第389話 裏切りと生贄と2
混成部隊が到着したときは、ソル帝国の工兵部隊が陣地を築いていた。
敵対行動もなく迎え入れられたので、小競り合いは起きていない。しかしながら、停戦したとはいえ、レジスタンスと帝国は敵同士である。
それに、軍を出さないと聞いていた。奪還した町を守備するはずだったが、ここまで来ている。
その帝国軍を、ローゼンクロイツ家が引き連れてきた。さすがに説明を求めることとなり、部隊の司令官を任されているギーファスが責め立てた。
「くそ!」
そして、ギーファスのほうが引いた。
元聖女ソフィアに、やり込められてしまったのだ。そもそも侵攻作戦を立案した人物で、部隊は作戦通りに到着している。
勝手に行動したのを問題視したが、帝国軍を動かして陣地を築いている。称賛されることはあっても、それを非難される
また、いつまでもローゼンクロイツ家を責めている時間はなかった。すぐに作戦会議へ入り、洞窟の攻略を開始したのだった。
「よお、ギーファス。来てやったぞ」
陣地は完成しておらず、帝国軍の工兵部隊が作業中である。その陣地に建ててあった大きな小屋を、ギーファスは作戦本部とした。
そこへ、Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」のボイルを呼び出していた。
「よく来たな。攻略のほうはどうだ?」
「順調だと思うぜ。今のところはな」
「もう
「そうだなあ。穴の入口は押さえ込んでるぜ」
スタンピードが発生する以前とは、間引きへ参加している人数が違う。一度でも洞窟へ入ってしまえば、魔物を外へ溢れさせることはない。
それでも収束には至っておらず、間引きを続ける必要がある。まだ原因を突き止めていないのだ。
その対応をして、やっと終わりを迎えられる。
「ローゼンクロイツ家は?」
「気になるか?」
「当然だ」
「洞窟の入口を担当させてたしな」
ローゼンクロイツ家は、洞窟の攻略へ参加していない。
魔物の間引きを担当すると言っていた。ギーファスとしても参加させるつもりはなかった。勝手に行動するような者たちなので、他の冒険者と連携が取れない。作戦自体を無視する可能性すらあった。
戦力としては元勇者チームがいるので、そちらを主軸としている。しかしながら、道中でビッグホーンを倒したと聞いていた。強いことには変わりない。
そこで、一番キツイであろう本来の入口から奥を担当させていた。
「ダークエルフ族がよ。せっせと魔物の死骸を運んでたぜ」
「そうか。サボらずにやっていればいい」
ソフィア
帝国軍を動かした条件は、魔物の素材を渡すことだそうだ。
ビッグホーンの素材だけでも、帝国軍が動く価値はあるだろう。そのうえ、洞窟の魔物の素材が手に入る。
陣地の作成に使った材料費や人件費を差っ引いても、お釣りがくるはずだ。もちろん
魔物の素材については、レジスタンスの捕虜を解放する交換条件でもあった。そちらは、ターラ王国兵が回収している。
現在も、ルート上を運んでいるだろう。
「それよりもよ。ギーファスは、なんで簡単に引いたんだ?」
「ソフィア殿か? すぐに作戦会議へ入る必要があったからだ」
「そうなんだがよ。他にもあるだろ?」
「シルキー殿から耳打ちされてな」
「ほう」
「レジスタンスの弱みを知られているとな」
「弱み?」
「ボイルには言っておくが……」
レジスタンスの弱み。
それは、ターラ王国兵を道中で勧誘していたのだ。今回の侵攻では、一番貧乏くじを引いている者たちだった。
これは軍務尚書が決めた配置だが、新米の兵士たちで構成されている。大した実力もないのに、フレネードの洞窟まで駆り出されたのだ。
その不都合を
「弱みなのか?」
「ああ。停戦後の
「揉め事? 奴らも、帝国軍を連れてきてんじゃねえか」
「そちらは取引なのだ」
「こっちは?」
「隠れてやってる。停戦を破棄されても文句は言えん」
「ギーファスよお。もうちょっと、うまくやれよ」
「はははは! こっちは切羽詰まっておるのだ」
レジスタンスは数が少ないうえ、支部を攻撃されて減らしている。兵力の増強は急務であった。しかしながら、停戦後におこなうと敵対行動になる。
それをやるなら、スタンピードが収束した後でないと拙い。ギーファスは、停戦の合意を守る必要があった。停戦して助かったのは、レジスタンスのほうなのだ。攻撃されない時間をもらい、捕虜を解放できた。
ソフィアから告げ口されれば、合意を破棄する大義名分を与えてしまう。証拠などは、ターラ王国兵から聞き出せば良いだけだ。まだレジスタンスへ参加していないので、ペラペラと
