第393話 姉妹の暇潰しと勇者候補の進む道2
大昔に、聖神イシュリルへ仕えていた勇者ガンジブル。
それを
正確な位置は不明だが、ルイーズ山脈近くの湿地帯という話だった。
「どうした? シュン」
「いやな。討伐隊は解散だったよな?」
シュンは、討伐隊の総司令官ヴァルターの所へ訪れている。
フェリアスの奥地へ向かうために、討伐隊を辞める必要があった。しかしながら、今回のラフレシア戦で解散することになっていた。
ボランティアのような仕事では飯を食えない。隊員は普段の生活へ戻して、次回結成されるときに、再び参加者を募るのだ。
「戦闘訓練などで残る者もいるがな」
「暫く召集はないのか?」
「三カ月後だな。ドワーフ族が召集をかける予定だ」
空いた三カ月間は自由である。
残った者たちでチームを組んで、魔物の狩りを行っても良い。練習用の武具もあるので、実力を付けたい者は残る。
そして、討伐隊は各種族で持ちまわる。次回はドワーフ族が担当だ。突発的に魔物が増殖しないかぎりは、間引きする場所も決まっていた。
何百年も繰り返しているやり方だ。
「なら自由にしていいか?」
「構わんが、エウィ王国へ帰るのか?」
「いや。ガンジブル神殿へ行こうと思ってる」
「ガンジブル神殿だと? ルイーズ山脈の近くだったか」
ヴァルターは、しかめっ面になった。
それから腕を組んで、シュンを
「な、何か問題が?」
「人間は立入禁止だ」
シュンたちがいる獣人族の集落は、エウィ王国との国境に近い。
特に気にしていなかったが、人間をチラホラと見かけた。買い付けなどが主なところで、商人や護衛が多い。多いと言っても数は少ないが……。
それでも人的交流を始めたばかりなのだ。人間の立ち入れる場所は限られている。国境近辺から、東にあるドワーフ族の集落までだ。
「行っちゃいけねえのかよ!」
「駄目だ」
「なあ、俺たちならいいだろ? 討伐隊にも参加したじゃねえか」
「あのなあ。国家間の取り決めだぞ」
国家間と言われれば、シュンは引くしかない。たとえ末端であろうとも、名誉男爵位を授爵した貴族である。
無理を言えば、デルヴィ侯爵へ迷惑がかかる。とはいえ、それは建前だった。ガンジブル神殿へ向かうのは、聖神イシュリルの神命である。
ヴァルターと別れた後は、駐屯地を出て集落へ入った。
(ちっ。これじゃ行けねえじゃねえか。フェリアスじゃ聖神イシュリルを信仰してねえし、神聖騎士の威光は使えねえ。うーん、なんかねえのか?)
エウィ王国であれば、神の意志として無理を通せる。しかしながら、フェリアスでは無理だろう。
信仰する神は自然神であって、天界の神々ではない。そうなると、何かしらの手を打つ必要がある。
シュンが「困ったものだ」と口に出すと、後ろから女性に呼ばれた。
「失礼ですが、シュン・デルヴィ名誉男爵様でしょうか?」
シュンが振り返ると、白衣を着た女性が立っていた。
二十代後半から三十代前半だろう。肩まで伸ばした金髪を後ろにまとめている。身長は高く、頭が良さそうな美人だ。眼鏡でもかければ、女教師に見える。
ホスト時代には、たまに見かけたタイプだった。
「そうだが……。誰?」
「私は王立技術開発研究所職員のノーナと申します」
「ノーナさんね。それで……。王国兵?」
「はっ! ポトフ男爵旗下の兵士であります!」
ノーナの近くには、三名のエウィ王国兵もいる。残念ながら、全員男性だ。その王国兵は、シュンが肯定した瞬間に
少々驚いたが、自分の爵位と地位を思い出して、ニヤリと笑みを浮かべた。
(はははっ! これだぜ。気持ちいいじゃねえか。そうやって、俺に頭を下げてりゃいいんだ。やっぱ、俺の進む道が正しいぜ!)
