第379話 ルート侵攻開始2
元勇者チームのシルキーは、侵攻作戦が終わった後、急ぎ仲間が待っている町へ向かった。ランス皇子が出席した最初の作戦会議から戻っていない。
あれからソル帝国は、レジスタンスの支部を壊滅させている。それに伴って、規模の減ったレジスタンスとの交渉で、ローゼンクロイツ家が動いていた。
その間は、首都ベイノックへ滞在していたのだ。彼女にとっては、どちらも関係ないので戻っても良かった。
だが、すぐとんぼ返りになると思ったので残ったのだ。
「ボイルさんたちは置いてきちゃったけど……」
仲間のプロシネンやギルへ伝えることが多い。侵攻作戦の内容はもちろんのこと、ソフィアやフォルトについて話す必要があった。
シルキーは飛行魔法を使って、空を飛んでいた。速度はそれほどでもないが、馬や徒歩より早い。
徒歩だと三日は必要だが、飛べば一日で到着する。
(十年も会わないと変わるわねえ。あの頃の女の子が奇麗になっちゃって……。プロシネンやギルが見たら驚くわ。でも、男の趣味だけはいただけないわね)
「フォルト・ローゼンクロイツ。日本人って言ってたけど……」
シルキーから見たフォルトは、ギルと同じようなアジア人に見えた。
基本的に、人種を見分けるのは難しい。日本人でも中国人でも同じに見える。カナダ人のシルキーも、アメリカ人と同じに見られている。
それは良いのだが、何か違和感があった。高位の魔法使いで間違いないだろうが、それ以上のものを感じていたのだ。
勘ではないが、言葉にするのは難しい。そんな、あやふやなものだ。
「プロシネンなら、何か分かるかしら?」
ソフィアから聞いた話も違和感があった。
とにかく、フォルトのことを話さないのだ。いや、性格などは聞かせてくれた。人間を嫌っていて、身内以外を信用しない。惰眠が大好きで
それを聞いた感想としては駄目男であった。
(力については、高位の魔法使い以上の話は無かったわね。でもあれは、グリム様や私を基準にして話していたわ。何かあるわね)
「グリム様が何かを知っているかもね」
そんなことを延々と考えていると、目的地の町へ到着した。仲間がいるのは北側の外壁で、元勇者チームの二人が見張りを担当している。
ギルのスキルなら、人より遠くを見渡せる。プロシネンは壁から飛び降りて、魔物を迎撃できる。
拠点化の作業をやらない代わりに、魔物の対処をしているのだ。
「ただいま」
「戻ったか」
「アイヤー、シルキーだけか? 冒険者は?」
「置いてきたわ。二人に話すことがあってね」
仲間と合流したシルキーは、早速ソフィアの話を始める。二人は笑みを浮かべながら懐かしんだり、成長を驚きながら聞いていた。
もちろん、フォルトの話も聞かせる。それに対して二人は、好意的に受け取れていない。やはり、謎が多いことが原因か。
勇者召喚されてからの経緯にも疑問があるようだ。
「フォルト・ローゼンクロイツか……」
「アイヤー、ソフィアちゃんは
「それはないわね。グリム様が
「今は客将という話だったな」
「そっか、バグバット様が後見人だったかあ」
「ええ。それにソフィアちゃんの賢さは変わってないわ」
「はははっ! 騙すことはあっても騙されることはないか」
三人は子供だったときのソフィアを思い出す。
当時から頭が良く、たちの悪い悪戯を楽しんでいた。よく引っかかったアルフレッドが追いかけていたのを思い出す。
従者になった後も、その頭脳に助けられたこともしばしばだ。
「だが、中年だって話だろ?」
「ソフィアちゃんはそう言ってたけど、アジア人は良く分からないわ」
「アイヤー、俺よりはどうだ?」
「老けてたわね」
「珍しいな。普通は若い奴らが召喚されるはずだが……」
「そのあたりは神様の領分ね」
「まあいい。それで、俺たちの対応は?」
ここでプロシネンが本題へ入る。
細かい話は抜きにして、元勇者チームのとるべき行動だ。フォルトとどう向き合うかで、今後の自分たちの立ち位置を決める。
「無視が良いと思うわ」
「当然だな。得体の知れない奴と仲良くする気はない」
「アイヤー! ソフィアちゃんはどうすんだ?」
「本人が望んで一緒にいるわ」
「洗脳は?」
