第400話 凶刃3
スライムに捕食されたハルベルト。
傍から見れば溶けているように見えるが、実際はバクテリアに吸収されている。装備品は、地面へ落ちていた。どうやら金属類は、お気に召さないようだ。
その光景を一瞬だけ見たボイルは、ミゲルへ視線を戻す。
「残るはボイルさんとササラさんですね」
「………………」
ターラ王国の冒険者チーム「聖獣の翼」。
たった三人でAランクへ昇格しただけあって、その実力は折り紙付きだ。ただしそれは、長年に渡る冒険者稼業の結果であった。
冒険者生活二十三年。真面目にコツコツと依頼をこなし、慎重に慎重を重ねて生き残ってきた。いわゆる努力家の集まりで、天賦の才などは持ち合わせていない。
Aランクへ昇格したのは一年前である。
(こんな終わり方をするとはなあ。天才なら切り抜けられんのか?)
ソル帝国には、Sランク冒険者チーム「竜王の牙」が存在する。
リーダーのエリルは、二十五歳の若者だ。ボイル、ハルベルト、ハンクスとは違って、天賦の才を持っていた。その仲間も若く、いわゆる天才の集まりである。
それらがSランクへ昇格したときは、嫉妬したものだ。同じ年齢の頃は、まだまだ青臭くDランクだった。
「ハルベルトさんと同じく、スライムの餌になってください」
「ササラを見逃すなら、それでもいいぜ」
「ボイルさん!」
ミゲルに言ったとおり、残ったのはボイルとササラだけだ。悔しいが、すでに仲間の二人は、黄泉路へ旅立っている。
そして、残った者の役割は決まっていた。この身を賭してでも、彼女だけは助けなければならない。
まだ若く、未来がある女性なのだ。
(まあ見逃すわけねえよな。だが、目的はいったいなんだ? 俺らに対する恨みじゃねえなら、ミゲルの行動が分からねえ)
「よお。目的はなんだよ?」
「さっきも言いましたが、僕が言うと思います?」
「いいじゃねえか。今までの授業料くらい払えよ」
「はははっ! 授業料ですか」
「Aランクの俺らから新人教育を受けたんだ。対価は必要だろ?」
「死人に対価を払っても意味が無いですよね」
「まだ生きてっからよ。依頼料の徴収はするべきだろ?」
「そうですねえ」
ミゲルは笑みを浮かべた。
場を支配していると言っていたが、その傲慢さが現れている。続けて会話に乗ってくるのが証拠だろう。
圧倒的優位に立っている人間を蹴落とす。そのためには、
時間は味方だと考えていた。
「まずは、スライムの巣から出ようぜ」
「大丈夫ですよ。動きが遅いですからね」
スライムの移動は、
認識さえしていれば、容易に逃げられる。捕食中は動かないので、天井へ張り付いているスライムだけに、注意を向けておけば良い。
「なら移動していいか? スライムが真上にきそうだ」
「それが狙いですよ。動かないでくださいね」
「いたっ!」
「ちっ。いちいちササラを苛めんなよ」
「余計なことをしなければいいのです」
なにかにつけて人質を活用されて、ボイルはイラっとした。しかしながら、それも狙いなのは分かっている。
(まあ当然か。どうする? 考えろ! ミゲルは俺らへの恨みはねえ。それが本当なら、恨みがあるのは依頼人か? いや、それとも……。試してみるしかねえな)
ミゲルが会話に付き合う理由は、ボイルをスライムに処理させるため。
この場に三人しかいない以上、当然そうなるだろう。ササラを人質に取った状態では、近づいてくるはずがない。このままでは、非常に拙い。
そこで一つ、カマをかけてみる。
「授業料を踏み倒す気か? オメエの主人もケチだねえ」
「っ!」
ボイルの発した言葉に対して、ミゲルの表情が変わった。
どうやら、当たりを引いたようだ。個人的な恨みを持っていないことは、信じても良いだろう。
場を支配して優位に立っている者が、わざわざ
不利な状況を打破するには、少しでも相手の平常心を失わせるしかない。依頼人であれば意味はないだろうが、主人を
「どうした?」
「い、いいでしょう。ただし、こちらへは近づかないでください」
「はいはい。なら、授業料をもらうぜ」
(ミゲルも甘えな。まだまだ青二才だぜ。これで時間を稼げる。なんとかしてササラを逃がせば、帝国の冒険者が保護してくれるはずだ)
ミゲルは、「竜王の牙」の面々と同様に天才なのだろう。
