第385話 ルート侵攻完了2
「大丈夫なのかなあ」
まずは、ターラ王国兵。
ソル帝国の属国になった後で徴兵された兵士たちだ。村で暮らしていた農家の若者が多く、町の住人も動員されていた。ハッキリ言って、戦力にならない。エウィ王国のように、数で使い潰す兵士たちである。
しかも指揮官が不足しているので、訓練を行えていない。一般兵の平均レベルは十五だが、残念ながら届いていなかった。
今までの道中でも、死者が出ている。五人一組で魔物の一体を取り囲んでも、そのうちの一人か二人は死ぬ。レベルの高い魔物とは戦えない。
ただし、足止めぐらいにはなる。
「なにがでしょう?」
次にレジスタンス。
ソル帝国との戦争後にできた組織で、元兵士や元冒険者が多い。その中には、専業だった兵士もいる。
帝国との戦争で生き残り、長年兵士として従事しているので、一般兵より強い。帝国とやり合っているため、レベルもそこそこ高い。
元冒険者は言わずもがな。魔物の討伐はお手の物だ。新米冒険者だった者たちでさえ、レベルが上がっている。
混成部隊の中では、一番の戦力になっている。指揮系統がリーダーのギーファスへ集中するのは仕方ないだろう。
ターラ王国の元騎士団長だ。
「もうすぐ到着よね?」
そして、ターラ王国とソル帝国の冒険者たち。
比率は、王国側の冒険者が七割。三割は帝国側の冒険者で、そのうちの一割は、スタンピード発生前から、間引きに従事していた。残りの二割は、今回から参加している。帝国軍師テンガイが出すと言った冒険者たちだ。
冒険者には、国家間の確執など関係ない。報酬と実力が見合っていれば引き受ける仕事である。参加している帝国の冒険者は、実力のあるチームばかりだ。
もちろん、王国の冒険者も負けていない。Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」を筆頭に、腕に覚えがあるチームが多い。
「そうですね。やっと、フレネードの洞窟がある領域へ入れます」
最後は、泣く子も笑顔になる元勇者チーム一行。
戦士のプロシネン、レンジャーのギル、魔法使いのシルキーである。たったの三人だが、混成部隊の中で一番レベルが高い。〈剣聖〉ベルナティオも言われているが、人間の最高戦力となる者たちだ。
組織としてなら、レジスタンスが中核を成す。しかしながら、魔物との戦いに関しては、一騎当千の働きをする。
泣く子も笑顔になるとは、人気が高いという意味である。握手を求められたり、武勇伝を聞くために人だかりができる。そういったことが嫌いなプロシネンは追い払っているが、ギルやシルキーは相手をしていた。
「随分と戦力が減ったようだけど……」
この混成部隊の中には、男性の目を集める二人の女性が存在する。
一人は、レジスタンスのファナシア。二十二歳の身目麗しき乙女で、ギーファスの娘である。騎士団長だった頃の父親に憧れて、同じ騎士の道へ進んだ。
階級としては、下級騎士に相当している。レベルは二十だ。
「犠牲者には申しわけないですが、作戦通りではありますね」
もう一人はササラ。
Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」に所属する魔法使いだ。薄いピンク色の髪をした小柄なうら若き乙女である。チームに所属したのはつい最近で、まだまだ見習いの冒険者だった。使える魔法は、初級の属性魔法である。
仲間のミゲルより先に所属したので、先輩風を吹かせていた。
「そうなんだ」
「ですので、休憩は今回で終わりですね」
「だからかあ。ゆっくり休めって言われてね!」
「ボイルさんですか?」
「うん!」
ササラは長時間の休憩をもらっていた。
もちろん魔物が出現すれば呼び出されるが、それまでは体力と魔力を回復するように言われている。
