第386話 ルート侵攻完了3
崖の上に人影が見える。
視線の先には川が流れており、その先に山が見える。そこまでは距離があるため、薄っすらと見える状態だった。
川を進んでいくと、山の裏側へ出るようだ。しかしながら、その場所は目的地でないので、手前で曲がることになる。
「アイヤー、あの山に洞窟があるんだったな」
人影は元勇者チームのギルである。
フレネードの洞窟が存在する領域の手前まで侵攻したところで、ギーファス率いる混成部隊が退いたのだ。
報告を受けた魔物のせいなのだが、それを確認するために偵察へ来ていた。
「ルート上は……。ふむふむ」
眼下には小さな森が広がっていた。ルート侵攻では森へ入らず、
岩石地帯は、危険な魔獣が多様に
報告では、スケルトンが確認されていた。
「さてと……。『
ギルがスキルを使うと、右目が
もともと視力は良いほうだが、さらに良くするスキルだ。鷹や
それでも片目だけなので、両目で見ると頭がクラクラして吐いてしまう。こういった偵察のときしか使えない。
「アイヤー、アンデッドウォリアーだぜえ」
「やっぱり? 何体いるのかしら」
「見えるだけなら五体だぜ。他にもいるかもな」
ギルの近くには、同じ元勇者チームのシルキーやプロシネンもいる。そちらを見るとピントが合わなくなるので、顔を向けることはない。
視界には五体の
アンデッドとは、命ある生物の敵なのだ。昆虫だろうが魔獣や魔物でも、無差別に襲いかかる。
もちろん、人間など言うに及ばずだ。
「五体だけなら、数で圧し潰せば良かったのにね」
「弱い奴が群がっても死ぬだけだ」
「避けても良かったのにね」
「生命を感知されて、後ろから襲われたら大惨事だぞ」
「ふふっ。冗談よ」
「アイヤー、相変わらず冗談の通じねえ奴だぜ」
シルキーの冗談に、プロシネンは真面目に答えてしまった。長い付き合いだが、その性格は変わっていない。それがまた面白いのだが……。
それにしても、屍骨戦士がいるのは驚きだった。レジスタンスの伝令がスケルトンと間違ったように、その姿は人型の骨である。
それなら簡単に倒せるが、屍骨戦士は比べ物にならないほど強い。
「レジスタンスやターラ王国兵じゃキツイわねえ」
「でもよ。冒険者ならいけると思うぜ」
屍骨戦士の推定討伐レベルは三十だ。
それだけなら圧し潰せそうだが、アンデッドは疲れ知らずであった。周囲を取り囲める人数が限られる以上、下手に圧し潰そうとしても被害が拡大するだけだ。
レジスタンスやターラ王国兵では死ぬのが分かっている。フレネードの洞窟へ人数を送り届けるのも、ルート侵攻の目的だった。
勝てるとすれば冒険者たちだが、これもランクが低い冒険者だと負けてしまう。ボイルたちのような強いチームが必要だ。
「シルキーの魔法で掃除すればいい」
「魔力が回復してないわよ」
「ちっ。明日にでもやればいいだろう」
「そうなんだけどよ。アンデッドウォリアーってのは……」
ギルには懸念があった。
それは、シルキーも考えている。確かに上級の爆裂系魔法なら一撃で倒せるが、屍骨戦士は自然発生しないアンデッドだった。
つまり、それらを召喚した人物を懸念している。ギルの視界へ入っている屍骨戦士だけなら問題ない。
問題なのは、召喚術師の存在だ。
「近くに敵がいるのか?」
「可能性はあるぜえ。誰かは知らないけどな」
「敵じゃないかもしれないわ。でも、場所が場所だけにねえ」
「こんな場所で魔法の実験も何もないだろう」
「ないけど、もし召喚術師がいた場合は……」
魔物を召喚するには、二倍以上のレベルが必要だった。そうなると、召喚術師はレベル六十以上あるということ。勇者級の強さを持っている。
その人物が敵だった場合は厄介だった。三人で戦えば勝てそうだが、相手の情報がまったくない。
他にも懸念がある。召喚している魔物がアンデッドなので、普通の召喚術師ではない。俗にいう死霊術師になるが、人間に忌避される存在として有名だ。敵と思って良いかもしれない。
そして、近いところに、スケルトンを使役する人物を知っている。
「あいつか?」
「さすがにないと思うわよ」
「なら、魔族か?」
「それは分からないわね。隠者かもしれないわ」
「ちっ。大賢者みたいな奴か」
「ふふっ。ドゥーラ様は勇魔戦争も無視してたしね」
「アイヤー、話が逸れてるぜえ」
「ごめんなさい。でも、どのみち見つけないとね」
召喚された魔物は召喚術師が死ねば、その場で送還されて消える。今回の場合は、敵ならば倒せば良い。
もしくは、話し合いで送還してもらうか。
「召喚術師がいない場合は危険よ」
その人物がいなかった場合は、厄介どころの騒ぎではない。
そして、いない可能性のほうが高い。勇魔戦争では、多くの強者が世に出ている。勇者級も元勇者チームだけではない。
