第382話 英雄級を目指して2
シュンが聖神イシュリルの声を聞いた翌日、集落の広場へ勇者候補チームの面々を集めて、今後の活動について話し始める。
アルディスから「宗教にハマった」と言われていたので、神の声が聞こえたという話は内緒にしてあった。
「とりあえず、今のレベルを教えてくれ」
「レベルだあ? 待ってろ……。三十五だな。二つも上がったぜえ」
「ボクは三十四ね。同じく二つだわ」
「わ、私は一つだけ上がって二十九です」
「僕は三十になったよ。限界突破だね」
「私は二十五です」
レベルの上昇具合はバラバラだが、概ね全員が上がっている。
ノックスは限界突破の作業が必要になった。それに引き換え、勇者候補としてチームへ参加したエレーヌが抜かされている。
「俺はアルディスと同じだな」
「三十四ね。順調なんじゃないかしら?」
「まあな。でも、エレーヌは勇者候補だろ。頑張れねえのか?」
「だっ、脱落でいいよ」
「うーん。そうなると、王国へ報告しねえとな」
本人が脱落したつもりでも、まだ許可を得ていないので、エウィ王国が認めていない。それについての対応も必要だった。
エレーヌ以外は、レベルを二つ以上あげている。今の状態では、ラキシスにも抜かされる可能性があった。
「そっ、そうだっけ?」
「ファインが言ってただろ。自己申告で脱落したってな」
「ちっ。あの野郎か……」
ギッシュはファインが嫌いである。罵倒された挙句に、チームから追い出せとシュンへ言っていた。
その件では、チームを抜けるかどうかを悩んだ。勇者召喚されたときに担当となった騎士へ相談もした。
そして、レベル四十になるまでは、一緒に行動すると決めた。
「まあよ。今はいいじゃねえか」
「けっ!」
「だから、エレーヌも自己申告しねえとな」
「な、なるほど。そうだね」
「戻ったときにでも、エレーヌを担当した騎士へ相談してくれ」
「う、うん。ありがとう」
エウィ王国側の判断は分からない。
それでも、今すぐにどうこうする話ではなかった。エレーヌへ伝えたとおり自己申告なので、正式な許可をもらえば良いだろう。
シュンからすると、報告義務を指摘されたくなかった。
「シュン、賢者は大器晩成って言うじゃない?」
「ノックスよお。そりゃゲームの話だろ」
「そうだけどね。術式魔法と信仰系魔法を使えるのは貴重だよ?」
「まあな。エレーヌは仲間だし見捨てねえよ」
(あの豊満な体を捨てられるかってんだ。ノックスだって見ただろ? アレは良いものなんだぜ。へへ、後で使うとするか)
シュンはエレーヌを手放すつもりがない。
正式に脱落しても、ノックスと同じ従者枠で良いだろうと思っている。将来は側室にする女性だ。
だが、彼女の心が離れていることをまだ知らない。
「さて、当面の目標は英雄級の四十を目指すことだが……」
ここで本題へ入った。
ファインからは、レベルが三十八になったら戻れと言われている。シュンは守るつもりだが、その目標まではまだ遠い。
そこで、さらにレベルを上げる必要に迫られていた。
「そんなもん、討伐隊で戦ってりゃすぐだろ」
「そうとも言えねえな。討伐隊に英雄級がいるか?」
「あん? ヴァルターは違うのかよ」
「模擬戦でギッシュが勝っただろ。英雄級には届いてねえ」
「そうだったな」
ギッシュは最初の模擬戦でヴァルターに勝った。しかしながら、それ以降の模擬戦では引き分けが続いている。
そうなると、レベルは同等ぐらいだろう。
「だろ? だから英雄級じゃねえ」
「そうかもだが、全力で戦ったら負けるかもしれねえぜ?」
「俺が見た感じだと、大差はねえ」
シュンの見立てでは、討伐隊の精鋭部隊はレベル三十前後だった。通常部隊の隊長を務めるスタインで、レベル三十四程度だと思われる。
そして、ヴァルターを三十七と見ていた。要は討伐隊へ所属して長い時間を過ごしているのに、まだ英雄級に届いていないのだ。
「ほう。じゃあ、討伐隊で上げても駄目ってことか?」
「多分な。そこで、遺跡の攻略をやりたい」
「はあ? 遺跡だあ?」
ここでシュンが、本題中の本題を口に出した。とはいえ、これが聖神イシュリルから受けた神命である。
その言葉は、宿で一緒にいたラキシスにも聞こえていない。
「フェリアスには、ガンジブル神殿っていう遺跡があるらしいぜ」
「その神殿名は、イシュリル神殿で聞いたことがありませんね」
「し、神殿ってことは、神様が
「いや。かなり昔に聖神イシュリルへ仕えてた勇者らしいぜ」
「勇者ってことは異世界人かな?」
「さあな」
「でもさ。なんでシュンが知ってんのよ!」
少し詳しく話しすぎたか。アルディスが痛いところを突いてくる。
それに対してギッシュが、何かを思い出したように口を開く。
「そういや、討伐隊の奴らと酒を飲んでるときに聞いたなあ」
「ギッシュ?」
「なんかよ。フェリアスには手つかずの遺跡が多いって聞いてな」
