第366話 離れゆく者と受け入れる者1
シュンたち勇者候補チームは、ラフレシア戦の後始末に追われていた。仲間も分散して、それぞれで得意な作業をやっている。
すでにマリアンデールたちは、この場所にいないようだ。
「そっちはどうだ? エレーヌ」
シュンとエレーヌは信仰系魔法で治療を行っていた。他のメンバーは、それぞれの役目を引き受けている。
ラキシスは神官として戦士たちの弔いを担当して、ノックスは魔物の素材収集に従事している。ギッシュとアルディスは力仕事に励んでいた。
「………………」
「エレーヌ?」
「あ……。え、えっと。魔力を回復させたいかなあ」
負傷者の救護のために張られた天幕の中で、シュンとエレーヌは魔力の限界まで治癒の魔法を使っていた。
死亡者は少数だが、怪我人は多い。動けないほどの重傷者は近くの集落へ運ばれ、本格的な治療を受けている。
二人の魔法は初級の治癒魔法なので簡単な傷は塞がるが、重症を治せる中級以上を使える者がいない。
「そうか。俺もだ」
シュンはエレーヌを見るが、どうも悩みを抱えていそうだった。
心ここにあらずといった感じである。
「ちょっと休憩するか」
「う、うん」
天幕を出た二人は、近くの木陰で腰を下ろした。
シュンは木に背中を預けて、人から見られないように周囲を見回す。それから隣に座ったエレーヌの手を握った。
「なんか、悩み事でもあるのか?」
「え?」
「それぐらいは分かるぜ。何かあるなら言ってみろよ」
「………………」
エレーヌの悩みは、身の危険がある戦闘をやりたくないといった内容だ。
勇者候補チームを抜けて、安全な町で普通の生活をしたいのだ。しかしながらレベルの高い異世界人なので、
その件はアルディスと話したときに理解していた。それでも戦いが怖くて、もう死にそうな目に遭いたくないのだ。
「私……。戦いが怖いの」
「なに?」
「に、二回も魔物に食べられかけたのよ?」
エレーヌは、今ならシュンへ相談しても良いと思った。
二度も命の危険があったのだ。それにチームのリーダーで、体の関係を持った恋人でもある。きっと分かってくれるだろう。
「確かにそうだが……」
「ラフレシアは本当に怖かったの。ギッシュさんも動けなくて」
「床へ縛り付けられてたって聞いたな」
「動けずに消化されるのを待つだけって、どんなに怖いか分かる?」
「すまん。俺が
「そういった話じゃないの」
「どういうことだ?」
「ねえ。王国の手が回らない場所で、一緒に暮らさない?」
「………………」
(クソ。面倒な話になりやがったな。今の俺は力も付いてきて、出世街道に乗ってんだぜ。だが、なんとかしねえとな。エレーヌを捨てるのは
シュンは悪態をつきたいが、いつものホストスマイルで内心を悟らせない。
まだエレーヌは捨てられない。アルディスやラキシスと同様に、都合の良く抱ける女性である。
最近は抱けていないが、場所さえあれば抱きたいのだ。
「いや。王国からは逃げられねえよ」
「う、うん。アルディスにも言われた」
「もうちょっとだけ頑張れねえか? 俺が出世するまでな」
「出世?」
「今の俺は名誉男爵だぜ。デルヴィ侯爵様へ仕えている」
「養子だしね」
「本来なら昇爵はできねえが、侯爵様がどうにかしてくれる」
「そうなんだ」
「伯爵を目指せと言われた。だから……」
「そ、それまで戦えってこと?」
「戦いはなくならねえだろうが、少なくできるぜ」
戦いは続く。特に力を持った異世界人であれば。しかしながら貴族として上を目指していれば、戦いを少なくできるはずだ。
兵士へ命令してやらせれば良い。他の異世界人を使っても良いだろう。どうしてもシュンでなければ駄目なときだけ戦えば良いのだ。
これが望んでいる未来だった。
(シュン、そういう話じゃないの。戦うのを止めてもいい。俺が面倒を見てやる。俺は戦いへ赴くが、家で帰りを待っていてくれ。そう言ってほしいの)
女心とは難しいものだった。
もともとエレーヌは臆病なのだ。誰かに守られていたい女性で、一緒に戦いたいなどと思っていない。
そして、目立たず当たり障りのない人生を送りたいのだ。
「そ、そうよね。もう少し頑張ろうかしら」
「そうだぜ。なるべく危険な戦闘は避けてやるからよ」
残念ながら、エレーヌは本心を言い出せない。
この考えは、都合の良い男性を求めていることに他ならない。内気な性格と合わさって、シュンへ伝えることができない。
恋人相手は当然として、他人にも嫌われたくないのだ。
「う、うん。お願いね」
「任せとけ。それよりよ」
「なに?」
「口でヌイてくれねえか?」
「え?」
「最近ヤってねえだろ?