陣地内の帝国軍は一蹴できるが、本体が来ると負ける。ゲリラ戦にはならず、背後からは魔物の襲撃もある。よって、あまり強く言えなかった。
「それで? そんなことを話すために、俺を呼んだわけじゃねえだろ」
「ああ。犠牲は承知してるがな」
「なんの話だ?」
「レジスタンスへ参加してる冒険者が戻らない」
「は? 入口前の穴を担当してたよな?」
フレネードの洞窟前には、魔物が掘った穴があった。
スタンピードの発生で、洞窟の入口が渋滞したのだろう。センチピードなどは、土を掘りながら移動できる。
冒険者たちは、その穴を使って洞窟へ入っている。そちらのほうが、早く地下へ潜れるからだ。それに穴を放置すれば、魔物が溢れ出してくる。
蓋をする意味でも、穴から進むほうが良かった。
「うむ。全員ではないが、何チームかが戻らんのだ」
「魔物にやられたんだろ」
「だが、ギルドの冒険者は平気だろう?」
「スタンピードの前からやってるからな。慣れてるぜ」
「経験差は理解してるが、それだけとはな」
「うーん。慎重にやれぐらいしか言えねえよ」
「分かっている。冒険者のことは、ギルドマスターに頼んである」
「オダルなら、レジスタンスの冒険者も知ってるな。他には?」
「うむ。ボイルに頼みたいことは、元勇者チームについてだ」
「どうした?」
「だいぶ奥へ行けたらしい。だが、分岐点が多いとの話なのだ」
やはり、元勇者チームは先へ進んでいる。
そちらには、レジスタンスの戦闘員を付けてある。よって、逐一報告がもらえるようになっていた。
報告の内容としては、間引きをしながら進んだところで、分岐点が出てきた。こうなると、一チームだけで進むには無理が出てくる。
そこで、増援を要請してきた。
「なるほどな。俺らと、Bランクの奴らを数チーム連れていくぜ」
「頼む。その間、他の冒険者は進むのをやめさせる」
「なぜだ? 進んでていいぜ」
「さっき言ったやつだ。犠牲者は、極力減らしたい」
「なるほどねえ。ローゼンクロイツ家は?」
「言っても無駄なのは知ってるだろ? 通達だけはする」
「ははっ。違えねえ。んじゃ! 行ってくるぜ」
ボイルは作戦本部を出ていった。
犠牲者が出ることは想定しており、ギーファスが決めた作戦どおりに進んでいる。この作戦には、ローゼンクロイツ家から口出しされなかった。
当主のフォルトが参加しておらず、元聖女ソフィアと〈剣聖〉ベルナティオだけの参加だったからだ。
間引きを担当するとだけ言って、会議を傍聴していた。
「さて、予想外のことが起こらなければ良いがな」
それはともかくとして、元勇者チームは順調に先へ進んでいる。しかしながら、洞窟の攻略には、まだまだ時間を要する。
スタンピードの収束は、数日では終わらない。目的を達成するには、数週間、もしくは数カ月が必要だと思われる。
それにギーファスとしては、陣地を築いている帝国軍も気になる。騎士団は少ないが、動向を注視しないと拙い。
そんなことを考え、積み上がっている報告書へ目を通すのだった。
◇◇◇◇◇
深い暗闇の中に、淡い光が動いている。
まるで、闇夜に飛ぶ蛍の光のようだ。その光は暗闇を照らし出すには弱く、周囲を少しだけ明るくしていた。光は暗闇の広さを確認するように掲げられていたが、諦めたかのように動きを止めた。
「広いわね」
「そうだな。魔物は?」
「気配はしないぜ」
「先が見えないわ」
その光の近くには、四人の男女が歩いていた。
彼らは、レジスタンスへ参加した冒険者だ。フレネードの洞窟へ入り、魔物の間引きに勤しんでいる。
バランスの良いチームで、戦士が二人と魔法使いや神官がいる。戦士の二人が男性で、残りは女性であった。
光の出所は、光属性魔法【ライト/光明】で灯した魔法使いの
「スタンピードが発生してるとは思えないような静けさだな」
「そうね。この穴にはいないのかしら?」
「どうだろうな。さっき、
「もっと飛び出してくると思ったわ」
この四人は、みんなが言うほど戦闘をやっていない。
洞窟前の穴を進んだ場所には、無数の魔物がいた。しかしながら、先へ進むほど数が少なくなっていた。
他の穴では、魔物が連続して襲ってくるそうだ。
「ターラ王国兵はいるか?」
「はい! 先ほどのジャイアントスパイダーは回収しました!」
後ろを振り向いた戦士の声が聞こえたのか、後方から若い兵士が近づいてきた。周囲が暗すぎるため、魔法の光だけでは見えない。
「大声を出すんじゃねえ! 魔物に気づかれるだろ」
