第364話 水面下の交渉と新たな出会い2
大陸の北東に広がる原生林は、亜人の国フェリアスが治めている。
そのさらに北東には、海と接する平原地帯が広がっている。人馬族が集落を作っていた場所だ。その海岸近くでは、透き通るような歌声が流れていた。
その声の主は一人の女性で、魔族の中では珍しい一本角であった。水色の長い髪を伸ばして、薄手のワンピースを着ている。
「ら~ら~ら~」
「ユノ、魔物はどうだ?」
歌っている女性へ、黒い鎧を着た男性が声をかけた。
魔王軍六魔将筆頭のジュノバ・ローゼンクロイツだ。その
そしてユノと呼ばれた女性も、魔王軍六魔将の一人であった。
「どうと言われましても、皆が飢えないぶんの魚は捕れていますよ」
「ガハハハッ! そうじゃねえ。戦力になるのかって話だぜ」
「二百体は居ますけどね」
「三倍は欲しいな。ユノならやれんだろ?」
「では、テイムに時間をもらいますね」
ユノはモンスターテイマーと呼ばれる魔物使いだった。
その美しい歌声を使って、魔物や魔獣をテイム(捕縛)して使役する。これは召喚魔法と異なり、魔力を消費しない。実力によっては、何体もテイムが可能である。
その代わり魔力の
「それは任せるぜ。アクアマリンと調整しろ」
「ちょうど戻ってきたようですよ」
ユノが空を見上げると、南からホウキに乗った一人の老婆が飛んでくる。
その老婆は、六魔将の一人であるアクアマリンだ。ジュノバを確認したのか、真っすぐに向かってきた。
そして、到着と同時に話しかけてくる。
「きひひ、ジュノバも居たのかい?」
「ガハハハハッ! 相変わらず美しいな」
「取って付けた世辞は止めな」
「そうか? アクアマリンの本当の姿は……」
「きひひ、それを見せることはないさね」
「そうだったな。それで、偵察はどうだった?」
「面白いものを発見したねぇ」
「ほう。竜でも発見しちまったか?」
「いんや。ジュノバの娘だよ」
「なに?」
「ルリシオンだけだったけどねぇ」
アクアマリンは、ルリシオンが人馬族の男女を殺した瞬間を見ていた。すぐに戻って知らせても良かったが、近くに居るのが分かっただけで十分であった。
「ルリがなあ。なら、マリも居るだろうな」
「あまり、驚いていないようだねぇ」
「ガハハハハッ! 変わってねえなと思ってな」
「武器の仕入れに行っていた人馬族だねぇ」
「声をかけた相手が悪かったな。気をつけるように通達しておくか」
「きひひ、娘に対する責任は?」
「取らせたければ、ルリを倒して取らせるのだな」
魔族の中の魔族とでもいうのか。ジュノバも相変わらずであった。
殺された人馬族の男女が悪いのだ。知らなかったとはいえ、ルリシオンへ声をかけてしまったのだから。
昔から機嫌を損ねると、同じ魔族だろうがお構いなしであった。
「そう言うと思ったさ。今はドワーフ族のガルド王の所に居るねぇ」
「奴なら、マリとルリの扱いは慣れてんな」
「きひひ。迎えに行かないのかぇ?」
「ティナ様が許可をくれん。まあ、居場所の特定だけは頼むぜ」
「使い魔を放ってあるさね。気づかれなければ、住処が分かるねぇ」
「こちらからは接触するなよ? 許可をもらったら俺が行くからな」
「娘の
「ガハハハハッ! 素直に躾させてはくれんがな!」
ジュノバは放任主義だ。ローゼンクロイツ家の名を傷つけなければ、何をやっても構わないと思っている。
その家の名について、一つだけ気がかりがあった。
「婿がどのような人間かだが……。ガルドなら知ってるか」
「どうだろうねぇ。行ってみるかぇ?」
「いや。今はジグロードへの道を確保することに、全力を尽くすぜ」
(まあ、マリとルリは放っておけばいいか。婿については後回しだな。ティナ様にも言われたし、そろそろ軍備も整ってきているからなあ)
ジュノバは六魔将筆頭として、魔王軍の再編を行っている最中だった。
マリアンデールとルリシオンが決めた婿と会うのは、最低でも大トンネルを確保してからの話であった。
「きひひ。それについては、結界の更新に動くらしいねぇ」
「ガハハハハッ! 好きにさせろ。ティナ様が破壊できるからな」
「魔人の力かぇ?」
「まだ不安定だがな。機が熟す頃には、モノにするだろうぜ」
フォルトと違って、ティナは魔族のままだ。
そのため、魔王スカーレットから能力の一部しか受け継いでいない。しかもその能力を、十全に使えない状態である。
現在はジュノバや他の六魔将を相手に、訓練を続けている最中であった。
「そう言えば、ホルノス家と連絡が取れたと聞いたねぇ」
「息子とな。ソル帝国の将軍になったそうだ」
