第二十七章 裏切りと生贄と

第378話 ルート侵攻開始1

 フォルトは惰眠を貪っていたが、おっさん親衛隊と共に、首都ベイノックの北側にある門へ集まっていた。奪還した町へは個人で向かって、数日以内に到着すれば良いらしい。そこからが本番である。

 そして、瓢箪ひょうたんの森からフェブニス隊が合流した。紫色の髪を長く伸ばしたダークエルフだ。目が鋭いイケメンである。

 レティシアの兄なので、準身内の男性だ。


「フォルト殿、待たせたな」


(待っていないとは言えない。待っているのはレティシアだが、まだ戻ってないみたいだしな。まぁ戦力にはなるはずだ。フェブニスは強いらしいし……)


 フェブニス隊は、ダークエルフ族十人で構成された戦士隊だ。

 本人はレイナスと同様のレベルで、隊員も限界突破をやったかやらないかである。エウィ王国やソル帝国の一般兵では、同数だと太刀打ちできない。

 帝国に捕まったのは、圧倒的な数で囲まれたからだった。


「俺たちと同じ部隊だそうだ」

「それは助かる。人間どものお守など勘弁だ」

「確かにな。フェブニスたちには後方支援を頼む」

「分かった。弓なら任せろ!」


 魔物はおっさん親衛隊で対処したい。

 彼女たちのレベルを上げることが目的である。フェブニス隊には、後方から弓で魔物の体力を削ってもらいたい。

 また、面倒な補給などをお願いしたかった。


「俺も後方だが、ソフィアたちの近くにいるからな」

「では、気兼ねなく戦いますね」

「私は弓を使いつつ、魔力を抑えて治療しますわ」

「あたしの生足を見たいだけっしょ」

「でへ。そのとおり」


 おっさん親衛隊は、前衛と後衛に分かれる。前衛はベルナティオとレイナスが担当する。後衛はソフィア、アーシャ、セレスとなる。

 魔物の行動は読めないので、前衛を越えられる場合もあるだろう。左右から集団で襲われる可能性も否定できない。その場合は、フォルトが対処するときがあるかもしれない。

 とはいえ、基本的には彼女たちに任せるつもりだった。


「きさま、それは奪還した町へ着いてからだ」

「町へ向かう間は平気なのか?」

「補給線になっているわね。平気だと思われますわ。ピタ」


 レイナスがフォルトの腕へ絡みついてきた。

 スタンピードの発生で、そこら中に魔物が存在している。しかしながら、街道沿いは平気だった。

 ターラ王国兵が、常に巡回している。


「さっさと向かいたいが……」

「フォルト様、残念ながら歩きですね」


 ソフィアの言ったとおり、徒歩で向かうことになる。

 奪還した町は、瓦礫がれきが散乱しているらしい。現在は拠点化を進めている最中で、馬車で向かっても馬繋場ばけいじょうがない。

 もちろん、フレネードの洞窟へ向かうときは使えない。そのため、宿屋で預かってもらっていた。

 代金の支払いは、宿を取ってくれた帝国軍師テンガイだ。


「よし! 久々にスケルトン神輿みこしの出番だな」

「フォルトさん……。それ、好きね」

「快適だしな」

「旦那様、目立ちますよ」

「え?」

「他の冒険者たちも向かっています」

「今更だと思うがな」


 今も北門から出発している冒険者たちがいる。まだ出発しない冒険者もだ。他にもレジスタンスらしき者たちを、チラホラと見かける。

 フォルトは彼らから嫌われている。冒険者たちも良い感情は持っていないだろう。ターラ王国兵は分からないが、軍の総責任者である軍務尚書には嫌われている。もしかしたら、何かを吹き込まれているかもしれない。