名前を知られていない人物は、ほとんどいないだろう。
「まさか、アレがいるのか?」
「かもしれませんね。ギルには見えませんか?」
「いねえなあ。いるとすれば……」
ギルはスキルを解除して、視線を眼下へ移す。シルキーとプロシネンは、その視線を追いかけている。
崖からの見通しが良い岩石地帯にいないとなると……。
「森ですか」
「アイヤー、当たりだぜ」
「はぁ……。洞窟へ到着する頃には、魔力がスッカラカンになるわ」
「だがよ。倒さないと先へ進めなさそうだ」
「そうねえ。さすがのギルでも、森を見通せないかしら?」
「木々が視線を遮ってるからな。だが、予想はつくぜ」
「予想?」
「あそこだよ」
森は多くの木々が重なり合っているため、ギルのスキルでも分からない。それでも予想として、一つの場所を指さした。
その場所は、大きな木が何本も重なり合っている。崖から見ると、森が盛り上がっているように見える。アレと呼ばれたものが見えない以上、存在する可能性が一番高い場所だった。
それに対して、シルキーが最後のまとめに入る。
「まとめるわね」
「ああ」
「一つ目は、強大な召喚術師の可能性」
「アイヤー。いた場合は、敵か味方かだぜ」
「それが二つ目ね。三つ目だった場合は駆除する必要があるわ」
「そうだな」
「召喚術師が味方だったらいいのだけれど……」
「行ってみないと分からねえな」
「ギーファスさんへ報告してからね」
これで、偵察は終わりだ。
三つの可能性がある。そのうちの二つは、戦闘になる可能性が高い。どれになろうとも、元勇者チームが担当することになる。
最後の最後で余計な難関が現れたと、三人は首を振る。それでも対処が終われば、フレネードの洞窟へ到着できる。
そんなことを話ながら、混成部隊が待機している場所へ戻るのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトとおっさん親衛隊は、フレネードの洞窟の入口に到着していた。わざわざ来たのは、現状の把握とレベル上げのためだった。
入口は大きく開いており、削り取られた跡があった。魔物が出てくるときに、渋滞を起こして重なり合ったのだろう。
「はあっ!」
すでに、入口前の魔物は片付けてある。
今は洞窟からゆっくりと出てきたジャイアントスラッグを、レイナスが一撃のもとに斬り捨てていた。
ジャイアントスラッグは、ナメクジが大きくなった魔物だ。この魔物は名前にジャイアントと付いていても、センチピードより大きくない。
せいぜい高さは、二メートルを少々超えるほどだ。推奨討伐レベルは十五であり、ターラ王国兵でも、数人で囲めば倒せると思われる。
気持ちの悪い軟体魔物を斬って、聖剣ロゼが文句を言っているだろう。
【ファイア・ストーム/火嵐】
フォルトはスケルトン
ソフィアにやらせても良いのだが、魔力を温存して生きている魔物を倒させたい。それに弱い魔法だと、彼女では消し炭にできない。
中級の火属性魔法の火嵐ならば、フォルトが使うことで消し炭にできる。
「そこまでジャンジャンと出てこないんだな」
「旦那様。最初の頃に、ほとんど出たのだと思いますよ」
「それでも出てくるなら、中にウジャウジャいるんだろうな」
「そうなりますわね」
スタンピードが発生したときは、一気に飛び出してきたそうだ。
フォルトたちと同じように、洞窟の入口を死守しようとしていたらしい。それでも出てくる数が尋常ではなく、結局は撤退へ追い込まれたと聞いた。それ以降は数を減らすことなく、各地へ広がっていった。
現在は魔物の領域で、生存競争が起きている。強い魔物の領域では餌になっているが、餌にならなかった魔物は、違う領域へ移動している。そこでも同じだが、弱い魔物の領域で繁殖しているようだ。
弱い魔物の領域には、人間の領域が入っている。生存競争に負けた人間は、町や村から逃げ出していた。もちろん逃げ切れない人間の運命は決まっている。
そうやって、スタンピードは広がっていくのだ。
「ですが、ここには拠点を作れませんね」
フォルトたちは洞窟の前に来ているが、入口へ近づいていない。
それは、地面に大きな穴が大量にあったからだ。センチピードのような大きな魔物が、地面を進んで飛び出したのだろう。
洞窟の入口では狭すぎる。
「確保は難しいだろうなあ」
「はい。穴をどうにかしないことには……」
「さっきスケルトンを進ませたが、何もいないようだったぞ」
「奥から追い出されなければ出てきませんね」
「なるほど。俺みたいな魔物だ」
「ふふっ。それでも、いつ出てくるか分かりません」
「うーん。穴からも進まないと駄目か?」
「そうですね。そのために人数が必要なのです」
「さすがはソフィア」
フレネードの洞窟まで来ても、このように対処が難しい。