ジュノバは魔族の捜索と情報収集のために、『
その魔族から、ヒスミールが将軍に
「きひひ、ヒスミールの坊やかい?」
「なんかよ。今は協力できんと言ってきたぜ」
「認めるのかぇ?」
「ホルノス家なら構わん。戦争のときは、貧乏クジを引かせたしな」
「部隊が全滅って聞いたねぇ」
「ガハハハハッ! さすがに無茶な命令だったからよ」
ホルノス家は、当主と嫡男のヒスミールを除いた部隊が全滅した。
他の魔族を逃がすためだったが、ジュノバの命令で殺させたようなものだ。そうなることが分かっている場所へ向かわせたのだから。
「さっきも言ったが、ユノはアクアマリンと調整しろ」
「ハーピーだけでいいですか?」
「グリフォンも入れておけ」
「分かりました。では、アクアマリン」
「きひひ、老人を休ませない気かねぇ」
「決まったら行動を開始しろ。俺はティナ様のところへ戻るぜ」
六魔将の二人に命令を下したジュノバは、魔導国家ゼノリスの跡地へ戻る。
そして、魔物を組み入れた部隊編成の再構築を急ぐのであった。
◇◇◇◇◇
カーミラを抱いて村へ到着したフォルトは、おっさん親衛隊と合流をした。
当然のように、ロープで拘束しているファナシアも連れられてきている。さすがに騒がれても困るので、
合流を果たした後は、待ち合わせ場所として指定された広場へ向かった。
「御苦労さん。セレス、
「何度か魔物の襲撃があったようですが、問題なく撃退しているようです」
「そっか。やはりダークエルフ族やエルフ族は違うな」
「ふふっ、森へ入れなければいいだけですからね」
「後は?」
「大婆様が、まだ戻らないのかと聞いてきました」
「戻りたいのだがな」
(停戦交渉を終わらせて作戦を決めるまでは、駐屯地の小屋に居ないと拙いよな。でもそろそろ、幽鬼の森へ戻る時期になってるしなあ)
フォルトたちがターラ王国へ到着して、一カ月が経過しようとしている。
フェリアスへ向かったリリエラや魔族組も、幽鬼の森へ戻っている頃だろう。合流して、成分の補給が必要だ。
それにしても、もっと腰を落ち着けてやれると思っていた。おっさん親衛隊のレベル上げも中途半端で、時間だけが過ぎている。
「ソフィア、どれぐらいかかりそう?」
「そうですね。スムーズにいけば、一週間後には作戦が決まるかと」
「時間が掛かり過ぎだな」
ここまで時間が掛かっているのは、移動と待機が原因だろう。
魔人の力を隠すために、馬車で移動している。また今回のような交渉事や、無用な出来事が原因だった。
様々な勢力が絡み合っているので、待機する場面が多いのだ。
「マリさんとルリさんには、伝えたほうがいいでしょうね」
「もう来てもらうか」
「それでもいいでしょうが、力を隠すのでは?」
魔族組を置いてきたのは、ソル帝国に姉妹を観察させないため。それと、リリエラの面倒を見てもらうためだった。
ターラ王国へ呼び寄せると、その意義を失ってしまう。
「この交渉次第だが、俺はカーミラを連れて帰る」
「えぇ! フォルトさん、帰っちゃうの?」
アーシャが不安そうな声を出した。
フォルトと一緒に居ることで、安心感を覚えるギャルだ。しかしながら、一緒に連れ帰るのも問題であった。おっさん親衛隊の数が減ってしまう。
よって不安を取り除こうと、腕を高く上げてから落とした。それの意味するところは、魔人の力で飛んで落ちる飛行方法。
これならばさっさと行って、さっさと帰ってこれる。それでも数日は成分補給するので、三日から四日は戻らないか。
「それならすぐね!」
意味を理解したアーシャが、フォルトの腕に絡みついてきた。
ここからは、ファナシアへ聞こえないように小声で伝える。
「居ないことが問題視されるのでは?」
「クウを呼んでおくさ。俺にも変身できるのを忘れてた」
「なら良いと思いますわ。停戦交渉までには戻られるのでしょう?」
「うむ。成分の補給が済んだら戻る」
「きさまという奴は……」
「ははっ、停戦交渉までの日程は開けてくれ」
「では、三日ほど余裕を持たせますね。その間は、あの……」
ソフィアの
だが、そのために日程の余裕を持たせるのだ。停戦交渉へ参加する者たちが聞いたら怒るかもしれないが、これは絶対に譲れない。
今後の予定としては、これからレジスタンスと会談する。それからソル帝国との停戦交渉の場へ出席する。
そしてすべてが思い通りにいけば、二回目の作戦会議となる。
「成分を補充したら、セレスの服を持ってくる。でへ」
「まあ旦那様。楽しみにしておきますね」
「うむ。ところで、待ち合わせは広場でいいのか?」
