第381話 英雄級を目指して1
いくら知能が低くても、攻撃を受ければ防御する。
フェブニス隊の攻撃が功を奏し、半数のヒル・ジャイアントが倒れた。しかしながら、腕で目を隠して、速度を落としながら進んでくる。その中には、ひときわ大きな巨人が存在した。
ベルナティオはその巨人と戦うために、抜き身の刀を垂らしながら、
そして、残りのおっさん親衛隊も、ゆっくりと前進を始めた。アーシャは器用なもので、華麗なステップで舞い踊りながら前進している。
「ウゴオォォォ!」
「ガアァァァア!」
他の巨人たちは、大きな巨人を守るつもりがないようだ。大きくて強いからボスになっているだけで、決して指揮ができるわけではない。
これは、ニホンザルの習性に似ている。基本的にボス猿はおらず、得意分野の強弱で決めている。そもそも猿に序列は無い。
目的が被った場合は、それが得意な猿へ譲る行動を取る。つまり、群れの中で一番強いから、ベルナティオという獲物を譲られたのだ。
「ふん。
ならば、他の巨人たちが取る行動は分かる。
当然、他の獲物を狙うのだ。大きな巨人以外は左右へ別れて、レイナスから後方の餌を目指している。
「師匠! こっちは大丈夫ですわ!」
「当然だ! 任せるぞ!」
他の巨人は、フェブニス隊の援護があれば問題ないだろう。
目を隠して一撃で倒れなくても、足に穴を空けられて動きを止めていた。
「ウガァァァア!」
「おまえの相手は私だ!」
「ウゴッ!」
ベルナティオが巨人へ近づくと、武器を振りかぶって
物凄い高さから振り下ろされる
原始的だが、凶悪な武器だ。
「はあっ! 『
だが、そんな見え見えの攻撃を受けるベルナティオではない。
それでも、刀では受け止められない。体格や筋力は段違いなので、武器を折られて死ぬのは確実だ。当然のように避けるが、それだけで終わらないのが〈剣聖〉としてのゆえんであった。
走っていく軌道を変えて、そのまま巨人の右足へ向かって飛んだ。その瞬間にスキルを使う。彼女の使ったスキルは、アーシャの『
効果は重複しないので、『
「そんな攻撃が当たるか! 『
そして、膝の横へ位置した瞬間、刀を振るうと同時にスキルを使う。
まるで月の光が差したかのように刀が光に包まれて、巨人の膝へ斬撃が走る。ベルナティオの必殺スキル『
また、剣速をもって相手を斬るのではなく、剛力をもって叩きつける。一見すると同じように見えるが、その性質はまったく違うものだ。
その証拠に、足が斬れずに骨を砕いた。
「ウゴォォォオオオオッ!」
巨人は片足を折られて、石斧を振り下ろした勢いのまま、前のめりに倒れた。
そこへ、ベルナティオの最後の攻撃が放たれた。
「まだまだあ! 『
スキルとは、集中力を使う技だ。
使えば使うほど集中力を削られるが、ベルナティオは意に介していない。『
そして、一回転して刀を鞘へ戻した。
「ヒョ……」
最後の攻撃は、『
巨人は倒れ込みながら、首を
それにしても立て続けにスキルを使うのは、常人では無理だ。〈剣聖〉ベルナティオだからこそであった。
これにはフォルトも……。分かっていないと思われる。
「さすがに疲れる。でもこれが、私の剣の道だ」
ベルナティオの追い求める剣の道。
それは、一瞬でケリをつける剣技。長期戦が苦手なのではない。短時間で相手を仕留める技を突き詰める。極めれば、どんな強敵も一撃で仕留められるだろう。
そして、戦いとは刹那の勝負と思っている。実力が
特に魔物との戦いは、長時間かけて戦うほどに危険度が増加する。体力や筋力も、魔物のほうが圧倒的に上なのだ。どれだけ優勢に戦おうとも、一撃で苦労が水の泡となって消えてしまう。
ならば、一瞬で倒すことこそ正解なのだ。