魔法使いは魔力がなくなれば、使いものにならない。
「羨ましいですね。父は厳しい人なので……」
「もしかして休めないのかしら?」
「はい。この後は見回りの任務を受けています」
「大変ねえ。じゃあ、背中を拭いてあげるね!」
「えっ! いいですよ」
「まあまあ」
ファナシアとササラは、女性用の大型天幕で体を拭いていた。
補給部隊から支給された水と布を使って、戦場で汚れた体を洗っている。周囲には女性冒険者や女性兵士もいた。魔物の領域内だが、やはり女性なので、汗の臭いは気になるのだ。
もちろん何も身に着けていないため、男性陣には天国だろう。しかしながら、
魔物の領域での軍事作戦中である。休憩時間は長くないので、そんな愚を犯すぐらいなら、腹を満たして睡眠をとる。
「おっと、滑った!」
「きゃ! ちょっとササラさん!」
「へへっ。ファナシアさんは大きいねえ」
「い、言わないでください。気にしているので……」
「私も自信はあるんだけどなあ」
「肩が凝るだけですよ。切り離せるなら捨てたいです」
「でもさ。ボイルは大きいのが好きだよ?」
「えっ!」
「だってさ。話すときは、胸ばっか見るんだもん」
「そっ、そうなんですね」
ササラたち冒険者には不文律がある。よって、チームの男性は手を出してこない。それでも、視線はお察しだった。
普段は魔法使いらしくローブを着ているので、胸の大きさはよく分からない。とはいえ、それを脱いだ状態でボイルと話すと、胸ばかり見てくるのだ。
「ハルベルトやハンクスもそうだなあ。ミゲルは分からないけどね」
「………………」
「あれあれえ。もしかして、ボイルが好きなの?」
「えっ! ち、違いますよ!」
「そう? まあいいや。ボイルを落としたかったら胸よ!」
「だから違いますって!」
「オジンだしね。ファナシアさんは
「オジン……」
ササラは昔のアーシャのように、侮蔑の言葉で使っていない。
これも、コミュニケーションの一つだった。ミゲル以外の三人は年齢が三十代後半なので、本来であればオジンの手前かもしれない。それでも、見る者の年齢によってはオジンになる。
その三人も分かっているので、彼女に合わせていた。
「はい! 終わり。前も拭いてあげようか?」
「いいですよ!」
「あ、いいのね。じゃあ……」
「そっちのいいじゃないです!」
「またまたあ」
「ササラさんって、そんな
「へへ。冗談よ。疲れちゃってね」
「疲れましたか?」
「うん。気が滅入ったって言うの? 明るくしたいだけよ」
今回のルート侵攻では、それなりに死者が出ていた。
大半はターラ王国兵だが、魔物に殺されている場面を見ると堪える。冒険者といっても、ササラは人の生死を割り切れるまでには至っていない。
また「聖獣の翼」の一員として、実力より上の依頼を受けている。それが、疲れとして体へ現れていた。
しかも、同じ新人冒険者のミゲルが元気なのだ。それが気に入らなかった。とにかく今は、気分がすぐれない。
「ですが、到着してからが本番ですよ」
「分かってるけど、間引きの延長って思えばいいかなあ」
「間引きですか?」
「洞窟でやってたからね。結局は実らなかったけどさ」
「私たちのせいですね。参加できていれば……」
「どうだろう。人数がいても変わらない気がするわ」
「そうなのですか?」
「ゾロゾロと入っても戦う場所がないかなあ」
フレネードの洞窟は自然の洞窟で、広狭のある道が続いているだけだ。地下へ降りるにも階段が無い。向かうためには穴へ落ちたり、下り道を進むしかない。
魔物は虫系が多くて、人間では進めない場所から現れる。または、壁の中を掘りながら移動する個体も存在した。
それらの要因が重なって、今回のスタンピードへ発展した。要するに、人間では対処できなかったのだ。
