第398話 凶刃1

 フレネードの洞窟近くに設営されている拠点。

 そこはすでに、千人規模の人間が駐屯できるようになっている。ただし、周囲を柵で囲っているだけであり、その中に天幕が張られているような状況だ。それでも、数軒の小屋が建てられている。

 柵は、成人男性の胸ぐらいまでの高さしかない。魔物や魔獣などの襲撃を、一時的に抑える役割にしかならない。とはいえ、山の麓より先に設営しただけあって、周囲は良く見渡せる。

 簡易的なやぐらも造られているので、襲撃には対処しやすかった。それらを設置したのは、ソル帝国の工兵部隊だ。現在も、そこかしこで拠点化を進めている。

 レジスタンスとは停戦したが、敵同士のために折り合いは悪い。しかしながら、専業兵士として統率されており、小競り合いなどは起きていない。

 その拠点へ、ベルナティオを護衛に付けたソフィアが戻ってきた。


「ソフィア様、我らは天幕で大人しくしていたほうが良いのでは?」

「先ほども言いましたが、打ち合わせに一回も出ないのは……」

「では、我らはどうすれば?」

「大人しくしていてくださいね」

「畏まりました。ソフィア様」


 ソフィアが話しかけたのは、吸血鬼のコスプレのような服を着た小太りの男性だ。内容に納得したのか、男性はうなずいた。

 そして、その隣を歩いている女性も追従する。こちらは、赤髪をツインテールでまとめた可愛らしい女性だ。

 服を隠すように、ボロいローブをまとっている。


「あまりイチャイチャしないようにお願いします」

「それですと主様ではありませんが?」

「んんっ! ほどほどでお願いします」

「では適度に……」


 そうである。

 男性は、フォルトに化けたクウだ。女性は、カーミラに化けたドッペルゲンガー。つまり、ドッペルカーミラである。

 現在は時を遡ること、フォルトが幽鬼の森へ出発した翌日であった。



◇◇◇◇◇



 拠点ではスタンピードの収束へ向けて、打ち合わせを重ねている。

 洞窟内の間引きを開始して随分と経過しているが、状況は刻々と変化している。最近では元勇者チームが、地下へ続く巨大な穴を見つけた。ターラ王国のAランク冒険者チーム「聖獣の翼」は、地底湖から先へ歩を進めている。

 他にも、急に魔物が増殖した通路もあった。それらは奥でつながっている場合もあるので、情報を共有して、部隊を再編成している。

 そして、ソフィアたちは、打ち合わせを行う小屋へ入った。


「ソフィアか。大きくなったな」

「アイヤー! あのソフィアちゃんが見違えたぜ!」

「あっ! プロシネンとギルじゃないですか!」

「ふふっ。前回は私だけだったからね。二人も連れてきたわ」


 小屋の中には、様々な人間が集まっていた。

 レジスタンスのリーダーで指揮官のギーファスや、実の娘で副官のファナシア。冒険者ギルドマスターのオダルや、「聖獣の翼」のボイルとミゲルがいた。他にも、各冒険者のリーダーと頭脳担当が参加している。