なんということだろう。死にそうな目に遭ったばかりのエレーヌへ、シュンは自身の処理をさせようとしている。
しかも周囲には、作業中の獣人族も歩いている。
「ええっ! こ、こんな場所じゃ無理だよ」
「手でもいいぜ。スッキリしてえんだよ」
「だから無理だって!」
「そう言わずによ。周りは俺が見とくからさ」
帯剣はしているが、
だが、これも性格的に断れなかった。
「も、もう。じゃあ、手で……」
「悪いな。愛してるぜ」
そしてエレーヌは、シュンの願いを
幸いなことに仲間は忙しいようで、二人を気にかけている暇はないようだ。良い場所を選んだのか、誰も近づいてこなかった。
「ふぅ。ありがとな」
「わ、私だって……」
「どうした?」
「な、なんでもないですっ!」
命を懸けた戦いをしたり死の危険があると、生存本能や生殖本能が刺激される。エレーヌも例に漏れず、本能が働いていた。
それでも性格と恥ずかしさのせいで、これ以上は言えなかった。
「さて戻ろうか」
「う、うん」
(私ってば駄目ね。この性格も考えものだわ。最初だって、酒の勢いから流されるがままだったし。でも、シュンしか頼れる人が……)
エレーヌは考える。頼れるのは本当にシュンだけなのか。こんな自分でも受け入れてくれる人がいるのかを。
身近であれば、ギッシュである。力があるうえに、硬派のツッパリだ。付き合えれば、俺が守ってやると男気を出すだろう。しかしながら、自ら危険へ飛び込む性格である。マリアンデールへ
巻き添えは御免だった。
(ギッシュさんは駄目。ノックスさんはロリ……。じゃない、年下が好きだわ。私が生き残るためには……)
エレーヌは昭和時代的な思考の持ち主かもしれないが、こちらの世界の女性たちにとっては一般的な考え方だ。身の危険が常に迫る世界で、強い男性に守られたいと思うのは当然である。
そして、心当たりがある人物は一人だけだった。
(お、おじさんかしら? 王国から何も言われずに、森へ引き籠っているわね。魔族まで従えて、あんな魔獣たちまで捕縛しちゃう高位の魔法使いかあ)
フォルトたちが捕縛した魔物を、幽鬼の森へ引き取りに行ったのは記憶に新しい。アルディスがボロボロにされて怖かったが、よく考えれば分かる話だ。
(それにアーシャさんだっけ?)