「そういった感じじゃないわ。アレは恋ね」
「「ぶっ!」」
シルキーがときめいた表情を浮かべている。
その言葉に対して、プロシネンとギルが吹き出した。決して、彼女の表情に吹き出したのではない。
「こ、恋だと?」
「きっと当たってるわよ」
「ふむ。家族が好きだったからな。ソネン様に似てるのか?」
「まったく」
「そんなにいい男なのかよ。モテるオヤジってやつか?」
「いいえ。逆ね」
「「………………」」
三人とも複雑な表情をしている。
二十歳そこそこの女性が、五十歳にも届こうかという中年を好きになっている。もちろん、歳の差があるカップルは珍しくない。
だが、昔のソフィアを知っているだけに複雑なのだ。
「まあよ……。ってシルキー」
「なにかしら?」
「ハーモニーバードが飛んでくるぜ」
「あら、きっとソフィアちゃんからね」
こちらへ向かって飛んでくるハーモニーバードを、ギルが発見した。かなり遠くだが、これもレンジャーの能力である。
暫く待っていると、三人の近くへ降りてきた。その足には手紙が巻かれており、シルキーが解いてから読む。
すると、先ほどの複雑な表情から笑顔になった。
「やっぱりね」
「なんて書いてあるんだ?」
「ふふっ。私たちにおねだりよ」
「なに?」
「いえね。ソフィアちゃんったら……」
シルキーは作戦会議の内容を話し出す。
ソフィアが立案した作戦は、勇魔戦争で勇者チームが使った作戦だ。会議中は口を挟まなかったが、その作戦には続きがあることを知っていた。
そのため、町へ来たときに話があると思っていたのだ。しかしながら、ハーモニーバードを使って手紙だけ送られてきた。
「早く伝えたかったんじゃないか?」
「プロシネンが駄々をこねるからね」
「ちっ。俺たちに
「ほらね」
「アイヤー。でも、俺がいなくて平気なのか?」
「あのときは、ギルがいないと成り立たなかったけど……」
「ふん! 俺たちが本来のルートを進む。ローゼンクロイツ家が囮だ」
プロシネンはプライドが高い。
そのことで何度も、アルフレッドと
「あっちも倒すつもりなんでしょ」
「隠れながら向かうんじゃないのか?」
「違うわ。工兵部隊を連れていくのよ」
「アイヤー、洞窟の前へ拠点を作らないと駄目だもんな」
今回の侵攻作戦は、隠密裏に進み、魔王スカーレットのようなボスを倒すわけではない。戦力にならない工兵部隊を連れていくのだ。
元勇者チームの三人だけ到着しても、拠点を築けない。
「私たちだと戦力がねえ」
「ちっ。〈剣聖〉がいるんだったな」
「そうね。後はダークエルフの戦士隊がいるわ」
「少数の部隊としては合格じゃねえか?」
「それはいいのだけれど、一つ問題があってね」
「問題だと?」
「ソフィアちゃんには悪いけど、評判が悪すぎるわ」
「何の話だ?」
「フォルトって日本人ね。協調性が皆無なのよ」
フォルトたちは、冒険者やレジスタンスと連携が取れない。
作戦会議でも、「身内以外は勝手に死ね」などと言っていた。これでは不和のせいで、犠牲が増える可能性がある。
「俺もそうだが?」
「アイヤー、プロシネンは不愛想っていうんだぜ」
「ちっ。囮の指揮官は?」
「ターラ王国の軍務尚書様だけど、これは建前だけね」
スタンピードはターラ王国の問題なので、その国が前面に立つ必要がある。ソル帝国はもちろん、元勇者チームやローゼンクロイツ家は援軍なのだ。
「建前?」
「無能。この奪還した町からは出ないわ」
「戦えない奴は要らん」
「なので、実質はレジスタンスリーダーのギーファスさんね」
「元ターラ王国騎士団長か。だが、本来のルートは内緒なのだろ?」
「そうね。だから、私たちが行くのよ」
「アリバイと尻ぬぐい……」
「ふふっ。分かったかしら?」
「仕方がない。他ならぬソフィアの頼みだ」
「決まりね」
プロシネンが折れた。
すでに元勇者チームは実力を見せて、何度も魔物を撃退している。冒険者やターラ王国兵にも人気がある。
ソル帝国からの援軍になっているが、レジスタンスも好意的に見ているだろう。そうなると、ローゼンクロイツ家とは比べるまでもなく発言力が違う。
連携も楽に取れるし、緊急時の命令も聞いてくれるはずだ。
