第二十六章 フレネードの洞窟へ

第363話 水面下の交渉と新たな出会い1

※第ゼロ話の①キャラ別立ち絵で、アーシャが追加されています。

https://kakuyomu.jp/works/16816452220999346801/episodes/16816927862577193579

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 時はマリアンデールとシェラが、ラフレシアと決戦へ向かう前まで遡る。


「ったく。なぜ俺が……」


 ターラ王国首都ベイノックから、三日ほど離れた村。

 フェブニスの戦士隊が、火矢を放った村である。村と言っても、千人ぐらいは住んでいる。そこかしこに木造の家が建てられて、馬や牛の厩舎きゅうしゃや農作業用の倉庫も見かける。村人は行き交って、周辺の畑で作業していた。

 そこへ、五人の男女が到着した。


「そりゃあ、ボイルが適任だからじゃねえの?」

「酒さえあればいいぞ。出るんだろ?」


 ボイルのボヤキに答えたのは、戦士のハルベルトと神官のハンクスだ。魔法使いのササラとレンジャー見習いのミゲルは、村の周囲を見渡している。

 この五人こそ、ターラ王国Aランク冒険者チーム「聖獣の翼」である。村へは、とある依頼を受けて来訪した。


「ミゲル、帝国の奴らは居ねえよな?」

「僕はまだ見習いですよ?」

「いいから確認しろ。まあ、見た感じは平気そうだがな」

「分かってるじゃないですか」

「もし村へ来てたら、この依頼はオジャンだ」

「でも、ランス皇子のお墨つきって言ってたでしょ?」

「まあな。レジスタンスとの停戦か……」


 ターラ王国の王宮で行われた作戦会議での話だった。

 エウィ王国の元聖女ソフィアが、ソル帝国のランス皇子へ提案した。スタンピードを収束させるために、レジスタンスと停戦してほしいと。

 さすがに渋っていたが、停戦協議の場を設けることは受け入れた。その話をレジスタンスへ伝えるために、ボイルが選ばれたのだ。


「ボイルって、よく捕縛されないよな」

「懇意と言っても、気心が知れてるだけだからな」

「たまに会っていたレジスタンスの人ですよね?」

「いや。そいつは手紙をくれるだけだ」

「そうなんですね」

「初めて会ったのは何年前だ? 忘れちまったな」

「俺らが軍事訓練の依頼を受けたときだっただろ」

「ああ、そうだったな」


 もともと「聖獣の翼」は、男性三人のチームだった。

 ボイル、ハルベルト、ハンクスである。スタンピードが発生する前に、新人教育の一環で、ササラとミゲルを加えた。

 その三人だった頃に冒険者ギルドへの依頼で、軍事訓練の参加があった。そこで出会った男性と懇意になった。

 ただ、それだけのことなのだ。


「まあ、手紙とかは検閲されてるぜ」

「へえ。内容は?」

「他愛もない話さ。酒をくれだの、さっさと結婚しろだの」

「二人は仲が良かったからな。結婚って、娘さんか?」

「俺はもうすぐ四十だぜ? 娘をくれるわけがねえ」

「はははっ、そりゃそうだ。器量も良いしな」

「ファナシアかあ。娘まで巻き込まなくてもいいのによ」

「自ら志願したんだろ。真面目だったしな」


 ボイルたちが向かった先は、待ち合わせ場所となっている広場である。見通しが良いので、ソル帝国の兵士が居ればすぐに分かる。

 その広場へ、フードで顔を隠した一人の男性が近づいてきた。


「ボイルってのはどいつだ?」

「俺がボイルだ。レジスタンスの奴か?」


 男性はフードをかぶった状態で、ボイルへ体を向けた。

 ローブも着ているが、肩幅が広くガッシリした体格だ。戦闘には慣れているように見える。


「ああ。リーダーが待っている」

「会うのは久々だが、全員で行っていいのか?」

「二人だ。一人じゃ心細いだろ」

「ちっ。あいつの御節介か」

「ただし二人だけだ。駄目なら会わせられない」

「ならミゲルでいいか。オメエらは、ここで待っててくれ」

「僕ですか?」

「いつものように、メモとかは任せるわ」

「はいはい」


 ボイルはミゲルを連れて、フードの男性と一緒に歩き出した。

 いつものように、小間使いとして使う。新人教育の一環でもあるのだが、ササラは性格的に無理な話だった。

 向かう先は、空き家やらレジスタンスへ協力している民家だった。しかしながら、目的の場所ではない。そこでは時間を潰したり、裏口から出たりした。


「なあ、まだか?」

「ここだ」


 どうやら到着したようだが、先ほども通った民家だった。

 にもかかわらず中へ入ると、今度はフードで顔を隠した三人組の男性が待機していた。彼らはボイルたちが中へ入ると、裏口から出ていった。

 おそらく、同じように動くのだろう。


「慎重すぎんぞ!」

「ほとんどの支部が壊滅したんだ。こうするのは当たり前だぜ」