「ですが、あまりいないようですよ?」
「先へ進めば、ウジャウジャといるだろ」
「そうですか? では、次の合図があるまでは待機します」
「ああ。俺らは先に進むぜ」
基本的にターラ王国兵は、冒険者が倒した魔物の死骸を回収する。
一緒に進んでも、戦闘の邪魔になるだけなのだ。天然の洞窟で足場が悪く、通路も広狭がある。
それでも広い空間であれば、サポートをしてもらっていた。現在の通路は広いが、魔物がいないため待機してもらう。
そして、四人は先へ進んだ。
「斥候を出してえところだな」
「私たちには、レンジャーがいないわよ」
「盗賊でもいいぜ」
「神に仕える私の前で、よく盗賊とか言えますね」
バランスが良いと言っても、それは戦闘に限ったことだった。
他に探索も入るとなると、それに精通している者が欲しい。とはいえ、それなりに特殊な職である。レジスタンスでも、残念ながら限られた人数しかいない。
本来であれば、レンジャーが望ましい。元勇者チームのギルは、探索に必須な技能を修めていた。
それでも隠密行動に限って言えば、盗賊も得意である。
「通路が狭くなってきたな。気をつけろ」
「それにしても、魔物がいないわね」
「いや……。いるぜ。死骸が転がってるぞ」
「あら。共食いでもしてるのかしら?」
広い通路から狭い通路を進んだ先に、大きな芋虫のような魔物が死んでいた。他にも大蜘蛛など昆虫型の魔物が死んでおり、それが点在していた。
「共食いねえ。倒す手間が減っていいけどな」
「そうね。動いてるのは……」
「いねえぜ。全部死んでる」
「先へ進みますか?」
「進むぜ。安全が確保できてりゃいい」
「一度戻ったほうが……」
「危なくなったら、さっきの広い通路まで逃げればいいだろ」
「戦わなくても、先の様子だけ調べておいたほうがいいわよ」
「分かりましたわ」
四人は、先へ進むことを選んだ。
後ろに逃げ道があるからだ。それに、そろそろ交代の時間である。せめて先の様子だけは探り、次の冒険者チームへ伝えておきたい。
そんなことを話しながら暫く進むと、広くもなく狭くもない通路になった。そこにも魔物の死骸が散乱していたが、一つ奇妙なものがあった。
「そこらじゅうに死骸があるな」
「そうね」
「ちょっと待て。あそこに見えるのは……」
「冒険者ですか? 倒れているようですね」
「俺らと同じ四人だな。他の穴から
「奴らが魔物を倒したのか? いや……。死んでるのか?」
「暗くて分からないわ」
魔物の死骸に混じって、冒険者がいるようだ。
見たところ戦士らしき二人が、地面へ倒れている。他にもレンジャーや魔法使いらしき者が、
まずは生死を確認するために、大声で問いかける。
「おい! 生きてんなら声を出せ!」
「「………………」」
「ちっ。どこの隊の奴らだ?」
「さあ。近づけば分かるわよ」
「行きましょう。神の助けが必要かもしれません」
「そうだな。死んでるなら、報告を上げねえといけねえ」
レジスタンスは、全員が同志なのだ。
生きていれば助けるし、死んでいるなら、ギーファスへ報告をする必要があった。よって、光を灯している魔法使いを先頭に、一番近い戦士らしき者のところへ近づいていった。
【ディスペル・マジック/魔法解除】
四人が十歩ほど進んだところで、いきなり光が消えてしまった。なにやら小さな声が聞こえたが、装備の擦れる音や足音のせいで聞き取れなかった。
そして、そんなことを考える余裕もない。周囲は暗闇に包まれてしまい、四人は足を止める。
目が慣れずに、まったく見えない。
「なっ! なんだ!」
「見えないわ!」
「ご、ごめんなさい。魔法の効果が切れたようだわ」
「さっさと明るくしろ!」
「ま、待ってね」
こういった魔法には、効果時間がある。
それでも光明の魔法は、効果時間が長い魔法だ。光が消えるほど時間が過ぎたとは思えなかったが、どうやら長居していたらしい。
とりあえず暗いと何も見えないので、魔法使いが光明の魔法を使おうとする。
【マス・サイレンス・集団・静寂】
すると、またもや声が聞こえた気がした。
これも先ほどと同じで、小さくて聞き取れなかった。しかしながら、今回は物凄い違和感を感じた。
【………………/……】
「?」
「………………!」
「?」
そう。違和感とは、声が聞こえないことだ。
言葉を発しているが、それが聞こえない。装備の擦れる音も消えてしまった。当然のように、魔法も発動していない。
周囲は真っ暗で、静寂に包まれたままであった。その違和感を確認するように、魔法使いは振り返って仲間の三人を見る。