 よって、何の気兼ねもない。もともとするつもりはないが……。


「御主人様、スケルトンぐらいならいいんじゃないですかあ?」

「そうだな。バイコーンじゃなければいいか」

「えへへ。膝枕しますねえ」

「でへ。頼む」


 そして、闇ソフィアからの提案の一つを達成しているカーミラも戻っていた。こちらの件は、フレネードの洞窟へ到着した後の話だ。

 彼女の膝枕は、毎日のように堪能しているが飽きることはない。その温もりと柔らかさを想像したところで、とあることを思い出した。


「ソフィア、テンガイ君と話したいって言ってたよな」

「はい。連絡は取れるでしょうか?」

れた?」

「それはありません。意地悪を言わないでください!」


 テンガイは若くてイケメンであり、帝国軍師の肩書を持っている。

 その他にも、魔法使いで頭が良い。誰がどう考えてもモテるだろう。ホストのシュンより上ではなかろうか。そうフォルトは思っていた。

 ソフィアは、その彼に話があるらしい。今回の作戦の件と言われていたが、嫉妬が顔を出している。

 これは仕方のないことだ。


「すまんすまん。でも、帝都へ帰ったんじゃないか?」

「いると思います」

「なぜだ?」

「フォルト様にご執心ですので……」

「勘弁してくれ。男は趣味じゃないぞ」


 テンガイはイケメンだが、フォルトは自他ともに認める女好きだ。男性に言い寄られても困ってしまう。

 その場で爆裂魔法を撃つかもしれない。


「ふふっ。フォルト様を味方にしたいのでしょうね」

「冗談だ。分かっている。じゃあ、どこかにいるかだが……」

「魔力探知で探しましょうか」

「いや、見分けがつかん」


 テンガイの魔力はそれほどでもないので、魔力探知だと見分けが難しい。

 北門には冒険者が多い。同じような大きさの魔力を感知してしまう。これでは、誰の魔力か分からないのだ。

 ランス皇子のように分かりやすく護衛されているなら、なんとなく予想できる。魔力探知は予想があってこそ、相手を特定できるのだ。


「御主人様! うわさをすればですよお」


 カーミラが向けた視線の先からは、護衛の帝国兵を並べたテンガイがいた。偉そうに、大通りを練り歩いてくる。その隣には、帝国四鬼将筆頭の〈鬼神〉ルインザードも確認できた。

 そして、フォルトを見つけたのか、軽く手を上げていた。


「やれやれ。大層なものだな」

「フォルト様の見送りでしょう」

「はぁ……。他の人間を当たってもらいたいものだ」

「ふふっ。その気がないと伝えてみては?」

「ははっ。勝手に秋波を送ってくるだけさ」


 テンガイはあからさま過ぎるのだ。しかも、それを分かってやっていた。

 そのことだけに関しては、デルヴィ侯爵と同じである。ならば、有効な手段なのだろう。評価されると人は喜ぶものだ。

 その評価の内容はさておき、フォルトはテンガイを信用していない。それでも、悪い気はしなかった。


「フォルト殿、見送りに参りました」

「わざわざご苦労。来なくてもいいぞ」

「これは手厳しい。ですが、御用があるかと思いまして」

「え?」

「読まれていますね。用があるのは私です」

「やはりですか」


 さすがは帝国軍師と言うべきか。ソフィアの考えを見通しているようだ。

 テンガイも、フォルトに呼ばれていないのは分かっている。御用があるかと聞いてきたときに、顔は彼女のほうを向いていた。


「場所を変えましょうか」

「そうですね。道から外れれば大丈夫でしょう」

「俺もついて行くぞ。ソフィアを寝取られたらたまらん」


 これは冗談であって冗談ではない。

 少し話をするだけで寝取られるなど、重い男の極みだ。しかしながら、何を話すかは気になる。


「フォルト殿はご冗談がうまいですな」

「冗談なものか。ソフィアは奇麗で可愛いだろ?」

「まぁ、フォルト様……」


 ソフィアは恥ずかしいのか、ほほを桜色に染めた。

 フォルトは自身を卑下するが、身内のことはベタ褒めする。目の前で他人に惚気のろけられたら、純情な彼女は耐えられない。


「ですが、ソフィア殿が受け入れませんね」

「なぜだ?」

「お互い気苦労が絶えないでしょう。私生活まで頭を使うのは……」

「ふふっ。そうですね」

「なるほど。納得した」

「では、あちらで話しましょうか」

「ちょっと待て」


 さっさと移動して話を聞きたかったが、フォルトは意地悪なことをひらめいた。

 そこで、早速テンガイへ問いかける。


「俺の身内では誰が好みだ?」

「フォルト様!」

「さ、参考までにな」

「参考ですか? 誰かを選んだら殺されそうですが……」

「い、いや。大丈夫だ。ただの好奇心だからな」


 本当に意地悪な質問だ。ソフィアが止めるのも無理はない。帝国軍師へ対して聞く内容ではないのだ。

 もちろんフォルトにも分かっているが、なぜかとても聞きたくなった。


「そうだ。あんたもな」

「私もですかな?」


 ついでにルインザードにも聞いてみる。

 テンガイだけでは、答えづらいかもしれないからだ。しかしながら、ここまで話したところで自虐へと入った。


(俺は何を聞いてんだ? 自分の馬鹿さ加減にあきれてくるな。こんな話を二人に聞いてどうするのだ。なあ、俺よ……)