「それだ。手つかずってところに魅かれてよ」
「へえ。お宝とか眠ってるのかな?」
「どうだろうな。でも、行ってみる価値はあるだろ?」
「見たこともない魔物がいるかもね」
「そうそう」
これも聖神イシュリルの導きか。
シュンが話しやすいように、手を加えているように感じた。
(聖神イシュリルか。これは認められたと思っていいのか? 最初に声が聞こえたときから仕えてるつもりだったが、俺を勇者にしたいようだな)
神の思考など分からないが、まんざらあり得ない話でもない。
今のところ、シュン以外の勇者候補が活躍している話を聞かない。彼らも同様に、レベルを上げているはずだった。
ならば、少しは耳に入ってきても良いだろう。それなのに、名前すら聞こえないのはなぜか。
そう考えると、脱落したか成長が止まったと思われる。
(後は……。王様の直属となって、人生を
これもあり得そうな話だった。
英雄級になれば、エインリッヒ九世が直接召し抱える。いくらデルヴィ侯爵でも、英雄級の異世界人を配下にできないのだ。待遇は分からないが、好待遇で迎えられているだろう。
ならば、それで満足してしまったか。
「なぁノックス。俺たちの先を進んでる勇者候補って……」
「そう言えば聞かないね」
「俺も聞かねえ。なんかあんのか?」
「うーん。もしかして……」
「なんか心当たりでもあんのか?」
「王国〈ナイトマスター〉アーロン様の部下になったとか?」
「なるほどな」
エウィ王国最強の騎士である王国〈ナイトマスター〉アーロン。
エインリッヒ九世からの信頼が厚く、宮廷魔術師長グリムと同様に、側近中の側近である。おそらくは、勇者級の騎士だろうと思われる。
その部下となっているのならば、国王直属の兵士として、情報が隠匿されていると推察できる。もしくは、死亡したか。
「つかよ。勇者級がいるなら、俺らとか要らねえじゃねえか」
「はははっ! そういうものじゃないと思うよ」
「冗談だよ。じゃあ、遺跡の攻略でいいな?」
シュンは冗談を言いながらも、最後の確認を取る。
これも、チームリーダーとしての役割だ。もちろん、反対意見があっても言いくるめるつもりではあるが……。
「いいぜえ。とにかく俺は、強くなりてえんだ」
「ボクもいいわよ。でも、危険なら退いてよね!」
「そっ、そうですよ。危なかったから帰りますよ!」
「それだと強くなれないと思うけど?」
「ノックスさん、死んでは元も子もないですよ」
「まぁ慎重にやるさ」
すでにエレーヌは、危険な戦闘をやりたくない。
それでも今は、一緒に行動するしかなかった。その気持ちを知っている女性陣が、援護射撃を飛ばしていた。
その話はシュンも聞いていたので、安全を重視するように伝える。しかしながら、今回の件は、聖神イシュリルの神命である。
どんなに危険でもやり遂げるつもりだった。
(遺跡の件は、レベルを上げることが目的じゃねえからな。とあるアイテムを入手しろとの神命だ。それを手に入れたら、俺は一気に先へ進めるぜ)
「まずは情報収集からだ。みんなで遺跡の細かい情報を集めてくれ」
「おうよ! じゃあ、酒場へ行ってくるぜえ」
「ちょっと、ギッシュ!」
「わ、私たちは料理屋とかで……」
「そうですね」
「僕も雑貨屋とかで情報を仕入れてくるよ」
シュンとしても、わざわざ危険へ飛び込むつもりはない。
避けられる危険は避けるつもりだ。とはいえ、ある程度は戦わないと、ギッシュやアルディスが変に思うだろう。
とにかく自分のためだけに、神命を達成させるのだ。それについては、罪悪感がなかった。自分が強くなれば、仲間を守れると思っている。
そんなことを考えながら、遺跡についての情報収集を開始するのだった。
◇◇◇◇◇
現在のアーシャは、レベルが伸び悩んでいた。
それは、ソフィアも同様である。ベルナティオは別としても、そろそろレイナスとセレスが、レベル四十へ届きそうだった。
「フォルトさん! レベルが上がらないよ?」
「そう言われてもな」
「私もです」
フォルトは二人に相談されても分からない。
いや、なんとなくだが、ソフィアは分かる気がする。それは、魔法使いだからだ。魔法を習得することが重要だと思われた。
そして、レベルが上がっても魔法は覚えない。後はスキルの修得か。
「レイナスはティオからスキルを習ったからなあ」
「それを活かした戦闘で、身体能力が上がったってことですね」
「多分な。詳しいことは分からん」
「ねぇねぇ。もしかしてわたしって、踊りを覚えればいいのかな?」
「あり得るな。今は二種類だろ?」
「うん! 『
アーシャは限界突破のときに『
そして、ソフィアは一つだけ上がっていた。属性魔法を増やして、戦闘に組み込んでいるからだと思われる。
(なんとなく、仕組みが分かったような。分からないような? レベルを上げることで覚えるスキルもあるが、基本的には新しく取得することなのか?)
