第396話 二度目の帰還2
多くの女性が奏でる
そして、とある一室から、男女の怪しげな声が漏れていた。
「その魔眼で、何を見た?」
その部屋では、青年の男性が、腕を組みながら座っている。
隣には肌が黒く、耳の長い女性が立っていた。側頭部には角が、腰からは漆黒の翼が生えている。後ろから伸びた細い尻尾は揺れていた。
その悪魔のような女性は、左目を左手で覆い隠して、不敵な笑みを浮かべている。よく見ると、右手は尻尾の付け根を握っていた。
「天界の神々が人間どもを使い、魔界への侵攻を企てているわ」
「ほう」
「それを察知した悪魔王は、一人の男に阻止を命じたわ」
女性は目を覆い隠した片手を降ろした。それから男性の肩へ置き、前屈みになって顔を近づける。
男性は少しだけ見上げて、気になったことを問いかけた。
「ほほう。どのような男だ?」
「暗黒を
「まるで俺のようだな」
青年は黒いオーラを身に纏う。
それを見た女性は口角を上げる。一瞬だけ口元に透明な液体が見えたが、何事もなかったかのように真面目な顔となった。
「そうよ。あなたのことよ」
「ふはははははっ! 俺は誰の命令も聞かん。たとえ、相手が神でもな」
「うふふふふふっ。あなたは命じられなくてもやるわ」
「戯言を……。だが、それも一興か」
「最後まで見届けてあげるわ」
「良かろう。ひとつ、人間と戯れてやるか」
「うふふふふふっ」
「ふはははははっ!」
男性が立ちあがって女性の腰へ手を回すと、女性の側頭部に生えた角の片方が床へ落ちた。カラーンといった音が、部屋の中で響く。すると、ピンク色の髪の少女が、角を拾い上げて女性へ手渡す。
それに気付いた男性が少女へ視線を向けると、奇妙な生き物を見るような目で
「はぁ……。フォルト様は楽しそうですね」
「あ、いや。まあ、そうだな」
「御嬢様も楽しそうですね」
怪しげな会話をしていたのは、フォルトとレティシアである。
その従者のキャロルは、ずっと部屋の隅にいた。主人が寝るまでは寝ないらしい。従者だった頃のアーシャとは雲泥の差だ。
「わたしの会話に、ここまでついてこれる人はいなかったわ」
「俺の住んでいた世界には、テーブルトークRPGという遊びがあってだな」
「遊びってなによお」
テーブルトークRPGとは、人間同士の会話と道具を用いて遊ぶ「対話型」のロールプレイングゲームである。
基本的には、ルールの記載された本に従い遊ぶものだ。テーブルゲームのジャンルのひとつで、ルールブックや世界設定は多種多様に存在する。
ゲームマスターと呼ばれる神の如き人が進行役となり、プレイヤーがキャラクターを演じることで進める。
(学生の頃に良く遊んだなあ。俺もキャラクターになりきって、レティシアのような発言をした記憶がある。思い返すと恥ずかしいのだが……)
そして、レティシアの発言内容は、シナリオ(脚本)の定番な設定だ。
こちらの世界と同様に神や悪魔が存在し、反対陣営に属させて、人間との戦いを演じさせるゲームマスターもいる。
やり込んだ者なら知っているだろう。
「ちょっとお。脚本ってなによお」
「あ……。ははっ」
「でも面白そうね。今度、みんなでやりましょう!」
「いいけど、ルールやシナリオを考えないとな」
「任せたわ! キャロル、お茶入れて!」
「はいはい」
レティシアのベッドで寝ようとしたのだが、やはりこうなってしまった。寝ることは寝るのだが、その前に
従者のキャロルと同部屋なので、後で気を利かせてくれるだろう。
「あ、フォルト様」
「なんだ?」
「フェリアスのエルフ族とは懇意なのですか?」
「懇意と言うか、セレスはフェリアスで手に入れたからな」
「でしたら、とある食材が欲しいのですが……」
「食材?」
「ダークエルフ族に伝わる菓子を作るのです」
「特殊な製法で作るんだっけ?」
ダークエルフ族に伝わる菓子は、いわゆる栄養食のことである。効きすぎるので大量に食べると体を壊すが、レティシアの大好物だ。
何個か持ってきているのだが、幽鬼の森へ住むなら、いずれ無くなる。で、あるならば、作れば良いといった話だった。
「栄養食ねえ」
「はい。即効性があるので常備しておきたいのです」
「材料は?」
「ネトラの実です」
「なにそれ?」
「えっと……。黄色くてブーメランのように曲がった果物です」
「もしかしてバナナか」
(ジャガイモと同様に、名称が違う果物か。確かに栄養価は高いな。エネルギーの補給から夏バテ防止にと言われていたような。だが、フェリアスにあるのか?)