「ササラさんの話も含めて、父へ提案しておきます」
「ボイルが話してると思うけどね!」
「仲がいいですからね」
「オジンはオジン同士。若者は若者よ!」
「そっ、そうですね」
「だ、か、ら、前を拭いてあげるね!」
「いいですって!」
ササラはファナシアの後ろから抱きつく。
それからゴシゴシと拭き始めた。最初は嫌がっていたが、今回のルート侵攻で仲良くなっている。
次第に拒否する力が弱まって、なすがままに拭かれていたのだった。
◇◇◇◇◇
囮のルートで問題になっているのは、補給線の確保だった。
元聖女のソフィアからは、魔物の討伐を終わらせておけば、暫く出現しないと言われていた。しかしながら、今になって魔物が押し寄せていた。
「あっちの尻拭いよねえ」
【エクスプロージョン/大爆発】
その補給線を確保するべく、元勇者チームはルートを逆走している。
最初の知らせでは、魔物が大量に出現したので、多くの人員を割いて対処した。今は散発的だが、ヒル・ジャイアントが確認されたので対処している最中だ。数は五体で、隣の領域からはぐれた感じである。
そして、シルキーが上級の爆裂系魔法をぶっ放した。
「「ウゴオォォォ!」」
五体の巨人は密集していたので、すべて爆発に巻き込んだ。
三体の頭は粉々に吹き飛び、二体は左右へ吹き飛ばされた。
「さすがだな。シルキー」
二体の巨人は全身に酷い火傷を負って、地面の上を転げまわっている。しかしながら、数秒後にはヨロヨロと起き上がっていた。
そのうちの一体へ、青い
「プロシネン! まだ危ないわよ!」
走っている男性は〈
着ている鎧は、軽量化の魔法が付与されている。レベル五十以上の戦士なので、鎧を着ていない感覚で走っているだろう。
シルキーから声が届いても、それを無視するように加速した。
「ふん。手負いのヒル・ジャイアントなど……」
プロシネンの視線の先には、頭へ手を添えて、首を振っている巨人が立っている。爆発の衝撃で、耳でもやられたのだろう。
どう考えても負ける要素が見当たらない。
「ウガッ? ウゴオォォオ!」
どうやら巨人が、プロシネンを見つけたようだ。知能が低いからなのか、体じゅうに痛みが走っても戦うつもりらしい。
巨人から見れば、人間は
その攻撃方法の中で選んだのは、獲物を
「俺を食う気か? 旨いとも思えんがな。『
ブツブツと
その動きは、レイナスの身体強化魔法【ヘイスト/加速】より速い。掴まれる寸前に発動して、巨人の手から難を逃れた。
だが、それだけでは終わらない。
「悪い手だな。『
またもやブツブツ呟いたプロシネンが、今度は銀色に輝く剣を振るった。この剣こそ、〈蒼獅子〉が持つ聖剣フォーティファイドである。
聖剣のおかげかスキルの効果か、巨人の手首に細い線が浮かんだ。もし近くで見た者がいれば、とても軽い攻撃のように見えただろう。
それでも巨人の手首が、ストンと地面へ落ちた。
「ウゴッ? ウゴオオオオッ!」
切れ味が良すぎたようだ。手首が落ちてから、痛みを感じている。
聖剣で斬ったのでスキルだけの切れ味ではないだろうが、それでも切断面が奇麗すぎる。繊維のズレがまったく無い。
そして、大量の血が飛び出してくる。さすがに浴びたくないのか、プロシネンは物凄い速さで巨人から離れた。
「ギル!」
「アイヤー! 俺がやるのかい?」
「ふふっ」
プロシネンはその場から離れて、もう一体の巨人へ向かった。手首を斬り落とした巨人を、ギルへ任せたようだ。
それには、シルキーも笑みを浮かべている。
「まあいいか」
ギルは背中に背負っている矢筒から、一本の矢を取り出した。
何の変哲もない普通の矢だ。木で作られており、先端に鉄の
「あら、弓矢?」
「近づきたくねえぜ。どれにしようかな?」
