第402話 収束する脅威2
簡易的に作られた机を前に、ドッシリと座る人物。
茶色い髪を短く切った壮年の男性で、立派なプレートメイルに身を包んでいた。机に並べられた書類を手に取りながら、何かを考え込んでいる。
その傍らには、同じ色の髪を伸ばした女性が立っていた。
この二人は、ギーファスと副官のファナシアである。現在は大人数が集まれる小屋ではなく、作戦指令室として使っている小屋の中で、打ち合わせの最中だった。
「ファナシア、同志への被害は?」
「洞窟の奥へ進まなくなってからはありません」
「ならば、少しずつ進ませろ」
「よろしいのですか?」
「もう大丈夫だろう。寄生蜂の確認をさせるのだ」
同志とは、レジスタンスへ参加した冒険者のことである。
フレネードの洞窟の間引きを開始した当初、数人の冒険者が行方不明になった。ボイルからは、魔物にやられたのだろうと言われた。スタンピード以前から間引きへ従事していたギルドの冒険者とは、経験が違うのだ。
ならばと奥に進ませず、洞窟から湧きだす魔物だけを討伐させていた。それでも慣れている頃合いだ。進ませても問題ないだろう。
この件はローゼンクロイツ家のせいだが、ギーファスは知る由もない。
「では、そのように伝えてきてください」
「へへへ。ファナシアちゃん、行ってくるね」
ファナシアは、近くの幹部へ促した。
ニヤけた笑顔を向けて、大抑に手を振りながら小屋を出ていった。
「おっと、危ねえ」
それと入れ違うように、元死刑囚の幹部が入ってくる。
なかなか出入りが激しい小屋で、周囲は戦闘員が警備していた。
「リーダー、ちと拙いことが起きてるぜ」
「なんだ?」
「帝国の奴らとよ。
「止めなかったのか?」
「俺だけじゃな」
「ちっ。外の警備に言って、さっさと止めさせろ!」
「はいよ」
元死刑囚は、小屋を出て警備を向かわせた。
それから戻ってきて、打ち合わせに参加した。喧嘩程度であれば、わざわざ幹部が出向く必要もない。やることは山積しているのだ。
そして、ファナシアが話を戻す。
「続きですが、補給物資が足りないようです」
「ルート上の魔物はどうなっている?」
「散発的と報告がありました。強力な個体は確認されていません」
「なら軍務尚書だな」
「出し渋っていると?」
「ターラ王国兵の隊長を同行させて、ケツを蹴り上げさせろ!」
こちらの件も幹部が引き受けて、小屋から出ていった。
レジスタンスの幹部連中は、スタンピードを収束させるために、日々の雑務に追われている。混成部隊の中核を成しているので、命令系統が集中しているのだ。
このように仕事を割り振っていると、一人の幹部が飛び込んできた。
「リ、リーダー、大変だぜ!」
「どうした?」
「「聖獣の翼」が、崩落に遭って孤立したらしい」
「なにっ!」
ギーファスは驚きの声を上げる。
Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」は、元勇者チームと同様に、混成部隊では最大戦力と位置付けていた。
しかも、チームリーダーのボイルとは、自身の親友とも言える間柄である。その仲間のハルベルトやハンクスとも面識があった。
「ちょ、ちょっと、どういうことよ!」
「詳しくは分かりません」
「分からないって……」
「彼らと組んでいた帝国の冒険者が知らせてきた」
ファナシアは困惑した。
目標としている父親が、ボイルと冗談を飛ばし合っているのをよく見ていた。剣の手ほどきを受けたこともある。騎士とは違った戦い方で、勉強になったものだ。それもあり、憧れに近い感情を抱いていた。
また、新人冒険者のササラとは仲良くなったばかりである。「聖獣の翼」は洞窟の奥へ進んでいるので、あまり会話する時間は取れなかった。それでも時間が合えば、一緒に過ごしていたのだ。
この報告を受けて動揺してしまうのは仕方ないだろう。
「連れてこい!」
「へいっ!」
その後は帝国の冒険者たちから、詳しい話を聞いた。
場所は、地底湖が存在するエリアである。壁の亀裂を進んだところで崩落に見舞われ、「聖獣の翼」が全員閉じ込められた。
「とにかく人数をくれ! 俺たちだけじゃ無理だ!」
「当たり前だ! だが、ボイルたちは無事なのか?」
「俺らが気付いたときにはな。だが、食料が持つかどうか……」
「酸欠の危険もあるな。ならば、すぐに救出隊を!」
ギーファスは当然のように黙っておらず、すぐさま救出隊の派遣を決める。しかしながら、現在は人員不足であった。
魔物の間引きもそうだが、補給線の確保から物資の運搬で、人員を取られている。魔物の死骸も解体する必要があった。拠点の防衛もやっている。
