第365話 水面下の交渉と新たな出会い3
レジスタンスが折れない。
ソフィアは理論的に指摘しているが、頑固なのか固辞している。スタンピードの収束は、王族とソル帝国を国から追い出した後の一点張りだ。
彼らの中では、大義を優先させる者が多数を占めている。リーダーであるギーファスは、それを是としていた。
「では、どうあっても?」
「停戦交渉の席へ座るには、信用があってこそだ」
「信用か」
「フォルト様?」
人間を信用したところで裏切られるだけ。
引き籠ってからは、そう思っていた。しかしながら、裏切りではないと気付いた。そもそもが
偽善、
それでも、結局は虚構だった。
「他人に期待するな。信用するほうが悪い、か……」
(氷河期世代の救済などは、話題に上がっても一日だけ。そこから先の進展がない。国も人もやってる感だけ出して、結局は忘れ去られたな)
他の問題でも、同じような話は聞く。
期待した者は多いが、何も変わらなかった。それを言い出すと、何を期待していたのかと罵倒される。それで心を壊した人も多いだろう。
だが、人は信用するものと教え込まれてきた。それが人間の美徳であるからだ。だからこそ信用する。もう期待をしないと思っていても期待してしまう。
それでもすべては虚構で終わった。ネット社会になったことで、人間の本性を直視することになった。
これを伝えたところで、同じように罵倒されるだけだろう。
「信用せずともいいだろう」
「なに?」
「結果を見て行動してみろ」
「どういうことだ?」
「ランス皇子から手紙をもらってな」
(この用意があったからこそ、ファナシアを渡したがな。ランス皇子にしては大盤振る舞いな気がするが、こっちのほうが有効だろう。狙いは俺だろうが……)
さっさとファナシアを渡したことには理由があった。
一番の理由は面倒臭かっただけ。二番目の理由が、ランス皇子からの手紙である。この狙いは、フォルトへの貸しだろう。もしくは帝国軍師テンガイから、何かを伝えられたのかもしれない。
とりあえず使えるものは使っておく。
「停戦するなら、捕縛したレジスタンスを解放してもいいらしい」
「本当か!」
「だから信用するなと言ってるだろ」
「解放を見届けてから停戦しろと?」
「そこまでは無理だろうな」
「うーむ」
ギーファスが考え込んだので、フォルトも考え込む。
最終的に停戦の合意は、ソル帝国とレジスタンスとで結ぶことになる。こちらとしては、停戦交渉の場へ引っ張り出せば良いだけ。
そして、どちらの味方でもないという立場だ。フレネードの洞窟へ向かう作戦を決めて、おっさん親衛隊と向かえれば良い。
そこまで考えたところで、もう一つだけ選択肢があったことを思い出した。
「中立とは、こういうことか?」
「なんだ?」
「いや。なんなら、アルバハードに仲裁へ入ってもらうか」
「なんだと!」
「俺はエウィ王国からの援軍となっているが、後見人がバグバットだ」
「そっ、そうなのか?」
バグバットはフォルトの配下だということを思い出したのだ。
ここでアルバハードが仲裁に入れば、ソル帝国はレジスタンスと
今までの経緯を考えても、レジスタンスよりも比重が大きいだろう。
「はい。その件は、エウィ王国やソル帝国も知っています」
ソフィアが援護射撃をしてくれた。
これは本当の話なので、調べればすぐに分かる。名声のおかげもあってか、腕を組んだギーファスは
「アルバハードが仲裁へ入るなら、捕虜の解放を条件に席に座ろう」
「だから信用するなと」
「嘘なのか?」
「まだ話を通していない」
「では、話を通すまでは保留でいいな」
ギーファスの言葉は妥当だが、フォルトはこの場で終わりにしたい。
そう思ったところで、どこからか声が聞こえた。
「その話、受けてもいいぜ」
「誰だ!」
レジスタンスの面々がざわついた。
フォルトもキョロキョロと周囲を見回すが、どこから聞こえたか分からない。そこで魔力探知を広げると、天井の裏に誰かが潜んでいるようだった。
「上だな」
「御名答」
その声と共に天井の板が動いて、一人の男性が飛び降りてきた。この家の構造であれば、一階を通らずとも天井へ潜めるようだ。
男性は銀髪で目が青く、細マッチョな体型だった。
見た目は二十代後半から三十代前半か。
「侵入者か!」
「「捕まえろ!」」
「待て待て、剣を抜くな!」
「うるさい! 大人しくしろ!」
「まあ聞けよ。俺はメドラン。アルバハードからの使いさ」
「アルバハードだと!」
メドランは両手を上げて、降参の仕草をした。
そして、フォルトの近くへ歩いてきた。何かあればポロが反応するため、座った状態で近づくのを許す。
もちろん悪い手は、ソフィアの太ももを触っていた。
「バグバットの知り合いか?」
「そうだな。付き合いは長いぜ」
