第367話 離れゆく者と受け入れる者2

「びぇーっくしょん!」


 フォルトは空を飛びながら、大きなくしゃみをする。

 その様子を見ているカーミラが、お姫様抱っこをされながら問いかけてきた。


「御主人様、風邪ですかあ?」

「い、いや。魔人って、風邪をひかないだろ」

「ですねえ。誰かがうわさでもしてるんでしょうか?」

「きっと、ランス皇子かテンガイ君だな」

「えへへ。あからさま過ぎますしねえ」

「そんなに秋波を送られてもな」


 はっきり言って、人間の国に興味はない。

 興味は技術の発展だけで、それに携わるつもりはない。発展したものを奪うなりして、面白おかしく満喫したいだけだった。

 それでも目立ってしまった手前、ある程度は諦めている。強い力を隠すといった物語は、異世界ものの作品でよくある内容だ。

 その物語を、フォルトは実体験している最中だった。


「御主人様。そんな人間の話より、レイナスちゃんですよお」

「そうだった。限界突破が近いな。何をやらされるのやら……」


 レベル四十の限界突破については聞いていない。

 内容は分かっていないが、戦士系であれば討伐が多いと聞いている。レベル三十の限界突破は、ワイバーンの討伐だった。

 こちらは、レイナスやシュンとギッシュが達成している。


「考えても仕方ないか。おっと、ここまで昇ればいいかな」

「大丈夫でーす! 人間の目は届かないですよお」


 フォルトは弾道ミサイルさながらに、瓢箪ひょうたんの森から飛び立ったのだ。

 そして、雲を突き抜けた先の高度で止まった。後はそのまま、アルバハードへ落ちていけば良い。

 そう思ったところで、とあることを思い出す。


「なあ、カーミラ。さらに上へ飛べば宇宙か?」

「えっとですねえ」

「(飛んでも意味はないぞ)」

「え?」


 カーミラが答えようとしたところで、ポロが説明を始めた。

 この程度の内容であれば、フォルトに調べさせるまでもないのだろう。言われた話が本当なら、宇宙を目指しても到着しないようだ。


「(ある高度から進まなくなるからな)」

「見えない壁でもあるのか?」

「(神の御業だな。進んでいるようで進んでいないのだ)」

「進まないねえ」


 フォルトは想像を働かせた。

 レティシアのように厨二病ちゅうにびょうが入っているおっさんなので、言われた内容はなんとなく分かる。どんなに登っても、頂上へ到着しない塔のようだ。


「(これより上空は、岩ばかりが浮いている空間だ。行けないがな)」

「空間ねえ。もっと先は?」

「(天界だ。神々が住まう地だな)」

「宇宙じゃないのか。行けないのに、よく知ってるな」

「(魔人の秘密を調べれば分かる)」

「ちっ。またか」

「(隕石いんせきは分かるか?)」

「確か……。宇宙にある固体物質だったか」


 惑星間空間の物質が地球表面に落下して、高熱で気化しなかったものが隕石だ。しかしながらこちらの世界には、大気という地表を覆う気体の層が無い。

 大気圏というものが存在しないのだ。


「(ほう。異世界の隕石は興味深いな)」

「俺のセリフだ。なら魔法で落とすのは、その空間に浮いてる岩か?」

「(他に何がある?)」

「………………」


 隕石を落とす魔法は、禁呪と呼ばれる最上級の魔法だ。

 たまにフォルトが隕石を落とすと言っているが、その禁呪はアカシックレコードに存在していた。

 つまり、ポロは使えたということだ。


(神の御業ねえ。その空間へ行けないけど、隕石は落とせるのか。よっぽど天界へ来てほしくないようだな。行くつもりはないけど……)


「これだけは教えてくれ。大地は丸いのか?」

「(水平線を見れば分かるだろう。平らだ)」


 フォルトは飛んでいる場所から水平線を見る。

 もし地球のように丸ければ、円弧を描いているのが分かるものだ。それを踏まえると、ポロが言ったとおりに平らのようだった。

 他にも多くの調べ方はあるが割愛しておく。


「うーん。ポロって物知りなんだな」

「(大罪にまれる前は、魔法使いであり学者だ)」

「えええっ!」

「(だから、異世界人のおまえに興味がある)」

「魔法使いは分かるが、魔人が学者……」


 これには驚いた。

 ポロは食事と睡眠だけしか興味がなかった暴食の魔人である。大罪に呑まれる話と関係がありそうだが、その意味は分からない。とはいえ、分からないなら聞けば良いのがおっさん流だ。