 その中には、元勇者チームの三人も……。


「お久しぶりです。お二人も変わりましたね」

「ふんっ! 再会もせずに尻拭いとアリバイ作りを頼むとはな」

「ふふっ。その節は、ありがとうございました」

「アイヤー、プロシネンは照れ隠しが下手だぜ」

「うるさい!」


 いきなりプロシネンが突っかかってくるが、ギルの言ったとおり、ソフィアを見る目は優しい。

 相変わらずの対応に、懐かしさを覚える。


「プロシネン、こうやって会えたのだからいいじゃないですか」

「シルキーの言ったとおりだぜ。積もる話もしてえところだが……」

「おまえがフォルト・ローゼンクロイツか?」

「………………」


 元勇者チームの三人がドッペルフォルトのクウを見るが、その視線を無視して、ドッペルカーミラを触っている。まるで眼中にないといった感じだ。

 その両者の間に、ベルナティオが割り込む。


「〈蒼獅子あおじし〉プロシネンか。うわさに違わぬ覇気だな」

「〈剣聖〉ベルナティオか。噂どおりの化け物だ」

「手合わせを所望したいが……」

「ふんっ! そんなナマクラ刀では、俺の聖剣を受け止められまい?」

「そこで何をしている! 早く席へ座れ!」

「ちっ。戦ってる暇もないな。残念だ」


 一触即発の状態を察したか分からないが、ギーファスが怒鳴ってきた。

 実際のところプロシネンを含めた元勇者チームの面々は、ローゼンクロイツ家を無視することにしている。

 過去のメンバーだったソフィアがいるので、こうやって面と向かい合うことは仕方ない。しかしながら、それ以上関わるつもりはなかった。

 ベルナティオもフォルトから、模擬戦であっても戦うなと言われている。ルーチェが集めた情報からの判断もあるが、そもそも人間嫌いなのだ。

 どう転んでも関わらないと決めていた。


「すみません。始めてください」


 それが分かっているソフィアは、言われたとおりに席へ座る。その後ろには、空気となっていたドッペルフォルトとドッペルカーミラが座った。

 ベルナティオは護衛として隣に立つ。


「まずは、現状の共有からだ」


 そして、打ち合わせが始まった。

 現在はスタンピードの元凶が分かっておらず、魔物の間引きだけを続けている。フレネードの洞窟内を先へ進むのは、元勇者チームと「聖獣の翼」。他には、Bランク以上の冒険者チームだけである。

 その他の面々で戦える者は、数多の入口から湧き出る魔物の討伐を担当している。戦えない者は輸送や補給、魔物の解体などを行っていた。

 もちろん拠点の防衛も、重要な任務である。


「ギーファス様、一つよろしいですか?」

「なんだ?」


 ある程度の情報共有も終わったところで、ソフィアが挙手する。

 すると、全員が注目した。元聖女で元勇者チームの頭脳だった女性である。フォルトと違って名声が高い。

 発言内容に興味があるのだろう。


「スタンピードの元凶は蜂です」

「なに?」

「こちらを……」

「ファナシア、受け取ってこい」

「はい」


 ソフィアはフォルトから預かったものを取り出した。

 それを近づいてきたファナシアへ渡した後、対面へ座っているギルを見る。すると肩をすくめて、何やらシルキーへ耳打ちしている。

 そして、渡したものは、ギーファスへ送られた。


「この蜂が?」

「パラサイト・ワスプと呼ばれる寄生蜂です」

「ああ、聞いたことがあるな」

「ボイルは知っているのか?」

「まあな。だが、冒険者なら誰でも知ってるぜ」

「ほう」

「あまり見かけねえけどな。フレネードの洞窟に生息してたのか」


 寄生蜂の薀蓄うんちくは、冒険者の間では知られていた。

 この件については、洞窟へ着いたときに、ニャンシーのおかげで判明している。しかしながら、フォルトは隠していた。すぐに伝えれば、やぶ蛇になるからだ。

 それでも現在は、日数が経過している。もう伝えても問題ない。置土産として伝えてしまえ、という判断に至った。


「ふんっ。ならば、我々が駆除しよう」

「バグバット様からの依頼ですからね」

「でも、どこに巣があるんだ? ソフィアちゃんが担当してる入口の奥か?」

「いえ。本来の入口なら……」


 ギルの質問は当然だが、ソフィアは用意していた回答を伝える。

 本来の入口から先に生息するのならば、もっと多くの寄生蜂がいてもおかしくないはずだ。渡した死骸以外を見かけないことから、巡り巡って魔物に張り付いただけだと思われる。穴を掘って進む魔物も多いのだ。

 もしそうであれば、他の入口からのほうが早く辿たどり着けるだろう。それらは、魔物が外へ出るために掘った穴なのだ。


(こんな感じでしょうか。私たちが怪しまれなければ良いだけですしね)