ソル帝国の部隊と協力すれば、人員不足にはならない。拠点の防衛や補給を任せられれば、戦力に余裕が生まれるだろう。それでも、共闘はできない。
停戦協定を結んだばかりで、お互いの信用は皆無なのだ。それにローゼンクロイツ家が連れてきた部隊なので、協力を仰いでも断られるだけだった。
「ちっ。とにかく、休憩中の冒険者を
「リーダー、私が行きます!」
「待て! ファナシアは……」
「今は手が足りません! 残ってる幹部は戦えません!」
「た、確かにな。ならファナシアも行ってくれ」
「はいっ! 先導役を頼めますね?」
「おう! 早く助けに行かねえと拙いぞ」
レジスタンスの幹部と言っても、全員が戦えるわけではない。
「聖獣の翼」が閉じ込められた場所は、洞窟内でも奥地になる。そこまでの間引きはやってあるが、まだまだ魔物は湧きだしている。道中は危険であった。
本来であれば、ギーファス自身が助けに行きたいところだ。しかしながら、司令部を空にするわけにはいかない。
そこで、娘のファナシアに行ってもらう。
「おまえとおまえは残って、俺のサポートをしろ」
「「へい!」」
ギーファスは副官の代理として、元死刑囚と欲望の塊を指名した。
この二人は、魔物の戦いには耐えられない。それでも幹部として、ゲリラの頃から一緒に戦ってきた古参である。
そして、ファナシアは、帝国の冒険者を連れて小屋を出ていった。
◇◇◇◇◇
「ここまでが、私の把握してるところよ」
ファナシアが、ギーファスの生存を確認できたところまで話した。
それ以降の生存は確認できていない。ファナシア大好きおじさんが、死体の第一発見者である。報告へ戻ったときには、すでに死んでいたそうだ。
喧嘩の仲裁へ向かった警備は、小屋の中へ入っていない。報告するほどの問題ではないからだ。落ち着かせるのに、多少の時間が掛かったぐらいだった。
そこまで聞いたソフィアは、ファナシア大好きおじさんへ問いかける。
「小屋の中の様子は?」
「戦闘痕はあったけど、あまり血は飛び散ってなかったね」
「死体はギーファスさんだけですか?」
「そうだね」
「血だまりと言いますか……。集中していたのは三つですか?」
「うーん。リーダーのところだけだった」
「現場保存は?」
「いや、死体は移動したよ。掃除もやってる最中かな」
現場検証らしいことは終わったようで、ギーファスの死体は指令室に無い。すでに別の場所へ移されて、魔道具を使って安置されている。
それは保存布と呼ばれる魔道具で、死体の腐敗を遅らせる。魔物の素材を入れておく保存箱と仕組みが似ているため、駆け出しの魔法使いでも作製が可能だ。
ルート侵攻でも、死人が出ている。スタンピードの対処は、命の危険が伴うものなので、そういったものは用意してある。
「話を聞くかぎりでは、残った二人の幹部が容疑者ですね」
「あり得ないわ! ゲリラの頃からの同志よ!」
「「そうだそうだ!」」
「そう言われましても、容疑者は多くありませんよ?」
ファナシアやレジスタンスの面々が騒いだところで、犯行が可能な人物は限られている。元死刑囚か欲望の塊の二人しか思い当たらないのだ。
もしかしたら三人目として、他に容疑者が存在する可能性はある。その場合は複雑になるが、とりあえず、二人が結託していないと成り立たない。
三人目が結託している場合は、幹部の寝返りが疑われる。あるいは、帝国以外の勢力も視野に入れる必要がある。
ここまで考えると、容疑者を絞り込めず捜査にならない。
「寝返りなんてあり得ないわ!」
「その可能性は捨てたほうが良いでしょうね」
「当たり前よ!」
「警備を遠ざけた幹部が、一番怪しいですが……」
ソフィアの判断だと、元死刑囚が一番怪しいと思っているようだ。犯人でなかったとしても、犯行に関わっている可能性が最も高い。
それでも殺害する相手は、ターラ王国の元騎士団長である。戦闘に長けていなければ、不意を突かないかぎり返り討ちだろう。欲望の塊と共犯でも同じことだ。
それを聞いたフォルトは考えた。
(日本であれば、もっと近代的な捜査になるだろうなあ。まあ、こっちの世界じゃやれないだろうけど。それに魔法やスキルがあるしな。捕まえるのは無理か)
日本であれば、捜査方法が洗練されている。
指紋の照合からDNA鑑定、防犯カメラの映像などから容疑者を割り出す。もちろん聞き込みも、念入りに行う。
だが、魔法が存在する世界である。近代的な最先端の技術は無いので、捜査方法も限られるだろう。犯人の特定は、不可能に近いと思われる。