 答えてくれる可能性は低いが……。


「大罪に呑まれるとは?」

「(自分で調べろと言いたいが、これぐらいなら教えておくか)」

「そりゃどうも」

「(まず、おまえは呑まれない)」

「七つとも大罪を持っているからか?」

「(当たりだ。ソシエリーゼも平気だな)」

「大婆も七つなのか?」

「(いや、色欲をパールで抑えている。同じ色欲の魂でな)」

「なるほど。何となく分かった。つまり……」


 魔人は必ず二つ以上の大罪を持つが、主となる大罪は一つだろうと推察される。ポロの場合は暴食と怠惰だが、主になるのは暴食である。

 本来であれば呑まれないよう、暴食を主に持つ他の魔人の魂が必要だった。残念ながら正気を保っている間に、入手ができなかったようだ。

 これがフォルトの見解だった。


「合ってるか?」

「(頭が良いのか悪いのか……)」

「うるさい! じゃあ楽しませろとは、学者としての好奇心か」

「(まあな。おまえの行動は面白い)」

「楽しむのは勝手だがな。魔人って、結局は何なんだ?」

「(くくっ、楽しみは減らさん。後は自分で調べろ)」

「ここまで話しておいて……。」

「ぶぅ、ポロ様とばかり話さないでくださーい!」


 駄目元で聞いてみるものだと思っていたら、カーミラが不機嫌になってしまった。さすがに悪いことをしたなと思ってしまう。それでも、こちらの世界や魔人のことが少しだけ分かった。