末端だとしても、シュンは立派な貴族である。家名もデルヴィだ。
そして自身が所属する神聖騎士団は、聖神イシュリル神殿へ仕えている。なので、エウィ王国の騎士団に所属していない。
王国での立場は上位になる。神聖騎士になったばかりだとしても、上級騎士と同等だった。
つまり、今まで面倒を見てもらっていた騎士ザインと同等だ。
「ああ、そんなに畏まらないでくれ。今の俺は冒険者だ」
「で、ですが……」
「獣人族の集落だし、変な目で見られるからさ」
「か、畏まりました」
王国兵の三人は、顔を見合わせながら立ちあがった。
気分は良いが、場所を考えてもらいたい。通行人が立ち止まって、こちらを見ているほどだ。ただでさえ、人間で討伐隊に参加して目立っている。
シュンは周囲に向かって手を振って、愛想笑いを浮かべる。
「で、俺になんか用か?」
「紹介状を預かっております」
シュンはノーナから渡された紹介状を読む。
どうやら、バルボ子爵からの紹介だ。内容としては、
「人数は、これだけ?」
「いえ。総勢は私を入れて二十名です」
ノーナたちの集団は水質調査隊という。
部隊は研究員が五名で、エウィ王国の一般兵が十五名だ。ここにいない者たちは、宿泊の手続きをやっているところだった。
(バルボ子爵の紹介ならやるしかねえな。だが蜥蜴人族か。湿地帯に集落を持つ種族だったな。なら、ガンジブル神殿が近いか?)
渡りに船というわけではないが、これはチャンスだ。フェリアスの奥地へ入れる可能性がある。
そこでシュンは、ノーナに詳しく聞いてみる。
「どの蜥蜴人族の集落だ?」
「三カ所あるのですが……」
アルバハードの国境近くに一カ所。それから、東へ順番に二カ所を巡る。
シュンの行きたいガンジブル神殿は、もっと北東に存在する。ルイーズ山脈の近くとしか分からないが、フェリアスの奥地へ向かうなら、やりようはある。
(ついてんな。これも聖神イシュリルの導きか? まあ立入禁止つっても、大した問題にならねえだろ。なあに、ちょっと奥へ向かうだけさ)
シュンは軽く考える。このあたりの思考は、日本にいた頃のままだ。
立入禁止と言っても、誰かが住んでる家の中へ入るわけではない。見つかったところで、ちょっと怒られるだけだろう。
「んで、何しに行くんだ?」
「それはですね」
内容としては、蜥蜴人族へ、魚の養殖技術を提供するのが目的らしい。
三国会議で、エウィ王国とフェリアスが結んだ条約の一環だ。人的交流を開始する条件として、王国の技術を提供することになっている。
「なるほどね」
「お引き受けいただけるでしょうか?」
「もっと詳しい内容を聞きてえんだがよ。立ち話ってのもな」
「こっ、これは気付きませんで。他に話せる場所は……」
「宿をとってんだろ?」
「名誉男爵様に足を御運びいただくなど!」
「いいってことさ。さっきも言ったが、俺は冒険者として来てるんだぜ」
「わ、分かりました」
ノーナと王国兵は、シュンに礼をして去っていった。
それを見送った後、紹介状へ目を落とす。流して読んだので、すべての文章を把握できていない。
とはいっても、報酬は書かれていないようだ。そのあたりは、こっちで勝手に決めて良いのだろう。
「手が空いているようなら」と前置きもあった。
(ノーナか。美人でスタイルがいいな。少し年上っぽいが、旦那とかいるのか? それとなく聞いてみるか。お互い割り切れるから、不倫は楽なんだよなあ)
相変わらずのシュンだが、紹介状を懐へ入れて駐屯地へ戻る。
宿舎のように借り受けている小屋には、誰かしらいるだろう。
「シュン、お帰り」
「ああ」
小屋の中では、ノックスが座っていた。
他のメンバーは、買い出しや訓練へ出ているようだ。もともとガンジブル神殿へ向かうつもりだったので、旅の準備の途中であった。
「ノックス、王立技術開発研究所って知ってるか?」
「うん。あまり詳しくはないけどね」
王立技術開発研究所。
エウィ王国が運営する機関で、名称どおり、技術発展を行うための研究所である。下部組織は多すぎて、すべてを記憶するなら一苦労だろう。
簡単なところだと、魔法研究所や農業試験研究所などが存在する。とりあえず、国の管理下にある研究所だ。