スタンピードが発生する前は、洞窟の入口を確保すれば良かった。それ以降は、入口が大量にあるようなものだった。どれを進んでも奥へ進めるだろう。
だが、穴自体は魔物の大きさしかない。大きい穴の先には、大きい魔物がいると思われる。そのため、戦闘が楽なのか難しいかは、意見が分かれるところだ。
このようにフォルトが考えていると、セレスが近づいてきた。
「ソフィアさん、交代をお願いしますわ」
「それではフォルト様。ちゅ」
「でへ。魔力が切れる前に戻ってこい」
「はいっ!」
スケルトン神輿の近くには、おっさん親衛隊の後衛がいる。湧き出す魔物の数が少なくなっているので、今はあまり出番がない。
前衛のレイナスは、レベル四十になっている。限界突破の作業が終わらないとレベルが上がらないので、後衛は魔力が回復したら、戦いへ参加している。もちろん大きい魔物が出れば、全員で戦う。
そして、ソフィアは神輿から降りて戦いを開始した。
【ロック・ジャベリン/岩の
もともとソフィアは、火属性魔法を使っていた。しかしながら、ニャンシーから土属性魔法を習っていた。
戦う場合は「最近使えるようになった魔法」という条件を付けているので、初級といえども使っている。
一撃では倒せないが、洞窟から出てきた魔物へ当てていた。
「弱い魔物を倒してもなあ」
「でも楽っしょ。こうやって休めるしぃ」
「ははっ。さっきまでヒィヒィ言ってただろ」
「そっ、そうだけどさ! あんなにいたのよ!」
フレネードの洞窟へ着いたときは、魔物がウジャウジャといたのだ。
さすがに多すぎて、初心を変えたフォルトも手助けしたが、おっさん親衛隊はクタクタになった。
強くなっていても、体力や魔力は無尽蔵ではない。
「違うことでヒィヒィ言わせたいが……」
「エロオヤジ」
「エロオヤジで結構」
「開き直るなあ!」
アーシャは疲れているのに、こういった冗談に付き合ってくれる。
今は隣で休んでいた。踊りっぱなしだったため、動けないようだ。
「ねぇフォルトさん。足がパンパン」
「まだ駄目そうだな」
「もうちょっと待ってね!」
「ははっ。アーシャはレベルが上がったか?」
「三十四になったよ」
「おっ! 大量に倒したからなあ」
レベル上げとして、フレネードの洞窟へ来たのは正解だった。
現在は休みながらに変わったが、最初は間断なく戦っていた。それが、レベルを上げた要因だろう。自動狩りを激しくした感じである。
それに伴って、今まで見たこともなかった魔物と戦ったことも要因だ。たとえ弱くても、ジャイアントスラッグなどは、初めて倒した魔物だった。
「アーシャさん、私が治してさしあげますわ」
「いやいやあ。もうすぐだからさ!」
「サボりは良くないと思いますわ」
「ちぇ」
「ふふっ。次は私が独り占めしますね」
【ヒール/治癒】
セレスは弓で戦っているので、魔力は余っている。
自然神の司祭として、信仰系魔法も使えるハイ・エルフだ。ついでに精霊魔法まで使える。実のところ、身内で一番多彩である。
レベルは三十八で、限界突破も近い。
「フォルトさん、行ってくるね!」
「気を付けろよ。セレスはこっちだ」
「はい。旦那様」
パンパンだった足が治ったアーシャは、神輿から飛び降りてソフィアの隣へ向かった。暫くは魔物を倒すだろう。
それと前後して、セレスがジャンプして登ってきた。
「旦那様、この後はどうしますか?」
「そろそろ戻ろうと思う。日も暮れてきたしな」
「そうですね。カーミラさんのところへは?」
「セレスたちを送り届けたら行ってくる」
「連れていっては?」
「もうちょっと待ってろ。最終確認をしたら連れていく」
「分かりましたわ。ちゅ」
「でへ」
山の反対側には、愛しのカーミラがいる。
すぐ近くと言えば近くだ。呼び戻すことは可能だが、今はやってもらうことを続けている。その確認をしたら、おっさん親衛隊を全員連れていくつもりだ。
もしかしたら、混成部隊が到着する可能性もある。その場合は、打ち合わせが先になるかもしれない。
それでも問題なく連れていけるだろう。
「セレス、膝枕をしてくれ」
「はいっ!」
いつもはカーミラにやらせている膝枕を、セレスにやってもらう。アーシャは足がパンパンだったのでやっていない。当然のように悪い手を動かしておく。
フォルトが入口前で戦っている身内を眺めると、ベルナティオはほとんど動いていなかった。弟子へ稽古をつけるように、レイナスへ話しかけている。二人は一度も戻っていないので、拠点へ帰ったら相手をする必要がある。
そんなことを考えながら、脳内をピンク色に染めるのだった。
――――――――――
Copyright(C)2021-特攻君
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