「私はアーシャ殿ですね。活発で明るい女性が良いです」

「アーシャか。やらん」

「それは、何かの遊びでしょうか?」

「い、いや。反射的なものだ」


 フォルトの即答に、テンガイが真面目な顔で聞いてくる。

 それは当然だろう。友達でもなんでもない。こんなやり取りなど想像もしていなかったはずだ。

 それにしても好きと言わず良いと答えるあたり、気を遣っていると分かる。


「すまんな。私には妻がいる。他の女性は選べん」

「ほう、結婚しているのか。その歳だしな」

「はははっ! 歳ならそう変わらぬであろう?」


 ルインザードはフォルトと同じ中年である。

 見た目は鍛え抜かれたオーガとプヨプヨしたおっさんだが……。


「ま、まあな。奥さんは一人か?」

「うむ。どこかの王のように何人も要らぬ。娘もいるぞ」

「ほう、羨ましいかぎりだ」


 同じ中年で成功しているルインザードへ、フォルトは少しだけ嫉妬してしまう。

 日本にいた頃は、普通でも良いので、家庭を持ちたいと考えたこともあった。とはいえ、今は満足しているので少しだけなのだ。


「若い頃なら、〈剣聖〉殿を選んだであろう」

「ティオか。やらん」

「私が若ければですぞ。共に研鑽けんさんを積む相手として申し分ない」

「なるほど」


 ルインザードには大人の対応をされた。

 皇帝ソルの幼馴染おさななじみとして、自分を律しているのだろう。若い頃から色恋沙汰へ走っていないようだ。それでも、冗談のような話に乗ってくれた。

 堅物のイメージがあっただけに意外だった。


「すまなかったな。本当にくだらないことを聞いた」

「いえいえ。場が和んだようです」

「ほう、そんな狙いがな。たしかに和んだかもしれぬ」

「と、とりあえず移動しよう」


 二人は何かを勘違いしてくれたので、ソフィアを連れて大通りから外れた。カーミラには、目で合図をしておく。出発の準備を終わらせておいてほしい。

 移動した先は何かの建物の前だが、フォルトたちの周囲を帝国兵が囲む。それから背を向けて、他の者が近づかないようにしていた。


「それで、私に話とは?」

「テンガイ様は何に気づかれましたか?」

「ルートについてですね」

「なるほど。さすがですね」


 フォルトには、内容がサッパリ分からない話だ。

 それでもソフィアが納得したので、話したい件は合っているようだ。内容としては、作戦会議で決まった侵攻ルートについてだった。


「どうやら試されているようですね」

「いえ……」

「構いませんよ。そうですね……。おとりと言えば納得しますか?」

「やはり読まれているようですね」

「はい」

「では、お手伝いを依頼したいのですが?」

「見返りは?」

「依頼を受けることが、見返りになるかと思います」

「なるほどなるほど」


 ソフィアとテンガイは、意味深な会話をしている。

 やはりフォルトには分からないが、何やら火花が散っている錯覚をおぼえる。頭脳戦でもやっているのだろう。


「だが、しかし!」

「フォルト様?」

「あ……。ソフィア、分かりやすくな」

「ふふっ。そうしましょうか」

「ははははっ! フォルト殿には敵いませんな」

「くくっ……」


 フォルトの素直さに三人は笑っている。

 先ほどのやり取りで、場が和んだおかげもあるだろう。それに対して恥ずかしくなってくる。しかしながら、せっかく話し合いの場が作れているのだ。

 この場で腹を探り合っても意味はない。


「ルートは隠されていますね?」

「はい。奪還した町から北西へ向かうルートでしたが……」

「北東から進むルートですね」

「そのとおりです。つまり……」

「ターラ王国兵や冒険者は囮です」

「へぇ」


 二人は交互に話しているが、そのおかげで内容が理解できた。

 作戦会議で決まったルートは、囮のルートである。フォルトたちは、ソフィアが考えている別のルートを侵攻するのだろう。

 その手伝いを、ソル帝国へ依頼したいようだ。


「この作戦は、勇者チームでやったものです」


 ソフィアが勇魔戦争で使った作戦は、今回の作戦会議で決まったルートの侵攻ではない。味方の犠牲を使った作戦であった。

 それを知らされていない者たちは、偽のルートで被害を受けることになる。ある意味で非情な作戦だが、当時は仕方なかったらしい。


「それだと、シルキーが見抜いてるだろ」

「はい。ですが、囮のルートへ向かってもらいます」

「いいのか?」

「全滅しても困りますので」

「元勇者チームは三人だったな。納得するのか?」

「ハーモニーバードで伝えてあります。大丈夫との回答でした」

「いつの間に……」

「さっきまで寝ていましたよね」

「そうだった」


 先ほどまでフォルトは寝ていた。

 起きてからはフェブニスたちと合流したりで、話を伝える時間がなかった。ちなみに昨晩の相手は、カーミラとアーシャである。二人とも積極的な女性なので、為すがままにされてしまった。