「へえ」
「それがどうかしたの?」
「いや、バルボ子爵からの紹介でさ」
シュンは、先ほどの出来事を話す。
もちろん、立入禁止の話は伝えない。それを伝えると、探索に行くのを止めようと言われる可能性があった。
「討伐隊は抜けていいようだね」
「また参加するなら、三カ月後にドワーフの集落だな」
「それで、依頼は受けるのかい?」
「ちょっと路銀がな」
「ラフレシアは現物支給だったしね」
「まだエウィ王国へは戻らねえからよ。換金できないだろ?」
「うん。まあ蜥蜴人族の集落なら、目的地に近いでしょ」
「そういうことだ。んじゃ、俺は打ち合わせをしてくるぜ」
「みんなには言っとくね」
実際のところ、シュンの言ったとおりである。
討伐隊の小屋を間借りしているのは良いのだが、日々の生活で、出費だけがかさんでいる。間引きしたばかりなので、魔物の素材もあまり手に入らない。
ここで依頼を受けて、現金を確保したいところだった。もちろんこれは、ついでの話である。
(さて、後はノーナと細かい打ち合わせをして出発だな。どうやって神殿へ向かうかなあ。やっぱ、道に迷ったと装う? 俺としては、さっさと……)
聖神イシュリルからの声は、特に時間の指定はなかった。
フェリアスのガンジブル神殿へ向かえと聞こえただけだ。後は、とあるアイテムを手に入れろと言われた。
シュンは神の声を思い返しながら、ノーナの泊まる宿へ入った。すると王国兵に連れられて、待ち合わせの部屋へ案内される。
「待たせたか?」
「いえ。そちらにお座りください」
シュンは、ホストスマイルを浮べながら入室した。
こちらを信用しているのか、部屋ではノーナと二人きりだ。壁が薄いので、大声をあげれば、王国兵が飛び込んでくると思われるが……。
部屋の間取りは、前回ラキシスと行為をした部屋と同じである。テーブルと椅子やベッドがあるだけだ。
そして、勧められた椅子へ座った。
「じゃあ、順番は決まってねえんだな?」
「はい。一番近いのは、アルバハードの国境付近にある集落です」
「俺らは、ルイーズ山脈周辺を探索するつもりなんだよ」
「なるほど。でしたら、一番遠い集落が良いでしょうね」
シュンとノーナは、打ち合わせを進めていく。
他にも、部隊の補給や滞在先の予定などを詰めておく。勇者候補チームは、調査自体に参加する必要はない。
蜥蜴人族の集落にいる間は、王国兵と一緒に、研究員の護衛だ。
「なら、報酬を決めようか」
「はい。だいたい一カ月ですので、大金貨六枚でどうでしょうか?」
大金貨六枚は、日本円で六百万円。三十日計算で、日給は二十万円となる。それを六人で割ると、一人頭三万円と少し。大銀貨が三枚と数枚の銀貨だ。
長期の護衛としては、少々安いか。
(しょうがねえか。俺らはDランク冒険者だしな。高いと言えば高いかもしれねえ。それに足りない分は……)
「契約成立だ」
「ありがとうございます」
「んじゃ、祝杯をあげようぜ」
「祝杯ですか?」
「今日は飲みに行くつもりだったんだよ」
「あら。お邪魔したようですわね」
「だからよ。ここでいいから付き合ってくれ」
「わ、分かりましたわ」
「長居はしねえ。俺もチームで打ち合わせがあるしな」
(チョロい。というか、文句を言えない立場なんだろうな。貴族様の誘いを断るなんてできねえだろ。まあ足りない分として、ノーナを楽しむとするか)
この後は簡単だった。
研究者としてストレスが
そして、ワインを五本ほど空けたところでベッドインだ。
「あっ! シュ、シュン様!」
「今は楽しもうぜ。旦那に言わなきゃ分からねえよ」
「んぁっ!」
ノーナは既婚者だった。
いわゆる不倫や浮気になるが、シュンの手管に負けてしまう。こんな一時の出来事など、アルディスやエレーヌに知られるはずもなく……。
◇◇◇◇◇
シュン率いる勇者候補チームとノーナの水質調査隊は、北東にある蜥蜴人族の集落へ旅立った。
場所は立入禁止区域の手前だが、水辺に近い湿地帯なので、馬車が進めない。よって、徒歩で向かっている。
集落近くで先遣隊を出して、蜥蜴人族の協力を仰ぐことになっていた。