あちらの世界とは栽培地域も違ったりするが、フェリアスはアマゾン川のような原生林である。栽培には向いているかもしれない。
それでも食したことがないので、エルフ族が栽培しているか不透明だ。
「
「へえ」
「ですが希少です。譲ってもらえるかは分かりません」
「希少なんだ。あっちの世界だと、安く大量に買えたがな」
「そうなのですね。でも……」
日本でのバナナは、庶民の味方のような果物だった。こちらの世界へ召喚される前は、物価高の影響と気候変動の問題で高値を付けていた。
それでも手の届く範囲の値段で、問題なく買えた。しかしながら、こちらの世界には、魔物が存在する。猿型の魔物が増殖したときに減らしたらしい。
魔物は食べるだけで作ることを知らない。
「エルフの里は一度行っただけで、そこまで懇意じゃないのだ」
「無理そうですかね?」
「うーん。バグバット経由で聞いてみる。明日会うつもりだしな」
「御嬢様、良かったですね。材料さえ手に入れば作れますよ」
「やった!」
バナナだけでは作れないが、一番入手が難しい。
他にも、蛇や薬草などが必要である。とはいえ、フェリアスでは珍しくない。取引もされているので、入手は楽だと思われる。
「では、他の材料を集めに行きましょう」
「えぇぇ。面倒臭いわ」
「御嬢様はダークエルフです! 森での採取もやりませんと……」
「うぅ……。フェブニス兄さまにっ!」
「もう頼れませんよ。自立してください」
(痛たたた……)
キャロルの放った最後の言葉が、フォルトの胸に突き刺さった。
十年以上もの間、親のすねをかじっていたのだ。こちらの世界へ来てからも、カーミラにおんぶにだっこの状態。
面倒なことは、召喚した魔物にやらせている。
「自立は難しい……」
「フォルト様。駄嬢様を甘やかしては駄目です」
「駄嬢様じゃなあい!」
「限界突破も終わらせたじゃないですか」
「ここならさ。何もやらなくても生きていけるよ?」
「食べて寝るだけならですね」
「グサッ!」
ついに、フォルトは居た堪れなくなった。
そこで立ち上がり、部屋から出ていくことにする。これ以上キャロルの話を聞いていると、二度と立ち上がれないかもしれない。
「す、すまんな。俺は寝室で寝る」
「あら。じゃあ、わたしも行くわ!」
レティシアは満面の笑みを浮かべながら、フォルトの後に続いた。
きっと、キャロルから逃げるためだ。
「駄嬢様!」
「騒ぐと、他の人が起きちゃうよ」
「そっ、そうですね。今日はこれぐらいにしましょう」
「キャロルは寝てていいからね! わたしは彼とお楽しみ!」
「っ!」
キャロルは、レティシアの言葉に顔を真っ赤にした。
従者として主人を戒めているが、まだまだ歳若いダークエルフだ。夜の情事の話になると、その純情さが顔を出す。
「ではフォルト様、お願いします」
「悪いが、出発前にもう一度言ってくれ」
「こちらも駄主人様でした」
「何か言ったか?」
「いえ」
キャロルがボソッと何かを言ったが、フォルトには聞き取れなかった。
そして、レティシアを連れて、寝室へ向かう。ブラウニーの掃除も終わっているだろうが、空は明るみ出してくる頃合いだ。
寝るのは朝になるなと思いながら、足早に歩くのだった。
◇◇◇◇◇
一度幽鬼の森へ戻ったフォルトは、三日ほど身内を堪能してから、アルバハードへ向かった。フレネードの洞窟へ戻る前に、バグバットと会うためだ。
アポイントは、カーミラが取ってきてくれた。
「さすがに、一筋縄ではいかないようであるな」
目算どおりレティシアと朝まで睦み合い、惰眠を貪ってから訪れた。
もちろん、昼食時を狙っている。寝不足気味であるが、バグバットとは、ワインを片手に話したい間柄なのだ。
「一カ月ぐらいで終わると思ってたけどな」
「フォルト殿が戦うならいざ知らず、他を鍛えながらであれば……」
「だがもう、みんなと帰るつもりだ」
「で、あるか。タイミングとしては頃合いである」
バグバットの話だと、エウィ王国から、本格的な援軍が出たらしい。
ブレーダ伯爵が自身の軍を率いて、ソル帝国へ入ったとの話だ。副官として、イライザも同行している。冒険者ギルドも数チーム出して、一緒に向かっていた。