「まあいい。それで?」

「地下だ」


 民家の中には、地下へ降りる階段が隠されていた。

 その階段を降りていくと、倉庫として使われている地下室だった。今は数脚の椅子が対面形式で置かれて、レジスタンスのリーダーであるギーファスが立っていた。

 その後ろには、数名の幹部も居る。


「よお! 久しぶりだな」

「ボイル、よく来たな」


 二人は固い握手を交わしてから、同時に椅子へ座る。

 他の者も同様に座って、話をする準備が整った。


「懐かしいが、昔話をしに来たんじゃねえんだ」

「はははっ! そうだな。先に本題を済ませてしまおう」

「まずは、エウィ王国の元聖女から手紙を預かっている」

「元聖女と言えば、宮廷魔術師長グリムの孫娘ソフィアか」

「今は魔族の貴族を名乗った奴と一緒に居るがな」

「ローゼンクロイツ家か……」


 二人とも相手の性格を把握しているので、さっさと本題へ入った。ソル帝国と停戦に反対の者も多いが、口を出すなと言われているのか黙っている。

 レジスタンスとしては、ローゼンクロイツ家について悪い印象しかない。ファナシアをソル帝国へ引き渡した張本人だからだ。

 瓢箪ひょうたんの森から解放された幹部の話を聞いたかぎり、人の道から外れた者と理解している。魔族の貴族を名乗るような人間であるため、当然と言えば当然か。


「どうした?」

「いや」


 それでも、ソフィアの印象は良い。

 遠いターラ王国でも、名声は届いていた。勇者の従者として魔王スカーレットを倒した女性で、聖神イシュリルから「聖女」の称号を拝命していた。

 人柄も良く、多くの者に慕われていると聞いている。


「とりあえず、手紙を読もう」

「ほらよ」


 ボイルはソフィアからの手紙を渡した。それを読んだギーファスは、大きく目を開けて驚いている。

 そして、怒りの形相で手紙を握り潰した。


「どうした? 俺は手紙の内容を知らねえんだ」

「くそっ! ファナシアの件だ」

「は? ファナシアがどうかしたのか」

「ソル帝国へ引き渡されたと聞いていたのだが……」

「そんな話は聞いてねえぞ!」


 村へ放火した罪で、帝国軍に捕まったダークエルフ族のフェブニス。その捕虜交換としてファナシアが使われた件は、一部の者しか知らないのだ。

 当然のように、ボイルは何も知らない。


「な、何が何やら。ファナシアは無事なのか?」

「手紙に書いてあるが、ローゼンクロイツ家が捕縛したそうだ」

「はあ?」


 帝国軍の駐屯地から逃げ出したファナシアを、再びローゼンクロイツ家が捕まえたと手紙に書かれている。

 一度はフェブニスとの捕虜交換に使ったが、今度はソル帝国とレジスタンスのどちらへ引き渡そうか迷っているそうだ。


「無事ならいいのだが……。いや、よくねえな」

「ああ、よくはない」

「結局のところ、何て書いてあったんだ?」

「返してほしくば、作戦に協力しろと」

「脅迫かよ!」

「「ふざけんなっ!」」


 作戦会議でソフィアを見たボイルは、その美しさと聡明そうめいさに感嘆したものだ。だからこそ、手紙の内容にあきれてしまった。

 レジスタンスは、停戦に反対の者が多い。しかしながらここで協力しないと、再びソル帝国へ、ファナシアが引き渡されてしまう。

 拒否して戦うか、それとも停戦するか。ギーファスを含めた幹部連中は、その葛藤に苛まれるのであった。



◇◇◇◇◇



 帝国軍の駐屯地の近くへ建てた小屋。そこへ戻ったフォルトは、カーミラと何度目かの行為を終わらせた。

 そして、ボイルへ持たせた手紙の件を聞くのだった。


「んんんんっ! はぁはぁ……。ちゅ」

「でへ。なあ、カーミラ。あれで良かったのか?」

「いいと思いますよお。読まれないと話になりませんしねえ」


 手紙にソフィアの名前を使ったのは、ローゼンクロイツ家として渡すと読まれない可能性があったからだ。

 ファナシア以外のレジスタンスを解放したので、瓢箪の森で起こった出来事は知っているはず。

 そうなると、フォルトのイメージは最悪だろう。そこで、元聖女としての名声を使わせてもらったのだ。

 すでに剥奪はくだつされているが、名声自体は変わらない。


「まあ、ソフィアが納得したしな」


 手紙の内容については、ソフィアも首を縦に振るしかない。

 はっきり言って、ファナシアの使い道など限られているのだ。やはり人質として使うのが、一番効果的である。

 これは、セレスの発案だった。相手が人間だからではなく、現実的に物事を考えた結果である。「ここで使わないと、使い道がないですね」と言っていた。


「御主人様、皇子のほうは良かったんですかあ?」

「交渉で使うからな。隠してもおけないのだ」

「そうですけどお。凄く怪しんでいましたよお」

「ははっ、ちょっと無理があったがな」


