第376話 (幕間)竜と牛と悪魔崇拝者の影

 ベクトリア公国南部に位置するサザーランド魔導国。

 この国の女王は、代々竜王の守り人を務めている。それは現女王のパロパロも例外ではなく、公国へ参加した後も続けていた。


「土竜よ、久しぶりじゃのう」


 サザーランド魔導国の近くには、土竜山と呼ばれる山が存在する。

 エウィ王国のグリム領にある双竜山と違って、本物の竜が棲息せいそくしている。その山に、ビッグホーンの着ぐるみを着た少女が訪れていた。

 サザーランド魔導国女王のパロパロだ。


「盟約者カ」


 土竜山の麓には、洞窟のような巨大な穴がある。

 そこには、一体の上級竜が横になっていた。通常の竜と違って、翼が無いのが土竜である。退化したわけではなく、空を飛ぶ必要がなくなっただけだ。土属性を宿した竜は、大地と共に存在すると言われていた。

 大きさは一言で表すと巨大だ。ビッグホーンより大きく、全長は百メートルほどある。日本で言えば、お台場にある大観覧車の直径や牛久大仏と同じぐらいだ。体は岩のようなうろこで覆われている。フォルトなら四足歩行の怪獣と思うだろう。

 そして、上級竜は人語を理解する。


「盟友の竜王は、まだ寝てるのかの?」

「ウム。深イ眠リダ」

「ならば、お主へ供物を渡そうかの」

「グロロロロ。起キレバ、渡シテオク」

「では、受け取るのじゃ」


 パロパロは土竜へ近づき、そのゴツゴツした体へ触った。

 土竜は微動だにせず、横になったままだ。それにしても、これほど竜へ近づける者はほとんどどいない。


「盟約に従い、我が魔力のすべてを与えん」

「慈悲ヲモッテ、返礼トスル」


 盟約の文言とともに、パロパロは青白く光る。

 その光は土竜へ移動して、少しだけ彼女へ戻った。これは、すべての魔力を土竜へ移動させる儀式であった。

 土竜からは、少しだけ魔力を返される。


「盟約を続けてくれるようじゃな」


 すべての魔力を渡すと、パロパロは無防備になる。

 土竜が少しでも動けば、間違いなく死ぬだろう。敵意が無いことや裏切らないことを確認するような儀式である。

 盟約を続けない場合は殺される。その選択権は竜にあるのだ。矮小わいしょうな人間と盟約を結んでやっているという傲慢さが見え隠れしている。


「守り人ヲ続ケルカギリナ」

「それでのう。ちと、頼みがあるのじゃ」

「ナンダ?」

「わしを北の絶壁まで連れていってほしいのじゃ」

「飛ベルダロ」

「そうなんじゃが……。遅刻しそうなんじゃ!」

「グロロロロ」


 パロパロは、ジグロードへの道に張ってある結界の更新作業に呼ばれていた。

 結局、エルフの女王ジュリエッタとは連絡が取れなかったようだ。これでフェリアスの発言力は低下するが、代わりにベクトリア公国の発言力が上がる。

 そのため急いで向かう必要があったが、つい最近まで忘れていたのだ。


「駄目かの?」

「構ワヌ。同族ヲ連レテイケ」

「助かるのう。小さいのでいいのじゃ」

「呼ンダ。洞窟ノ外ダ。乗ッテイケ」


 上級竜は、自分の領域に存在する同族と思念のようなもので連絡が取り合える。

 シモベの契約でつながった魔力の糸とは別物だ。竜族に備わる特殊な能力である。こういった能力を持っていても、戦闘では一体で戦う。

 なんともプライドの高い種族だった。


「ではな」