すると、驚きとともに顔が引きつってしまった。
「っ!」
なんと魔法使いの目の前に、恐怖に
しかも、唇が触れそうなほど近くに寄ってきた。
「「………………!」」
声が聞こえていれば、全員の叫び声が聞こえただろう。
後方で待機しているターラ王国兵にも聞こえるはずだ。しかしながら、周囲は静寂に包まれている。
そして、四人とも足をガクガクと震わせていた。
「オォォォォオオオ!」
突然現れた青白い顔は、死霊と呼ばれるレイスであった。
このアンデッドは、特殊能力で恐怖をまき散らす。一度恐怖に囚われれば、正気へ戻るのに時間が必要だ。
本来であれば、信仰系魔法で恐怖を取り除ける。にもかかわらず、それを使える神官も恐怖にとらわれてしまった。
涙を流して、大きく口を開けながら座り込んだ。それから、頭を抱えている。魔法使いも同様だった。
ところが戦士の二人は、剣を抜いて振り回し始めた。
「カタカタカタ」
「「………………!」」
恐怖は人を狂わす。どのように行動するかは、人それぞれである。
剣を振り回した戦士たちの近くには、無防備な神官と魔法使いがいる。このままでは斬ってしまうが、剣を振り上げた瞬間に、何者かが剣が弾き飛ばした。
その戦士たちは武器を失ったので、女性たちと同じように座り込んだ。それから地面へ額を付けて、ブルブルと震えている。まるで、土下座のようだ。
その間にも、新たな死霊が現れていた。
「「オォォォォオオオ!」」
「「っ!」」
死霊がまき散らした恐怖に、四人は耐えきれなくなったようだ。その場で失神してしまった。地面へ倒れ、死んだように動かなくなる。
そこへ、何者かが近づいてきた。
「ご苦労さま。戻って待機してください」
「「オォォォ」」
「カタカタ」
地面へ倒れている四人の近くから、死霊と何かが離れていった。
それは、
そして、暴れ始めた戦士たちの剣を弾き飛ばしたのだ。
「ルーチェよ。終わったかの?」
「終わりました。ニャンシーも来てください」
近づいてきた者はルーチェだった。ニャンシーも、暗闇の奥から歩いてくる。
これが、実験体を確保する手段だった。冒険者を洞窟の奥までおびき寄せ、捕まえるのだ。
この二人は、『
もちろん、レジスタンスへ参加した冒険者を狙っている。ボイルたちのような熟練の冒険者だと、アンデッドを対処される可能性が高い。
あの時も、五体の屍骨戦士が倒されていた。捕まえるなら、洞窟での討伐に慣れていない冒険者のほうが良い。
配置についての情報は、ソフィアからもらっていた。
「許可をもらったとはいえ、こ奴らは死にそうでもないのう」
「ソフィア様への配慮は……」
「分かっているのじゃ」
「我らにできることは、早く術式を完成させることですよ」
前回はターラ王国兵を狙ったが、今回からはフレネードの洞窟へ入った弱い人間を狙っている。もともとは闇ソフィアの提案であったが、すでに納得していた。配置の情報ももらっている。
死にそうな人間を使うのは、フォルトの優しさだった。
「では運ぶのじゃ」
「四人なら、私が魔力で包みましょう」
「
「臭いですね。漏らしましたか?」
「参ったのう。運ぶと付きそうじゃ」
アーシャ曰く。
フォルトのいた世界には、肝試しという遊びがあるらしい。そこで思いついた捕縛方法だった。こうもうまくハマるとは思っていなかったが……。
倒れている四人は失禁していた。
「主様に、顔をしかめられてしまいます」
「この場でやってしまうかの?」
「実験を見たいと仰せでした。仕方ありません。戻ってきなさい」
「「カタカタ」」
地面へ横へなった屍骨戦士の近くには、レンジャーや魔法使いと勘違いされた何かがいる。それは、スケルトン・アーチャーとスケルトン・メイジであった。
その四体は、立ちあがって近づいてくる。屍骨戦士は横になったばかりだが、文句も言わずに戻ってきた。
さすがは、召喚したアンデッドである。
「四人もいれば、暫くはいいでしょう。運びなさい」
「「カタカタ」」
屍骨戦士たちが冒険者を抱え上げて、ルーチェが魔力で包み込む。
これで、魔界の
それを確認したニャンシーは、魔界へ戻って印を付け引き込む。後は、自分たちの小屋へ戻るだけだ。人間を閉じ込めておく
そして、洞窟には静寂が戻るのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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