フォルトを取り巻く女性たちは特殊だが、同じ日本人のアーシャに興味がわいた。こちらも、エウィ王国から何も言われていない。一緒に暮らして、
もしもその近くに居られるなら、エレーヌは安全だと思われる。
(え? な、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう)
「ねえ、シュン」
「どうした?」
「おじさんって、まだあの森に居るのかな?」
「ああっ! おっさんが何だってぇ?」
「シュ、シュン。怖いよ」
「あ……。す、すまん。でも、何だっておっさんのことを?」
「マ、マリアンデールさんが居たから、近くにいるのかなって」
「そういや見かけなかったな。別行動でもしてんじゃねえか?」
「そ、そっか」
エレーヌは薄々気が付いている。
自分は性欲処理の道具としか見られていないと。忙しいのは分かるのだが、デートすら誘われたことがない。
二人きりになれば、体を求めてくるだけだ。これでは、恋人として付き合っているとは言わないだろう。
すでに、シュンへの興味は減っていた。それに……。
(お、おじさんのことを考えると、体が熱くなるのよね。シュンより気持ち良かった気がするけど……。って、私ってば何を! 考えちゃ駄目、考えちゃ駄目)
体が火照ったエレーヌは、思考を停止させた。
なぜか分からないが、考えては駄目な気がした。それに体を交わせてもいない。考えていることは、妄想以外のなにものでもない。
これ以上、フォルトのことを考えては駄目なのだ。
「よし。じゃあ、治療の続きに入るぜ」
「う、うん。私は……。あの人から」
それでも、妄想以外の考えは続けた。
怪我人の治療へ入りながらも考える。自分が生き残るためにはどうするか。その答えは簡単であったが、実行に移すのは難しそうだ。
一人で行動しても、無理な話である。協力者が必要だろう。エレーヌはさまざまな考えを巡らせながら、今の役割をこなしていくのだった。
◇◇◇◇◇
「ルリちゃあん!」
マリアンデールは、ドワーフの集落にあるガルド王の屋敷へ戻った。その後はラフレシア戦の報告書を渡した後に、ルリシオンがいる部屋へ向かった。
そして、部屋の扉を開けて出迎えてもらったところへ抱きついた。腰へ手を回し、胸のあたりで顔をグリグリと押しつけている。
まさに、妹成分を補給中であった。
「シェラ、強くなったようねえ」
「おかげさまで。マリ様の御尽力があったからですわ」
「ふふっ、私は何もしていないわよ」
「お姉ちゃんも御苦労さまねえ。ところで……」
ルリシオンはマリアンデールの頭を抱え込んだまま、扉の前で立っているフィロを見た。しかしながら中へ入ってこようとせず、その場で挨拶してきた。
「フィ、フィロです。このたびは、マリ様の従者になりまして」
「ブロキュスの迷宮で見かけたわねえ。覚えているわあ」
「あ、ありがとうございます」
「とりあえず、座りましょうねえ」
ルリシオンはマリアンデールと一緒に、円形のテーブルへ着いた。それから手招きして、フィロを近くへ呼んだ。
シェラも茶を入れてから、姉妹と同様に座った。
「お姉ちゃん。従者って、どういうことかしらあ?」
「ふふっ。つまりね」
マリアンデールから説明を受けたルリシオンは、口元に笑みを浮かべる。
面白そうな玩具だと、フィロに対して姉と同じ感想を持った。しかしながら、この件には問題がある。
それは、指摘しておく必要があった。
「お姉ちゃん。連れていくには、秘密を伝えないと駄目だわあ」
「あ……」
「言っちゃっていいのかしらねえ」
「た、多分平気よ!」
「どうかしらねえ。一緒に住めば、隠せるものではないわあ」
「うぅ」
魔人と悪魔について。
どちらも、他人には伝えられない秘密だ。特にフィロには、人間からニーズヘッグ種の悪魔へ変わったベルナティオが問題になるだろう。
昔からの親友で仲が良い。堕落の種で悪魔へ変わったと知られたら、どうなるか分からない。
「すみません。私が気をつけるべきでしたわ」
「シェラはいいのよお。お姉ちゃんに気を遣っただけでしょお?」
シェラはマリアンデールへ伝えたかった。しかしながら機嫌が良かったので、気を遣ったようだ。フォルトへの甘えもあったかもしれない。