「ホストよお。道を進むなら、ゼッツーで良かっただろ」
「いやいや。馬車を放置できねえよ」
「あん? 警備を分けりゃいいだろ」
「馬鹿ねえ。そんなことするなら、私たちを雇わないわよ」
「うるせえぞ、空手家!」
他の獣人族やドワーフ族の集落へ向かうなら、ギッシュの言ったとおり、馬車でも良いだろう。
街道と言うほど立派ではないが、一応は馬車が通れる道がある。しかしながら、途中で放置することになる。だからこそ、徒歩で荷車を引いていた。それを引っ張るのはエウィ王国兵である。
シュンたちは、彼らの護衛もする必要があった。
「たまには歩きでもいいじゃねえか」
「鍛錬にはなるけどよ」
「わ、私とラキシスさんはキツイですよ」
「確かに疲れますね」
「でも、後ろの奴らが一番キツイだろうぜ」
エレーヌとラキシスは弱音を吐いたが、今回は仕方ない。
そして、一番の重労働は、荷車を引く王国兵である。交代でやるそうだが、全員分の荷物と研究用の機材が乗っているので重い。
隊列としては、勇者候補チームが先頭を歩き、ノーナたちの水質調査隊が続く。最後方は、荷車を担当しない王国兵が守る。
(さてと。蜥蜴人族の集落は近いが、そこは通り過ぎるぜ。途中で原生林へ入って、ルイーズ山脈へ向かう。偵察みたいなもんだな)
集落での滞在日数は、移動を含めて十日前後だ。三カ所で三十日といった計算である。多少の増加はあるだろうが、あまり長居もしない。
よって、先にルイーズ山脈の周辺を調べておきたかった。原生林なので見渡すことはできないが、どういった地形なのかは確認しておきたい。できれば、魔物とも遭遇しておきたかった。
そこまでシュンが考えたところで、ノックスが問いかけてきた。
「集落での護衛は?」
「やる依頼だったけどな。交渉で無しにしたぜ」
「さすがはシュンだね。でも、探索日数が足りないかもね」
「かもな。まあ、それについても考えてある」
ノックスの言った日数についても、シュンは考えてある。その了解も、ノーナから取っておいた。
もちろん交渉は、ベッドの中で行ったが……。
(さすがは人妻だな。アルディスやエレーヌにはないテクニックがありやがる。さすがに蜥蜴人族の集落じゃやれねえが、獣人族の集落でまたやるか)
そんなことを考えつつ、一行は野営しながら三日目を迎えた。
途中アルラウネが襲ってきたが、数体だったので簡単にあしらった。討伐隊での経験が生きている。
そして、道が細くなってきたところで、ノーナがシュンへ近づいてきた。
「シュン様、そろそろですわ」
その言葉と共に、ノーナが簡易的な地図を見せてきた。
詳細な地図は、残念ながら入手できない。国防のうえで、重要なものだからだ。細かく書き込まれた地図があれば、戦争で有利になる。
もちろん日本と違って、衛星写真は撮れない。詳細な地図でも、かなり雑である。それでも簡易的な地図よりは良くできている。しかしながら、そういった地図は、各国の秘匿情報として、一般に出回ることはない。
「じゃあ、道を外れるぞ」
「分かりました。警戒を怠らないようにしますわ」
「そうしてくれ。ゆっくり進むことになるぜ」
「はい」
ノーナが後ろへ戻って、王国兵へ指示を出している。
シュンたちも、予定通りに動くことにする。道を外れて原生林へ入り、川を目指しながら、ルイーズ山脈へ向かうのだ。
「また草刈りかよ!」
「そう言うな。交代でやるからさ」
ギッシュは不服そうだが、道を外れると、草が生い茂っている。
完全に刈り取ることはできないが、グレートソードを振り回しながら進んでいた。後は足で踏み潰しながら、荷車が通れる道を作っていく。
そして、交代しながら暫く進んでいくと、地面がぬかるんできた。
「近いな。そろそろ湿地帯へ入ったか?」
「そうかもね。ギッシュ、滑らないようにしなさいよ!」
「分かってんよ!」
「ボクみたいに身軽なら滑らないけどね!」
「いちいちうるせえ!」
ギッシュとアルディスのやり取りは、最近の名物になっている。からかうアルディスと、まともに取り合うギッシュといった構図だ。