伯爵は魔の森の開発責任者だが、現状は切り開いた部分の経営を始めている。森は広大である。魔物の討伐が途中とはいえ、それだけでは意味がない。開拓した部分を経営してこそ利益に
それに周辺国家が騒がしくなって、他家から軍を借りれなくなっていた。なので、伯爵の軍を、スタンピードの援軍として使われた格好だ。
もちろん、森の魔物の襲撃に備えて、最低限度の兵士は残してある。
「当初の役目は十分である」
「役に就いたわけじゃないけどな」
「はははっ! ちょっとした旅行であるな」
「でも、洞窟には蓋をしたぞ。遅いのではないか?」
「スタンピードの処理はこれからである」
「へえ」
「まずは元凶を倒すことである」
「ふむふむ」
「次に、各地へ散らばった魔物を倒すことである」
ターラ王国の初動が遅すぎたのだ。
洞窟から
狭い洞窟ではなく、広大な領地に散らばったのが問題だった。それらは、選ばれた精鋭だけでは倒しきれない。
人数を
「その元凶も倒してないけどな」
「元凶の対処は、元勇者チームに依頼したのである」
「ああ。だから、俺たちには何も言わないのか」
「で、あるな。役割は決まっているのである」
「御主人様、あーん」
「あーん。もぐもぐ」
フォルトは隣に座っているカーミラから飯をもらう。
もう見慣れた光景なのか、バグバットは何も言わない。ワイングラスを口に付け、乾いた唇を湿らせている。
元勇者チームのプロシネン、シルキー、ギルの役割は、元凶を倒すこと。フォルトの役割は、エウィ王国から出された仮初の援軍である。
要は「対処には参加しているぞ」と、ソル帝国や周辺国家へアピールするために使われただけだった。
たかだか数人の援軍で対処できるほど、スタンピードは甘くない。
「レジスタンスは面倒だったけどな」
「初動の遅れであるな。優先順位を間違ったのである」
「おかげで人間が大量に死にましたあ」
「ははっ。そのとおりだが、帝国のせいなのだろう?」
「で、あるな。我ら人外の者には関係ないことである」
吸血鬼の真祖バグバットは、アルバハードを守ることだけを考えている。そのために中立を貫き、人間の暴発を防いでいるのだ。
各国の思惑を気にしているのは、それが暴発に繋がらないかだけのことだった。逆に言えば、アルバハードに被害がないなら、何をやろうが構わない。
「そうだ。妖精の居場所は知らないか?」
「妖精であるか。以前は瓢箪の森に住んでいたのであるが……」
「それは大婆に聞いた。レイナスの限界突破に必要でな」
「ふむ。可能性としてはフェリアス、魔の森、サザーランド魔導国」
「サザーランド魔導国?」
フォルトの行動範囲外の国だ。ソフィアから聞いた記憶はあるが、どこに存在するかは、記憶から飛んでいた。
「南方小国群、今はベクトリア公国の一国であるな」
「へえ。南かあ」
「後は妖精界へ戻ったかである」
「なるほど。呼び出すには?」
「エルフの女王ジュリエッタなら……」
「ああ……。そうなると、悪魔崇拝者の対処か」
「で、あるな」
フォルトは面倒臭そうな表情になった。
フェリアスや魔の森にいるなら、まだ良いだろう。しかしながら、サザーランド魔導国や妖精界へ帰られていると面倒だ。
もし妖精界から呼び出すなら、仮死の呪いを解呪する必要がある。
「シルビアとドボから話を聞かないとな」
「御主人様へ直接伝えたいらしいですねえ」
「ニャンシーが言ってたな。どっちみち、全員で帰ってきたらだな」
「ですねえ」
シルビアとドボは、悪魔崇拝者の情報を手に入れているらしい。フォルトはターラ王国へ行っていたため後回しにしていたが、これも聞く必要があるだろう。
バグバットから受けた借りを返すために、呪いの解呪はやることにしている。
「魔の森とサザーランド魔導国は、メドランに行かせるのである」
「いいのか?」
「西の調査を終えて戻っているのである」
「助かる」
ターラ王国で出会ったメドランは、バグバットと協力関係にある
大陸の西の調査を終えて、北周りで戻っていた。現在は休暇を与えられているが、どのみちまた、南へ派遣する予定だそうだ。
「フェリアスは、クローディア殿へ手紙を書いておくのである」
「気が利くな。ついでに、ネトラの実を譲ってくれないかな?」