新しく覚えたスキルや魔法を使うことで、新たな戦術が生まれる。それが蓄積されて、体が覚えるのだろう。
これを繰り返すことが、レベルの上昇に役立っていると考えた。しかしながら、本当に合っているかは分からない。
「とりあえずは、新しく覚えたやつを使ってみてくれ」
「使ってるよ?」
「そっ、そうだな! なら、アーシャは魔法もだ」
「魔法かあ。風属性魔法だけど種類はないよ?」
「覚えが悪いからな」
「ちょっと! 頭が悪いって言いたいの?」
「いや、俺よりは良い」
「それって、どう受け取ればいいのやら……」
アーシャは器用貧乏な成長をしているようだ。
剣術も魔法も、スキルすら中途半端である。それ自体は、踊り子として成長の方向性を決めたときに分かっていた。それでも、方向転換はさせないつもりだ。
健康的な生足を見るために……。
「でへ」
「真面目に考えるつもりないっしょ?」
「考えると言うよりは、そのままでいい」
「へ?」
「みんなのレベルを
「でもさあ。四十までは上げないとね!」
一番最初に設定した目的が、堕落の種を芽吹かせることだ。
そのために、わざわざターラ王国までやって来た。しかしながら伸び悩んでいるので、フォルトも困っているのだ。
「そうだったな。何かブーストできるものがあれば……」
「異世界人の称号だけじゃ駄目なのかなあ」
「レイナスは『
「うんうん」
「つまり、アーシャは天才」
「話を戻してどうすんのよ!」
「あっはっはっ!」
現在は夜も深まり、ルート上で野営している。
フォルトたちは、ソル帝国の補給部隊に天幕を張ってもらった。周囲は帝国騎士が見張りへ立って、ベルナティオとレイナスは寝ている。セレスはフェブニス隊と打ち合わせの最中だった。
そして、カーミラは隣で体を寄せている。
「御主人様、戦神の指輪みたいなアイテムがありそうですねえ」
「かもなあ。もしかして、各神殿にあるとか?」
「聖神イシュリル神殿の秘宝は違いますね」
「へえ。どんなの?」
「宝珠です。上級魔法の儀式に使います」
「ふーん」
ソフィアに否定されてしまったが、フォルトの適当な考えなど、こんなものだ。それでもカーミラの指摘は、的を射ているかもしれない。
戦神の指輪は、特定スキルの発現という効果だった。
「そう言えば、あたしの顔を治すときに……」
「それって夢だったろ。宝珠でも出てきたのか?」
「儀式をやったってことね! 宝珠を持ってたかは分からないしぃ」
「えへへ。死ななくて良かったですね!」
「うっさい!」
アーシャが見た悪夢は、夢魔が見せた夢である。
フォルトが召喚した悪魔だが、周囲の兵士から情報を収集したので、細かいところまでは夢として作っていない。
それにしても、懐かしい話だった。
「それらしいアイテムが、他にあるのかな?」
「分かりません。戦神の指輪の効果も初めて知りました」
「ふむふむ。まぁ暫くは、新しく覚えたのを使ってくれ」
「分かりました」
「新しく覚えたものなんてないけどね!」
「い、一番近いやつで!」
「そうするねえ。じゃあ……。ちゅ」
「わ、私は後で……」
ソフィアは二人きりが良いので、天幕を出ていってしまった。後と言ってもこれから二人を相手にするので、今日は打ち止めになるだろう。
そして、太陽が昇る頃に起きる。それにしても、ターラ王国へ来てからは自堕落ができていない。
フォルトは不機嫌になってきた。
「くそ、眠い!」
「御主人様、無理しなくていいですよお」
「そっ、そうだな。もう一眠りさせてくれ」
「はあい!」
(頑張って自堕落を封印してるつもりだったがなあ。でも、もうひと踏ん張りだ。これも身内のため。ひいては自分の……。むにゃむにゃ)
これは、何度も思っていることだった。
身内のためなら頑張れる。だからこそ自堕落を封印しているつもりだったが、禁煙と同じように続けられないのだろう。意志が弱い証拠だ。
