第371話 エウィ王国の王子たち2

 エウィ王国では、早々に王位継承権を放棄した王子がいた。

 いや、正確には、させられたと言うべきか。ローイン公爵家へ養子に入ったブルマンだ。若干十五歳で、切れ目が特徴的なホッソリとした体格の男性である。

 見た目からしてインテリのような雰囲気を醸しだしていた。


「いらっしゃいませ、ブルマン様」


 ブルマンは光都トリスタンの大通りにある装飾店を訪れた。店の外には数名の護衛がおり、不審者が近づくのを警戒している。

 彼らをよそに、店主からとある品物を受け取って、隣に控える壮年男性に声をかけた。その人物は額が広く、ひげを生やしている。

 そして周囲の人々とは異なる、見慣れない民族衣装を着ていた。


「どうだジオルグ。似合うか?」

「お似合いかと存じます」


 異世界人のジオルグは役所の局長に昇格した後、目立った成績をあげていない。

 そのため、異世界人の力が見たいと言ったローイン公爵も興味を失っていた。しかしながら公爵夫人レイラの推薦で、正式にブルマンの部下となっている。

 もちろん、肩書はそのままだ。


「そうか」

「女学生の黄色い声が聞こえてくるようですぞ」


 ブルマンは、アンダーリム型で細長いフレームの眼鏡をかけている。店主はみ手をしながら、両者の会話をうかがっていた。

 こちらの世界の眼鏡は、貴族のファッションであった。レンズではなく透き通ったガラスであり、曇りが無いものは一流のドワーフが製作したものだ。

 ドワーフは人間と取引しているが、眼鏡は一品物なので値段が高い。


「店主、いくらだ?」

「前金を引いた白金貨二枚です」

「ふむ。これで良いか?」

「はい! お買い上げありがとうございます!」


 ジオルグは言い値をポンっと出した。

 それには店主も大喜びだ。注文されたときはどうなるかと思っていたが、前金で白金貨一枚を受け取っている。

 合計で白金貨三枚になるが、仕入れは十分の一以上であった。前金だけで大儲おおもうけのうえ、全額の支払いでウハウハだ。


「ジオルグ、行くぞ」

「はい」

「またの御来店を、心よりお待ち申し上げております!」


 ブルマンは眼鏡を外さずに、護衛の開けた扉を通って店を出た。

 ジオルグも後を追うが、立ち止まって店主へ声をかける。


「店主よ」

「なっ、なにか御用で?」

「ふん。ほどほどにしておけ」

「うっ!」


 ジオルグは知っていた。

 この店主は、貴族を相手に危ない橋を渡っている。つまり、裏組織の人間である。エウィ王国で裏組織と言えば「黒い棺桶かんおけ」。その構成員の一人であった。

 実は眼鏡も、不当な値段である。白金貨三枚といえば、日本円で三千万円だ。一品物でも、眼鏡にしては高すぎる。


「だが、仕事は早い。他の依頼は可能か?」

「へ、へへへ。何の話でしょうか?」

「まさか、物の価値も見抜けぬ馬鹿貴族の相手だけではないだろ?」

「………………」

「俺のことを調べて、興味があれば渡りをつけてこい」

「………………」

「調べられないなら、その程度の組織として見ておこう」

「え、えっと。ブルマン様が、お待ちですぞ」

「はははははっ! そうだな、犬によろしく言っておけ」

「っ!」


 ジオルグは急いで装飾店を出て、ブルマンの馬車へ乗り込んだ。

 そして、扉を閉めたと同時に馬車が出発する。


「ジオルグ」

「はい」

「私は養子へ出されてホッとしている」

「継承権争いですかな?」

「八男ではな。いくら私が優秀でも無理というものだ」


 ブルマンは自分が優秀だと思っている。王国貴族の子息や令嬢が通う学校では、常にトップの成績を収めていた。

 そんな言葉を真面目な顔で聞いているジオルグは、うなずきながら同意する。現在は側近として重用されていた。

 ベクトリア公国を形成するラドーニ共和国との裏取引により、多額の金銭を調達していることが要因だ。

 その金銭は、ローイン公爵すら知らない隠し財産となっている。


「で、ありましょうな」

「兄……。ハイド王子から身を守るには、もっと金銭が必要だ」

「その点はお任せください」

「裏のことは任せる」


 弱冠十五歳のブルマンに、忠誠を誓う者はほとんどいない。

 義父のローイン公爵は健在なのだ。将来的に近づいてくる可能性はあるが、今は取り入る段階ではないだろう。下級貴族たちが機嫌を窺ってくるのがせいぜいだ。

 信用のおける優秀な側近はジオルグだけだった。


「ジオルグは保身が望みだったな」

「もう歳ですからな。こんな異世界で野垂れ死には御免です」


 ジオルグの望みは、こちらの世界で良い目を見ることである。それは過程を楽しみながらであり、保身ではなく挑戦して奪い取るのが目的だった。

 現在はブルマンという駒を使っているだけである。もちろん忠誠心など持っておらず、過程を楽しんでいる最中であった。


「では、すでに望みはかなっているわけだ」

「ブルマン様に重用されておりますからな」

「そのとおりだな。おまえを信頼している」

「ありがとうございます」

「新たな望みはないのか?」

「は?」


(ふむ。使える人間は私だけ。重用しているが信用しきれていないか。俺に何かを与えて、安心を手に入れたいのだろうな。だが……)