「さて、他の巨人どもは……」
ベルナティオが振り返る。
その視線の先には、巨人を聖剣ロゼで切り刻んでいるレイナスが映った。剣の道は違うが、すばやい動きで巨人を翻弄している。
弟子の成長しているところが見られて、思わず笑みを浮かべてしまう。
「レイナスも戦いを分かってきたようだな」
この戦いでレイナスは、魔法やスキルを温存していた。
いつもなら身体強化魔法を使って、『
そして、レベルの高いベルナティオが、多くの敵を倒しても意味はない。身内のレベルを均等にするのも、フォルトの目的の一つだった。
現在はアーシャ、ソフィア、セレスも戦闘に参加している。
「ウゴォォオオ!」
「「ウゴッ? ウゴゴッ!」」
ベルナティオの脳裏には、闘技場でレイナスが、ファインと戦っていた姿が思い浮かんだ。そのとき、巨人は断末魔の大声をあげて前のめりに倒れた。
他にも数体の巨人が残っていたが、一目散に逃げ出したのだった。
「ちっ。さすがに追えんぞ!」
巨人の歩幅は、人間の何倍もある。フェブニス隊に足を貫かれていても、さすがに追いかけるのは無理があった。
ベルナティオがどうしようか悩んだ瞬間、スケルトン
「はぁ……。手伝わないと言っていたクセにな」
ベルナティオは
戦いの
【エクスプロージョン/大爆発】
フォルトの爆裂系上級魔法が
これには
「ふぅ。威力はこんなものかな?」
おっさん親衛隊の全員が分かっていた。
ベルナティオが戻る頃には、全員がスケルトン神輿を囲んでいる。
「まったく。きさまときたら……」
「さすがに追いつけないだろ? 領域の魔物は倒すのだからな」
「そうだな」
「それに、実力は見せておいたほうがいい」
フォルトは、少しでも実力を見せたほうが良いと判断したようだ。
確かに、「高位の魔法使い」だけでは足りない。軍務尚書が
もちろんそれは、レジスタンスにも言えること。口だけではなく、本当に殺されると理解させる必要があった。
そういった話は、ベルナティオにも分かる。〈剣聖〉としての実力を知られているからこそ、威圧が効果的に発揮するのだ。
「帝国にか?」
「それもあるが……。まぁ風聞でもな」
名声の重要性を理解したのか、それとも理解していないのか。人間としての実力を超えない範囲であれば、ローゼンクロイツの家名に
先ほどの爆裂系上級魔法は、元勇者チームのシルキーも使える。フォルトは威力を気にしていたが、そのあたりは如何様にもごまかせるだろう。
「じゃあ、領域内を掃討するか」
「そうだな。まだまだいるだろう」
「寝る! カーミラ、見つけたら起こしてくれ」
「はあい!」
「ぐぅぐぅ」
「はやっ!」
相変わらずの駄目男っぷりに笑みがこぼれる。
それは、他の身内もそうだ。アーシャのツッコミにも、ベルナティオは笑い出しそうになった。本当に寝るのが早い。
とりあえずフォルトは放っておき、他にもいるヒル・ジャイアントの群れを探すことが先決だろう。補給線を確保するためにも、討伐は必須なのだ。
その作戦を遂行するために、おっさん親衛隊は移動を開始するのだった。
◇◇◇◇◇
シュン率いる勇者候補一行は、獣人族の集落へ戻った。ラフレシア戦の後始末も一段落付いている。後は専門の者に任せれば良かった。
集落では討伐隊への労いと戦勝を祝して、宴が催されていた。大した報酬も無い隊員のために、宴の席を設けて、士気を高めるのが目的だ。
そして、別の目的をもった隊員も多かった。
「へへ。俺はマタンゴを十体も倒したぜ」
「凄いじゃない。ねえ。宴が終わったら……」
こんな感じである。
要は求愛の宴も兼ねているのだ。こちらの世界の女性は、強い男性に魅かれる。それは、人間だけではない。
