を損ねてしまう可能性があったのだ。しかしながら、戻ってきた調査隊に聞いたところ、喜んで討伐しそうな勢いだったらしい。
シェラに止められていたが……。
「当主を通さないと受けないのでは?」
「手紙が届けば知らせるだろ」
「確かにそうですが……」
「駄目元でも良かろう。マリとルリは気まぐれだからな」
「そうですね。セレスもいますし、手紙を出しておきますわ」
「ワシも出しておこう。アルバハードの領主宛てとか言っておったの?」
「はい。バグバット様経由でと聞いていますわ」
「文面はどうするかのう」
手紙など出したところで、大した手間ではない。
ローゼンクロイツ家の助力が得られれば、ヒドラも被害を出さずに倒せるだろう。クローディアやガルドは伝手があるので、手紙の内容によっては、当主のフォルトを動かせるかもしれない。
そして、大族長会議は、残りの諸問題を話し合うのであった。
――――――――――
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