第368話 離れゆく者と受け入れる者3

※第ゼロ話の①キャラ別立ち絵で、レイナスが追加されています。

https://kakuyomu.jp/works/16816452220999346801/episodes/16816927862577193579

――――――――――


 アルバハードへ到着したフォルトとカーミラは、バグバットの屋敷を尋ねた。すると対応に出た執事に、応接室ではなく食堂へ通された。

 さすがによく分かっている。


「執事さん、いつも悪いね」

「いえいえ。もう少々お待ちください」


 そして数分もせずに、軽い料理と食前酒が出された。

 これもよく分かっている。その分かっている執事へ礼をして食べ始めていると、バグバットが食堂へ入ってきたのだった。


「フォルト殿、戻ったであるか」

「ホームシックでな。数日間だけだが帰ってきた」

「で、あるか。マリ様がラフレシアを討伐したのである」

「なにそれ?」


 マリアンデールがラフレシアを討伐したという情報は、とっくにバグバットの耳へ入っている。

 フォルトが内容を聞くと、スタンピードの元凶とされる魔物の件だった。発見が早かったので、フェリアスでは未然に防げたようだ。


「マリがねえ。まあ、詳しい話はベッドの上で聞くからいいや」

「で、あるか。それで、吾輩わがはいに用があるとか?」

「勝手に名前を使って悪いなとは思ったんだが……」

「吾輩はフォルト殿の配下である」


 配下と言われるのは慣れないので、フォルトは苦笑いを浮かべてしまう。

 伝える内容はメドランからお墨付きをもらったので、まずは話してみた。


「ソル帝国とレジスタンスの仲裁で、アルバハードの名前を出した」

「で、あるか」

「拙かったか?」

「メドランには会ったのであるか?」

「ああ。受けてもいいって言われたよ」

「ならば、中立である」


 フォルトの選択は間違っていなかったようだ。

 どちらの勢力にも加担せず、間を取り持って仲裁とする。中立の条件を満たしているならば、後はバグバットがやってくれるだろう。


「じゃあ、仲裁へ入ってくれるか?」

「入っても良いのであるが……」

「やっぱり問題が?」

「この件は、フォルト殿に任せたいのである」

「お、俺?」


 フォルトは仲裁の話を持ってきただけだ。

 後はバグバットが対応すると思っていた。ここから先は、勢力として仲裁へ入らないと釣り合いが取れない。

 ソル帝国は国家で、レジスタンスは反抗組織なのだ。


「アルバハードを留守にするのは無理である」

「なぜだ?」

「現在は世界情勢が不安定である」

「なるほど。俺には分からない話だな」

「今はそうであるな。主人に頼むのは心苦しいのである」

「それはもうやめてくれ。配下ではなく、対等に話したい」


 どう考えても、バグバットを配下と考えるには無理がある。

 ここまでフォルトと友誼ゆうぎを結んでいるのだ。


「どうやら、困らせていたようであるな」

「困ると言うよりは、やりづらい」

「で、あるか。ならば、暇をもらうのである」

「暇って……。ま、まあ、そういうことで!」

「困ったときは、お互いで頼るのである」

「そうそう。そういうのでいいんだ」

「では、フォルト殿。仲裁の件はよろしいのであるな?」

「分かった。なんとかやってみよう」

「吾輩は委任状の作成であるな」


 フォルトは世話になりっぱなしだが、困ったら助ければ良いのだ。

 バグバットはとても優秀なので、そういった場面が来るかは分からない。まずは仲裁を任されたので、希望通りにする他ないだろう。

 ここまで話したところで、執事とメイドが食堂へ入ってきた。


「旦那様、フォルト様。お食事をお持ちしました」

「ご苦労である。では、フォルト殿」

「ああ。これは旨そうだ。なあ、カーミラ」

「バグバットちゃんとばかり話しすぎでーす!」

「ははっ、すまんすまん」


 一緒に来訪したカーミラを話に加えなかったので、少々不貞腐れてしまった。これにはフォルトもバツが悪くなるが、料理を口へ運ぶと喜んで食べた。

 そして、次の話題へ入る。


「バグバット、大婆と会ったときはなあ」

「ソシエリーゼらしいのであるな」


 瓢箪ひょうたんの森へ到着してからの出来事を、談笑を交えながら伝えた。

 バグバットは大婆が魔人だと知っていて、性格もよく分かっているようだ。フォルトと戦闘になったと聞いても驚いていない。