それでも、ボイルの口車に乗ってしまう若輩者だ。童顔で若く見えるが、実年齢も二十歳と若い。まだまだ熟練の域には遠かった。
とりあえずはお言葉に甘えて、天井のスライムから逃げるように移動する。
「んで、ミゲルはどこの誰だよ?」
「うーん。言っちゃってもいいのかなあ?」
「もったいぶるなよ。場を支配してんだろ?」
「そうじゃなくてですね。ボイルさんが絶望するかなと思いまして」
「今更かよ。もう十分に絶望してんぜ」
そもそも、良い話とは思っていない。
何を言われてもやることは一つだった。会話を続けてる間に隙を作り、ミゲルからササラを救い出す。とにかく、一瞬だけでも気をそらせれば良い。
ハルベルトと同様に、ボイルも強力なスキルを持っているのだから……。
「ボイルさんは、〈凶刃〉って人を知っていますか?」
「そいつは確か、帝国四鬼将の……。まさか!」
「そのまさかですね。僕が〈凶刃〉スカーフェイスです」
「なにっ!」
ミゲルが偽名なのは当然だろう。
それについては驚いていないが、バラした正体が拙い。相手は、ソル帝国が誇る四鬼将の一角である。英雄級に足を踏み入れている強者で、ボイルでは勝てない。
それとともに、帝国の冒険者も期待できなくなった。いや、そもそも冒険者かどうかすら怪しい。ササラを保護するなど、絶対にあり得ない。
絶望と言われた意味を理解してしまった。
「ボイルさんの考えてることはお見通しです」
「そうかよ!」
「ササラさんに逃げられても、僕の部下が捕まえますよ」
「ちっ」
「はははっ! もう亀裂の入口で待機している頃です」
ボイルは万策が尽きてしまった。
ミゲル、もといスカーフェイスは用意周到な男だ。交代で間引きを担当していた帝国の冒険者が部下だった。引継ぎのときに指示していたのだろう。
話に乗ってきた理由も分かってしまった。若輩者などとんでもない間違いだ。いくら
それでも、まだ諦めるわけにはいかない。
「目的はなんだ?」
「とある人物の命です。もちろん、ボイルさんたちではありません」
「じゃあなんで……」
「その人物の隙を作るためです」
「隙だと? 誰のだよ」
「レジスタンスのリーダー、ギーファスさんです」
「なっ!」
スカーフェイスは皇帝ソルから、レジスタンスの本拠地を見つけるように命令されていた。その目的を遂行するため、ギーファスと仲の良いボイルへ近づいたのだ。
冒険者を辞めてレジスタンスへ参加すれば、側近や幹部で迎えられるだろう。ならば、本拠地へ行く可能性が高い。
もし参加しなくても、連絡は取り合っていた。しかしながら、スタンピードが発生してしまった。これにより、冒険者の仕事を優先する羽目になった。
その後は時間が過ぎ去っている間に、帝国軍師テンガイが、レジスタンスを壊滅させる策謀を立案してしまった。
その策謀では、本拠地の発見は意味をなさなくなった。これでは、帝国四鬼将の面目が丸潰れである。さすがに焦りを感じてしまった。
最低でも旗頭の首を持って帰らないと、無能の
「そういったわけです。だから感謝していると言いました」
スカーフェイスの話を聞いたボイルは思う。
文字が書けて計算がやれるからと、雑用として使ったのが間違いだった。停戦交渉の前段階で、ギーファスのところへ連れていってしまったのだ。
それからも打ち合わせや会議のたびに、何度も会わせてしまった。
「おかげで、様々な情報が手に入りました」
「………………」
「いやはや、警備は厳重ですね」
「だが、ギーファスを殺すと停戦破りだぜ?」
「そうですねえ。色々と遅かったです」
現在のソル帝国とレジスタンスは、停戦交渉により一時的だが矛を収めている。スカーフェイスがギーファスを殺すと、仲裁役のアルバハードが黙っていない。
そして、各国にとっても、帝国を
同調する国も多いはずだ。
「さて、ここでボイルさんたちに最後の役目ができました」
「はあ?」
「ギーファスさんの警備を薄くする役目ですね」
「………………」
「亀裂の先に、「聖獣の翼」が閉じ込められたと伝われば?」
「なっ!」
「気付きましたか?」
仲の良いボイルが助けを待っていれば、ギーファスはすぐに救出隊を派遣するだろう。そうなれば、取り巻きの幹部たちに命令が下される。
それらが助けに向かわないまでも、救出隊の編成作業に駆り出されるはずだ。
「そのときが、ギーファスさんを暗殺する好機です」
