第375話 フレネードの洞窟へ3
迎賓館での宴は、少人数で催されている。
フォルトとカーミラは、おっさん親衛隊と一緒に出席した。ソル帝国からは、ランス皇子・帝国軍師テンガイ・四鬼将筆頭ルインザードが出席した。
これは、ローゼンクロイツ家として見ているのか、アルバハードからの特使として歓迎しているのか。
エウィ王国の援軍としての待遇ではないだろう。
「あぁ……。キツかったなあ」
宴の最中は、ランス皇子の対応に面を食らった。
出会った当初もだが、とてもフレンドリーに接してくるのだ。それをテンガイがサポートしていて、物凄く背中が
ルインザードはベルナティオと剣についての談義を交わし、付き合わされたレイナスの乾いた笑みが印象的だった。
「でもなあ。ソフィアの頼みだったしなあ。闇の……」
宴が終わった後は、迎賓館の近くにある宿へ泊まった。
テンガイの名義で借りられていたようで、すぐに部屋へ引き籠りたいフォルトへ配慮したものだった。
この対応も、
(それにしても……)
宿は貸し切りになっていて、フォルトは適当な部屋で惰眠を貪った。次の日は休むつもりだったが、丸一日を使ってソフィアの頼みを聞いた。
現在は、フレネードの洞窟へ向かうための作戦会議へ出席している。場所は宴を開いた迎賓館で行われている。
その一室では、大人数の人間が集まっていた。
「じゃあ、ソフィアとセレス。頼んだ」
「はい。フォルト様」
「旦那様は後ろで、ドッシリと構えていてくださいね」
「う、うむ」
今回の作戦会議には、ソル帝国から帝国軍師テンガイと四鬼将筆頭ルインザード。それと帝国側の援軍として、元勇者チームのシルキーが出席していた。
一応の礼儀として、フォルトはテンガイと軽く話をする。
「テンガイ君、今回はランス皇子がいないのだな」
「奪還した拠点へ入れる帝国軍の編成を指揮しています」
「なるほど」
レジスタンスからはリーダーのギーファスと娘のファナシアを始め、数名の幹部が出席していた。冒険者ギルドからはギルドマスターのオダルとや「聖獣の翼」のボイルと、他の冒険者チームから頭脳担当が出席している。
「よお、ギーファス。約束通り来たな」
「さすがに出ないと、無理難題を押し付けられるからな」
「ボイルさん、一緒に戦うのは久しぶりですわね」
「そうだな」
ターラ王国からは、軍務尚書が出席していた。
前回はランス皇子に怒鳴られて部屋から放り出されたが、スタンピードはターラ王国の問題である。それに、ターラ王国軍の兵士も従軍するのだ。
誰かしらは出席する必要があった。
「では、始めさせてもらう」
そして、軍務尚書から声が上がって会議が始まった。
フォルトはセレスに言われたとおり、後ろでドッシリと構えておく。
「まずは、奪還した三カ所の町を拠点とする」
「軍務尚書さんよ。それは前回、一蹴されただろ」
「せっかく集めた人数を分散してどうするよ!」
「は、はぁ……。そうだったか?」
「元勇者チームが奪還した町へ集中したほうがいいと思うぜ」
「拠点化が一番進んでるしな」
「そうなのか?」
「オダル、報告書は送ったんだろ?」
「軍務尚書様、読まれましたか?」
「あ、当たり前だ!」
軍務尚書の無能さは相変わらずである。
ターラ王国軍のトップとして参加したが、とにかくズレていて的外れなのだ。本来なら前回と同様に部屋から放り出したいが、さすがに今回は難しい。
そこで、テンガイが一石を投じる。
「私とルインザード様は口を挟みません。皆様方でお決めください」
「うむ」
「テ、テンガイ様……。分かりました」
宗主国のソル帝国が口を挟まないなら、属国となったターラ王国の軍務尚書は何も言えないだろう。その程度の意味なら理解できたようだ。テンガイとしても、無駄な時間を費やしたくない。
そこへ、ギーファスが口を挟んだ。
「そうさせてもらう。帝国軍は向かわないのだからな!」
「そうですね」
レジスタンスが反発するのは分かっているので、テンガイはギーファスの言葉を軽く受け流す。要は軍務尚書が邪魔しなければ良いのだ。
それを
「まあまあギーファス。停戦したんだからよ」
「ふん! それで、どのように進めるのだ?」
「私が進行役をやります」