 伝えた内容は、うそであっても嘘ではない。

 実際にニャンシーが眷属けんぞくのケットシーを使って、洞窟の奥を調べている。巣の場所も特定して、地図も完成していた。本来の入口から進むと、かなり遠い。

 これも伝えるとやぶ蛇となるので、自身の推察として導いた。


「確かにそうね。ギーファスさん、何か報告は上がってないかしら?」

「そういった報告は上がってきていないな」

「なら、もっと奥か? 見つけた大穴の先か……」

「アイヤー! 俺らも見てねえ。大穴より先なら、物凄く深いぜ」

「行ってみるしかないな」


 スタンピードの元凶を退治するのは、元勇者チームの役割である。

 それでもこの話は、冒険者たちが無視して良い話でもない。当然のように、ザワつき始める。隣へ座っている者たちで、ヒソヒソと話しだす連中もいた。

 それに対して、目を光らせた冒険者ギルドマスターのオダルが口を開く。


「まさかと思うが、冒険者なのに見落としていないだろうな?」

「「………………」」

「怒っているわけではない。ただの確認だぞ」

「私たちのチームは見落としてないわ」

「わ、悪いな。俺たちは、昆虫まで見てねえ」

「それは、冒険者としてどうかと思うが……」

「だがよ、俺らは魔物の間引きに来たんだぜ?」

「探索も依頼に入ってるぞ。もう一度調べてもらおう」

「へいへい」

「もちろん、全チームで再確認だ!」


 フレネードの洞窟には、様々な生物が生息する。

 魔物に該当しない昆虫や蝙蝠こうもりなどの動物も存在する。目的が魔物の間引きなので、それらを無視していた冒険者チームもあった。

 面倒だと思われるが再確認しなければ、報酬が半減する。


「では、その方針で進めてくれ」

「「おおっ!」」


 ギーファスの宣言で、打ち合わせは終わった。

 ソフィアは寄生蜂を渡した後、何も話していない。フォルトからは、寄生蜂の駆除に参加するなと言われていた。死骸だけ渡して、後は知らんぷりである。

 元凶さえ分かれば、元勇者チームで対処するといった予想もあった。寄生蜂は強大な魔物というわけでもない。ただの昆虫である。

 発見には苦労するだろうが、後は任せておけば良い。


「では戻りましょうか」

「そうしよう。おま……。きさまたちも行くぞ」

「やっと終わったか。俺たちに苦労をかけるなよ?」

「「なんだと!」」


 余計な一言を吐くのはドッペルゲンガーだからか。

 姿格好だけではなく思考までマネるので、フォルトが言い出しそうなことを口走っただけだった。しかしながら、その言葉は反発を招いた。

 それに対して、ベルナティオが刀を抜いて威圧する。


「こいつを襲うなら、私が斬るぞ!」

「「ひっ!」」

「〈剣聖〉も堕ちたものだ」

「〈蒼獅子〉、なにか言ったか?」


 馬が合わないようだが、それも当然だろう。

 ベルナティオからすれば、人間の状態だと、実力が拮抗きっこうしていると感じた。プロシネンも同様に、聖剣フォーティファイドを使わなければ勝てないと判断したようだ。それでも二人は、自分のほうが上だと信じて疑っていない。

 まさに出会った瞬間から、犬猿の仲となってしまった。


「ティオさん、プロシネンも……」

「ちっ。ソフィア、行くとしよう」

「ふんっ! シルキー、ギル。蜂の対処を考えるぞ」


 ソフィアは、両者ときずながある。

 間を取り持つのも大変だ。それには溜息ためいきを吐きたくなったが、打ち合わせは終わったのだ。

 とりあえず席を立ちあがり、ドッペルフォルトとドッペルカーミラを連れて、小屋から出ていくのであった。



◇◇◇◇◇



「それじゃあ交代で。地底湖は僕たちが調べます」

「は……。おう!」


 ターラ王国のAランク冒険者チーム「聖獣の翼」は、寄生蜂の見落としがないか調べていた。今まで通ってきた通路を、入念に探している。

 もちろんボイルたちは、最初から見落としているとは思っていない。だからこそのAランクチームであり、そういった探索には、十分に対応している。

 調べていなかったのは、レジスタンスへ参加した冒険者チームだった。


「ボイルさん、僕たちは調べなくていいんじゃないですか?」

「何を言ってんだ。俺らは見落としてると思われてんだぞ」


 ソル帝国の冒険者チームとの引継ぎを終わらせて、ミゲルが戻ってきた。

 確かに彼が言ったように、ボイルたちは見落としていない。新人でも斥候を任されているミゲルも、プライドが出てきたのかもしれない。しかしながら、その考えは、冒険者として失格だ。