そして、獣人族のほうが原始的だった。獣の特性を持っているからなのか、子孫繁栄に余念がない。
ちなみに女性の隊員は、自分より実力が上の男性を狙っている。司令官や隊長、もしくは軍へ所属している兵士などだ。
大族長を狙う猛者もいる。
「なんか……。疎外感を感じるわね」
「ああ。まったくだな」
宴は広場でおこなわれているが、シュンたちの周囲には誰もいない。たまに料理や酒を持ってくる給仕がいるくらいだ。
その中にあって、ギッシュだけは受け入れられている。求愛に興味がないので、討伐隊の面々と酒を酌み交わしていた。
「僕たちも討伐隊へ参加したんだけどね」
「まあな。これが人間と獣人族の確執か?」
「多分ね」
「よお、シュン。飲んでるか?」
「うん?」
シュンがノックスと話していると、犬人族のスタインが近づいてきた。
討伐隊の隊長として面倒見が良いので、いつも世話になっている。
「見てのとおりだよ」
「そうシケた顔をするな。悪気があるわけじゃねえ」
「そうは見えないがな」
「はははっ! あいつを見な」
スタインがエール酒を持った手で、遠くに座る獣人族の男性を指す。その隣には、一人の女性が酌をしていた。
他の場所でも見られる光景だ。
「誰だ?」
「誰でもねえ。まぁ分かると思うがよ。求愛されてんだよ」
「そっ、それは分かる」
「獣人族の求愛はよ。人間とはちょっと違うぜ」
「え?」
獣人族の求愛は、強い男性の子供を産むことが主眼になっている。恋愛からではないのだ。女性から強い男性へ近づいて、子供を身籠れば結婚する。
ここからが重要で、子供を授かれなかったら他の男性を探す。
「はあ?」
「恋愛ってのはあるがよ。まずはガキを作ることだぜ」
「い、いや。それってどうなんだよ」
「だから、人間とは違うって言っただろ」
「言ってたけどよ」
「だからな。シュンたちには寄ってこねえ」
「ちっ。人間とも子供は作れるんだろ?」
「作れるぜ。作れるが……」
獣人族と人間が交わると、どちらかの種族が産まれる。
獣人族の女性にとって、同族の産まれる確率が半分になってしまう。それは男性も同じで、ほとんどが人間を選ばない。
その価値観に対して、アルディスとエレーヌが話し出す。
「凄いわね。でも、ボクは選ばないし選ばれたくないね」
「そっ、そうね。まるで獣の……」
「ちょっとエレーヌ!」
「す、すみません」
「ははははっ! いいってことよ。合ってるぜ」
エレーヌの言葉の続きは、失礼に当たるものだった。
シュンも同じことを思ったが、さすがにアルディスが
「そういうこともあってな。人間は獣人族を蔑むんだ」
「確執かあ」
「他にもあるがな。とにかく価値観ってやつが違うんだぜ」
「なるほどなあ」
価値観の相違は、よくある話だ。
こればかりは交流して、互いに理解していくしかないだろう。とはいえ、シュンには関心のない話であった。
酒のつまみや話題の一つとしてなら良いが、本気で考える話ではない。逆に本気で考えている者を馬鹿にするほうだった。
(そんな、意識高い系の話に用はねえんだよ。俺以外がモテてるのが許せねえだけだぜ。俺は将来、大貴族で勇者だぜ。俺のをくれてやんよ)
「シュン?」
「い、いや。なんでもねえ」
「まぁ、そういうことだからよ。歓迎はされてるぜ」
「ならいいけどよ」
歓迎されていなければ、宴にも呼ばれない。
料理や酒は、同じものが振る舞われている。ただ、近寄りづらいだけだろう。給仕へ来た女性とも、多少は話せている。
ギッシュは言わずもがなだ。
「おっ! あいつら……。決めたようだな」
「え?」
「宴を抜け出して、宿へ直行だぜ」
「ちょ、ちょっとスタインさん!」
「あ、あまり、そういうのは……」