 今はこれで十分だ。時間は無限にあるのだから……。


「さあ、一気に落ちてアルバハードだ」

「はあい!」


 フォルトは体を傾けて、アルバハードへ向かって落ちていく。

 もちろんポロのことを忘れて、カーミラの相手をした。


「バグバットは居るかな?」


 そして、バグバットへ伝える話題は多い。ソル帝国とレジスタンスの仲裁はもちろんだが、様々な出来事があったのだ。

 フォルトは何から話そうかと考えながら、さらに落下速度を上げるのだった。



◇◇◇◇◇



 ラフレシアの後始末で力仕事を請け負ったギッシュとアルディスは、倒れた大木を運んでいる最中だった。

 さすがに二人では運べないので、数名の獣人族と一緒に運んでいる。


「ねえ、ギッシュ。あんたさあ」

「あん? どうしたよ」

「フェリアスに残るの?」

「ちっ。残りてえがな」

「無理なのは分かってんだ?」

「俺だって、そこまで馬鹿じゃねえ」


 ギッシュがフェリアスへ残ると、エウィ王国から追っ手を向けられる。

 最初は捕縛を試みようとするだろうが、それが無理なら暗殺者が送られる。強がってみせたが、シュンから言われて分かっていた。


「ギッシュはフェリアスが気に入ったのか?」

「ああん? って誰だっけ?」

「スタインだよ! ヴァルターさんと一緒に酒を飲んだだろ!」

「冗談だよ」


 ギッシュとアルディスとの会話に、犬人族のスタインが割り込んでくる。

 他の大木を運び終わって、こちらを手伝ってくれるようだ。


「スタイン隊長、助かります!」

「おう! これを運んだら、休憩に入っていいぞ」


 一緒に大木を運んでいる獣人族から声が飛んだ。

 どうやら、スタインが指揮する部隊の隊員がいたらしい。


「まったく。命令を無視をするから食われかけたんだぞ」


 スタインの部隊は、ラフレシア戦で左翼へ展開していた。

 本来であれば勇者候補チームが合流する予定だったが、命令を無視されたので合流できなかった。

 だがその件を責められても、ギッシュはあっけらかんとしていた。


「いいじゃねえか。おかげでレベルが上がったぜ」

「貪欲なのは結構だがなあ。まあ、ギッシュには言っても無駄か」

「分かってんじゃねえか。今度は気をつけるからよ」

「そうしてくれ。この件は、ガルド酒造所の銘酒で勘弁してやるぜ」


 ドワーフのガルド王が、個人で所有している酒造所。

 そこで作られたエール酒は、一般的に流通しているものより高い。日本に存在するビールの一種だが、こちらの世界では残念ながら味が落ちる。

 そして指定されたのは、さらに高価な銘酒だ。その味わいはウイスキーに近く、香り豊かで風味はまろやかだ。

 アルコール度数が高くドワーフに人気で、なかなか獣人族に流れてこない。


「うぐっ! それかよ……」

「はははっ。最初の一杯だけでいいぜ」

「ならいいぜ。駐屯地へ帰ったらな」

「よっしゃ! オメエら、帰ったらギッシュがおごってくれるぜ!」

「「ヒュー!」」

「ちょっと待てよ! スタインだけだぜ!」

「待ちぼうけは俺だけじゃねえからなあ」

「ちっ。分かったよ! みんなにも奢ってやんよ!」

「「いよっ! 大将!」」


 ギッシュが獣人族と馴染なじみまくっている。

 それを見ているアルディスは、首を振ってあきれてしまった。これほど明るい笑顔を見ると、フェリアスへ残ったほうが良さそうに思える。

 最近はずっと、ギスギスとしていたのだ。


「ねえスタインさん。異世界人の受け入れはできるのかしら?」

「どうした? 嬢ちゃん」

「ギッシュがフェリアスに残りたそうだからね」

「空手家! 余計なことを言ってんじゃねえ!」

「まあまあ。聞くだけならタダだよ」

「残念ながら無理だな。討伐隊への参加は、国からの命令だろ?」

「参加自体は違うけど、レベルを上げることは命令ね」


 討伐隊への参加は、手段であって目的ではない。勇者級を目指すには、それが効率的だから選んだだけに過ぎない。


「エウィ王国の異世界人を受け入れると戦争になっちまう」

「せ、戦争まで発展するの?」

「脅しだけかもしれねえが、昔から言われてるぜ」

「へえ」

「フェリアスは人間との争いを好まないから、受け入れは無理だぜ」

「そういった話なら仕方ないね」

「ちっ。俺が残れば迷惑をかけるってことだな」

「だが、討伐隊への参加を認められてるなら歓迎するぜ」


 フェリアスは異世界人を受け入れない。しかしながら、一時的でも討伐隊への参加を認めているなら断る理由はない。

 スタインから見たギッシュの強さを考えると、勇者候補チームは人間の強者だ。討伐隊は報酬が少ないため、参加者も少ない。

 強者は大歓迎であった。


「「よいしょ!」」


 そんな会話をしている間に、大木をまとめておく場所へ到着したようだ。

 一斉に気合を入れた声を出し、運んできた大木を地面へ降ろす。


「んじゃ、休憩に入りな」

「スタインは何かすんのか?」

「ヴァルター総司令官と打ち合わせだ。暇ができたら飯でも食おうや」


 役職名を付けているので、私用の打ち合わせではないだろう。