「俺はローゼンクロイツ家に会わん」
「そうね。でも、遠くから見ておいてちょうだいね」
「当然だ。見定めておいてやる」
「いきなり斬りかかっても、〈剣聖〉に止められるわよ?」
「だから、遠くから見ると言っている」
「アイヤー、飛び出すのが分かってるから言ってるんだぜ?」
「ちっ」
「じゃあ、ソフィアちゃんに返事を送るわね」
シルキーは話を続けながら返事の手紙を書く。それからハーモニーバードの足へ巻くと、主人であるソフィアの元へ飛び立っていった。
とりあえず、ローゼンクロイツ家を無視すると決めた。それに、ソフィアの頼みも聞いた。後は依頼を完璧にこなすだけだ。
そして、三人は南に顔を向けながら、混成部隊の集合を待つのであった。
◇◇◇◇◇
フォルトはスケルトン
そして、尻に敷いているのは、赤と黄色で紋章のようなものが装飾されている布だった。なかなか肌触りが良い。
「なあ、カーミラ。この布ってなんだ?」
「えへへ。お尻と背中が痛いかなと思いましてえ」
「すりすり」
「んあっ!」
カーミラの気遣いが
フォルトは膝枕になっている太ももを触って、その感謝を伝えた。この布のおかげで、気分が良いのだ。
「魔人だから痛くないぞ。でも、気持ち良くて惰眠が捗るな」
「ですよね! お城にあった布でーす!」
「ほう。城まで行ったのか」
「はいっ! 鉄の棒に張り付ていましたあ」
「それって……。旗じゃない?」
「そうとも言いまーす!」
なんと、ターラ王国の国旗を尻に敷いている。
思うところは何もないが、寝心地は良かった。とりあえず、後で捨てておかないと拙いだろう。
左右と後ろを見ると、おっさん親衛隊とフェブニスの戦士隊は徒歩だった。フォルトとカーミラだけが楽をしていて、とても申しわけなさそうになる。
そんなことを思っていると、一人の帝国騎士が、馬に乗って追いかけてきた。
「馬上より失礼! ローゼンクロイツ家一行とお見受け致す!」
「うむ」
「ソフィア様はおられるか?」
「はい。私です」
「テンガイ様から手紙を預かっております」
「ありがとうございます」
スケルトン神輿を見ても驚かない帝国騎士が、馬へ乗ったままソフィアへ手紙を渡す。豪胆なのか割り切っているのか。
その帝国騎士は手紙を渡した後、すぐに戻っていってしまった。
「ラブレター?」
「ち、が、い、ま、す! えっと……」
分かっている。
手紙の内容は、内緒で決めたルートの侵攻作戦についてだ。ソフィアやテンガイは、お互いが考えながら動き、こうやってやり取りをしている。
本当に大したものだ。
「フォルトさんってば嫉妬ぶかーい!」
「まあな。褒めたら何か出るぞ」
「出るんだ……」
「きさま、もうすぐ到着だ。降りて出せ!」
「何を?」
「師匠、はしたないですわね」
「旦那様、レイナスさんは要らないそうですわ」
「もちろん要りますわ。ねえ。ソフィアさん」
「………………」
なんとも馬鹿らしい会話だが、ソフィアは真剣な眼差しで手紙を読んでいる。
それなりに込み入った内容のようだ。
「ふむ。カーミラよ」
「なんですかあ?」
「例のアレは?」
「下準備は始めてますよお」
例のアレとは闇ソフィアの提案だが、開始されるのはフレネードの洞窟へ到着してからだ。しかしながら、開始するには下準備が必要である。
それは始めているらしいが、魔物がワンサカといるはずだった。
「洞窟の魔物って弱いの?」
「そうですねえ。奥へ行くと強いと思いますよお」
「平気かな?」
「あいつらなら深くは潜れないでーす!」
「まぁそうだな。そのあたりは任せるか」
「きゃ!」
「むぐっ!」
フォルトは興味を失ったように、カーミラの膝の上で反転する。
すると、手で頭を押さえてきた。これは少々息苦しいが、
「でへ」
「あ! 御主人様、町が見えてきましたよお」
「ちっ」
フォルトは再び反転して上体を起こすると、町を囲うの壁が見えてきた。
そろそろ、スケルトン神輿から降りたほうが良いだろう。
「よっ!」
「たぁ!」
フォルトは神輿から飛び降りた。
そして、後を追ってきたカーミラを受け止めて地面へ降ろす。ここからは、残念ながら徒歩になる。