「人が悪いぞ。大婆が魔人だと教えてくれても……」

「緊張感という変化を楽しんでいただけたであるか?」

「今から考えると楽しんだのだろうな。カーミラはどうだった?」

「いきなりはビックリしましたよお!」

「それが変化であるな」


 フォルトへ黙っていたのは、バグバットの粋な計らいらしい。

 カーミラの言ったとおり最初は驚いたが、その後は何事もなく友好を結べている。まるで手玉に取られたような感じだ。

 それでも、悪い気はしなかった。


「これが、暴食の魔人ポロだ」


 ワインを片手に話も進み、次は暴食の魔人ポロの件を伝える。

 フォルトは得意げな表情で、黒いオーラをまとった。これにはバグバットも驚いたようだ。だがそれも束の間のことで、昔を懐かしむ目になった。

 そして、カーミラへ視線を向けた。


「暴食の魔人ポロであるか。食べられた記憶が……」

「えへへ。もうちょっとで消滅でしたねえ」

「カ、カーミラ」


 挑発ではないだろうが、バグバットが不機嫌になっても困る。しかしながら、長い八重歯を見せて笑い出した。


「はははっ! 吾輩は恨んでいないのである」

「そうなのか?」

「あのときのおかげで、吾輩はより慎重になったのである」

「御主人様、だから言ったじゃないですかあ」

「言ってたな」


 フォルトはカーミラが恨まれていると思っていた。

 しかし、彼女の答えは違った。人間なら恨みに思うことも、吸血鬼の真祖なら超越していると言われた。

 確かにバグバットは恨みに思うのではなく、軽率だったと戒めて糧としている。


「フォルト殿、ポロは吾輩のことを覚えているのであるか?」

「聞いてみよう。どうなんだ? ポロ」

「(飯など覚えているわけがないだろう)」

「だ、そうだ」

「で、あるか」


 バグバットは複雑な表情をしたが、これは仕方ないだろう。

 当時のポロは大罪にまれている。食事と睡眠が生きがいだ。食べられるものなら何でも良く、食事の種類など覚えてはいないのだ。


「それにしても、フォルト殿は一段と力を付けたのであるな」

「そうなるのかな? 自覚はないんだが」

「このまま理性を保っていてほしいのである」

「ぜ、善処はしよう。大罪に呑まれることはないらしいしな」

「ならば良いのである。フォルト殿とは戦いたくないのである」

「ははっ、俺もだ」


 フォルトが強くなったと知っても、理性を失くせば戦うつもりか。

 バグバットのレベルは、カーミラと互角と聞いている。つまり、百五十前後だろう。フォルトのレベルは五百である。

 普通に考えれば勝算は皆無だが、こちらも戦うつもりはない。


「そう言えば、魔人の秘密はバグバットに聞けと言われたぞ」

「誰からであるか?」

「大婆から」

「もしかして知らないのであるか?」

「ポロが何も教えてくれないのだ。自分で調べろの一点張りでな」

「ふむ」


 バグバットが考え込んだ。

 フォルトは魔人について何も知らないので、大婆から言われたとおりに聞いただけだった。

 何か知っているなら教えてもらいたいが……。


「何もないところからじゃ無理だから、まずはバグバットに聞けってさ」

「なるほど。ポロに遊ばれているのであるな」

「そんなところだ。ポロには楽しませろと言われてる」

「で、あれば……。スタンピードが収束したら教えるのである」

「今は駄目なのか?」

「時間が欲しいのである。必ず教えるのである」

「分かった」


 いま話さないところに疑問を持つが、フォルトはバグバットを信用している。必ず教えると言ったのならば、必ず教えてもらえるだろう。

 聞きたい話は以上だ。今回は屋敷へ泊まらず、幽鬼の森へ帰るつもりだった。ターラ王国へ残したおっさん親衛隊も待たせたくない。それでもまだ訪ねてきたばかりなので、カーミラを交えながら雑談に華を咲かせる。

 そして、男同士の友誼を深めるのであった。



◇◇◇◇◇



 エレーヌは性格的に、悩みを内にめる傾向がある。

 一度はアルディスとラキシスへ相談したが、それからも悩みを深めていた。決定的だったのが、ラフレシアだ。

 食人植物のボスとも言える魔物の口の中へ放り込まれた。その後は身動きが取れないまま、溶かされるのを待っていた。


(ギッシュさんがいたからまだ良かったけど、私が一人だったら……)