 ジオルグは異世界人なので、昔から仕えているような譜代の家臣ではない。

 それを身近へ置いて重用するのが不安なのだ。尊大に振舞っていても、内心は裏切られないかビクビクしている。そんな心の内など、手に取るように分かった。

 だが、その答えが難しい。欲の無い答えだと信用しないだろう。かと言って金銭では、もっと信用されない。

 金で動く人間は裏切るものだ。


「ならば、貴族にしてください」

「名誉男爵のことか?」

「ブルマン様の望みが叶う頃には、推薦に大きな力を持ちます」

「なるほどな」


 ブルマンの望みは、親や兄妹を見返すこと。

 まずは、養子へ出したエインリッヒに後悔させたい。そして第一王子のハイドに対しても、能力を認めさせたいという願望を持っている。八男として一番軽視されていたので、コンプレックスが大きいのだ。

 ジオルグは貴族になる気などないが、ブルマンなら容易という望みを提示した。これならば利害関係が一致しており、重用しても安心と思わせられるだろう。


「その程度であれば造作も無いな」

「ありがたき幸せ。私の忠誠は、ブルマン様だけのものです」

「そうかそうか。今後も頼りにしているぞ」


 人を欺くことに関しては、百戦錬磨のジオルグである。

 まるで赤子の手をひねるようなものだった。「ブルマンなら容易」といった付加価値があっても、金や物で釣った利害関係を信用しては駄目である。

 このような口車に乗ること自体、未熟さの表れであった。


(さてと。「黒い棺桶」とつながりを持った後は、火種に点火するだけだな。リガインも戻さないと駄目だろう。さあ面白くなってくるぞ)


「畏まりました」


 ブルマンは尊大な態度を崩さない。

 腕を組んでジオルグをながめる。それに対して心の中で口角を上げたジオルグは、座りながらも深々と頭を下げるのであった。



◇◇◇◇◇



「私たちは、またガルドのところね?」


 フォルトは屋敷の近くにある泉の畔で、カーミラと一緒に寝っ転がっている。

 そこへ、ルリシオンの腰を抱き締めているマリアンデールが話しかけてきた。こちらはカーミラの膝枕を堪能中だが、彼女は妹成分を補給中のようだ。

 幽鬼の森へ帰ってきてから、一週間が経過しようとしている。明日にはターラ王国へ出発するつもりなので、今のうちに姉妹へ頼みごとをしていた。


「今回は武器だな。リリエラの武器を作ってきてほしい」

「苦無って言うのよねえ? 下手糞へたくそな絵だったけどお」

「うぐっ!」


 フォルトは絵心が皆無なので、描いた絵などお察しだ。

 大きな菱形ひしがたに棒が連結しているだけだった。手で握る部分と刃の部分が、かろうじて分かるぐらいだ。


「御主人様、短剣じゃ駄目なんですかあ?」

「駄目だ。ここはこだわりたいのだ」

「それとショートソードよね?」

「忍者刀ってやつだ。くノ一なので短いやつ」

「苦無は両刃で、忍者刀は片刃ね」

「うむ。まあ、ティオが持ってる刀の小さい版だ」

「ふふっ。分かったわ」


 リリエラを本格的に鍛えるなら、武器が必要である。

 名工ドライゼンと顔見知りになっているので、話はスムーズに進むはずだ。気難しいドワーフだとセレスから聞いていたが、コルチナに弱みがあるらしい。


「後はあっちで、アーシャにデザインを描いてもらう」

「レティシアってダークエルフの分ねえ」

「それと、フィロだな。でへ」

「まったく……。フィロは私たちの従者よ」

「ははっ、目の保養には使わせてくれ」

「いいけどお。じゃあ、カーミラ。お金をちょうだいねえ」

「はあい! 足りなかったら、ニャンシーちゃんに言ってくださーい!」


 カーミラはソル帝国から奪ってきた金を、ルリシオンへ渡す。

 アーシャが描いたデザイン画は、ニャンシーに届けてもらう予定だ。ターラ王国へ戻ったら、また一カ月は帰れないだろう。

 今回も前回と同じように過ごしてもらうつもりだった。いずれガルド王へ礼をしないと駄目かもしれない。


「今回も討伐隊へ参加したほうがいいのかしらね」

「いや……。シュンたちがいるんだよな?」

「そうね」

「なら、今回はドワーフの集落周辺で頼む」

「弱い魔物しかいないわよお」

「フィロを使って、リリエラをメインに鍛えてやってくれ」

「分かったわ」


 リリエラには、フィロからレンジャーの基礎を習うように言ってある。

 昨日から始めたばかりだが、今も訓練の真っ最中だった。レベルはまだ十なので、ゆっくりと育てていけば良い。


(うーん。ティオは侍のようなスキルを持ってるから、忍術もあるかねえ? もしあったら胸熱だけど、当面はレンジャーを目指してもらうか)