「そうそう思いどおりにはいかねえよ」
「現状は計画どおりです。部下も動いていますので……」
「準備万端ってか? 用意周到な奴だぜ」
「当然です。帝国の
「………………」
帝国四鬼将は、それぞれで専門の機関をまとめている。
〈鬼神〉ルインザードであれば、帝国軍の最高責任者だ。同じように〈凶刃〉スカーフェイスは、諜報機関の最高責任者である。
「こんな面倒なことをやる必要があったか?」
「あります。僕だけ閉じ込められないのは不自然なのですよ」
「ちっ」
「皆さんと死んだことにすれば、後々も面倒が無いです」
ギーファスを始末した後、スカーフェイスは行方をくらませて、帝都へ帰還する予定になっている。
その場合「聖獣の翼」が生きていると、ミゲルが実行犯として、候補に上がるかもしれない。可能性は低いが、足取りを追われたりすると面倒である。
帝都へ向かったなどと報告が上がるのは、避ける必要があった。しかしながら、この場へ装備品でも残しておけば、スライムに食べられたと思われる。そうなれば、誰からも疑われない。
適当な変装でも、悠々と帰還できるのだ。
「ミゲルが〈凶刃〉だと知られたら拙いのですよ」
「もう知っちまったがな」
「どっちにしても全滅してもらいます」
「勝手な野郎だぜ」
「陛下に汚名を着せるわけにはいきません」
(クソがっ!)
ボイルは、心の中で悪態をついた。
「聖獣の翼」は、駒として使われたのだ。それが分かるだけに、悔しさが沸き上がってしまう。
感情を押しとどめなければ、このまま飛び掛かってしまいそうだった。
「では、授業料を支払いました。陛下への暴言は取り下げてください」
「いいぜえ、暴言は取り下げてやる。でもなあミゲル」
「まだミゲルと呼ぶのですか?」
「テメエは、クソ中のクソだぜ」
「そうですね。それでも僕は、皆さんが好きでした」
「はあ?」
「停戦前にレジスタンスへ参加していれば殺しませんでしたよ」
「魔物の討伐が先だって言ったはずだぜ」
「はい。スタンピードが
「ミゲル!」
怒声を上げたボイルは、剣をスカーフェイスへ向ける。
ミゲルと呼んだのは、これが最後だからだ。もし駄目だった場合は、ササラにも諦めてもらうしかない。
時間の余裕も無いのだ。
「最後に何か言いたいことが?」
「俺と一騎打ちをしろ!」
「はい?」
「ボイルさん!」
もう、これしか手がないのだ。
ボイルが考えついた最後の大博打である。相手が受けなければ終わりだ。とはいえ、受けた場合は、ササラを助けられるかもしれない。
「授業料が足りねえ。俺らはAランク冒険者チーム、「聖獣の翼」だぞ!」
「だから?」
「残金は、俺との一騎打ちとササラの命だ!」
「はあ?」
「勝とうが負けようが、ササラだけは助けろ!」
「ボイルさん、もうやめて……」
「えっと……。気でも動転しましたか?」
調子がいいことは分かっている。
それでも、これに賭けるしかなかった。ミゲルだったときは、ボイルたちが好きと言っていた。ならば、可能性はある。
そして、トドメの言葉を突き付けた。
「うるせえ! テメエは帝国四鬼将だろうが!」
「そのとおりです」
「女一人、見逃すぐれえできるだろ? なあ〈凶刃〉さんよ」
「何と言いますか……。受けると思います?」
「受けるね。皇帝の顔に泥を塗ることになるぜ」
「またですか」
スカーフェイスの言動から、皇帝ソルへの忠誠心は厚い。ならば、そこを突く。一騎打ちを受けるように仕向ける。
挑まれた勝負から、帝国四鬼将が逃げ出す。それは、主人の皇帝が逃げたことと同意である。それにササラを生かすことぐらい、帝国四鬼将なら簡単だろう。
そして……。
「分かりました。分かりましたよ」
「ほう。プライドはあるようだな」
ボイルは賭けに勝ったが、この勝負は負けるだろう。
それでも、ササラを助ける一点においては、目的を果たした。先に冥界へ旅立ったハルベルトとハンクスも許してくれるだろう。
「まあ受けなくても、死人に口無しですけどね」
「けっ! そんなにも皇帝が好きかねえ」
「安い挑発はもういいです。一騎打ちとササラさんの命ですね?」
「ああ」
「もうありませんね?」
「ねえな。これ以上欲張ると、約束を反故にするだろ?」
「すでに欲張り過ぎですよ。でもまあ、ササラさんの動きは封じますね」