 元勇者チームが囮のルートへ向かうのは、全滅を避けるためだ。全滅されると、これから向かうルートへ、魔物が殺到することになる。


「話が逸れましたね。テンガイ様、失礼しました」

「気にしないでください」

「話の続きですが、見返りはターラ王国の併合ですね」

「ははははっ! いやはや、さすがはグリム殿の孫娘です」


 スタンピードの対処のはずが、ソル帝国がターラ王国を併合する話へと変わっている。属国と併合の違いがよく分からないフォルトは、答えを求めるようにソフィアへ問いかけた。


「属国とは違うのか」

「現在の状態ですね。主従関係があり、独立的地位が認められています」

「ふむふむ」

「併合は領土や国を譲り受けることですね」

「へぇ」

「つまり、ターラ王国は消滅してソル帝国となります」


 フォルトはなんとなく理解した。

 だが、それが可能かどうかは分からない。譲り受けるということは、ターラ王国の王族がソル帝国へ申し出ないと駄目だろう。

 すでに属国の立場なので、そんなことをするとは思えなかった。


「簡単に申しますと、国庫の枯渇とターラ王国兵の損害です」

「サッパリ分からん」

「貧困へと導き、国民から帝国へ併合を申し出させます」

「な、なるほど?」

「ふふっ。詳しい話を聞きたいですか?」

「いや、いい。まあ、それがテンガイ君の狙いというわけだな」

「ソフィア殿は敵に回したくないですね」


 テンガイが感心したようにうなずいている。ソフィアが同レベルの頭脳を持っていると思ったのかもしれない。

 今のところ、頭脳戦では互角のようだ。


「そこまで読まれているなら……。ソフィア殿」

「はい」

「依頼の内容としては、別ルートの支援と洞窟前の拠点作成ですね?」

「前線には出しません」

「労働力と資材だけなら大丈夫ですよ」

「では?」

「お受けしましょう。補給部隊と工兵部隊を付けます」

「ありがとうございます」

「前線に出ないとしても、部隊を守る騎士団は出します」

「分かりました。できればザイザル殿を……」

「ランス皇子が付けた帝国騎士ですね。分かりました」


 ここまで話されれば、フォルトでも分かった。

 昔なら分からなかったが、普段から頭脳派の身内と会話をしているおかげだ。知らない間に、おっさんの脳みそが鍛えられていたようだ。

 テンガイの策謀を読んでいるソフィアは、この依頼を受けると思っていた。混成部隊には内緒で別ルートを進むことになるので、そういった支援が必要だった。

 ここまで考えている彼女には、いつもの褒美をあげる必要があるだろう。


「でへ。んんっ! 二人共、分かりやすかった」

「ですが……。よろしいのですか?」

「なにがだ?」

「エウィ王国が黙っていないと思われますが?」

「ローゼンクロイツ家には関係ないな」

「エウィ王国の援軍で、グリム殿の客将ですよね?」


 エウィ王国のことなどどうでも良いが、名目上はテンガイの指摘どおりだ。

 フォルトは確認のために、ソフィアへ問いかける。


「ソフィア?」

「今回の依頼がなくても、結果は同じです」

「そうなのか?」


 スタンピードが収束した後には、話していた内容と同じことが起こる。すでにテンガイは、策謀を実行へ移している。

 ターラ王国から遠いエウィ王国に、それを止める手立てはない。ソフィアの依頼を受ければ、期間が短くなるだけだった。


「それに遠すぎて、エウィ王国では止められませんね」

「確かにな」

御爺様おじいさまも分かってくれますよ」


 エウィ王国からすれば、ターラ王国はソル帝国の先にある小国だ。

 帝国が敵視行動を取っているので、現在だと介入しようがない。


「では細かい話は、奪還した町へ到着してからということで?」

「分かりました。軍の編成などはお任せください」

「はい。私はルート上の魔物討伐について考えておきます」

「ルインザード殿、先に本国へ戻ってください」

「そうしよう。陛下には伝えておく」


 これで決まりだ。

 奪還した町へ到着すれば、ソフィアの作戦が開始される。彼女は移動しながらも、ルート上の部隊運用を決めるだろう。

 テンガイも、帝国軍の駐屯地へ戻りながら考えるはずだ。合流したときに、照合するだけで済ませるようだった。

 まったくもって恐ろしい二人だ。


(またまたソフィアへ任せて、膝枕のためにスケルトン神輿の準備でもするか。さすがに首都で召喚したら騒ぎになるか? 仕方ないな。少しだけ歩くか)


 すでにフォルトの心は、カーミラの膝枕へ飛んでいた。

 そして、ソフィアの手を握りながら、テンガイとルインザードが離れていくのを眺めるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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