そこまで考えたフォルトは、誰もが聞きたい疑問をぶつけた。
「ふむ。ちなみに、その二人はいないようだが?」
「行方不明よ。いま探させているわ」
「うーむ。で、あれば……」
「フォルト殿、お待ち下され」
ここで、ザイザルが口を挟む。
それも当然だろう。普通に考えれば、容疑者はレジスタンスの幹部である。その二人がいないのは、逃亡したからに他ならない。
ソル帝国が疑われる
「まあ……。そうだよな」
「状況証拠だけでも、我らは無実だと思われますぞ」
「そんなはずはないわ!」
「い、いや。さすがにレジスタンスの主張は無理があると思うぞ」
ファナシアの主張。
いや、レジスタンスの主張は、三人目の容疑者を
そこでフォルトは、シルキーへ顔を向けて問いかける。
「そっちはどう思う?」
「無理があるのは同意ね」
「だよな」
「でも犯行に見合った魔法やスキルが使える強者なら、あるいは……」
「だから、その強者を帝国が送り込んだんだ!」
「「そうだそうだ!」」
「静かにしろ!」
さすがに我慢の限界だったのか、オダルが怒鳴った。
それによって、レジスタンスの面々は、口を閉ざした。事あるごとに騒いだところで、何も好転しないのだ。
「まったく。ファナシア殿、物的証拠は無いのだな?」
「………………。はい」
「三人目の目撃情報も?」
「聞き取りがまだです」
ファナシアは肩を震わせながら
それを聞いたザイザルは、勝ち誇った表情へ変わった。現状の話だけであれば、ソル帝国は無罪である。
そして、これ以上の問答は、フォルトに対して無意味であった。
「ならばソル帝国は、停戦協定を破っていないな」
「なっ!」
これが、結論であった。
そもそもフォルトは、犯人探しをする気はない。状況を踏まえて、停戦破りがあったのかどうかを知りたかっただけだ。
話を聞くかぎり、停戦は破られていない。
「バグバットには、そう伝えておく」
「ちょっと待ってよ!」
「うーん。せめて、二人の幹部がいればなあ」
「………………」
冷静に考えれば、ファナシアにも分かるはずだ。
ソル帝国を犯人にするには、証拠が無さすぎる。この場に元死刑囚と欲望の塊がいないことが悔やまれるだろう。
それでもフォルトからすれば、どちらでも構わない話だった。
「犯人を見つけてから、改めてアルバハードへ陳情しろ」
「ちっ」
「オダル殿だったか。もう解散してもらっていいぞ」
「分かりました。おまえら、仕事へ戻れ!」
「へいへい。集まった意味があんのか?」
解散の旨が伝わると、レジスタンスは小屋から出ていった。「使えない奴」や「役に立たない」などと、フォルトへ対して、
この幕引きを聞いたら、〈凶刃〉スカーフェイスはほくそ笑むことだろう。「聖獣の翼」を巻き込んだ一連の暗殺劇が、こんなにも簡単に闇へと葬られる。
ボイルたちも無念である。もしも支配の魔法が使われていれば、ザイザルが犯人を明かしていた。
逃走を助けているのだから……。
「あいつら……」
「ティオ、やめておけ」
「きさまがそう言うなら……」
刀を抜きそうになったベルナティオを、フォルトが止めた。これ以上の面倒事を起こしたくないからだ。
多少はムカついたが、自分へ向けられる暴言なら構わない。これが彼女やソフィアに向いていたら、お仕置きは待ったなしだ。
「ではフォルト殿。我らもこれで」
「あ……。後日また、ソフィアを向かわせる」
「分かりました。お待ちしております」
次にザイザルが、護衛の帝国騎士たちを連れて出ていった。
こちらは話が途中だったので、再度ソフィアを向かわせる必要がある。一緒に撤収するかは分からないが、馬や食料の用意が欲しいところだ。
そんなことを考えたフォルトは、一つ思い出したことがあった。
「そうだオダル殿」
「何か?」
「「聖獣の翼」が全滅って聞いたぞ。死体はあるのか?」
「ありませんな。スライムの巣に閉じ込められたようですぞ」
「スライム?」
「はい。肉体はすべて食べられていたようです」
「うげっ」
(こっちの世界のスライムは、マスコット系のスライムじゃないのか。なら海外で使われてるようなスライムだな。怖い怖い……)
フォルトは、両方のスライムを知っている。
日本で主流なものと、架空世界へ最初に登場したものだ。なので、オダルの話を聞いても、その差異に驚かなかった。
「ファナシア殿の態度は、それも原因の一つですな」
「自分に近しい者が非業の死か?」
「はい。気にしないでもらえればと思います」
オダルは、それぞれの勢力について分かっている。