フォルトたちはエウィ王国からの援軍だが、アルバハードとしての立場もある。
その中立性があるので、セレスが議長に名乗りを上げた。フェリアスの討伐隊で総司令官を務めていたので、作戦会議の場は慣れている。
それは了承されて、早速会議を進め始めた。
「では、拠点についての意見があればどうぞ」
「えっと。全員を養える物資はあるのですか?」
「ファナシア。残念ながら、そこまでの量はねえな」
「はぁ……」
この程度の資料なら、軍務尚書が先に用意しておくものだ。
セレスは
「物資の供給はどうなっていますか?」
「うむ。三カ所の町へ分散して送っている」
「一カ所へ集中することはできませんか?」
「だ、奪還した町は帝国軍が守ってくれる。物資は必要なのだ!」
「困りましたね。帝国軍は本国から、物資を輸送できませんか?」
セレスはテンガイへ提案するが、奪還した場所はターラ王国の町である。それを守備するための帝国軍なのだ。
ターラ王国が物資を提供するのは当然だった。
「無理ですね。ソル帝国の領地ではありませんよ」
「そうだぞ。ターラ王国が負担するものだ」
「では、ターラ王国が買い取ればよろしいでしょうか?」
ここでソフィアが提案する。
ソル帝国とレジスタンスが行った停戦交渉の場で、テンガイがターラ王国の国庫を空にするつもりだと読んでいた。
その読みが正しければ……。
「それなら構いませんよ」
「か、勝手に決めるな! おまえはエウィ王国の援軍だろうが!」
「ですが、物資が無ければ洞窟へ向かえません」
「うっ!」
「よろしいではないですか。余ったらターラ王国のものになりますよ」
「そっ、そうだが……。テンガイ様!」
「安くしときますよ。相場の七割ぐらいでいいですか?」
「そっ、そっ、それなら、財務尚書殿を納得させます」
ソル帝国も物資に余裕はないが、関税を下げることで、エウィ王国やフェリアスから大量に輸入できる。
物資のほとんどは食料となるが、エウィ王国は余りまくっていた。敵視関係になっていても、売りたくて仕方がない。
フェリアスは中立なので、今でも普通に輸入している。二つの大国と取引している帝国なら、この程度のさじ加減はなんとでもなるのだ。
「では、元勇者チームが奪還した町に戦力を集中します」
「なっ!」
「異議は?」
「「異議なし!」」
セレスがさっさと議題を進めてしまう。
細かい輸送方法を考えるのは官僚の仕事だ。それは、ターラ王国の官僚でもやれるだろう。作戦会議では、大きな物事を決めれば良いのだ。
「次の議題は、拠点にした町からの侵攻についてです」
「ギーファス、レジスタンスはどのぐらい戦えるんだ?」
「組織として戦えるが、個々の強さはそれほどでもないぞ」
「だが、元兵士や元……。じぇねえか。冒険者がいるだろ」
「ああ。そいつらを編成するつもりだ」
「他は?」
「輸送隊として考えている」
「なるほど」
レジスタンスは様々な人間の集まりである。よって、個々の能力に応じて編成を決めるしかない。
元ターラ王国騎士団長だったギーファスなら、うまく編成するはずだ。一般兵程度の実力があれば、戦力として数えて良いだろう。
そして、ボイルとギーファスの話が終わったところで、ソフィアが口を開く。
「ルートを設定したいと思います」
「ルートだと? そんなものは最短距離で向かえば良かろう」
「軍務尚書殿……」
「はっ! で、ですが……」
軍務尚書は、まだ前回の提案を言っている。
正面から最短距離で向かえば、被害が甚大だと一蹴されたにもかかわらずだ。おそらくどれでも良いから、自分が考えた提案を通したいだけだろう。
テンガイが抑えようとするが、引き下がる気配はなかった。
「駄目です。被害を出さずに洞窟へ向かう必要があります」
「なんだと? これだから魔族の……」
ローゼンクロイツ家を馬鹿にして、フォルトを怒らせ、ランス皇子から怒鳴られたことを忘れているようだ。
その場にルインザードはいなかった。しかしながら、言葉尻に何を言いたいのか分かったらしい。
鬼のような形相で、軍務尚書を怒鳴ると同時に威圧した。
「軍務尚書!」
「はっ! わ、分かりました。黙っておきます」
軍務尚書はルインザードの威圧に対して腰を落とした。まともに受ければ、ソル帝国の専業兵士すら同じことになる。