 スキルは無限にあるとの話だった。

 どんなきっかけで何を覚えるかは分からない。普通はレベルが上がったときや、訓練の最中に覚えるらしい。

 レイナスは、ベルナティオから『一意専心いちいせんしん』を習った。このように、他人から教えてもらうことも可能である。

 ならば忍者みたいな動きをやらせていれば、忍術を覚える可能性もあるかもしれない。しかしながらフォルトにとっては、見た目だけが重要である。

 スキルについては、戦闘で生き残れれば十分だと思っていた。


「後はマリとルリの裁量に任せる」

「分かったわ。シェラとも相談して、適当に過ごしておくわね」

「そうしてくれ。ところで、シェラはどこまで強くなった?」

「まあ強くなってるわよ」

「具体的に!」

「デリカシーは相変わらずねえ。半分は超えてるんじゃないかしらあ」

「なるほど。三十六ぐらいか」

「口にしないで、曖昧に捉えておくのよお」


 女性のスリーサイズを、具体的な数字で聞くようなものだ。もちろん人間の女性は聞かれたくないだろうが、魔族は聞かれたくない範囲が広い。


「す、すまん。ソフィアたちよりは高いか」

「そっちもすぐでしょ」

「そうだな。フレネードの洞窟にさえ到着すれば……」


 なんとなくだが、フェリアスでレベルを上げたほうが良かったかもしれない。しかしながらターラ王国のスタンピードを収めるのは、リゼット姫と御茶会で交わした約束である。

 友好を結びたいなどと言っていた記憶がよみがえる。


「そう言えばリゼット姫か」

「御主人様! あの女は面白いですよお」

「スタンガンをもらうときに話でもしたのか?」

「はい!」

「どう面白いんだ?」

「悪魔王の祝福を受けてますねえ」

「は?」


 悪魔王の祝福を受けた者は、いつの間にか悪魔王の書を入手する。カーミラが、リゼット姫の部屋へ行ったときに読んでいたらしい。

 その使用方法を教える条件に、『契約けいやく』を結んだ。リリスだと知られたが、魔人の件は知られていない。

 それに契約内容は、フォルトを裏切らないことである。秘密を誰かに伝えることも含まれるので、裏切りの結果は、死をもって償うことになる。


「それならいいんだが……。その話は聞いたっけ?」

「言ってませんねえ。言えませんでしたので!」

「え?」

「書の悪霊のせいですねえ」

「悪霊?」


 悪魔王の書には、悪霊がりついていた。

 『契約けいやく』を結んだときに現れて、カーミラを呪ったのだ。宿主のリゼットが害されたと思ったのだろう。


「んで?」

「呪われましたけど、悪魔王が許してくれたみたいでーす!」

「へ?」

「私もいろいろと貢献してるんでえ」

「ふむふむ」

「一カ月間ですが、書について話せなくなりましたあ」

「謹慎処分みたいな呪いだな」

「そうでーす!」

「なんだかなあ」


 悪魔王の書に憑りつく悪霊は、悪魔王と繋がっている。魔界の神の思考など読めないが、リゼットを使って何かをやっていたと思われる。

 そしてフォルトが謹慎処分と言ったところで、ファンタジーから現実のしがらみへ戻された感じがした。

 悪魔王は悪魔を放置してると思いきや、実は管理をやっていたようだ。成績が優秀なカーミラを処分するのが、勿体もったいなかったのかもしれない。

 どう優秀なのかは分からないが……。


「森へ帰ってくる前に効果が切れてたんですけどお」

「忘れていたと」

「えへへ。お仕置きですかあ?」


 ターラ王国ではバタバタしていたので、リゼットのことなど忘れていたようだ。

 フォルトも気に留めていないので、それについては何も言えない。


(それにしても……。あの王女には裏切ったら殺すと言ってあったが、カーミラの心遣いがうれしいな。わざわざ行かなくても、『契約けいやく』で殺すつもりとか)


「じゃあ……。お仕置き!」

「あんっ!」


 フォルトは仰向けの状態から半回転して、うつぶせになる。そのままカーミラの股へ顔を埋めて、グリグリと頭を動かした。お仕置きとご褒美だ。

 それを見ている姉妹は、あきれた表情で溜息ためいきを吐いた。


「はぁ……。じゃあ、明日出発ね」

「うむ。今日は全員でバーベキューをしようか」

「珍しいわねえ。なら、準備しておいてあげるわあ」


 帝国軍の駐屯地前の小屋で行ったバーべキューでは、ファナシアとクウと入れ替えて、帝国軍が慌てるさまを見た。

 あの時はおっさん親衛隊と一緒に楽しんが、残念ながら同じことはできない。だからこそ参加しなかった身内に、食事だけでも楽しませようと思ったのだ。

 そして、フォルトは準備のために離れていく姉妹を眺めるのだった。



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