 酒の席で聞いた話だが、スタインは獣人族の軍隊へ所属していた経験がある。


「おう!」


 ギッシュが離れていくスタインの背中へ目を向けていると、数名の獣人族を引き連れて、ヴァルターがいる天幕へ入っていった。


「ほんと、仲がいいね」

「まあな。なんか、気が合うんだよ」

「ゴリ人族だしね」

「なんだと!」

「二人とも休憩中?」


 アルディスに茶化されたギッシュが大声を出したところで、エレーヌが声をかけてきた。確かシュンと一緒に、怪我人の治療を担当していたはずだ。


「あ、エレーヌ。ボクたちは休憩に入ったところよ」

「私も休憩中なの」

「へへ。なら座りなよ」

「そうするね」


 勇者候補チームの面々は、それぞれで担当する仕事が違う。

 休憩も個人の裁量で取ることになっている。同じ担当のシュンと一緒にいないが、二人とも休憩に入ったばかりなので気にしなかった。


「ね、ねえ、ギッシュさん」

「ああん?」

「ギッシュさんって、フェリアスに残るの?」

「賢者もかよ。さっきまで、その話をしてたぜ」

「そ、そうなんだ」

「残りたいけど、残れないってさ」


 スタインを交えた話と被ったが、同じ内容をアルディスが伝えた。

 するとバツが悪いのか、ギッシュが立ち上がってどこかへ行こうとする。


「ちっ。まあ、そういうこった。俺は獣人族と話してくるぜ」

「あ……」

「休憩が終わったら戻ってきなさいよ!」

「おう!」


 エレーヌが何かを言い出しそうなところで、ギッシュは離れていってしまった。

 それを疑問に思ったアルディスが問いかける。


「もしかして、ギッシュに用があった?」

「ううん。違うよ」

「そう? ボクはエレーヌに用があったんだよね」

「何かしら?」

「守るって言ったのに、守れなかったからさ」

「そ、それは何度も聞いたわよ」

「自分が許せなくてね。シュンと一緒に前へ出なきゃって」


 広場で針血猿と戦ったとき、ギッシュとの交代はシュンだけでも良かったはずだ。アルディスも加わったことで早く片付いたが、そのためにエレーヌを助けられなかったと悔やんでいた。

 後衛を守るように下がっていれば、あんなつたからは守れたのだ。


「もしかして、アルディスを許さないほうがいいの?」

「それは嫌。でもね」

「ふふっ。じゃあ、次は守ってね」

「もちろんよ! もう間違わないわ」


 二人は顔を見合わせて笑顔になった。アルディスは、親友と思っているエレーヌが許してくれたことに感謝している。

 フォルトが見たら蕁麻疹じんましんが出るだろう。


「ねえ、アルディス。今後はどうするの?」

「今後って?」

「いつまで戦い続けるのかなって」


 エレーヌはシュンから聞いた話を持ち出した。貴族として出世して、戦いを少なくすると言っていた。

 それまでは、我慢して戦ってくれと……。


「シュンが出世するまでかな」

「それって……」

「若いうちに偉くなるようなことを言ってなかったっけ?」

「そ、そうだったわね」


 これは、闘技場へ試合の見物に行くときの話だった。

 シュンは全員に対して、勇者級になっても戦い続けるのかと問うてきた。老後の心配かと茶化したが、貴族となったことには意味がある。

 言われるがまま戦うだけでは、いつか命を落とすといった話だった。貴族として出世し、戦い続けるのを辞めるつもりなのだ。


「なら、偉くなるまでじゃない?」

「それって、シュンの人生よね」

「人生って……。重く考えすぎじゃない?」

「そうかな。私たちは貴族じゃないよ」


 アルディスは深く考えていなかった。

 勇者候補チームの面々は仲間と考えている。なのでそういったことは、リーダーにお任せ状態だった。

 エレーヌの話は、シュンの人生に乗っかっているだけという指摘である。


「ボクたちを雇うつもりなんじゃない?」


(でもボクにとっては……)


 アルディスは思う。

 シュンは恋人である。将来的には結婚する可能性が高い。雇われるよりは、貴族夫人になるだろうと思っている。

 それでも、戦える間は戦うつもりだった。空手家として、どこまで高見に行けるかを試したい。


「アルディス、顔が赤いよ?」

「あ……。な、なんでもないよ!」

「そう? 私、アルディスに言わなきゃいけない話があってね」

「なにかしら?」

「シュンと……」

「エレーヌさん、シュン様が呼んでいます」


 話の途中だったが、後ろから近づいてきたラキシスが声をかけてきた。

 何やら急いでいる様子なので、エレーヌは振り向いて返事をした。


「は、はい。今すぐ戻ります。ごめんね、アルディス」

「何を言いたかったのかしら?」

「そ、それは夜にでも話すわ」

「分かったわ。じゃあ、頑張ってね!」


 後でも良いなら、大した話ではないだろう。そう思っていると、エレーヌはラキシスと一緒に離れていってしまった。

 それを見送ったアルディスは、首を傾げながら大木に寄りかかるのだった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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