 同様に食べられたギッシュがいたので、エレーヌは発狂しないで済んでいた。もしかしたら、力業で抜け出せる希望もあったからだ。

 最終的には魔族のマリアンデールに助けられたが、もう死にそうな目に遭うのは御免だった。


「おう魔法使い。この肉は何の肉だよ?」

「ブラックヴァイパーだね」

「蛇かよ! うめえな」


 ラフレシア戦の後始末は途中である。

 夜になったので、勇者候補チームは全員が集まって夕飯を食べていた。ギッシュは獣人族と一緒に食べると思われたが、そこまで仲間を軽視していない。

 チームを組んでいる間は、命を預ける仲間である。


「ノックスの作業は順調なのか?」

「うん。結構なお金になると思うよ」

「へえ。持って帰れねえけどな」

「討伐隊の資金源だしね」


 魔物の素材は、買い手が決まっている。

 爪・牙・うろこ・毛皮などはドワーフ族が買い取っている。加工して武具や服、装飾品などに変えるのだ。

 それ以外は、アルバハードの領主が買い取っている。つまり、バグバットだ。魔物にもよるが、目玉や血肉は魔法薬の材料として使える。

 これらは、討伐隊に支給されている保存箱へ入れておく。そういった作業をやっているのが、魔法使いのノックスである。


「でも、これをもらったよ」


 ノックスは、木で作製された手のひらサイズの小箱をシュンへ渡した。

 大きさは多様だが、これが保存箱と呼ばれるものだ。内側のすべての面に魔法陣が描かれている魔道具の一種だが、駆け出しの魔法使いでも作製が可能なので安い。

 この保存箱には、温度の低下・水分除去・空気を抜くといった効果がある。これによって、箱へ入れたものは劣化が遅くなる。

 食品を入れると効果的だが、魔法の研究材料を保存することにも使われる。


「なんだこれ?」


 シュンが保存箱に入っている中身を取り出す。

 そしてマジマジと見るが、どうもこぶし大の野菜か果物に見える。とりあえず仲間にも見えるよう、手のひらへ乗せて前へ突き出した。


「ラフレシアの球根だよ。一部だけどね」

「へえ。これがねえ」

「今回の報酬だってさ」

「金じゃねえのかよ!」

「いや。エウィ王国で売れば、相当なお金になるよ」

「なに?」

「魔法関連の素材は高いんだよ」


 魔法薬や魔道具の材料として、魔法関連に使われる素材は高い。

 特に希少な素材は、一般には流通していない。それらの入手方法は限られている。冒険者ギルドへ依頼を出すか自らが出向いて収集するか。または保有者から、高値で買い取るしかない。

 それにフェリアスは人間との交流が少なく、エウィ王国に存在しない魔物も多いので入手が困難なのだ。


「なら王国へ帰ってから、商人へ売って山分けだな」

「そうなるね」


 勇者候補チームは、エウィ王国から給金が出ている。

 シュンに至っては、デルヴィ侯爵も受け取っている。他にも冒険者として依頼もこなしていたので、それなりの金銭を持っていた。

 そんななか、ギッシュがノックスへ問いかけた。


「いくらになるんだよ?」

「今は分からないよ」

「俺はスタインの部隊へ、酒をおごらなきゃならねえんだよ」

「まさか金欠か?」

「払えなくはねえが、払えばスッカラカンだぜ」

「ははははっ! 見栄なんて張るからだ」

「うるせえよ。さっさと金をよこせ!」

「ラキシス、ギッシュの分を渡してやってくれ」

「はい」


 ギッシュがシュンにからかわれて、バツの悪そうな表情をしている。

 金銭はチームで管理しており、小遣い制で渡していた。その管理はラキシスがやっている。神へ仕える神官であり悪さをしない人物で、満場一致で任されていた。

 そんな歓談が続いているときに、アルディスがエレーヌへ話しかける。


「エレーヌ、昼間の休憩で話があったようだけど?」

「あ……。それね。忘れちゃったわ」

「そうなの? じゃあ思いだしたら聞くよ」

「うん! 多分、大した話じゃないわ」


(やっぱり、まだ言っちゃ駄目だよね? チーム内の男女関係はトラブルの元って言ってたし、シュンもチームが崩壊するとか言ってたし……)