 寄生蜂の見落としを指摘されている以上、それを納得させる材料が必要なのだ。見落としている冒険者チームが存在し、それらを見る目が、「聖獣の翼」にも向けられている。

 再調査して、信用を取り戻す必要があった。


「ボイルよお。俺らは思われてねえと思うぜ」

「ハルベルトの言ったとおりだぞ」

「ハンクス、これも新人教育だぜ」

「オダルに頼まれたとはいえ、面倒見がいいな」

「はははっ! 独り立ちしたときのためにな」

「ボヤキさえなけりゃ、いい先生になれんぜ」

「うっせえ!」


 ボイルは冒険者ギルドマスターのオダルから依頼され、新人教育として、ミゲルをチームへ加えた。

 それよりも前になるが、同じようにササラも加えている。


「あれ? チームへ入れて使ってくれるんですよね」

「スタンピードの間だけな。ササラもだぞ」

「ちょっとオジンたち、私もなの?」


 どちらにも使えるようなら、仲間と認めると言ってある。しかしながら、とある理由から認める気は毛頭なかった。

 それは……。


「俺らはよ。あと何年も冒険者はやれねえ」

「そうだぞ。もう四十歳になるぜ」

「今回の件で蓄えもできる。まあ、まだ続けるつもりだがな」

「必ず別れるときがくる。それも……」

「早いと思うぜ。十年、二十年とはやれねえからな」


 三人は、冒険者稼業からの引退を考えている。

 四十歳を過ぎても続ける者はいるが、さすがに引き際を考える時期にきていた。体にもガタがきている。もう若くはないのだ。

 ササラやミゲルは若い。落ち目になってくる「聖獣の翼」として活動するべきではない。新たな仲間を集って、ランクに見合った仕事を受けるほうが良いはずだ。


「えぇぇ。引退するまでいいじゃない」

「僕も同意見ですよ」

「なに言ってんだ。いつまでも甘える気か?」

「甘える気よ! ねえ、ミゲル」

「え? 甘えるつもりはないですよ」

「そこは同意しなさいよ!」

「「はははっ!」」


 オジン三人組は、ササラとミゲルを温かい目で見る。

 寄生蜂を駆除して、フレネードの洞窟の魔物を間引きしても終わりではない。各地へ広がった魔物を退治するまでがスタンピードなのだ。

 おそらく今回の件で、第一線を引くだろう。今後はランクを下げた依頼を受けることとなる。

 その間に教えられることは教えるつもりだった。


「まあよ。すぐじゃねえからな。ゆっくり考えとけ」

「うぅ。分かったわよ!」

「ミゲルはササラと組んで、新たな仲間でも探せよ」

「ササラさんとですか?」

「私は嫌よっ! ミゲルはどんくさいしね!」

「酷いなあ。じゃあ、どんくさくないところでも見せますよ」

「はははっ! そうしろ。ほれ、偵察へ行ってこい」

「分かりました」


 ササラから駄目出しされたミゲルは、いつもの斥候役として先へ進む。

 再調査なので、二度目の地底湖になる。もちろん、帝国の冒険者チームも調べていた。しかしながら、参考にする程度だ。

 聞き耳を立てて周囲へ気を配り、ランタンの明かりを小さくしている。壁や地面から襲われても、即座に対応できる行動をとっていた。

 それを見ているボイルは、満足気な表情を浮かべた。


「さて俺らは……」

「私とハンクスは魔力を温存ね」

「んで?」

「ミゲルから離れすぎないように前進よ」

「離れすぎない距離とは?」

「ランタンの明かりが見えるギリギリね」

「分かってきたじゃねえか」

「ふふんっ!」


 何度も教え込んでいるので理解しているようだ。

 近すぎると斥候を出す意味が無い。ランタンの明かりで合図を送ることになっているので、それが確認できるぐらいには、離れたところに位置する。

 こちらにも明かりは必要だが、かなり薄暗くしている。後ろは帝国の冒険者が待機しているが、それでも警戒は怠らない。


「ササラ、あの光は?」

「地底湖へ着いたようね。動かずに待機だわ」

「そうだな。次の合図が来たら合流だ」


 ボイルが新人教育を続けながら待っていると、ミゲルから合図がきた。光の点灯から察すると、安全が確認できたようだ。

 それでも、結構な時間が経っていた。なので、合流した瞬間に尋ねた。


「どうしたミゲル、なんかあったのか?」

「寄生蜂の死骸を発見しました」

「なんだと! 地底湖は一回確認したよな?」

「しましたが、所々に亀裂がありましたよね」

「調べ損なったのか?」

「岩で隠されてたようですよ」

「岩? 崩落でもしてたか」

「かもしれませんね。人が通れる亀裂がありました」

「案内しろ」


 実際のところ、そこまでの探索は不可能に近い。

 崩落して通路が隠されてしまったならば、そこから魔物は出てこない。と考えるのが普通だろう。どの冒険者チームも、危険は無いと判断する。

 それでも寄生蜂の死骸を見つけてしまった以上、調べる必要があった。