フィロを連れて帰っても、きっと笑って許してくれると思っていた。
「私が従者だと、問題がありましたか?」
「こっちの話だけどお。フィロは秘密を守れるかしらねえ」
「守る以外にはないようです」
「あはっ! 根拠はあるのかしらあ?」
「身の危険を察知しています。断れば危険かと思います」
「従者を引き受けたとき? それとも、帰るときかしら?」
「引き受けたときです。でも、ティオに会いたいので……」
「なるほどねえ。さすがは
フィロは従者になることで、身の危険を感じていた。
それでも、ベルナティオに会いたいという気持ちが上回ったようだ。大人しく言われたことを聞こうと思った時点で、胸騒ぎは消えたらしい。
このあたりの感覚は兎人族というよりは、「幸運のフィロ」と呼ばれるゆえんだろうと思われる。
命令を聞くかぎり、身の危険はない。
「先に分かっちゃうのはキツそうねえ」
「内容までは分かりませんが、諦めが先にきますから……」
「そういうものよねえ。じゃあ話すわよお」
ルリシオンはフィロへ秘密を話した。
フォルトが魔人で、カーミラとベルナティオが悪魔。もちろん、姉妹も同様だと伝えた。また堕落の種を食べた身内も、レベルを上げれば悪魔に変わる。
他の秘密については、交流の中で知っていけば良いだろう。
「そ、そんなことが! それに魔人って!」
「ふふっ、もう逃げられないわ」
「そ、そうですね。腕を見てください」
フィロは秘密を聞いた瞬間に、
そして、すぐに諦めたような表情へ変わった。それを証明するかのように、全員へ見せるように腕を前へ出した。
すると、無数に鳥肌が立っていた跡があった。逃げようと思わなくなった時点で収まったようだ。
「面白いわねえ。従者でいるかぎりは、身の安全を保障してあげるわあ」
「お、お願いします」
「ティオにも会えるけど、性格は変わっちゃったかもねえ」
「でも、ティオはティオよ。貴女を忘れたわけじゃないわ」
「と、とにかく。話をしてみようと思います」
「そうしなさあい。頭の良い娘は好きよお」
不敵な笑みを浮かべたルリシオンが、フィロへ鋭い目を向けた。念には念を入れて脅しておくにかぎる。
当然のようにそれだけでは足りないので、幽鬼の森へ帰った後のことも考える。
「身内になるか呪いを受けるかねえ」
「魔人様は、リリエラさんの代わりにと考えていましたわ」
「それは玩具として?」
「はい。エルフの里からの帰り道で、そう仰っていましたわね」
フィロはフォルトの趣味に合致している。
白髪のショートカットで童顔のうえ、歳は二十歳である。体つきは
にもかかわらず、身内の数が増えたことを気にしていた。おそらくダークエルフ族を最後に、当分は増やさないだろうと思われる。
「ふふっ。気を遣ってくれてるのね」
「魔人様はお優しいですから」
「でも、ダークエルフ族が増えるのよねえ」
「普段から、エルフ族やダークエルフ族は正義と仰っていましたわ」
「はぁ。異世界人としての趣味ね」
「そうなると呪いねえ。フィロは受け入れられるかしらあ?」
「呪いですか? でも受け入れないと殺されますよね」
「あはっ! そのとおりよお」
これで決まりだ。
フィロには幽鬼の森へ帰った後、フォルトから絶対服従の呪いを受けてもらう。姉妹は従者を殺すことに
それを確認するようにマリアンデールとルリシオンが顔を見合わせたところで、リリエラが部屋へ入ってきた。
「ルリ様。帰りの準備が……。って誰っすか?」
「ちょうどいいところに来たわねえ。紹介しておくわあ」
リリエラはフォルトの身内になって日も浅い。
ルリシオンに紹介されたフィロへ対して、複雑な表情で同情の目を向けた。
「そうそう。今日はガルドから、食事の誘いを受けているわあ」
「じゃあ、出発は明日ね。貴女もそのつもりでね」
「わ、分かりました」
「今のうちに情報交換をしておきましょう」
「そうねえ。私のほうは人馬族がねえ」
本日は最後の
ルリシオンは人馬族や魔族の集落が存在する件を、マリアンデールは勇者候補チームとラフレシアの件を伝える。
その内容に笑みを浮かべた姉妹は、フォルトの驚いた顔を思い浮かべるのだった。
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