 冒険者の通説として、チーム内の恋愛は御法度だ。め事が多くなり、長く続かずに解散してしまう。

 最悪は、戦闘中に判断を誤って全滅したチームもあるぐらいだ。それを嫌って、男女混合の冒険者チームは少数だった。

 勇者候補チームも冒険者登録をしてあるので、そういった話は聞いていた。それを踏まえると、アルディスへシュンとの関係を伝えるのは問題だった。

 チームが崩壊してしまうと、魔物との戦闘で危険にさらされるだろう。


「今夜の見回りは……」

「俺が行くぜ! 先に済ませて、グッスリと寝てえ」

「ギッシュのイビキを聞く身にもなってほしいわ」

「うるせえぞ、空手家!」

「うるさいのはイビキだけどね!」

「ちっ。俺と行くのは誰だよ」

「わ、私が行こうかな」


 討伐隊は、ラフレシアを倒した広場に滞在していた。しかしながら、この場所は魔物の領域内である。

 ラフレシア戦で大量に倒しているが、まだまだ多くの魔物が存在する。見回りや警備は必須であり、当然のように勇者候補チームもやっていた。

 その担当にギッシュが名乗りを上げたところで、エレーヌも追従した。


「おう、賢者。はぐれんなよ」

「はっ、はい」


 エレーヌはギッシュと話すために、同行を申し出たのだ。その内容は、他の仲間に知られたくない。二人で話す時間が欲しかった。

 そして、原生林の中へ入っていく。周囲の見回りなので、そこまで遠くへは行かない。いつものように魔物を先に発見して、戻って知らせることになる。


「ま、魔力探知を使うね」

「そいつを覚えてから、楽になったよな」

「う、うん。まだ範囲は狭いけどね」

「それでもだぜ。俺には使えねえからな」

「ギ、ギッシュさんだって、野生の勘みたいなのがあるじゃない」

「気配のようなもんは分かるけどよ。精度は良くねえぜ」


 魔法使いには魔法使いの。戦士には戦士の探知方法がある。

 戦士のそれは、気配を察知するというものだ。しかしながら感覚的なものなので、確実性に欠ける。

 精度を上げるには、それに合わせた訓練や実戦で身につける必要があった。


「そ、そうだわ。ギッシュさん」

「あん?」

「おじさんのことをどう思ってるのかな?」

「おじさんって誰だよ」

「ほら、魔族と一緒にいる……」

「おっさんか。どうって、どういうことだ?」

「好きとか嫌いとか。世話になりたい?」

「おっさんの世話になるだあ?」

「え、えっとね……」


 エレーヌはギッシュへ伝える。

 フォルトの世話になれば、エウィ王国から何も言われなくなる可能性がある。拠点も幽鬼の森でフェリアスに近く、討伐隊へ参加できるだろう。

 問題は、勝手に宿敵と考えているマリアンデールがいる。それでも、今まで面倒を見てもらっていた元聖女のソフィアもいる。

 改めて考えると、変な組み合わせだが……。


「おもしれえ話だな」

「で、でしょ?」

「だがよ。なんで賢者は、そんな話をすんだ?」

「あ……。ほら、ギッシュさんがチームを抜けるとか言ってたから」

「ちっ。余計な御世話だぜ」

「そ、そうだよね。ごめんなさい」


 ギッシュに突き放されてしまった。しかしながら、これでフォルトを頼るという選択肢を与えた。

 チーム内で話題に出すのも時間の問題だろう。


(私って、嫌な女よね)


 エレーヌは卑怯ひきょうだと思った。フォルトを頼りたいのは自分なのに、それをギッシュに言わせようとしている。

 もし頼るようなら一緒に行けば良い。頼らなくても、話題に上がることで誘いやすくなる。どっちでも良いなら、付き合いで一緒に来てくれるはずだ。

 それから暫くは、黙って見回りを続ける。なんとなく空気が重いが、その間も魔力探知に魔物の反応はなかった。


「ね、ねえ。そろそろ戻ろう?」

「そうすっか。魔物がいねえなら、グッスリと眠れそうだぜ」

「そ、そうね」

「さっきは悪かったな。俺を気にしてくれたんだろ?」

「え?」

「俺はこんなだからよ。素直に受け取れねえんだ」

「………………」

「まあ、よく考えてみるぜ。ありがとな」

「う、うん」


 どうやら、うまくいったようだ。

 これで、思惑通りに進むだろう。ギッシュがキレてチームを抜けると言い出せば、フォルトの名前を口に出す可能性が高まる。

 言い出さなければ、ちょっと後押しをしてやれば良い。


(後はアルディスと……。シュンは別れないと駄目よね?)


 エレーヌの暴走が続く。今に至り、彼女はチームのことを考えていない。自分が生き延びれば良いと思っている。

 ギッシュはこれで大丈夫。しかしながら、残りの問題はすぐに片付かないだろう。いつ話を切り出すかが問題だ。

 そんなことを考えながら、広場へ戻るのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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