 もう話すことはないので、パロパロは洞窟を出る。すると、未成熟の下級竜が待っていた。それでも、ワイバーンぐらいの大きさがある。

 すべての下級竜は翼があるため、パロパロを乗せて飛んでいけるだろう。


「ギャァ」

「背に乗るが、お主のほうが上じゃからの」

「ギャァ!」


 未成熟でも、竜はプライドが高い。

 パロパロはそれを満足させる言葉とともに、深々と礼をする。下級竜は人語を理解しないが、何をやっているかは分かったようだ。

 翼を広げてから、彼女が乗りやすいように体を傾けた。


「よろしく頼むのじゃ。人間が住む場所は避けておくれ」

「ギャ!」


 下級竜は上空へ飛び立った。

 フォルトのような速度は出していないが、ゆっくりと雲を突き抜けるまで上昇していった。この高さなら、地面から見えないだろう。

 下級竜でも、人間の住む場所へ現れたらパニックとなる。


(まったく面倒じゃのう。ベク坊は嬉々ききとしておったが、ジュリエッタは何をしておるのじゃ? わしがやらんでも良かろうにのう)


「そう言えば、グリムに会うのも久しぶりじゃな」


 パロパロはブツブツとつぶやきながら、下級竜の背で寝っ転がった。

 土竜から魔力を返してもらったが微々たるものだ。回復に努めないと、グリムから馬鹿にされそうで困る。

 到着したら、さっさと終わらせて帰りたかった。


「さてと、わしは北の平原が近くなるまで寝るのじゃ」

「ギャ!」


 下級竜はワイバーン並みに小さいので、それほど飛行速度は出ない。アルバハードの北にある平原までは、数日を擁するだろう。

 パロパロは到着するまで起きないつもりだ。こんな上空で下級竜の背で寝るとは恐れ入るが、土竜に戻された微量な魔力を使って張り付くのだった。



◇◇◇◇◇



 城塞都市ミリエには、人気の料理屋が存在する。

 異世界人のクレアとフリッツが経営する店だ。提供される料理は、ハワイアン料理へ近づけたものだった。

 こちらの世界へ召喚されたアメリカ人である。


「クレアちゃん、鳥のポイを頼むよ」

「フリフリチキンぽいチキンね!」

「そうそう。なんで、そんなに長い名前なんだ?」

「元々はフリフリチキンだからよ」

「へえ。エールも追加してくれ! これで足りるかい?」

「ちょうどですね。さすがは常連さん!」


 店の名前も「ハワイアン・ポイ」になっている。

 経営も軌道に乗って、生活には困らなくなっていた。本場の料理に使われる食材の材料は入手できなかったが、もう人気店の仲間入りを果たしている。

 必死に探す必要はなくなっていた。


「フリッツ!」

「聞こえてたよ。あいつが最後の客だな」

「うん!」


 料理を作るのは旦那のフリッツで、同じくアメリカから召喚された異世界人だ。クレアとは夫婦になっている。

 本来ならハワイ出身で、実際に作っていた彼女が調理するべきだった。しかしながら、看板娘がいたほうが客足も伸びる。

 そのため、作り方を伝授されていた。


「それにしても、稼いでも稼いでも生活がキツイな」

「まったくね。税金が高すぎるわ」


 どれだけ人気店になってももうからない。

 それは、異世界人であっても平民だからだ。法外とも思える税金を徴収され、貧乏から抜け出せない。経営が軌道に乗ったということは、生きていけるだけの金銭を稼げるようになっただけなのだ。