弱いとはいえアンデッドなので、町にいる人間を驚かしてしまう。もちろんスケルトンたちは、ターラ王国の国旗を地面へ埋めさせてから送還する。
「フォルト様」
「どうした? ソフィア」
「町へ到着したら、すぐに出発します」
「ふーん。手紙?」
「はい。他の町から出た帝国軍と合流する予定です」
「ははっ。じゃあ、挨拶とかは要らないか?」
「それは、お姉さんがやってくれるでしょう」
「なるほど。さすがはソフィア」
「きゃ!」
今回はソフィアが頑張っている。
帝国軍師テンガイと渡り合いながら、フォルトが望む方向へ進ませてくれた。いくら感謝しても足りないだろう。
その礼として、腰へ手を回して引き寄せる。これが礼になっているかは分からないが、いつも嬉しそうな笑顔を見せてくれる。
「今回は良いですよお。御主人様を独占しちゃってください!」
「い、いえ。そんなつもりは……」
「えへへ。もう一つの手が空いてま――」
「ゲット! へへ、あたしがこっち!」
「ちっ。アーシャのくせにすばやいな」
「ちょっと、ティオさん! あたしのくせにって何よ!」
「出遅れましたわ」
「では旦那様、私は町を出てからお願いしますわ」
取り合いをされたフォルトは感無量だった。両目から涙を流しながら、天を見上げるべきだろうか。
ふと、そんなことを思ってしまう。
「フォルト殿は羨ましいな」
「ま、まあな。フェブニスにも良い
「残念ながらいないですね」
「そこの女ダークエルフは?」
「彼女は結婚してます」
「そ、そうか。キャロルは?」
「ははははっ! 出来の良い妹ですよ」
「そ、そうか」
(レティシアから聞いたが、キャロルはフェブニスが好きなはずだ。これは、前途多難だな。従者で連れていくが、里帰りは多めにさせよう)
ちなみに、出来が悪いほうがレティシアだ。いつも愚妹と言っている。
キャロルは準身内のため、フォルトはなんとかしてやりたくなった。お節介かもしれないが、おっさんなので仕方ない。
「ソフィア、もしかして町へ入らなくていい?」
「いえ。到着は知らせたほうがよろしいでしょう」
「ですよね」
「ゆっくりと通り抜けるだけでいいですよ」
「来ていると分かればいいんだな?」
「はい」
奪還した町へ入る必要はあるが、わざわざ泊まる必要はないようだ。
その町は壁に囲まれていて、周囲に何かが大量に置かれている。町へ近づくと分かってきたが、どうやら魔物の死骸のようだった。
「アレは?」
「解体が追いついていないようだな」
「ああ。魔物の素材か」
「ジャイアントスパイダーのようだが、腹の粘膜と外殻が売れる」
「へえ。フェブニスは詳しいな」
「我らは売らずに使っているがな。粘膜は上質な糸になる」
「ほう! 糸か……。服に使える?」
「使えるぞ。興味があるのか?」
「あるな。アーシャも興味があるだろ?」
「うん! 服の素材は重要ね!」
フォルトは女性のアバターを眺めるのが大好きだ。
その趣味のために、リリエラをドワーフの集落へ向かわせている。もしも上質の糸になるなら、コルチナが頼んできた話に使えるはずだ。
そのことを、カーミラへ覚えておいてもらう。
「カーミラ」
「はあい! ジャイアントスパイダーの粘膜ですねえ」
「さすがはカーミラ」
相変わらずツーと言えばカーだった。
フォルトが考えていることは、フレネードの洞窟で、ジャイアントスパイダーの素材を手に入れることだ。
町の外に置かれているということは、スタンピードで
大量に運ぶには大罪の悪魔マモンを出し、アンドロマリウスを召喚する必要があった。しかしながら、それは見せたくない。
「旦那様、素材を集めるのですか?」
「セレスも詳しそうだ。趣味や遊びに使えそうな素材をだな」
「では、まずは服で使えそうなものですね」
「今はいい。ニャンシーをリリエラのところへ行かせるか」
身内の装備は見た目や性能も良いため、わざわざ変える必要はない。
それでも色んな服を着てもらって、フォルトの目を楽しませてほしい。そんな緊張感の欠片もないことを考える。
そして、奪還した町へ入っていくのだった。
――――――――――
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