そして、腰から垂らしている数本の小瓶を見る。その中には、それぞれで色の違う液体が入っていた。
指を動かしながら目を細めたギルは、赤色の液体が入った小瓶の蓋を開けて、鏃の先端へ付着させる。
「あの状態で任せられたしなあ」
巨人は手首から大量の血を流しながら、プロシネンを追いかけている。
それに対して弓を構えたギルが、傷口を見定めて矢を引き絞った。
「よっと。『
軽い口調で射られた矢は、巨人とプロシネンの間へ飛んでいった。
特に威力が高いわけではない。シルキーの目でも追える速さだ。あれでは突き刺さっても、ダメージは低いかもしれない。
しかも、方向が多少ズレている。
「あれでも当たるのよねえ」
「アイヤー、当たるぜえ」
ギルのスキルは名前から分かるように、命中に特化したスキルである。必中のスキルで、確実に目標へ当たるのだ。
先ほど巨人へ射た矢も、手首の切断面に突き刺さった。
「ウガアッ!」
肉が見えている場所へ刺さったので、さすがに巨人も痛がっている。
それでも、プロシネンを食べようと追いかけていた。
「ほい。終わり」
もう攻撃する気がないのか、ギルは弓を背負った。それも当然だろう。走っていた巨人が地面へ倒れて、ピクリとも動いていない。
弓が刺さった場所を見ると、腕から流れている血が緑色へ変色している。
「相変わらず凄い効き目ねえ」
「猛毒だからなあ。一瞬で全身を回るぜ」
「後はプロシネンだけど……」
「アイヤー、終わってるぜ」
プロシネンは、二体目の巨人の四肢を切断して首を
先ほどのスキルを使ったのだろう。本当に切れ味が良すぎる。人間から見れば太すぎる腕や太ももだが、まるで豆腐を斬るかごとくであった。
そして、
「シルキー、危なかったか?」
「いいえ。言ってみただけよ。優しいお姉さんに思えたでしょ?」
「ちっ。俺たちしかいないぞ」
「こういうのはね。普段からやっとくものなのよ」
手負いとはいえ、五体のヒル・ジャイアントを、短時間で倒した者たちの会話ではない。ボイルがいたら、乾いた笑みを浮かべることだろう。
そして、会話へ加わらないギルが、遠くから近づく何かに気づいた。
「馬鹿話もいいが、伝令が来たようだぜえ」
「伝令?」
「レジスタンスにいた男だぜ」
ギルの目は良い。
それは、遠くが見えるという意味である。プロシネンやシルキーには見えないが、言われた方向を眺めていると、馬に乗った男性が近づいてきた。
「シルキー殿はいらっしゃるか?」
「私よ」
「リーダーから伝言を預かってきました」
「ギーファスさん?」
「そうです」
確かに、レジスタンからの伝令であった。ギルは人影だけではなく、人物の顔までハッキリと確認していた。まったくもって恐れ入る。
その男性は、三頭の馬を引き連れていた。
「最後の領域で、アンデッドが出現しました」
「アンデッド?」
「はい。至急戻ってほしいと……」
「どんなアンデッドかしら?」
「スケルトンでしたが、被害が大きいので退きました」
「スケルトンで被害ですか?」
「詳しい話は、リーダーに聞いてください」
「分かりました」
「では、馬をお使いください」
「ありがとうございます」
スケルトンは下級のアンデッドだ。
戦う術を持たない人間には脅威だが、ターラ王国兵でも倒せるはず。それでも被害が出たと聞いて、シルキーは首を傾げてしまう。
「もしかして……。アンデッドウォリアーかしら?」
「かもしれんな。あれは強い」
「アイヤー。でも、「聖獣の翼」なら倒せるだろ」
「とにかく戻りましょうか」
この場で話しても
戻って話を聞くなり、実際に見たほうが早い。そう思った元勇者チームの三人は、急いで馬を走らせたのだった。
――――――――――
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