「はい。依頼の成否にかかわらず、ボイルさんが来ます」
「冒険者だったな。あれか?」
フォルトの視線の先に五人組の男女が歩いてくる。
そして先頭の男性は、先日の作戦会議へ出席していた記憶がある。シルキーの近くに立っていた男性だ。
「ファナシア」
「………………」
知り合いなのだろうか。ファナシアを確認したボイルが、眉間にシワを寄せながら、フォルトたち一行を見る。
この場で緊張を走らせても仕方ないので、ソフィアが口を開いた。
「今回の依頼を受けてくださり、ありがとうございます」
「あ、ああ。ソフィアさんだったな」
「はい。それで、結果のほうは?」
「会ってもいいそうだ。このまま連れていく」
「全員で行っても?」
「いや、二人だけだ」
「二人か……」
フォルトはファナシアへ巻かれたロープを引っ張りながら、ソフィアの手を握る。この件については予想していたので問題ない。
「では、俺とソフィアで向かうとしよう」
「こっちだ」
「まあ待て。他の者が休める場所はないのか?」
「広場の入口に、飯屋があるだろ。それぐらいしかねえよ」
「そうか。なら……」
身内を気遣ったフォルトは、飯屋で休憩するように伝える。
どうやら冒険者も、三人の男女が残るようだ。一緒に向かうのは、ボイルと少年のような者だった。
その確認をしていると、一人の女性が目に留まった。
「あの女。可愛いな」
「ササラか? 魔族の貴族さまが欲しがる人間じゃないぜ」
「魔法使いか?」
「まあな。だが、まだ新人だ」
「そっか。そいつもか?」
「ミゲルも新人だ。文字が書けるから連れていく」
「ふーん。おまえは強そうだな」
「俺らはAランク冒険者だぜ。ってか、無駄話してねえで行くぞ」
「ああ」
女好きのおっさんであるフォルトはササラが気になったが、やはり趣味から離れているので興味がなくなった。それにしても、冒険者と会うのは二組目だ。
人数は違うが、シルビアとドボを思い出した。
(冒険者と言えば、悪魔崇拝者の件もあったなあ。そろそろ情報が集まったかな? だが、ニャンシーから連絡がないとなると……)
双竜山の森には、
シルビアとドボが訪れたら、ニャンシーが対応する予定になっている。しかしながら、まだ何の連絡もない。そうなると、情報収集に手間取っているのだろう。
なかなか尻尾が
「ここだ」
そんな事を考えていると、一軒の家に到着した。
フォルトたちが中へ入ると、隠された地下へ続く階段へ促されたので、一緒に降りていく。
「ギーファス、連れてきたぜ」
「ファナシア!」
「んんっ!」
ボイルが階段の先にある扉をあけると、そこにはレジスタンスの主要人物らしき者たちが立っていた。リーダーのギーファスは確認できたので、他の者たちは幹部だと思われる。さすがに全員ではないだろうが……。
そして、名前を呼ばれたファナシアは駆け寄ろうとした。
「約束通り返すぞ」
ファナシアを返すにはまだ早い。
にもかかわらずフォルトは、ロープを離して解放してしまう。
「きさま……」
「そう怖い顔をするな。危害は加えていない」
「おまえたち。ファナシアと上へ行って、治療と飯を!」
「だから、危害を加えていないと……」
「黙れ。それは、こっちで確認する」
「そうか。では、さっさと交渉を始めるとしよう」
ファナシアが四人組に連れられて、地下の部屋から出ていった。瓢箪の森で、一緒に捕縛した男女である。どうやら彼らも、レジスタンスの幹部らしい。
彼女には飯も風呂も提供したので、衰弱などしていない。すぐにフォルトの言ったことが、本当だと分かるだろう。
「ソル帝国との停戦だったな」
「ソフィア」
「はい。ここからは私がお話します」
用意されていた椅子へ座ったフォルトは、交渉をソフィアに任せる。
ローゼンクロイツ家の当主として、どっしりと構えておけば良いのだ。
「信用できんな。停戦と偽って、我らを捕縛するのだろ?」
「スタンピードが収束するまでの間は、手を出さないと」
「王族とソル帝国を、ターラ王国から追い出した後でもよかろう?」
「それでは間に合わないかと。支部も壊滅したと聞き及んでいますよ」
「むぅ」
レジスタンスとの交渉が始まった。
予想通り、大義を優先させている。しかしながら、現実的には無理だろう。その点を、ソフィアが間髪入れずに指摘する。
さすがに頼もしい。フォルトは事の成り行きを見守りながら、柔らかい太ももへ手を伸ばすのであった。
――――――――――
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