これについて、シュンは嫉妬しない。恋愛感情とは程遠いからだ。友達同士の悪ふざけである。こういった場面で嫉妬すると、重い男と受け取られてしまう。
最近はスキンシップが足りないので、細かいことにも気を使っていた。
「なんか、魔物が襲ってこないね」
「そうだな。エレーヌ、魔力探知は?」
「は、反応はないです」
「ノックスは?」
「僕も反応はないね。いや、上だ!」
「っ!」
ノックスの魔力探知に、何かが引っかかったようだ。
それは、すぐに確認できた。頭上から、ギッシュの前に降り立ったからだ。それを見たシュンは、前へ出ようとした。
「動くな! 貴様らは何者だ!」
ギッシュの前には、白い翼を生やした女性が立っていた。その鋭い目は、ギッシュとシュンを捉えている。まるで、
その隣には、茶色い翼の男性も降り立った。こちらはすぐに、上空へ何かを打ち上げていた。おそらく、仲間を呼んだのだろう。
王国兵は剣を抜いているが、前に出てこない。
「ああん? テメエらこそ何者だよ!」
「私は神翼兵団団長のホルンだ! 答えろ、貴様らは何者だ!」
「ま、待て! 俺がリーダーだ!」
ギッシュに任せると
すると、茶色い翼の男性が、
「動くな!」
「わ、悪いな。だが、ギッシュと話してもな」
「なんだと、ホスト!」
「聞いてのとおり、
「そ、そうみたいだな。だが、その大男より前へ出るな」
「分かった」
シュンはゆっくりと、ギッシュの隣へ歩いていく。
その間に、男女を観察する。男性のほうは、シュンを警戒している。武器に手をかければ、即座に槍で突いてくるだろう。
ホルンと名乗った女性は、ギッシュを警戒している。手強そうなのは、彼女のほうだった。一対一だと、苦労しそうだ。翼があることから有翼人だろう。
戦闘経験がないので、この場面では戦いたくない。
「俺はエウィ王国の勇者候補。シュン・デルヴィ名誉男爵だ」
「王国の……。 んんっ! ここは立入禁止区域です」
どうやらシュンが話しかけたことで、ホルンの緊張が和らいだようだ。勇者候補と爵位がモノを言ったのだろう。それでも、警戒は解いていない。
それにしてもヴァルターが言ったように、人間は立入禁止だった。
「そうなのか? 俺たちは、蜥蜴人族の集落へ行くところだ」
「集落に何の用ですか?」
「人的交流の一環で、養殖の技術提供だな」
シュンは振り返り、ノーナに向かって顎をしゃくる。
すると彼女が一歩前へ出て、ホルンへ荷物を見せる。
「ミリオン」
茶色い翼の男性は、ミリオンという名前らしい。ホルンに促されて荷車に近づき、中身を確認している。
その間にシュンが上空を見ると、数名の有翼人が集まっていた。
「大丈夫なようだぜ」
ミリオンが、ホルンの隣へ戻った。
空を飛んでいる有翼人は、上空から成り行きを見守っているようだ。
「道が違います。集落はもっと西ですよ」
「どうやら俺たちは、道に迷ったようだな」
「ならば引き返してください。これより先は、エルフ族の領域です」
「エルフ族?」
(ラフレシア戦でもいたな。あの耳が長い奴らか。話したことはねえけど、弓の使い手で強かった気がするぜ。女は奇麗だったな)
エルフ族は、ヴァルターの精鋭部隊に組み込まれていた。
シュンはチラリとしか見ていないが、木の上から弓を射ていた記憶がある。風の衣の魔法も使っていた。
「なあ、ガンジブル神殿って知ってるか?」
「答える必要はないですね。とにかく、引き返してください」
「分かったよ」
「空から監視します。次に侵入したら、拘束しますからね」
「はいはい」
取り付く島もない。とはいえ、この事態は想定済みだった。
シュンが思ったとおり、怒られるだけで済んだ。それに、ノーナたちを連れてきたことも良かった。
彼らがいないと、言い訳が難しくなる。とりあえずは言われたとおりに、蜥蜴人族の集落へ向かうしかないだろう。
そして、シュンたちが戻るのを確認したホルンたちは飛び立った。その後は、頭上から監視されるのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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