 フォルトはランス皇子へ、ファナシアの件を伝えるか迷った。しかしながらレジスタンスとの交渉で使うので、黙っていても知られてしまう。

 まず捕縛したと伝えたところ、顔では笑っていたが目が笑っていなかった。もちろん捕縛の経緯を聞かれたが、かなり無理がある言い訳をしたのだ。

 皇子としては、脱獄された件を公表できない。よって、予告なしの訓練として処理していた。実際に処分された兵士には気の毒かもしれない。


「あ、そうだ。御主人様」

「どうした?」

「クウから言われた実験用のモルモットは、どうするんですかあ?」

「そうだなあ。何体ぐらい必要なんだろ」

「随時だと思いますよお」

「許可が下りれば、勝手に調達するって言ってたしな」

「死刑囚とかにするんですよねえ?」

「まあ、それならソフィアも納得すると思うんだが……」


(とは言えなあ。俺たちの住む場所で、人間を使った実験をやられても困る。絵面がグロテスクになりそうだし、ギャーギャーと喚かれてもなあ)


 双竜山の森や幽鬼の森で人間を使った実験をやられると、身内と過ごすピンク色の空間が汚されそうで嫌だったりする。

 随分と前に盗賊と偽った一般人を、レイナスに殺させた。他にもソル帝国の密偵らしき人間を、アーシャに殺させたときがあった。そのこと自体はどうでも良いが、実験となると話は別だろう。

 幽鬼の森ならゾンビだらけなのでマシだが、それでも屋敷の近くは困る。


「また後で考えるとしよう」

「えへへ、そろそろ出発ですしね!」

「おっさん親衛隊と合流をしないとな」


 おっさん親衛隊の面々は、馬車で瓢箪の森へ向かった。

 フォルトは動くのが面倒臭かったので、小屋で待機していたのだ。今から出発すれば、レジスタンスとの交渉場所に指定された村で合流できるだろう。

 もし交渉を拒否されたら、その村で解散となる。


「でも御主人様、歩いていくんですかあ?」

「『変化へんげ』で飛ぶと、透明化を見破られたときになあ」

「(おまえは馬鹿か? 飛行の魔法を使え)」

「飛行の魔法は遅いんだよ」

「(アカシックレコードの魔法は、すべて記憶したのか?)」

「いや。面倒臭くてなあ」

「(………………)」

「その都度でいいかなと」

「(いくら怠惰だからと言ってもな)」


 アカシックレコードに収められている魔法の数は膨大である。

 フォルトからすると、それを引き出すのも面倒なのだ。しかしながらポロの言いぐさだと、現状を解決できる魔法があるのかもしれない。


「良さげな魔法でもあるのか?」

「(聞くな。だが、すべて引き出しておいたほうがいいぞ)」

「分かってはいるんだが……」


 ポロと問答を始めたかったが、どうせ教えてもらえない。それに以前にも、すべてを引き出そうとは考えていた。考えただけで終わったが……。

 そしてフォルトが腕を組んで考え込んだところで、小屋の扉がノックされた。誰かが来る予定はなかったが、とりあえず対応するのはくせである。

 そのため、カーミラに開けさせた。


「ぶぅ。お邪魔虫は困りますねえ」

「カーミラ、ローブを着てから出て」

「えへへ、私の肌は御主人様だけのものでーす!」

「そのとおり!」


 露出の激しい服を着たカーミラを見せるわけにはいかない。相手が女性なら構わないとしても、来訪者は想像できる。

 そして扉を開けると、予想通り帝国騎士のザイザルが立っていた。屈強そうな体つきをした三十代前半の男性だが、急いで走ってきたのか息を切らしている。


「どうしましたかあ?」

「はぁはぁ……。本日、出発すると聞いていたもので」

「そうですねえ。今から出るところでしたあ」

「ランス皇子から、手紙を預かっております」

「受け取りましたあ。じゃあ帰ってくださいねえ!」


――――バタンッ!


 手紙を受け取ったカーミラは、笑顔を浮かべて勢いよく扉を閉めた。外に取り残されたザイザルがなんと思おうが、知ったことではない様子だ。

 それに対して笑い出しそうになったフォルトは、魔力探知で行動を監視する。すると、ゆっくりと小屋から離れいった。

 もしかしたら、肩を落としているかもしれない。


「カーミラは面白いな」

「えへへ。はい、手紙でーす!」

「まあ、空を飛びながら読むとするか」

「はあい!」


 フォルトはザイザルが十分に離れたところで、カーミラと一緒に小屋を出る。

 まずは飛行の魔法で移動するが、『隠蔽いんぺい』で人間状態の小悪魔は飛べないので、お姫様抱っこで抱え上がる。

 そしてゆっくりと空へ飛び立ち、西にある村を目指すのであった。



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Copyright(C)2021-特攻君

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