「ダークエルフ族の菓子を作るのであるな」
「さすがに知ってるか。まだ頼めるほど懇意でもないからさ」
「では、菓子ができたら分けてもらいたいのである」
「バグバットが食べるのか?」
「で、あるな。あれは美味である」
「へえ。じゃあ御裾分けするよ」
「「はははっ!」」
フォルトとバグバットは笑い出した。
人外の者との言葉が指すように、二人は魔人と吸血鬼である。そう思わせてくれる真祖には、感謝しかない。
その時、カーミラがフォルトの腕を引っ張った。
「じゃあじゃあ。シルビアとドボへ来るように伝えてきますねえ」
「カーミラには傍にいてもらいたいが……」
「えへへ。ついでに、リゼット姫と会いたいでーす!」
「リゼット姫? 裏切ってないか?」
「それは『
「フォルト殿は、リゼット姫と何かあったのであるか?」
リゼットはエウィ王国の第一王女である。バグバットが関心を向けるのも無理はない。そこで包み隠さず、彼には話しておく。
もちろん、悪魔王の書を所持していることも。
「まあ、大したことではないんだがな」
リゼットから誘われた御茶会で、個人的に友好を結びたいと言われた。
裏切りの結果は知っているはずであり、念を押したつもりだ。カーミラも悪魔の『契約』で縛ったので、裏切れば死んでしまう。
まだ生きているか、確かめに行きたいのかもしれない。
「フォルト殿の行動は読めないのであるな」
「あ、はは……。なんか雰囲気に乗せられた気もする」
「であれば、
「迷惑になったか?」
「
「さすが」
仮にも一国の王女なので、バグバットもそれに合わせた対応をしている。前回はフォルトの後見人になってほしいと依頼されて、快く受けていた。
「しかし、悪魔王の書とは……」
「知ってるのか?」
「詳しくは分からないのである。小悪魔殿が御存知では?」
「知ってますけどお。御主人様とは関係ないでーす!」
「ならいいな」
「悪魔王との『契約』みたいなものですね!」
「へえ。ちなみにどんな?」
「『契約』の内容は分かりませんよお。悪霊も
「そっか」
悪魔王の書を所有した者は、本の悪霊に護られる。実際にカーミラも呪いを受けてしまい、書について話すことができなくなった。
悪魔王の許しを得て、やっと話せるようになったのだ。
「もしかしたら、『契約』が無効かもしれないんですよお」
「なるほどな。それを確かめに行くのか」
「悪霊へ聞けば分かるのでえ」
もしリゼットが死んでいれば、『契約』を結んだカーミラには分かる。しかしながら、書の悪霊は悪魔王と繋がっている。
悪魔王は魔界の神である。その先兵たる悪魔の『契約』は、無効の可能性が高い。その場合は、『契約』を結んでいると思い込んだままになってしまう。
なので、早いうちに確認したいようだ。
「そういうことならいいよ。俺にはサッパリだしな」
「えへへ。半日ほど遅れて戻りますねえ」
「そうしてくれ」
(それにしてもバグバットと話すと、今までのまとめになるな。忘れていたことが多すぎる。魔人は記憶力が悪いのかね? いや……。俺だからか)
「御主人様、あーん」
自虐に入りそうになったところで、カーミラが飯を食べさせてくれる。
情報の整理も、ここらが限界だった。妖精の件とネトラの実は、バグバットが引き受けてくれた。リゼット姫については、現状を知っておくだけで良いだろう。
フォルトはおっさん親衛隊を迎えに戻って、そのまま帰還するだけだ。転移の術式の目途も立っている。後はシルビアとドボから、悪魔崇拝者の情報を聞けば良い。
それと……。
「魔人の秘密だったな」
「帰りに寄ってもらったときに話すのである」
「分かった」
魔人の秘密については、バグバットから聞けることになっている。
それについては、自身のことでもあるので、とても興味深い。アルバハードと関係があるようだが、考えても意味はない。
約束通り、教えてもらえるのだから。
(今は目の前の飯を食べて、他愛もない会話を楽しむとするか)
その後は食事をとりながら、
そして、二度目の帰還も終わり、フレネードの洞窟に飛んでいくのだった。
――――――――――
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