それでも、二度寝をすれば機嫌が直った。目覚めたフォルトはスケルトンを召喚して、いつもの
そして全員を集め、カーミラの膝枕を堪能しながら状況を確認した。
「さてと。ヒル・ジャイアントは粗方片付けたか?」
「そうですねえ。でも、西へ逃げていきましたよお」
「西か……。
「そうでーす! あっちは大変そうですね!」
「知らん。勝手に死ね!」
「さすがは御主人様です!」
「あの三人がいれば平気ですよ。後で文句を言われますが……」
カーミラとの会話に、ソフィアが混じってきた。
それは、状況が狙い通りだからである。おっさん親衛隊が戦うことで、魔物を西へ移動させることが狙いだったらしい。
ヒル・ジャイアントの生き残りを西の領域へ移動させ、その領域の魔物を、さらに西へ移動させる。まるで玉突きのように、ドンドンと押し出すのだ。
そして、囮の混成部隊へ食いつかせ、こちらのルートへ戻さない。
「もしかして、最初も逃がしたほうが良かったのか?」
「いえ、力を見せておくのでしょう? 手頃ではないでしょうか」
「なんだ。知ってたのか」
「ふふっ。どちらでも良かったので……」
ソフィアの戦術には、フォルトの思考も入っている。力を見せずに逃がしても問題ない状況にして、それを見せても構わないようにしている。
そういったことを考える頭脳を、子供の頃から持っているのは恐ろしい。いや、もしかしたら成長しているのかもしれない。
「これが本来のソフィアか」
「いえ、ベッドにいるときの私が……。な、何を言って……」
「でへ。あまり、無理をするなよ?」
「ありがとうございます。後は進むだけですからね」
「なら、レベルを上げることに専念できるな」
「はい」
「さてと、次の魔物は何かなあ」
「フォルト様、次は出番がありますよ」
「え? 俺は戦わないと言っただろ」
ソフィアは何を言っているのだろう。
確かに力を見せるため、一度はヒル・ジャイアントの群れを全滅させた。しかしながら、今後現れるの魔物は逃がしても良いのだ。
ならば、フォルトが戦うことは皆無になるはずだった。
「次は大型の魔獣です」
「ちょっ! さすがに無謀じゃないか?」
「いえ、フォルト様が戦いますので」
「だから戦わないと……」
「ビッグホーンです」
「なにっ!」
次の領域には、フォルトの大好きな肉が
そして、頭数はグリム領の近くにある地より少ないらしい。ならばと、腕試しを兼ねて戦いたいようだ。
これも、思考を読んだ結果だろう。肉で釣ろうとしている。
「勇者アルフレッドは、チームで挑んで勝ちました」
「ふーん。ソフィアもいたの?」
「私が従者になる前ですね」
「なるほど。面白そうな話だ」
「はい。ティオさん以外のレベルは足りませんが……」
「俺が入れば埋められると?」
「そのとおりです。どうでしょうか?」
なかなか面白い話になってきた。
当時の勇者チームは、全員がレベル五十になっていた。その状態で勝利したので、高位の魔法使いであるフォルトが入れば、釣り合いが取れるだろう。
本気を出せば、一瞬でケリがついてしまうが……。
「なになに? 面白そうな話じゃん!」
「フォルト様と一緒に戦うのですか? ロゼ! 頼みましたよ」
「旦那様がいれば安心して戦えますわ」
「私だけで十分だが、きさまと共に戦うのもいいな!」
おっさん親衛隊の面々もやる気だ。しかしながら、これは良い経験になる。人間が大型の魔獣と戦うことはない。当時の勇者チームぐらいなものだろう。
ならば、その経験はレベルにも反映されるはずだ。怠惰なフォルトだが、彼女たちと一緒に戦ってみるのも悪くない。
そんなことを思いながら、カーミラの膝枕で半回転するのだった。
――――――――――
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