「よく取り除けたな」

「上に積み上がってたのは、小さい岩ですからね」


 案内された場所には、亀裂が確認できた。

 重そうな岩が、左右に取り除いてある。それを見たボイルは目を丸くした。見た目と違って、ミゲルは力があるのかもしれない。


「確かにな。下のは?」

「苦労しましたが、僕でもなんとか動かせましたよ」

「なんとかってレベルじゃねえと思うが……。死骸は?」

「そこです」


 岩については、どうでも良いことだ。

 まずは、寄生蜂の死骸かを確認する。ミゲルが指さした先には、岩で潰れたであろう昆虫の死骸が落ちていた。

 打ち合わせのときに見た寄生蜂と同じだ。ならば、この亀裂の先に、巣があるのだろうか。


「拾っとけ」

「…………。はい」


 ミゲルは、寄生蜂の死骸を拾って布へ包んだ。

 それを確認したボイルは考え出す。これから、どうするかだ。亀裂は、人が一人通れるかどうかであった。高さは人の背丈より低い。

 少し腰を落とさないと進めないだろう。


「ミゲル、奥は調べてねえよな?」

「さすがに狭すぎるので、合流してからのほうがいいかなと」

「賢明だな。俺が行くか……」

「魔物に襲われた場合、ミゲルを助けられねえしな」


 ハルベルトが言ったとおり、ミゲルへ偵察を任せると、魔物が襲ってきた場合に対処できない。亀裂が狭いので、体を入れ替えられないのだ。

 ならば、ボイルを先頭にしたほうが良いだろう。もし魔物と出くわしても、戦士であれば防戦しながら退却も可能だ。


「聞き耳を立ててくれ」

「はい」


 それでも警戒は怠らない。

 魔物がいる場合、種類によっては音がする。飛行する寄生蜂であれば、羽音が聞こえるものだ。

 見習いとは言え、レンジャーの耳なら聞き取れる。


「ピチャンと音がしますね。反響から、部屋は広そうですよ」

「地底湖があるから湿ってそうだな。やだやだ……」

「ですね。じゃあ、隊列はどうしますか?」


 ここは迷いどころだった。

 全員で進むと、一列縦隊になる。その場合は先頭がボイルで、最後方にハルベルトを配置することとなる。しかしながら、退却となると厄介だ。

 渋滞を起こして、後ろへ下がれなくなる。


「俺とハルベルトで行く。ハンクスは残ってくれ」

「一緒のほうが良くないか?」

「うーん。何かあった場合、治療を頼みてえからな」

「まあな」


 ハンクスは、戦神オービスの神官戦士である。

 チームの生命線なので、亀裂には入れないでおく。もしも死なれたら、負傷者の治療ができなくなってしまう。


「武器もフレイルだしなあ」


 フレイルとは、棒の尖端せんたんに、鉄球が付いている近接打撃武器である。

 遠心力を使ってたたきつけるので、殺傷力が高い。しかしながら狭い場所では、その特性を活かせない。

 それでも、強力な武器に変わりない。開けた場所で使うことで、その凶悪さを最大限に発揮できる。

 もちろん、神官としての防御魔法も侮れない。


「分かった。酒でも飲んで待ってるぞ」

「持ってきてねえだろ!」

「冗談だ。新人二人ぐらいは守ってやる」

「頼りにしてるぜ」


 ササラとミゲルは、ハンクスに任せておけば良い。魔物が襲ってきても、ハルベルトが合流するまでは耐えられる。

 それに大声を出せば、帝国の冒険者も来てくれる。探索を交代している間は、そういった支援も仕事なのだから……。


「さてと……。行くとしますかね」

「おう」

「気をつけてな」


 ボイルが先頭に立ち、ハルベルトと一緒に亀裂の中へ入った。

 ミゲルが指摘したとおり、空気が湿っている。狭いうえに男性が二人なので、蒸し暑く感じてしまう。これには、苦笑いを浮かべそうになった。

 亀裂の中には、寄生蜂はいないようだ。地面を見ても、死骸は落ちていない。


「ボイル、出口はまだか?」

「もうちょっとだ。魔物の気配はねえが、何があるか分からねえ」

「地下へ続く穴でもありそうだな」

「可能性は高いな。さて、そろそろ出るぞ……」


 そして、ボイルが亀裂の奥へ出ようとした瞬間。


「ぐはぁっ!」

「きゃああああっ!」


 なんと後方から、ハンクスとササラの叫び声が聞こえた。ボイルがその声にハッとなって振り向くと、ハルベルトが後方へ戻ろうとしていた。

 すると……。


「ハルベルトさん、動かないでくださいね」

「なっ!」


 ミゲルの声が聞こえた。

 ボイルからは、ハルベルトの体が壁になって、何が起きているか見えない。しかしながら声の主が言ったとおり、動きを止めたのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

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