スカーフェイスは短剣を腰に付けた
おそらくは、魔道具だと思われる。効果は分からないが、とりあえず命の危険は無くなるだろう。
今は黙って受け入れてほしい。
「嫌よ! 放して!」
「ボイルさんの苦労を水の泡にしますか?」
「………………。分かったわ」
普段ならササラに「空気を読め!」と口走りそうだ。しかしながら、そんなことを思うと、勝負に差し支えてしまう。これから、命を懸けた一騎打ちなのだ。
もちろん、スカーフェイスを道連れにするつもりだった。
「では、亀裂の中で大人しくしていてください」
「………………。はい」
指輪をはめられたササラは、スカーフェイスの言ったとおりに行動した。
よく見ると、彼女の目が虚ろになっている。
「精神支配の指輪か何かか?」
「一騎打ちの邪魔をされても困ります」
「へっ! 約束は守れよ?」
「大丈夫ですよ。僕が死んだら、作戦は中止と伝えてあります」
「なら、オメエを殺しても問題ねえな」
「そううまくいきますかね」
これでやれることは、すべてやった。
ボイルは剣を正眼に構える。これから始まるのは一騎打ちだ。相手は帝国四鬼将が一人、〈凶刃〉のスカーフェイス。
見習いレンジャーのミゲルではない。
「いくぜえ、『
「存分に足掻いてください」
スカーフェイスは短剣を抜いた。
それを見たボイルは、天井へ目を向け、スライムの位置を確認した。戦闘中に襲われたくはない。それは、相手も同じようだった。
お互いに距離を取りながら、ジリジリと移動を開始する。
「スライムには気をつけてくださいね」
「うるせえ! 言われなくても分かってんよ!」
(タダで死ぬつもりはねえが、こいつの能力が分からねえ。ミゲルとしての情報は意味がねえ。となると、出し惜しみは無しだな)
ボイルには、攻撃用のスキルが二つある。
一つは『
もう一つは『
つまり、自分がぶっ倒れるまで、『
連続使用の最高値は、五回が限界だった。
(十五連撃になるが、
「おらあ! 『
ボイルは意を決した。
スカーフェイスとの距離を詰めて、いきなり『
屍骨戦士のような滑らかな動きを見せ、短剣で受け流されてしまった。
「それは見たことがありますね」
「まだまだあ! 『
三回の斬撃が終わったところで奥の手を使う。
スカーフェイスは凌ぎきったと思っているため、動きに一瞬の間が空いていた。上下左右と、あらゆる角度から斬撃を打ち込む。
弾かれたり
そして、絶え間なく続く攻撃が九回を数えたところで、意識が
「くっ! がっ!」
ここでボイルの攻撃が、ついにスカーフェイスを捉えた。
腕や足から、血が吹き出している。それでも致命傷には遠いので、さらに斬撃を続ける。周囲には、血煙が舞っていた。
そして、最後の力を振り絞って、首を狙った。
「死ねええええ!」
ボイルの最後の攻撃が、スカーフェイスの首を
「え? ぐっ!」
背中に激痛が走る。
ボイルにはもう、集中力が残っていない。この攻撃を受け、剣を放して前のめりに倒れてしまった。起き上がろうにも、体が動いてくれない。
そして、スカーフェイスの冷めた声が聞こえてきた。
「さすがはボイルさんですね。斬ったのは幻影ですが……」
「な、なに?」
「タネが知られれば、なんてことはない手品ですよ」
「テ、テメエ」
「僕は幻術が得意なんですよね」
「くそっ……」
「ついでに、短剣へ毒を仕込んでおきました」
「な、んだ、と……」
「麻薬の原液ですけどね」
スカーフェイスが使った麻薬。
効果としては、陶酔感や幸福感を覚える。その快感を忘れられずに依存させる。使い続ければ禁断症状に襲われ、
陶酔感としては、鎮痛作用がある。痛みを失くすことで、自分が強くなったと錯覚する効果だ。幸福感としては、幻覚や夢を見せて、心地良い気持ちにさせる。
これを原液で使った場合は、数分で昏睡状態へ入る。全身麻酔を受けたように、まるで痛みも感じなくなる。
「皆さんが好きでしたからね。せめてもの……。いえ、やめましょう」
「やく、そ……」
「守りますよ。安心して逝ってください」
「………………」
ボイルの背中に刺さった短剣が抜かれた。
それに合わせて視界が
(ハルベルト、ハンクス。今からそっちへ行くぜえ。また一緒に組もうか。後悔はないとは言えねえが、もうどうしようもねえや。悪いな、シルキーさ、ん……)