「不潔ですわね。聖神イシュリルの罰が下りますよ」
「はは……」
なんとなく下ネタへ走りそうなスタインを、女性陣の三人が止める。
特にラキシスが怖く、シュンは乾いた笑みを浮かべた。まさに彼女へ対して、神の罰を受けそうなことをやっているのだから。
だがそれは、聖神イシュリルが認めたことである。
(宿か……。ちと、ラキシスとやるか。でも……)
「ラキシス、気分が悪そうだな」
「いえ。だい……。そっ、そうですね」
「ボクが飲ませすぎたかしら?」
「ま、魔法で治しましょうか?」
「信仰系魔法は神の御力です。むやみに使うものではありません」
「でも私は、信者じゃないけどなあ」
エレーヌは学問で覚える魔法と信仰系魔法が使える。
称号が「賢者の卵」だからだろう。しかしながら、その信仰系魔法の源となる神が分からない。
「エレーヌ、聖神イシュリルはそう言ってるぞ」
「そっ、そうなの?」
「俺には神の声が聞こえるからな」
「シュン、やっぱり宗教にハマったんじゃ……」
「いやいや。まぁ俺が休ませてきてやるよ」
「それならボクたちが!」
「スタインさんの相手をしてくれ。女に飢えてそうだしよ」
「飢えてねえよ! だが、男よりは女だなあ」
「ほらな」
これは、チャンスだった。
討伐隊へ参加してからは、夜の情事をしていない。ラキシスを堪能するなら、今しかないだろう。
それに、ストレスの発散もできる。
「じゃあ、ラキシス」
「すみません。少し休んできます」
「分かったわよ! スタインさん、お酒、お酒を飲もう!」
「おう! ジャンジャン飲もうぜ!」
「りょ、料理も無くなってきたわ。持ってきますね」
「僕も手伝うよ」
アルディスはスタインの接待を始めた。
社会人になっても空手に打ち込んでいたので、酒は強くない。しかしながら、ヤケクソ気味に飲み始めた。後で埋め合わせをしないと拙いかもしれない。
そして、シュンとラキシスは、獣人族の男女が入った宿へ向かう。宴の最中はそういったことに使われるらしい。
それについては知らん顔だ。他に休める場所もない。とにかく急いで入って、手早く済ませてしまうに限る。
「いたっ!」
「そのままでいいぜ。ケツを上げな」
「は、い……」
部屋へ入ったシュンが、いきなりラキシスの
それから荒々しく襲いかかって、思いの丈をぶちまけた。行為中も体を力いっぱい殴りつける。
今まで
「い、痛いです。せめて優しく……」
「その痛みが俺の愛だぜ」
そして、行為が終わった後は、優しく抱きしめて愛の深さを教え込む。これがシュンの愛である。
(やっぱりラキシスはいいぜ。そうやって、従順になってりゃいいんだよ。それにしても、獣人族ってのはお盛んだよなあ。ある意味で羨ましいぜ。だが……)
シュンは子供を作る気がない。ラキシスを最初に抱いたときは危なかったが、どうやら大丈夫なようだった。
さすがにそれ以降は、気を付けている。
「ラキシス、おまえは……」
それに貴族として出世したら、ラキシスを側室として迎えるつもりだった。もちろん、アルディスとエレーヌも同様だ。本命の女性は、ソフィアを考えている。
これが、シュンの考えている欲望の一つだった。
「(シュン)」
「ラキシス、何か言ったか?」
「い、いえ。なにも……」
「(シュン)」
「こっ、これは! 聖神イシュリルの声か!」
下衆なことを考えていたシュンへ、聖神イシュリルの声が届く。急なことでビックリしてしまったが、首から下げている聖印を握り締めた。
そして、片膝を床へ付けて、頭を下げるのだった。
――――――――――
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