「部下ではないのか?」
「協力者だぜ」
「ダークエルフ族と同じか」
その関係でフォルトたちは、拠点として使わせてもらった。
「それとなく協力しろと言われていてな。オメエのことは見ていた」
「ほう。気づかなかったが?」
「ずっとは見てねえよ」
「むぅ。本当にアルバハードの者か? 吸血鬼には見えんが……」
「吸血鬼じゃねえからなあ」
フォルトの話で信用することを止めたのか、ギーファスとレジスタンスの面々は疑いの目で見ている。それに対してメドランは、苦笑いを浮かべた。
そして体毛を生やし、魔物の姿へ変身した。
「「なっ! 魔物だと!」」
「騒ぐな! 俺は
「吸血鬼と人狼か。確かにバグバットの部下らしい奴だな」
「だろ? オメエらも、俺を魔物と一緒にすんじゃねえぞ!」
「わ、分かった。剣を降ろせ!」
ギーファスがレジスタンスの面々を止める。この行動を見るかぎり、人狼というものを知っているのだろう。フォルトは人外の者だからと納得した。
バグバットの部下ならば、さもありなん。
「話が分かる奴らで良かったぜ」
「それで、なんか言ってたな」
「ああ。アルバハードが仲裁を受けてもいいって話だ」
「その権限はあるのか?」
「オメエから言い出したならだ。中立が守られるならいいらしいぜ」
バグバットを部下として扱える条件は、内容が中立かどうかだった。
フォルトからということは、命令を下されることを望んだのかもしれない。
「なるほど。だそうだぞ」
「本当に仲裁へ入ってくれるのか?」
「信用するなと言ったが、事実は受け止めたほうがいいぞ」
「そ、そうだな。ならば、前向きに考えよう」
「そうしろ。ソフィア、後は何かあるか?」
「要求や日程などですね」
「任せた」
ここからの話には出番がない。フォルトは仕事をしないと決めているので、後の事務仕事はソフィアへ一任する。
するとメドランは人間の姿へ戻って、フォルトの隣へ座ってきた。
「リーダー、いいんですかい?」
「当たり前だ。ターラ王国は俺たちの国だぞ」
レジスタンスは大義を優先している。しかしながらギーファスは、ファナシアと思いが同じである。つまり、先にスタンピードを収束させたかった。
それでもリーダーとして、その思いを押し殺していたのだ。停戦の合意が得られれば、渡りに船であった。
「分かりました。リーダーが決めたことなら……」
「守るべき国民が居なくなっては本末転倒だからな」
「そっ、そうですね」
「では、停戦交渉へ臨む前の話を詰めましょう」
ソフィアが細かい打ち合わせを開始した。
ランス皇子からの手紙を踏まえて、レジスタンスからの要求もあるだろう。アルバハードが仲裁へ入る前提として、さらに内容を詰めていくのだ。
そんな姿を頼もしく眺めているフォルトに、メドランが声を落として、ヒソヒソと話しかけた。
「オメエ、ローゼンクロイツ家だってな」
「フォルトと呼べ。当主をやっている」
「はははっ、ジュノバと会ったか?」
「まだ会っていないが、生きているのか?」
「生きてるぜ。いずれ会いに行くと思うぞ」
「勘弁してほしいが、さすがに無理な相談か」
「当たり前だぜ。戦う準備をしておくんだな」
「え?」
「本来の当主だぜ。それにジュノバは、魔族の中の魔族だ」
「はぁ……」
フォルトはメドランから聞いた話の内容に肩を落とし、溜息を吐いた。今すぐの話ではないと思われるが、覚悟をしておいたほうが良いだろう。
それにしても、人狼が現れるとは驚きだった。吸血鬼が存在するならと、密かに期待していたのだ。
日本に居た頃は、どちらもカッコいい魔物と認識していた。
(俺も月を見たら、『
そんなことを考えたところで、フォルトはふとレティシアを思い出す。
「レティシアは何をしてるんだろ」
「大婆様の孫娘か?」
「知ってるのか?」
「同じ協力者として、ダークエルフ族と仲良くしてるぜ」
「もう俺のものだから手を出すな」
「そっち系の話も聞いてるぜ。女好きだってな」
「自覚はあるが、面と向かって言われるとなあ。おまえは?」
「メドランでいいぜ。俺もフォルトの配下だ」
「そっ、その話は……」
「こういったのも面白いもんだなあ。ははははっ!」
フォルトはバグバットを配下にしたので、メドランも配下ということらしい。冗談なのか本気なのかは分からないが、とても面白がっている。
それにはバツが悪いので、襟を正してソフィアを見る。すると綿密に話を進めたようで、打ち合わせも終わりに近づいていた。
「ソフィア、平気か?」
「大丈夫ですよ。終わりました」
「歓迎の宴といきたいが、あいにくとこの村ではな」
「気にするな。俺も望んでいない」
「そうか。とにかく停戦交渉の席には座る」
「分かった」
「アルバハードの仲裁は頼むぞ」
「俺が戻るからな。バグバット様には伝えとくぜ」