それを見たベルナティオは、不敵な笑みを浮かべていた。
「とにかく、それだと何年経っても洞窟へ
「………………」
ソフィアは念を入れて一蹴しておく。
ルート設定とは、区分けした領域を点にして、それを線で結ぶ戦術である。ここで考えている領域とは、魔物が少ない地域のことだ。
それを線で結んだ道として、今回の混成部隊を進ませる。これにより被害を出さずに、フレネードの洞窟へ向かう。
そして、急いで拠点を設置するのだ。
「洞窟の前に拠点を作れば、
「まあなあ。だがよ、補給はどうすんだ?」
「ボイルさん、しばらくは同じルートで平気ですよ」
「そういうもんか?」
「魔物ですからね。統率なんてありません」
人間など知能のある生物なら、ルートを潰す作戦を立てる。しかしながら、知能のない魔物はやらない。
餌を求めてルート上に溢れるようなら倒せば良いし、誘導して戻しても良い。難しいようなら、新たなルートを設定しても良い。
「だが、魔物が少ない場所なんて分かるのか?」
「それは、フォルト様と一緒に……」
ソフィアは数枚の紙を取り出して、テーブルの上へ置く。
それらを順番に並べると、首都ベイノックから北側の地図になった。
「あまり絵はうまくありませんが、こちらが分布図です」
そうである。
フォルトは丸一日を使って、空からソフィアと一緒に、フレネードの洞窟まで偵察したのだ。実数を調べるのは不可能だが、時間も無かったので、目視した分布として大中小に分けてある。
他にも理由はあったが、今回の作戦には関係ない。
「ほう。意外と魔物が少ない場所があるんだな」
「そうですね。この場所を線で結ぶと……」
「おっ! 遠回りだが
「魔物が少なければ、それほど被害は出ないでしょう」
「さすがねえ、ソフィアちゃん。勇魔戦争を思い出すわ」
ソフィアとシルキーにしか分からない話だった。
当時の勇者チームは魔王城へ侵入するために、今回のようなルート設定を行った。魔族の警戒が緩い場所を調べ上げ、隠れながら進んだのだ。
帰還は別のルートを考えていたので、魔族へ知られて潰されても良かった。
「後は領域ごとに区切って、交代で討伐しながら進めば良いかと」
「他に意見のある人は?」
「そうねえ。私と彼が交代で、爆裂魔法を使おうかしら」
「え?」
シルキーがフォルトを見ながら、わけの分からないことを言いだした。いきなり話を振られたので、「ここで俺か!」と叫びたくなる。
そして、ドッシリと構えながらも考える。もちろん、爆裂系魔法は使える。実際にライノスキングを倒したことがある。
だが、上級魔法をポンポンと使うつもりはない。
「使えるのでしょ?」
「ま、まあな」
「私の魔力じゃ何発も撃てないわ」
「それで交代か?」
「そうね。全部を任せてもいいけど?」
「嫌に決まっているだろ。おっさん親衛隊を鍛えるために来たのだ」
「あらそう? でも、魔物の数は多いわよ」
「ま、まあ、彼女たちが危なくなったらな」
「テメエ……。俺らが危ないのはいいのかよ!」
レジスタンスの幹部たちが怒り出した。
これから一緒にスタンピードを対処するのだ。仲間と思って対応しなければ、失敗に終わってしまう。しかしながら、フォルトにとって大切なのは身内だけだ。
面倒な流れになったものだが、その答えは決まっていた。
「知らん。勝手に死ね」
「「なんだと!」」
当然の回答だ。
フォルトがレジスタンスを助ける義理はない。他の人間も同様で、身内以外はどうでも良い。親しくもない人間など、いくら死のうと構わない。
さすがに、それは口にしなかった。にもかかわらず、
「おまえら、こいつに期待するな」
「でもよお、リーダー。こんなのに背中を預けられっか?」
「そうよ。人間のクセに魔族の貴族を名乗ってるわ」
「クソ野郎かよ」
(これが本来の人間が魔族を見る目か。まあ、戦争をやってた敵同士だしな。今まで友好的だったのがおかしいのだろう。えっと、マリとルリなら……)
人間が魔族へ向ける感情は憎しみである。
勇魔戦争では互いに殺し合って、最愛の者や親しい隣人を亡くしている。肉体能力の差から被害は人間のほうが多く、何百万人も死亡した。
その感情は、十年やそこらで消えるものではない。そういった話であれば、日本人のフォルトにはよく分かる。