 これを抜け出すには商人ギルドに一定額を納めて、ランクを上げる必要があった。その金銭を稼ぐには、料理屋では不可能だ。

 年間で白金貨が何枚も納められる大商人しか無理だろう。ランクを少し上げるだけでは、多少の貯金ができるぐらいだった。


「でも、エウィ王国から出られないのよね」

「まあな」

「そう言えばさ。南に民主主義国家があるらしいじゃない?」

「ベクトリア公国のラドーニ共和国な」

「私たちみたいな無害な異世界人は、出国してもいいと思うな!」

「そうだけどな」

「はぁ……。もうちょっと、なんとかしてくれないかなあ」

「今度、聖女様に会ったら言ってみるか」

「そうね。親身になってくれるし」

「ほら、フリフリチキンぽいチキンだ」


 フリッツが料理を完成させる。もう手慣れてきたので、話ながらでも作れる。クレアはでき立ての料理とエールを、最後の客が座るテーブルの上へ置いた。

 それから店の入り口の扉を開けて、看板をクローズへ変える。すると、店の前にいた男女に声をかけられた。


「よお、クレア」

「あっ! シルビアとドボじゃん!」

「フリッツはいるかい?」

「いるよ。食べていくんでしょ?」

「おう! 闘技場で負けたからよ。安く頼むぜ」

「また? ドボはギャンブルに向いてないよ」

「いいんだよ。賭けてる瞬間が楽しいんだぜ」

「何が楽しいのやら。とにかく入って!」


 クレアはシルビアとドボを店へ入れて、最後の客から遠い席へ座らせた。二人が店へ来た目的は知っている。聞かれたくない話もあると思ったのだ。

 それから厨房ちゅうぼうへ向かおうとすると、フリッツが奥から顔を出していたので手招きして呼び寄せた。


「じゃあ、私は二人の食事を作ってくるね!」

「頼む。ドボには残飯でいいぞ」

「フリッツよお。親友に対してそりゃねえよ」

「誰が親友だ! またギャンブルで負けたんだろ?」

「なんだよ。聞こえてたのか?」

「そんなものは聞かなくても分かる。それで?」


 フリッツはシルビアへ顔を向けた。

 聞く相手は選んだほうが良いからだ。ドボはCランク冒険者として恥じない強さを持っているが、頭を使った話には弱い。

 恥じないと言っても、Cランクでは一般兵より少しだけ強いぐらいだか……。


「悪魔崇拝者どもの情報だよ」

「なら、ちょっと待ってくれ。客が帰ったら話すぜ」

「そうだね。じゃあ、クレアの料理が来てからだね」


 フリッツの話は、依頼人以外は聞かせられない。

 情報屋の商品だからだ。聞かせたところで意味がない人へ対しても、それを知られたら価値が下がる。

 それに情報がれれば、聞いた者の命すら取られかねない裏の情報だ。


「お待たせ!」


 暫く三人で雑談していると、クレアが食事を持ってくる。店で出す料理ではなく、賄いで作った料理だ。

 自分とフリッツの分を入れて、四人前を持ってきた。


「悪いねえ」

「ひょお! 旨そうだぜ!」

「いいって。難しい話は終わった?」

「これからだが……。クレア、客がお帰りだぞ」

「あ……」


 最後の客が食べ終わったようだ。

 クレアが席を立とうとすると、手を上げて制止させられた。代金は注文時にもらっているので、会計が終わっている。


「ごちそうさん! また食べにくるからね」

「はいっ! ありがとうございました!」


 クレアが笑顔で対応すると、客は照れた顔で店を出ていった。

 フリッツと結婚していても、やはり看板娘の効果は大きい。最後の客以外にも、彼女を目当てに来店する客も多かった。


「モテモテだねえ」

「へへ。ハワイでも同じようなものだったよ」

「まあ、クレアは可愛いからな」

惚気のろけんじゃないよ。それよりも話の続きだ」


 店の中には四人しかいない。

 もう聞いても良いだろう。そう思ったシルビアは、テーブルへ置かれた飯を取りながら、フリッツへ問いかける。


「待て待て。クレアは席を外してくれ」

「いいよ。じゃあ、追加で何か作ってくるね」


 フリッツがクレアを遠ざける。

 これから裏の情報を話すのだ。そんな危険な情報を教えられるはずがない。それが分かった彼女は、厨房へ戻っていった。


「危険な情報かい?」

「まあな。宗教絡みだ」

「へぇ。尻尾をつかんだようだねえ」


 宗教絡みの話は、危険が付きまとう。

 実際に神々が存在する世界なのだ。アメリカでも神は存在するなどの論争はあったが、そういったものとは違う。