メドランが連絡役を引き受けるようだが、フォルトも幽鬼の森へ戻る。バグバットとも会うつもりだったので、後で伝えれば良いだろう。
「ではボイル。彼らを送ってくれ」
「おう。次は作戦会議でな」
「停戦と決まればな」
「終わったか? じゃあソフィア」
「はい。帰りましょう」
この場へ来たときと同様に、ボイルとミゲルを先頭に家を出た。
そして足早に、カーミラたちが待つ広場へ戻った。もう少し時間がかかると思っていたが、まだ夕方にもなっていない。
ソフィアの頭脳とアルバハードの仲裁というカードのおかげで、うまくまとめることができた。
これにはフォルトも気が楽になった。
「んじゃ、俺たちは行くぜ。何かあれば冒険者ギルドにな」
「分かった」
「聖獣の翼」の仲間と合流したボイルは、広場から離れていった。
フォルトも待機していた面々と合流を果たし、まずはメドランを紹介する。もちろん、ライカンスロープだと伝えた。
アーシャなどは、物珍しそうに見ている。
「オメエたちのことも聞いてるぜ。よろしくな」
「狼男ってことよね? 月を見なくても変われるん?」
「人狼って呼ばれてんだけどな。変われるぜ、ほら」
サービス精神が旺盛なのか、メドランは人狼に変身した。
直立した狼の姿で、
変身できないうえに、ゴブリンよりも弱い。
「すっ、凄いね! 映画よりリアルだわ」
「まあ、リアルだしな」
「もういいか?」
「いいよお!」
メドランは急いで、人間の姿に戻った。
村人に見られると騒がれそうだ。
「人狼って珍しいのか?」
「珍しいことは珍しいぜ。他種族との交流は断絶してるからな」
「断絶か。まったくないって事だな」
「数も少ねえ。集落の場所は教えられねえぜ?」
「いや。断絶なら、なぜバグバットと?」
「吸血鬼は同じ扱いをされていた時期が長くてな」
「ああ、そういう……」
それは人間だけでなく、魔族や亜人種からも同様に見られていた。高額の賞金が掛けられ、討伐対象となることもしばしばである。
この時代は、バグバットが他の種族と関わる前だった。
「一人だけ協力者を出す盟約を結んでいるんだが……」
「ふーん」
「その代わりアルバハードの
ライカンスロープ。
男女に関係なく、人狼と呼ばれる種族である。先ほどのメドランのように半獣半人の変身が可能であり、大型の狼にも変身できる。
人狼は他種族と断絶状態のため、あまり世間には知られていない。
その存在についての情報も、魔物として語られることが多い。冒険者や魔法使い、または兵士など専門知識を持つ者が認識している程度である。
「メドランと言ったな」
「はぁ、師匠……」
ベルナティオも興味があるようだ。しかしながら、それは人狼という種族に対してではなかった。
理由が分かったレイナスは首を振って
「強そうだな」
「強そうじゃなくて強いぜ。試さなくていいけどよ」
「試したいな」
「勘弁してくれ。〈剣聖〉の相手はしたくねえ」
「むぅ」
残念そうな表情をしたベルナティオだが、メドランの剣は飾りだと思われる。おそらくは、体術が専門だろう。
ライカンスロープの特性である爪や牙が武器のはずだ。
「さて、バグバット様へ伝えに戻るかあ」
「あ……。アルバハードへ戻るなら、俺のほうが早そうだな」
「そうなのか? なら、仲裁の件は任せていいか?」
「幽鬼の森へ帰るだけだったが、俺からバグバットへ伝えよう」
「んじゃ、本来の仕事をやってから帰るぜ」
「本来の仕事?」
「俺はアルバハードの
「大変そうだな」
「そう思ってくれるなら、今度は安酒でも
「ははっ、安酒か。いいぞ」
酒を飲む約束をするのは何十年ぶりだろうか。
メドランという男も、バグバットと同様に興味が出てきた。人間ではないことが要因だが、出会ったばかりだというのに話しやすい。
その彼を見送った後、セレスが話し出す。
「旦那様、私たちはどうしましょうか」
「ソフィア、今後はどうなっている?」
「バグバット様次第でしょうが、停戦交渉の場へ出る必要がありますね」
「じゃあ、それまでは瓢箪の森で待機だな」
「そうですね。一週間後に、駐屯地の小屋へ戻っておきます」
「そうしてくれ。んじゃ、一泊してから俺は出る」
幽鬼の森へ帰る前に、おっさん親衛隊とイチャイチャしておきたい。そのために、一日だけ瓢箪の森で過ごす。その後はカーミラと一緒に帰るのだ。
フォルトは、先ほど聞いたメドランの言葉を思い出した。本来のローゼンクロイツ家当主であるジュノバが生きている。マリアンデールとルリシオンへ知らせたらどう思うだろう。
そんなことを考えながら、身内と馬車へ乗り込むのであった。
――――――――――
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