だが、こちらの世界ではローゼンクロイツ家の当主だ。
「あな……。おまえ、死にたいよう……。ごっほん! 死にたいのか」
フォルトは座りながら足を組んで、黒いオーラを出す。
このままでは、軍務尚書と口論になったときと同じであるが……。
「「ちっ」」
罵倒してきた者たちが舌打ちして黙った。
レジスタンスで黒いオーラを見ているのは、ファナシアと幹部の四人である。おそらくは、伝え聞いていたのだろう。
もしかしたら、前回見ていたボイルからも聞いているかもしれない。
「こいつを怒らせないことだ。それ以上言うなら、私が相手になる」
「私もですわ。とにかく、自分の身は自分で守りなさい」
「そ、そうよ! 二人とも、やっちゃって!」
フォルトの周囲には、三人の身内がいる。
アーシャの言葉は軽いが、ベルナティオとレイナスは重い。特に〈剣聖〉は有名人なので、冒険者などは唾を飲み込んだ。
彼女には、ルインザードと同種の威圧感があった。
(カーミラが別行動で寂しいな。ドッペルカーミラを触っても意味ないし。まあ、夜には帰ってくるはずだ。良い場所を見つけてくれればいいが……)
カーミラには、他の理由についてやってもらっていた。そんなに難しい内容ではないが、作戦会議中は戻らないだろう。それが残念でならない。
隣に座っている彼女は、
それとは別に、フェブニスの戦士隊が、首都ベイノックへ向かっていると聞いた。そろそろ到着するだろう。
「まあいい。気をつけることだ」
「「………………」」
「ですが、フォルト殿の魔法は興味がありますね」
これで終わりかと思いきや、今まで静観していたテンガイが口を挟む。
フォルトを調べたいのは分かっているが、あからさまに口に出さなくても良いだろう。駄目元で言った気がするが、彼の立場だと無下にできない。
そこで、適当にはぐらかす。
「機会があればな。おっさん親衛隊がいれば、俺の出番はない」
「なるほど。それは残念ですね」
「だから、俺が爆裂魔法を撃つことはない。理解したな?」
「本当に残念だわ。でも、魔物の数が多いとねえ」
「まあ確約しないだけだ。臨機応変と言うだろう」
「そうね。実際に使えるなら、安心材料になるわ」
少しは実力を見せたほうが良いのかもしれない。
そんなことをフォルトは思った。シルキーと同じ威力の魔法であれば、高位の魔法使いだと納得するだろう。
百聞は一見にしかずというやつだ。
「セレス、進めろ」
「では、提案されたルートを使って洞窟へ向かいます。異議は?」
「「異議なし」」
この後は簡単に部隊の編成などを決めて、作戦会議が終了した。
朝早くから始めたが、もう夜になっている。実際の進軍編成は奪還した町に集まってからで、まずは準備ができた者たちから移動する。
一週間後には、町を防衛する帝国軍が入る。それと前後するように、侵攻を開始する予定だった。
長い作戦会議だったが、フォルトは議長を務めたセレスを労った。
「セレス、ご苦労さん」
「旦那様、ありがとうございます」
「俺たちはフェブニスが来てからでいいのか?」
「ク……。カーミラさん、もう到着するのですよね?」
「そうですよお。今頃は走ってまーす!」
「そ、そうか」
フォルトはカーミラのマネをするクウに苦笑いを浮かべる。
とりあえずは、フェブニス率いるダークエルフ族の戦士隊と合流するのが先だ。移動はそれからだが、今は精神的に疲れきっているので、迎賓館近くの宿へ戻った。
そして、全員を集めてとある話を伝える。
「聞いてくれ」
「なんだ、きさま?」
「ソフィアから提案を受けてなあ」
「フォルト様……」
「ソフィアは提案しただけだ。決めたのは俺だから気にするな」
「ですが……」
「どのみちな」
「は、い……」
伝える内容は、時おりソフィアが見せる「闇ソフィア」の提案だった。
その話を彼女は覚えているので、悲しそうな表情をしている。しかしながらその葛藤が分かるフォルトは、肩を引き寄せて頭を
そして、洞窟へ到着した後に開始する作戦について話し出すのだった。
――――――――――
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