 こちらの世界の人々は、神々の奇跡を、信仰系魔法という形で享受している。目に見える形で、生活に溶け込んでいた。

 存在の論争しているアメリカでも、殺傷沙汰になるぐらいだ。実際に存在する世界なら、どうなるかは予測できるだろう。


「結論から言うとベクトリア公国だ」

「はあ? ベクトリア公国だって?」


 フリッツの話はこうだ。

 悪魔崇拝者など大陸に腐るほどいるが、各国で信仰されている六大神以外の神に目を付けたそうだ。

 六大神とは……。


 光と秩序を司る聖神イシュリル。

 自然と豊穣ほうじょうを司る女神アルミナ。

 力と勇気を司る戦神オービス。

 才と知識を司る賢神マリファナ。

 運命と富を司る幸運神アリッサ。

 闇と自由を司る暗黒神デュール。


 この六柱の神が、天界に住まう六大神である。

 フリッツは視野を変えて、邪教や異教と呼ばれる宗教へ目を付けた。いわゆるカルト教団である。


「悪魔が神ってことかい?」

「俺には理解できんが、宗教なんてそんなものだろ?」

「そうかもねえ。それで?」

「名も無き神を信仰する怪しげな教団があった」

「教団?」

「名称のとおりだぜ。神の名前が無い」

「へえ」


 名も無き神を信仰する宗教団体が、ベクトリア公国へ根を張っている。信仰する人間は少ないが、教祖と十一人の司祭が存在するらしい。

 依頼内容は、悪魔を実際に召喚しそうな十一人の悪魔崇拝者を発見することだ。他にも、フェリアスのエルフ族へ恨みがあるような者たちとの注釈もあった。

 司祭だけに絞れば、その数は十一人。


「フェリアスはエルフ族が盟主だぜ」

「なんとなく見えてきたよ」


 フェリアスの力を削ぐなら、エルフ族へ干渉するほうが手っ取り早い。

 三国会議では、エルフの女王ジュリエッタが不在だった。そのために、エウィ王国やソル帝国の提案を譲歩することになった。

 ベクトリア公国には、増大した国力が背景にある。三大大国へ食い込みたいと考えているだろう。その場合は、亜人の国フェリアスを蹴落としたいはず。

 そう考えると、話の辻褄つじつまが合ってくる。


「恨みじゃねえけどな。合致はするんじゃねえか?」

「そうだねえ。政治のドロドロかい」

「裏付ける情報がある」

「それは?」

「カルト教団をベクトリア王が支援している」

「なんだって!」


 ベクトリア王が名も無き神の教団を支援しているなら、国が支援していると同義である。そのカルト教団がエルフ族へ手を出した場合、国際問題へと発展する。

 シルビアは危険な情報だと言われた意味が分かった。


「他の小国は知ってんのかね?」

「さあ、そこまでは分からん。いつから支援してるかもな」

「なるほどね。でも、危険な話だよ」

「分かったか?」

「カルト教団がエルフ族へ手を出したって知ってるのは……」

「依頼人の日本人と俺たち。後は知り合いの情報屋だけだな」

「参ったね」

「はははっ! 手を出したのは確定じゃねえぜ?」

「証拠は何もないね」

「ないが……」


 フェリアスのエルフ族へ恨みがある悪魔崇拝者が存在するかも疑わしい。

 それにカルト教団が、エルフ族へ手を出した証拠もない。ベクトリア王もフェリアスへ干渉するために、カルト教団を使ったかすら分からない。

 すべては想像の域なので、口に出さなければ安全である。問題はすべてが合致した場合だった。

 フリッツはそれを心配している。


「その日本人から情報の出所が知られなきゃいいんだがよ」

「引き籠りだから平気だよ。まあ、それとなく言っておくさ」

「そうしてくれ。俺らは何も知らねえ」

「そうだね。私らは何も知らないよ」


 ここまで聞いたところで、シルビアはドボを見た。話には参加せず、能天気にガツガツと料理を食べている。

 そこへ、クレアが戻ってきた。


「話は終わった?」

「ああ、終わったよ」

「はい、料理の追加。じゃあ、私も食べようかなあ」


 情報をもらった後は、四人で料理を食べる。

 とりあえず、フォルトへ報告する内容としては合格点だろう。これでまた、大金が手に入る。

 そして、ドボが闘技場で金を使い切るはずだ。そんな日常に笑みを浮かべたシルビアは、フリッツを見て軽くうなずいたのだった。



――――――――――

Copyright(C)2021-特攻君

感想、フォロー、☆☆☆、応援を付けてくださっている方々、

本当にありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る