幻覚の効果かは不明だが、ボイルは意識を失う前に、三人の人物を見た。
これで、ターラ王国Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」は全滅した。仲間になることを拒否されたミゲルことスカーフェイス、それとササラを残して……。
◇◇◇◇◇
スカーフェイスはササラを連れて、亀裂の入口へ戻った。
そこには、ソル帝国の冒険者の格好をした部下が待っていた。彼らは、帝国の諜報機関へ所属する人間である。
「〈凶刃〉様、お待ちしておりました」
そう言ったのは、いつも引継ぎをしていた大柄な戦士だ。
他にも、魔法使いや神官の格好をした者たちが
「僕の服を出してください。ササラさんには予備をね」
「畏まりました。こちらになります」
神官の格好をした部下が、荷物から言われたものを取り出した。
顔を隠すマスク、黒い全身服、迷彩マントの三点セット。隠密行動で必要な小道具が一式。これらはすべて、帝国諜報機関で採用されている標準装備だ。
三点セットは、ルーチェが受肉する前の女諜報員が着ていたものと同型である。
「ササラさんも着替えてくださいね」
「………………。はい」
スカーフェイスは、ササラの体を眺める。
聞いていたとおり、Fカップは間違いない。それでいて体形は崩れていないので、なかなか見応えがあった。きっと、全身服で強調されるだろう。
そんなことを思いながら、自分も着替えてしまう。
「ボイルさんとの約束どおり、生かして帝都へ連れていきます」
「よろしいのですか? 邪魔なだけでは……」
「平気ですよ。そもそも助けるつもりでしたからね」
「え?」
「僕の奴隷にします」
ササラに対しては、もともと良からぬことを考えていた。
スカーフェイスの趣味であるが、戦利品として手中に収めるつもりだった。
「以降の行動は分かっていますか?」
「まずは怪しまれないように、〈凶刃〉様と洞窟の外へ出ます」
「それから別れて、ギーファスへ「聖獣の翼」の件を伝えます」
「編成された救出隊を、ここまで連れてきます」
「はい。良くできました」
すでに暗殺の計画に沿って進んでいる。
部下たちの仕事は、ギーファスから側近や警備を引き離すこと。
余計なことを考える前に行動させるのだ。
「僕はギーファスさんを暗殺して、適当な幹部を連れ去ります」
「手は足りますか?」
「問題ありません。ザイザルさんに手伝ってもらいます」
スカーフェイスが逃げ込む先は、ザイザル率いる帝国軍の補給部隊だ。
荷物へ身を隠して、帝都まで運んでもらう
その場からいなくなるだけで、罪を着せられるのだから……。
「君たちはハンクスさんの死体を、スライムの巣へ放り込みなさい」
「畏まりました」
「僕とササラさんの装備もね。亀裂は岩で塞ぐように」
「聖獣の翼」は、スライムの巣で全滅なのだ。
適当に散乱させおけば、ミゲルやササラも死んだことになる。すでに、ハルベルトの肉体は残っていない。ボイルも食べられている頃だ。
そして、スカーフェイスは、懐から寄生蜂の死骸を取り出した。
「これも幻影ですが……。触っていたら変わったかもしれませんね」
寄生蜂の死骸は、まるで
「聖獣の翼」が生き残る道は無数にあった。その中には、スカーフェイスが関与できない道もあった。それでも、最悪の道を進んでしまった。
もしも、ミゲルの面倒を断っていたら。もしも、レジスタンスへ入っていたら。もしも、雑用をササラに任せていたら。もしも、スタンピードが起きていなければ。もしも、もっと早く引退していれば。
もしも………。
(ですが、ササラさんは生き残りましたか。今後を考えると、それがマシとも思えませんがね。ボイルさんに敬意を表して、最悪は脱したと評しておきましょうか)
「恨まないでとは言いませんが、今まで楽しかったですよ」
スカーフェイスは、亀裂の入口へ目を向ける。
「聖獣の翼」の面々が好きというのは本当だった。ミゲルという役は、仕事を忘れるほど楽しかった。
あれだけ、遠慮会釈なく人と付き合ったのは久しぶりだ。しかしながら、それも良い思い出に変わってしまった。
そんな感慨深いことを考えながら、暗殺作戦を開始するのだった。
――――――――――
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