内心は分からないが、ローゼンクロイツ家を立てていた。ザイザルにも配慮して、レジスタンスの内情も知っている。
なかなかに
「暫くはオダル殿が指揮を執るのか?」
「そうなりますな。軍務尚書様へ使いは出しますが……」
「分かった。ならば伝えておくことがある」
「なんですかな?」
「俺たちはもう、アルバハードへ帰還する」
「なっ!」
「冒険者の配置を見直し、担当していた場所を引き継いでくれ」
これはザイザルへ伝えた後に、ギーファスへ伝える内容だった。
その相手がオダルへ変わったので、今のうちに言っておく。
「ちょっと、貴方はエウィ王国の援軍でしょ? 帰っては駄目よ」
「あ……。エウィ王国から援軍が向かっている」
「そんな情報は聞いてないけど?」
「いや、バグバットから
「バグバット様から? なら……」
フォルトとオダルの会話に、シルキーが口を挟んできた。
まだいたのかと思いながらも、言い訳として使っている内容を伝える。バグバットの眷属はジャイアント・バット。つまり、
空を飛んでくるので、移動速度が速い。伝令にはもってこいの魔物だ。それを知っている元勇者チームは納得していた。
しかも、エウィ王国から援軍が向かっているのは事実なのだ。
「でもそれって、フレネードの洞窟まで来るのかしら?」
「知らん」
「アイヤー、各地へ散らばった魔物の退治へ向かうと思うぜえ」
「ふん。間抜けが……」
「………………」
やはり、元勇者チームと話したのは間違いだった。
バグバットからそれらしいことを聞いたので、ギルの推察は当たっていると思われる。シルキーには
だからこそ、フォルトの答えは決まっていた。
「だが帰る! もう決めたことなのだ」
「そう。なら何も言わないけどね。一つだけ手伝いをお願いしたいわ」
「手伝いだと?」
「ええ。私だけじゃ無理があってね」
「何の話だ?」
シルキーからは、洞窟の奥で発見した大穴について聞かされた。
元勇者チームは、スタンピードの元凶を退治するのが仕事である。しかしながら、発見した大穴の底に、寄生蜂が存在するかどうかも不明だ。
もしも巣があったとしても、現状では向かえない。そこで、高位の魔法使いであるフォルトに白羽の矢を立てた。
「ふーん」
「帰る前に一つ、仕事を頼めないかしら?」
フォルトは仕事と聞いて、嫌な表情を浮かべた。
無職こそ我が人生と決めているのだ。これを覆すことは、何人にも
「だが断る!」
「なぜですか?」
「俺は仕事をするために生まれたわけじゃないぞ」
まるで子供のような言い訳だ。
それでも、これが真実だと思っていた。仕事をするのは生きるため。生きていけるなら、仕事などしても辛いだけ。
単純明快な話であった。
「なら、ソフィアちゃんに貸しを返してもらうわ」
「え?」
「ねぇ、ソフィアちゃん。返してくれるわよね?」
「お、お姉さん……」
シルキーは、ソフィアへおねだりを開始した。
フォルトは自分に都合の悪いことを、結構な頻度で忘れる。なので、何の話か分かっていない。
「こいつらに借りなんてあったか?」と、首を傾げてしまう。
「
「………………。ああ」
このようにキーワードが出てくれば、薄っすらと思いだす。
ポロから譲り受けたアカシックレコードのようだが、確かにソフィアが、秘密裏に依頼していたかもしれない。いや、していた。
そして、身内の借りは、フォルトの借りでもあった。
(こいつらとは関わりたくないのに……。だが、借りたままだと後が怖い。いま手伝ってしまえば、もう言われなくなるか?
「今回だけだぞ!」
「ふふっ。助かるわ」
「貸し借りは無くなるからな!」
「分かっているわよ」
「これで親密になったと思うな!」
「はいはい」
「ソフィアの借りを返すだけだ。仕事ではない!」
「そうね」
「今後は頼ってくるな!」
「………………」
「後は……」
「「しつこいっ!」」
少し釘を刺しすぎたか。
プロシネンやギルからも怒鳴られてしまった。ハモっているのは、さすがは元勇者チームである。
息がピッタリと合っていた。
「と、とにかく、今日は終わりだ」
「私たちも休憩したいからね」
「詳しい話は、明日の昼にここでな」
「昼……。朝じゃ駄目かしら?」
「無理っ! あとオダル殿も参加してくれ。二度手間は避けたい」
「分かりましたぞ」
一気に
それから腕にしがみ付いて、ゆっくりと立ち上がった。お
そして、ソフィアに背中を押されながら、フレネードの洞窟へ戻るのだった。
――――――――――
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